仮面ライダーラセン   作:赫牛

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距離(3)

「はあ」

 

 またやってしまった。

 ベッドに体を預けると、どこまでも沈むような感覚に包まれる。

 気付いたらすっかり夜も遅くなって。

 何食べたのか、師匠とどんな話したか覚えていない。

 朝田さんもいつの間にかいなくなってた。

 

 また不甲斐ない所を見せてしまった。

 師匠のあの一言がまだはっきりと思い出せる。

 俺は実力不足のくせに、功を焦って失敗した。

 どうにか成果を上げようとして、そればっかりに意識が向いていた。

 これじゃあの時と同じだ。

 師匠と初めて会った時、仮面ライダーにはしないと言われたあの時。

 周りが見えていないせいで、俺だけじゃなく周りを危険に晒す。

 もっと冷静だったら、朝田さんだって怪我をすることはなかった。

 師匠が到着するまで待っていれば、人質だってもっとスマートに救出できた。

 駄目だ。俺は全部の選択肢を間違えてた。

 やっぱり師匠の言葉は正しかったのかもしれない。

 俺はどこまで行っても仮面ライダーになるべき人間ではないのかもしれない。

 俺が師匠の弟子やってて良いのか?

 分からない。

 頭の中が散らかっている。

 もう寝よう。

 いくら考えても仕方ないし、明日に響く。

 明日はまた調査に行く事になっている。

 何をするのか知らないが、俺が何かを任されるって事はないんだろう。

 それで良い。

 俺にできる事なんて、なんもないんだから。

 

 

 

 

 

「おはよう、弟子クン」

 

 私が顔を洗って洗面所から出ると、丁度弟子クンが1階に降りてきた所だった。

 

「おはようございます……」

 

 小さな声。私の横を通り過ぎて、弟子クンも洗面所に入った。

 昨日の分の調査を終えて帰ってからずっとこんな感じだ。

 ぼおっとしてどこを見てるのか分からない。私の顔を見ない。声をかけても生返事。

 一体何を考えているんだろう。

 昨日の事気にしてるのかな。

 確かに弟子クンには危なっかしい所がある。

 昨日だって無茶したし、すぐ周りが見えなくなるし。

 正直一人で調査を任せるのは不安だ。

 弟子クンは実力的にも精神的にもまだ未熟だ。

 まだお酒を飲める年じゃないし、免許も持っていないから私の様には素早く動けないというのもある。

 だがそれ以上に、彼の不安定さが心配だ。

 最初に会った時と昨日、私の関与できない場面で、私が危惧した通りに無茶をする。

 弟子クンなりに頑張ってるのは分かる。

 でもそれを容認できるほど私は人間が出来ていない。

 そもそもの出会いが彼が犯罪ギリギリ……というかまるっきり犯罪の無茶をやらかした事による。

 その時点で分かっていたのだ。

 彼を弟子にとるという事は、彼を危険に晒すという事だと。

 分かっていて、それでも彼を弟子にしたのだ。

 だから私が守ってあげないと。

 だって弟子クンは、私の大事な……。

 

 

 

 

 

 事件のあった銀行までは、バイクでとばしても15分以上かかる。

 師匠のバイクはそこらへんのものとは馬力が違うらしいが、それでも間に合わない事はある。

 でも今日は約束の時間までに余裕があったので、急ぐ必要はない。

 法定速度よりちょっと速いくらいのスピードで銀行を目指している。

 だからいつもの様に師匠にしがみつく必要はない。

 

 天気予報では、晴れているが昨日より少し寒くなると言っていた。

 確かに服の隙間から入って来る外気は、かなり冷たくて体温が奪われるのが分かる。バイクで移動しているからなおさら向かい風が襲ってくる。

 いつもは隙間なんてないのに、今は俺と師匠の間に冷たい空気の壁が出来ている。

 いつもなら僅かに感じる師匠の体温の代わりに、冷たい矢が俺に突き刺さっている。

 このまま凍ってしまいそうだ。

 でもそれで良いのかもしれない。

 師匠のやる事をただ見てるだけの俺なんて、何の役にも立たない氷像と同じだ。

 いや、氷像は鑑賞する事ができるから、俺は氷像以下だな。

 まあそれでも師匠の足手まといになるよりかはましか。

 これからいろんな事を学んで、いつかは師匠の役に立てる時が来るのかもしれないけど。

 それっていつなんだろうか。

 1年後?5年後?それとも10年後?

 じゃあ仮面ライダーになるのは?

 それこそ10年先の事だろう。

 それまで俺には何ができるんだろうか。

 

 

 

 

 

 銀行の前に、スーツを着た長身の女性が立っていた。

 髪はショートで短く整えられ、スマートな印象を受ける。

 

「おっ、来たね」

 

 女性が顔を上げて俺たちを見た。

 

「おはよう桜、昨日今日とありがとうね」

 

「全然気にしなくて良いよ。あ、でも二日分ちゃんと奢ってね」

 

「はいはい、忘れてないって」

 

 まただ。

 師匠が気を許した人とする会話。

 

「まだ紹介してなかったね。鳴神真哉くん。私の弟子になった子」

 

「ほー、その子が。初めまして、鏑木(かぶらぎ)桜です。花恵署で刑事やってます」

 

 手が差し出される。

 

「あ、どうも……」

 

 手を握ると、桜さんは怪訝な顔をした。

 

「大丈夫?体調悪い?」

 

「あ、いえ、別に……」

 

「そうだよ弟子クン、今日元気ないね。どうしたの?」

 

 師匠までそんな事を言う。

 

「いえ、ほんとに、大丈夫ですから……」

 

「そう?でもいつもと全然……」

 

「あーそれより!今日はどうしてここに来たんですか!?」

 

 俺の問いに師匠は少し眉をひそめたが、それもすぐに消えた。

 

「監視カメラの映像を見させて貰うんだ。昨日は人が大勢いて無理だったけど、今日は桜の付き添いで特別に見せてもらえる」

 

「そうそう。警察じゃないとできない事をするのがアタシの役目」

 

 桜さんがウインクをする。

 

「それは他の警察の人は……」

 

「もちろん知らないよ」

 

「ですよね。分かりました」

 

 また秘密が増えたという訳だ。

 

 桜さんに付いて行って、俺たちは監視カメラのモニターまで通された。

 

「この辺が事件があった時の記録です」

 

 支店長だと言う男が映像を再生する。

 座っていた客が二人、立ち上がると同時に化け物に変わる。

 そのままカウンターを破壊し、壁を破壊し、金庫まで一直線に進む。

 

「やっぱり真っ直ぐだね」

 

 師匠が呟く。

 

「職員が怪我をしたって報告もないし、個人間の怨恨の線もなさそうかな」

 

 桜さんも考察する。

 俺はと言うと。

 

「やっぱ物凄い力だ……」

 

 くらいの感想しか出なかった。

 師匠が監視カメラの映像を見るのは、一体何のためなんだろう。

 犯人がどんな風体をしているかとかなら分かるけど、どうもそこは見ていないような気がする。

 さっき真っ直ぐって師匠は言った。

 繰り返される映像の中で、ヴァーミンは真っ直ぐ金庫に向かって進んでいる。

 そう、真っ直ぐ……。

 

「真っ直ぐ過ぎる……?」

 

「そう、気付いた弟子クン?」

 

 師匠が振り向いた。

 

「えと、ヴァーミンが真っ直ぐ金庫に向かってるって事ですよね、まるで金庫の場所を知ってるみたいに……」

 

「そう、そう言う事。犯人この銀行の内部を知っている人物って事になるよね」

 

「へー、ちゃんと分かるんだね。そういうの」

 

 桜さんが感心したように言う。

 

「たまたまですよ……」

 

「たまたまでも気付くことが大事だよ。じゃあ弟子クン、犯人はどんな人か想像できる?」

 

「どんな人か……もしかして、昔ここで働いていた人とか!」

 

「そうだね。誰かから見取り図とかを買ったって事も考えられるけど、一番にあたるべきはその線かな」

 

 そう言う事か。

 朝田さんの話では、銀行を襲撃する計画が立てられていたと言う。

 師匠はヴァーミンの行動から、犯人が銀行の関係者なのか、どこまで知っているのかを探っていたのか。

 

「すみません、ここで働いていた人で、辞めさせられた人はご存じないですか?」

 

 師匠が支店長に尋ねる。

 

「い、いえ、そういうのはお答えできないです……」

 

「じゃあ名簿とかでも良いので。何か辞めた理由が分かるものを……」

 

「ですから、そういうのは個人情報に関わるので……」

 

「これ以上の被害を出さないためです。ご協力お願いします」

 

 桜さんも詰め寄る。

 二人の視線に耐えかねたのか、支店長はぽつぽつと話し始めた。

 

「3カ月ほど前に人員削減をする必要があって、それでうちからも解雇せざるを得ない状況でして……幸い1人で済んだのですが……」

 

「その人の名前と顔が分るもの、ありますか?」

 

「写真は全部処分してしまいましたが名前なら……尾形翔貴(おがたしょうき)と言う人です」

 

「では……この人で合っていますか?」

 

 師匠が携帯の画面を見せると、昨日の男の横顔が映っていた。

 

「いつの間に!」

 

「八雲さんが写真を撮っててくれたんだ。それで、この人ですか?」

 

「そうです!間違いありません」

 

 昨日のあの人が、ここの元職員。

 てことは。

 

「やっぱりこれも復讐……」

 

「そうかもね。辞めさせられた腹いせに、とかね」

 

「え!?」

 

 支店長が不安そうな顔をする。

 

「大丈夫ですよ。おそらくここにはもう来ないと思います。安心して、営業再開に向けて頑張ってください」

 

「は、はあ、そうですか……」

 

 分かりやすく安心する支店長。

 

「それともう一つ、この市内の他の支店でリストラされた人の情報を教えて欲しいのですが」

 

「それはまたどうしてです?」

 

「もしいるなら、次はそこが狙われる可能性が高いからです。また強盗に遭えば、損失を被るのはそちらだと思いますが」

 

 支店長は少し考えていたが、連絡してみますと言って部屋から出て行った。

 

「やるじゃん君!」

 

「いてっ」

 

 桜さんに背中を叩かれた。

 

「最初見た時は大丈夫かこの子って思ったけど、ちゃんと推理できてるじゃん」

 

「それは……師匠が真っ直ぐだって言ってたからですよ……」

 

「私が言った事でも、ちゃんと拾えたのは良かったと思うよ?まあこれからは一人でもできるようになって欲しいけどね」

 

「頑張ります……」

 

 師匠が俺を見る。そして。

 

「弟子クン」

 

 声をかけられる。

 

「はい?」

 

「一度失敗したからって、そんなに気に病む必要はないと思うよ」

 

 喉が詰まる。

 

「弟子クンにはまだまだ時間があるんだし、そんなに焦らなくても大丈夫。これから頑張れば良いよ?」

 

「あの、その……」

 

 そうじゃないんです。

 そうだけど、そうじゃないんです。

 確かに俺は焦ってる。

 何かしないといけないと思っている。

 でもそれは。

 

「んー、なになにー、この子なんかやらかしたの?」

 

 桜さんが茶々を入れる。

 

「え、あ、えと……」

 

 俺が言葉に詰まった時にドアの開く音がした。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「いえ、それでいましたか?」

 

「西の支店の方に一人。名前は江島優菜(えじまゆうな)と言うそうです」

 

「その人の顔は?」

 

「西支店に行けば写真があるとの事です。やはり個人情報ですのでここではお見せできないんですが……」

 

「いえ、名前が分かっただけでも充分です。ではそちらにお伺いしてみます。ご協力ありがとうございました」

 

 外に出ると、桜さんは駐車場に向かった。これから西支店で落ち合う事になっている。

 

「ねえ、弟子クン。本当に気にしないで良いんだからね」

 

 師匠が声をかけてくれる。

 本当に優しい人だ。でも。

 

「大丈夫です。もう大丈夫ですから……」

 

 その優しさが、今の俺には痛い。

 

「そっか」

 

 それっきり師匠は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 次の日は少しだけ雪が降っていた。

 久しぶりの雪に、登校中の、おそらく低学年の小学生が喜んでいる。

 ほんの少し胸が暖かくなるけど、体は冷え切ったままだ。

 息を吐くと、視界が真っ白に染まる。

 

「やっぱり寒いね」

 

「そう言う割には師匠は平気そうですよね」

 

「そんな事ないよ。カイロくらい持ってこれば良かったかなって後悔してるとこ」

 

「確かに」

 

 電話越しに笑い声が聞こえてくる。

 ずっと座りっぱなしで体温が奪われ続けるし、周囲からの視線も気になる。

 やっぱり張り込むのってつらい。

 

 俺たちは銀行の花恵西支店にいる。入口に師匠、建物の裏側に俺と分かれて目的の人物が来ないか見張りをしている。

 昨日も見張っていたが空振りに終わった。かと言って犯人の目的が分かっている以上、家でのんびりしてる訳にもいかない。確実に捕まえるためには必要な事なのだ。

 そして犯人が来たらすぐに知らせられるように……というのは建前で、暇を持て余している為、通話を繋いで雑談している。

 こうして30分が経過している。もう帰りたい。帰って暖かい紅茶が飲みたい。

 

「今日は桜さんは?」

 

「来るのにもうちょっとかかるって言ってた。一度警察署に戻らないといけないんだって」

 

「大変ですね。警察も」

 

「後八雲さんも来てくれる事になったよ」

 

「……まじですか」

 

「まじだよ」

 

 朝田さん来るのか……。

 

「もう、大丈夫だって。絶対仲良くできるからさ」

 

「向こうが突っぱねてくるんですよ。気に入らないとかなんとか言って」

 

「じゃあ弟子クンは歩み寄ったの?」

 

「う……それは……」

 

「八雲さんも基本的には良い人だから。多分私にいきなり弟子が出来て、ちょっと拗ねてるだけだよ」

 

「そうなんですかね……」

 

 確かに師匠の事好きって言ってたしなあ。

 

「今度会った時は、意地張らずに話してみてね」

 

「そうしてみます」

 

 と言うか。

 朝田さんは俺に嫉妬してるって事なのか?

 朝田さんからしてみると、今の関係より弟子の方が羨ましいのだろうか。

 でも俺からすると師匠と朝田さんの関係性が羨ましくて、早く師匠に信頼して貰いたくて。

 でもそのせいで不甲斐ない所を見せて、師匠を失望させてしまって。

 朝田さんは俺みたいに無茶はしていないしでも師匠に信頼されてるし。

 何が正解なんだろう。

 

「あの師匠……」

 

 答えを聞こうとした時。

 

「来たよ、弟子クン」

 

 それまでとは雰囲気の違う師匠の声がした。

 

「っ、はい!」

 

 通話を切り、入り口へと回り込む。

 通りの方へ出ると、師匠が二人組と対峙していた。うち一人はこの前の男だ。

 

「思ったより早く来てくれて助かりました」

 

 師匠が口火を切る。

 

「開店前で人がいない今なら、犯行後により早く離脱できるって思ったんでしょう?それと私と言う邪魔者がいる可能性も低いですし」

 

 二人は何も言わない。遠くの方で鳥の鳴く声がする。

 

「正直昨日に襲撃がなくてラッキーでした。一日くれたから今貴方たちと話す事ができる。時間をくれてありがとうございます。尾形翔貴さん、江島優菜さん」

 

 二人が目を見開いた。

 

「こいつが?」

 

「ああ、例の仮面ライダーだ」

 

 女……江島優菜の問いに、尾形翔貴が答える。

 

「銀行強盗に遭ってもある程度なら保険が適用されて被害は少なくなるのは、勤めていた貴方たちならご存じですよね。それでも実行したのはお金が欲しかったのと……憂さ晴らし、と言った所ですか?」

 

 二人がまた驚いた顔をする。

 

「そこまで分かっているとは……」

 

「そうよ。お金を貰うついでにあいつらが困れば良いなって思ったの。向こうが私たちを切ったんだし、それくらいの権利はあるでしょ?」

 

「出来れば警察に自首して欲しいんですけど……無理な相談ですよね」

 

「当たり前でしょ。もうやってしまったんだし」

 

 二人が懐を探る。

 

「邪魔するなら容赦しな……」

 

 尾形が言い終わるより速く、銃声が鳴り響く。

 尾形の手のひらにあったクリスタルがぼろぼろと崩れ落ちる。

 

「やっぱり予備を持っていたんですね。一体後何個持っているんですか?」

 

 いつの間にか銃を構えた師匠がクリスタルだけを正確に撃ち抜いたのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 尾形はそれに答えず、懐に手を伸ばして腕に力を込める。

 江島もクリスタルを握り込み、二人同時にヴァーミンへと姿を変える。

 尾形は二日前に見たのと同じ姿。江島は少し細身で翅の付いたアリ人間になり、師匠に飛び掛かった。

 師匠は咄嗟に銃を捨て地面を転がり攻撃を避ける。

 

「弟子クン!隠れてて!」

 

「っ……はい!」

 

 師匠の言葉に従って後ろに下がる。

 その間に師匠はクリスタルをドライバーに装填し。

 

「変身!」

 

 風の鎧を身に纏った。

 

 

 

 

 

 2対1で戦うのは初めてじゃない。

 とは言え慣れている訳でもない。ヴァーミンは大体が個人的な感情で動く為、徒党を組むことは少ない。

 左から来る拳を躱すと、右から更に爪が襲い掛かって来る。

 相手が武器を持っていないので一方的な展開にならないだけましだが、隙が無いのも考え物だ。

 

「ヌウウウン!」

 

「っ!」

 

 両手が打ち下ろされるのを間一髪でかわし、距離をとる。

 アスファルトで舗装された道が陥没している。あれを頭にくらったら流石にまずい。

 

「シャアアッ!」

 

「くっ!」

 

 酸が鎧をかすめ、僅かに溶かす。休んでいる暇が無い。

 2体の口から酸が吐き出される。私が避け続けるのに業を煮やして、酸を使った攻撃に切り替えたようだ。

 緑のラセンは肉弾戦が得意だが、こういう戦い方は不得手だ。

 クリスタルを交換したいがその隙も作れない。避けるので精一杯だ。

 こうなってしまったら仕方ない。

 少しだけギアを上げようと思った時。

 ヴァーミンの背中で火花が飛び散った。

 

「弟子クン……」

 

 弟子クンが私が投げ捨てた銃を構えている。

 

「うおおおおお!」

 

 銃弾が発射され、尾形さんが変わったヴァーミンの甲殻を削る。

 

「邪魔するな!」

 

 だが銃弾を当てられながらも前進するヴァーミンに銃を弾き飛ばされ、腕が振るわれる。

 

「危ない!」

 

「うおっ……」

 

 咄嗟に腕で防御する弟子クン。

 だがそのまま後ろに吹き飛ばされる。

 弟子クン。

 

 銃声が私の目を覚まさせる。

 

「楓!お待たせ!」

 

「すみません!遅れました!」

 

 桜と八雲さんがヴァーミンに狙いを定め、クリスタルの弾丸を命中させる。

 確かに遅れてはいるが、丁度良いタイミングで来てくれた。

 

「桜、八雲さん、少しだけ任せても良い!?」

 

「はぁ!?」

「はい!?」

 

「基本的には距離をとって、口からの酸に気を付けて!」

 

「良いですけど、姐さんは何を!?」

 

 戦うより大事な事が出来た。

 

 

 

「ちょっと弟子クンに話があります」

 

 

 

 

 

 痛い。

 全身痛いが、特に右腕が燃えている様に熱い。

 痛みに耐えて目を瞑っていると、柔らかな風が吹き抜けていった。

 

「弟子クン」

 

 目を開けると、変身を解いた師匠が目の前にいた。

 

「師匠?」

 

「腕、痛む?」

 

「……かなり」

 

「だろうね」

 

 師匠がしゃがむ。俺と目線が合う。

 

「弟子クン。私隠れててって言ったよね?」

 

「……はい」

 

「じゃあ何であんな事したの?」

 

「それは……」

 

「この前も無茶して危ない目に遭った。今度は怪我をした」

 

 いつもの真っ直ぐな視線が突き刺さる。

 

「どうして弟子クンはそんなに無茶しちゃうの?」

 

 それは。

 

「俺、師匠に認めて欲しくて……」

 

 師匠の眉が動く。

 

「師匠に信頼して欲しくて、だから何かしなきゃと思って……」

 

「うん」

 

「俺、桜さんとか八雲さんが羨ましくて、師匠と仲良さそうに話してるのが羨ましくて」

 

 師匠は何も言わない。でもそれは俺の言葉を聴いてくれているからで。

 今まで言えなかった言葉がすらすらと引き出されていく。

 

「俺もあんな風に話したくて。俺……」

 

 俺は。

 

 

 

「俺も師匠の傍に居たいんです」

 

 

 

 師匠がぽかんと口を開けている。

 そんな顔でも直視できなくなって顔を俯ける。

 きっとがっかりしただろうな。

 こんな幼稚な願いで周りを振り回して、きっとまた失望された。

 こんな奴が仮面ライダーになるべきじゃない。

 やっぱり俺にはこの人の弟子は務まらない。

 もう辞めるって言おう。そして……。

 

 

 

「馬鹿だね」

 

 

 

「え……」

 

 優しい声がして顔を上げると、ぽんと頭に手が置かれる。

 

「それでずっと悩んでたんだね」

 

「え、あ、はい……」

 

 師匠は穏やかに微笑んでいる。

 

「確かに私は、君の事を信用しきれてないよ」

 

 胸が痛む。

 

「いつギブアップしちゃうか分からないし、実力不足だし経験不足だし」

 

「そうですよね……」

 

「でもね」

 

 柔らかな瞳が真っ直ぐ俺を見ている。

 

「それ以上に君の事は、私の大事な弟子だと思ってる」

 

「大事な……弟子?」

 

「そう。信頼とか以前に、君は私のたった一人の大事な弟子クン。だから焦る必要なんてないよ」

 

 でも。

 

「でも俺何もかもができてなくて、この前だって任せられないって……」

 

「あれはね、弟子クンの実力不足もあるけど、怪我して欲しくないって不安に思っちゃったんだ。親心みたいなものかな?」

 

 少し申し訳なさそうな顔をする。

 

「それで君を悩ませてしまったみたい。ごめんね。君の親でもないくせに偉そうにして」

 

「いえ、それは……」

 

 師匠が、俺の事大事に思ってくれてる。

 親みたいな愛情を持って、接してくれている。

 

「あ……」

 

 涙が頬を伝った。

 それを師匠が拭ってくれる。

 

「でも怪我して欲しくないのは本心だから、今日は大人しく隠れてて欲しいな。そうだね……あの辺とか」

 

 師匠が少し離れた所にある建物を指差す。

 

「あそこなら戦いが見えるでしょ?今から銃を使うからできるだけ離れてて欲しい」

 

「じゃあこれ、お返しします」

 

 また溢れてくる涙を拭い、持ったままだった銃を差し出す。

 

「ああ、それじゃなくてね。もっと凄いの使うから」

 

「え?」

 

 立ち上がった師匠は、自信に溢れた笑顔を俺に向ける。

 

「ちゃんと見ててね。私の戦い」

 

「はい!……あ、あの師匠」

 

「ん?」

 

「……頑張って、ください!」

 

 師匠が満面の笑みを浮かべた。

 

「うん!」

 

 言われた通りに物影まで走る。

 俺が隠れた事を確認した師匠が、クリスタルを取り出す。

 炎の様に真っ赤なそれの周りが揺らめいて見える。

 

『FLARE』(フレア)

 

 ドライバーにクリスタルを装填すると、聞いた事のない音声が響き渡る。

 そして構えをとり、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 音声コマンドが入力され、ドライバーから赤いエネルギーが迸る。

 それはまるで炎の様に逆立ち、師匠の体を覆っていく。

 黒いスーツの上に炎が巻き付き、赤い鎧に変わる。

 顔は獅子の如き威風を放ち、深紅の瞳が光る。

 炎が散り火の粉が降り注ぐ中に立っていたのは、赤いラセンだった。

 ラセンが右手をかざすと、ドライバーから炎の塊が噴出し、それは獅子の頭を模した銃に変わる。

 そこから炎の弾丸が放たれ、桜さんと朝田さんに迫っていた酸を蒸発させる。

 

「楓!」

「姐さん!」

 

「二人とも長い間待たせちゃってごめん。後は私が引き受ける」

 

「今度食事行く時はこの分も上乗せしてもらうからね!」

 

「ファイトです、姐さん!」

 

 二人が後ろに下がる。

 

「逃がすか!」

 

 吐き出される酸を、ラセンの弾丸が正確に撃ち落としていく。

 

「くそっ!」

 

 突進してくるヴァーミンを、ラセンが銃で迎え撃つ。

 炎の弾丸がほんの数瞬の内に何発も命中し、ヴァーミンの身体を炎上させる。

 

「グオオオオ……」

 

「尾形さん!」

 

 江島優菜が変わった方のヴァーミンが何度も酸を吐くが、全て炎で燃やし尽くされる。

 

「ウオオオオ!」

 

 ラセンの注意がそちらに向いている間に、尾形がラセンの懐に潜り込んで組み付き、そのまま押し倒す。

 

「師匠!」

 

 思わず体が動きそうになる。

 今すぐ助けに行きたい。

 でも。

 師匠に見てて欲しいとお願いされた。

 師匠を信じるんだ。

 きっとあの人なら、こんな状況もすぐひっくり返す。

 

「なかなかやるね……でも!」

 

 殴りかかろうとヴァーミンが上体を起こした瞬間、ラセンが銃口を胸に押し当てる。

 

「なっ!」

 

 驚いたヴァーミンが避けようとするより速く、弾丸が何発も続けて一点に打ち込まれた。

 

「グオオッ……」

 

 ラセンが飛び退くとヴァーミンは倒れ、そのまま爆発する。

 爆炎が収まると、倒れている尾形の横で砕け散ったクリスタルが煙を吐いていた。

 

「シャアアッ!」

 

 残ったヴァーミンが翅を使って大きく跳びかかる。

 ラセンはそれを避け、カウンターで弾丸を命中させる。

 

「グッ!」

 

 ヴァーミンが墜落し、地面に叩きつけられる。

 ラセンがヴァーミンに詰め寄ろうとした時だった。

 

「逃げろ!江島さん!」

 

 尾形がラセンの脚にしがみつき、ヴァーミンに向かって叫ぶ。

 

「クッ」

 

 その言葉に従って、ヴァーミンが翅を震わし空に逃げる。

 しかし。

 

「逃がさないよ」

 

 しがみつかれている事を意に介さず、ラセンがドライバーの上側面を叩く。

 ゆっくりとした動作で銃を前に構え、左手を添える。

 銃口に炎が渦巻きながら集まり、そして。

 

「はあっ!」

 

 赤い軌跡を描きながら、炎の弾丸がヴァーミンに向けて真っ直ぐ飛んで行く。

 それはヴァーミンの背中を貫き。

 

「アアアアアアッ!」

 

 エネルギーを爆発させた。

 爆炎の中から人が落ちてくる。

 ラセンが跳躍する。

 

「よっと」

 

 空中で受け止め、綺麗に着地した。

 人を抱きかかえるその姿は、正にヒーローのものだった。

 

 

 

 

 

「わあ、弟子クン見てこれ」

 

 犯人二人を縛っている途中で、師匠が俺を呼んだ。

 

「どうしたんですか……うわ」

 

 近づくと、尾形のコートの内ポケットに黒いクリスタルがこれでもかと詰め込まれているのが見えた。

 

「凄い予備の量。ここまでのは流石に見た事ないかも」

 

「これ全部持って帰るんですか?」

 

「そうだねぇ。大変だけど、全部のポケット使えば何とかなるでしょ」

 

「一つくらいうちには分けてくれないの?」

 

 桜さんも後ろから覗き込んでいた。

 

「上がずっとサンプルを欲しがっててさ。壊れたのばっかじゃどうしようもないんだって」

 

「駄目。こういうのは国家権力に渡すと大抵禄でもない事になるって相場が決まってる」

 

「ちぇっ。まあ仕方ないか」

 

 そこで引き下がる辺り、桜さんも良い理解者なんだな。

 

「姐さん姐さん、俺、今日も役に立ってましたか?」

 

 朝田さんが師匠に迫る。

 

「はいはい、役に立ちまくりでした。ありがとうございます」

 

 どこか投げやりなのは気のせいだろうか。

 

「よっしゃー!」

 

「おい、また楓に恥ずかしい事要求するんじゃないでしょうね!?」

 

「は、恥ずかしい事!?」

 

「そうよ、こいつ30分頭撫でて欲しいとか耳掃除して欲しいとか、そんな事ばっか」

 

「ええ……」

 

 そう言うベクトルなら安心だけど、かなり重症だなこの人。

 

「そんな事しませんて。でもそうだなぁ……久しぶりに姐さんの手料理食べたいなぁ……」

 

「ほらまた調子乗って」

 

「良いよ桜。料理はまだましな部類だから」

 

「じゃあ豚汁が良いです!後ポテトサラダも!」

 

「いや、和食か洋食どっちかにしなさいよ」

 

「良いの良いの。どっちも作りますから」

 

 和気あいあいと語り合う3人。

 俺もあの中に混ざる事ができるのだろうか。

 いつか、そうなれたら良いな。

 

 

 

 

 

 数ある具材の中から、一口大にカットされたごぼうを箸で掴む。

 

「ぬぬぬ……」

 

 箸がぷるぷると震える。段々指先の力が抜けていく。

 

「あっ」

 

 口に運ぶより早くごぼうが零れ落ち、小さく飛沫(しぶき)を上げて汁の中に沈む。

 

「はあ……」

 

「まあ左手使い始めたばっかりだし、仕方ないよ」

 

 師匠が慰めてくれるが、慰めでは俺の腹は満たされない。

 

「師匠が食べさせてくれません?」

 

「それは駄目。怪我したのは自己責任なんだから、罰が当たったと思って反省しなさい」

 

「はぁい」

 

 昨日ヴァーミンを倒した後病院に行き、全身を診て貰った。

 右腕に関しては幸い骨は折れてなかったものの、打撲で2週間は右腕を使うなと宣告された。

 包帯で固定され、何をするにも慣れない左手でやらないといけなくなった。

 師匠の言う通り自業自得なのだから仕方ないが。

 

「そうだそうだ。姐さんに食べさせて貰おうなんて50年早えよ」

 

 師匠の隣に座る朝田さんが茶々を入れてくる。

 朝田さんの希望通り、今日の夕飯は豚汁とポテトサラダ。こういうのが朝田さんへのお礼の仕方らしい。

 

「いやー、やっぱり姐さんの料理は最高ですよ!」

 

「それは良かったです。後もうちょっとゆっくり食べても良いんですよ?」

 

「いやいや、早くしないと折角の料理が冷めちまいますから!」

 

 食卓に並べられた鍋とボウルの中身が、凄いスピードでなくなっていく。

 というかポテトサラダは元々冷めているのでは?

 

「弟子クン、ぼおっとしてるとなくなっちゃうよ」

 

「はっ!そうですね!ポテトサラダ食べないと……」

 

 皿によそう用のスプーンを手に取る。スプーンはまだ扱いやすいが、量の加減は難しい。かなり大きな塊がとれてしまった。

 

「ありゃ」

 

「良いよ。遠慮せず食べてね」

 

「じゃあ、いただきます」

 

 箸で掴み、ゆっくりした動作ながらも難なく口にすることができた。

 

「あれ、弟子クン」

 

「はい?」

 

「口元にポテトサラダ付いてるよ」

 

「え……いて」

 

 反射的に右手を動かそうとして痛みが走る。

 そんな俺を見て師匠が笑った。

 

「じっとしてて」

 

「え」

 

 師匠の手が伸びてきて、俺の口元を拭った。

 そのままポテトサラダが付いた指を口に運んだ。

 心臓が跳ね上がる。

 

「あっ!ずるいぞ!姐さん俺も!俺にもやってください!」

 

「しません!弟子クンは怪我人なんだし、八雲さんはいい歳なんだから自分で拭いてください」

 

「そんなぁー」

 

 しな垂れる朝田さんを見ていると、思わず笑いが零れた。

 

 昨日は遠く感じたけど。

 今はこの光景の中に、俺もいるんだ。

 やっぱり俺、焦ってたんだな。

 今は追いつけてなくても。

 無茶しなくても頑張って、日々を一生懸命過ごしていけば。

 心の距離は、いつか縮まるものなんだ。

 だからもう焦らなくて良い。

 焦らずゆっくり近づいていけば良い。

 だって俺は、師匠の弟子なんだから。

 

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