仮面ライダーラセン   作:赫牛

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 初めまして。赫牛(あかうし)と申す者です。

 ライダー好きが高じて、このように物語を書くに至りました。

 拙い文章ではありますが、見ていただけると幸いです。

 途中で失踪しないよう、完走できるように頑張りたいと思います。

 


第1章
2年前 最悪のバースデイ(1)


 某県の海に面した広大な街。

 多くの市町村を合併、開発し生まれたその街の名は花恵市(はなめぐし)

 栄えるようにという願いを込めて、現市長が名付けたそうだ。

 その願いの通りに、他の街からの人口流入は増加の一途を辿り、それと並行して街には様々な施設が立ち並ぶ。生まれたばかりの赤ん坊だったはずのこの街、特にその中心部は、いつの間にかこの国の首都と肩を並べるほどの大都会となっていた。

 

 誰もが笑って暮らせる巨大都市。

 というのがこの街の一側面。コインの表側だ。

 

 問題は、裏側が血で汚れているということ。

 

 5年前からこの街には、『化け物』が姿を現すようになった。

 人間と大差ないサイズ。その中に人間を遥かに凌駕する力を宿した異形のものたち。

 いつからか「ヴァーミン」と呼ばれるようになったその化け物が、建築物を破壊し、人を害し、街を血で染め上げる。

 

 だが、ヴァーミンから街を守る者も、また存在する。

 仮面で顔を隠し、鎧を身に纏い、バイクを駆る謎の人物。

 ヴァーミンが現れると颯爽と駆け付け、人々を守る正義の味方。

 誰もがその存在を知り、またその誰もが正体を知り得ない。

 人々は彼をこう呼んだ。

 

 仮面ライダー。

 

 今も彼は戦い続けている。

 そう、今、私の目の前で。

 

 

 

 

 

 青の軌跡を描く剣尖がヴァーミンの体を切り裂く。

 怯んだヴァーミンに対し、さらに剣を振るう仮面の戦士。

 暗闇の中に飛び散る火花が、青い鎧を鮮やかに照らし出す。

 戦士が左手を前へ、剣を持つ右手を引いて一呼吸。そして。

 

「はあっ!」

 

 水の螺旋を纏った一突きが、ヴァーミンの体を捉える。

 

「ガアアアアアッ!?」

 

 吹き飛ばされたヴァーミンが地面を転がり、両者の間に距離ができる。

 戦士はその隙を逃さなかった。

 腰に着いている機械の上側面を手で叩き、右半身を引いて剣を高く掲げる。

 刀身には水のようにも見える光が渦巻くように集まっていく。

 その光が収束した瞬間、戦士は右足を踏み込み。

 

「ふんっ!」

 

 下から弧を描くように切り上げる。

 剣からエネルギーが放出され、それは斬撃となって空間を裂き、ヴァーミンの体を貫いた。

 ヴァーミンの体から光が溢れ出し。

 

「ウワアアアアアア!」

 

 エネルギーが爆発。そのまま地面に倒れ込む。

 その姿が異形から徐々に人間のそれに戻っていく。

 変化が終わるとその体から水色の結晶が排出され、砕け散る。

 今回のクリスタルも、そこまで強力なものではなかった。

 わずかな落胆を飲み込んで仮面の戦士へと駆け寄る。

 

「お疲れ様です、先生」

 

 声をかけた私に、先生はただ頷いた。

 私は倒れている人に近づき、いつものように手をロープで後ろ手に縛る。

 このまま放置しておけば、後は先生が出したシグナルに釣られてきた警察に確保されるはずだ。

 エンジン音がして振り返ると、先生がバイクに乗って私を見ていた。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

 ヘルメットを被り、バイクに跨って先生の背中にしがみつく。

 最初は恥ずかしくて躊躇していたが、人間こういうことにも慣れてしまうものだ。

 私たちを乗せたバイクは、夜の街を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 人気のない道を走り続けて十数分。

 とある路地裏に到達したところでセンサーが作動し、地下へと続く通路が出現する。

 通路を通り抜け、少し経つと開けた空間に辿り着く。

 私たちの基地だ。

 中心ほどにまで来て先生がバイクを停め、私はすぐに降りる。

 先生は腰の機械に手をかけ、右側にあるトレイを引き出す。

 鎧が解けていき、中から黒のライダースジャケットを羽織った男性が現れる。

 

 

 

 柳生明人(やぎゅうあきと)。私の、「仮面ライダー」の先生。

 

 

 

 先生が脱いだジャケットを受け取り、ハンガーに掛ける。

 先生はバイクから降りると数枚のモニターが設置されているデスクに向かい、椅子に座り込んだ。

 厳しい顔で画面を見て、『反応』があるかをチェックしている。

 

「どうぞ」

 

 私が差し出したアイスティーを先生は無言で受け取り、口に運ぶ。戦いの後に紅茶を淹れるのも私の仕事だ。

 

「反応、なさそうですか?」

 

「ああ、問題ない」

 

 今確認しているのはクリスタルが励起状態にあるかどうか、つまりヴァーミンが活動しているかだ。先程のようにヴァーミンに対応している間に、別のどこかでまたヴァーミンが暴れている、ということもある。本当なら出先でも確認できるデバイスのようなものがあればいいのだが、それを開発できるような技術を私たちは持ち合わせていない。

 機器の反応はなし。SNSでの目撃情報も、先の一件を除いてなし。ひどい時には一日に2、3人が立て続けに現れることがあったが、今日は打ち止めというところだろうか。

 先程まで張っていた気が一気に抜け、ほっとため息をつく。

 

 ここまでが、いつものルーティン。戦う時の私たちだ。

 

 ここからはその日によって作業が異なる。壊れなかったために回収したクリスタルの収納、基地の掃除、バイクや『ドライバー』のメンテナンス等。仕事が一段落したところで帰宅を許される。

 

 なのだが、今日はいつもとは違っていた。

 

「楓、今日はもう上がれ」

 

 幾分か表情を柔らかくした先生が私に言った。

 

「え、もうですか?」

 

 こんなに早く帰される時は、先生がプライベートで用事があることが多い。来客だったり先生本来の仕事が入った時だったり。

 

「何か用意するものありますか?」

 

 そう聞くと先生は首を傾げ、少し笑う。

 

「そうか、忘れているのか」

 

「はい?」

 

 先生ははぁとため息をついた。

 

「まったく……去年もこの日はこうしただろう」

 

 少し考えてあっ、と気付く。

 

 明日は私……青葉楓(あおばかえで)の、20歳の誕生日だった。

 

「あはは……すっかり忘れていました……」

 

「後の作業は俺がやっておく。お前は早く帰って明日の準備をしておけ」

 

 と言って先生は紅茶を飲む。いつも思うが実に様になっている。

 なんて考えてる場合じゃない。折角の先生の厚意が無駄になってしまう。

 

「ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 そう言って先生の家に続く階段——外に出るためには一旦先生の自宅を経由する必要がある——を昇ろうとすると。

 

「楓」

 

 呼ばれて振り向くと、先生と目が合った。

 

「明日、楽しめるといいな」

 

 その言葉に思わず頬が緩む。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 バイクに乗って見える景色が、いつもよりほんの少しだけ明るい。

 誕生日の前日はいつもこうだ。帰り道には明日への期待と、少しの申し訳なさがない交ぜになっている。

 

 基地からそれほど離れていない下宿先の駐輪場にバイクを停め、階段を昇って鍵を開ける。

 扉を開けるとそこには、19の女のものとはとても思えない殺風景な部屋が現れた。

 最低限の家具だけが置かれ、人の温もりというものがまるで感じられない。まあ一日のほとんどを先生の家で過ごしているのだから仕方がないのだが。

 その中でもクローゼットだけは、様々な服で彩られている。身だしなみには気を遣え、というのが先生の方針だ。

 

 こうして思うと、私の生活はほとんど先生との時間で埋め尽くされているなぁと感じる。

 

 ヴァーミンが出ない日であっても、基地にある機器や『ドライバー』の扱い方、修理方法を教わったり、先生と一緒に鍛錬したり、先生が忙しい時は代わりに家事を任されたり、果てはほとんどの食事を向こうで摂ったりと。そりゃ先生の家にいる時間が長くなって当然だ。

 

 これはもう、同棲していると言っても過言ではないのではないか。

 はぁ。

 

「何考えてるんだ私」

 

 先生に抱く感情はそんなものではないという自覚はある。だが言葉にしようとするとどうにもしっくりくるものが見つからない。

 先生は先生。そう思うようにしている。

 

 時刻は間もなく19時。飯時だ。

 コンビニの袋から出来合いのミートソーススパゲッティを取り出し、電子レンジで加熱する。

 いつもこんな食事をしている訳ではない。普段は先生か私が作ったものを食べている。

 だが今日くらいは手を抜いてもいいだろう。充分に休んで、明日に向けて体力を蓄えるのだ。

 

 明日のことを考えると思わず笑みが零れる。

 明日は友達と大型テーマパークに遊びに行くことになっている。久々に友達と会えることも相まって、楽しみで仕方がない。

 スパゲッティも、いつもより美味しく感じるというものだ。

 

 食事を済ませ、少し胃を落ち着かせてからシャワーを浴びる。

 寝巻きに着替えて時計を見ると、まだ20時半を少し過ぎた頃だった。

 どうしよう。やることがない。

 今から寝る?流石に早すぎるか。

 成長期の子どもじゃない。明日にはもう成人するのだ。

 だというのに趣味の一つも持ち合わせていないとは、つくづく余裕がないなと思う。

 それくらい、この2年間は毎日が忙しかった。

 

 5年前のある日、まだヴァーミンという名前すらついていなかった化け物に、私の両親は殺された。

 

 叔父夫婦に引き取られた私は、明るく振舞っていても心のどこかは死んでいた。

 叔父たちには子どもがいなかったのもあり、本当の子どものように接してくれていた。それでも私は、その好意に応えることが出来ていなかった。

 

 そのまま3年が過ぎようとしていた年末のある日、私は先生に出会った。

 正確には、助けてもらった。

 ヴァーミンに襲われようとしている私を守り、去っていこうとする後ろ姿を、私は呼び止めた。

 その力を見た瞬間に、私の死んでいた部分が生き返るのを感じたから。その力が必要だと感じたから。

 

 だから、弟子にしてもらえるようにお願いした。

 当然反対された。

 それでも私は諦めなかった。ヴァーミンの目撃情報が出るとすぐ現場へ向かい、先生の姿を探した。何度も頭を下げた。

 5度目か6度目か、とうとう先生が折れて晴れて弟子入りを許された。

 叔父夫婦は大学への進学を望んでいたが、もう就職先が決まったからと適当に嘘をついて——あながち嘘という訳でもないが——高校卒業と同時に家を出て、今に至る。

 家を出たのが遥か昔のことのように感じる。あれから叔父夫婦ともたまに電話をするだけで会っていない。それでも何故か、帰る気にはなれなかった。

 

 気が付くと、もう22時を回っていた。

 流石に寝ないと。

 ベッドに潜り込む。が、瞼が落ちてくる気配はない。

 楽しみすぎて眠れない、というやつだ。

 それでも気持ちを落ち着かせて、やっと眠りについたのは1時間も経った頃だった。

 

 

 

 

 

 夢を見ている気がする。

 暗闇の中で、先生の背中だけがはっきりと見える。

 声をかけてみるけど、先生は振り向かない。

 そのまますうっと、先生は消えてしまった。

 

 

 

 

 

 朝の陽ざしで目が覚める。

 何か夢を見ていた気がするが、どんな夢だったか覚えていない。

 顔を洗っていると、そんな考え事はどこかに吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 冬の朝はよく冷える。

 バイクで走っているときは尚更、どんなに厚着をしていても冷気が襲ってくる。

 

 20分ほど走って目的地に到着。

 美咲(みさき)の家だ。今日一緒に遊びに行く4人の内の1人、その子の実家。

 テーマパークの開園時刻は9時からだというのに、7時というやけに早い時間にここに集合することになっていた。

 

 朝食も食べていないからお腹がペコペコだ。これは寝坊したとかそういう訳ではなく、何も食べてこないように言われたからだ。

 一緒に食べようということなのかな、などと考えながらチャイムを鳴らすが、反応がない。

 

「美咲?楓だけど。開けてくれない?」

 

 インターホン越しに呼び掛けてみるも、こちらも手応えなし。

 

「勝手に入っちゃうよー?」

 

 と冗談を言ってドアノブに手をかけると。

 ドアが開いた。

 

「え?」

 

 玄関には靴が、美咲とその親御さんの分が置かれている。

 誰かはこの家にいるはずなのだ。なのに誰も応答しない。

 

 

 

 ひょっとして家族に何か危険が迫っているのか?

 

 

 

「……っ!」

 

 空気がより一層冷たく感じる。

 

「美咲?恵子(けいこ)おばさん?隆文(たかふみ)おじさん?」

 

 呼びかけながら靴を脱ぎ、ゆっくりと廊下を歩く。

 そのまま左手にあるドア——リビングに通じるドア——をそおっと開ける。

 見える範囲には誰もいない。カーテンは閉め切られていて薄暗い。

 警戒しながら中に向かって歩き始めた、その時だった。

 

 強烈な破裂音が部屋に鳴り響く。

 撃たれた!?

 咄嗟に身構える。

 が、視界に映ったのは銃を持った何者かではなく。

 ひらひらと舞う紙吹雪と、勢い良く飛び出す紙テープだった。

 

「……え?」

 

 死角から人が4人出てきて、テーブルを挟んで私の前で整列する。

 ろうそくの刺さったケーキに火がつけられ、照らされた4人の顔が浮かび上がる。

 

「せーの」

 

 1人が音頭を取ると。

 

「ハッピバースデイトゥーユー、ハッピバースデイトゥーユー、ハッピバースデイディアかえでー、ハッピバースデイトゥー、ユー」

 

 少し早めのリズムの歌が続いた。

 

「おめでとー!」

 

「いえーい!」

 

 呆気にとられる私に、4人が盛大に拍手を送る。

 なるほど。してやられた、という訳だ。

 

「もう、なんなのさ」

 

「え?サプライズだよ。20歳の誕生日おめでとー楓!」

 

 悪びれる様子もなく祝いの言葉をくれる美咲。

 

「何かあったのかってびっくりしたんだよこっちは!もう、力抜けたー」

 

「まあまあそう言わずに。折角20歳なんだから特別なことしないとね」

 

「……もっと違う特別が良かった」

 

 そう私がぼやくと。

 

「確かにちょっとやりすぎだったかもねー」

 

 と芽衣(めい)が苦笑いする。

 

「鍵も開けて部屋も暗くして、雰囲気バッチリ。流石美咲って感じ」

 

 (さくら)がそう言うと、美咲はえっへんと胸を張る。

 

「そこ、いい仕事したみたいな顔しない」

 

「ま、まあ美咲ちゃんも悪気があってやった訳じゃないし、許してあげて?」

 

 千種(ちぐさ)が私をなだめる。だが私の腹の虫は、簡単には引っ込まない。

 しかめっ面をしているととうとう美咲が手を合わせた。

 

「ごめん!許して楓。ちょっと驚かせたかっただけだから……」

 

 心から反省しているような様子の美咲を見ていると、なんだかこっちが悪いことをしているような気分になってくる。

 

「もう良いよ。それに嬉しくなかった訳じゃないしさ」

 

 私がそう言うと美咲の表情が一気に明るくなった。

 

「ありがとぉかえで、我が友よぉお」

 

「こら、頬をすりすりしない!」

 

 まったく、少し気を許せばすぐこうなるんだから。

 

「あ、そうだ。ケーキ食べる?」

 

「切り替え速いな」

 

「あーでも歌もう歌っちゃったなー……もっかいいっとく?」

 

「いい……にしても朝からケーキって」

 

 だから何も食べてくるなということだったのか。

 

「だってこの後食べるタイミングないじゃん?一日遊ぶんだからさ」

 

 桜の言うことももっともだ。

 

「楓、ほらろうそく消して」

 

 芽衣が急かしてくる。早くケーキが食べたいといった様子だ。

 仕方ないなあ。

 

「はいはい、わかった」

 

 ふうっとろうそくの火を吹き消すと、改めて拍手が送られた。

 

 

 

 

 

 ケーキを食べ終わり、花恵市随一のテーマパーク『ブルームランド花恵』まで桜の車で移動した後は、時間があっという間に過ぎていった。

 定番のジェットコースターに回転ブランコ、カートに乗りながら3D映像を体感するものやショーなど、パーク内にあるアトラクションの半数ほどを堪能し、気付けば14時を過ぎる頃だった。

 

 流石にお腹が空いているのを自覚した私たちは、遅めの昼食を摂ることにした。

 この時間になってもパーク内は人でにぎわっており、それは飲食店でも例外ではない。待っている時間が耐えられないので屋台で売っている軽食を買い、屋外に設置されているテーブルで食べることになった。

 食べるための労力が少ないとなると、自ずと会話も増える訳で。

 

「それで、2年経ったけどどうなの楓、仕事の方は」

 

 ホットドッグにかぶりつきながら美咲が尋ねてくる。

 

「どうって何がどうなのさ」

 

「楽しいか、ってこと。どうなの?」

 

 言われて少し考える。

 先生と一緒に過ごした2年間。仮面ライダーになるための厳しい毎日。

 

「うん……楽しいよ。先生も良くしてくれてるし」

 

「しっかし羨ましいなぁ。お医者様の家で家政婦してるなんて。給料も弾んでもらってるんでしょ?」

 

 カップに入ったグリーンカレーを食べながら桜が言う。

 美咲たちには、そういうことにしてある。

 いくら大切な友達と言っても、流石に教えることは出来ないと思ったから。

 

「いや、給料は普通だから」

 

 本来なら私が先生に授業料を支払うべきなのだろうが、先生には断られてしまった。それどころか生活費を負担してもらっているし、あまつさえお小遣いを貰ってしまっている現状だ。

 確かにそうしないと生きていけないが、忸怩たる思いではある。

 

「てかさー、ほんとにそれだけ?」

 

 芽衣がナゲットを頬張りながら聞いてきた。

 

「え、それだけって?」

 

「だからー、ほんとに家政婦だけなのかって。ほらドラマでもあるじゃん、一緒に暮らしてる内に恋人関係になるってやつ!」

 

「ええ!?いや……」

 

「あんたその先生の家にほとんど住んでるようなもんなんでしょ?だからそういうことになってるってことじゃないのかなーって」

 

「や、やめなよ芽衣ちゃん、言い過ぎだよ」

 

 ホットドッグを食べる手を止めて千種が注意する。

 

「まさかあんたが年上好きだったとはねー。その辺のこと全然興味なさそうだったのに」

 

 それでも芽衣は止まってくれない。

 

「ちょっと、違うって」

 

「やるじゃんお医者様なんて。超玉の輿って感じで——」

 

「だからそんなんじゃないってば!」

 

 反射的に大声が出てしまった。

 

「あ……」

 

 みんな呆気にとられたような顔をしている。周りの視線が集まっているのも感じる。

 

「ごめん……」

 

 私が謝ると、芽衣が慌てたように言った。

 

「いや、あたしの方こそごめん!冗談のつもりだったけど調子に乗っちゃって……私の悪いとこ出た。ほんとごめん!」

 

「うん。でも……本当にそういうのじゃないから」

 

 それだけは誤解されたくなかった。

 

「しっかし、楓がそこまで言うなんてねー。よっぽど逆鱗に触れたんだろうね」

 

「後でなんか奢れよー芽衣」

 

 美咲と桜が茶々を入れる。

 

「はい、奢らせていただきます。ほんとにごめんなさい」

 

 芽衣がテーブルに頭をつくようにして言う。

 

「もう、そこまでしなくていいって。それより食べよう?」

 

 ギスギスした時間はもう終わり。

 だって私の誕生日なんだもの。楽しい方が良いに決まってる。

 そうやってまた他愛のない話を続けるんだ。

 

 そう、思っていた。

 

 

 

「きゃああああああっ!」

 

 

 

 悲鳴が響き渡る。

 振り返ったそこには。

 

 化け物が立っていた。

 

「ヴァーミン……!」

 

 ヴァーミンが手をかざすと、そこから白い何かが発射される。

 それは建物に当たると固まり、外壁に張り付く。さしずめ、蜘蛛の糸の様に。

 

「ウオアアアアアッ!」

 

 自身と建物を繋いだ糸をヴァーミンが引っ張ると、外壁にヒビが入り、そして崩れる。

 その崩落に数人が巻き込まれる。

 先程までの賑わいが嘘の様に、周囲が恐怖に染まっていく。

 

 どうする?

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げる人々の中で、私は立ち尽くす。

 先生はいない。

 武器なんて持っていない。

 

「……えで……楓!」

 

 ハッと現実に戻される。

 

「何してるの!早く逃げないと!」

 

 美咲が私の肩を掴んでそう言う。

 芽衣、桜、千種もこちらを見ている。

 そう、友達もいる。

 この条件の中、私はどうすればいい?

 逃げるのが正解だ、とどこかで言う声が聞こえる。

 その間にもヴァーミンは糸を張り巡らし、建物を破壊する。

 

 

 

「ごめん、逃げてて」

 

 

 

「え?」

 

 私は走り出した。

 

「ちょっと!?楓!?」

 

 美咲の声を振り切って、ヴァーミンへと駆け寄る。

 

「おい、化け物!」

 

 近くにあった瓦礫を拾い、ヴァーミンに投げつける。

 瓦礫はヴァーミンの背中に当たり、ヴァーミンがこちらを見た。

 注意を引き付けることには成功した。

 

「こっちだ、化け物!」

 

 後はただひたすら走る。

 パークの端まで、人の気配がない方まで走る。

 できることは少ない。しかし。

 それは、やらない理由にはならない。

 ヴァーミンは追いかけながら糸を出し、私を捕えようとする。

 時折糸が体をかすめて、体勢が崩れる。

 それでも走り続ける。

 

 どれだけ走っただろうか。

 息が苦しい。酸素の供給が充分ではない。

 でもようやく、後数十メートルのところに海が見えた。パークの端まで来たのだ。

 やっとここまで来た。

 

 

 

 その気の緩みが、自分の首を絞めた。

 

 

 

「うっ!」

 

 足元が引っ張られるような感覚と共に、地面に倒れ込む。

 右足に糸が絡まりついていた。

 そのまま引き寄せられる。

 化け物が目と鼻の先にまで迫る。

 

「なんだ、お前」

 

 化け物がこちらを見る。

 

「ただ逃げるだけで、何がしたかったんだお前は」

 

 化け物が問うてくる。

 そんなの決まっている。

 

「ここに来た人たちと私一人、単純な計算さ」

 

 もう目的は果たした。

 

「ほう、口のまわるガキだな」

 

 ヴァーミンが糸を引っ張り、私との距離がさらに近くなる。

 

「その代償を後で悔やむんだな」

 

 ヴァーミンが鋭い爪が生えた手を振りかぶる。

 

「くっ……!」

 

 

 

 咄嗟に手で守ろうとした、その時だった。

 

 

 

 ヴァーミンを数発の火球が襲った。

 

「グオオオオオ!?」

 

 攻撃を受けたヴァーミンが体勢を崩し、転がっていく。

 振り返ったそこには。

 

「先生!」

 

 赤い鎧を身に纏い、バイクに跨りながら大型の銃を構えた戦士がいた。

 先生はこちらを一瞥すると、私の足元に向けて銃弾を放つ。

 糸が焼き切れ、解放された私は先生に駆け寄った。

 

「ありがとうございます!」

 

「隠れていろ」

 

 バイクから降りながら短く言葉を発する先生。

 その言葉に素直に従い、離れた位置にあるメリーゴーランドの陰まで走った。

 するとそこには。

 

「楓!」

 

「え!?みんな!?」

 

 逃げたはずの美咲たちがいた。

 

「どうしてこんなところに!?」

 

「いや、友達置いて逃げれる訳ないじゃん」

 

 桜の言葉に皆頷く。

 

「それにこの子を見つけて……」

 

 そう言った千種は、見たところ10歳にも満たない女の子を抱いていた。

 この状況、どうするべきか。

 迷っているうちに、タイムリミットが来てしまった。

 すぐ近くの柵に、仮面ライダーが叩きつけられる。

 

「いやああああああああ!」

 

 みんなが叫ぶ。その声で先生とヴァーミン、両方が私たちの存在に気付く。

 ヴァーミンが手を伸ばし、私たちに向けて糸を発射する。

 まずい!

 みんなを庇う様にして前に出る。

 その私の前に、先生が立ちふさがった。

 先生の首に糸が巻き付く。

 

「先生!」

 

「来るな!」

 

 声で制止され、その場に立ち尽くす。

 

「ふんっ!」

 

 先生は自分を縛る糸を手繰り寄せ、引っ張られてきたヴァーミンを零距離で射撃する。

 

「ゴハッ!」

 

 糸が千切れ、ヴァーミンが吹き飛ばされる。

 その間に先生はドライバーの上側面を叩き、左半身を引いて銃を構える。

 その銃口に炎が渦を巻いて集まっていく。そして。

 

「はあっ!」

 

 膨大な熱を纏った弾丸が、螺旋を描き放たれる。

 それはヴァーミンへと真っ直ぐに吸い込まれて。

 ヴァーミンの脇腹を少し焼いて、後ろの壁に穴を開けた。

 避けられた!

 そう思っているうちにヴァーミンは飛び上がり、糸を出して隣のビルへと消えていった。

 

 逃げられてしまった。

 安堵と悔しさを感じながら、先生のもとに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか、先生?」

 

 私の問いかけに先生は答えなかった。

 

「楓」

 

 代わりにいつになく厳しい声で名前を呼ばれる。

 

「は、はい」

 

「話がある。後で書斎に来い」

 

「わ、わかりました……」

 

 そう返事すると、先生はバイクに乗り、走り去っていった。

 

 

 

 

 

 ヴァーミンが起こした騒動によって、ブルームランド花恵は臨時閉園となった。

 4人と保護した子どもと共にパークを出た私たちは、女の子の両親を見つけた後、解散した。これから遊びなおすような気分ではないから、と。

 いつか絶対リベンジしようねと約束した時も、私の頭は先生の言葉でいっぱいだった。

 話って何なんだろう。

 あの場でできないということは重要なことなのだろうか。一体どんなことを言われるのか、まるで想像がつかなかった。

 

 いつものように玄関の鍵を開け、書斎へと向かう。

 

「先生、いらっしゃいますか?」

 

 扉をノックし呼びかけると、返事があった。

 

「入れ」

 

 恐る恐る扉を開けると、デスクを挟んだ向こう側に先生はいた。

 お気に入りの椅子に座ってこちらを見ている。

 

「座れ」

 

「は、はい」

 

 先生に促されて、手前にある椅子に座った。

 しばしの沈黙。先生はこちらを見たまま何も言わない。

 

「……あの、先生」

 

 耐えられなくなって話し始めてしまった。

 

「助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

 今日二度目のお礼を言う。

 

「先生がいなかったら、私も……友達も助かっていなかったと思います。だから……本当にありがとうございます」

 

 何度も感謝を伝える。もっと気の利いたことが言えればいいのだが、緊張で今の気持ちを伝えるのが精一杯だ。

 

 私が話している間も先生は黙ったままだった。

 

「先生?聞いてますか先生」

 

「楓」

 

「はい」

 

 先生がやっと口を開いた。

 

「楓、次はお前が変身しろ」

 

「はい……はい?」

 

 先生はドライバーと数個のクリスタルをデスクの上に置く。

 

「言っとくが俺は何もしない。一人で倒せ」

 

「え」

 

「俺は仕事がある。やつをどう攻略するか考えておけ」

 

 そう言い残して先生は出ていった。

 

 混乱する頭で、先生に言われたことを整理する。

 私が……変身?

 あいつを……倒す?

 

「ええええええええええええ!?」

 

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