水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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チュアチュリーぱいせんってこういう感じですか
すいませんわかりません!




狂犬来襲!意外に乙女なピンクのあの子

 

 

 

「……馬を見たの、久しぶりです」

「えっ、水星にも馬がいるの?」

「はい。一頭だけ、ですけど。旅の途中で出会って、そのまま内弟子にした、って師匠が」

「う、内弟子? 師匠?」

 

 懐かしい。思いもよらず、スレッタの胸には懐古が去来した。

 地球寮のやや手狭で、少し草臥れた格納庫は、師と共に修行に明け暮れたあの水星軌道基地を思い出させる。

 太陽に最も近く、過酷を極める水星の環境は荒行には打って付けである……とは師匠の言。

 流石に宇宙空間に放り出されたり水星の地表に落とされたりといった無体はなかったが。惑星軌道にある基地の内外を師と組手を打ち合いながら駆けずり回った。

 壁と天井を見上げて、そこを純然たる脚力だけで駆け登る師匠の姿を幻視する。

 

「一度も勝てなかったなぁ、駆けっこ」

「……ふふふ、やっぱりスレッタさんって面白い」

「へっ、そ、そうですか?」

「うん! バイクを貸した時から思ってた。こんなユニークな人、私今まで見たことないもの」

「あり、がとござます……?」

 

 最初の助力、食堂での一悶着、そして決闘騒ぎと、いずれの出来事も決して良い印象だけをもたらすものではなかったろう。だのにニカ・ナナウラという少女はスレッタ・マーキュリーに対してあくまで親切に振舞ってくれる。

 ────果たして彼女の内心が奈辺にあるのか、スレッタにはわからなかった。

 とはいえ、根が素直なスレッタとしては優しくされればそれは純粋に喜ばしい。

 

「あ、あの、ちょっと相談が、あって、ですね」

「あぁ実習! 追試になったって聞いたよ」

「そうなんです……」

 

 実に話が早かった。一都市にも匹敵する巨大さながら学園とは所詮閉鎖環境。スレッタの悪目立ちも手伝って、噂話はレーザー通信並の速度で伝播していた。

 ニカは困り顔を作る。

 

「ごめんなさい。私も後輩の追試を手伝わなきゃいけなくて……なので、代わりと言ってはなんですが、今から他の寮生に声掛けてみるね」

「い、いいん、ですか?」

「もちろん! こうして地球寮に来てくれたのも何かの縁。それにこの前は食堂で助けてもらったし、そのお礼って訳じゃないけど」

「ニカさん……!」

 

 

 

 

 

「うわ出た」

「バキバキ腹筋」

「ファイティングたぬきだ」

「殴り合い宇宙の」

「ジェタークの御曹司を舎弟にしたっていうあの」

「えー、グエル先輩の心を射止めた人って聞いたよ」

「心臓を()ち抜いた人の間違いじゃ……」

「はいはい皆揃いも揃って失礼なこと言わなーい」

 

 地球寮の面々は、多少の戸惑いはあったものの概ね、明け透けなまでに、好意的にスレッタを受け入れた。

 アーシアンとスペーシアンの確執というセンシティブな事情を一時頭から吹っ飛ばして余りあるインパクトを叩き付けたのが、先の決闘であり来歴不明の特殊なモビルスーツであり、スレッタ・マーキュリーである。

 煙たがるにも火勢が強過ぎた。好奇心が上回っている。

 

「リリッケ・カドカ・リパティです」

「アリヤだ。メカニックならそこの宿六二人もそう」

「宿六一号ヌーノっす」

「受け入れんのかよ! 二号のオジェロ!」

「三号じゃなくてよかった……ここの寮長やってる。マルタン・アップモントです」

「ティル・ネイス……スポッターなら」

「は、はじめまっ、よろしくおねがしゃます!!」

 

 スレッタは呂律を回し損ねつつ、70度の角度で勢い頭を下げた。

 あれよあれよと差し伸べられた救いの手に、喜色満面スレッタが縋り付こうとしたその時。

 ニカが入り口を見やって手を振った。

 

「チュチュ? お帰り~」

「えっ、うわ」

「あ、やべぇ」

「まずいまずいまずい」

「……」

 

 居並んだ男子達が顔を青くする。女子二名は視線を泳がせてから困り顔を見合わせる。

 無言のまま、チュチュが歩み寄ってくる。手には大型のトルクレンチを握って。

 制止しようとするリリッケとアリヤを躱し、怖々と前へ出ようとするマルタンを一睨みで退かせる。ヌーノとオジェロはただくわばらを唱えていた。

 状況を理解していないスレッタだけがその場に留まって、そうしてチュチュを出迎えた。

 

「スペーシアンがなんで地球寮にいんだよ」

「えっ、はい、あの、その、偶然です。偶然そこの厩舎、見付けて。懐かしくて、つい勝手に入っちゃって……そこでニカさんに会って困ってるって言って、言ったら、皆さんのこと紹介してくれましたすみません」

「懐かしい? ……別に謝れとか言ってねぇし」

 

 チュチュがレンチを振り下ろす。ヘッドに重心の乗った工具の素振りは空気を薙ぎ、その打撃力の並ならないことを周囲に示した。

 それは明白な威圧であり挨拶代わりの脅しであったが、チュアチュリー・パンランチの気性を知る者なら怖気づかずにはいられない。時と場合と相手(スペーシアン)によっては、彼女は使うことを躊躇わないからだ。凶器であれ、拳であれ。

 その面前。今まさに危険物の間合の中に立つスレッタはと言えば。

 

「?」

 

 きょとんとして目を瞬き、首を傾げている。

 チュチュの内角から抉り込むような睨みを受けてもそれは変わらない。

 暫く()()をくれた後、チュチュは舌打ちする。

 

「……欠片もびびりやがらねぇなお前」

「びび、る?」

「殺意満々で凶器振り回す奴が目の前にいりゃびびるか身構えるかすんだろが普通はよぉ」

「殺気は、感じません、でした」

「虚仮威しだって言いてぇのか」

「そ、そうじゃなくて」

 

 隙あらば憤怒を吹いてくれよう、そんな気概のチュチュ。

 鼻先に迫らんばかりの少女に、スレッタは穏やかに言った。

 

「貴女、なら、その気なら、会話する前に来るって。そういう半端はない人だって、思いました。食堂で会った時に」

「あぁ……?」

「曇りのない、敵意、殺気。純粋な闘氣。えと、師匠風に言うと、戦士の器です」

「せ、戦士だぁ?」

「はい。私、貴女みたいな人、好きです」

 

 師匠みたいで。

 最後の言葉を口にしなかったのは、それがほとんど独白に近いもので、他意のない素直な感想であったからだが。

 

「草」

「わお」

「ど、どういうこと?」

「告白だよ!」

「スレッタさん、意外と大胆」

「いやでもよりによってチュチュか」

「え?」

 

 にわかに盛り上がる外野とは裏腹に、チュチュは沈黙した。一秒、二秒、三秒目、硬直していた顔に血の気が通う。赤く、それはもう赤く。

 

「ばっ」

「はい?」

「っかじゃねぇの!?」

 

 チュチュは手にしたレンチを振り上げ、力の限り振り下ろした。スレッタの脳天目掛けて。

 あわやそれが命中する寸前で、スレッタの両手がレンチを捕える。白羽取りである。

 

「のぉっ!?」

「うわ行った! ホントに殴った!」

「あっ、ぶねぇぇぇええ」

「スレッタさんナイスキャッチ!」

「うんその感想はおかしいねニカ」

 

 牙を剥く犬の形相でチュチュはレンチを押す手に力を込める。

 

「てめぇ、ふっ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞおら! だ、誰がスペーシアンなんぞに靡くかっての」

「それにしても意外な反応だよな」

「キャラに合ってねぇな」

「乙女チックで可愛いよチュチュ!」

「ふふ、あの子ったら直球に弱いから」

「うっせぇぞ外野ァ!!」

 

 チュチュの凶相が歪み走るほどに地球寮の面々はほのぼのしていく。

 スレッタの手は依然微動だにせず鈍器を押し止めているが、そこに宿る怒気が刻一刻烈しさを増していくことに慌てふためいた。

 

「てめっ、この、そうだてめぇお姫様はどうしたんだよ!? 花嫁差し置いてなに他の女に粉掛けてんだこら! ぶっ殺すぞこら!」

「ミ、ミオリネさんは、経営戦略科の人で、今回のことで頼るのは、違うかな、って」

「それを判断すんのはおめぇじゃねぇ頼られた当人だろ!? 何の相談もなく放っとくのは気遣いじゃねぇ怠慢っつうんだよボケ! とりあえずパートナーに一声掛けんのがマナーだろが脳足りん!? 殺すぞ!!」

「す、すみません!?」

「口は悪いけど物凄く真っ当なこと言ってる」

「今すぐ連絡しろ! ほらやれよ! 通信一本だろ!」

「は、はい!」

 

 肩で息をするチュチュを後目に、スレッタは端末でミオリネの番号を呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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