水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
78番格納庫の一角。モビルスーツの搬出入を楽々行えるだけの長大な空間に、ずらりと並んだ整備用タラップの一基がへし折られている。内側から外側へ、まるで、どころか事実として中にいた者が無理矢理に外へ飛び出した形跡。
そして、格納庫の機体および貨物船舶用ゲートと思しき多層隔壁にもまた巨大な穴が穿たれていた。
『……ご息女は相変わらず荒っぽい。まさか壁を破壊して出ていくとは』
『あの子が呼べばエアリアルはどんな場所からでも、どんな手段を使ってでも駆け付けるわ……ふ、家族だものね』
『せ、先輩!? い、今、エアリアルが! ひ、独りでに!』
ノーマルスーツで無重力状態の格納庫を漂うプロスペラ、その付き人ゴドイ、そして健気に驚き慌てるベルメリア。
プロスペラはヘルメットの下で優美に笑う。
『闘うのね、スレッタ。なら心しなさい。貴方がこれから挑まれるのは決闘なんてゲームではなく、死闘であるということを。そしてどうか……』
電力供給が安定せず、照明が明滅を繰り返す。
通路の果て。閉鎖された隔壁に取り縋り、ミオリネは苦悶を噛んだ。
「スレッタ……!」
最悪の想像が少女の頭を過る。MSのビーム兵器を、特殊合金の装甲を焼き溶かす熱量を浴びた人間がどうなるかなど、語るのもおぞましい。
あの娘が如何に人間離れした武力を持っているとしても。
この壁の向こうがどうなってしまったのか。
スレッタ・マーキュリーがどうなってしまったのか。
戦慄と共に、ミオリネの目から涙が溢れた。
ミオリネはそれを乱暴に拭い去る。
「クソッ! ぐずってる場合か!?」
両手で頬を張る。
「現状を」
とにかく現在のこのプラント・クエタの状況を把握しなければならない。
泣き言も恐慌も後回しだ。少女は、腹に力を入れた。スレッタが常日頃、臍下丹田に氣を練り上げるように。腹を括った。
その時、背後に気配。先のMSは明らかにこの施設を襲撃する意図があった。ならば、襲撃者が既に内部へ侵入していても不思議はない。
ミオリネは背筋を震わす怯えを噛み殺して、素早くそちらへ振り返った。
「! あんたは……!?」
「こんなところでなにをしている、ミオリネ」
威圧と厳格を合わせて固めたかのような声。睥睨するように鋭い眼光。
見るだに腹の立つ男の姿がそこにあった。
デリング・レンブラン。ノーマルスーツを着ているのがなにやら物珍しいやら新鮮やら。
一瞬安堵を覚えた自分自身にミオリネは内心で苛立つ。
「こっちのセリフよ糞親父! あんたこそ護衛の一人も連れないでこの非常時になに出歩いてんのよ」
「……つい先刻まではいた。だが突然施設内部から現れたモビルスーツ……ガンダムに通路ごと分断されてしまった」
「内部から? ガンダムが……あ! エアリアル」
「なるほど、確かにあれはシン・セーの機体だった。パイロットのコールサインを追跡して
今度こそミオリネの胸中は安堵で満ちた。噛み締めるようにして少女は花婿の名を呟く。
「よかった……スレッタ。生きてた……」
「おい、ぐずぐずしている暇はない。非常時は迅速に動け。シェルターの位置は当然確認しているだろうな。お前も経営者を名乗るならそれに相応しい振舞いをしろ。特に、現在のような不測の事態に相対した時こそ真価を試されると」
「あぁもう! うっさいうっさいうっさい!! いっぺんにわぁわぁ!」
「それになんだ、その恰好は。ノーマルスーツはどうした」
「それは……今から調達しようとしてたのよ! 言われなくても緊急時対応マニュアルくらい読んでる!」
取り戻した元気と苛立ちを込めて壁を蹴る。無重力の通路を等速直進し、ミオリネは真っ直ぐにエレベーターの操作盤に取り付いた。
「おい、シェルターへの通路は」
「私にはやることがある。避難するなら、とっととすれば?」
「なにをするつもりだ」
「コントロールルームに行ってプラント内と周辺の状況を調べる」
「不可能だ。聞こえなかったのか。この宙域は今、強固な通信封鎖が施されていると」
「それでもログを見れば直前までの施設の使用履歴が分かる筈。ニカ達……我が社の社員達の安否を確かめるのよ!」
「無意味だ。いたずらに危地へ赴く愚行に他ならん。指令系統が生きているならまだしも、孤立した極限状況下にあって長が執るべき行動は自らの生命を護ることだ。我々には組織の存続の為に自己保身の義務がある。私心で優先順位を見誤るな」
「ワンマン経営者にありがちな帝王学どうもありがとう。参考にはしないわ。生憎株式会社ガンダムは少数精鋭、今のところ一人でも欠けると操業自体危ういのよ。弊社には弊社のやり方がある……あぁんもう!! 非常用電源仕事しろ!」
ミオリネは無反応の操作盤を殴り付ける。
真下にある点検用ハッチを開き、手動のドア開閉レバーに手を掛ける。
「ふんぐぅっ! 私の、会社! 私の社員よ! 誰一人! 取りこぼすもんですかってぇの……!!」
気合とは裏腹な非力さで、レバーはぴくりとも動かない。
そんなミオリネの華奢な手を、ノーマルスーツの手袋が退けた。
はっとしてミオリネは傍らのデリングを見上げる。
デリングは無言のままレバーを下ろし、次いでロックが解除されたエレベータードアを引き開けた。かごのない暗い
「……ありがと」
「二階層下にサブルームがある。データログを漁るだけなら、わざわざ遠いコントロールルームへ向かうのは時間の無駄だ」
「っ、あんたってなに? 一言嫌味付け加えないと気が済まないわけ?」
「嫌味を言われる自覚があるなら上出来だ」
「私、あんたのことほんっとに大っ嫌い」