仮面ライダーラセン   作:赫牛

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2年前 最悪のバースデイ(2)

 どうしよう。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 

 私が、仮面ライダーに、なる?

 

「いや、無理!無理無理無理無理!」

 

 先生の家から帰った後、私の脳内には『無理』の二文字が張り付いていた。

 ベッドの上で悶える私の顔のすぐ近くに、悩みの種のドライバー……『ラセンドライバー』とクリスタルが置かれている。

 

 結局あの後いくら待っても、先生は帰って来なかった。おそらく、本当に本業である医者の仕事が入ったのだろう。

 先生は表立ってはフリーランスの医者として活動している。それなりに名が通っていて、仕事に困るようなことはないそうだ。

 でも、だからと言って今このタイミングは最悪過ぎる。

 

 お腹が痛い。

 どう考えてもストレス由来のものだ。生憎胃薬は常備していないので治まるのを待つしかない。

 

 しかしまあ、我ながら情けない。

 仮面ライダーになりたいと弟子入りしておいて、いざその時が来ると「まだ心の準備が……」とか言い訳するなんて。

 そんな自分の不甲斐なさにも頭を抱える。ベッドに倒れ込んでからずっとこの調子だ。

 

 取り敢えずシャワーを浴びて、頭をすっきりさせようとする。でも血が巡る程思考が加速し、不安ばかりが募っていく。

 風呂上りのアイスはまた絶品なのだが、どうにも食欲がわかない。

 

「寝るかあ」

 

 起きていてもこんなことばかり考えてしまうのなら、寝てしまえばいい。

 横になる。だが瞼が落ちてくる気配はない。

 緊張で眠れない、というやつだ。

 

「またか……」

 

 昨日もあまり眠れなかったというのに、今日もとは。

 こんな調子で仮面ライダーなんて務まるのか。

 明日の朝、先生に言うべきだ。

 私には無理です、と。

 ドライバーを返すべきだ。

 

 

 

「駄目だ……」

 

 

 

 そんなことは絶対駄目だ。

 先生は、私を信頼してこのドライバーを渡してくれたんだ。

 その信頼を裏切ったら、後悔してもし切れない。

 

「私は、仮面ライダーになるために、あの人に弟子入りしたんだ」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 もう、やるしかないんだ。

 別に明日って決まった訳じゃない。明後日かもしれない。もしかしたら、もう二度とヴァーミンが出てこないかもしれない。

 それでも。

 

「私は、仮面ライダーになるんだ」

 

 小さく、でもさっきより力強く呟く。

 

 もう心は決まった。

 さあ、早く寝よう。

 そう言えば、と考える。

 今日って私の誕生日なんだっけ。

 今まで先生からは、休みはいただいたがプレゼントの類は貰ったことがなかった。

 となるとこれが、初めての誕生日プレゼントということになるのだろうか。

 思わず笑ってしまう。

 最初のプレゼントが『仮面ライダー』なんて。

 

「重すぎですよ、先生」

 

 私の意識が落ちていく。

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 暗闇の中で、先生の背中だけがはっきりと見える。

 その背中が消えてしまうような予感がした。

 

「先生、先生」

 

 声をかけてみるけど、先生は振り向かない。

 先生が彼方に向かって歩き出す。

 

「先生、先生!」

 

 先生は振り返らない。

 そのまま先生は消えてしまった。

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 さっきまで見ていたものが目に焼き付いて離れない。

 嫌な夢だ。

 振り払うように首を振る。

 きっとプレッシャーのせいだ。

 なんでもない、唯の夢。

 顔を洗っても、不安を拭うことは出来なかった。

 

 朝食はトーストで簡単に済ませ、着替えて外に出る。

 外は相変わらず冷え切っていて、マフラーが欲しくなってくる。

 バイクに乗りエンジンをかけると、不機嫌そうな音を立ててバイクが震えだす。

 ごめんねと内心思いながらエンジンをふかし、先生の家へ走り出した。

 ハンドルを持つ手が震える。その原因が寒さだけではないのは、私自身わかっている。

 先生の家までの道はあっという間に過ぎた。

 ドアを開け、昨日とは違って基地につながる扉を開ける。

 人の気配がない。玄関に靴も置いていなかった。どうやら先生はまだ帰って来ていないようだった。

 モニターに近づき、履歴を確認する。

 私が寝ている間には、ヴァーミンの活動はなかったようだ。

 SNSでもチェックはしていたが、改めてほっとする。

 

 さて、どうするか。

 このまま座して反応が出るのを待つか。

 それとももう向かうか。

 実のところ既に目星はつけてある。

 ヴァーミンが現れる場所も、その目的も。

 でも絶対の自信がある訳じゃない。

 

 もし違っていたら。

 

 怖い。

 私のせいで被害が増える。

 私のせいで誰かが死ぬかもしれない。

 

 でも当たってたなら。

 

 昨日のような惨劇を防ぐことが出来るかもしれない。

 あの人を止めることが出来るかもしれない。

 そうであればいいなと思う。

 

「……よし!」

 

 頬を叩く。

 確かに待つ方が確実である。

 でもそれは、誰かが悲しむ方法だ。

 今だけは、いや。

 今だからこそ、自分を信じてみたい。

 

 

 

 

 

 ブルームランド花恵は、今日もその門を閉ざしている。

 パーク内では重機が蠢き、養生シートが傷跡を隠すように広げられている。

 常なら人だかりができる入口前の広場も、今は男を除いて誰も見受けられない。

 男は巨大な門を、その奥に広がる園全体を見る。

 別れを惜しむように。激しく憎むように。

 男は懐から灰色の結晶を取り出す。

 表面には蜘蛛にも見える白い刻印がなされ、受けた陽の光を歪め妖しく光っている。

 男はその結晶を胸元にかざし、そして。

 

 

 

「あの……!」

 

 

 

 背後から呼び止められた。

 

 

 

 

 

 振り返った男が目を見張る。

 どうやら私のことを覚えていたようだ。

 

「貴方、ヴァーミン、ですよね?」

 

 私の問いに、男は薄く笑った。

 

「俺が?ヴァーミン?何それ、馬鹿にしてるの?」

 

「じゃあ、その手に持ってるのは何?」

 

 男から表情が抜け落ちる。

 

「お前、知ってるのか。これが何か」

 

 言葉の圧がさっきまでとは違う。空気が重苦しくなっていく。

 気圧されそうな心を奮い立たせる。私は、この人に向き合わないといけないのだ。

 

「それを捨てて、警察に自首して下さい」

 

「……ああ?」

 

 視線がより鋭くなる。それでも構わずに口を動かす。

 

「貴方がこれ以上罪を重ねる前に、止まってほしいから」

 

 男の目を真っ直ぐ見つめ返す。

 視線を逸らしたのは男の方だった。

 

「なあお前」

 

 投げかけるように、男は言葉を続ける。

 

「どうして俺の前に現れた?」

 

 純粋に、尋ねるような視線を、再び向けてくる。

 

「貴方がここに来るってわかったから、です」

 

 私も、それに応える。

 

「何故わかった」

 

「だって、貴方はここを壊したかったんでしょう?」

 

「……何故そう言える」

 

「昨日貴方は壊すだけで、誰も傷つけようとしなかった。傷つけるのが目的じゃなかったから。誰にも興味を持っていなかったから。逆に言えば、この場所にしか興味がなかった、そう見えたから」

 

 私は言うと、男は頭を掻いた。

 

「すげぇな、そこまでわかるとは。お前、頭良いんだな」

 

 そう言って男がクリスタルを胸にかざす。

 

「じゃあこの後どうなるかもわかるよな?」

 

 男はクリスタルを強く胸に押し当てた。

 クリスタルが体に飲み込まれ、男のシルエットが変わっていく。

 灰色と黒が混じる硬い表皮が全身を覆い、骨格が一回り大きくなる。

 側頭部からは針のように鋭い触覚が生える。

 目が開き、八つに増えた赤く濁った瞳が私を見ている。

 遠くの方で守衛が悲鳴をあげながら逃げていくのが見える。

 蜘蛛と人を融合させたような姿に変わった男は、嘲るように笑った。

 

「さあ、昨日の続きを始めるとするか」

 

 鋭い爪が私を差す。

 

「俺の前に立ったことを、後悔するんだな」

 

 説得は失敗。

 どうやらやるしかないみたいだ。

 

「違う。後悔なんてしない」

 

「まだそんな口がきけ……」

 

 ヴァーミンの言葉が途切れる。

 私が持っているものを目にしたから。

 

「なんだ、それは……」

 

 私がラセンドライバーを腰にかざすと、両端からベルトが飛び出して腰に固定される。

 クリスタルを取り出す。手が自然と、緑のクリスタルを選んでいた。

 クリスタルを握りしめる。

 

 

 

 大丈夫。

 今まで何度も見てきた。

 

 

 

 大丈夫。大丈夫。

 先生がやっていたように、私もやるんだ。

 

 

 

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 私なら、できる。

 

 

 

「私が、貴方を止めてみせる!」

 

 

 

 

 

 青葉楓がドライバーの右側面にあるトレイにクリスタルを装填し、挿入する。

 

GALE(ゲイル)

 

 ドライバーから合成音声が発せられ、中心部分が緑に光る。

 彼女が両手を交差し前にかざす。

 敵を制するように。或いは、自分を鼓舞するように。

 手を胸元まで引き、右手を左前へと突き出す。

 そして彼女は叫んだ。

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 音声コマンドに反応して、ドライバーからエネルギーが放出される。

 エネルギーは緑の風となり、彼女を包み込む。

 同時に彼女の体も変化する。

 周囲の分子が再構成され、全身が黒のスーツで覆われる。

 胴が、腕が、脚が、うねる風を形にしたような緑の鎧を纏う。

 顔は翅を広げた蝶に見える仮面で覆われ、2本の触角が伸びる。

 そして大きな2つの複眼が、命を宿したように赤く光った。

 今、彼女はこの街を守る戦士となった。

 

 

 

 その戦士の名はラセン。

 またの名を。

 

 

 

 仮面ライダー。

 

 

 

 

 

「お前が……仮面ライダー?」

 

 ヴァーミンが驚愕したような声を上げ、私も自分の手を見る。

 黒いスーツの上を、緑の手甲が覆っている。

 今まで何度も目にした、ラセンの姿。

 なったんだ、私も。

 でも今はそんな感傷はいらない。

 顔を上げ、ヴァーミンの姿を捉える。

 今は、戦う時だ。

 

「うわあああああああっ!」

 

 ヴァーミンに向かって走る。

 自分でも驚くようなスピードで、ヴァーミンに肉薄する。

 拳を握り込み、右手を振りかぶる。

 

「……ちぃっ!」

 

 だがヴァーミンは反応し、私の一撃は躱される。

 だめだ。大きく振りかぶり過ぎだ。

 いつも教えられているように、もっと無駄なく、速く、最小限の動きで。

 

「はあっ!」

 

 振りかぶった勢いを利用して身体を捻り、回し蹴りを繰り出す。

 

「ウゴオッ!」

 

 ヴァーミンの胴に命中し、吹き飛んだ。

 息を整えながら、私の心は沸き立っていた。

 いける。

 だが、その考えが油断につながる。

 

「うっ!?」

 

 首元に糸が巻き付き、強く締め上げられる。

 手から伸びた糸を、ヴァーミンが手繰りよせる。

 

「やりやがったな!」

 

 引っ張られ目の前まで来た私の身体を、ヴァーミンが爪で切り裂き、胴体に蹴りを入れる。

 

「うわああっ!」

 

 思わず悲鳴をあげる。糸が千切れ、吹き飛ばされた身体が地面を転がる。

 

「これは……」

 

 痛い。思っていた以上に、結構痛い。

 だがそれでも。

 立ち上がる。

 今は前だけ見て。

 

「はあああっ!」

 

 走る。

 今度は鋭く、拳を突き出す。

 

「グッ!」

 

 ヴァーミンの胸に突き刺さり、身体を浮かせる。

 

「はあっ!」

 

 今度は左手で突く。さらに、右、左と、連続して拳を叩きこむ。

 

「ゴハッ!」

 

 ヴァーミンが後退る。だがそれだけではなかった。

 

「このっ!」

 

 ヴァーミンが掌から糸を放つ。

 右手に巻き付き、引っ張られる感覚。

 バランスを崩しそうになる。しかし。

 

「くっ……うおおおおっ!」

 

 脚に力を込めて踏みとどまり、逆にこちらが糸を引っ張る。

 

「ウッ!?」

 

 驚いたヴァーミンがバランスを崩し。

 

「はああっ!」

 

 近づいてきたその身体を、左手で殴り飛ばす。

 

「グオオオオオッ!」

 

 吹き飛んだヴァーミンが地面を転がり、悶える。

 

 消耗が激しい。

 後どれだけ戦っていられるかわからない。

 決めるなら、今だ。

 

 

 

 

 

 ラセンがドライバーの上側面を強く叩く。

 中心が強く輝き、同時にエネルギーが放出される。

 ラセンが腰を落として気を溜める。その両脚に、緑の風が螺旋状に集まっていく。

 風がラセンの身体に吸収され切ったその時。

 ラセンが動く。

 

「はっ!」

 

 少しの助走をつけ、大きく跳躍する。

 その背には、巨大な蝶の翅が現れる。

 空中で体勢を変え、右脚を突き出し。

 

「はああああああっ!」

 

 ヴァーミンに向かって、渾身のキックを放つ。

 

「グオオオッ!?」

 

 ヴァーミンが吹き飛び、地面に倒れ込む。

 よろよろと立ち上がるヴァーミン。だが。

 

「ウ、ウオオオオオッ!?」

 

 キックが命中した箇所から亀裂が生じ、緑の光が漏れ出る。

 そして。

 

「ウワアアアアアアッ!」

 

 叫びをあげながら爆発する。

 爆炎の中から男が姿を現し、倒れる。

 その体から排出されたクリスタルが、砕け散った。

 

 

 

 

 

 やった。

 肩で息をしながら、言葉を反芻する。

 倒したんだ。私が。

 仮面ライダーになって。

 

「はあ……はあ……」

 

 達成感や嬉しさよりも、疲労の方が勝っている。

 でも、私にもできたんだ。

 きっと、誇るべきことだ。

 ドライバーからトレイを引き出す。

 纏っていた鎧は風になり、街を吹き抜けていく。

 

「あ……」

 

 そうだ。あの人を縛っておかないと。

 ふらふらとした足取りで、男に近づく。

 男は気絶しているようだった。手間が省けて好都合だ。

 ロープを取り出し、格子状になっている門に縛り付ける。

 

「ふぅ……」

 

 気を抜くと一歩も動けなくなりそうになる。

 それはダメだ。警察が来る前に退散しなくては。

 そう考えていると、視線を感じた。

 顔を上げると、遠くの方に立っていたのは。

 

「先生……!」

 

 先生がこちらを見ていた。

 その表情は、ここからでは見えない。

 

「先生、やりました、先生!」

 

 思わず駆け寄る。でも先生は背を向けると、建物の陰に隠れていってしまう。

 

「待ってください、先生!」

 

 倒れそうになるのをこらえて、懸命に走る。

 

「先生!」

 

 建物まで到達し、先生が歩いて行った方を見ると。

 先生の姿は、見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 先生の家につく頃には、陽は沈もうとしていた。

 玄関には先生の靴があった。

 

「先生、どこですかー?」

 

 呼びかけるけど、返事はない。

 薄暗い廊下を進む。

 リビングには先生の姿はなかった。

 キッチンにも、洗面所にも、基地にもいない。

 ひとしきり探してから、廊下の奥の扉を開ける。

 

 先生は書斎にいた。

 お気に入りの椅子に座って、こちらには背を向けている。

 

「先生、私、やりました!」

 

 溢れてくる感動を、先生に伝える。

 

「変身して、戦って……倒すことが出来ました!私も、仮面ライダーになれました!」

 

 先生は何も言わない。こちらを見ようともしない。

 

「先生?」

 

 不思議に感じて、先生が向いている方へ回り込んだ。

 

 

 

 先生の顔は夕日に照らされて、はっきりと見えた。

 

 

 

 まるで眠っているようだった。口元は微かに笑っていて、とても穏やかだった。

 

「先生……?」

 

 でもそれは、偶に見る先生の寝顔とは違う気がした。

 

 

 

 唯の思いつきだった。

 

 

 

 先生の顔に、手を当てる。

 夕日に照らされているはずなのに、冷え切っている。

 呼吸が浅くなっていく。

 首筋に手を当てる。

 ない。

 だらんと垂れ下がった手を取り、手首を強く押さえる。

 ない。

 脈が、ない。

 

「先生、先生!」

 

 肩を強く揺さぶるが、先生は目を開けない。

 

「先生っ!起きて先生!先生っ!」

 

 何度呼びかけても、先生は答えてくれなかった。

 

「先生っ!先生っ!」

 

 音が、自分の声さえもが、遠くなっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 医者から聞いた話によると、先生の体はボロボロだったらしい。

 内臓が衰弱し、体内年齢は実年齢の20歳以上とされ、生きていたのが不思議なくらいだったそうだ。

 その説明も、どこかで風が凪いでいるようにしか聞こえなかった。

 

 先生の死を知った医者たちが、葬儀を執り行ってくれた。

 参列者のほとんどは医療従事者で、先生の親族は来ない。

 正確には、来ないのではなくいなかった。

 先生が眠る棺桶の中に、白い菊が添えられる。菊があっという間に先生の体を覆い隠す。

 遺族の代わりに、私が霊柩車に乗った。

 炉の中に先生が入っていく時も、不思議と涙は出なかった。

 

 

 

 

 

 葬儀を終え、私は先生の友人だという医者に先生の家まで送り届けてもらった。

 先生の遺言状には、持っている財産の全てを、私に相続させると書いてあったらしい。

 この広い家が、私のものになった訳だ。

 冷たい玄関を歩き、書斎に通じる扉を開ける。

 換気をしていなかったせいか、少し息苦しい。

 

 先生はよくここで記録を取っていた。戦ったヴァーミンの特徴や攻撃方法を、書類に書き起こして残していた。

 私も見よう見まねでやっていたが、先生にもう取らなくてもいいと言われてやめてしまった。

 先生が座っていたデスクに陽が当たっている。少し日焼けした椅子が、主を失って項垂れているようにも見えた。

 私の顔も、きっとこんなのに違いない。

 椅子にそっと触れる。

 そしてデスクに目を落としたとき、一枚の紙がノートパソコンとデスクの間に挟まっているのを見つけた。

 何だろうと思い、紙を手に取る。

 紙には短く、こう書かれていた。

 

『楓へ 引き出しの2段目に入っているものの中身を見ろ』 

 

「2段目……?」

 

 2段目と言えばいつも鍵がかかっているところだ。先生は大切なものをしまうところだと言っていたが……

 手をかけると、引き出しは抵抗なく開いた。

 中に入っていたのは、黒い長方形の箱だった。

 

「これの、中身?」

 

 箱をデスクに置き、蓋と思われる部分を持ち上げる。

 中に入っていたのは。

 

「ネックレス……?」

 

 無駄のない、洗練されたデザインのネックレスだった。中心部では、緑に輝く宝石が存在感を放っている。

 いったいこれは何なのだろう。

 考えていると、ネックレスを保護する緩衝材と箱の間に何か白いものが挟まっているのに気付く。

 引き抜いてみると、それは無地のカードだった。

 そのカードには。

 

 

 

『Dear My Daughter

  君に似合うと思う 』

 

 綺麗な手書きの文字で、そう書かれていた。

 

 

 

 それを見た瞬間わかってしまった。

 私自身は先生のことを、どう思っているのか。

 見つからなかったのではない。私が、言葉にするのを躊躇っていただけだ。

 

 先生は『親』だった。私という仮面ライダーを、私という人間を育ててくれた家族だった。

 それに気付いていたのに、私は言葉にすることが出来なかった。本当の家族に申し訳なかったから。先生に拒絶されるのが怖かったから。

 だから一度も、家族として接することが出来なかった。

 

 

 

 そうして足踏みしているうちに、私はまた家族を失ったのだ。

 

 

 

 カードは二つ折りになっていた。

 こういうカードは、中にも何か書かれているものだ。

 

 カードを開く手が震える。それは興味からか、怖れからか、それとも別の何かからか。

 そこに書いてあったのは。

 

 

 

『Happy Birthday』

 

 

 

 ああ、そうか。わかった。

 これはプレゼントだ。

 先生から私への。親から子への。ドライバーじゃなくて、仮面ライダーという役割ではなくて本当の。最初で最後の、誕生日プレゼント。

 

 

 

「あ……ああ……」

 

 

 

 声を抑えることが出来なくなった。

 視界も徐々に滲んでいく。

 一体どの感情のせいで、そうなっているのかも判断できない。

 ただただ大きなうねりに飲み込まれているようで。

 心臓の音がはっきり聞こえる。必死に何かを叫んでいる。

 

「先生……先生……」

 

 

 

 私はこの日を、一生忘れられないだろう。

 

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