水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
『勝敗は! えぇとぉ……モビルスーツのぉ、性能のみで決ま……らず!』
「操縦者の技のみで決まらず」
『「ただ……」』
正体不明にして性能未知数のモビルスーツを駆る、鍛錬研鑽練達に裏打ちされた技量の権化のような少女と共に、グエルは前口上を締め括った。
結果のみが真実
その最後の文言こそはグエル・ジェタークの今だった。
ベネリットグループの御三家に名を連ねるジェターク・ヘビー・マシーナリー。その経営者ヴィム・ジェタークが長子。家族経営の常として、次期当主の最有力候補に数えられているのが自分だ。
勝者であらねばならない。
ジェタークの兵器を以て、グエル・ジェタークは勝ち続けなければならなかった。
最強のパイロット、ホルダーであること。それが自分の役目。父が自分に懸ける期待の全てだった。
それ以外はない。何もない。ジェターク家において自分の存在意義は、ジェターク社製のモビルスーツを如何に強く魅せ、社名を売り家名を守るか。
御家の駒、いや宣伝看板を立て掛ける柱くらいの意味しかない。
そして当然に、柱は折れてはならないのだ。
容易く手折られるような弱いものは不要なのだ。存在する価値はない。
価値。
「俺は……」
暗雲の下、対するは白雲のようにまっさらな純白の機影。しかして、そいつから立ち昇る覇気は熱砂の陽炎のようだった。
燃え盛っている。
敵手を前にして戦気を練り上げている。
真っ直ぐに、射貫くほどに、グエル・ジェタークを見据えるスレッタ・マーキュリーがそこに在る。
それは、今まで感じたことのない肌触りだった。幾度も幾度も、幾人ものパイロット達と矛を交えてきた。
だがこれは、ない。こんな奴はいなかった。敵意を剥き出しにする者、怯えに竦み上がる者はあった。だが。
「……俺を」
こうも真っ直ぐに。
『フィックス・リリース』
「っ!」
エランの無機質な開戦宣言に、漂っていた思考が現実へ立ち返る。
戦いだ。ここは戦場なのだ。
敗けられない。自分にもう後はない。俺は戦い、戦い。
「勝つんだよ!」
────何の為に?
特異な操作体系を有するスレッタのエアリアルに対して、学園生徒達の反応は様々だった。
多くは、その奇抜なデザインのファイティングスーツを笑い、モーショントレースによる操縦を前時代的だと声高に揶揄した。とりわけパイロット候補生にその気風は顕著であった。
しかし、ニカ・ナナウラを始めとする技術者連中、モビルスーツのシステムに精通する者達の認識は異なる。
驚愕と、戦慄だ。
開戦早々に二機の巨体が画面を埋め尽くす。
「いきなり近接戦!?」
「白兵、いやもうこれ肉弾だ……」
「やっぱ素手かよ!?」
エアリアル、白の機影が先んじる。走行からの一跳躍でダリルバルデとの距離は瞬く間ゼロに。
踏み込み同時の中段突き。
ダリルバルデは身を乗り出し、その
チュチュは鼻で失笑する。
「うわ、お手本みたいな崩拳」
「ジェタークの重量級機体を殴り飛ばしたぞ!? どんなパワーだよ!?」
「単純に押し合えば出力勝負だけど、でも質量差自体はそんなにないよ。自重を……体重を丸ごとぶつけた? 自律姿勢制御だけじゃない。操縦者の重心移動まで完璧に再現してる……」
ニカは自分の分析の正しさを画面内に見る。
白の機体はその一撃一撃に自機の全質量を乗せて放っている。拳という極小一点に集約される圧力と衝撃力の凄絶さ。
堅牢を誇るジェターク社製モビルスーツ、ダリルバルデの装甲には拳打の痕がまるで判のように押されていった。
「タコ殴りだな」
「そのビームジャベリンは飾りかよ!? 距離取れ距離!」
「そうさせない為に肉薄してんじゃん。まあ、それにしたってこれは芋引き過ぎだけど。はっ! 御三家の御曹司様がなっさけな!」
チュチュの侮蔑に、ニカは首を捻る。
確かにそうだ。肉弾戦を得意とする敵と同じ土俵で戦い続けるのは如何にも非合理的。
銃火器を装備していない以上、なんとかしてジャベリンかサーベルの有効距離まで離れなければいけない。
それをしない……できない理由が?
再接近、敵機の鋭い貫手が頭部を、ブレードアンテナを狙う。
瞬時に分離したシールドビットがそれを阻み、防ごうと……しかしそれこそ囮。
がら空きの腹へ、左のリバーブローが突き刺さる。衝撃が装甲を抜けてコクピットにまで貫通した。
「がぁっ!? クソッ!」
背部サブアームが分離。二振りのソードビットが周囲を薙ぎ払う。
特殊兵装の使用に際して、本体側の動作、回避運動が鈍った。
「下か!? 止まるな!」
地を這う白の機影。屈曲していた膝が伸び上がる。
真っ直ぐに上昇してくる拳。脚力によって増速したアッパーがカメラアイを穿った。無警戒に、敵影をただ目で追ったツケだ。
モニターの半分が死ぬ。自動でサブカメラがそれを補完し、視界は確保できたが。
現状は何一つ好転していない。いや悪化の一途にある。
グエルはそれを、他人事のように理解していた。他人事なのだ。初めから。
目の前で独りでに動く操縦桿を、グエルはただ呆と見下ろした。
「……」
それを幾ら手繰ろうが、ダリルバルデはグエルの操作を受け付けない。
意思拡張AIに全操作権を握られ、飾り以下に成り下がった自分には、なにもできない。
初めから、何をする権利も与えられてはいなかった。父ヴィムが求めたのはグエルの勝利などではない。自身の、ジェタークの勝利だ。
「はは、ここは初めから俺の戦場じゃなかったってことか……」
では、自分は何の為にここにいる。このコクピットで、ただ敵に打ち負かされる自機の様を眺める為か?
それはなんとも笑える話だ。
ジェターク寮専用管制室に怒声が響く。
「なにをしてる!? 意思拡張AIはどうした! 何故反撃しない!?」
「え、AI、正常に作動しています。各兵装のパーメットリンクも、問題ありませ……」
「ならば何故一方的にやられておるんだ!? 近接戦闘ならダリルバルデが負ける筈が……!」
「あんな戦い方をする敵のデータが存在しないからですよ、父さん」
「なにぃ!?」
額に青筋を浮かべて怒り、そのまま狂いそうなヴィム・ジェタークに、ラウダ・ニールは冷厳と言った。
一企業の長として社の利益の為にどんな手段も厭わない姿勢、ラウダにそれを責める心持ちはない。自寮の力を最大限に使い、他の者を圧倒する。勝利することはアスティカシア学園の決闘において当然の心得だ。
それでもなお、ラウダが実の父親に反骨心を抱くとすれば、それは兄への。
グエル・ジェタークへのこの仕打ちだ。
当人の戦う意思など一顧だにされず、AIに全ての操作権限を奪い取られる。それが兄にどれほどの屈辱と絶望を与えたか。ラウダには痛いほど理解できてしまう。
無慈悲な父に、腹違いの次男坊の声は否応なく険を帯びていった。
「所詮ベータ版の戦闘データ蓄積と処理能力です。こんな
メインディスプレイには、追う白と追われる紅。AIによる完全自律制御の機体が完全な逃げ腰になっているのだ。
AIは未知に対して無力だ。火器はおろかサーベルの一本も使わず、本来は精密機器に当たるマニピュレータとペディピュレータで殴る蹴るの格闘戦を挑んでくるモビルスーツなど、理解できる筈がない。
加えて、高速の演算と行動予測によって攻撃を防御ないし回避し距離を取ろうとするダリルバルデに、しかして敵機は人外染みた反応速度で追随してくる。
千日手だ。武装の有効射程に逃れたいダリルバルデ、それを決して許さない敵機。
そして刻一刻、装甲とフレームにダメージを蓄積しているこちらがいずれは形勢を崩すだろう。
あるいは、と。ラウダは密かに失笑した。
「旧時代の、人間の格闘技を学ばせた方がよかったかもしれませんね」
「ッッ! ふざけたことを言うな!」
「はい、すみません。でも父さん、ご覧の通りです。AIの有意性はもう無いに等しい」
「なんだとぉ……!」
「兄さんに戦わせてください。そうすれば、まだ勝機は……!」
「私の計画に異議を唱えるのか!?」
テーブルに拳を叩き付ける父を、ラウダは祈るように見上げた。
憤怒で爆ぜてしまいそうなヴィムが、不意に顔色を変えた。
「廃熱処理だ。水を流せ! 奴は地に足を付けた戦いしかできん。足場を泥濘にすればあのふざけた動きを封じられる筈だ!」
「! 父さん! この期に及んでまだ!」
「お前は黙っていろ! 管理室に潜り込ませたのがいただろう!? 早く通信を繋げ!」