仮面ライダーラセン   作:赫牛

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挑戦状(2)

 ヴァーミンの鋭い爪が師匠に迫る。

 それは途方もなくゆっくりに、コマ送りの様に見えた。

 いくらラセンの装甲が硬いと言えども、あの一撃を頭に受ければどうなるか分からない。

 そして手で受け止めるのも間に合わない。

 なんとかしないとと言う思考だけが頭を駆け巡る。だが何ができる?せっかく結晶銃を持っていても、弾になるクリスタルが無い。

 そもそも俺がなんとかすると言う思考自体が無意味なのだ。例え銃が撃てたとしても、ヴァーミンの攻撃が師匠を襲うまでに1秒もないのだから。

 だから祈るしかない。

 師匠なら何とかできる。何とかできなくてもせめて無事でいてくれ。

 その祈りが届いたのか、或いはそんなもの必要なかったのか。

 爪が振り下ろされた数瞬後に、ラセンの鎧が輝きだす。そして同時に、風が大気を切り裂く音が聞こえた。

 

「おわっ!?」

 

 ラセンの身体を中心として風が巻き起こる。それはヴァーミンを吹き飛ばし、離れた所にいる俺の体をも押し流そうとした。

 柱の陰に隠れて風をやり過ごす。倒れていた椅子やテーブルが砂混じりの風に襲われ枯草の様に吹き飛ばされていく。一つ間違えれば一般人が巻き込まれてもおかしくない。

 この力もラセンの、クリスタルが持つものなのか。

 仮面ライダーになるために修業が必要な理由が、もう一つ分かった気がした。

 吹き荒んでいた風が治まり、振動していたガラスも動きを止める。

 柱から顔を出すと、土煙の中に人型のシルエットが浮かびあがるのが見えた。

 倒れているヴァーミンに向かって真っすぐに進み、その姿を現した仮面ライダーは、全くの無傷だった。

 

「良かった……」

 

 師匠がドライバーを叩き、風が脚へと集まっていく。エネルギーの高まりが伝わって来る。

 そして師匠が跳ぼうとした瞬間、ヴァーミンの姿が変わった。

 

「ごめんなさい!降参です!」

 

 頭を地面に擦り付けて叫んでいるのは、今時珍しい学ランを着た少年だった。

 師匠が動きを止める。少年は伏したまま動かない。先程までの戦闘が嘘だったかの様な静けさだった。

 それを少年の叫び声が破る。

 

「お願いします!あなたをやっつけないと、紅葉(もみじ)が……」

 

 今にも泣き出しそうな声が響く。痛々しくて、思わず駆け寄りたくなる。

 

「ねぇ……」

 

 師匠が口を開いた瞬間、少年の姿が揺らめき、またヴァーミンへと変わる。虚を突かれて俺も師匠も動けない。

 

「待って……」

 

 師匠の制止も聞かずに、ヴァーミンは地中へと潜っていった。

 襲ってくる気配は無い。おそらく逃げたのだろう。

 暫く辺りを見渡してから、師匠が俺の方へ歩いてくる。

 

「師匠」

 

「行こっか、弟子クン」

 

 短くそれだけ言うと、停めてあるバイクに向かった。

 振り返る。

 戦いの跡にはもうもうと土煙が舞い、街の傷を覆い隠している。

 

『あなたをやっつけないと、紅葉が……』

 

 さっきの少年の言葉を思い出す。

 懇願していた。なりふり構わず命乞いをしていた。

 何が彼を駆り立てるのか。

 もう答えは出ている様な気がする。

 

 

 

 

 

 その後クリスタルの反応はなく、SNSでも目撃情報が寄せられていない事もあり、おそらく今日は打ち止めであると言う結論が出た。まあ弟子クンもそう直感していたみたいだけど。

 昨日ブログの文面を考えていてあまり寝付けなかったからか、家に帰った瞬間にどっと疲労感に襲われてベッドに寝転び、気付くともう陽も落ちようとしていた。

 本当なら弟子クンの射撃訓練でもやった方が良いのかもしれないが、それよりも大事な事がある。

 今私たちは、餃子のタネを皮で包んでいる。

 私が作る餃子にニンニクは入っていない。入っているものに比べてパンチと言う面では確かに劣るが、その分食べやすく、中華料理店で出て来る量で換算すると三人前は余裕で入る。酢醤油をつけて食べるのも要因の一つだろう。

 水を皮の(ふち)に塗り、スプーンでタネをすくって中央に置いて包む。一人の時は皮一袋分、無心で繰り返していた。

 だが今は話し相手がいる。

 

「どう思った?今日のヴァーミン」

 

 弟子クンは少し考えてから口を開く。

 

「復讐って感じじゃなさそうですよね」

 

 ヴァーミンの目的は何か。それが今回の議題だ。

 いつも通り復讐ならシンプルなのだが、彼の狙いは私だった。こちらとしてはあんな少年に恨まれる覚えはないし、きっと目的は復讐じゃない。

 

「それに……」

 

 弟子クンが続ける。

 

「それに?」

 

「あいつ、焦ってる様に見えました。師匠を倒さないとって言ってたし、まるで自分の意思じゃないみたいだった」

 

「そうだね。例えば……誰かに脅されているとか」

 

「あの『紅葉』は人の名前で、人質に取られているって事か……」

 

「その線が濃厚かな。じゃあその『紅葉』さんが人質に取られていると仮定して、人質に取った犯人たちの動機は何だろうか」

 

「それこそ復讐……でもそうなら、あんな子どもにやらせるのはおかしい」

 

「子どもを使う事自体が私への嫌がらせなら話は別だけどね。まあ除外して良いと思う」

 

「犯人が自分では戦えない……でもこれも他の大人にやらせれば良い話だ……ううーん?」

 

 餃子を作る手を止め、考え込む弟子クン。

 頑張ったし、そろそろ良いかな。

 

「まあ答えはもう出てるんだけどね」

 

「え?」

 

「弟子クンは気付いてなかったかもしれないけど戦ってる時、みんなが逃げた中一人だけ、近くで私たちを撮影していた人がいたんだ」

 

「そうだったんですか?でもそれが一体……?」

 

「ちょっと調べてみようか」

 

 携帯で動画投稿サイトのアイコンをタップし、『仮面ライダー』の検索ワードを打ち込む。

 少しスクロールした所に、私の予想通りのものがあった。

 

「ほらこれ、今日の戦闘を撮ったやつ。結構再生されてるみたいだね」

 

 生放送のアーカイブが残っていた。かなり近い視点で撮られている。間違いなく、戦闘中に見たあの男のものだろう。

 

「金稼ぎのためって事ですか?」

 

「多分違うよ。これには広告付いてないし、それにね」

 

 男の顔を思い出す。

 

「動画を撮ってた人、笑ってたんだ」

 

「笑って……?まさか」

 

「楽しんでた。もしかすると、動画を撮る事自体が目的なのかもしれない」

 

「脅して師匠を襲わせて、それを動画に撮るって……ふざけてる」

 

「かなりたちが悪いね、これは」

 

 こうなると普通のヴァーミンよりも厄介だ。

 私たちが倒さないといけない悪はヴァーミン本人ではなく、人間なのだから。

 人間相手ってやりずらいんだよね。一つ間違えると殺してしまいかねないから。

 

「人質の管理もあるから、複数犯の可能性も考えなきゃね。さて、どうしようか」

 

「やっぱり手掛かりを一つずつ探してってやつですか?」

 

「それでも良いけど、人質いるみたいだし、あんまり時間かけたくないよね……あ」

 

 そうか。

 

「どうしたんです?」

 

「良い事思いついた。よし、さっさと作って食べよう」

 

「ちょっと、何思いついたんですか?」

 

 これなら、手っ取り早く相手をおびき出せる。

 さあ、気合入れるぞ。

 シンクで手を洗って、収納スペースからフライパンを取り出した。

 

 

 

 

 

 早朝、誰もいない河川敷。

 緑の風が吹き抜けていく。

 

「良し、準備完了」

 

 変身を終えた師匠が携帯を俺に渡す。

 

「じゃ、あの辺からバッチリお願い」

 

「はい!」

 

 河川敷沿いの道まで坂を登り、師匠の姿が小さくなった所で写真を撮る。

 

「ええと……」

 

 SNSの投稿フォーマットに文字を打ち込む。

 

『西区の河川敷に仮面ライダーいた』

 

 この文面を師匠の……『カエデのぶろぐ』のアカウントで、写真付きで投稿する。

 曰く、私は有名だからすぐ拡散されて、彼らの目にも留まるだろう、と。

 いくら有名だからって、そんな上手くいくとは思えないのだが。

 

 それから10分程過ぎただろうか。

 野次馬たちが仮面ライダーを一目見よう、写真を撮ろうと押し寄せていた。

 少し離れた所で待っていると。

 

「まじで来たじゃん……」

 

 師匠が腰を落とし身構える。その周りの地面が盛り上がり、あいつの到着を知らせる。

 そしてヴァーミンが現れて、闘いが始まる。

 

 

 

 

 

 私の不意を突こうとして飛び出した頭を両手で受け止める。

 

「よ、っと!」

 

 そのまま頭部を掴み、力を込めて投げ飛ばす。

 地面を転がったヴァーミンは、しかしすぐに立ち上がる。

 戦う覚悟はある様に見える。でも昨日みたいに途中で変身を解かれると困る。

 そうさせないための作戦は立ててある。

 

「ねえ、君」

 

 話しかけられた事にヴァーミンは驚いている様に見える。

 

「昨日も良かったけどさ、途中で戦うの止めちゃ駄目でしょ。困るよー、そう言うの」

 

「え?」

 

「ちゃんと戦ってくれるの連れて来たって聞いてたのにさ。反省してよ?」

 

「は?どういう……」

 

 ここでとどめの一撃。

 

「あの子たちからも言われてるかもしれないけど、次変な事したら……紅葉ちゃんだっけ、どうなっても知らないよ?」

 

 ヴァーミンの目が見開かれた。

 

「まさか……あんた、あいつらの……!」

 

「じゃ、続きといこっか!」

 

 私が駆けだすのと同時に、ヴァーミンが叫ぶ。

 私を犯人の仲間だと思わせる。

 そうする事で彼の敵意をこちらに向けさせる。狙い通り。

 頭から突っ込んでくるのを身体で受け止め、膝で胴を打つ。頭を殴りつけて、よろめいた所にもう一撃。

 ヴァーミンはふらつくけど、倒れずに向かって来る。濁りのない純粋な敵意が、私に向かって来る。

 

 やっぱり、こっちの方が良い。

 何か事情があったりして、半端に戦う人はやりにくい。

 こうやって、真っ向から気持ちがぶつかる方がシンプルで良い。

 最近、そう思うようになった。

 そう言う風になってしまった。

 3年もやって、ようやく気持ちが慣れてきた……鈍感になったと言うべきなのだろうか。

 ちょっと遅くないかな、私?

 まあ今はそんな事より、彼の相手をしよう。

 

「ウアアアアアッ!」

 

 吠えて、腕を振り回す。愚直で、素直で、がむしゃらで。

 きっと良い子なんだと思う。

 今戦ってるのだって、自分じゃなくて、紅葉さんのためだ。

 ヴァーミンになるのだって、私と戦うのだって、怖いんだろう。

 それでも大切な誰かのために、必死で戦ってる。

 だからこそ、この子は絶対に助ける。

 

 

 

 

 

 いた。

 野次馬から少し離れた、戦いに少し近い場所に男が立っている。

 携帯に映っている映像と、男が立っている位置を照らし合わせる。

 あのアングルなら、この配信画面と同じ様に映るはずだ。

 昨日師匠に教えてもらった。

 犯人たちは今回も生放送をする可能性が高い。ならその映像から、犯人の位置を割り出す事ができると。

 そして俺の仕事はここからだ。

 

「おい、あんた」

 

 にやにやしながら携帯を構えていた男が、胡散臭そうな目で俺を見る。

 

「何すか?」

 

「この配信、あんたがやってるよな?」

 

 携帯の画面を見せると、男の顔が少し緩んだ。

 

「お、見てくれてるんすか。あざす。でも今配信中なんで、そう言うのはまた後で——」

 

「紅葉さんを拉致している件について、話が聞きたい」

 

 男の顔が青ざめる。この反応、それに加えて、『金山(かなやま)紅葉』さんの行方不明届が出されていると言う桜さんからの情報。間違いなく何か知ってる。

 

「いやぁ、ちょっと分かんないっす。じゃ、これで……」

 

 立ち去ろうとする男の手を掴む。

 

「ちょっと、はな……放せよ」

 

 抵抗する男の手を捻り、背中側に回って上から抑え込む。

 

「ちょっ、痛い痛い痛い……放せよぉ……なんなんだよぉ!」

 

 全身の体重をかけて男の動きを封じる。

 二週間ぶりにやったけど、上手くいった。修業の賜物ってやつだ。

 俺は左腕を挙げ、天高くサムズアップした。

 

 

 

 

 

 視界の端の方で、誰かが手を挙げるのが見えた。

 弟子クンだ。足元には男が抑え込まれている。

 弟子クンに頼んだ仕事……生放送をしている犯人を特定して取り押さえるのが上手くいった合図だ。

 ナイス、弟子クン。

 心の中で言葉を投げかけて、ヴァーミンに向き直る。

 ヴァーミンは傷こそあまりついてはいないが、かなり体力を消耗している。こっちもそろそろ頃合いみたいだ。

 ドライバーを叩いて、集中する。

 風が脚に集まって、私の身体を弾ませる。

 大きく跳躍して、いつものように右脚を突き出す。

 

「はあっ!」

 

 ヴァーミンの身体を押し出し、吹き飛ばす。

 爆発が起きて、収まった後には少年と、壊れたクリスタルが残った。

 でもこれで終わりじゃない。やっと折り返しだ。

 クリスタルの破片を回収し、気を失っている少年を抱える。

 そして意識を集中させる。風に語りかける。

 再び脚に風が集まり、少し身体が宙に浮く。

 

「さあ、もう一仕事」

 

 意識を向け、その方向に向かって身体を飛ばす。

 弟子クンが立っている所まで行き、倒れている男を抱える。

 

「弟子クン、掴まって」

 

「え?あ、はい」

 

 弟子クンが背中に掴まった事を確認して、もう一度意識を集中する。

 

「落ちないように気を付けてね」

 

「え」

 

 風が私の身体を押し出し、4人を運ぶ。

 

「うわああああああ……」

 

 ごうごうと言う風切り音の中に、弟子クンの叫び声が混じった。

 

 

 

 

 

 着地したのは人気のない裏道。

 

「死ぬかと思った……」

 

 心臓がばくばく鳴っている。飛んでいる間、ずっと早く終わってくれと願っていた。

 

「ふう、疲れた」

 

 師匠がため息をつく。

 

「珍しいですね、師匠が疲れたなんて」

 

「あー、今のをやるとね。飛べるのは便利だけど、結構集中しないといけないからそんなに長くはできないんだ」

 

「そうなんですね……」

 

 関心していると、いつの間にか気が付いていた少年が師匠の足元に縋りついた。

 

「お願いします!なんでもしますから、紅葉は見逃してください!」

 

「へ?」

 

「お願いします!紅葉だけは……お願いします!」

 

「ちょっと落ち着いて、落ち着こう、ね?」

 

「お願いします!」

 

 師匠が変身を解き、少年の肩を掴む。

 

「落ち着きなさい!」

 

「……はい」

 

 少年はぽかんとした顔でやっとそれだけ言った。

 

「さっき言った事は、全くの出鱈目だから」

 

「え?」

 

「私は紅葉さんを攫った奴らとは関係ない。だから安心しなさい」

 

 少年は力が抜けた様にへたり込んだ。

 師匠が居住まいを正す。

 

「さてと、話を聞かなきゃいけないのは……君、白状してくれるよね」

 

 今にも逃げようとしていた男の襟首を掴んだ。

 

「あんた、仮面ライダーだよな……すげぇ、ほんとに女だった!」

 

「女だったら何が凄いのかな?まあそれより、紅葉さんは今どこにいるのか、話してもらうよ」

 

 男は顔を引きつらせて、それでもへらへらと笑う。

 

「やだなあ、誰っすかその女、知らないっすよー」

 

「私は女の子なんて一言も言ってないけど」

 

「あ」

 

 男が固まった。

 

「いやあ、何言ってんのかわかんないっすよぉ、ちょっと放してもらって良いすかね……」

 

 師匠の腕に力がこもった。

 男の体が浮く。少し低かった男の目線が師匠と同じになる。

 

「今のでしらばっくれるのは、ちょっと無理があるんじゃないかな?」

 

「いっ……ごめんなさいごめんなさい!話しますぅ!」

 

 男が耐えかねてまくし立てると、手が放され男が体勢を崩す。

 

「時間が無いから一つだけ。紅葉さんは何処に?」

 

 男は一瞬躊躇ったが、師匠の視線に促されて口を開く。

 

「俺らが借りてるガレージっす……赤い屋根で、こっからなら多分近い」

 

「分かった、それで充分。上からなら探せる……変身」

 

 再び緑のラセンになった師匠が少年を見る。

 

「君、名前は?」

 

「え……あ、宇田川海音(うだがわかいと)です」

 

「一緒に行こう、海音くん。紅葉さんを救いに」

 

 差し伸ばされた手を少年は掴む。

 

「はい!」

 

 次に男を見る。

 

「貴方も同行してもらうよ」

 

「ええ!?もう良いじゃないっすか……」

 

「仲間に連絡されたら困るからね。手が届く範囲にいなさい」

 

「そんなぁ……」

 

 男は諦めて項垂れた。

 そして最後に、俺を見る。

 

「さあ、仕上げだよ。行こうか弟子クン」

 

 勿論答えは一つだ。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 ガレージを探すのに然程時間はかからなかった。

 二度目の空中散歩を終え、着地すると疲労感がどっと押し寄せて来た。流石に二回目はきつい。この後面倒事にならなければ良いけど。

 

「ここで合ってるよね?」

 

「は、はいぃ……合ってます……」

 

 男が息も絶え絶えに応える。それもそうか、さっきまで叫びっぱなしだったんだから。

 

「どうするんですか、師匠?」

 

 どう突入するか、と言う事だろう。

 少し考えて、考えるのを止める。

 

「時間がおしい。このまま正面から行く。弟子クンは海音くんを守ってあげて」

 

「分かりました」

 

 弟子クンの応えを聞くと同時にシャッターをこじ開ける。

 突然入ってきた外の光に顔をしかめているのが4人。怯えた顔でこちらを見ているのが1人。写真の顔と同じ、紅葉さんだ。

 

「え、仮面ライダー……まじで?」

 

 金髪の男が呟く。他の男たちも呆気にとられた様に私を見ている。

 そんな中、女の子が駆けだした。

 

「海音!」

 

「紅葉!」

 

 抱き合ってから、二人は見つめ合う。

 

「大丈夫か?怪我してない?」

 

「うん、大丈夫。海音も平気?」

 

「平気だよ。仮面ライダーに助けてもらったんだ」

 

 二人がこちらを見る。今にも泣きだしそうな顔で笑っている。

 何か声をかけようか考えていると、拍手がガレージ内に響いた。

 

「すげえ、すげえ……さっすが仮面ライダー!」

 

 金髪の男が感嘆した様な笑顔で拍手する。

 

「君は誰?どうしてこんな事をしたのかな?」

 

「あ、俺、飯島文利(いいじまふみとし)って言います。あの……握手してもらっても良いですか?」

 

「君の返答次第ではね……君たち、どういう集まり?」

 

「俺たち、仮面ライダーのファンなんです!」

 

「……私の?」

 

「はい!もう滅茶苦茶好きで!会えて光栄です!」

 

 後ろの男たちも頷いている。その目は少年の様に純粋だった。

 

「どうして紅葉さんを拉致したり、海音くんをけしかけたりしたの?」

 

「俺たち、仮面ライダーの事もっとみんなに知ってもらいたくて、戦ってるとこを配信しようってなったんですよ」

 

「……それで?」

 

「でもそんな場面出くわす方がレアだし、どうしようかなと思ってた時に……これ、貰ったんです!」

 

 飯島が取り出したのはクリスタルだった。

 

「まだあったのか……」

 

「これ使えば、仮面ライダー来てくれるじゃんってなって、そこ配信して、ネットにあげてたんです。そいつら使ったのは……やっぱ自分らも1回見る側になりたいなーって」

 

 親に自慢する子どもの様な口調だ。

 異常だ。クリスタルの影響なのか、それとも元々なのか。

 

「君たちがやった事は紛れもなく犯罪だよ。そのクリスタルを捨てて、警察に自首しなさい」

 

「すみません、ほんとに悪い事したと思ってます。思ってますけど……」

 

 飯島がクリスタルを握りしめる。

 

「捕まる前に、やっぱ仮面ライダーと戦ってみたいなって!」

 

 飯島の姿が変わる。人とミミズを混ぜたような、結構気持ち悪い見た目になった。

 やっぱりこうなるか。

 

「仕方ない」

 

 息を吐き、構える。

 

「ツッキー、ちゃんと撮っといてくれよ!」

 

「オッケー任せて!」

 

 河川敷にいた男が携帯で撮影を始める。弟子クンが二人を庇う様に前に出る。

 準備は整ったみたいだ。

 

「じゃあ、行きます、よ!」

 

 ヴァーミンが右腕から伸びる触手を飛ばす。

 避けるのは簡単だ。でもこの狭い空間では、弟子クンたちにどんな被害が及ぶか分からない。

 ここは受け止めるしかない。

 

「っ……」

 

 差し出した右腕に触手が巻き付く。かなり強い力で締め上げられる。

 

「やっぱ避けない!それでこそ仮面ライダー!」

 

 ヴァーミンも分かった上で攻撃してくる。

 広い場所に移動するのが先決か。

 風を脚に溜め、地面を蹴る。ヴァーミンをガレージから引っ張り出す。

 締め付けられたままの右腕が少し痺れてくる。このままだと後遺症が残りそうだ。

 もう一度飛ぶ。腕が軋むのも構わず、高度を上げていく。

 

「うわっ、わ、わああっ」

 

 怖気づいたのかヴァーミンが触手を緩め、落下する。ようやく腕の自由を取り戻す。

 とは言え、短時間での連続飛行。そろそろ決めないと私の体力が持たない。風が脚に集まっている今なら、即座に攻撃に転じる事ができる。

 ドライバーを叩き、体勢を変え風で身体を押し出す。

 

「はあっ!」

 

 決め切るつもりで放ったキックは、しかし敵の身体を撃ち抜く事はなかった。

 大きく抉れた地面のすぐ横に穴がある。見た目から予想していた事だが、このタイプのヴァーミンも地中を移動できるみたいだ。地上に出て来たヴァーミンは無傷だ。

 いい加減、使うしかないか。

 疲れるから正直使いたくないけど、このままだらだらと戦闘が長引くよりはましかな。

 クリスタルを取り出す。それは陽の光を受けて、深い紫に輝く。

 トレイを引き出し、クリスタルを入れ替える。

 

EARTH(アース)

 

 この音声も久しぶりに聞く。

 風の鎧が解け、足元のコンクリートを突き破った土が身体を覆っていく。

 他のものに比べて細身の鎧が身体に固定される。右腕を伸ばし、(くう)に生まれた紫の棒を掴む。

 変化が終わると、見ていた男たちが騒めく。

 

「紫だ……」

「レアじゃね?」

 

 全く、どこまで仮面ライダーが好きなんだか。

 棒の先端をヴァーミンに向け、構える。

 

「まじか……紫と戦えるなんて、超ラッキーじゃん!」

 

 何か気の利いた返しでもしたい所だが、そんな余裕は無い。

 呼吸を整え、即座に動く。

 伸ばされた触手を躱し、棒で突く。

 

「グウッ……」

 

「……っはぁ!」

 

 叩き、突き、吹き飛ばす。

 ヴァーミンがまた地面に潜る。地面からの強襲が狙いか。

 仮面ライダーの事を知っているなら、この姿相手にそれは愚策だと分かるだろうに。

 集中。

 地面と自分が一体となる様な感覚。

 前のめりに身体を倒す。身体は地面と衝突する事なく、硬いコンクリートをすり抜ける。

 これが紫のラセンの能力。どんなに硬い壁や地面であろうとも通過する事ができる。強いが、この状態を維持したまま自由に移動するには相当集中しないといけない。

 物体を透過して見たいものが見える訳でもない。今見えるのは土や砂利ばかり。

 だが代わりに、振動や音への感知能力は高くなっている。見えているも同然で、ヴァーミンの位置ははっきりと分かる。

 段々近づいてくる。右後方、一直線に。

 振り向き、棒を突き出す。

 

「はああっ!」

 

 棒がヴァーミンの身体を捉える。懐に潜り込ませ、下からすくい上げる。

 上昇し地上に出る。不味い。呼吸が浅い。

 

「ウ、ウウウウ……」

 

 立ち上がったヴァーミンが触手を伸ばす。だが狙いは私ではなく。

 

「しまった……!」

 

 海音くんと紅葉さんに向かって伸びていく。その前に弟子クンが立ちはだかる。

 

「弟子クン!」

 

 引きつった笑いを発して、弟子クンを私に見せつける。

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 体が軋む。柔らかそうな見た目に反して、ヴァーミンの触手は強く俺を締め上げる。

 

「流石仮面ライダー……でも人質がいるこの状況で、どうする?」

 

 師匠は動かない。いや、動けないのか?

 師匠の佇まいがいつもと違う。いつもの余裕が感じられない。きっと何度も空を飛んだせいだ。

 とは言え、この状況を作ってしまったのは俺のミスだ。もっとスマートに動けていれば、人質になる事なく二人を守れていたかもしれない。

 そうじゃないだろ。ミスがどうとかじゃない。この状況でもお前のできる事をするんだ、真哉!

 必死に伸ばした手が、腰の辺りに触れた。

 

 

 

 

 

 ヴァーミンと睨み合う。お互い動かない。隙を伺うけど、全く見えてこない。

 

「さあ、どうするんだ?早く……早く見せてくれ!」

 

 頭が上手く回らない。そろそろ限界だ。

 何年鍛えていようと、どれだけあろうとラセンは容赦なく体力を吸い続ける。ドライバーには傷の修復を速くする機能はあるけど、スタミナの底上げまではできない。

 無策で突っ込むしかないか。

 覚悟を決めた——と言うよりかは、半ば投げやりにそう決めたその時だった。

 銃声が一発、二発響く。

 

「グワッ!?」

 

 ヴァーミンがよろめき、触手が解ける。

 解放された弟子クンの手には、結晶銃が握られていた。

 

「ナイス弟子クン!」

 

 距離を詰め、ヴァーミンを吹き飛ばす。

 

「てめぇ……邪魔すんなよ!」

 

 もう一度弟子クンに伸ばされた触手を弾く。同じ状況にはさせない。

 遊びに付き合うのも、もう終わりにしよう。

 ドライバーを叩き、棒の先端で地面を抉って飛ばす。

 飛び散ったコンクリートや土がヴァーミンの腕と脚に絡みつき、動きを止める。

 少し助走をつけ、跳ぶ。

 棒の先端に紫のエネルギーが集まり、輝く。

 

「っ……はあああっ!」

 

 右腕を伸ばし、棒で胴を突く。

 エネルギーがヴァーミンを突き抜ける。ヴァーミンの身体がひび割れていく。

 叫び声と共に、爆発が起こる。

 倒れた飯島の顔は、笑っていた。

 

「仮面ライダー……やっぱすげぇ……」

 

 それだけ言うと、力尽きて気を失った。

 

 

 

 

 

「後はお願いします。桜さん」

 

「はいよ。誘拐犯を捕まえるなんて、お手柄だね。感謝状でも贈ろうか?」

 

「そう言うのは遠慮するのが方針なので……」

 

「あはは、分かってるよ。それじゃあまたね」

 

 男たちを乗せた数台のパトカーが去って行く。遠巻きに見ていた野次馬が散り散りになった所で、海音くんと紅葉ちゃんが近づいて来た。

 

「あの、本当にありがとうございました!」

 

「本当に、何と言ったら良いか……」

 

「良いんだよ、これが私の仕事だから」

 

 隣に来た師匠が応える。柔らかな笑みで二人を見ている。

 

「でも……僕は行かなくて良かったんでしょうか」

 

 俯く海音くんの肩に師匠が手を置く。

 

「今回は見逃してあげる。でも次は何があってもクリスタルを使っちゃいけないよ」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 師匠が微笑んだ。

 

「じゃあ帰ろっか。みんなの居場所に」

 

 

 

 

 

 念のために二人を送っていく時に、幾つか話をした。

 二人は幼馴染で、つい最近付き合い始めた事。両想いなのは分かっているのに、全然告白してこないから紅葉ちゃんの方から交際を申し込んだ事。昔から紅葉ちゃんが海音くんを引っ張っている事。

 本当に仲が良いんだと思った。同時に、二人を守れて良かったと思った。

 そんな思いを噛みしめて、俺たちの家に帰る。

 

「ありがとう。今日は助かった」

 

 玄関に入ると、師匠が口を開いた。

 

「でも、師匠がピンチになったのは、俺のせいですから」

 

「君のせいじゃない。二人を守ってくれて、本当にありがとう」

 

 そう言うと俺の胸にもたれかかってきた。

 

「え、師匠?」

 

「やっぱり、君を弟子にして……」

 

 言葉が途切れ、師匠の体から力が抜ける。

 

「師匠?師匠!?」

 

 まさかどこか怪我でもしていたのか。

 このまま死んでしまうのでは。

 そんな縁起でもない事を考えた時、師匠が欠伸をした。

 

「ごめん……疲れたから、ちょっと寝かせて……」

 

「え?」

 

 俺が応えるよりも先に、師匠は寝息を立て始めた。

 こんなになるまで戦って、みんなを救ってくれた。

 いつか俺もその手伝いができれば、師匠の負担を少しでも軽くする事ができたなら。

 いや、違うな。

 その時も、そうなるまでも、俺はできる事を探すんだ。

 師匠を抱える。少し崩れたお姫様だっこの様になる。

 

「やっぱちょっと重いな……」

 

 身長もあるし、筋肉の割合が高いから仕方ない事なのだが。

 流石に2階までは運べないので、ソファーにそっと下ろす。

 師匠の寝顔は、思っていたよりも可愛らしかった。

 あれだけ頑張ったんだ。

 今だけでも、ゆっくり休んでください。

 ブランケットを取りに、階段を昇った。

 

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