どこかで私を呼ぶ声がする。
それは小鳥のさえずりにも似ている様で、ずっと鳴り止まず私を急かし続ける。折角良い気分だったのにそれを邪魔された様に感じて、私はしばしの間無視を決め込んでいた。それでも声は絶える事無く私を呼び続け、そろそろ我慢の限界に達していた私は取り敢えず何が私を呼んでいるのかを探ろうと思い至った。
目を開けるとぼやけた視界は段々はっきりとして、まず最初に私の部屋の天井が見えた。声は意外と近くから聞こえてき、それは鳥のさえずりと言うよりかは一定パターンの電子音だと言う事に気付く。体は仰向けに寝転がっていて、全体重が柔らかいマットレスに受け止められている。つまり今、私はベッドで寝ていたのだ。
ん?
声のする方、つまりはいつも目覚まし時計が置かれている方に目をやる。デジタル時計に表示された数字は842、つまりは8時42分。そして日付は2021年5月4日火曜日、ゴールデンウィーク真っ最中だ。
そう言えば、ゴールデンウィークに美咲達と遊びに行く約束をしていた気がする。隣町のレジャー施設、シネマ村でコスプレ体験をすると言う話をしていたはず。確か日付は5月の4日で、開園前から並ぶために一番近い桜の家に集合するのは9時頃、そこから車に乗って30分程かけて行く、と言う段取りだった。
おや?
もう一度時計を見る。8時43分で、5月の4日。ここから桜の家までは公共交通機関でもバイクでもおよそ30分。
おっと。
「やっべ……」
絶対に遅刻するじゃん。
「ほんっとごめん。気にせず先行ってて」
『いやいや待っとくって。大丈夫だから』
「てか先行って並んでて欲しい」
『あー、それならまあ、確かに』
「じゃあそう言う事で、よろしく」
美咲の返答を待たずに電話を切り、急いで支度をする。顔を洗い歯を磨き、服を着替えて髪を整える。朝食は……まあ向こうで食べれば良いだろう。ここから直接シネマ村に行くのは長旅だが、最悪途中で何か買えば良いしどうとでもなる。基地までの階段を駆け下り、ヘルメットを被ってバイクに跨りエンジンをふかす。通路が開くのももどかしく、バイクを発進させた。
地下通路を辿って地上へ。公道に出て車の群れに紛れながら走る。とばしたいのはやまやまだけど、緊急時でもないし皆のヒーローはお行儀の悪い事はできない。高速道路まで我慢我慢。
50分程のツーリングを経てやっとこさシネマ村まで辿り着いた時には、4人は既に待機列に並んでいた。
「ごめんお待たせ……」
「来たわねお寝坊さん。そんなに夜更かししてたの?」
「ま、まあね」
昨日は夜が更けてから遠出してヴァーミンに対応していたから帰ったのは午前1時、プラス疲労で限界だったから爆睡もむべなるかなと言う感じではある。ヴァーミン諸君には深夜の活動は控えていただきたいものだ。いや本当に。
「まあ遅刻したからと言って別に問題無いし、寧ろ間に合って良かった」
「ごめん、次から気を付けます……」
やっぱり美咲は優しくて余裕がある。私より2年多く生きている年の功と言うやつだろうか。よく遅刻をやらかす私と芽衣が5人の中で最年少だから許されている面もあるのかもしれない。
周囲の人からはよく勘違いされるが、私達5人は幼少期からつるんでいるだけで同学年と言う訳ではない。美咲と千種が私の二つ上、桜が一つ上、芽衣が同い年だ。でもそこに先輩後輩と言う隔たりは無く、勿論敬語も無しで接している。気の置けない友人がいるとは有り難い話だ。
しばらく並んでようやくシネマ村は開園した。早くから並んでいた事もあり、お目当てのコスプレ体験は待ち時間無くできた。スタッフに手伝ってもらいながら時代劇で見る様な江戸時代の町娘の衣装に5人とも着替え、江戸時代の町が再現されたエリアを歩いたり軽食を……私はがっつり朝食を食べたりし、そして期限の2時間はあっと言う間に過ぎて衣装を返却した。勿論アトラクションはコスプレ体験だけではない。演者達が目の前で殺陣を演じるショーは見応えがあり、戦っている時の私よりもスタイリッシュな立ち回りをしていた(事前に決められた演技なので当然と言えばそうなのだが)。お化け屋敷はセットやメイク等良く作り込まれており、出る頃には桜は半泣きになっていた。
いつの間にかここに来てから5時間は経っていた。ブルームランド花恵に比べれば広くはない施設のほとんどを遊びつくし、そろそろ帰るとなってお手洗いを済ませた所だ。
四人の元に戻ろうとした途中だった。江戸の町並みに人だかりが出来ており、そこから男女が言い争う声が聞こえてくる。待たせるのは悪い気もするが、少しだけなら良いだろうと野次馬の一人になってみる。
「あの、私人待たせてるんで……」
「嘘嘘、見てたけど君ずっと一人だったじゃん。一緒に回ろーよ」
どうやら軟派されているらしい。しかも発言からしてかなり気持ち悪い男に。こんなに人だかりが出来ているのだから長時間拘束されているのだろう。
そして野次馬はあくまで野次馬でしかない。止めようとする人は誰もいない。ヒーローやってる身としてはちょっと見過ごせないか。
「そこまでにしておきません?どう考えても軟派失敗じゃないですか?」
野次馬をかき分けて言葉をかけると、男は一瞬ぽかんとしていたが案の定すぐに訝しむ。
「何君、この子の知り合い?」
「違いますけど、それでも見過ごせない性分で」
「じゃあ関係無いじゃん。首突っ込むなよ」
明らかにイライラしている様子。だがここで引き下がる程度胸が無い訳じゃない。私自身はされた事ないけど、千種に群がる軟派野郎を何度も追い払ってきた経験もある。
「何度も何度も食い下がってしつこいですよ?男らしくないんですね」
「今の時代に男らしさとか、そう言うのがあれだ、サベツテキハツゲンって言うんだぜー」
「自分の良い様に解釈しないで。と言うか話を逸らすな。そんなんだからもてないんじゃないんですか?」
私の放った一言に男は青筋を立て、そしてため息をつく。
「ったく、めんどくせー奴だな」
男が懐に手を伸ばす。あれ?なんだか嫌な予感がする。まるでこう言うシチュエーションに何度も遭遇した様な、そんな感覚。
そして手を引き出した男が握っていたのは黄色のクリスタル。そして私は悟る。ああ、やってしまった、と。
男がクリスタルを胸に押し当て、その姿が禍々しい異形に変わっていく。それはハチが人型になった様であり、茶色の複眼の中に複数の私が映る。
野次馬は悲鳴を上げて逃げ出し、それを意に介せずヴァーミンは私の首を掴んで締め上げた。
「これで喋れないっしょ。怒らせた君が悪いんだからねー」
ヴァーミンの力なら人の首なんて簡単に折る事ができる。敢えて加減しているのかそれとも力を引き出せていないのか。いやそんな事はどうでも良い。私は死ぬ訳にはいかないんだ。
懐から結晶銃を取り出し、何回かトリガーを引いて既に装填してある弾丸を連射する。ヴァーミンの身体から火花が散り大きくのけぞった。解放され深く息を吸い、そして人がいない方向に目星をつける。
「来いよ軟派野郎!」
弾丸を撃ち込みながら走り出す。ヴァーミンは挑発に乗ってくれたようで私を追いかけてくる。走る速さは常人と変わらないのが救いとなって、そのままかなりの距離を移動して人気の無い場所に誘導できた。
「はー、やっと諦めたか」
立ち止まった私を見てヴァーミンがせせら笑う。しかしすぐに怯えていない私を見て首を捻った。私はそれにドライバーを装着する事で応える。緑のクリスタルを選び、装填するとドライバーが振動を始める。
両手を交差し、胸に引き寄せ、そして右腕を左上に突き出しながら私は叫ぶ。
「変身!」
音声コマンドに反応したドライバーがエネルギーを放出し、私は風の鎧を纏ったラセンになった。
「か、仮面ライダー!?お前が!?」
驚くヴァーミンに対して構え、そして走り出す。
駆け抜けて繰り出す膝蹴りは躱され、しかし着地した低い姿勢のまま放ったキックがヴァーミンの腹を捉える。手で弾みをつけて立ち上がり、距離を詰めて跳び蹴り、そして勢いをつけながらの回し蹴りを連続で見舞う。反撃も体勢を低くして躱し、そのままアッパーカット。かなり大振りの攻撃も当たっているから、相手は戦い慣れてはいないと見た。この調子ならすぐに片が付きそうだ。
追加の一撃でヴァーミンは吹き飛ぶ。その隙にドライバーを叩き腰を落とす。そして風が脚に集まっていく。
そして駆けだそうとした瞬間、ヴァーミンが両手を突き出しそこから無数の小さな影が私目掛けて飛んでくる。飛び道具と言うよりは生きている様な動きをしたそれは、近づいて来た時にハチの大群だと分かった。
無論ラセンの鎧にハチの攻撃など効かない。しかしそれは注意を逸らすには充分だったようで、ハチを払いのけている間にヴァーミンは姿を消してしまった。
不覚と言うか、普通に取り逃がしてしまった。ため息をつき、変身を解く。と、いけない。美咲達を待たせているんだった。まあヴァーミンはまた出た時に対処するしかないか。
その時私は忘れていたのかもしれない。ヴァーミンが最も力を増すシチュエーションは復讐だと言う事に。
ヴァーミン騒ぎが治まった後私は美咲達と合流した。4人とも心配してたみたいでそれは謝りつつ、晩御飯までの時間をどう過ごすか相談し、近くにあるアウトレットモールまで移動した。一人で先に到着した私が詫びの印として人数分のジュースを買い、そして服やらアクセサリーやらを見て回った。先生に言われていたにも関わらず、こう言うのにはまだ疎い私は4人の言いなりになって服を着替え続けひとりファッションショーを展開し、傍らには新品の洋服が山の様に積み重なっていく。足を止めてこちらを見る人までいて凄く恥ずかしかった。結局5人合わせて馬鹿みたいな量の服を買った頃にはすっかり日も暮れて、比較的人が並んでなかったファミレスで晩御飯を済ませた時には20時を過ぎていた。
そして今、バイクの私が先行する形で高速道路を走っている所だ。
ミラーに映る車内では美咲達4人が楽し気に会話している。本当なら私もそこにいたのだけれど、こればっかりは仕方ない。若干の寂しさを感じつつ、まだ冷える夜の空気に身を震わせる。
今日は星が綺麗だ。光の粒の一つ一つが輝いて夜空を彩っている。昼間から快晴だったので、この綺麗な光景を遮るものは無く……おや?
あれは何であろうか、無数の粒の様な影が星を隠した。そしてそれは段々こちらに近づいて来ている様に見える。と言うか近づいて——。
「っ!」
逆光ですぐには分からなかったがあれは昼間も見た。ハチの群れだ。それが私に纏わりつく様に周りを飛び回っている。肌の上に虫が張り付く嫌な感覚が全身に広がり、所々で微かに鋭い痛みを伴う。急ブレーキをかけてバイクから降り地面を転がるが、ハチはしつこく付け回してくる。
何度も懸命に払いのけているとその内攻撃は治まり、そして群れは一点に吸い寄せられる、いや戻っていく。そこにいたのは……。
「ヴァーミン……」
「よお姉ちゃん、昼間はどうも」
今日戦ったハチのヴァーミンが立っていた。表情は判りづらいが、言葉のトーンからして嫌な笑いを浮かべているのが目に見える。しかし何故急に私を襲って……。
「良いね、その顔。でももっとくしゃくしゃにしたい気分なんだよねー……悪いけどちょっと付き合ってよ」
そうだ、単純な事だったじゃあないか。こいつは昼間の仕返しに、復讐しに来たんだ。つまりこいつはその機会を伺って、シネマ村からずっとつけてきたって事になる。
「しつこい男……」
「はっ、言ったな?ぜってぇ泣かす……!」
飛びかかってきたヴァーミンを寸での所で躱し、ドライバーを取り出して装着。事情を知らずに通り過ぎる車の間を縫って攻撃を避けながら懐からクリスタルを選び、装填。距離が出来た所で構え、叫ぶ。
「変身!」
ドライバーから炎が放出され、鎧に変わって全身に装着される。そして手の中に銃が現れるのとほぼ同時に引き金を引き炎の弾丸を発射、ヴァーミンに全弾命中させる。
赤のラセンの強みは遠距離攻撃、そして弾丸は射程が長く点を撃ち抜くタイプが基本だが、射程が短い代わりに広範囲に拡散するタイプにも切り替えられる。相手が使うハチの群れに対しては効果的だろう。
弾幕で近寄れないと判断したのであろうヴァーミンは、肩に付いた巣から湧いて出るハチ達に指令を出す。すぐさま弾を切り替えて発射し、近づくハチの群れを焼き払う。しかしハチは無尽蔵に生み出され幾ら対処してもきりが無い。そうしている間にヴァーミンはじりじりと距離を詰める。
「行け!」
ヴァーミンが叫ぶと同時におびただしい数のハチが私を取り囲む。弾丸を撃ち込んで群れに攻撃はするものの、焼かれた隙間を他のハチがすぐさま埋め、やがて視界が完全に塞がれた。
「ウラアアッ!」
そして不意の衝撃に身体が吹き飛ばされる。相手の体勢からして、おそらく跳び蹴りをもろにくらったのだろう。ヒットした脇腹がずきずきと痛む。
そしてヴァーミンが休ませてくれるはずもなく、身体が無理矢理持ち上げられて拳を胴に二発、そして振りかぶって胸に一発。また吹き飛ばされた私は壁に激突し、背中に激しい痛みを感じ思考が一瞬白くなる。
強い。昼間とは比べ物にならないくらい強い。突然強くなった理由は明白、彼の復讐心にクリスタルが反応して力が引き出されているのだ。しかし感情一つでこうも変わるとは、やはり厄介な代物。
「どうしたぁ!そんなもんかよ!」
そう叫んで殴りかかる拳が届く寸前で弾丸を至近距離で発射、ヴァーミンは少し後退ったが、しかしすぐさま唸り声を上げて私に掴みかかり、その鋭い拳が胸を撃った。
吹き飛ばされ地面を転がり、車にぶつかって止まる。霞む視界の端にひび割れた鎧が見え、それは粒子となって解けていく。エネルギーを鎧の形に保てなくなった事により、強制的に変身が解除されたのだ。
「楓!」
私を呼ぶ声。車から降りた美咲達が私に駆け寄ってきた。事態に気付いて逃げ出した人達が乗り捨てた車、そのライトが夜の中で私達を浮かび上がらせる。
「楓、しっかり!」
「一旦逃げよう、早く!」
桜が私を支えて立たせるが、ヴァーミンはすぐそこまで迫っている。私を乗せて逃げる余裕なんて、どう見ても皆無だ。
「皆、逃げて……私はいいから」
「何言ってんのこの馬鹿!早く立ちなさい!」
芽衣の叱咤で頭がきんきんする。後全身痛い。ここまでこてんぱんにやられたのはいつぶりだろうか。いや、結構最近だったかも。
「あー、その姉ちゃんのお友達?そいつ置いてったら何もしないから、さっさと逃げて良いよ」
くだらない思考にヴァーミンの声が割り込んできた。そしてその正しさに納得する。そう、4人と私一人、単純な計算だ。だから早く逃げて。
しかし私がそう思ったのに反して、私を支える桜以外の3人がヴァーミンの前に立ちはだかった。
「あのさ、話聞いてた?早くどっか行けよ」
「友達置いて逃げる程、私達薄情じゃないから!」
いつもの調子で芽衣が啖呵を切る。
「諦めてください!絶対どきませんからね!」
普段の様子からは考えられない激しさで千種が叫ぶ。
「あーめんどくさ……かっこつけてるけどさ、足震えてるじゃん。素直に怖いって言えよ」
「でも……ここで逃げたら絶対後悔するから……だから逃げない!あんたなんかに負けない!」
私に背を向けて立つ美咲が、凛とした声で叫ぶ。
「そう、ここを通りたいなら、あたしら全員殺してから行きなってやつだよ!」
私の隣に立つ桜がきっとヴァーミンを睨みつける。
どうして、今は逃げるのが正解なのに。皆逃げたい事なんて容易に想像できるのに。
皆、私を守ってる……。
そう思った瞬間に、私の中で熱が生まれた。
「そうかい……じゃあ全員殺してやらぁ!」
ヴァーミンは5人に向かってハチを飛ばす。指令を受けたハチ達は標的の命を奪うために飛翔し……それに辿り着く寸前で風に攫われた。
「何だ、この風は……?」
突如闇を切り裂く様に風が吹き荒れ、何者をも寄せ付けない防壁と化していた。その中心にいるのは青葉楓。もっと正確に言えば、懐で光を放つクリスタル。取り出したそれにはチョウの刻印が施され、楓の熱に呼応する様に脈打つ。楓は驚いた様にそれを見つめるが、すぐに鋭い視線をヴァーミンに向けた。
「皆、ありがとう」
桜とアイコンタクトをして支えを解き、しっかりとした足取りで歩みヴァーミンと対峙する。
「もう大丈夫。私絶対負けないから。だから下がってて」
そう宣言した楓の瞳の中に、彼方の星々が瞬く。先程受けた痛みなど感じないかの様に、その立ち姿は凛々しい。
その変わり様に、ヴァーミンは驚き焦る。
「何だこいつ……お前何なんだよ!」
「そんなの分かりきってるでしょ。私は……」
瞬くクリスタルをドライバーに装填する。ドライバーが鼓動を始め、眩い緑の光を放つ。目を閉じ、息を深く吸い、そして目を開いた楓は、自身の存在を叫ぶ。
「私は、仮面ライダー!……変身!」
ドライバーから緑の風となったエネルギーが解放され、瞬く間に鎧を形どって楓に装着される。そして誕生した戦士に車や照明がスポットライトの様に光をフォーカスさせ、眩く輝かせた。
「仮面ライダー……仮面ライダアアアアアッ!」
叫ぶヴァーミンが放った拳を、仮面ライダーは同じ様に拳を繰り出して受け止める。そしてそれどころかそのまま殴りぬき、ヴァーミンを吹き飛ばした。ヴァーミンが立ち上がる所に間髪入れずにキックを放ち、油断無く構える。ヴァーミンがハチを飛ばす。しかし再び風が、嵐が巻き起こりハチ達を巻き込む。流されるままに同士と衝突し砕けるもの、風に切り裂かれるもの、そのことごとくが撃ち落とされ風に解けていく。そしてその風を纏った仮面ライダーが拳を振りかぶり、うろたえるヴァーミンの胸を強く撃つ。
仮面ライダーの力は、それまでとは明らかに違って強まっていた。その理由はヴァーミンと似ている様で少し違う。復讐心ではなく楓の中に沸き起こった、友を想う感情にクリスタルが反応し力が最大限に引き出されているのだ。
風を纏った一撃全てが凄まじい威力を秘め、それが休む事無くヴァーミンを撃ち続ける。ヴァーミンの外殻は所々ひび割れ、そして翻弄されるがままでまともな思考ができていなかった。時折反射的に攻撃するその全てが躱され、いなされ、そして強烈なカウンターをもろに受ける。
「ひ、ひいぃ……!」
打ちのめされ、完全に戦意を喪失したヴァーミンは翅を震わせて飛び立つ。その背を見た仮面ライダーは、ドライバーの上側面を叩いて腰を落とす。風が仮面ライダーに集まった瞬間に跳躍し、ヴァーミンよりも遥か高く舞い上がる。背に翅を広げたその姿は、夜に迷い込んだチョウの様に美しく瞬いていた。
そして仮面ライダーは右脚を突き出し——。
「はああああっ!」
楓の渾身の叫びが夜に木霊し、落下の勢いを乗せた鋭い蹴りがヴァーミンの背を撃つ。撃墜されたヴァーミンは微かに呻き、そして地面に伏した。撃ち込まれたエネルギーが許容量を超え、ヴァーミンを中心に爆発が起こる。跡にはヴァーミンになっていた男が倒れ、その傍らに砕けたクリスタルが散らばっていた。
クリスタルが壊れた事を確認し、変身を解除する。その途端に全身から力が抜ける。皆が呼んでいるのを他人事の様に感じながら、私は意識を手放した。
「ん、んー……あれ」
「あ、起きた!良かったぁ……」
目が覚めると今にも泣き出しそうな千種と目が合った。少し視線を動かすとここは車の中で、皆が私を囲む様に座ってこちらを見ているのが分かった。
「あ、私のバイク……」
「ちゃんと停めてあるから。ほら」
桜が持っている鍵は確かに私のバイクの物だった。
「今サービスエリアにいるの。取り敢えず応急処置はしたけど、後で病院に行くからそれまで寝てなさい」
「流石お医者様」
「心のだしまだ卵だけどね。一般常識でやれる事をしただけ」
美咲はそう言うけど、それが咄嗟にできる人間は少ないのではないだろうか。
「で……楓、やっぱりそうだったんだね」
美咲は腰に着けっぱなしになっているドライバーに手を置く。そう、仕方ないとは言え、思いっきり目の前で変身してしまった。
ん?やっぱり……?
「え、もしかして気付いてた?」
「あー、まあね」
「え、全員?」
皆当然の様に首を縦に振った。
「え、えええええ!?嘘、いつから!?」
「ブルームランドに行った時。ほら、あんた仮面ライダーの事『先生』って言ってたじゃない」
「あっ……」
芽衣にそう指摘され、思わず間抜けな声が出る。そう言えば咄嗟に言ってしまったような気がする。
「で、その先生亡くなっちゃったでしょ?でも仮面ライダーは変わらずいて、あんたは仕事の話になるとすぐ濁す。可能性高いなーとは思ってたけど、ほんとにそうだったのはびっくりした」
確かに芽衣の言う通りだ。客観的に見たら結構怪しかったんだな私。もしかして隠すの下手なタイプなのか?
「そっか……まあ、そう言う事なんです。黙っててごめん」
「ほんと、一言言って欲しかった」
美咲の言葉に皆頷く。そっか、皆結構怒って……。
「言ってくれたらさ、何か手伝えたかもしんないじゃん」
「え?」
「私も警察だし、こう言うのあんま良くないけど、何か良い情報教えられたりするかも」
「それじゃあ、ネットの事なら私に任せとけ、ってね」
「私は……うーん、元気が出るお菓子作ってあげられるかな」
桜が、芽衣が、千種がそれぞれにできる事を口にする。
「何で、そんな——」
「何でって、ずっと一人で頑張ってるの見てたら、なんかしてあげたいじゃん、友達として」
友達。たったそれだけの事で、皆が私のために動こうとしてくれている。
「良いのかな、そんなの……」
「良いに決まってるでしょ。だからいっぱい頼りなさい。それに、こっちも守られっぱなしじゃいたたまれないからね」
そう言う美咲と、桜、芽衣、千種。皆の笑顔が優しかった。堰をきった様に私の中から何かが溢れてきた。
「ありがとう……」
この日、私は再確認できたんだと思う。
私は、本当に良い友達を持つ事ができたのだと。