水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
Cブロックは宇宙港第三埠頭。
停泊した地球寮株式会社ガンダム社用艦内にて。
「ジャミングが弱まってる?」
「レーダー生き返ったぞ!」
「な、なら周辺探査を! プラントの状況、どうなってるかわかる?」
「その前にあたしのデミ! あのバカは!? 借りパクなんて絶対許さねぇかんな……! パーメットの識別コードここに入れてたろ!?」
「わぁかってる! 急かすな。反応……くっそ、ダメだ。レーダー波が通らねぇ」
「なんでだよ!」
「遮蔽物が多過ぎるんだ。たぶん……モビルスーツとかの残骸で」
ティルの言葉に全員が押し黙る。
この宙域を漂い汚す無数のそれ。戦場の跡に残るのは、金属と血肉の屍の山と。
戦災の爪痕の生々しさを、この場の誰もが知っていた。
「……とりあえず探査可能範囲内に船影なし。モビルスーツの電磁波も検知できねぇ」
「終わった、ってことか……?」
「そういえばいつの間にか動き回る光も見えなくなった」
艦橋の気密窓から望む港湾の外は、まるで何事もなかったかのように宇宙の暗黒が広がるばかり。船外監視用のカメラにも砲火や爆炎は映っていない。
「いや待て! 接近してくる熱源があんぞ。パーメット識別……で、できねぇ」
「できないってどういうことだよ!?」
「パーメットの反応がねぇんだよ!」
「モビルスーツじゃないのか」
「でもこの大きさは、船じゃないぞ!」
艦橋から地球寮生達全員が宇宙の暗黒に影を見た。虚空より深い黒の人型。その背に鮮烈な赤い翼を負う。
像すら歪ませ、吹き荒ぶ疾風の如くそれは飛び込んできた。
そして船の側近く静止する。
堅牢な装甲に鎧われた禍々しくも武骨な戦姿。鋭利な爪を生やした手が船の舳先に触れた。
「や、やっぱりモビルスーツ……!?」
「ひぃ」
アリヤが声を上げ、リリッケは悲鳴を呑んだ。
オジェロは無重力によろめき、ヌーノがシートの上で凝固する。
マルタンはコンソールで膝を打った。ティルは防護シャッターの閉鎖スイッチに手を掛けた。
チュチュは、その場に踏み留まる。怯み竦もうとする体を全霊の力で支え、決死の思いでその機影を睨み付けた。
「やっ……やんのかオラァアアア!!?」
背筋に纏う怖気を払う心地で、腹の底から怒気を吹く。死んでもぶん殴る。そんな覚悟。
『ぬっははは! その意気込みや良し!』
「…………は?」
笑声一吹き。威勢に満ちた男の声が艦橋内に響き渡った。
『だが虚勢にあかせて敵を見誤ってはならんぞ。弱い犬ほどよく吼え、よく咬み付くという』
「んなっ、誰が犬だ誰が! 高座から見下ろしやがってこの野郎! 面見せろ!!」
『話に聞いた通りの娘だのう。チュチュといったか?』
「えっ、なんで、あたしの」
ホロディスプレイにコクピットの映像が投射された。腰元まで一つに結われた灰髪、胴着の上からでも見て取れる太く頑健な筋骨。
その力に満ちた眼がゆっくりと少年少女達を見渡し、笑みに細められた。
『スレッタが世話になっておるな』
その一言に全員が呆気に取られる中、チュチュは気付く。
灰髪の男の背後。それこそスレッタのエアリアル同様の球形コクピットに、別の人影があった。
「おい……おま、なに血だらけになってんだよ、なぁ……ぱいせん……?」
暗い通路を四人、連れ立って進む。
先頭にファイティングスーツのままのスレッタ、殿をエラン。二人に守られながらミオリネとデリング。
皆一様に言葉数は少なかった。戦闘者たる二名が敵の奇襲に対して警戒を強めている為だが。
「……」
ミオリネはスレッタの背中を見やる。背骨に沿ってペアリングアンテナが並ぶそこには……拒絶の色が滲んでいた。対話を、声を掛けられることすら怖れて。
(……怖がってるのは私の方か)
ミオリネは胸中で尻込みする自分自身を認めた。
目の前を行く少女と自分とが今、まるきり鏡写しなのだと。
「……」
「敵は、まだいると思うか」
「……えっ」
沈黙を破ったのは意外にも、デリングだった。
その問いは相手を定めているようで、独り言のようでもあった。
そうしてさらに意外や意外。応えたのは予期せぬ再会を果たした覆面少年、エラン・ケレスだった。
「……僕は見ていない。少なくとも僕がプラントに入ってからは、さっきのが初遭遇だ」
「そうか。私の暗殺が目的であるなら、周辺一帯を闇雲に探し回るなどという真似はすまい。発信機を取り付けるのが常道だが、今回の手際の悪さを見るに敵もこちらの位置を把握してはいないようだ」
「なら、まずは逃走手段を潰そうとする筈」
「その意味で埠頭へ向かうのは本来悪手なのだがな」
「僕とスレッタ・マーキュリーがいれば小隊規模の歩兵くらい排除できる」
「そのようだな」
「うん」
そして再び、沈黙が重く通路を満たす。心なしか数秒前よりさらに空気は重く、強張って。
ミオリネはいかにも気不味そうな男共二人を交互に見やり、片眉を上げた。
「……もしかして、あんた達それで気遣ってるつもり?」
「「……」」
「はあ……」
無表情という一点で似たり寄ったりな野郎共からの、不器用極まる間の持たせ方に少女は心底呆れた。
そんな朴念仁に気を遣われたというのが少女にとってはなによりも業腹である。
「……」
ミオリネは僅かに息を吸った。
その時。
通路の途上に隔壁によって閉鎖された扉が現れた。スレッタが壁際に陣取り、様子を窺う。
「……人の気配です。かなり多い」
「待ち伏せ?」
「いえ……隠れてる息遣いじゃない、です」
「?」
ミオリネはデリングと顔を見合わせた。
そう口にしたスレッタにしてから、不可解そうに眉間に皺を寄せる。
エランもまた扉の脇に近寄る。
「操作盤は復旧してる。開いたと同時に先手を取ろう。可能ならそのまま制圧」
「はい」
「……エラン、あんた、ちょっと見ない間にだいぶ……アバウトになったわね」
ミオリネの多分に皮肉を含有した称賛を無視して、エランは操作盤に指を這わせた。
隔壁は迅速に収納され、フライトデッキからは煌々と照明の光が溢れた。
左右からスレッタとエランが内部へ侵入。無重力下、強力なバネ仕掛けの矢のように進突する。
目前にはやはりノーマルスーツ姿の敵……敵の山。
「遅かったな」
「!」
「なっ」
敵が貨物か資材のように山と積まれていた。そしてその尽くが一様に後ろ手に縄を掛けられている。まさに下手人なりの扱いで。
それを為したであろう人は、フライトデッキの中央に。
偉容の黒馬の鞍の上、どうしてか騎乗せず
一瞬、驚きに息を呑んだスレッタはその姿を認め瞳を輝かせる。
「師匠!」
「喝ッ!」
「!?」
「答えよスレッタ!」
間髪入れず男は問う。
拳を突き出し、闘気を滾らせ。
「流派! 東方不敗は!?」
「王者の風よ!」
足を広げ重心を極めて低く取り、スレッタとても応じて構える。
「全新!」
「系列ッ!」
師の剛強なる拳が残像によって空間を埋め尽くすほどの拳打連打。
機関銃の掃射に等しいそれをスレッタは受けいなしあるいは打ち返す。
「「天破侠乱!!」」
高まる闘気は熱を生み、二人の身体を激しい光が迸る。
拳と拳が激突。練り上げた純粋無垢な力がただ一点に収斂する。
「「見よ! 東方は赤く燃えているッッ!!」」
そして遂には、空間に燃え上がる、火源なき炎。濃密に高まり極まった闘気が見せる幻の爆炎が師弟の周囲に溢れ返った。
ここが閑静なフライトデッキであったことを誰もが失念する光景だった。
「わぁ、燃えてるー。なんで消火装置働かないのかしらー」
「………………これは、これはなんだ。ミオリネ。説明しろ」
「一回見たでしょー。30話くらいに」
「奴ら生身だぞ」
「今更でしょー。モビルスーツ素手で吹っ飛ばす連中よー。ってかそっか。あれが総元締めかふぁっく」
やさぐれる一人娘にデリングはちょっと怯んだ。
この世の理に思いを馳せる父と子の一方で、エランは終始その演武を静かに見守っている。
「……まさか、だけど。あんたもアレ、やるの?」
「? 当たり前だろう」
「染まってる!? 染まってるわ!? えっ感染するのアレ!?」
「お、落ち着けミオリネ。動揺するな」
「無理よ!!」
鮮烈な赤い炎が徐々に鎮火していく。
文字通りの火元である二人、スレッタと東方不敗マスター・アジアはここにようやく相対したのだ。
「久しいな、スレッタ。ふっ、鍛錬は欠かしておらぬようで安心したぞ」
「……っ」
「ん?」
「師匠……」
そう呼ばわる少女の声は震えていた。大きな両目には涙が溢れ、それが頬を流れ落ちるまでにさして時間は掛からなかった。
さめざめとスレッタは泣いた。
子供のように。年相応に。
「私……私は……人を……この手に、掛けました……一方的に……ただ、怒りに任せて……っ」
「ああ、わかっておる。わかっておるよ、スレッタ」
「ッッ!」
膝を屈するスレッタに、師もまた同じく膝をついて向き合う。
その震える肩に触れ、縋る手を握り返す。
「師匠……ししょぉ……!!」
「……」
ミオリネに言葉はなかった。
ただ、小さく丸まった背中を呆然と見ていた。ぼろぼろと泣き崩れる少女の姿。
初めて見る、スレッタの弱さを。