水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
巨大なソードの切先が虚空を奔り宇宙を切り裂く。
その軌道上に存在するあらゆるものを巻き添えに。
あえなく撃沈された戦艦二隻が暗黒空間に骸を広げた。装甲からエンジンまでも爆散し、積載物が内臓のように舞い散っている。
瓦礫と、そして無数の────人間が。
サブコントロールルームのモニターから、ミオリネはプラント宙域を見ていた。戦域を。
いや、こんなものはもはや。
「闘いじゃない……」
あまりにも一方的な、蹂躙。
武装集団。ミオリネにとってはその出自も目的も定かではない無法のテロリスト達。
そんな彼らが押し流されていく。暴れ河に飲まれる小枝のように、抵抗は全て虚しく無意味になる。
たった一機のモビルスーツが、鬼神の如きエアリアルが終わらせた。戦闘を。
「こんなの……違うでしょ……」
今この空間に布かれた不破のルール。絶対の支配者は一つ。
あの少女ただ一人。
怒りに狂うあの子ただ一人。
ミオリネには見えた。その荒ぶる機体の内側に、御しがたい怒りと悲しみに身を焦がすスレッタの姿が。溢れ出る力を暴走させる恐ろしい少女の様が。
喪失の痛みに叫ぶ、憐れな幼子の泣き顔が。
「……スレッタ」
進むべき道を、勝利を掴めと、語った貴女。
ただ父親の手を逃れることばかり考えてきたミオリネに、闘うことの意味を教えてくれた貴女。
「大切なことなんでしょ……!? あんた言ってたじゃない! 闘いはわかり合うために、拳は自分の心を表現する為のものだって……こんなこと、あんたは望んでない!」
「……」
モニターに指を這わせる。
しかしエアリアルとスレッタにミオリネの言葉は届く筈もない。
蒼い機影が舞い上がる。スラスターから発したパーメット光が翼のように闇に閃く。
この宙域に残存する最後の船影に襲い掛かった。
「いかん」
「え」
「あの輸送船がもし拿捕されたものなら搭乗しているのはテロリストだけではない」
デリングの厳めしい顔容が一層に険しさを増す。冷徹が服を着たような男が何故、今この時そのようなことを口にしたのかミオリネには皆目見当もつかなかった。
ただ瞬時に過った理解に、戦慄する。
スレッタの極限の武力、その切先が次に絶つものは。
テロリストじゃない。
闘うという意志すらない。
ただ悪意と謀略に巻き込まれた無辜の人々を。
スレッタがその手に。
それは。
それだけは────
「ダメッ!! スレッタ!!」
赤く染まる視界。
『来るなぁ! 来るなぁああ!!』
見えるのはただ討つべき敵の姿のみ。
『全弾命中してるんだぞ! なんで止まらない!?』
『破損が消えてく……削れた端から、は、生えてくる……ひ、ひぃ』
『こいつはモビルスーツなんかじゃねぇ……! あってたまるか!!』
先輩をやった機体は。あのガンダムはそこだ。あの船に逃げ込んだ。
許さない。
逃すものか。
『バ、化物────』
纏いつく無数の声が途絶える。
己の進撃を妨げるもの全てを薙ぎ払いながら、エアリアルは翔ぶ。
大上段。
両断する。
諸共に。敵を。仇を。
斬る。斬る。斬る。斬る!
カシュタンカの艦橋でナジが叫ぶ。
「回避運動!」
「無理です! 間に合わねぇ!」
格納庫になだれ込んだ二機のルブリス。
コクピットのシートでノレアは対ショック姿勢を取る。無駄であることは承知の上で。
ソフィは、機体を飛び出した。
両手を広げて晴れやかに、ひどく無邪気に。
『アハハッ! ヒャハハハハッ! 素敵! サイッコー! さあ来て! スレッタお姉ちゃん!』
「だぁあぁああぁああああああああッ!!」
雄叫びと共に打ち下ろされるエアリーフィンガーソード。
極光が、船を、武器を、兵士を、無実の人々を、なに区別なく全て消し去らんと────その刹那。
船と剣の間に突如、高速で“何か”が躍り出た。
影と呼ぶに相応しい宇宙の闇にさえ姿を刻む純黒。そして鮮やかに残光を引く燃えるような赤。赤い両翼。
「!?」
「ダークネスフィンガー・白羽取りぃぃいいい!!」
裂帛の気合が
事も有ろうにそのモビルスーツ……否! モビルファイターは戦艦の全長をも網羅する長大なビームの剣を受け止めた。両掌に光を纏い、刃を挟み止めていた。
その至芸、まさしく真剣白刃取り。
モビルスーツの装甲を容易く溶断し塵芥と化すエネルギー量をして物ともせず、遂には。
「爆散!」
光が爆ぜる。刀身が砕け散る。
受け止めるだけに留まらず、ソードの出力を上回る闘気と純然たるその握力によって握り潰したのだ。
スレッタは息を呑む。忘れていた自発呼吸を思い出す。
正気を、失っていた“己”を取り戻す。
漆黒のモビルファイター。思わず身が竦むその威容をどうして忘れよう。
「マスター、ガンダム!? し、師匠……?」
「この馬鹿者ぉッ!!!」
「ひぅ!?」
スレッタは喉の奥で悲鳴を上げた。背骨を震撼するような怒声。懐かしの、聞き違える筈のない声。
巨大な柄と鍔と巾木を形成していたガンビット達が解け、離脱する。その様はまるで叱られるのを恐れて逃げ惑う子供のようだった。
エアリアルもすっかりと引け腰であった。
マスター・ガンダムは堂々たる様で腕を組み、虚空を背にエアリアルとスレッタを見下ろす。
「己が背後をよく見てみろ!」
「へっ……」
言われるままにスレッタは振り返る。自分が突き進み、翔け抜けて来た道程を……自分の行いの結果を。
「……あ、ぁ」
無数に宇宙を漂う残骸。それが元はなんであったか。原形すら留めず、矮小なデブリとなって暗闇に消えていくそれらが、一体なんであったのか。
己が手で切り裂き。
己が手で焼き払い。
己が手で、滅ぼし尽くした敵。敵と決め付けて……殺戮した人。人。人。
「私、わ、わた、わたしが……わたしが、こ────」
「喝ッ!!!」
「!」
その答えに染まり、沈み、溺れかけたスレッタの心をまたしても叱声が叩く。
引き揚げ、呼び戻した。
「“それ”は魔境ぞ。囚われてはならん。少なくとも今はただ“それ”を知り、心に留め置くのだ」
「師匠……師匠、でも私、私は!!」
「為すべきことを為さんか! 花嫁の危機であろう!」
「っ……ミオリネ、さん……!」
骨を軋ませ、歯を食い縛る。胸中に渦巻く激しい惑乱をスレッタは満身の力でなんとか封じ込めた。今一時、ミオリネを助けたいという一念に心の全てを傾ける。
そうしなければ、身も心も壊れてしまいそうだった。
宙域の一角を見やって、カメラアイをフォーカスする。半壊したデミトレーナーとディランザ・ソル。そして、そこに漂う二人のパイロット。
父と子。
グエル。
「グエル先輩……」
「案ずるな。あの二人はワシがプラントまで送り届けよう。さ、行け。行くのだスレッタ」
「…………はい」
血を吐く思いでスレッタは頷く。
思いがけないこの再会を、喜ぶことも、悲しむことも、今はまだ許されないのだから。
マスター・ガンダムは、愛弟子一人と一機の背を見送った。
「惑うか、スレッタよ……」
その小さな背中に浮かぶは紛れもなく未熟の二字。
しかし東方不敗マスター・アジアをして、その二文字の下、無慈悲にただかの者を断ずることはできなかった。あまりにも幼い、あの娘子を。
「小火器で武装したテロリスト程度どうということもあるまいが……先行したエランには恰好の実戦。精々二人、合力して事に当たるがいい」
そうしてもう一方で、ジャマ―をばら撒きながらプラント宙域を急速で離脱していく輸送船カシュタンカを見やる。
「流石に追えんか……ぐっ……!」
その屈強な身体が傾ぐ。
両掌に響く熱気と衝撃に、老師は笑みを深めた。
「強うなったと、褒めてやりたいところだが……まだまだ、教えねばならんことは山とある」
荒く咳を手に受ける。黒みを帯びた血の塊を見ても、もはや忌々しいとは思わぬ。
師は、ただ悟りの心地で穏やかに己の命を見詰めていた。
「今少し待て。あの娘に、大切なことを伝えるまで」