仮面ライダーラセン   作:赫牛

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特別篇 ラセンアルター(1) 消失

 2023年6月15日。この日の目覚めはとても心地が良いものだった。カーテン越しに陽の光が差し込み、過不足無い睡眠を取る事ができた私はぐっと背伸びをした後に深く息を吸う。微かな眠気がすっかり遠くに行って思考が一気に冴えわたる。

 勿論今日も日課のランニングから一日が始まる。ランニングとは言うが、最近はペースが上がってもはや弟子クンとの徒競走になっている。仮面ライダーになってからの弟子クンの調子は右肩上がりで、買い出し等で近くにいた弟子クンにヴァーミンの対処を任せる事が何度かあったが怪我も無くきっちりと倒してきてくれる。まだまだ教える事があるけど、私的にはもう一人前と言ってあげても良いと思っている。言ってしまうと調子に乗り過ぎてしまうはずなので言わないけど。

 

 私が起きてから30分程が経った。

 今日は珍しく弟子クンがまだ起きてこない。いつもなら10分前くらいにはランニングの準備ができているくらいなのに。まあ最近は寝坊してなかったしここの所頑張ってるし、ちょっとくらい大目に見てあげようかな。

 

 起きてこない。

 もう7時だ。いつもならランニングを終えているはずの時間、しかしいくら待てども起きてこない。私にも我慢の限界と言うものはある。待ち合わせに一時間遅れてきたら関係性には因るけどそれなりの対価を要求はする。

 そうは考えるが、何を要求するにしても取り敢えずは起きてもらわないと話ができない。そろそろカチコミに行くか。

 階段を一段ずつ昇る。この足音で慌てて起きてきたりしないかな。ほーら、起きないとおっかない師匠が君をひっぱたきに行っちゃうぞー?

 そんな気配は無く、一先ずノックしてからドアを開けるが、それにも反応せず弟子クンはベッドに寝転がっていた。

 

「弟子クン?おーい、朝ですよー?ランニングの時間ですよー?」

 

 反応は無い。焦げ茶色の髪はそれぞれ気ままに取っ散らかって酷い寝ぐせになっているのが予想できる。それにしてもまあぐっすりと寝てらっしゃる。もうちょっと激しくいくか。

 

「おーい、朝だよー!起きろー!」

 

 大声を出すついでに体を揺さぶる。流石に効いたみたいで、寝息がうめきに変わった。ゆっくりと目を開け、瞬きを数回。

 

「おはよう、弟子クン」

 

 弟子クンからの応えは無かった。目をぱちくりとさせ、それから部屋をきょろきょろと見回す。

 

「どうしたの?」

 

 そして弟子クンは問いかけた私を見つめ、口を開いた。

 

「あの……誰、ですか?」

 

 

 

 

 

 青葉家の本日の紅茶はサクランボのフルーツティー。甘酸っぱい香りが鼻をくすぐり、飲むと爽やかさと瑞々しさが感じられ頭がすっきりする。しかしそれでも私の脳内は困惑でいっぱいだった。

 弟子クンは紅茶に手をつけない。ずっとそわそわして私を見たり部屋のあちこちに視線を泳がせたりしている。まるで初めてこの家に来た時みたいだ。

 無理は無い。どうやら弟子クンの認識では、この家にいるのは今日が初めてなのだから。

 

「本当に覚えてないの?」

 

「ええと、俺があなたの弟子、なんです?いや、一体どう言う事か……」

 

「そう……」

 

 さっきからずっとこの調子だ。私に弟子入りしたと言う事実が綺麗さっぱり無かった事になっているらしい。弟子クンにとっては、私はいきなり現れて師匠を名乗るおかしな奴と言う事だ。

 

「もしかして記憶喪失ってやつかな……」

 

「そんな事あるんですか?」

 

「だってそうとしか考えられないし……そうだ、今日は何月何日か分かる?」

 

 記憶が欠落していると言う事は、その分弟子クンの時間は止まっていると言う事になる。

 しかし……。

 

「6月の……15日じゃないですか?」

 

「んー?」

 

 今日の日付だ。私の予想では弟子クンが弟子入りしたのは今年の冬だから、その辺りかと思っていたのだが。どうも単純な話ではないらしい。私と一緒に過ごした時間だけが、さっぱり抜け落ちている。

 

「あの、聞いて良いですか?」

 

「なに?」

 

「さっきから弟子って言ってますけど、一体何の弟子なんです?」

 

 そうか、それから忘れてしまっているのか。

 

「仮面ライダーになるためのだよ。本来なら私が引退した後に、仮面ライダーを引き継ぐはずだった」

 

「え、仮面ライダー!?」

 

 弟子クンは驚き椅子から立ち上がる。まあ無理も無いか。いきなり仮面ライダーと言われてもそりゃ困惑する——。

 

「て事はあなた悪い人って事じゃん!」

 

「はあ?」

 

 思わず間抜けな声が出る。いや、仮面ライダーイコール悪い人ってどう言う事?そんな言われをする事をした覚えは無いのだが。

 

「仮面ライダーって、ヴァーミンの親玉でしょ?」

 

「え……?いや逆でしょ。ヴァーミン倒してるんだけど」

 

「だってニュースで……」

 

「ええ?」

 

 リモコンを操作しテレビをつけ、チャンネルを何度か変えるととあるニュース番組に辿り着く。

 

『北区は依然ヴァーミン軍に占領されており、現在は東区が戦場となっています。政府は明日、ヴァーミン軍のトップである仮面ライダーに対する戦力の追加投入に関する議会を設け……』

 

「ほら」

 

「むむむ……」

 

 確かに対仮面ライダーとは言っている。しかしヴァーミン軍だの北区がどうだのなんて聞いた事が無い。しかもそれがさも当たり前の事の様に報じられているのが不可解だ。

 これは何?夢?それともパラレルワールド?どちらにせよ異常事態だ。

 混乱する思考を一先ず置いておいて、弟子クンに弁明しようと口を開く。

 

「弟子クン、私は——」

 

 その途中で、耳をつんざくサイレンが家に鳴り響いた。弟子クンは最初に会った時と同じ様に耳を塞ぐ。

 

「これは……?」

 

「ヴァーミンが出た!」

 

 リビングを出、地下室の階段を駆け下りてモニターの前に立つ。そして思わず目を見張った。

 

「何これ……?」

 

 マップの東ブロックが、無数のクリスタル反応で真っ赤に染まっていた。

 機械の故障だと、何かの間違いだと思いたかった。だってこれが本当なら、その数だけヴァーミンがいる事になるから。

 どちらにせよ、確かめないと。

 

「行くよ、弟子ク……」

 

 言いかけて止まる。今の弟子クンを連れて行ったとして、何もできない素人を危険に晒すのと同じ事になるのに気付いたのだ。

 じゃあ置いて行くか?でもこの状態で放置しておくのもそれはそれで不安だ。彼の行動力は私も知っている。勝手な行動をされるくらいなら、近くに置いておきたいが……。

 

「あの」

 

「……ん、なに?」

 

 聞き返すと、弟子クンは意を決した様に私を見る。

 

「本当にヴァーミンを倒すんですよね?」

 

「そうだよ、それが仕事だから」

 

「……じゃあ見せてください。あなたが正しいって事」

 

 弟子クンの目は疑いと、そして僅かな期待が混じった不思議な色をしていた。その期待に、応えたいと思った。

 

「連れてけ、って事だね?」

 

「はい」

 

「分かった、行こう」

 

 ヘルメットを放り投げ、バイクに跨り後部座席を示すと弟子クンが座る。遠慮がちに回された腕の感触を確かめ、開かれた通路にバイクを走らせる。

 

 

 

 

 

 私の期待は簡単に崩れ去った。機械の故障ではなかった。機械は、正しく機能していた。

 無数にも思えるヴァーミンが街を壊し、銃を手に戦う部隊を蹂躙している。それはまるで、地獄にも見えて。

 

「何で……一体いつから……」

 

 どうしてこんなにもヴァーミンがいるんだ。そんな予兆なんて昨日まで無かったのに。

 一瞬思考が止まった私をヴァーミンが現実に引き戻す。襲い掛かってくるヴァーミンをバイクを走らせて避け、向かってきた別のヴァーミンに人二人分の重みを乗せた体当たりを繰り出す。その場で回転して牽制するが、じりじりとヴァーミンの軍団は迫って来ている。

 

「離れてて、弟子クン」

 

 私の言葉通りに弟子クンが離れたのを確認し、ドライバーを装着する。ポケットから緑のクリスタルを取り出し、装填すると合成音声が鳴った後に振動が大気を震わせる。構え、そしていつもの様に叫ぶ。

 

「変身!」

 

 コマンドを検知したドライバーからエネルギーが解き放たれ、風に変わって私を包む。大気中の分子から鎧が構成され、私の体を覆う。緑のラセンになった瞬間、身体に力が満ちていくのを感じた。

 変身を終え風が吹き抜けると同時にヴァーミンが跳びかかる。全方位から来るヴァーミンに対して風のバリアを展開して受け止め、そのまま押し返す。倒れた内の一体に狙いを定めて駆け、立ち上がった所にジャンプの勢いを乗せた拳を撃つ。再び倒れたそれの背後から来るヴァーミンの攻撃を受け止め、更に後ろから来るヴァーミンをキックで牽制する。ヴァーミンの腕を掴んで放り投げ、別のヴァーミンに追突させる。しかしどれだけ攻撃をしてもヴァーミンの数は減らない。この耐久力はこの前のネズミのヴァーミンの様な分身ではなく、それぞれがクリスタルを使って変身した人間であると言う事を示している様に思えた。

 かくなる上は仕方ない。少しだけギアを上げないと。

 ドライバーを叩き、クリスタルからエネルギーを更に引き出す。特定の箇所ではなく全身に行き渡らせ、今までよりも素早く、鋭く動いて敵を翻弄し、攻撃を加えていく。何体かがパンチやキックで爆発し人の姿に戻る。残る数体の攻撃を躱し、もう一度ドライバーを叩く。脚に風を纏わせ跳躍、一体に向かって跳び蹴りを放ち、その身体を踏み台にして再び跳躍して別のヴァーミンに蹴りを放つ。それを繰り返して全てのヴァーミンにエネルギーを撃ち込み、私が着地したと同時にヴァーミンが一斉に爆発した。

 目に見える範囲のヴァーミンは全て撃破した。これで一先ずは弟子クンの疑いを晴らす事ができただろうか。

 そして変身を解こうとした時、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「現れたか仮面ライダー……いや、ラセン」

 

 上質なスーツを着た男の言葉に私は驚いた。仮面ライダーなら分かる。しかし私の事をラセンと呼ぶのは、ごく一部の限られた人間だけのはず。

 

「貴方は、一体……」

 

「残っているのは君だけだ。君を片付けて、後顧の憂いを絶たせてもらう」

 

 そう言うと男は手に持った何かをかざし、ボタンを押す。

 

RASEN(ラセン)……』

 

 酷く歪んだ音声が響く。今確かに、ラセンと聞こえた。

 男がその何かを胸に押し当てると、そこから黒い風が吹き荒れ男を包み込む。一瞬の後風は霧散し、中から異形が現れる。

 それは初めて見るはずなのに、どこか見慣れた姿をしていた。黒の肌の上に緑の鎧を纏い、仮面越しに見える目は赤く染まっている。うねる様な形の腕と脚の鎧、肩から伸びる装飾に風を束ねた胸部装甲。そして腰に着いた銀の装飾の中心は緑に光る。

 それは私がよく知る緑のラセンを、化け物に堕とした様な何かだった。

 

「ヴァーミン……?」

 

「違う、俺はラセン。仮面ライダーだ」

 

 こいつ、一体何を言って……。

 思考を続ける前に目の前の何者かが動き出す。十数メートルの距離を数瞬で詰め、拳が真っ直ぐに飛んでくる。身体を捻って避け、手を払ってカウンターの拳を放つ。しっかりと相手の胴に命中したが、相手は効いた様な素振りは見せず、私を突き飛ばして蹴りを繰り出す。その一撃の重さに後退ってしまい、それでも追撃を受け止めて位置を入れ替え、力を込めて相手の胴を蹴る。しかしそれでも、相手はまるで効いていない様子だった。

 何かがおかしい。相手が頑丈なのではなく、こちらの全力が出せていない様な妙な感覚。こいつが現れた時から身体に巡るエネルギーが急激に失われた様な気怠さを感じていた。

身体が、重い。

 

「……っ!」

 

 嫌な感覚を振り払う様にドライバーを叩きエネルギーを腕に集め、目の前の相手に振りかぶった拳を放つ。

 それは相手の手のひらに受け止められた。

 

「なっ……」

 

「その程度か」

 

 風のエネルギーが相手の身体に吸収されていく。それどころか私の中にあったものまで吸い込まれているのが分かる。どんどん身体が重くなって、立っているのさえままならなくなる。

 膝をついた瞬間、相手の脚に風が集まっているのが目に入った。反射的に防御体勢をとろうとするが、その前に相手の蹴りが私の胸をまともに撃った。

 吹き飛ばされ、地面を転がる。肺から空気が抜け一瞬息ができなくなってそれしか考えられなくなる。気が付いた時には仰向けになって倒れ、変身は解除されていた。

 痛みで霞む視界に、ラセンドライバーが転がっているのが映った。いけない。これは肌身離さず持っていないと、仮面ライダーになれない。

震える手でドライバーを掴む。しかし段々はっきりしてくる目に反比例して、それは徐々に透き通り、感触も曖昧になっていく。

 そして、ラセンドライバーは消えてしまい、緑のクリスタルだけが手の中に残った。

 

「うそ……」

 

 さっきまでそこに確かに在ったのに、そんな物は初めから無かったとでも言う様に消えてしまった。

 

「そのクリスタルも渡してもらおうか」

 

 疑問を消化する前に何者かが迫る。その言葉に従うまいと、これだけは守らねばと思ってクリスタルを強く握りしめる。しかし仮面ライダーになる術を失った私に、何ができるのか。

 

 そして化け物が腕を振り上げた瞬間、巨大な影が凄まじい速さで化け物に突撃し吹き飛ばした。

 巨大なバイクにも見えるシルエットの一部が動き、人影が降りてくるまでを見るのが限界だった。風圧で地面に倒れた私の意識は、深く沈んでいった。

 

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