仮面ライダーラセン   作:赫牛

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第2章
しあわせの石(1)


 4月の1週目。桜は7割方散って季節が移ろう今日この頃。

 私たちのルーティンは変わらない。今日も今日とて駅までの道のりを走り続ける。少し暖かくなった空気を切り裂き、呼吸が乱れないよう意識しながら足を動かす。

 だが変わった事もある。

 まず2カ月前に比べてスピードが上がった。ジョギングより少し速い程度から、マラソン大会本番くらいには。それに。

 ちらりと横を見る。

 私の少し後ろを弟子クンが走っている。汗は凄いし呼吸も乱れて、通りがかった人が二度見する様な必死の形相ではあるけど付いて来ている。初めて走った時からするとかなり進歩している。

 もうそろそろ目印にしている家に差し掛かる頃合いだ。ここから自宅まではもうすぐで、この距離は速度を上げて走る事にしている。持久力だけでなく速く走るための訓練も必要だからだ。

 

「……っ!」

 

 後ろで弟子クンがスパートをかける気配。弟子クンの姿が視界の端にちらつく。私を追い抜かんと懸命に体を動かす。

 だけど流石に抜かれてしまっては、師匠の沽券に関わる。

 

「ふっ!」

 

 加速する。景色は流れ、弟子クンの息遣いがどんどん遠ざかって聴覚は風切り音に支配される。一気にゴール板まで駆け抜け、速度を落として息を整える。

 

「はぁ……っはぁ……師匠、速すぎです」

 

 肩で息をしている弟子クン。でも前みたいに倒れこんだり、足元がおぼつかなくなっていると言う事は無さそうだ。うん。成長を感じられて師匠は嬉しいぞ。

 

「私を抜かせるなんて甘い考えは、まだ早いんじゃないかな?」

 

「うぐっ」

 

 思った通り。相手との力量差を計る眼はまだまだだ。

 でもチャレンジしようとする意識が芽生えたのは良い事だと思う。これはこれで成長と言えるか。

 

「さ、シャワー浴びてきな」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 ドアを開けた弟子クンの背中は、前よりも広いような気がした。

 

「ふぅ……」

 

 自分の体を見る。筋肉で引き締まっていて素早く動けるし、力もそれなりに強い。

 でもそれは2年前から同じだ。変わっていない。成長していない。私の身体能力は今がピークなんだと思う。今やっているのは実質衰えないためのトレーニングだ。

 限界、なんて言葉は意識しないようにはしているけど、こうやって運動する度にちらつくのは避けられない。

 だけど、多分だけど、弟子クンは違う。

 男女の差もあるが、それとは関係なしに伸びしろがまだまだある。だからゆくゆくは私より強くなってくれるだろう。

 私はそれまで彼をちゃんと育てないといけない。責任重大だなあ。

 

「頑張ろっと」

 

 

 

 

 

 箱の中は壊れかけのクリスタルや破片がぎっしり詰まっていた。

 その内半分程は黒いもので、この前戦ったアリタイプのヴァーミン……尾形翔貴と江島優菜から押収したものを砕いた残骸だ。結晶銃の弾がこの棚には保管されている。

 その下の棚には傷一つ無いクリスタルが収められている。クリスタルの中にはごく稀に攻撃を受けて体から排出された時も、その後踏んだり蹴ったり必殺キックを叩き込んでも壊れないものがある。当然弾にもできないので、そう言うのは厳重に保管するしかないそうだ。あれだけの威力を受け止めるって、一体どうやって作られているのか。

 そう言えば。

 作った奴か定かではないが、クリスタルを配っている人物についての証言はいくらかある。主に桜さんに教えてもらった……教えてもらいはしたのだが、これがまた厄介な事に、明確に定まっていないのだ。

 ある人はフードを被った怪しい男から、ある人は何処にでもいる主婦の様な人から、またある人は知人が持っているのを譲り受けた等々。

 クリスタルをばらまく奴の人物像どころか、入手経路さえ様々で、特定する事が難しいと来た。流石に師匠でももう少し情報が無いと絞り込めないそうだ。

 こう言う問題って、大本を何とかしないと解決しないとは言うが、大本の正体がつかめないと結局は末端を一つ一つ潰していくしかない。そうなったら親の仇に辿り着くのは一体いつになるのか——。

 

「こら、ぼけっとしない」

 

「いてっ」

 

 デコピン。地味だが結構痛い。

 

「大丈夫?熱でもある?」

 

「いや、そう言う訳では……すみません集中します」

 

「そう?なら良いけどさ」

 

 そう言って師匠は結晶銃のメンテナンスに戻った。

 俺は俺でクリスタルの在庫を確認しないといけないんだった。壊れかけでも、万が一盗まれでもしたら大変な事になる。

 何回か繰り返し数え、記録にあるのと同じ個数である事を確認して棚に鍵をかける。この鍵もクリスタルの力の前には無力だが、まあ念のためだ。

 

「個数の確認、終わりました」

 

「ありがとう。今……10時か、洗濯物干してくれる?」

 

「了解です」

 

 

 洗濯カゴを置いてベランダに続く窓を開ける。

 このベランダから侵入したのが随分と昔のように感じる。まだ半年も経っていないのに。

 シャツをハンガーにかけて、気持ち高めの位置にある物干し竿に吊る。

 視線が自然と空に向かって、重力に従って街並みまで落ちる。不思議と静かな風景の中に、誰かが混じっている事に気付く。

 その女性は流行りの服とは違った、でも整っていて綺麗な衣装に身を包んでいて、目立つと言う訳ではないが自然と目が吸い寄せられる。歩き方も綺麗で、でもどこかで見た事あるような……。

 

「あ……」

 

 見られている事に気付いてサングラスを外し、手を振って来た。

 

「芽衣さん……」

 

 俺が手を振り返したのを確認すると芽衣さんはまた歩を進めて、少ししてチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

「それで、今日は何用で?」

 

「なーんかよそよそしい。折角お忍びで来てあげたのに」

 

「こちとら予定が詰まっておりまして。それに、忍ばないといけない程目立つ訳じゃないでしょ」

 

「失礼な。街歩いてたらめっちゃ声かけられるんですけど。てか予定って言ってもどうせトレーニングでしょ楓の事だし」

 

「私をトレーニング馬鹿みたいに言わないで欲しいんだけど、自称有名人さん」

 

「自称じゃなくて本当なんですけど、ムキムキ女」

 

「それは……そうだね」

 

「いぇーい、私の勝ちー」

 

「あのー……えーっと……」

 

 弟子クンがポットを持ったまま固まっている。

 

「気にしないで、じゃれあいみたいなものだから」

 

「あ、本当に喧嘩してると思った?本気はこんなもんじゃないよー」

 

「へ、へー……」

 

 カップに液体が注がれるのと同時に、カモミールの甘い匂いが広がっていく。一口飲む。匂いの柔らかさとは裏腹にすっきりとして飲みやすい。

 

「さて、駄弁りに来たわけじゃないでしょ?分かった事って何?」

 

 芽衣からのメッセージにはそれだけ書いてあった。

 

「そうそう、ここから真面目な話ね」

 

 真剣な顔つきになった芽衣が問いかける。

 

「『石神の友(いしがみのとも)』って知ってる?」

 

 その名称は聞いた事がある。

 

「確か1、2年前にできた新興宗教団体だったね……ああ、そうなんだ……」

 

 噂によると救いがどうだの掲げておいて、信者たちに法外な値段の水や壺を買わせたりしているらしい。おまけに勧誘の仕方も強引で、断り切れずに一度入ってしまうと洗脳まがいの事をされる等、かなりイメージは悪い。そんなところに縋るしかない程活動者としての仕事で追い詰められていたのか。そんな事になるまで気付いてあげられなかったとは……不覚だ。

 

「違うわよ!私は別に入ってないから、だからそんな目で見るなぁ!」

 

「そうなの?なんだ、残念」

 

「どう言う事よ残念って」

 

 深い意味は無い。ただ動画や配信で胡散臭いグッズの宣伝やレビューをする芽衣の姿を想像して、それもまた一興と思っただけだ。

 

「はぁ……話を戻すとね、その石神の友の勧誘方法が、最近変わったらしいの」

 

「どんな風に?」

 

「なんでも、変な石みたいなものを見せて、これは凄い力を持った石で、持っているだけで元気が出て仕事も人間関係も上手くいくとか言うんだって」

 

「成程、そいつは聞き捨てならないね」

 

 芽衣がここに来たのにも納得がいく。本来であれば千種のお店に集合する案件だが、今日は生憎と定休日だ。

 

「つまり、その石って言うのがクリスタルって事ですか?」

 

「話を聞く限りおそらくはね」

 

「表に出て来たのが最近ってだけで、クリスタルの配布自体は創設当初からあったなんて話もある。なかなか根深いかもねー」

 

「でも配ってるくらいなら、もっとヴァーミンが出てもおかしくないですよね?後はヴァーミンになった人の共通点として出て来るとか」

 

 弟子クンの疑問ももっとも。その答えとして考えられるのは二つ。

 

「組織の形態は分からないけど、例えば幹部がいたらその人たちにしか配布されないみたいにそもそもの絶対数が少ないか。或いは……信者はそれがヴァーミンになるためのものだと認識していないか」

 

「あ、そうか。確かにクリスタルって……」

 

「そう。ヴァーミンになろうとしない限りは作動しない。本来の用途を知らなければただの石も同然。それに前にも言ったけどクリスタルと所持者の感情には相互作用がある。ネガティブな感情もそうだけど、逆に言えばポジティブな感情にもクリスタルは引っ張られて、持っている人に高揚感や安心感を与えたりする。確かに、そう思い込めば『持っているだけで上手くいく石』になる訳だ」

 

 もし後者であれば、かなりの数のクリスタルがばら撒かれている事になる。もし本当にそうなのであれば、回収する手立てを考えないと。

 

「なんにせよ、一度確かめてみないと。石神の友が本当にクリスタルを配っているのか。何のためにそんな事をしているのか」

 

「お、やっぱ聞いて良かったでしょ?それでさ……私が今日ここに来た意味、分かってるよね?」

 

「はいはい、お昼ごはん食べていきなよ」

 

「やったー!楓の手料理!献立は?」

 

「昨日の残りのピーマンの肉詰め」

 

「ええー、ピーマン嫌いなんだけどー」

 

「文句言うな」

 

 

 

 

 

 人通りの多い街中のとあるオフィスビルの1階から3階に、石神の友の拠点はあった。

 自動ドアをくぐると、受付に立っている女性が僅かに顔を上げた。

 

「あのーすいません。ここ石神の友さんで合ってますか?」

 

「はい、こちら石神の友本部です。本日はどういったご用件でしょうか?」

 

「実は姉がここに入信したいと言っておりまして、僕はその付き添いに」

 

 俺は隣で縮こまっている姉……のふりをした師匠の肩を抱く。

 

 少々お待ちくださいと言って女性が奥の部屋に入っていく。

 俺は隣に立つ師匠を見た。

 いつも滲み出る存在感は全く感じられない。背中は丸まって肩も内向き、眼鏡もかけ、極めつけに見た事が無い程暗い表情をしている。普段の師匠を知っている程、この女性が師匠だと言われても信じられないと思う。

 

「凄い演技力ですね、師匠」

 

「演技に集中して。多分カメラで見られてるから怪しまれないように」

 

「ごめんなさい」

 

 気を抜いてはいけない。ここは敵(かもしれない)の本拠地なのだから。

 ドアが開き、受付にいた女性ともう一人、柔和な笑みを浮かべた男性が出て来た。

 

「お待たせいたしました。私、石神の友代表の、露導神次(ろどうかみつぐ)と申します。お話を伺いたいので、来ていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、勿論」

 

 促されるままに奥の部屋へ、師匠に寄り添うふりをしながら進む。

 通されたのは簡素なテーブルとソファーだけが置かれた応接間。手で示され、テーブルを挟んで向かい合って座る。

 

「まずは、お二人のお名前を教えてください」

 

「僕は鳴神真哉、こちらは姉の楓です」

 

「我々の会に加わりたいのはお姉さんの方でしたね。そう思い至った経緯を教えていただけませんか?」

 

「それは……」

 

 師匠が俯く。体も僅かにだが震えている。

 

「話す事が辛いなら話していただかなくても大丈夫です。ただ、何があったか教えて下されば、我々も力になれるかもしれません」

 

 師匠が俺を見る。怯え切った様な表情は本物としか思えず、演じている事を忘れてしまいそうになる。

 無言で頷く。傍から見れば俺が話すよう促したと見えるよう、それっぽく。

 

「私、とある商社に勤めているのですけど、同僚からその……所謂いじめを受けてまして……」

 

「それはお辛いでしょう……ああすみません、続けてください」

 

「はい。それで上司からも同期からも仕事を押し付けられたり、大切な資料を隠されたりとかの嫌がらせも……」

 

 勿論全て架空の話だ。おそらく考えて来たのだとは思うが、よくもまあこんなにすらすらと嘘が吐けるものだ。

 一通り話終えて師匠が口をつぐむと、露導が話し始める。

 

「よく頑張りましたね。貴方はここまで耐えたのです。まずは自分を褒めてください」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

「貴方が我々の元に来た理由は充分分かりました。貴方の様な辛い思いをした人たちを救うのも我々の責務です。貴方の意思が変わらなければ、我々は貴方を歓迎致します」

 

「本当ですか!?ありがとうございます……」

 

 安心した様な、その言葉で既に救われたかの様な顔。あまつさえ涙を流している。もしかしたら今まで見てきた師匠は全部演技だったんじゃないかと言う疑問さえ浮かび始めた。

 違う。今はそうじゃない。

 露導と言うこの男、ここの代表だと言っていたが、本当ならクリスタルをばら撒く親玉の可能性が高い。しかし今までのやり取りで強引だと思う点は無く、寧ろこちらの意思を尊重している様に感じる。

 自分の意思で入信に来た人には洗脳まがいの事はしないと師匠は予測を立て、だからこうやって自分たちから足を踏み入れた訳だが、それが当たっているのか、そもそも洗脳と言うのがただの噂話なのか。そうなると石神の友の話自体が全くのデマだと言う可能性も……。

 

「失礼、真哉さん」

 

「え、あ、はい」

 

「先程から私を見ているようですが、何かお気に触った事でもありますか?」

 

 やっべ、無意識に視線を向けてしまっていたのか。ええと、ええと。

 

「すみません、その……本当に姉を救ってくださるのか、それが気になってしまってつい……」

 

「そうでしたか……それも当然です。気に病む事はありません」

 

 良かった。上手く誤魔化せたみたいだ。

 

「では、まずは体験してみると言う事で、これを一日持ち歩いてみてください」

 

 露導が懐を探り、取り出したもの。それは紛れもなくクリスタルだった。

 目を見開きそうになるのをこらえ、代わりに疑問符を浮かべる。確信を得た事を悟られないように必死で表情筋をコントロールする。

 

「これは……?」

 

「我々が石神の友と名乗る所以です。これは石神様から授かった特別な石で、持っているだけで心に安らぎをもたらしてくれます。胡散臭く聞こえるかもしれませんが、是非一度持ってみてください。勿論お金はいただきません。もし良ければ弟さんも」

 

「ああ、はい」

 

「それを一日持っていただいて、どのような効果があったかを明日お聞かせ願いたいのですが、明日もまた来ていただく事はできますでしょうか」

 

「ええ、分かりました……」

 

 師匠が返事をすると、露導は人の良い笑みを浮かべた。丁度その時扉がノックされ、長髪を後ろで束ねた男が入って来た。

 

「代表、そろそろお時間です」

 

「ああ、もうそんな時間でしたか……今日の所はこれで失礼致します。一つ講演をしないといけないものですから……では、また明日、いつ来てくださっても結構ですので」

 

 俺たちに向き直ると露導は頭を下げた。

 

「はい。今日はありがとうございました。また明日お伺いします」

 

 二人で礼をし部屋を出る。長髪の男は俺たちを目で追っていたようだが、俺の視線に気付くと目を逸らした。

 受付の人にも頭を下げ、建物の外に出てしばらく歩く。建物が見えなくなった所で、師匠の背筋が急に伸びた。

 

「ううーん、窮屈だったー。もう大丈夫だよ」

 

「っはぁ……あー、しんど……」

 

 息苦しさから一気に解放される。これを石神の友の実態を突き止めるまで続けるとは、先が思いやられる。

 

「いきなり決定的な証拠を得られたね。慣れない演技をした甲斐があると言うものさ」

 

「ですね……いや、慣れないは嘘でしょ。演劇部か何かに入ってました?」

 

「やった事ないけど。まあ私に演技の才能があったって事だね」

 

 天狗になっている様に聞こえるが、あの演技を見せられたら納得せざるを得ない。

 

「さて、帰りますか。色々整理したいし」

 

「はい。あ、昼ご飯どうします?」

 

「あー、なんか忘れてると思った。どこかレストランにでも入ろっか」

 

「良いですね」

 

「確かこっちにね……」

 

 師匠の記憶を頼りに、混み合った道を進んでいく。

 

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