俺は人に怒られる事を怖いと思った事は無かった。
なにくそと言う反抗的な気持ちもあったし、自分には自分なりの意見があって芯がしっかりしていたからだと思う。
ただ、今は滅茶苦茶怖い。
どう考えても俺が悪いのが分かり切っているし、何より。
「それで?言い訳はあるかな?」
相手が師匠と言うのが、一番怖い。
「いえ、何も、ございません……」
俺が師匠の言いつけを破ってドライバーを持ち出し、仮面ライダーに変身したのが昨日の事。
それからどうやら意識を失って病院に運ばれ、師匠たちを散々心配させたようだ。倒れた原因は萩野先生曰く、ただの寝不足だ馬鹿たれ、との事。
以上二つの罪状によって俺は今師匠の前で正座をさせられている。はてさて何を言われるのか。何となく予想はついているが、何を言われようが俺の責任だから受け止めなければ。
「まずは……元気な様で何よりだね」
「はい、本当に」
「あのまま寝込んでたら怒りづらいからね」
「……はい」
ちょっと泣きそうになった。
「次に、そうだね、君がやってた事の話をしようか」
「はい」
「君はあの危険かもしれないドライバーを、私が駄目と言ったにもかかわらず使うために、一昨日の夜から昨日の朝にかけてずっとダイアル錠の組み合わせを全通り試していたと。だからあんなに眠そうだったって事だね」
「はい」
「で、私がピンチになったから……まあこれは私の落ち度ではあるけど、ピンチになったからドライバーを取りに家に戻ったと」
「はい」
「そしてそのドライバーと君がちょっと前から隠し持っていたクリスタルを使って変身して、ヴァーミンを見事倒してみせた、と」
「おっしゃる通りです……」
「うん、お見事、実に見事だった。うん、うん」
「は、はは……」
褒められているのに、めっちゃ怖い。蛇に睨まれた蛙の様に体ががちがちに固まって動けない。
「ねえ弟子クン」
「はい師匠」
「君は無茶をする子だと思ってたけど、ここまでとは思ってなかったよ」
「それは……はい、すみません」
「それでも信じてたけど、裏切られるとはねー……」
「うぐっ」
心が痛い。全くその通りであるからこそ痛すぎる。裏切った、かぁ……。刺さるなぁ……。
「このドライバーとクリスタル、どうするつもりなの?」
冷え冷えとした机の上に置かれたドライバー、煌々と光るクリスタルは何も言わない。何か主張してくれればと思うけどAIが組み込まれている訳でもないし、詮無い事だ。
「それはそのぉ、ええと……」
「そのまま使って良いよ、なんて言うと思う?」
「……駄目ですよね?」
「駄目。没収です」
ドライバーが遠のいていく。そして今度はクリスタルも一緒に棚の中へ。当然の如くダイアル錠が5個取り付けられる。
「もしまた同じ事をしたら、今度こそ私は君を見捨てるよ。分かった?」
「え……あ、いや、はい、了解です……」
クビ宣告まじか。正直そこまで行くとは思ってなかった。相当怒ってるんだな師匠。
ふうっとため息をついて師匠は天を仰いだ。
「私だってねー、こう言う事言うのは苦しいけど、一応君の保護者みたいな者だと思ってるからね。君を守る義務がある。私がびっくりする様な無茶はして欲しくない……勿論びっくりしないのもして欲しくないけど、その辺のグレーゾーンはありだから。上手くやって欲しい」
「分かりました、肝に銘じます」
「じゃあ説教もここまでにして、朝ご飯作らないと。お腹ぺこぺこ」
師匠の背中を見送りながらため息をつく。
今回やらかした事を後悔はしていない。師匠も三条さんも救えたんだしヴァーミンだって倒せた。
しかしそのせいで仮面ライダーになると言う目標から遠ざかってしまった。まあ元々ラセンを継ぐと言う話ではあったからあのドライバーがイレギュラーではあるんだけど、一度なってしまったものが離れていってしまうのは余計につらい。
「まあ、まあ……」
起こしてしまった事も、起きてしまった事も、その処罰も、過ぎた事は仕方ない。これからの事を考えよう。
一先ずは、朝食だな。
それから鍛錬にも身が入らず悶々と過ごす事一週間が経った。疲れが溜まっていた師匠は完全回復し、一週間ぶりに現れたヴァーミンを瞬殺してしまったらしい。ヴァーミンの反応を確認し師匠が出撃した後、5分と経たずに反応が消え撃破完了の報告が来た。どうやら絶好調みたいだ。
通話を切った俺は何をするでもなく、馬鹿みたいにモニターを眺めている。この街に越してきてからはそれなりに年月を重ねているから、映し出されているマップ上の点が大体どの位置でどんな風景の場所かは分かる。だから自分がどこを見ているか気付いた瞬間思わず自嘲の笑みが零れた。
師匠と三条さんを助けた場所……俺が仮面ライダーとして戦った場所だった。それを無意識の内に見ていたなんて本当に、未練がましい。
やっぱり気持ちを切り替えるのは難しい。あれだけ強い力を自分が使えたと言う事実は、何と言うか中毒性があってある種麻薬の様なものだと感じる。
こりゃ相当引き摺りそうだ……。
「なーんて考えても仕方ないさ」
逆に言えば、俺だってあれだけできたって事だ。そう悲観的になるものじゃない。このまま頑張ればいつかは。
そのいつかがいつになるのかは、また別の話。
最近弟子クンの様子がおかしい。どことなく上の空だしずっと何かについて考え込んでいる様に見える。
そりゃまあ、原因に心当たりはばりばりありまくるのだが、それは不可抗力と言うか、あのイレギュラーの対応にはああするしかなかったと言うか。だって仕方ないじゃん。二個目のドライバーなんて聞いた事無かったんだもん。
私の見解としてはあれは弟子クンに持たせるにはまだ早い代物だ。そもそもあの子が弟子入りしてから半年と経っておらず、まだまだ実力不足は否めない。まだ教えていない事が山ほどあるのだ。
にもかかわらず、実際にヴァーミンを倒してみせたのも事実だ。連日の戦いで疲弊しきっていたとは言え、私が倒せなかったヴァーミンを撃破できたのは偏にあのドライバーの力か、それとも……弟子クンが既に充分な実力をつけているのか。後者なら教えている側としては嬉しいが、それがあの子の無茶を助長しないかが心配だ。
そう、詰まる所私はあの子の事が心配なのだ。
子ども扱いしていると言う自覚はある。時々あの子の大人びた部分を垣間見る事もあるが、そもそも彼は成人すらしていないのだ。その上社会人ではなく有り体に言えば居候の身、私が養って育てているのだ。大人として見れなくても仕方ないのではなかろうか。
その考えで言うなら私があの子の保護者であり、あの子の安全の責任は私にある。そう言う観点からも、私はあの子を守らないといけないのだ。何が何でも。
だがもし、どれくらいの年月が経つかは分からないがもし、あの子の実力が充分なものになって、かつ私がまだ仮面ライダーを続けていたらその時は。
そんなもしもが来るなんて、保証はどこにも無いけどね。
喫茶ニシノの店内は、今日は珍しく人が少なくて静かだった。
「はい、お待ちどおさま」
「ありがとう」
千種さんが運んできたコーヒーに口をつけ、目の前の人物……美咲さんは俺に微笑んだ。
「それで?真哉くんがわざわざ呼び出しなんてどうしたの?」
「すみません、お忙しい中呼びつけてしまって」
「ううん、今日は非番だったから。何か悩み事?」
「そう言うの分かっちゃうんですか。流石はお医者様」
「今のは医者と言うより経験則だけど、主に楓からの。君達そっくりだね」
美咲さんはふふふと笑い、それからケーキを口に運ぶ。仕草が上品に見えるのは師匠にそっくりだと思った。
「ほら、何に悩んでるの。お姉さんにずばっと言っちゃいなさい」
「ああ、そうですね。えっと……」
呼びたてたは良いものの、本当に相談相手が美咲さんで良かったのか今更になって迷い始めていた。しかし覚悟を決め、言葉を紡ぐ。
「あのですね、俺、先日仮面ライダーになりまして……」
「聞いたよそれ、楓めっちゃ愚痴ってた」
「そうですよね、あはは……」
愚痴られているならその時の状況も聞いているだろう。師匠の意に反する変身だったと言う事も伝わっているはずだ。
「それでですね、やっぱり俺、仮面ライダーになるなんてまだ早いと自分でも思って……美咲さんにもそう見えてるのかなって」
俺がそう言うと、美咲さんはぷっと吹き出した。
「え、俺何か可笑しい事言いました?」
「可笑しいよ。だって君、私と会うの二回目でしょ?なのにいきなりそんな事聞いて参考になるの?」
「あ、確かに……」
「まあ私で良いならそれで良いんだけど。じゃあ今から一つ意地悪な質問をするね」
「は、はい」
「真哉くんはさ、私に何を言って欲しいの?」
「え?」
俺が美咲さんに何を言ってもらいたいか?それは一体?
「いや、こう言う相談ってさ、実は心の中で答えが決まってて、それを後押しして欲しい事あるじゃない。勿論決まってない事だってあるけどさ。でも真哉くんは決まってそうだなって」
「それは……」
言われてみれば、確かにそのつもりで相談したのかもしれない。少し考えてみると、答えは意外とすんなり出て来た。
「誰かに……師匠以外の人にもまだまだだって言われたら、諦められるかなって」
「諦める?」
「俺、ずっと変身した時の事考えてて……俺でもできるんだって変な自信ついちゃって、それで当分変身しちゃ駄目だってなって……なんか認められてないのがもやもやするなって……それが正当な評価なら仕方ないって……」
「なるほどねー」
美咲さんは得心したと微笑んだ。
「つまり真哉くんは私に酷い事言って欲しいんだ……じゃあもっと意地悪な事言ってあげる」
「はい?」
言葉の意図を掴みかねている俺に、美咲さんは真っ直ぐな瞳を向けていた。
「私はね、まだまだなんて思わないよ。君はもう、充分できる人だと思ってる」
「え、何で……」
「ごめんね、迷わせる事言っちゃって。でもね、本当に私はそう思ってるから。だって真哉くん、前に会った時に比べて凄い見違えてるから。男子三日会わざればって言うでしょ?」
「いやいや、そんな事ないですよ」
「そんな事あるの。体格だって良くなってるし、一番は雰囲気かな、凄く成長したって感じる」
「えっと……」
そんな言葉をかけられるなんて思ってもいなかった。いや、期待していなかった。そう言われてしまうと、勘違いをしたままになってしまうと思ったから。
「自信持って良いんだよ。立派に仮面ライダーできたんでしょ?それにね、楓は君の事ずっと褒めてたよ」
「え?」
「偶に電話するんだけどね、弟子クンが長く走れる様になったとか、筋トレの回数が増えたとか、料理が上手くなったって、嬉しそうに言ってくるの」
そうなのか。美咲さんに報告するくらい、俺の成長を喜んでくれていたのか。
「だからね、本当は楓も分かってると思うよ。何せ一番近くで見てるんだから」
「じゃあ、何で師匠は駄目だって……」
「それよねー……もしかしたら理屈じゃないのかもね」
「と言うと?」
「感情の方で、真哉くんを戦わせたくない何かがあるのかもね」
「感情……」
それは一体何なのだろう。半年くらい一緒に暮らしてはいるが、あの人に関してはまだまだ分からない事も多い。心の内は特に。
「どう言う感情なんでしょうか」
「そこまでは分からないよ。楓に聞いてみたら?」
「難しい事言いますね」
「でもそう言う会話って大事だよ」
そう言うものなのかな、と思った。そしてその会話で、師匠は一体何を言うんだろう。それも分からない自分に少し腹が立った。
そんな時だった。携帯が鳴ったのは。
『ヴァーミンが!?』
「花恵アリーナ近くに出た。弟子クンを拾ってる時間は無いから私はこのまま現地に向かうね。合流するなら自力でお願い」
『分かりました。すぐ行きます』
電話を切り、バイクのエンジンを始動させる。目の前の壁が動き出し基地から街へ繋がる通路が出現した。震えるバイクのハンドルを握り、勢い良くアクセルを踏んで発進する。
アリーナまではかなり距離があり、公道を使えば交通状況によってはかなり時間がかかってしまう。故に今回はかなりの距離を地下道で移動する事になる。この地下道の出口は数か所あるが全てが人気の無い場所へと通じている為、特定のランドマークにドンピシャで辿り着く事は無い。しかしそれでも大幅な時間短縮にはなる。
そして更に時間を短縮するために。
「変身!」
緑のクリスタルを装填して音声コマンドを入力。ラセンへの変身を完了し、余ったエネルギーが風になりバイクを包むと鋭角なフォルムの緑の鎧に姿を変えた。抵抗が最小限になったバイクは空気を切り裂き、更に加速する。そこまで広くない通路でこんなにスピードを出すのはかなり危険だが、そこは慣れだ。何度通ったか分からない道を同じ様に駆け抜ける。仮にカーブで曲がりきれず壁に激突したとしてもラセンの鎧なら一度くらい耐えられるだろう。多分。
出口が見えてきた。トップスピードで通路を走り、上り坂に撃ち出される様にその勢いのままバイクごと地上を超え空を翔ける。辺りを見渡し、騒ぎが起きている場所を見つける。着地しハンドルを切って方向転換、アスファルトに残るタイヤ痕など気にせず、ただ暴れるヴァーミンに狙いを定める。
ヴァーミンは人を襲うと言った事はせず、ただ力任せに木をなぎ倒しオブジェを破壊する。バイクの走行音も意に介する事は無い、いや気付いていないのか?
バイクの鎧の先端の形状を変化させ、激突しても殺してしまわない様に調整。そしてヴァーミンに突撃し吹き飛ばす。バイクを停め降りると同時に、ヴァーミンも立ち上がって唸り声を上げる。見た所ネズミの特徴を持つヴァーミンの振る舞い、その知性の無さに違和感を覚える。だが行動について考えるのは逃がしてしまった場合の話、今は撃破を優先だ。
ヴァーミンが向かって来る。まずは右腕、身体を捻って躱す。次は左腕、右腕でブロック。そして次の右腕を掴み慣性のまま投げ飛ばす。ヴァーミンが体勢を立て直す間に接近し右の拳で顔面を殴る。後退ったのを追いかけ更に拳を繰り出す。そして力を込めた右ストレートがヴァーミンを林の方まで吹き飛ばした。
そしてとどめの一撃を放とうとした時、ヴァーミンの近くから上ずった悲鳴が聞こえてきた。ヴァーミンが寄り掛かった木の陰に隠れていたのだろう、女性が腰を抜かして倒れていた。
「しまった……!」
ヴァーミン撃破に気が急いて周辺の確認をしていなかった私のミスだ。女性の声に反応して今にも襲い掛かろうとするヴァーミンを引き剥がせるか、この距離では怪しい。
それでもと動き始めた時、銃声と共にヴァーミンの身体から火花が散った。結晶銃を構えた弟子クンが走ってくる。
「立って、こっちです!」
女性を抱え、こちらに目線を送った弟子クンが離脱する。それを追いかけようとするヴァーミンを後ろから羽交い絞めにし、後ろに投げ飛ばす。弟子クンが充分に離れたのを確認し、それからドライバーの上側面を叩き、緑の風を両脚に纏わせる。左脚を引いて腰を落とし、呼吸を整え駆け出す。そして跳躍。背中からエネルギーが放出されたのを感じ、その勢いに押されながらヴァーミンに向かって右脚を突き出す。
「はあっ!」
キックはヴァーミンの胸を捉え大きく吹き飛ばし、私が着地するのと同時に余剰エネルギーが爆発した。
爆炎は風に吹かれて消え、地面に倒れた男性の姿と、その隣で砕け散ったクリスタルを確認する。今回も問題なく破壊できたようだ。男性は気を失っているが呼吸はしている。こちらも問題ない。後はシグナルを出して警察に保護してもらえば、今日の仕事は終わり。
「師匠!」
弟子クンが駆け寄って来た。女性はちゃんと避難させてくれたみたいで、こちらも問題無し。
「弟子クン、さっきはありがとう」
「あ、いえ、そんな」
謙遜する弟子クンだったが、彼がいなければ被害が増える所だったのだ。これはちゃんと褒めてあげないと。
「帰ったら何か美味しい物、作ってあげる。何が良い?」
「えー、師匠の料理どれも美味しいからなー……どんなの作ってくれます?」
「そうだね、例えば——」
例えばを言おうとした時、何かを感じた。
「師匠?」
「弟子クン、気を付けて」
「え?」
何かが来る。この林の中に何かがいて私たちを見ている様な、そんな感覚。
そして視線を動かした瞬間、背後から何かが近づく気配。振り向くと同時に私に跳びかかってきたのは。
「なっ!?」
先程倒したはずのものと、全く同じ姿をしたヴァーミン。
押し倒されるが、腹を蹴って押しのけすぐに距離を取る。そうしている間にも感じる違和感。目の前にいるのと同じ様な気配が、私達を取り囲んでいる様な感覚。
答え合わせをする様に周囲を見渡し、気付く。
「なんだこれ……」
弟子クンが零してしまうのももっともだ。何故なら——。
甲高い鳴き声が林の中に木霊し、統率などと言う言葉からは程遠いばらばらな足音が芝を踏みつける。灰色の体毛に覆われた何か達は、一様に一点を目指して行進する。
それはネズミのヴァーミン。無数にも思われるその大群が、ラセンと鳴神真哉を取り囲んでいた。