仮面ライダーラセン   作:赫牛

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2年前 ある父親の記録

 人気のない道を走り続けて十数分。

 とある路地裏に到達したところでセンサーが作動し、地下へと続く通路が出現する。

 通路を通り抜け、少し経つと開けた空間に辿り着く。

 俺たちの基地だ。

 中心ほどにまで来てバイクを停め、楓がすぐに降りる。

 腰の機械に手をかけ、右側にあるトレイを引き出す。

 鎧が解けていき、身に着けているライダースジャケットが少しはためく。

 脱いだジャケットを楓に渡して数枚のモニターが設置されているデスクに向かい、椅子に座り込む。

 画面を見て、『反応』があるかをチェックする。

 

「どうぞ」

 

 差し出されたアイスティーを受け取り、口に運ぶ。戦いの後の紅茶が体に浸透していく。

 

「反応、なさそうですか?」

 

「ああ、問題ない」

 

 今確認しているのはクリスタルが励起状態にあるかどうか、つまりヴァーミンが活動しているかだ。先程のようにヴァーミンに対応している間に、別のどこかでまたヴァーミンが暴れている、ということもある。本当なら出先でも確認できるデバイスのようなものがあればいいのだが、それを開発できるような技術を俺たちは持ち合わせていない。

 機器の反応はなし。SNSでの目撃情報も、先の一件を除いてないようだ。ひどい時には一日に2、3人が立て続けに現れることがあったが、今日は打ち止めというところだろうか。

 ここまでが、いつものルーティン。

 ここからはその日によって作業が異なる。壊れなかったために回収したクリスタルの収納、基地の掃除、バイクやドライバーのメンテナンス等を弟子と一緒に行う。

 だが、今日はいつもとは違う。

 

「楓、今日はもう上がれ」

 

 楓が拍子抜けした様な顔をする。

 

「え、もうですか?」

 

 首を傾げて少し考え、何かに気付いたと言った表情になる。

 

「何か用意するものありますか?」

 

 ああ、なるほど。俺がプライベートで用事があると勘違いしたのか。思わず笑ってしまった。

 

「そうか、忘れているのか」

 

「はい?」

 

 ため息が出る。もっと自分の事に対して敏感になれと言っているのに。

 

「まったく……毎年この日はこうしているだろう」

 

 楓も気付いたようだ。

 明日は俺の弟子、青葉楓の20歳の誕生日だ。

 

「あはは……すっかり忘れていました……」

 

「後の作業は俺がやっておく。お前は早く帰って明日の準備をしておけ」

 

 紅茶を含むと桃の香りが鼻を抜ける。明日は友達と遊びに行くと言っていたっけか。

 

「ありがとうございます。それでは失礼します」

 

 そう言って立ち去ろうとする弟子の背中に、かけるべき声があるように感じた。

 

「楓」

 

 振り向いた楓と目が合う。

 

「明日、楽しめるといいな」

 

 その言葉が自然と出て来た。

 

「はい!」

 

 満面の笑みを浮かべ、愛弟子は階段を昇っていった。

 

 さあ、俺もさっさと仕事して寝るか。

 そう思って立った時だった。

 

「う……うぅ……」

 

 胸が痛い。腹が痛い。全身が痛い。喉が詰まって苦しい。

 またこれだ。昔から度々あった事だが、最近は変身の後とか関係なく襲ってくる。

 5年前、友人に言われた事を思い出す。

 持って3年のはずが、随分と長生きしたもんだ。

 別に早く死にたいとか思っている訳ではない。寧ろまだ生きていなければならない。

 楓はまだ未熟なのだから。

 

 

 

 

 

 陽の光が目を刺す。

 自分がベッドの上にいる事に気付く。どうやってここまで来たのかは覚えていない。昨日の服のままで寝転んでいた。

 

「……はぁ」

 

 体を起こす。これからクリスタルの反応を確認して、基地の掃除をして、ドライバーとバイクを整備しなければならない。やると言った手前、きちんとこなしておかなければ先生としての面子が立たない。

 

「先生か……」

 

 我ながら、似合ってないと思う。

 そう呼ばれるようになってから、もう二年になるか。

 途方もなく長い時間の様に思えるし、一瞬で過ぎ去ってしまった様にも思える。

 目を閉じれば思い出せる。

 戦い方を教えた。戦うための準備の仕方を教えた。生きるための術を教えた。自分を大事にする事を教えた。最後のはあまり効果がなかったみたいだが、それでも濃密な時間だった。

 

 でも。

 まだ足りない。俺があの子にできる事は、まだまだたくさんあるはずだ。

 それまで止まる事は許さない。

 

「……っ」

 

 微かな胸の痛みを無視して、地下へと向かった。

 

 

 

 

 

 熱いシャワーが薄い膜を破っていく感覚。死に体であっても心地よさは感じる事はできる。このままずっと身を預けてしまいたくなる様な、沈んでいく感覚。

 どれだけ時間が経ったか分からないが、風呂に入る前は8時半だったはず。

 今頃楓はどうしているだろうか。

 確かブルームランド花恵に行くと言う話だった。もう開園していて、アトラクションを楽しんでいるのか。まだ移動中で、友達との会話を楽しんでいるのか。もしかしたら予定を変更して全然違う事をしているかもしれない。

 いずれにせよ、楽しんでいて欲しい。

 彼女に与えられる休暇は少ない。彼女の希望と言うのもあるが、俺の余裕の無さ

が原因でもある。

 いつ死んでしまうか分からない。中途半端なままであの子を残してしまうのが怖い。そんな情けない理由で、あの子に無理を強いてしまっている。

 本当に、情けない先生だ。

 タオルで雑念を拭きとる。

 心が死んでいけば、体も自然と死に向かって行く。

 今はただ、俺にとっても久々の休暇を満喫すれば良い。

 幸いオペの依頼も来ていない。クリスタルの反応も無い。自由だ。

 何をしようか。手の凝った料理をしても良い。新しい茶葉の組み合わせを試しても良い。本を読むのも良い。新たな趣味に手を出しても良い。

 まあそれも夜までだが。夜には大事な用がある。楓にも予定を開けておくように言ってある。

 書斎に入り、デスクの引き出しの中を見る。そこに黒い長方形の箱が納まっているのを確認し、また仕舞う。

 年甲斐もなくそわそわする。ラブレターを渡す年頃のガキじゃあるまいし。第一楓を恋愛対象として見てる訳でもない。

 単に、緊張しているだけだ。今まで『らしい』事をしてこなかったツケが来ているだけだ。

 

「あいつに相談ぐらいしとくんだったか……」

 

 もし気に入らなかったら、受け入れて貰えなかったら。そんな事ばかりが先行して後悔が募る。

 駄目だ駄目だ。またネガティブになっている。ポジティブな思考は身体機能にも影響する。そのくらい医者なら知ってるだろ、しっかりしろ、柳生明人。

 今更ああだのこうだの考えたって仕方がない。やるだけ。俺の身勝手な願望を伝える。それだけ。

 

「昼飯……何にしようか……」

 

 

 

 

 

 なんとなくで、オムライスを作った。

 俺は別段オムライスが好きと言う訳でもないし、オムライスが好きなやつが今日は家にいないと言うのに。

 それなりに美味かった。でも最近になって楓の方が美味く作れるようになった。オムライス以外は負けていないと自負しているが、それもいつか追い越されてしまうのだろうか。それはそれで楽しみだ。

 今日は陽が照ってはいるが肌寒い。オレンジティーが体の芯まで染みて温めてくれる。良い気分だ。こうやってゆっくりするのも悪くない。

 

「あっ」

 

 カップをソーサーに戻そうとした時に力が抜け、ささやかな音を立ててカップが割れる。

 やってしまった。幸い中身は飲んでしまっていたため床の汚れを気にする必要はないのだが、お気に入りのカップがなくなってしまった。また買いに行かなければ。

 

 思考の大半がカップに割かれていたからだろうか。

 警報が鳴っていると気付くのに少し時間がかかった。

 今日くらいは出ないで欲しかったが、仕方ない。

 地下に向かい、モニターを確認する。赤い点が点滅して、ヴァーミンの位置を知らせる。海と面した敷地。都市部の近くにあるにも関わらずかなりの面積だ。何かの施設だろう。例えばテーマパークとか……。

 

「嘘だろ……」

 

 赤い点はブルームランド花恵のど真ん中を示していた。

 

 何故。

 何故、よりにもよって今日、あの場所で。

 この日だけは、戦いとは無縁で過ごして欲しかったのに。

 

 バイクに跨り、ヘルメットを被る。エンジンが点火するのももどかしく、バイクを走らせる。

 センサーで俺を感知して通路が開けていく。その中を一直線に駆け抜け、路地裏を突っ切り国道に合流する。

 ここからブルームランドまでは高速道路を使ってもとばして10分はかかる。道路の混雑状況にも左右される。俺が到着するまでにどれほどの被害が出るか分からない。

 でも俺にできるのはただひたすらに走る事だけ。弟子の無事を祈って前に進むだけ。

 赤いクリスタルを取り出し、腰に着けたドライバーに装填する。

 

「変身!」

 

 炎が俺を包み、姿を変えさせる。残った炎がバイクに纏わりつき、その形を変えさせる。

 前方に大型トラックの列が見える。全く動く気配のない。ただの障害物。

 邪魔だ。

 念じる事でマフラーから炎を噴射させ、その勢いを使って上に跳ぶ。トラックの上に着地し、再び跳ぶ。

 着地し、車の隙間を縫って走る。炎の勢いそのままに、スピードを緩める事無く走らせる。

 

 見えて来た。ブルームランド。

 前の広場には人だかりが出来ている。何かしらの騒動が起こって、大方避難は済んだのだろう。もう誰も残ってなければいいのだが。

 俺に気付いた幾人かがこちらを見る。歓喜、安堵、期待。その視線に焼かれながら中を突っ切り門を突破する。

 園内には避難を呼びかけるアナウンスがまだ鳴り響いていて、聴覚での情報収集は難しそうだ。今いる位置からはパーク全体は見渡せない。一先ず外周を走って被害を把握しなければ。

 

 見つけるまでにはそれほど時間はかからなかった。

 大小様々な瓦礫が道に転がり、屋台は潰れ店のガラスは割れている。今まで見て来たものと比べればこれでもマシな方ではあるが。

 そして所処にあるクモの糸。クモ型のヴァーミンとみて間違いなさそうだ。

 建物の壁に、屋台の上に、点々と続く糸の痕跡を童話の様に辿る。その道筋は曲がりくねっていはするが、真っ直ぐにパークの奥へと向かっているように思える。

 何かがおかしい。最初に見たもの以外に破壊行為の跡が無い。ただ移動しているだけ?あれだけの被害を出しておきながら?破壊の対象が特定のエリアのみなのか。或いは。

 破壊の対象が移動しているか。

 まさか。

 誰かを追っている?

 だとしたら不味い。早く追いつかなければ。

 そこまで思考が至った時、前に人影が見えた。俺に背を向けて走っているのが数人。

 

「待て」

 

 すぐに追いつき、声をかける。振り向いた4人は全員女性。格好や顔つきからして楓と同じ年頃に思える。

 

「どこに行くんだ。出口は向こうだ。早く避難を」

 

 驚いていた4人が、縋る様な目に変わった。

 

「助けて!友達が化け物に追われてるの!」

 

「やはりそうか……」

 

 嫌な予感が的中した。急がないと。

 

「自分から化け物に向かって行って……多分みんなを逃がすために……」

 

「分かった。必ず助ける。みんなは早く逃げ——」

 

「お願いします!」

 

 手を掴まれる。

 

 

 

「楓を助けてください!」

 

 

 

「楓……?」

 

『自分から化け物に向かって行って……多分みんなを逃がすために……』

 

 そんな事をしたと聞いた時に、考えつくべき事だった。

 

「離れろ!」

 

 声に驚いた女の子が手を離すのと同時にアクセルを捻る。さっきまでとは比べ物にならないスピードでバイクが疾走する。

 あの子が無茶をするのは重々承知していたのに。それとも、そうであって欲しくないと最悪を考えないようにしていたのか。

 目印は見失わない。確実に、奥へ奥へと進む。

 最悪は考えない。そのために力があるのだから。絶対に助けられるのだから。

 だから、間に合ってくれ。

 

 時間の感覚がおかしくなっている。

 気が付いた時にはヴァーミンの姿が見えた。ヴァーミンが鋭い爪が生えた手を振りかぶる。

 そして倒れている女の子が、咄嗟に手で守ろうとした。

 楓。

 引き金を引き、数発の火球がヴァーミンに命中する。

 

「グオオオオオ!?」

 

 攻撃を受けたヴァーミンが体勢を崩し、転がっていく。

 楓が振り返り、俺の姿を認める。

 

「先生!」

 

 間に合った。

 楓の足に纏わりついた糸に向けて銃弾を放つ。

 糸が焼き切れ、解放された楓が俺に駆け寄って来る。目立った外傷は無さそうで一先ず安心した。

 

「ありがとうございます!」

 

「隠れていろ」

 

 バイクから降りながら注意をヴァーミンに向ける。

 楓が走り去る足音。遠ざかるそれを背にして立つ。

 

「お前が……仮面ライダーって奴か」

 

 ゆらりと立ち上がったヴァーミンが俺を睨みつける。

 

「どいつもこいつも何で邪魔するか……なあ!」

 

 かざされた手から糸が発射される。照準を合わせて、糸を弾丸で焼き払う。

 

「ちっ……おらぁ!」

 

 次々と発射される糸を迎え撃つ。だがヴァーミンは距離を詰めて来る。

 

「オラアアッ!」

 

「……っ!」

 

 突き飛ばされ、柵に背中を打つ。

 

「いやああああああああ!」

 

 すぐ近くで叫び声があがる。振り返って見えたのは楓と、さっきいた4人の女の子。内一人は更に幼い女の子を抱えている。楓を追いかけてここまで来てしまったのか。

 離れないと。このままでは巻き込んでしまう。

 ヴァーミンが手を伸ばし、楓たちに向けて糸を発射する。

 楓がみんなを庇う様にして前に出た。

 駄目だ。

 身体を起こし、楓の前に立ちふさがる。

 首に糸が巻き付き、締め上げる。

 

「先生!」

 

「来るな!」

 

 近づいて来そうな気配を声で制止する。

 

「ふんっ!」

 

 首を縛る糸を手繰り寄せ、引っ張られてきたヴァーミンを零距離で射撃する。

 

「ゴハッ!」

 

 糸が千切れ、ヴァーミンが吹き飛ばされる。

 酸素が一気に肺に流し込まれる。脳が稼働し、決めるなら今だと直感が囁く。

 ドライバーの上側面を叩き、左半身を引いて銃を構える。

 銃口に炎が渦を巻いて集まっていく。そして——。

 

「ぐっ……!?」

 

 胸が痛い。腹が痛い。全身が痛い。

 あの痛みだ。

 何故こんな時に限って。

 手の震えを抑えて照準を合わせる。力を込めて、トリガーを引く。

 

「はあっ!」

 

 膨大な熱を纏った弾丸を、螺旋と共に解き放つ。

 それはヴァーミンへと真っ直ぐに吸い込まれて。

 ヴァーミンの脇腹を少し焼いて、後ろの壁に穴を開けた。

 ブレた。トリガーを引くその瞬間だけ、照準がずれてしまった。

 追いかけなければ。でも、身体が動かない。一歩が踏み出せない。

 ヴァーミンは飛び上がり、糸を出して隣のビルへと消えていった。

 

 逃げられた。

 重大な過失だ。だがそれよりも頭で渦巻く一つの疑念。

 今まで変身中に痛みが来た事はなかった。アドレナリンとドライバーの治癒効果によって気付いてなかっただけと言う線もあるにはあるが、それを加味しても抑えられなかった痛み。

 まさか。

 俺は、ここまでと言う事なのか。

 

「大丈夫ですか、先生?」

 

 鋭い痛みが疑念を確信に変える。

 ならば、やらないといけない事がある。

 

「楓」

 

 力を込めて名前を呼ぶ。

 

「は、はい」

 

「話がある。後で書斎に来い」

 

「わ、わかりました……」

 

 返事から困惑しているのが伝わってくる。でも説明している時間は無い。

 バイクに乗り、楓に背を向けて走り出す。

 

 

 

 

 

「はい……はい、キャンセルで……すみません、また機会があれば」

 

 最後の電話を終えると、クローゼットの隙間から見えたドレスに目が留まる。

 少し暗めの緑のそれは、きっと彼女に似合うと思う。

 だがこのドレスも、それを着て行くはずだったディナーも、あの箱の中身も今日はおあずけだ。

 クローゼットを閉め、椅子に座る。

 

 本当に、今で良いのか?まだ早いんじゃないのか?

 だが何も継がせずに逝ってしまうのはあの子にとっても良くない。もし時間が余ったのなら、近くで見守って、支えてやれば良い。だから今がベストだ。

 分かっている。でも。

 俺は今から、あの子に重荷を背負わせる。あの子の手に、何千何万と言う命を、この街を託す事になる。俺があいつに託された願いを、今度はあの子が継いでくれる。嬉しいはずなのに。

 何でこんなに辛いんだ。

 ああ。

 だから弟子なんて、取りたくなかったんだ。

 

 扉がノックされる。

 

「先生、いらっしゃいますか?」

 

 楓の声だ。

 来てしまった。

 

「入れ」

 

 ゆっくり扉が開けられ、楓と目が合った。

 

「座れ」

 

「は、はい」

 

 手前にある椅子に座った。

 また視線が合う。これから何をされるか何も分かっていない、明るい瞳。

 

「……あの、先生」

 

 顔を伏して楓が話し始める。

 

「助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

 その礼も、今まで何度聞いたか。

 

「先生がいなかったら、私も……友達も助かっていなかったと思います。だから……本当にありがとうございます」

 

 そうだ。楓は無茶をする。今日だって俺がいなければ危ない所だった。ラセンとして戦い続けるために、少しでも長く生きるためには自分を大切にしなければならない。それがより多くの命を救い、この街を守る事に繋がるのだから。だから無茶をする様な未熟なやつには任せられない。

 それで良いんだ。それだけ言ってしまえば良いんだ。

 

「先生?聞いてますか先生」

 

「楓」

 

「はい」

 

 それだけが、言いたいのに。

 

「楓、次はお前が変身しろ」

 

「はい……はい?」

 

 出て来たのは、あまりにも残酷な言葉。

 

「言っとくが俺は何もしない。一人で倒せ」

 

「え」

 

「俺は仕事がある。やつをどう攻略するか考えておけ」

 

 それだけ言って書斎を後にし、玄関をくぐる。

 楓の顔は見れなかった。

 

 

 

 

 

「以上で、お間違いないでしょうか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 書面を見て、問題が無い事を確認する。

 

「これで作成は終了です。お疲れさまでした」

 

「ありがとうございました」

 

 公証人が出て行く。ドアが閉まった後の一瞬の静けさ。

 これで、めぼしい準備は済んだ。

 

「これで良かったのか?柳生」

 

 隣に立つ藤堂が尋ねてくる。

 

「何がだ?」

 

「あんなもの作って……お前から青葉君に伝えるべきだ」

 

「これから楓の初仕事なんだ。余計な情報を入れて惑わしたくはない」

 

「それでも自分で言う努力をするべきだろ。こんな……もうすぐ死ぬみたいな事……」

 

「その通りだ。だからこそ今やっておかないと後悔する。いや、後悔する間もないかもしれないな」

 

 だからこそ、申し訳ない。

 

「済まない。こんな事に付き合わせてしまって……詩乃(しの)さんも、朝からすみません」

 

「いえ、私は……主人が柳生さんと会っているのを見るって楽しみがありましたから」

 

 え?どう言う事だ?

 

「今そんな空気じゃなかっただろ……」

 

「だって、柳生さんと会う時はいつも楽しそうじゃない」

 

「いや、だから今は——」

 

「今も、でしょ?」

 

 にっこり笑う詩乃さん。張り詰めていた空気が一気に緩む。

 

「ったく、どこがそう見えたんだか」

 

「まったくですよ、詩乃さん」

 

「あら?私はいつも通りだなーと思ってましたけど?」

 

 藤堂と顔を見合わせ、どちらともなく吹き出す。

 

「まあなんだ……友人の最期の頼みくらい、幾らでも聞いてやるよ」

 

「済まないな、藤堂」

 

「そこは感謝だろ」

 

「そうだな……ありがとう、藤堂」

 

 差し出した手を、藤堂が握ってくれる。

 出会うきっかけとなったのは決して褒められる事じゃない。でも。例えそうだったとしても。

 この男と長い付き合いになって、本当に良かった。

 心の底から、そう思う。

 

「ああそれと、最後にもう一つ、頼まれてくれないか?」

 

「良いぞ。できる範囲でならな」

 

 別れの挨拶は済んだ。後は心残りだけ。

 

「楓を……新しい仮面ライダーを、どうか支えてやってくれ」

 

 藤堂は笑って、俺の目を真っ直ぐに見た。

 

「当たり前だ」

 

 

 

 

 

 窓から差す陽光が、お気に入りのデスクを照らす。

 良い心地だ。体が暖かさに包まれて、眠気が襲ってくる。

 だがまだ眠るのは早い。最後にやるべき事がある。

 小さめのメッセージカード。こんな物では書き足りないくらい、あの子への思いは溢れている。だがそれを形にする体力も、時間も俺には無い。

 字が崩れないように、震える手に力を込めて、筆を動かす。

 

『Happy Birthday』

 

 本来なら昨日言うはずだった、君への祝福。たった一言、それだけ書いて、手の震えが止められなくなる。君は俺の字が綺麗だと思っているから、イメージを崩す事はしたくない。

 これだけ書ければ充分だ。激励も、謝罪も、感謝も、書き残すには余白が無い。

 これで良い。これで終わり。これでお別れだ。

 

 

 

 本当に、それで良いのか?

 

 

 

 ペンに手を伸ばし、カードを裏返す。

 一つだけ。まだ一つだけ、言いたい事が残っている。激励でも謝罪でも感謝でもなく。

 俺自身の、わがままを。

 

『Dear My Daughter

  君に似合うと思う 』

 

 引き出しを開け、カードを箱の中に仕舞う。

 本当なら、昨日言うはずだった願い。君の幸せを願うのは、弟子だから、後継者だからだけじゃない。

 これは俺の身勝手な願い。一方的な感情だ。君がどう思うかは分からないし、今までの関係が壊れて後戻りできなくなるのが怖かった。

 でも、もっと早くに言えば良かった。

 もし受け入れて貰えたら、君も同じだと言ってくれたなら。

 一度くらい、父と呼ばれてみたかった。

 

 

 

 

 

 夢を、見ている。

 これは夢だ。俺はもう自分の力では歩けないし、視界だってこんなにはっきりしていない。だから夢だ。

 遠くの方から、風が吹いて来た。緑の風が俺の頬を撫でる。

 

 

 

 楓。

 

 

 

 どんなに遠くてもはっきり見える。風の中を舞う緑の戦士。

 まだまだ荒削りだ。だけどそれでも懸命に、がむしゃらに、己が使命を果たさんと戦う姿から目が離せない。目を離したくない。

 戦士が腰を落とし、少し駆け、大きく羽ばたく。

 光の矢が敵を貫き、爆発が起こる。

 雲が裂け、合間から光が差す。称える様に戦士を照らし、そのシルエットが一層輝く。

 鎧を解き、風が吹いた後に、彼女が立っている。肩で息をし、でも満足そうな笑みを浮かべて。

 一人の人間が、そこに立っていた。

 

 ああ、君は。

 君はもう、自分で立てるんだね。

 俺の助けが無くても、口うるさくしなくても、君は生きていける。託した想いのバトンを、しっかりと握ってくれる。

 時には挫ける事もあると思う。でも大丈夫。君の周りには支えてくれる人がたくさんいる。君自身だって、また立ち上がる力を持っている。

 いつか君も弟子を取って、誰かに想いを託したりするのかな。俺が託した使命を果たすだけじゃなくて、その後は自分自身の幸せも掴んで欲しいな。

 その色とりどりのこれからを、俺は見る事は叶わないけど。

 どんな人生を歩んでも、君は大丈夫。だって。

 だって君は、俺の自慢の娘なのだから。

 

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