水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
スレッタの、エアリアルの拳が装甲を打ち抜いた。
武者甲冑を思わせるダリルバルデの紅色の大袖が、遂にその耐久限界を超えて砕け散る。
けれど。
「浅い……!」
損壊したと見るや敵機はすぐに左肩部装甲の接合箇所をパージ、リアクティブアーマーよろしく打撃の衝撃力が存分に貫通する前に殺されてしまった。
決め手に欠ける。表層を少し削ったところでモビルスーツは容易には止まらない。
やはり、狙うべきは頭部。ブレードアンテナと各種センサーの宝庫を諸共握り潰すしかない。
それは早道であり、確実な勝利条件でもあった。
必殺の間合を量る。敵機がスラスターを使い高速で離脱を図るなら、そう弁え見計らい、最速の踏み込みによってフィンガーを叩き込むだけ。
でも、どうしてか。
「……」
スレッタの足は、それを躊躇する。
拭い切れない疑念が胸に蟠る。
気付けばスレッタは音声通信を敵機に繋いでいた。
「反撃、してこないんですか」
『はんっ、人の肩ぶち抜いておいてよく言うな』
「こんなもので、止まるような人じゃない、筈です」
『……知った風な口きくんじゃねぇよ』
「知って、ます。あなたの、闘志。初めて戦った時からずっと、確かに感じましたから。なのに、今は微塵も感じられません。槍の一突き、踏み込み一歩、なにも。血の通ったなにも、ない……」
『……うるせぇ』
大量の水が天井から降り注ぐ。
相対する紅白の機影が、霧に煙る。
「魂を感じない。私はあなたと闘いに来たんです! なのにあなたは、何の為にそこにいるんですか?」
『うるせぇッ!!』
泣き出した昏い空の下、紅が動く。攻めに転じる。必死の叫びがスピーカーから響き渡る。だのに。
やはりそこには何もない。槍を構えるその姿に、スレッタは何の気迫も覚えなかった。
空虚で、無機質な、人形のように。
「! そうか!」
得心した。その違和感の正体に。
槍の迎撃の為に引き足を打つ。
「あれっ?」
機体が傾いだ。
頭上、敵機がスラスター噴射によって高所へ飛び上がり、降ってくる。その手にしたビームジャベリンの柄が、半ばで折れた。大小二振りの手槍に変じる。
左右から両肩を落とさんと二筋、緑光の斬線が走った。
『スレッタ!?』
「大丈夫!」
ミオリネの呼び掛けに応え、スレッタは動く。泥濘に捕われた脚を、その奥底へ、さらに突き込んだ。
「はっ!!」
『な』
槍の鉾先が到達するその前に、柄を握り振り下ろされた敵機の両腕をスレッタは
グエルの驚愕の気息。それが吐き終えられるのさえ待たず────伸び上がる。
それは脚だ。エアリアルの片足が高々と上がる。
上段へ。その場蹴り。
互いの機体のカメラアイ、その内側さえ覗けそうな超至近距離で。
スレッタの足が、エアリアルの蹴りが、ダリルバルデの分厚い胸部装甲を踏み、飛ばす。
天へ。
『────はっ、化物かよ』
宙を背泳ぎする紅の機体から、そんな笑い声がした。
「こ、股関節が垂直に伸びてたぞ」
「すごい、スレッタさん体柔らか~い!」
「そっちじゃなく! モビルスーツの方!」
「あの関節の強度と駆動性……ああ無理、これもう材料工学の範疇だ」
「あんな間合から、あんな不安定な足場で、蹴り技で返した……ありえねぇだろ。あの柔軟と体幹……あいつ、マジでなにもんなんだ」
観戦者は皆めいめいに沸き、感嘆し、時には畏怖した。
「馬鹿な……こんな、こんな千載一遇の機会を! ふいにしたのか!? 骨董品のガンダム風情が! 我が社の新鋭機を超えるというのか!?」
「……」
屈辱と怒りにいきり立つCEOの男に、ジェターク寮のスタッフ達、そしてラウダにも掛ける言葉はなかった。
紅の機体が空中でスラスターを噴き姿勢制御、そのまま着地する。パイロット保護の為におそらくは最も堅牢な胸部装甲。
スレッタとしても、この一蹴が決定打足るなどと考えてはいなかった。
しかし、間合は稼いだ。今ならば確実に。
「……」
スレッタは拳を握る。躊躇は消えない。
ただ……なんか嫌なのだ。このまま終わらせるのは、嫌だ。気に入らなかった。
「ならば」
『スレッタ! わかってると思うけど光学兵装の使用はしばらく控えて。この雨量じゃビームサーベルでも出力が減衰する』
「えっ、そうなんですか!?」
『わかってなかったんかい!!』
「えへへ」
『照れんな!』
「……でも、それじゃあエアリーフィンガーが打てない」
『その為に今私が動いてんのよ!』
ミオリネの声の後ろで、なにやら猛烈な破壊音がしている。
訊ねた方がいいのかな、そんなスレッタの逡巡を待たずしてミオリネが言った。
『やりたいことがあるなら行動なさい。迷いながら闘うのがあんたのやり方なわけ? 違うでしょ』
「!」
背中を打たれたような心地がした。
スレッタは頷く。きっとこの一押しが欲しかったのだ。
「ありがとう! ミオリネさん」
迷いはない。
地を蹴り、進む。
地面が泥濘化しているというなら足底が沈む前に足を運べばいい。軽く、素早く、丁寧に。
敵機の動きは鈍い。確実にフレームへのダメージが蓄積されている証左。
間合に、捉えた。
『!?』
体勢を立て直す暇は与えない。
よろよろと揺らぐ機体、無防備なその腹へ。コクピットへ。掌を叩き込む。
練り上げた氣を注ぎ込む。
「はぁっ!」
『がぁぁああッ!?』
再びダリルバルデは打ち飛ばされた。転倒だけは踏み止まるが、明らかに姿勢制御の即応性が悪い。
吊られていた傀儡がその糸を切られたように。
「枷は外れましたか?」
『なにを……な、制御が……も、戻ったのか』
「い、意思拡張AI、強制シャットダウンされました」
「な、な、なんだとっ!?」
「システム損傷……これ、再起動まで二時間は掛かりますが……ど、どう、しましょうか」
「────」
わなわなと震えて歯を軋ませるヴィムに、オペレーター担当の女子生徒は怖々尋ねる。
応える者はいなかった。
グエルの怒声がスピーカーを揺さぶる。
『お前、なにをした!? まさか今の一瞬でOSをハックしたってのか!?』
「はっく? とかは、よくわかりません、けど。あなたの氣を押し止めてる、堰? っていうか、枷みたいなものを、私の氣で壊して流しました」
『きっ……あぁ??』
「もう、自由に動けるはず、ですよね……?」
『……』
グエルは返答こそしなかったが、動作確認に機体の数ヵ所を稼働させそれを示した。
スレッタは安堵に息を吐く。
「よかったぁ。私、これすごい苦手で……師匠にもよく怒られました。おぬしは集中力は並外れておるが加減を知らん、って。岩の向こう側に蝋燭を置いて練習するんですけど、いつもぐしゃって、岩ごと粉々になっちゃって……」
『…………おい』
「ほんっとーによかったぁ」
『本当にな!!』
その時、煙るほどに降り頻っていた大量の水が突如、止んだ。
「あ」
『スレッタ、ほら、これで打てるでしょ! そのなんとかフィンガー』
「はい!」
『させるかよぉ!』
急速接近。スレッタの視界を紅が席巻する。
手槍が振り下ろされる。
回し受け。柄を甲で弾き、躱しながらに踏み込む。
『オラァ!!』
「ぐ!?」
ダリルバルデの膝頭がエアリアルの腹を打つ。
槍を防がれることなど先刻承知の動き。二段構え。
重心を後方へ流して負荷を逸らす……いや。
「退がっちゃダメだ……!」
『こいつも持ってけ!』
「!」
ダリルバルデの蹴り脚が伸びる。しかしそれは間合の外だった。足底はエアリアルには届かない。
否。届く。
射出される。ワイヤーアンカー付きの、飛ぶ蹴撃だ。
三段構え。
息つく間もない連続攻勢。
「ッ!」
足を踏み変える。回転、蹴撃の射線から僅か半歩だけ逸れる。
それで十分。直線軌道から逃れ、そうして身体を前後しながら。
横合いを通り過ぎていくワイヤーを掴む。
それを敵機ごと背負い。
『なにぃ!?』
「だぁああああああ!!」
投げる。
紅の機体が宙を踊る。エアリアルを支点に、ワイヤーの先で空中に紅色の半円を描く。
地面に叩き付ける。
『ぐぉっ……!』
這いつくばる後姿へ追い縋る。背後からでも見えているブレードアンテナを直に狙う。
瞬間、ダリルバルデの背面からサブアームが射出された。ビーム刃を握ったソードビットが二機。
一気呵成の進突を阻まれる。
しかし、軌道は単純だ。スレッタの目には見えている。
一機、二機と手刀で払い、切り落とす。
その分だけ、まんまと時間を稼がれた。
ダリルバルデが復帰する。体勢を立て直し、エアリアルへ向かってくる。
スラスターを全開にして。
「うぁ!?」
『ずぁぁぁあぁあぁああ!!』
体当たりと同時に敵機の両腕がエアリアルを抱え、捕えた。
重量級モビルスーツの面目躍如。その自重を飛翔させるに足るスラスター出力は、モビルスーツ二機分の重量さえ軽々と運ぶ。
ホログラムの木々と実体の土砂を巻き込みながら、一路。二機は試験区画の最端、壁面へ。
このままでは叩き付けられる。
両手を組む。頭上高く持ち上げ、振り下ろす。ハンマーの如く、ダリルバルデの背を打った。
『ごはっ!?』
「っ!」
脚部スラスターを噴射し、エアリアルが飛び上がる。
衝撃で緩んだダリルバルデの両腕から逃れた。
宙を前転し、正対する。
敵機もまた反転し、壁を蹴り付けて地上へ着地していた。
『ははっ、初めてスラスターを使ったな!?』
「はい、使わされました!」
ひりつく戦闘空間にあって、ひどく晴れやかに。
グエルは笑った。スレッタも笑った。
次の一合が決着であると理解して。
『何の為にここにいるのか。そう言ったな』
「はい」
『ここは、俺の戦場だからだ。これは俺の闘いだからだ。だから俺が、勝つんだよ!』
「勝つのは私とエアリアルです!」
ダリルバルデの両腕、その前腕から先が落ちる。エアリアルが掴み潰し、今し方の無茶で過負荷が限界にきていた。
上腕の先端部からビームの刃が生成された。
エアリアルの機体各所から兵装がパージ。舞い踊りながら、それは掲げた右手へ集まった。
巨大な手掌を形成した。
「私のこの手が光って唸る!」
『お前を倒せと、輝き叫ぶッ!!』
両機が真っ向から駆ける。全開のスラスター、全力の踏み込み。
「必殺! エアリィィイ、フィンガァアアアアア!!」
『おぉおおおおおおおおおおおおおお!!』
光り輝く掌と二振りの刃の突撃がぶつかり合う。
パーメット粒子が迸り、溢れ出たエネルギーは周辺を薙ぎ払う。
拮抗。しかし、スラスターの出力において人後に落ちないダリルバルデの進撃は、グエルの死力の一撃は確かに、エアリアルを押し止め、押しやり────
『ッ!? 左、肩が……!』
フレームに罅、いや破断する。
度重なる拳打に打ちのめされた機体肩部は装甲越しであってもダメージを確実に蓄積していた。
受け過ぎた。スレッタ・マーキュリーの打撃力はAIのダメージ想定を超えていたのだ。
「砕けぇええええ!!」
『ぐっ、うぉぉおおおおおお!!』
拮抗が崩れる。
左肩部の瓦解により、腕は砕け散り、ビーム刃が掻き消え。
その手掌は、ダリルバルデの頭部を握り潰した。
WINNER
SULETTA MERCURY
ホログラムウインドウが空に表示される。
こうして、決闘は終着した。