水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
「黒い、ガンダム……?」
赤い翼を背負った悪魔のような禍々しい
その威容、画面越しにもひりつく覇気を覚える。
「もしかしてあれが、スレッタの……」
「……」
ミオリネの疑問と予感に答えをくれる者は今ここにいない。
回答を得る為にも、少女は行動せねばならなかった。
「おい、プラント内から通信波が出ている……オープン回線だと? なるほど、ホッピング通信か。敵の使う周波数帯を割り出した者がいるらしい」
「それ何処!? 第三埠頭? っ、うちの船が着けてあるとこじゃない!」
コンソールから跳び上がって、ミオリネはコントロールルームの扉へ走った。
「どうするつもりだ!」
「合流する」
「無茶を言うんじゃない馬鹿者」
「んなっ、馬鹿とはなによ! 馬鹿とは!」
デリングの制止に発憤しつつ、その足は逸る。急ぐ。
「社員達が無事かどうか社長が確認に行かないでどうするっての」
「テロリスト共がどれほどの歩兵を侵入させたかわからんのだぞ! 迂闊に動くんじゃない!」
「ここでじっとしてたって見付かる危険に変わりないでしょ!」
「お前の花婿を待てと言ってる! 戦闘が終結した今あのパイロットは何を置いてもまずお前を探す筈だ」
「でも! あいつは今……あの子は」
語気が弱まり、消える。暗い通路の只中、ミオリネは掴まれた手を振り払うこともできず立ち竦む。
闘わせたくない。これ以上あんな、闘いとも呼べない闘いを、あの純粋な少女にやらせたくない。
自分で自分の制御を失うほどに怒り、猛り、暴れ、狂ったあの姿。子供のように無邪気に、ひた向きに
必死に守ろうとしたからだ。
大切な人を、仲間達を……ミオリネ・レンブランを。
ジェターク社のモビルスーツをデミトレーナーが庇う様はミオリネとて目撃した。あのデミトレーナーがチュチュ専用にチューンされたもの、地球寮のものであることは一目瞭然だ。
あの中には誰が、誰があれを操縦していたのか。パイロットの生死すら未だ定かではない。
「だから……!」
結果あんなことをさせてしまった。取り返しのつかない殺戮を。
「伝えなきゃ。スレッタに。もう大丈夫だって。皆無事だって……あんたのお蔭で……!」
「……」
そっと手が解かれる。
ミオリネは振り返り、デリングを見上げた。鋭く厳めしいばかりのその目が、けれどどうしてか今は少しだけ穏やかに、柔らかに。
ミオリネを見下ろす。
ミオリネの目にはそう見えた。
「いたぞ!」
「!」
「!?」
通路の向こう側に大挙する。
ノーマルスーツ姿、手には小銃。
「ブリッジ、対象を発見……無駄か」
「陽動部隊はとっくに離脱してるだろうぜ。初めから片道切符だ」
「総裁の首が地獄への手土産か! ははははは!」
躁病のように一人の兵士が笑った。人殺しの凶器を手にしておきながら高らかで、晴れ晴れと。
殺意に酔った者達の不気味。
ミオリネはそれを
「死ね! デリング・レンブラン!」
無数の銃口が二人を狙う。無数の殺意が二つの生命を狙う。
「く!」
「ひ、あっ」
ミオリネの腕が引かれる。無重力下を強く、通路の後方へ。
その背中の後ろへ。
デリングはミオリネを押しやる。
両手を広げ射線を遮り、その体躯が守る。ミオリネの盾になる。
「おっ……お父さん!」
銃火が、その引き金に指が────指に突き刺さる。そして銃身に、あるいは銃口に。
血の球が宙を舞い、切断された指が飛ぶ。
それは針のように細い刃。黒い暗器。苦無。
空間を走ったそれらが隊伍の前列を襲った。
「ぐあっ!?」
「なんだぁ!?」
苦悶、悲鳴。隊列が崩れ、騒然と。
そこにさらに駄目押しの苦無の雨。
それはミオリネの背後から投擲されていた。
「もっと下がって。ミオリネ・レンブラン」
「!? あんたは」
ミオリネの傍らを擦り付ける人影。
目深にキャスケットを被り、鼻先から首筋を赤いストールで覆っている。
しかしその瞳。氷のような静謐な瞳をミオリネは知っている。
愛想の欠片もないその少年の声を覚えている。
「エラン!?」
床を蹴ったかと思えば瞬時、少年の細身は天井へと達している。
そうして頭上から踊り出る。跳弾めいて先頭の兵士に蹴り足を放った。
ヘルメットのバイザーを砕き、安全靴の分厚い踵が突き刺さる。
「撃て!」
「させない」
その両手、エランの五指の合間それぞれに苦無が挟み込まれていた。
両腕を振るって一挙に擲つ。狙い過たず、至近で銃を構えた兵卒十名の手を正確に射貫いた。
「手榴弾を使え!」
「!」
覆面の下、エランは顔を顰めた。
ミオリネはその一声に戦慄し、デリングは迷いなく娘の頭を抱え込む。
直後、轟音が響いた。
爆発ではない。
閃光も火気もなく、それは天井を引き裂いて現れた。
瓦礫が弾け、建材が塵埃を散らす。
二つに割れた天板と構造材の合間から、巨大な白い面相が、緑の
ガンダム。
「エアリアル! スレッタっ」
ミオリネの呼び声に応えるが如く、エアリアルのコクピットハッチが開きその中から。
飛び出す。ファイティングスーツに身を包んだスレッタ・マーキュリーは、戦列の正面に舞い降りた。
ピンを抜かれた手榴弾が既に兵士の手より離れ、それは無重力の必然として真っ直ぐに進む。
デリングの身柄へ。
「全部で十……借ります!」
「っ!?」
スレッタは近くに立つ敵ではないだろう人。
エランのストールを剥ぎ取り、宙空を薙ぎ払った。
下から上へ。風を逆巻き、空間ごと手榴弾を打ち上げる。
「エアリアル!」
スレッタが呼ばわれば即座に、エアリアルは両掌で打ち上がった手榴弾を挟む。
巨大な合掌。その中から赤い閃光が吹いた。
爆風が空洞を、通路を駆け抜ける。
動揺したのは兵士達だった。
その隙を見逃すファイターに非ず。流派東方不敗に容赦の二字はなし。
「せいやぁ!!」
「はぁっ……!」
闘士二人、隊伍を突き崩す。
スレッタの拳がある者のヘルメットを打ち貫き、エランの膝頭がまたある者の水月に沈む。
四分五裂。二十名からなる歩兵部隊は、たった少女一人と少年一人に叩きのめされていった。
「糞! せめて、刺し違えてでもぉ!!」
「しまっ……!」
エランの焦り。
前列の隊員達を盾にして後列の兵士共が遂に発砲した。
この混戦の中で狙いもなにもあったものではない。しかし閉所での盲撃ち。流れ弾、跳弾一発でも標的に当たれば委細上等。
当然に銃火はまず直近の味方を直撃した。薄闇に鮮やか、血花が咲き乱れる。
「シッ」
スレッタの並びの良い歯列から気息が吐かれ、刹那少女の前腕が消える。消えたと見紛う速度で空間に走る。
そうしてぴたりと止まったその五指には、無数の銃弾が捕まっていた。
ミオリネ、それを庇うデリングに命中するだろう弾道にあるもの全てを掴んで止めた。
「……なんだそりゃあ」
「……」
小銃の撃ち手たる男は、スレッタの無言のボディブローによって意識を沈めた。肉を貫き骨を震撼しその背後に立つ者をも吹き飛ばす威力。衝撃。彼がその後の人生を完全な健康体で送る未来は今消え失せた。
続いて彼らが敢行したのは、手榴弾を抱えての特攻だった。
捨て鉢、死に体のテロリストに相応しい作法、自爆によって。
「そうまでして……この人を、傷付けたいのか……おのれぇ!!」
「スレッタ・マーキュリー?」
激昂してなお鋭く
獣の如き俊敏さ。重機を凌ぐ剛力で。
眼光は赤く敵を確と見定め、接近し、肩口を掴む。男の鎖骨が掌の内で砕けるのを感じた。それでも強く、指が抉るまでに強く掴む。
「ひ、ぎゃああああ!?!?!?」
「アアアアアアアアアアアアッ!!!」
男を壁に叩き付ける。壁面は割れ砕けて、金属と樹脂でできた構造材に穴が空いた。
スレッタは男を中へと押し込む。ダストシュートにゴミをダストボックスごと放る要領。中身、その身に抱えた手榴弾を。
男はそれを手放した。到底人間の耐えられるパワーではなかった。
ずたずたのノーマルスーツ姿を引き抜いた瞬間、壁の中で爆発が起こる。構造材が度重なる暴挙に悲鳴を上げる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
爆風が止み、埃と瓦礫と煙の舞う中で、スレッタの荒い息遣いだけが通路に響いた。
気絶したテロリスト達。無傷な者は一人としてない。戦意を、意識を保つ者とてもはやない。
「スレッタ……」
「っ!」
ミオリネの囁くような声に、スレッタの肩が跳ねる。
スレッタは、しかし振り返られなかった。ミオリネの声が聞こえていることは明白であるのに。
そっと踏み出して、ミオリネが手を伸ばす。その強靭な筈の、今この時は意外なほど華奢に見える少女の肩に。
触れようとした白い指からスレッタは逃れた。
「スレッ────」
「触らないで、ください」
ゆっくりとミオリネに向かう。
スレッタは、ひどく怯えた目で、震える声で、罅割れのような笑みで言った。
「ミオリネさんが、汚れちゃうから」