仮面ライダーラセン   作:赫牛

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挑戦状(1)

「ん、ん……はぁ」

 

 ベランダに出ると、思わず伸びをしてしまう。

 3月に入って最初の太陽は、清々しい程に眩しかった。

 良く晴れた日で、洗濯物も良く乾く事だろう。

 昨日ようやく自由になった手を使って、服をハンガーに掛ける。

 洗濯物と言っても、二人の一日分だけだからそれ程量がある訳じゃない。肌着、タオルと物干し竿に掛けていって、最後に隠していた下着に手を伸ばす。

 俺の分だけではない。

 ブラジャーだってある。勿論下のもある。

 やりにくい。

 こう言うのって、分けないんだろうか?

 師匠は洗うのも一緒にして良いって言うし、今日と言うかほぼ毎日俺が洗濯担当してるし。

 

「あの人、恥ずかしいとか思わないのかな……」

 

 なるべく見ないように、見ないように……。

 丸い部分を洗濯バサミで挟んで、落ちないように固定する。

 陽の光を、薄いピンクの影が遮った。

 ……。

 

「昨日はピンクか……」

 

 ……。

 あれ。

 俺、もしかしてきもい?

 いやいや。不可抗力だろ。

 あっちが任せてきてるんだから、下着の色を把握してたっておかしい事じゃない。

 あんまりふりふりしてないのが好みなんだって推測するのだって……。

 だって……。

 ……。

 やっぱ俺、きもいのかな……。

 

 自分は変態なのか。

 こんな重要な命題を朝から考えさせた当の本人はと言うと。

 デスクに座ってパソコンと顔を合わせている。

 小気味よい打鍵音が、小一時間前から続いている。

 

「あ、洗濯終わった?ありがとー」

 

 師匠は眼鏡をかけていた。

 少し心臓が跳ねる。視力が悪いのではなくブルーライトカットのためとは聞いているが、実際にかけているのを見るのはそう多くない。

 

「病み上がりなのにごめんね。腕大丈夫だった?」

 

「大丈夫ですよ。それに最近、なんだか家事が楽しくなってきて」

 

 右手が使えない間は訓練はそこそこにして、出来る範囲で家事を教わっていた。

 最初はぎこちなかったけど、今では失敗しない程には成長できた。久々にやれる事が増えた喜びを味わった気がする。

 

「良いねそれ。弟子クンは将来良い旦那さんになるかもねー」

 

「へ、旦那……?」

 

「そう、え、したくないの?結婚」

 

「結婚……?」

 

 それは、誰とすると言う前提の話?

 

「てか、最近聞いてなかったけど、そもそもそういう相手出来た?」

 

「……出来る訳ないじゃないですか。こんな短期間で」

 

 そうですよね。特定の誰かなんて決まってないですよね。

 良かった。変な事言ってたかも。

 

「まあそうだよね。でもラセンになったら恋愛も難しいだろうし、今の内に良い人探しときなよー」

 

「……そうします」

 

 師匠はそんなつもりないんだろうけど、何か振り回された気分だ。

 いやいや、振り回されたって、お前師匠の事気になってんのかよ。

 は?そんな事ないし?師匠は師匠だし?

 ……。

 今日は朝から疲れるな。

 俺の頭の中の事も知らずに、師匠はキーボードを叩き続ける。

 今までこういう光景は何度か見た事あるけど、結局何してるのか知らないんだよな。

 今やらないといけない事も特段ないし……。

 邪魔にならないように画面を覗き込む。

 当然ながら、画面は文字で埋め尽くされている。

 保湿だとか、肌のキメだとか、そう言った事が書かれている。これは。

 

「化粧品?」

 

「そう、これの使用感」

 

 師匠が顎で示したのは紫色のこじゃれたパッケージの保湿クリーム。

 

「レビューとかですか?」

 

「そんなところだね」

 

「へぇー。こういうの書く人っているんですねぇ……」

 

「まあ仕事だから」

 

「仕事で?そういや聞いてなかったですけど、師匠って何のお仕事されてるんですか?」

 

「ブロガーだよ。こんな感じで商品を使った感想を書いて、その商品の公式サイトのリンクを貼ったりして、広告収入で稼ぐってシステム」

 

「へぇすご……でも何でこの仕事に?」

 

「一番大きいのは時間に縛られないって事だね。普通の仕事してたら、いざって時に動けなくなるし、生活リズム滅茶苦茶にさせるのも難しいからさ」

 

「なるほど」

 

 マウスを数回動かした後、検索エンジンを立ち上げて商品名を入力する。

 検索候補の一つをクリックし、ページをスクロールする。

 

「んー、終わったぁ」

 

 師匠が伸びをした。

 

「終わり、ですか?」

 

「そうだよ?どうしたの?」

 

「いや、後何個か書くのかなって……師匠が仕事してるとこそんなに見た事ないんで」

 

「お金の心配してるのかな?大丈夫だよ。それなりに蓄えはあるし、弟子クンが見てない間にちょこちょこやってたりするから。それにこう見えてブロガー界隈では結構有名なんだよ」

 

「まじですか」

 

「『カエデのぶろぐ』で検索してみたら?」

 

 SNSで検索してみると、確かにさっきのブログに対する反応が多く見られた。

 なるほど、師匠も所謂インフルエンサーとか言うやつなのか。

 

「さて、仕事も一段落したし、そろそろ出発しますか」

 

「出発?出掛けるんですか?」

 

「あれ?今日は用事があるから一緒に来てって言ってなかったっけ?」

 

「……言いましたかね」

 

「まあ良いや。準備してね」

 

「はい。それで、どこに行くんです?」

 

「花大」

 

「ハナダイ?」

 

「だから、花恵大学だって」

 

 大学?

 

 

 

 

 

「ここの先端機械工学科を持ってる教授が、私の知り合いなんだ。正確にはお父さんのだけど」

 

「そうなんですか……それで、どんな用事で?」

 

 足音が少し反響する、少し肌寒い廊下。

 春休みと言う事で、学生もほとんどいない。

 講義棟の隅に向かって歩いて行く。

 

「その人もラセンの協力者でね、ほら、前君に見せたあの銃。あれは教授に作って貰ったんだ」

 

「え、一人でって事ですか?」

 

「そうだね。ものがものだから外注する訳にもいかないし、昔ああいうのを作る仕事してたらしいし」

 

「すげぇ……」

 

 あんなの作れるだなんて、一体どんな人なんだ?

 頭の中に白いもじゃもじゃ頭で眼鏡をかけた怪しげな老人が浮かぶ。

 

「ほら、あそこ」

 

 師匠が指差したのは藤堂研究室と書かれたプレート。

 扉の前に立ち止まり、師匠がノックをするとどうぞと返って来た。

 

「失礼します」

 

 中はぱっと見、本が壁一面に並べられ本屋、或いは図書館を思わせた。メカトロニクスだとか機械工学と言った文字が多く見られる。

 

「おお、青葉君、いらっしゃい」

 

 だがそれよりも目を引いたのは、本の一冊を仕舞おうとしている男の方だった。

 肩幅は広く、発達した筋肉が服の下からでも分かる。黒い髪は短く切り揃えられ、研究者というよりはスポーツ選手を思わせる。なにより特徴的なのは身長だ。優に2メートルはあるであろう体躯に、思わず圧倒されてしまう。もじゃもじゃ頭のイメージはどこかへ吹き飛んでしまった。

 

「おはようございます藤堂教授。頼んでいた物を受け取りに来ました」

 

「そうだったね。すぐに準備するよ……」

 

 デスクに向かおうとした藤堂教授が、俺を見て動きを止める。

 

「ええと、君は……」

 

「あ、はい。鳴神真哉と言います」

 

「よろしく鳴神君。ふーむ」

 

 俺の顔をまじまじと見て、少し師匠を見てまた俺を見る。

 

「何ですか?」

 

「もしかして君、青葉君とお付き合い——」

 

「違います。弟子です」

 

 師匠が即座に否定する。

 

「ああ、弟子!そう言えばお弟子さんと来るって言ってたね。はあ、なるほど君が弟子か」

 

「教授、今の時代にさっきの問いは、解釈によってはハラスメントに該当しますよ。まさか日頃からそんな事をしているんじゃないでしょうね?」

 

「いやいやしないよ。ただ青葉君には全くその()がないから、やっと恋人を作ったのかと嬉しくなって……」

 

「だーかーらー、そう言うのをハラスメントって言うんですよ!教授の辞書にはデリカシーと言う言葉はないんですか!?」

 

「ああすまないすまない。以後気を付けるから、だから落ち着いて青葉君、ね?」

 

 どうどうと師匠をなだめる教授。

 おそらくこの人も昔からの付き合いなんだろう。師匠の素の部分が出ている様な気がする。

 

「そうだ、せっかく鳴神君もいる事だし、お茶でも入れようか」

 

「いえ、教授はお忙しいでしょうし、用事を済ませたら帰ります」

 

 ため息をついて師匠が言う。

 

「そうか残念……まあお茶はまたの機会にしよう」

 

 改めて教授はデスクを探り、引き出しからあの銃を取り出した。

 

「それ、師匠が持ってるやつと同じ……」

 

「そう。『クリスタル装填型小型拳銃弐式』、略して『結晶銃』……まあ呼び方は何でも良い。ちゃんと動作は確認してあるよ」

 

「いつもありがとうございます。教授」

 

「いやいや、私にできるのはこのくらいだからね」

 

 教授から師匠へ結晶銃が手渡される。

 そしてそれは、そのまま俺に差し出される。

 

「え?」

 

「はい、これは弟子クンの分だよ」

 

「え、ええ?良いんですか?」

 

「君は無茶しないようにする方が難しいから、ある程度身を守れる方が良いと思ってね。明日からそれの訓練も始めよっか」

 

「やった!ありがとうございます、師匠!」

 

「ただし!これは護身のための物であって、無茶をして良いって事じゃないからね。調子に乗って暴走しない事。分かった?」

 

「……はい、分かりました」

 

 釘を刺されたけど、心は体中を跳ねまわっていた。

 なんだか師匠に認めてもらえた様な気がして、嬉しい。

 

「なるほどそう言う事だったのか。もう一丁欲しい理由を教えてくれないからなんだろうと思っていたが、照れ隠しだったと言う事……」

 

「教授、お口にチャック」

 

「はい」

 

 教授が黙る。師匠の笑顔は偶に怖い。

 

「さて、用も済んだ事ですし、今日はこれでお暇します」

 

「また何かあれば連絡してくれ。勿論鳴神君も」

 

「ありがとうございます。これ、大切に使います」

 

「存分に役立ててくれ。じゃあまたね、二人とも」

 

「はい、ありがとうございました教授。では失礼します」

 

 ドアが閉じる前に見えた教授の顔は、とてもにこやかだった。

 

 手に持ったままの銃に目を落とす。

 黒を基調とした銃身に、赤いラインが走っている。全体的にスリムで、洗練された印象を受ける。

 

「うわぁ、かっけぇ……」

 

「あんまり人前で出さないでね。確実に銃刀法違反だから」

 

「はい、気を付けます」

 

 名残惜しさを押し殺して、ポケットに仕舞う。あんなに高性能な武器がポケットに仕舞えてしまうのは、怖くもあるが技術の素晴らしさを感じる。

 

「こんなの作っちゃうなんて、ほんと何やってたんだろうあの人」

 

「私も知らない、と言うか教えてくれなくてね。3年も付き合いがあるのに、聞いても全然教えてくれなくてね。謎が多い人だよ」

 

「師匠も知らないんですね。ふーん」

 

 実はやばい人だったりするのか?

 それはないか。師匠が信頼してる人だし。

 でも師匠も謎が多いって言ってるし、銃の部品とかどうやって仕入れてるのか謎だし。

 うーん。

 

 とりとめのない事を考えていると、通知音が隣から聞こえた。

 師匠が携帯を取り出すと、顔つきが変わった。

 

「弟子クン。ヴァーミンが出た」

 

「え、何で分かったんですか?」

 

「このSNSのアプリ、『ヴァーミン』とか『仮面ライダー』とかのキーワードで通知が来るように設定してあってね。ほら」

 

 師匠が見せて来た画面には、様々な書き込みがなされていた。『ヴァーミン出た』と言うコメントに異形の姿を映した写真が添付されていたり、『撮影かなにかか?』と疑う人だったり、果ては自分とヴァーミンを同じ画角に収めた写真をアップしていたり。総じてなんだか……。

 

「なんかみんな、呑気じゃないですか?写真撮ったりして……」

 

「そう、これ見る限りでは、ヴァーミンは暴れてないみたいなんだ。一体どういう……ああ、なるほど」

 

 画面をスクロールしていた師匠の手が止まる。

 

「なるほどって?」

 

「挑戦状、だね」

 

 師匠が再び画面をこちらに向ける。

 その投稿には『早く来て仮面ライダー』と言うハッシュタグに、写真が添えられていた。

 ヴァーミンを見下ろすように撮られたそれには、その周りの地面が抉られた跡もはっきりと写っている。

 

『来い 仮面ライダー』

 

 地面には、確かにそう刻まれている様に見えた。

 

 

 

 

 

 ある人はそれを一目見ようとつま先立ちになり、ある人は携帯を高く掲げて写真を撮る。

 そんな大勢の野次馬に取り囲まれる様にして、その化け物は立っていた。

 野次馬には関心を示さず、微動だにせず、ただ仮面ライダーを待つ。

 そして待ち人はようやく訪れた。

 野次馬の中から歓声が上がる。道が開け、その者の姿が目に飛び込む。

 緑の鎧を纏い、赤い目は真っ直ぐに化け物を見据える。

 仮面ライダーとヴァーミンが相対する。

 それを愚かにも見ていられると思っていた野次馬達は。

 それが始まった瞬間に、我先にと逃げ出すのだった。

 

 

 

 

 

 野次馬が散り散りになってようやく師匠の姿が見えた。

 防御するヴァーミンの隙を的確に拳で突く。攻撃も躱し、すかさずカウンター。一切の無駄が無い動きで、ヴァーミンを消耗させていく。

 どう見ても、実力差は圧倒的だ。

 だがそう思った時、ヴァーミンが地面を叩く。

 砂埃が収まった時には、ヴァーミンの姿は消えていた。

 

「逃げた?」

 

 いや違う。師匠はまだ警戒を解いていない。

 ゆっくりと周囲を見回す師匠の背後で、土煙が上がった。

 

「後ろ!」

 

 俺が叫ぶのと、師匠がそれに気付いたのは同時だった。

 

「くっ!」

 

 振り向いた瞬間には、地面から飛び出したヴァーミンが師匠を押し倒していた。

 

「アアアアアアッ!」

 

 絶叫しながら、ヴァーミンも拳を叩き込む。

 そうでもしないと死ぬとでも思っているかの様な、血反吐を吐く様な痛々しい叫びだった。

 だがただやられているだけの師匠ではない。

 背中を蹴り、ヴァーミンをよろけさせて体勢を整える。

 

「はあっ!」

 

 再び地面に潜ろうとするヴァーミンの顔面にキックを突き刺し、続けて蹴り上げる。

 風が砂を巻き上げ、嵐となってヴァーミンの身体を切り裂く。ヴァーミンも必死に抵抗するが、攻撃は絶え間なく叩き込まれていく。

 距離が出来た所で、ヴァーミンが地面に潜る。

 ヴァーミンが地面を掘削する音だけが辺りに響く。決して逃げた訳ではなく、師匠の周りに潜んでいるのが何となく分かった。

 そして再びヴァーミンが槍の様に飛び出す。

 師匠も反応するが、ヴァーミンの腕が鎧を僅かにかすめる。そのままヴァーミンは地面に飛び込んだ。

 今度は大きな土煙が真っ直ぐ師匠へと向かっていく。躱されてもまた一直線に、愚直に突っ込んでくる。

 怒涛の勢いに、師匠が後退りしていく。攻撃は単調だが、後隙が無いために反撃の余地がない。

 不意に、師匠の姿がブレた。

 

「なっ!?」

 

 思わず声を上げてしまう。

 師匠が後退った足元が、急に陥没したのだ。仮面ライダーの半身は、舗装が剥がれて露わになった地面に埋まっている。

 落とし穴、と言う事か?

 師匠が抜け出そうとするが、地面の下の半身が動く気配はない。

 その隙に、ヴァーミンは再び地面に潜り、土煙と共に師匠に狙いを定める。

 

「師匠!」

 

 顔を上げた師匠の目の前で、ヴァーミンが爪を振り下ろした。

 

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