水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
ノーマルスーツ姿の男が二人、通路脇の固定端末を操作している。
彼らはデリング近習のボディーガードだった。
「……駄目だ。通信も端末検索もできん」
「クソ! さっきのモビルスーツ、あいつの所為で」
「ぼやくな。周辺を捜索するぞ。各所が不通な今そう遠くには移動できない」
「わかってる。だがこりゃあ繋がってる道を探す方が苦労するぜ」
「大きく迂回するしかないだろう。なんとしても総裁をお連れして、守備隊と合流するんだ」
二人は未だ給電の復帰しない暗い通路を行く。
その内の一人。ノーマルスーツの下、黒い背広の襟首で、小型発信器がサインを発していた。
ほぼ同時刻。
分断されたプラントCブロックの非常出入口に三機のモビルスーツが侵入した。
貫通弾によって格納庫の隔壁を破ったデスルター達は、背負っていた金属の箱をパージする。
三機が持ち込んだ三つの人員輸送コンテナから、炸薬式自動小銃を装備した兵卒数十名が放出された。
『ブリッジ、対象のトレーサーを受信。どうやら第三埠頭へ移動している』
『船で逃げる気か……三手に分かれろ。A班B班は迂回して周辺を捜索。C班は直接港を急襲、必要なら制圧しろ』
『
輸送船カシュタンカの艦橋において、ナジ・ゲオル・ヒジャは艦長席に座り、手元の端末で宙域内を行動するモビルスーツ隊へ向け、ホッピング通信周波数帯を同期する。
「オルコット、どうだ」
『守備隊および魔女狩り部隊の無力化に成功。旧型のデスルターとはいえ二個分隊にノレアもいる。損害は無し。弾薬もパーメットもまだかなり余裕がある』
「増援が来る前にCブロックの港を全て塞げ。対象が逃走する可能性が出てきた」
『破壊しなくていいのか?』
「死亡を確認したい。突入部隊がトレーサーを検知した。モビルスーツ隊はこのまま陽動と時間稼ぎに専念しろ。ノレアもいいか?」
『拙いかも』
「なんだ?」
『ソフィが交戦してる。あれは、アスティカシアのガンダム……あの馬鹿!』
エアリアルの掌が、ルブリス・ウルのメインカメラを覆う。スラスターによる瞬間的な加速の乗った掌打、なによりも純粋なその握力が、顔面装甲を軋ませた。
ソフィが身を置くコクピットではアラートが鳴り響き、センサーとカメラの耐久限界と現在進行形の破損を叫ぶ。
モニター画像に亀裂が走る。
『ぐっ』
「!?」
スレッタが反応し、エアリアルが警告を発する。
熱源接近。機体が
蒼い軌跡を残して急速離脱。
そして次の瞬間、エアリアルが身を置いていた空間を一条のビーム光が過ぎ去った。
『! ノレア! 邪魔しないでよ!』
『頭潰される寸前だった癖に』
カーキ色の機体が牽制射撃を繰り返しながら接近してくる。
右手に中型火器のビームディフューズガン、左手に変形シールドを装備。しかし脚部は一見して奇形な三本の
ルブリス・ソーン。それはルブリスの名を戴くもう一機。ウルと並び立つガンダム。
「新手……!」
『何機か残って。こいつはここで足止めする。オルコット達は港の封鎖を』
『私の獲物だよ! エアリアル!』
第三埠頭。
搭乗橋を目前にしたロビーに地球寮のメンバーが揃っていた。
「ふ、船に乗ったとしてどうすんだよ。逃げるのか?」
「さっきからしてる音って、爆発……?」
「状況がわからない。端末も繋がらないままだし」
「スレッタとミオリネ、大丈夫かな……」
「……」
不明な現在状況下、少年少女達の間に不安感が蔓延する。
グエルは個人端末に登録された番号を再三に亘ってコールし続けていた。父、ヴィム・ジェタークの番号を。
通信不能の表示を歯噛みして見下ろす。
心胆を焼く焦燥。項を刺す不安、あるいは怖れ。
「とにかく、発艦の備えだけはしておくぞ。いざとなれば外から直接スレッタとミオリネを捜索する。それにプラントを離れればレーザー通信で他のフロントと連絡が取れるかもしれない」
「そう、だな」
「異議なし」
「まあ、他にやれそうなこともねぇしな」
「は、はは、んだよ。頼もしいじゃんか、御曹司の癖によ」
「元な。今はただのボブだ」
強がりの色を隠せないチュチュの言に、グエルは努めて軽く笑った。
全員が搭乗橋に近付く。
最後尾はニカとマルタン。
その時。
「え?」
「マルタン? どうしたの」
「今、向こうで」
音が。
マルタンの口唇がそう動き掛けた瞬間。
廊下の曲がり角、ロビーと本棟を結ぶ通路から、人影が飛び出した。一人、その背後に二人、三人。ノーマルスーツ姿。
プラント作業員? マルタンは一瞬そう考えた。ごく自然の発想で。
────しかしニカには、見えていた。
記憶との照合は淀みなく迅速に、視線は強制的にフォーカスされる。それは恐怖心と共にはっきりと刻まれていた。その黒い鉄の塊。人殺しの為の武器。携えられた小銃が。
「マルタンッ!!」
「え、あ」
床を蹴り、ニカがマルタンに飛び付く。
マズルフラッシュ。驚くほど軽快な銃声。
空気を貫通する弾丸の音色こそ鋭く。
一発、ニカの肩口をそれは殺ぎ取った。無重力下で血は霞となり、次いで粒となって舞い散る。
「いっ、づ……!」
「ニカ、なにを、なん、だよ、それ、血……?」
ニカの苦悶に、マルタンの譫言が重なる。
呼吸を忘れた少年少女達。刹那、時間が止まる。
「伏せろォ!!」
グエルの怒声が響く。時間が再開する。
宙を漂う二人を手繰り寄せ、グエルはカウンターの裏に飛び込んだ。
銃声が鳴った時既に、ティルはカウンター横の事務室の扉を開いていた。
通路に銃火が奔る。間一髪、アリヤ、リリッケ、オジェロ、ヌーノが扉を潜った直後。その後ろ髪を弾が掠めた。
「うわぁぁあああ!!?」
「ひ、ひぃっ!」
オジェロが叫び、ヌーノは悲鳴を押し殺した。
「警告もなしに発砲だと……!? 奴ら何者だ」
「ニカねえ!? ニカねえ!! 血が、こんな、クソ! なんだよ、なんなんだよ!!」
「ど、どど、どうしようどうしたらいい? どうすれば、ねぇ二、ニ、ニカ、ニカ!?」
「づっ、大丈、夫……掠っただけ、だから……でもごめん、テープ巻いて、くれる……?」
ノーマルスーツの修繕や気密性保持のダクトテープ。チュチュはそれを受け取り急いで傷口を塞ぎ、肩回りを縛った。
銃声が止む。
出会い頭の牽制、敵を釘付けにする為の斉射。なら次は当然。
「近寄ってくる。止めを刺す気だ……!」
「クソクソクソっ! ヤロウ! よくもニカ姉を……!」
チュチュは憤怒の気を吹く。
しかし、そんな意気も小銃で武装した集団に対してはまったくの無力であった。
そして無力感を噛み締めているのはグエルもまた同じ。
「俺の力では、まだ……!」
スレッタ・マーキュリーの手解きを受けたといえど、所詮は俄作り。素人に毛が生えた程度。修練の量も質も圧倒的に不足している。火器で武装した多勢の兵力に今のグエル・ジェタークは勝てない。絶対に勝てない。
奴らは無重力の通路をゆっくりと油断なく進んでくる。相手が子供であろうと容赦はしない手合い。先の銃撃がそれを証明した。
あと8メートル。
無抵抗で殺されるくらいなら。グエルは、ノーマルスーツを脱ぐ。せめて身軽に、せめて全力で闘って。
あと5メートル。
僅かにでも時間を稼げば、何人かは逃げられるかもしれない。油紙より薄い可能性でも、何もしないよりはいい。
あと、2メートル。カウンターのすぐそこに銃口が迫る。
せめて……スレッタ・マーキュリーに胸を張って向き合う為に。
呼吸を鎮め、氣を練り上げる。覚悟を終える。グエルは、カウンターの縁に手を掛け────
「? なんだ」
「いや、今、格納庫の方から」
先頭を行く兵士の一人が言った。
グエルもまた、血と鼓動が駆け巡る耳にその音を聞いた。軽やかな、壁を打つ、蹄の響き。
轟
空中を高速で何かが走る。
兵士が二人、消える。
それは扉だった。搭乗橋とロビーを隔てていた分厚い金属扉。それが吹き飛び、人二人を巻き添えにした。扉と壁の文字通り板挟みとなった兵士二人は物言わず無重力に浮かぶ。
兵士達は誰一人口を利かなかった。声すら出せず呆然と、彼らは搭乗橋の入り口を見ていた。
そこに佇む漆黒の威容。あまりにも場違いな巨躯。
四足の畜獣。馬。黒馬である。
荒い嘶きには、獣にあるまじき意志が込められていた。無法、無頼、幼気な娘を傷付けた愚か者共への。
空気を焼き焦がす、赫怒。
「う」
撃て、そう続く筈だった部隊長の声は音と成る前に途切れた。
ヘルメットを蹄が砕き、鼻骨が陥没したからだ。
カウンターの奥から激しい痛みに汗を滴らせてニカはその馬体を見上げる。少女は安堵して吐息した。
「風雲再起……」
ロビーに兵士達の阿鼻叫喚が満ちた。