水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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リハビリ



迷える拳!構えろ、スレッタ・マーキュリー

 

 

 

 プラント・クエタの復旧作業は急ピッチで進められている。

 物理的に分断されハード、システム両面で全壊に等しいCブロックはともかく、被害を免れた他のブロックがフル稼働することで各種施設機能を回復させつつあった。

 

 別けても医務・治療設備は優先的にエネルギーと物的資源のリソースが割り当てられた。

 テロの蜂起から二週間。プラント宙域で戦闘に参じたパイロット、巻き込まれた施設職員ら多数が現在も医局フロアの病床を満たしている。

 

 高度治療用個室。一枚ガラスで隔てられた待合室にラウダは立った。平静に振る舞いながら、その表情は、その目は刻々と暗む。悲痛に歪む。

 

「兄さん……」

 

 何度目かもわからない呼ばわりに、しかし応えはない。

 フルオートメーション化された武骨な治療台の上に横たわる人間の身体はいかにも頼りなげで。

 グエルは未だ生死の境に在る。

 ラウダはただそれを見守ることしかできなかった。

 

 

 病室の外、重力生成下の通路に据えられたベンチにペトラが座っている。

 そして少女が手にしたタブレット端末の画面には通話中のフェルシーの姿があった。

 

『グエル先輩の容態は!?』

「担当医の先生は、峠は越えたって言ってた……けど、まだ油断はできない。とにかく目を覚ましてくれるまでは」

『……ッ!』

「……」

 

 暗澹と少女達は沈黙する。

 あるいはそれに耐えかねて、フェルシーはぽつりと言った。

 

『こんな時に、CEOまでいなくなっちゃうなんて……』

「……名目は事情聴取だけど、実質拘禁に近いみたい」

『な、なぁ、なぁペトラ。ジェターク寮、これからどうなっちゃうんだろう』

「わかんないよ……わかんないけど……私はラウダさんに付いてる。私が……私達が支えないと」

 

 

 

 グエル・ジェタークの意識は浮遊する。

 広大無辺の光の中を、あるいは白い闇の中を。

 あらゆる物体、ともすると自分自身すら認識できなくなる。曖昧な空間。

 それこそ夢現の境に青年は在る。

 

「ここは……なんだ。俺は、死んだのか」

『いいや。お前はまだ死んじゃいない』

「誰だ!?」

 

 背後からの意表外の声にグエルは振り返る。

 その気配は、まるで今この瞬間に立ち現れたかのようだった。

 無限の白い空間の只中、初めてそれ以外の色彩を見る。

 両肩に何故かスパイクが装着されたトレンチコート。

 黒赤黄がストライプに走る派手な覆面は、さながら地球に在りし欧州独国旗の様相。

 さらにさらに何故か額に二角のブレードアンテナを頂く長身の男が、空間に佇立し、腕組みしてグエルを睥睨していた。

 

「────いやホントに誰だ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑薫る大気に一打、拳が奔る。

 衝撃、突風、芝生がそよぎ雑木林が騒ぐ。ミオリネの温室の傍らでホルダーの証たる白い制服姿が鋭く舞う。

 正拳に篭められた闘気と純粋な威力がスレッタの周囲に拡散した。

 そしてスレッタはその事実に顔を顰めた。

 周りに無用の騒乱が起こる、即ち力が逃げ散っている証左である。力の収斂が甘い。脱力が不十分で練氣にも無駄が多い。

 自身の未熟を差し引いても、これが万全とは程遠いということをスレッタは痛感する。その理由についてもまた、少女は重々承知している。

 

「……」

 

 油断すればすぐにも意識は流れ流され、心身の統制は乱れる。

 繰り出す技の(ことごと)くが、精彩を欠いた。

 そうしてまた一撃。虚空を打ち抜かんとした時。

 

 目の前で散華するモビルスーツ達。

 

 両断され爆散する戦艦。そして。

 

 そして宇宙の闇へと放逐される無数の────

 

「ッッ!」

 

 心臓が跳ね、全身の血が一気に下がる。

 スレッタはその場から動けなくなった。

 

「私は……」

「どうした。まだ型稽古の途中であろう」

「!?」

 

 その声は頭上から降ってきた。はっとしてスレッタが見上げれば、街灯の頂上に佇立する人影を捉えた。

 編み上げた長い灰髪が、完全調整された人工大気下にあって吹く筈のない風にそよぐ。鍛え抜かれた筋骨がその深い紫の胴着の下に仕舞われている。

 近く、思いもよらぬ時と場で再会を得た少女の師。

 東方不敗マスター・アジア。

 

「師匠! ど、どうして学校に!? プラント・クエタに残ってたんじゃ。じじょーちょーしゅとか……お母さんと話をつけるって」

 

 プラントを襲ったテロ事件から既に二週間。

 久方振りの対面を喜ぶ暇すらなく、母プロスペラやミオリネ共々、老師とて参考人扱いでドミニコス隊を始めとした調査委員会に拘束された筈。

 

「なぁに。あの放蕩娘はどうやら今はプラントに拠点を置いている。いい加減ワシから逃げ回るのにも疲れた、などと宣いおった。今更逃げも隠れもしまい。それに……あれとの対決より先に、済ませておかねばならんことがある」

「それって……」

 

 スレッタの反問は、しかし中途で掻き消された。

 

「でぇえあああえええええいッッ!!」

「なぁ!?」

 

 突如、師父は街灯の頂点から跳び立つ。

 裂帛の気合と共に、蹴り足が大気を貫いてスレッタに迫る。

 スレッタは慌ててその場を退く。

 半瞬後、温室の前庭にあたる芝生に砲弾の如き蹴撃が着弾した。爆ぜる地面、歪む歩道、揺れる温室。

 

「な、なんで……!? 師匠!?」

「問答無用! 構えぃスレッタァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスティカシア高専オープンキャンパス。

 それは来年度の受験者に向けた学内見学会であると同時に、学園に協賛する支援企業への生徒自主によるプレゼンテーションの場でもあった。

 学内は活気に湧いている。

 来園者に向けた展示、アトラクション、売店等、それらの準備に奔走する多くの生徒達。祭の前の賑々しさ。平穏で平和な光景を……他人事のように眺める少年少女達。

 

「……まるで別世界って感じだな」

「仕方ないよ。みんな……なにも知らないんだから」

 

 学園中央棟。大型トレーラーやモビルスーツが通行する大通りを見下ろす外廊下で、地球寮の面々は無聊を託っていた。

 あるいは為す術を失くして、仕様もなくただただ(たむろ)している。

 プラント・クエタを襲ったテロに巻き込まれ、どころか実際にテロリストの銃口に晒された。その恐怖と衝撃が容易に治まる筈もなく気付けば早二週間が経過していた。

 

「現実感、ねぇな」

「あぁ、ほんの何週間前に俺らテロリストに撃ち殺されそうになってたんだぜ?」

「生きてるのが不思議なくらいだ」

 

 アリヤの言を不謹慎だなどと言う者はこの場にはいなかった。

 皆が皆、同じ心持ちなのだ。

 リリッケが弱々しく笑んで言う。

 

「風雲再起さんとスレッタさんのお蔭ですね」

「襲って来たテロリスト共をばったばったと薙ぎ倒してくれたからな。文字通り」

「一昔前のコミックかっての」

中二(ナード)の妄想だよなぁ」

「妄想の方がよかったよ」

 

 マルタンは心底からそう願った。あんなもの現実でなければいいと。

 そうして、チュチュは欄干に干し布団のようにもたれてぼやいた。

 

「……ってか、その肝心のスレッタはなにしてんだよ。寮にも最近顔出さねぇし」

「寝泊りはミオリネの部屋を使ってるみたいだ。温室の方にはちょくちょく行ってるみたいだぞ」

「無理もないですよ」

「スレッタは……戦場で闘ったんだよね」

 

 重く沈黙が下りる。

 戦争。鉄火という武力の怖ろしさをこの場の誰もが否応なく知った。思い知らされた。

 その最前線にエアリアルと立ち向かったスレッタの心境を、皆が考え推し量り、そして失敗に終わる。

 

「……だぁああ!! 糞ッ、考えたって埒明かねぇ! おい温室行くぞ」

「えぇいやいやいや! 今はそっとしといて上げた方が」

「……うん、迎えに行こう。一人にさせとくより、無理にでも話をした方がいいよね」

「ニカまで!?」

「ま、オープンキャンパスも近ぇしな」

「出店には人手が要る」

「うだうだ悩むよか、小金稼ぎしてる方がよっぽど生産的ってやつだ」

「ですねー」

 

 先刻まで暗く停滞していた空気が動き出す。驚くほどあっさりと。

 スレッタ・マーキュリー。常識外れの強さと、非常識な世界観に生きるその様を目撃すること数多。

 地球寮の面々はとうの昔から、すっかりと少女に染まっていたのだった。

 

「泣き言吐くようならぶん殴って温室から引き摺り出しちゃる」

「あはは、スレッタ相手にそれは流石に無理じゃ……」

 

 息巻くチュチュを筆頭に、歩を進めようとしたその時。

 

 

 空が爆ぜる。

 光が瞬く。

 一際強烈な衝撃波が空間を拡散し────チュチュの目前にスレッタが墜落してきた。

 

「のあああああッ!?」

「ひょえええええええ!?」

 

 荒々しいチュチュの絶叫にマルタンの悲鳴がハミングする。

 その声を聞いてか、のそりとスレッタは起き上がった。

 

「あ、皆さん。おひ、お久しぶりです」

「えっ、あ、おう」

「だ、大丈夫スレッタ!?」

「はい、平気です。まだまだこれくらい……」

 

 

「どうした! この程度でもう音を上げたか、スレッタ」

 

 

 荒く、轟くような音圧の声音が外廊下に降り注ぐ。

 思わず地球寮の面々が、その場に居合わせた生徒達が、聞き付けた教職員らが駆け付け、学び舎の屋根を見上げた。

 人工の晴天を背に、影を纏って佇む男一人。

 鋭い眼光はこの空間のあらゆる者共を射竦める。場違いな、()()()()な圧倒的覇気。

 スレッタは油断すればすぐにも居着こうとする足腰を叱咤し、それと相対した。

 

「まだまだ!」

「その意気やよし! では参れ!」

「はぁぁぁああああああああッ!!」

 

 スレッタは跳躍した。

 デミトレーナーの体高を遥かに超える天空へ。

 男もまた舞い上がった。重力生成下の物理法則を無視し踏み殺すが如き飛翔。

 互いが互いの間合へ到達する。

 拳が、ぶつかる。

 

「だぁあああッ!!」

「そらそらそらそらそらそらぁぁあ!!!」

 

 無数の拳打、数多の蹴撃、目にも止まらぬそれらが残像を刻み、空を満たす。

 闘気が熱気を生み、光が迸る。

 拳が衝突するごとに、発した衝撃が、純然たる破壊力が周囲に嵐を起こす。

 

 あれはなんだ!?

 鳥だ!

 ドローンだ!

 いやモビルスーツだ!

 

 ────違う! あれは地球寮の水星女だ!

 

 騒然とする学園の人々が、不意に静まり返る。

 

『…………じゃあ、まあいいか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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