仮面ライダーラセン   作:赫牛

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竜の目覚め(2)

 触手が迫ってくる。俺の命を奪いかねないと言うのに、俺は動けずただ見ているだけだった。死ぬ間際には走馬灯がよぎるそうだが、そんなものは一片たりとも見えず、視界のほとんどを触手が埋めようとしていた。

 終わったと思った時、一条の風が吹き抜け触手が弾き飛ばされた。ラセンがこちらに腕を伸ばした状態で静止している。おそらく腕から風を発射したのだ。

 そして驚いてるヴァーミンの隙を突きドライバーを叩くと、指を揃え伸ばした右腕にエネルギーが集まり、そのまま刀の様に触手目掛けて撃ち下ろす。風の手刀を受けた触手は半ばから斬り落とされ、切断面から赤い液体が飛び散る。

 

「なにぃ!?」

 

 更なる驚きに見舞われているヴァーミン。巻き付いていた触手を振り払ったラセンがもう一度ドライバーを叩き跳躍する。

 

「はあっ!」

 

 緑の風を纏った蹴りが迫る中、ヴァーミンはまたラセンに向けて墨を吐き出す。しかし墨の弾丸はラセンが纏うエネルギーに触れた瞬間に弾けて煙と化し、全くダメージを与える事はできない。そして黒煙の中から大きな衝撃音が響き渡る。

 倒せたのか?

 しかしどう言う事か、ヴァーミンを倒した際に発生する爆発が無い。

 煙が晴れ、ラセンの姿が見えてきた。

 

「師匠!」

 

 こちらを振り向いた師匠が仮面越しでも分かる大きなため息をついた。

 

「ごめん、逃げられた」

 

 師匠が立っている地面は大きく陥没し、そこにキックが当たった事を示している。ヴァーミンが避けられた理由は……あの墨だ。あのヴァーミンは悪あがきで攻撃していたのではない。キックにわざと墨を当て弾けさせる事で煙幕とし、攻撃を躱してそのまま姿をくらましたのだ。

 

「っ……」

 

「師匠!」

 

 崩れ落ちそうになる師匠を咄嗟に支える。鎧越しに伝わってくる鼓動はとても速かった。やっぱり凄く消耗しているんだ。

 

「ありがとう……はー息できるって最高」

 

 冗談めいた口調だが、それもこちらを心配させまいとしている様に聞こえてしまう。変身を解除して見えた顔にも疲労が浮き出ている。

 

「かなり辛そうですけど大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫。それよりあの女の子は無事かな?」

 

「ちょっと話そらさな……」

 

 師匠と一緒に振り返った瞬間、女の子と目が合った。女の子は起き上がった姿勢のまま口をぽかんと開けている。

 

「あー、これは……」

 

「見られちゃった感じかな……」

 

 一般人に変身の瞬間を見られるのは大変よろしくない。万が一正体をSNSで拡散でもされてしまえば動きづらくなる事間違いなしだからだ。こうなった以上、どうにかして口止めしなくては。

 

「ま、待って待って!言いません!誰にも言いませんから!」

 

 不穏な空気を感じ取ったのか女の子は慌てて弁明する。その必死な表情が可笑しくてつい笑みがこぼれる。

 

「大丈夫。とって食うなんてしないから」

 

 師匠の一言で落ち着きを取り戻した女の子が制服の裾をはためかせながら小走りで駆け寄ってきた。

 

「あの……助けていただいてありがとうございます」

 

「良いの良いの、仕事だからさ」

 

「私、ほんとに言いませんから。絶対秘密にしますから!」

 

「あーちょっとちょっと!誰か来たら不思議がられるからさ、取り敢えずどこか落ち着ける所行こっか。色々話聞きたいし、ね?」

 

 珍しく師匠が慌てている……いや、そうでもないか。俺の時もそうだったが、師匠ってぐいぐい来る人には弱いのかもしれない。初対面なら尚更。

 うーんと考えた女の子が、何か思いついたと言った表情になる。

 

「でしたら、私の家に来るのはどうでしょう?」

 

 

 

 

 

 三条愛(さんじょうあい)と名乗った女の子に連れられるまま、俺たちは街の中心街から離れていった。そして辿り着いた先には。

 

「すごっ……」

 

 こう言うのは豪邸ではなく武家屋敷と言うのだろうか。厳めしい門から広大な庭が見え、その奥には立派な屋敷がそびえたっている。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

「あ、お邪魔します」

 

 促されて入った庭には整えられた盆栽が並んでいたり鯉が泳ぐ池があったりして、純日本的なイメージに更に拍車をかけている。下世話ではあるが、裕福な暮らしをしているのであろう事にも。ヴァーミンが金銭目的の誘拐をしようとしていた可能性も十分あり得る。

 屋敷の中は当然の如く畳が張られていて、他人の家と言うのもあって緊張する。早くも正座する足が痺れてきて、運ばれてきた湯呑を持つ手が震えている。

 

「さ、お話ししましょう!大丈夫です!両親は共働きなので今は誰もいません!」

 

 俺が感じていた固い雰囲気を壊すかの様な大声。

 

「あはは、まずは落ち着こっか……」

 

「落ち着いてなんていられませんよ!だって仮面ライダーが目の前にいるんですよ?ファンとして黙ってなんていられません!あ、後でサイン貰っても良いですか?」

 

「そう言うのはやってないかな……」

 

「えー」

 

 口を尖らせる三条さんから不安や恐怖と言った感情が全く感じられない。化け物に襲われた後だというのに、それが頭から吹き飛んでしまう程仮面ライダーと会えたのが衝撃的だったのか。

 

「そうだ、昨日の戦い、凄くかっこよかったです。あれは仮面ライダー史上5本の指に入る名勝負でした」

 

「それはどうも」

 

「あ、私の部屋見ますか?私あなたのグッズいっぱい持ってて……」

 

「そ、それよりさ、俺たち何があったか聞きたいんだけど」

 

 てかグッズなんかあるのか。

 

「そうでした、私、襲われたんでした。お話って、具体的に何をお話しすればよろしいですか?」

 

「君に襲われる心当たりはないか、それともし見ていたらヴァーミンの正体も教えて欲しい」

 

「分かりました……こほん」

 

 居住まいを正した三条さんが語り始める。

 

 

 

 

 

 見た訳ではないので確証はありませんが、あの声には聞き覚えがあります。陸沢秀和(りくざわひでかず)と言う人です。父が経営している会社の社員だった人で、以前に会社のイベントでお会いした事があります。この写真の……左から二番目の、細身の人です。

 社員だった、と言うのは父が解雇したからです。不当に解雇した訳ではありません。陸沢さんが会社のお金を横領しようとしていたからです。詳細は私には知らされていないのですが、その事が明るみになって父の耳まで届いたそうです。

 解雇するのが正しい事ではありますが、きっと陸沢さんは父の事を恨んでいるはずです。私を襲ったのも父への復讐か、もしくは私を人質にして金銭を要求するつもりだったのでしょう。心当たりと言えばそれくらいですね。

 

 

 

 

 

「なるほどね……」

 

 誘拐が動機なら例え守る事に失敗しても一時の身の安全が担保されているが、復讐が動機となるとまた別の話だ。最悪の場合命に関わる。

 

「逆恨みで殺されでもしたらたまったもんじゃないね。となると一先ずは監視するしかないか……その制服は隣町の高校の物だよね?」

 

「そうです。三柳(みやなぎ)高校です」

 

「登下校の時は付いていった方が良いだろうね。今日も親御さんが帰ってくるまでは家にいるよ。それで良い?弟子クン」

 

「了解です」

 

 と言う事で方針が固まった。この前に引き続いて根気がいる仕事だが、それで命が守れるなら安いもんだ。

 俺たちの会話を聞いた三条さんが突如目を輝かせた。

 

「つまり泊まるって事ですね!?今日から父も母も出張でしばらく帰って来ないんですよ!」

 

「え」

 

「しかも連泊なんて楽しみー。いっぱいおしゃべりしましょ、仮面ライダーさん。まずは私の部屋に行きましょ、ね、ね!」

 

「え、ちょっと……つよっ……」

 

 三条さんはその可憐な容姿にそぐわぬ強引さで師匠を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

 犯人に家が特定されている可能性が浮上し、結局当初とは逆に三条さんが俺たちの家に泊まりに来る事になった。陽が落ちた頃に三条さんの家を出て、誰かに後をつけられていないか慎重に確認しながら移動しきった頃には精神的にかなり擦り減っていたと思う。

 

「おーここが。楓さんの……あれ?」

 

 三条さんが俺を見て不思議そうな顔をする。

 

「どうしたの?」

 

「いや、鳴神さんは帰らないんですか?」

 

「ここが家ですけど」

 

 三条さんはぽかんと口を開け、その後赤面して手をわなわなとさせる。

 

「じ、じゃあ同棲!?お、お二人はその……お、お付き合いしてるんですか!?」

 

「してないわ!」

 

「してないんですか!?」

 

「そう思っても仕方ないとは思うけど、近所迷惑だから早く入るよ」

 

 鍵を開けて師匠が中に入り、キャリーケースを持った三条さんがそれに続く。

 

「うわー、なんか良い匂いする……」

 

 今のはちょっと危ない発言な気もする。

 

「そんなきょろきょろしたって何も無い普通の家だよ?ほら、上がって上がって」

 

 三条さんが荷物を持って階段を上がる。三条さんたっての希望で、ここにいる間は師匠と同じ部屋で寝るらしい。また先程までの様に女子会が繰り広げられるのだろう。ちょっと覗いてみたい気もするが、俺だって空気が読めない訳じゃない。

 

「晩御飯は何か食べたい物ある?できる限りリクエストには応えるけど」

 

「はいはーい、楓さんって得意料理何ですか?」

 

「うーん、強いて言えばオムライスかな?」

 

「じゃあそれでお願いします!」

 

 料理を待っている間も、三条さんは目を輝かせっぱなしだった。

 

 

 

 

 

 洗面所に入ると浴室からシャワーの音がしていた。今は弟子クンが中にいるが、彼に用事がある訳ではない。でもこのタイミングでないと確認できない事だ。

 畳まれた彼の寝間着に目星をつけてめくると、シャツとズボンの間に光るものがあった。竜の図柄が刻まれた、橙色のクリスタル。ゆっくりと、いや、恐る恐ると言った方が良いか、それに向かって手を伸ばした。

 

「っ……」

 

 触れようとした瞬間、それは私を拒絶するかの様な激しい熱を帯びた。危うく火傷する所だった。

 

「ん?師匠、どうかしました?」

 

「あー……クモがいてちょっとびっくりしただけ」

 

「クモに驚くなんて意外ですね」

 

 扉の向こうから聞こえるくぐもった声は、私に対する疑いなど一片も含んでいなかった。

 寝間着を元に戻し洗面所を後にする。

 そんな気はしていたのだ。偽ライダー事件の前後辺りから、弟子クンが妙に落ち着かない様子だったのがずっと気になっていた。隠し事をしている可能性は充分考えていたが、まさかクリスタルだったとは。

 

 弟子クンはあれをどうするつもりなんだろう。

 私に渡しもせず、捨てもしない。かと言ってヴァーミンにならない。持っているだけではあるが、お守りにしては少々物騒な代物だ。

 あれを取り上げてしまう事だってできる。それはとても簡単な事だが、そうする事は果たして弟子クンの為になるのだろうか。

 できる事なら自分から言って欲しい。どうやって手に入れたのかも含めて教えて欲しい。

 私は君を信じているよ。

 

 

 

 

 

 俺は今、基地に続くドアの前に立っている。

 師匠と三条さんは既に寝る支度をして寝室に入っていった。三条さんを少し心配していたが、あの様子なら心の傷も癒えているだろうし、師匠もいるから大丈夫だろう。安心して眠りにつけるはずだ。

 つまり今ここで俺が何をしようが、咎める人はいない。

 今日の戦いを思い出す。結局俺には何もできなかった。今日も師匠に助けてもらって、今日も師匠に無茶をさせた。師匠も師匠で疲れた素振りを見せようとしないし、それが分かってしまうくらいには師匠の事は見てるつもりだ。そしてこれからもずっと見ていたい。

 

『青葉君に無理をさせないで欲しい』

 

 萩野先生の言葉がリフレインする。俺もそうだ。俺だって師匠に無理をさせたくない。何より師匠に死んでほしくない。

 だったら俺のやるべき事は。

 

「よし」

 

 

 

 

 

 目が覚めると目の前に顔があった。

 時計は午前6時を示している。愛ちゃんはまだ寝息を立てているからこっそりと、起こさないようにベッドから出る。幸せそうな寝顔を見ると、守る事ができて本当に良かったと改めて思う。

 リビングに行くと既に弟子クンがいた。こんな事初めてだ。いつも私の方が先に起きているのに。

 

「おはよう」

 

「おはようございます……」

 

 挨拶した弟子クンはそのまま欠伸をする。なんだか眠そうだ。

 

「あんまり寝れてない?」

 

「いや、大丈夫ですよ……ふぁーあ……」

 

 また欠伸。そして目の下にはクマ。あんまりじゃない。全くと言って良い程寝ていないんじゃないか?

 

「凄く眠そうだよ?今日はランニングはなしだから、ちょっとだけでも寝てきたら?」

 

「だから大丈夫ですって。さ、今日も張り切っていきましょー……ふわぁー……」

 

 絶対大丈夫じゃないよね、この子。

 その後起きてきた愛ちゃんと一緒に朝食を取ったり、出発の準備をする間も弟子クンは眠そうに目を擦っていた。昨日の様にまた出先で寝てしまわなければ良いけど。

 

 友達と楽しそうに話しながら通学路を歩く愛ちゃん。その後ろを、不審がられない程度の距離を保って付いて行く。途中で電車に乗り、降りてからもまたしばらく歩く。決して気を抜いた訳ではないが、普段はバイクを使っている身なので、電車を利用するのは高校生以来で懐かしさがこみ上げてきていた。

 愛ちゃんが校門をくぐるまで見送り、忍び込むのは見つかると厄介な事になるため近くで待機しておく。人が大勢いる以上ヴァーミンも学校を襲撃するメリットはあまりないと思うが、念のためだ。

 最初の一時間は何事も無く過ぎ、談笑していた私たちも緊張からか少しずつ口数が減っていき、次の一時間はほとんど無言だった。幸いにも高校が見える位置にレトロな雰囲気の喫茶店があったので、開店してからはそこで愛ちゃんからの定時連絡が来るまでの時間潰しとする事にした。

 

「ホットコーヒー2つ、それとチョコレートサンデーとホットケーキで」

 

 私が注文する時は弟子クンに学校の方角を見てもらっているが、欠伸してるし、船も漕いでるし、ちゃんと見てるのか怪しい所だ。

 

「弟子クン、そんなに眠たいの?」

 

「眠たくないですって……」

 

「昨日も寝てないんでしょ」

 

「仕方ないじゃないですか。生活リズム狂っちゃったんだし」

 

「病院でたった5分寝ただけなのに、夜眠れなかったんだ?」

 

「……そう言う日もありますよ」

 

「昨日夜更かしして何してたのか言いなさい。この仕事を半端にする正当な理由があるなら許してあげる」

 

「それは……仕事のためでもあると言うか……」

 

「じゃあ何してたの?」

 

「それは……ええと……」

 

 言葉に詰まっているのを見るに、言えない様な事なんだろう。この際だ、ちょっと(つつ)いてみるか。

 

「弟子クン、私に何か隠し事してない?」

 

 弟子クンが全然私の目を見てくれない。やっぱり弟子クンって、嘘つけない人なんだなあ。

 でもそれ故に信じる事ができる。

 

「分かった、弟子クンのタイミングで良いから教えてね」

 

 弟子クンはバツの悪そうな顔をして、ようやく私を見て、ためらいがちに口を開く。

 

「師匠、俺——」

 

「ホットコーヒーお2つですー」

 

 私たちの前にコトリとカップが2つ置かれた。そのまま店員が立ち去っていくのを思わず目で追ってしまう。もう一度顔を見合わせると、弟子クンの口がぽかんと開いている。私もきっと開いてるのだろう。

 

「弟子クン……」

 

「すみませんまた今度で……」

 

「そっかぁ……」

 

 

 

 

 

 それからは何事も無く、愛ちゃんからの定時連絡を確認したり、昼時になったのでそのまま昼食を摂ったりして、その日の授業が全て終わって下校時刻になった。

 そこからは朝と一緒だ。愛ちゃんの後に付いて行って、電車に乗って花恵まで戻り、また後を付いて行く。それにしても何も起きない。

 

「この感じだと今日はなさそうですかね?」

 

「そうかも」

 

 このまま何事も無く帰られれば良いけど。

 

 ついそう思ってしまったのが引き金になったのかは定かではないが。

 愛ちゃんが友達と別れ一人になって少しした時、柱の陰に蠢く触手を見つけた。

 

「愛ちゃん!」

 

 驚いている愛ちゃんに駆け寄って押し倒すのと同時に触手が伸び、私の体をきつく締め上げる。

 

「ぐっ……」

 

「楓さん!」

 

「隠れて愛ちゃん!早く!」

 

 その言葉に従って立ち上がった愛ちゃんにもう一本の触手が迫る。

 

「うおおおおおっ!」

 

 しかし弟子クンがヴァーミンにタックルし、軌道が逸れた触手は空を掴む。

 

「このガキッ!」

 

 標的を変えたヴァーミンが次々に触手を差し向けるが、弟子クンはそれらをぎりぎりの所で躱し続ける。地面を転がり、銃で迎撃し、時折真後ろから来る触手にすら反応してみせる。あんなに眠そうだったのに……と言うかいつの間にそんな反応速度を身に着けたんだろう。

 なんて呆けている場合じゃない。

 僅かにだが動く手でドライバーを持ち、腰に装着する。そしてトレイを引き出し、クリスタルを掴もうとする。しかし。

 

「うっ……くっ……」

 

 ポケットの中のそれに手が届かない。縛られた状態でこれ以上動かす事もできず、指先は空を切るばかり。この際どれでも良い。どれか一つにさえ届けば良いのに……。

 ヴァーミンを相手に大立ち回りをしてみせていた弟子クンだったが、ついに触手の一本が足に絡みついた。

 

「手こずらせやがって……」

 

 怒りの中に喜びを隠しきれない声をヴァーミンが上げると共に、触手の拘束がほんの少し緩んだ。

 今だ。

 腕に力を込めて徐々に下げていくと、指先がクリスタルに触れた。それを指先で掴んで手のひらの中へ運ぶ。どれを掴んだのかすら確認せずドライバーに装填し、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 ドライバーから炎が螺旋状に吹き出し、その勢いと熱で触手から解放される。地面に叩きつけられながらも炎の鎧を身に纏い、赤のラセンへの変身が完了した。本当なら緑が良かったが、今なってもまともに戦えない紫を引くよりかはまだましだ。

 

「お前が仮面ライダーだったのか!」

 

 吠えるヴァーミンに構わず炎の弾丸を連射する。それが命中するとヴァーミンは少しのけぞったが、あまり効いてはいないようだ。

 見た目はイカだがその強さからイカではなくクラーケンであると推測する、あのヴァーミンはかなりタフだ。生半可な攻撃は通用しない。今の私の場合、全身全霊を注がなければ攻撃は通らない。そして戦闘が長引けば長引く程、私が不利になる。

 銃を連射して触手を牽制しつつドライバーを叩き、集めたエネルギーを一気に本体に向けて放つ。吐き出された墨を貫通しヴァーミンに直撃した火球が炸裂し、ヴァーミンを中心に爆風が広がる。

 轟音の後、ひと時の沈黙。黒い煙が徐々に晴れていく中には、おそらく倒れた犯人の姿があるはず——。

 

「なっ!?」

 

 煙の中から触手が伸び、右腕に巻き付く。強く締め付けられて銃を落としてしまう。

 煙が晴れ、そこには肩で息をしたヴァーミンが立っていた。渾身の一撃も倒すまでには届かなかったか……。

 

「ふんっ!」

 

 触手に右腕が引っ張られ、力のままに投げ飛ばされる。立ち上がろうとした所に触手による追い打ちが来る。全身痛いし、力が入らない。早くも限界だ。

 

「どうした……もう終わりか!」

 

 ヴァーミンが更に触手で攻撃するのを、私は守りを固めて受けるしかなかった。どうにかして致命的なダメージは避けてはいるが、いつまで持つか分からない。遠くの方で愛ちゃんが戦いを見ている。せめてあの子だけでも逃がさなくてはと思い、弟子クンを探す。しかし。

 

「弟子クン……?」

 

 弟子クンの姿は何処にもなかった。

 

 

 

 

 

 自転車に乗るなんて久しぶりだ。それもこんなに全力で漕いだ事はかつてなかっただろう。ギアを最高まで上げ、足を必死に動かすと自転車でも危険なスピードが出せる。事故でもしようものなら命に関わるだろう。

 だがそんな事言ってられない。既に二人の命がかかっている状況で、俺だけ安全圏にいるなんてできない。だから必死にペダルを踏む。踏み続ける……ちなみに自転車はそこらへんに転がっていたのを拝借した。立派な犯罪だが緊急時なので許して欲しい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 やっとの思いでここまで戻って来た。でもここで終わりじゃない。まだ折り返しだ。こんな所でへばっている訳にはいかない。

 焦りでおぼつかないながらも玄関の鍵を開け、基地に続く階段を駆け降りる。目指すのはただ一つ、厳重にロックがかけられたあの棚だ。

 一つ深呼吸をする。

 今から俺は師匠の言いつけを破る。例えその結果俺がどうなったとしても、それで二人が助かるなら無問題だ。

 覚悟を決めて、俺はダイアル錠に手をかけた。

 

 

 

 

 

 衝撃が来て、弾かれ、また衝撃が来て、吹き飛ばされる。

 武器を持たない素手での攻撃が不得意な赤の姿から変わる隙も与えられず、私はヴァーミンの攻撃を耐え続けていた。しかしそれでも身体は悲鳴を上げ、ついに鎧さえもその形を保てなくなった。

 

「っ……」

 

 変身が解除され、もろに触手の攻撃を受けて地面を転がる。立ち上がろうとして、手足から力が抜けてまた膝をつく。

 

「楓さん!」

 

 愛ちゃんが駆け寄って来て私を支える。愛ちゃんの目に、ぼろぼろの私が映っている。

 

「愛ちゃん、逃げて……」

 

「でも……!」

 

「三条愛、俺と一緒に来てもらうぞ」

 

 触手を蠢かせながらヴァーミンが迫る。咄嗟に愛ちゃんの前に立ち、手を広げる。

 

「まだやるのか?もうぼろぼろのくせに」

 

「そうだとしても、動けない訳じゃないさ」

 

 この命ある限り、皆を守るのが私の使命。

 

「この命に代えても、この子は守ってみせる!」

 

 啖呵を切った私を見て、ヴァーミンが触手を振り上げた。

 

「じゃあ死ねっ!」

 

 しなる鞭の様に振り下ろされた触手に打たれれば、今の状況だと流石に命を落としてしまうだろう。最悪そうだとしても、愛ちゃんだけは……。

 そう覚悟を決めて目を瞑ろうとした瞬間、銃声が轟いて目の前の触手が弾かれた。

 弾丸の飛んできた方向を見るとそこに立っていたのは。

 

「弟子クン?」

 

 さっきまでいなかったはずの弟子クンだった。一体今まで何処に——。

 

「え……?」

 

 そして私は弟子クンが着けているそれを見た。

 それは封印したはずの、あの『ドライバー』だった。

 

 

 

 

 

 師匠が俺を見て驚いている。おそらく俺が着けているものに対しての驚きだろう。もしくは、それを何故俺が着けているか、だろうか。

 昨日も言ったが、あまり俺の事を舐めないで欲しい。

 番号の組み合わせを寝ずに全部試すくらい、何て事ない。

 

「お前、まだいたのか」

 

 振り向いたヴァーミンは俺に問いかけてき、それだけで攻撃してこない。仮面ライダーを討ち取った以上、もはや俺は脅威ではないと判断したか。

 それは今までなら正解だが、これからは間違いだ。

 

「そうだ、まだ俺がいる!俺があんたを止めてみせる!」

 

「その銃で?冗談に付き合っている暇は無いんだ。さっさと消えろ」

 

 銃を下ろし、地面に投げ棄てる。そしてポケットに手を入れ……橙色のクリスタルを取り出す。

 

「何を……」

 

 訝しむヴァーミンをよそに、クリスタルを握って深呼吸する。

 

 

 

 大丈夫。

 俺にだって、やれるはずだ。

 だから——。

 

「行くぞ……」

 

 

 

 

 

 鳴神真哉がドライバーの上に取り付けられたトレイにクリスタルを装填し、挿入する。

 

BLAST(ブラスト)

 

 ドライバーから合成音声が発せられ、中心部分が橙に光り鼓動する。

 彼が右腕を伸ばし、左腕を添える。

 何かを掴む様に、或いは、彼方の敵を捉えるかの様に。

 右手を内側へ回し、拳を握り込む。

 そして彼は叫んだ。

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 音声コマンドに反応して、ドライバーからエネルギーが放出され、それは爆炎へと姿を変えて彼を包み込む。

 彼の周囲の分子は再構成され、全身が黒のスーツで覆われる。

 胴、腕、脚がうねる爆炎を閉じ込めた橙の鎧を纏う。

 顔は竜の頭部を模した仮面で覆われ、2本の角が伸びる。

 そして大きな2つの複眼が、命を宿した様に緑に光った。

 

 今、彼は新たな戦士となった。

 その戦士の名は——。

 

 

 

 

 

「お前も仮面ライダーだと!?」

 

 ヴァーミンが驚愕の声を上げ、俺も自分の手を見る。黒いスーツの上に、橙の鎧。

 間違い無い。俺もなったんだ、仮面ライダーに。

 そしてやる事は一つ。目の前の敵を倒す。

 右腕を前に構え左腕を胸に添え、軽く腰を落とす。訓練で何度もやってきた戦いの構え。息を吸い、そして走り出す。

 迫りくる触手を避け、いなし、或いは真正面から叩き潰しながら駆け抜ける。変身する前も感じていた事だが、戦いの場ではあの竜のクリスタルが熱を発し、その熱が俺に危険を知らせてくれるのだ。だから反応できる。生身では避け切れなかったけど、今なら。

 

「たあっ!」

 

 一気にヴァーミンに肉薄し、炎を纏ったパンチを繰り出す。それはヴァーミンにクリーンヒットし、大きく吹き飛ばした。

 立ち上がった所にすかさずパンチ、もう一撃、もう一撃と次々に拳を撃ち出す。拳と共に放たれる炎がヴァーミンの外皮を焦がしていく。

 

「っ!」

 

 クリスタルから熱が伝わった瞬間ヴァーミンが墨の弾丸を吐く。それを避けながら壁に向かって走り、跳躍。壁を蹴って方向転換し、ヴァーミンの頭部に蹴りを叩き込む。よろめきながらも伸ばした触手を掴み、それを起点にヴァーミンを背負い投げる。

 

「はぁ……ふぅー……」

 

 体の中のエネルギーが持っていかれる感覚。これがいつも師匠が言っている事か。

 

「ぐっ……!」

 

 そんな事に気を取られていたからか反応が遅れ、太い触手が俺に巻き付く。そのまま万力の様な力が込められ、身体と鎧が軋む音がした。巻き付く触手はさらに増え、ヴァーミンから伸びる全ての触手が俺を締め上げる。

 押しつぶされそうな感覚が俺を襲う。もう指一本動かせない様な途轍もない圧力。だけど。

 師匠が見てる前で、負けてなんていられない。

 

「うううう……」

 

 みしみしと言う音がする。ドライバーに込められたクリスタルが鼓動し、全身が高熱を帯びる。そして。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 力任せに縛られた腕を動かし、幾重にも巻き付いた触手を引きちぎる。散らばった触手の残骸は、ことごとくが瞬時に炎に焼かれて消滅する。

 

「たああっ!」

 

 たたらを踏んだヴァーミンに向かって走り、熱を纏った拳をヴァーミンの頭部に放つ。

 ヴァーミンの口元がただれ、墨の噴出孔が溶けた肉で塞がった。これでもう墨は出せない。

 今がチャンスだ。

 

 

 

 

 

 仮面ライダーがドライバーの右側面を強く叩く。

 ドライバーの中心が輝き、同時にエネルギーが放出される。

 仮面ライダーが右脚を引いて腰を落とし気を溜める。その両脚に、爆炎が螺旋状に集まっていく。

 炎が仮面ライダーの身体に吸収され切ったその時、仮面ライダーが走り出す。

 

「ふっ!」

 

 少しの助走をつけ、大きく跳躍する。

 その背には巨大な燃え盛る竜の翼が現れる。

 空中で体勢を変え、左脚を突き出し。

 

「たああああああっ!」

 

 ヴァーミンに向かって、渾身のキックを放つ。

 そのキックはヴァーミンを捉え、仮面ライダーはヴァーミンを踏み台にして宙返りし、片膝をついて着地する。

 立ち上がったヴァーミンだが、身体に亀裂が生じ、橙の光が漏れ出る。

 そして。

 

「ガアアアアアッ!」

 

 叫びながら爆発した。

 爆炎の中から男が姿を現し、倒れる。その体から排出されたクリスタルが、砕け散った。

 

 

 

 

 

 勝った……のか?

 ヴァーミンだった男は地面に倒れ伏している。倒したのは事実なのだけれど、実感が湧かない。

 トレイを上に引き出すと、爆炎は急速に勢いを弱め、鎧はろうそくの火の様に消えた。

 

「弟子クン……」

 

 師匠が俺を見ている。怒っている様な、驚いている様な、不思議な表情だ。三条さんも無事みたいだ。

 良かった。守れたんだ、ちゃんと。

 

「師匠、俺やりました……」

 

 そう言った時急に体の力が抜けた。色んな所が固い地面にぶつかる感覚。俺を何度も呼ぶ師匠の声がする。それが段々遠くなって、視界が暗くなっていく。

 俺の意識はそのまま深く深く沈んでいった。

 

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