仮面ライダーラセン   作:赫牛

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ライダー(1)

 オレンジの線が流れていく。

 トンネルを照らすライトが物凄い速さで後ろに流れて、1本の線に見える。陰と光が交差し、どこか幻想的にも思える。

 だが、今はそれを楽しむ余裕は無い。

 轟音が迫って来る。自分たちが乗っているそれのものとは違い、けたたましく獰猛なバイクの排気音。

 振り返ると、丁度追跡者が銃を構える所だった。

 

「やっば!」

 

「顔引っ込めて!」

 

 その指示に従う前に銃声が響いた。

 放たれた銃弾は目前で風の壁によって防がれる。

 ひとしきり撃ち尽くした黒の追跡者は、ギアを上げて加速する。向こうは一人こちらは二人、単純な速度の差によってすぐに追いつかれてしまう。

 再び銃を構えたヴァーミンが至近距離から発砲する。しかしその弾丸も風の壁が防ぐ。

 ヴァーミンが銃を仕舞ってさらに加速し、横並びになる。風の壁の内側へ強引に押し入り、ライダーに拳を振るう。

 師匠が受け止め、押し返す。パンチやキックを何度も防ぐが、反撃はできない。俺がしがみついているせいだ。

 

「しっかり掴まって!」

 

 こちらも加速。バイクの前方で束ねられた風が空気を切り裂き、俺たちの道を作る。暗闇から抜け、視界が一気に明るくなる。

 引き離したが、相手もまた加速し、また横並びになる。埒が明かない。

 ヴァーミンがハンドルを傾け、バイク同士がぶつかり合う。

 

「くっ……」

 

 体勢を立て直す。しかしこれを繰り返されれば、いつかはバランスを崩して転倒する。今のスピードでそうなれば命はない。

 一体いつまで、この悪夢の様な時間は続くのだろうか。

 

 

 

 

 

「お墓参り、ですか?」

 

 朝の作業が終わって、午後から訓練だと思っていたが、師匠の口から出たのは意外な単語だった。

 

「そう、私のお父さんの」

 

 師匠がカップを傾けるのにつられて紅茶に口をつけると、濃厚な甘い匂いと共にほのかなベリーの酸味が広がった。

 少し考えて、違和感の正体に気付く。

 

「お父さん……だけですか?お母さんと一緒ではなく?」

 

 クッキーに伸ばした手が止まり、それから師匠の顔が納得した様なものに変わる。

 

「弟子クンにはまだ話してなかったね。私の先生の事」

 

「先生?」

 

 お父さんの話をしていたと思ったら先生が出て来た。どういう事だ?

 

「先生って言っても仮面ライダーのね。私の先代の仮面ライダー。君風に言うと、私の師匠って事になる」

 

「師匠の師匠……か」

 

 と言うか、師匠の前にも仮面ライダーだった人がいたのか。

 いや、何もおかしい事じゃない。仮面ライダーの噂は何年も前からあったし、師匠の歳を考えると先任者がいたと考えるのが自然だ。

 ただ何と言うか、俺の中では仮面ライダーは師匠以外に考えられないと言うか、師匠も俺みたいに誰かに教わっていた時期があるのが不思議に思えると言うか。

 実感が湧かない、と言うやつだ。

 

「それで、その先生はお父さんと一体どういう関係が?」

 

「うん、それでね……」

 

 師匠の手が首元に伸びる。いつも身に着けているネックレスが揺れる。

 

「両親が死んでから私は先生に弟子入りして、今の弟子クンみたいにほとんどの時間をここで過ごしてた。先生は私の事、娘だって言ってくれた……だから私も先生の事、お父さんって呼ぶ事にしてる」

 

 俺の隣の席を懐かしむ様に見つめる。

 

「あの、先生って、どんな人だったんですか?」

 

「凄い人、だったよ。仮面ライダーやって私の訓練して、フリーランスの医者もやってたから、依頼があった時はオペやって……大変だったと思う」

 

「確かに……すごい人ですね」

 

「あと優しいけど、厳しい人だったなぁ。訓練が本当にハードで、弟子クンだったら一週間も持たずにリタイアしてそう」

 

「そんなにですか?師匠のでもきついのに……?」

 

「そんなにだよ。ほんと、最初の頃は毎日吐いてた気がする……そう考えると私の訓練ってまだまだぬるいかな。明日からもっと厳しくしようかな……」

 

「いやほんと、それだけは、御勘弁を……」

 

 今でも吐く一歩手前なくらいしんどいのに、それ以上って。どんだけきつかったんだ、先生の訓練。

 

「まあ訓練だけじゃなくて、料理だって教えてくれたし、生きる上で大事な事も教わった……本当に、お父さんみたいな人だったなぁ」

 

 遠い目をした師匠がふっと我に返る。

 

「あ、お墓参り行くんだったね。これ食べたら行こうか」

 

「はい」

 

 先生。

 先生と弟子で、親と娘。

 俺の知らない、未熟な師匠。

 俺がもっと早く、仮面ライダーになりたいと思っていれば、出会えていたのか。

 どんな感じだったんだろう。

 

 

 

 

 

 桶と柄杓を持って師匠の後について行く。

 前を行く師匠の背中はいつもより真っ直ぐな気がする。

『柳生家 先祖代々之墓』と刻まれた墓石の前で止まる。

 枯れた花を取り除き、墓石の掃除に取り掛かる。濡らした墓石をタオルで拭き、文字の溝に溜まった汚れを洗い流す。花を入れる筒も中を磨き、新たに水を張りなおす。大きな墓石ではないのでそれ程時間はかからない。

 花を飾り、線香を焚いて手を合わせる。

 両親と会う時は近況を報告する事が多い。

 でも親戚ですらない他人の墓に参るのは初めてだ。こういう時はなんて言えば良いんだろう。安らかに眠ってください?それとも自己紹介?考えた事もなかった。

 結局、よろしくお願いします、とだけ言った。何をよろしく言ったのかは、分からない。

 師匠は俺よりもずっと長く手を合わせていた。鳥のさえずりだけが聞こえて、整備された雑草の匂いがしてくる。師匠が微笑むその顔が、とても綺麗だと思った。

 

「帰ろっか」

 

 立ち上がった師匠はそれだけ言って、枯れた花を持って歩き出す。

 灰色の墓石に目を落とす。

 墓石は何も言わない。反射した陽の光が俺の目を刺す。

 

「また来ます」

 

 それだけやっと口にして、師匠の後を追いかける。

 

 

 

 

 

 廊下の奥、正面の扉。

 師匠はこの部屋の掃除を俺に任せない。俺にやらせたくないと言うより、自分でやりたいのだろう。

 だから入るのは初めてだ。

 

「失礼します」

 

 中に入り、照明のスイッチを押す。

 本やファイルが隙間なく並べられた巨大な本棚。デスクとしな垂れた椅子。奥にはクローゼット。

 思っていたよりも簡素な部屋だった。別に大層なものを期待していた訳ではないのだが、なんだか拍子抜けした。

 もう一度見てみると、さっき見えていなかったものに気付く。

 壁に取り付けられたハンガーに、黒いライダースジャケットが掛かっている。何故一目で気が付かなかったのか疑うほどに存在感を放つそれに、目が吸い寄せられる。

 近づいて見ると、かなり古い物の様に見えた。埃を被っている訳ではなく、使い込まれた、息遣いが聞こえてくる様な古さだ。

 格好いいと思う。先生は着るものにうるさかったらしいから、自身もおしゃれな人だったのだろう。

 本棚の大部分は医療に関する本で埋め尽くされていたが、端の方にバイク関連の雑誌があった。

 

「ライダー、か」

 

 戦う時も、師匠みたいにバイクに乗って向かったのだろう。だから『仮面ライダー』と呼ばれる様になった訳で。

 先生じゃなかったら、ラセンは仮面ライダーじゃなかったかもしれない。そんなの考えられない。

 先生と言う存在が、仮面ライダーには刻まれているのだ。勿論、師匠の中にも。

 俺も。

 

「見てみたかったなあ」

 

 

 

 

 

 午前の軽いトレーニングを終えてシャワーを浴びた所で警報が鳴った。

 急いで服を着て地下に降りる。先にシャワーを浴びていた師匠はモニターの前で待っていた。

 

「かなり近いよ。行ける?」

 

「はい!」

 

「離れてて」

 

 ドライバーをセットし、構え、放った言葉が木霊する。

 

「変身」

 

 風が集まって鎧を作り、更にはバイクを変形させていく。師匠はバイクに跨ると、エンジンを点火した。

 後ろに跨ってしがみつく。まだ気恥ずかしさが残っているけど、今は気にしていられない。

 目の前の壁が動き、仄暗い通路が現れる。唸りを上げながら、バイクは発進した。

 通路を抜け、路地裏を抜け、大通りに合流する。渋滞している車の脇をすり抜け、高速道路に乗る。

 反応があった座標は高速道路の上だった。このまま行けば辿り着くはずだが……。

 

「あれだ!」

 

 見えた。緩いカーブの先、大型のトラックが横向きに停車している。フロント部分は潰れており、巻き込まれたと思われる何台かの車と共に道を塞いでいる。

 バイクを停め、車をかき分けて前に進む。

 視界が開けるのと、ヴァーミンが倒れている男に腕を振り下ろすのは同時だった。

 俺が何か反応するより速く師匠の姿が消えた。

 次の瞬間には、ラセンが攻撃を受け止め、男から引き剥がしていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 男に駆け寄り立ち上がらせる。頭から血を流し、ふらつく男の歩幅に合わせて安全な所まで避難させる。

 ヴァーミンは前にも見た事がある、アリの様な姿のものだ。しかし前程恐ろしく感じない。

 師匠が既に圧倒しているからだ。

 蹴りが、拳が、休む事無くヴァーミンの身体に叩き込まれる。ヴァーミンの甲殻がひび割れ、力なくダウンする。

 ラセンがドライバーを叩き、右腕に風が集まっていく。コンパクトな動作で突き出された拳が、ヴァーミンを吹き飛ばし、伝わったエネルギーが爆発した。

 

 思っていた以上にあっけなく終わった。残っているのはヴァーミンに変身していた奴の後処理だけ。

 師匠が爆発の中から現れた男に近づく。高速道路の上に放置するのは流石に危険だから、安全な所に避難させるよう判断したのだろう。

 俺も犯人を縛ると言う仕事が残っている。ぼおっとしていてはいけない。

 一歩踏み出そうとしたその時だった。

 轟音。

 それは今となっては慣れ親しんだ、バイクのエンジン音。

 しかしそれは普段聞いているものよりも狂暴で、敵意をこちらに放っている様にも思えた。

 師匠が反応した時には、どこからともなく現れたバイクが目前に迫っていた。

 

「っ!」

 

 咄嗟に男を抱え、身を翻して躱す。

 バイクはターンすると、再び師匠に狙いを定める。

 その上に乗っているのは。

 

「別の……ヴァーミン!」

 

 凶悪な表情の犬の頭部、しかもそれが二つ付いた、奇妙な風体のヴァーミン。全身黒に塗りつぶされ、同じく漆黒のバイクは、原型が分からない程禍々しく変形している。

 バイクが発進する。男には目もくれず、一直線に師匠に向かって行く。

 また躱す。またターンして師匠を狙う。狭い高速道路の中で繰り広げられる、まるで狩りの様な光景。

 だが獲物も黙って狩られる事はなく。

 

「っ、はあっ!」

 

 躱した瞬間、ラセンがバイク目掛けて走る。そして跳び上がり、ターンしたヴァーミンの胴に蹴りを入れる。

 吹き飛んだヴァーミンが壁に激突し、倒れたバイクのエンジン音だけが響く。

 ラセンが一歩踏み出す、その瞬間にヴァーミンの身体が蠢く。立ち上がり、軽く腰を落として拳を構える。身体をリズミカルに揺らす動作は、ボクシングの選手を思わせる。

 ラセンは構えないが、その立ち姿からは油断は一切感じられない。

 先に動いたのはラセン。目にも留まらぬ速さで、右からのハイキック。決まったと思った。

 しかしヴァーミンは、最小限の動きでそれを躱す。さらにカウンターのパンチを一発、二発、ラセンの身体に打ち込む。

 少し怯んだラセンだったが、今度は鋭いパンチ。腕の間をすり抜け、胴にヒットする。

 距離が開き、両者がにらみ合う。

 次に仕掛けたのはヴァーミン。少し低めのキック。ラセンはそれを脚でガードし、その脚を掴んで振り回し放り投げる。

 すぐに立ち上がってきたヴァーミンが繰り出した拳を掴み、今度は背負い投げ。それでもヴァーミンはすぐ立ち上がり、ラセンを攻撃する。

 

「何だこれ……」

 

 何かが違う。今まで見て来た戦闘とは、明らかに何かが違う。

 ラセンとヴァーミンが組み合う。横から鋭いキックがラセンの脇腹を撃つ。

 

「……っ」

 

 師匠の口から息が漏れる。しかしただやられているだけではなく、腕の力で身体を持ち上げ、両脚でヴァーミンの胴を蹴って大きく吹き飛ばす。

 

「弟子クン!」

 

 宙返りして着地した師匠が、車の向こう側へ手を伸ばす。

 風が巻き起こり、バイクの下に集まって宙に浮かせ、師匠の元へと移動させた。

 

「一旦引くよ、乗って!」

 

「っ……はい!」

 

 ヘルメットを被る間もなくバイクは前に向かって走り出す。

 後ろから聞こえるエンジンの唸りが、耳にこびり付いた。

 

 

 

 

 

 車の少ない方を選んで逃げるうちに、いつの間にか高速を降りて山奥の道まで来ていた。

 駆動音はしつこく付いてくる。それどころか段々近づいて来ている気がする。

 トンネルに入り、視界が少し暗くなる。

 オレンジのライトに照らされるトンネルの中をバイクが駆け抜けて行く。

 轟音が迫って来る。自分たちが乗っているそれのものとは違い、けたたましく獰猛なバイクの排気音。

 振り返ると、丁度追跡者が銃を構える所だった。

 

「やっば!」

 

「顔引っ込めて!」

 

 その指示に従う前に銃声が響いた。

 放たれた銃弾は目前で風の壁によって防がれる。

 ひとしきり撃ち尽くした黒の追跡者は、ギアを上げて加速する。向こうは一人こちらは二人、単純な速度の差によってすぐに追いつかれてしまう。

 再び銃を構えたヴァーミンが至近距離から発砲する。しかしその弾丸も風の壁が防ぐ。

 ヴァーミンが銃を仕舞ってさらに加速し、横並びになる。風の壁の内側へ強引に押し入り、ライダーに拳を振るう。

 師匠が受け止め、押し返す。パンチやキックを何度も防ぐが、反撃はできない。俺がしがみついているせいだ。

 

「しっかり掴まって!」

 

 こちらも加速。バイクの前方で束ねられた風が空気を切り裂き、俺たちの道を作る。暗闇から抜け、視界が一気に明るくなる。

 引き離したが、相手もまた加速し、また横並びになる。埒が明かない。

 ヴァーミンがハンドルを傾け、バイク同士がぶつかり合う。

 

「くっ……」

 

 体勢を立て直す。しかしこれを繰り返されれば、いつかはバランスを崩して転倒する。今のスピードでそうなれば命はない。

 再びタックルの予感。しかし師匠がハンドルを切り、躱す事に成功する。

 

「耐えて弟子クン!」

 

「……っ!」

 

 相手が体勢を崩した隙にブレーキをかけ減速しターン。タイヤの焦げる臭いが鼻をつく。バイクは来た道を戻り始める。

 後ろで急ブレーキをかける音が聞こえ、また駆動音が迫る。さっきよりは遠いが、近づいてくるのがはっきり分かる。

 このままじゃ埒が明かない。

 師匠もそう思ったのか、少し首を傾ける。

 

「弟子クン、私の事、信じられる?」

 

 そんなの、答えは一つしかない。

 

「勿論!」

 

 仮面の下で、師匠が少し笑った気がした。

 

「今から跳ぶから、ちゃんとしがみついてて!」

 

「え!?トブ!?」

 

 それってどういう……。

 思考がまとまる前にバイクの周りに風が集まっていく。加速して一条の風になったバイクは。

 

 

 

 俺たちを乗せて、ガードレールの向こう側へ跳躍した。

 

 

 

 まじか、まじかまじかまじか。

 声も出せずに、眼下に見える森へと落ちていく。

 と言うか跳んだは良いけど、これ不味くないか?

 バイクを挟んでいるとは言え、この高さから落下したら衝撃は相当なものだ。無事で済むとは思えない。

 目を瞑って祈っていた俺の肩が、強い力で掴まれる。

 

「え……うわあああああ!」

 

 そのまま宙に浮く。体が覆われる感覚と、その後すぐに強い衝撃。ぐわんぐわんと揺られながら吹き飛んでいく。

 衝撃が段々弱くなり、スピードが落ちていく。完全に静止した時やっと顔を上げる。

 

「大丈夫だった?弟子クン……」

 

「だ、大丈夫です……てか、師匠!」

 

 ラセンの鎧は傷だらけで、アンダースーツも所々破れている。血は見えないが、傷がある事は想像に難くない。

 

「大丈夫だよこのくらい……ちょっと危なかったけど、上手くいって良かった」

 

「ちょっとって……」

 

 会話を遮るようにエンジンの音が聞こえてくる。

 見上げた先に黒のヴァーミンが、バイクに跨ってこちらを見下ろしている。

 

「弟子クン、バイクの位置分かる?」

 

「はい……」

 

「あいつが降りてきたら、すぐに乗って逃げる。この森の中だったら、見失う可能性が高い」

 

「……分かりました」

 

 唾を飲み込む。ヴァーミンから目を離さず、その動きを捉えようとした。

 しかしその時には、ヴァーミンは動いていた。

 

「え……?」

 

 くるりとターンしたバイクは、ヴァーミンを乗せて道を走り出す。

 そのままヴァーミンは姿を消した。

 

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