アナザーラセンを撃破した後、ラセンの力を使って研究施設を強引に(なるべく穏便な手段を選んだが)脱出した私達は、再びタイムマジーンに乗って異なる時間への航海をしている。
目標地点……この場合は目標時点と言った方が良いのだろうか……は忘れもしない、私が仮面ライダーを先生から受け継いだあの日だ。
「しかし何故、アズラはこの日に跳んだのでしょう……何か心当たりが?」
「この日は私が仮面ライダーになった日であり、同時に先代の命日でもあります。もしかすると、その日に私を……私を殺す事で、ラセンの変身者を消し去ろうとしているのかもしれません」
「成程、その時代の青葉さんがいなくなってしまえば、今ここにいる青葉さんは消えてしまいますからね。可能性は高いと思われます」
背筋がぞくりとする。冷静に振舞ってはみたが、自分が消えるかもしれないなんて想像、決して気持ちの良いものではない。それに目的に当たりを付けてみたは良いものの、アズラがどう行動して私を消そうとしてくるか分からない。
「やっぱり怖いですか?」
「まあ、でもだからこそ立ち向かうんです」
「……強いなぁ、青葉さんは」
そう言ってカレンさんはため息をつく。それで疑問が湧く。
「カレンさんはどうしてこの仕事に?」
歴史の修正と言う作業全てがこの様に危険が伴う訳ではないのかもしれないが、少なからず戦闘の適正が必要なのだろうとは思う。先程の様子から彼女の危機への対応力は低く見え、しかしこの仕事は望んでやっている様に思えた。ならそこには彼女を採用するだけの理由があるはずだ。
「どうして……そうだなぁ、私も歴史改変に巻き込まれた事があるってくらいですかね」
「くらいって……」
「この世界ではそうでもないみたいですけど、私がいた世界ではしょっちゅう起きてましたよ。ある日突然知り合いがいなくなって、皆変わった事に気付かなくて、でも私だけは覚えていて……いつか私も同じ様に、いなくなっても誰も気付いてくれないんじゃないかって不安で」
今の私と同じ様なものか。変わってしまったものを皆当たり前だと思って過ごしていて、それに取り残される不安も、もしかしたら自分も変わってしまった事に気付かないままかもしれないと言う恐怖も感じた。誰にも分かってもらえない事は、結構怖い事なのだ。
「だけど時空管理局と、それぞれの世界のヒーロー達が世界を守って元に戻してくれてたんです。その姿を見ていたからか、私も手助けがしたい、私と同じ様に怖がる人が一人でも減れば良いって思う様になったんです。最初は裏方志望だったんですけど、いつの間にかこんな所まで来ちゃってました」
「じゃあ、カレンさんもヒーローって事ですね」
「……そうなんですかねぇ。まあ別に気にしてませんけどね」
私の位置からはカレンさんの顔は見えないけど、どう言う顔をしているかは何となく分かる気がした。
「もうすぐ着きますよ」
「良し、いっちょ世界を救うヒーローになりますか」
虹色の間を抜け、視界が真っ白に染まる。
当日私が戦ったのは昼頃なので到着予定時刻は早めに見積もって午前8時に設定してあり、朝の冷えた外気が薄着に容赦なく突き刺さる。コートの一つくらい取ってくるんだったと白い息を吐き、深呼吸して体に言い聞かせ震えを止める。
アズラが私を襲撃するタイミングには幾つか候補があるが、中でも戦闘中、そして戦闘直後はかなり可能性が高いと言える。朝田さんが変身するヴァーミンと共闘して私を倒すか、戦闘を終えてへとへとになった私を襲うか。そしてもっと確実にするなら……先生が亡くなった後。少しでも可能性を潰して、ラセンの存在を消そうとするかもしれない。アズラがどこまで考えているのかは分からないが、だからこそこちらはあらゆる可能性を考えないといけない。幸いこちらは二人なのでこの時代の私と先生ををそれぞれ見張る役で分かれる事ができるため、出現まではそこで待機になる。
ここまで作戦が立案され、後は各々がどちらに行くかと言う話になった。
「では青葉さんは過去の青葉さんを見張ってください。本命は青葉さんで、先代さんはあくまで保険ですから」
「それは……そうなんですけど」
「何か問題が?」
「いや、問題と言うか、ただの我儘と言うか……だから大丈夫です。それで行きましょう」
カレンさんは私の顔を見て、何かに気付いた様な顔をして、そして微笑んだ。
「いえ、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫でしょう」
「でも……」
「行きましょう、ね」
絶対に察せられてる。
勿論もう今から私が本命にいた方が良いのは分かっている。分かりきっているから、この提案を口にはできなかった。世界の一大事なのに、私情を挟んで良い訳が無いけど、でもそうしたいとつい思ってしまった。
私はただ、一目先生の、お父さんの顔を見たいだけだったのだ。
「ごめんなさい」
「いいえ、大事な事だと思いますから。タイムマジーンならひとっとびです」
タイムマジーンのハッチが開き、申し訳ない気持ちをぐっと飲みこんで乗り込んだ。
しばしの飛行の後、見慣れた柳生邸に辿り着く。何年も住んでいるはずなのに他人の家の様に感じる。実際この時点では家の所有権は先生にあるから私の物ではない、しかし先生と私を他人と区切るのも微妙であり、兎に角妙な感覚であった。
鍵は変わっていない。挿して回し、そっとドアを開ける。藤堂教授の証言では先生と一緒に遺言状を作成したのは午前7時頃だったらしいので、その後何事も無ければ帰って来ているはず。そして最期は書斎で息を引き取っていたけど果たしているだろうか。
書斎はドアから入って正面の部屋で、そこまで距離は無い。でもだからこそ足が止まって、息が詰まる。一歩一歩が重くて、このまま沈んでしまうのではないかってくらいで、しかし踏み出せばあっという間に目の前まで来てしまった。
深呼吸して、ノックを3回。反応は無い。もう3回叩いてみる。やっぱり返事は無い。
「……失礼します」
ノブを回し、ゆっくりドアを開ける。
先生はあの日見た時と同じ様にこちらに背を向けて椅子に座っていた。
もしかして、もう……。
「先生……」
いつの間にか先生は目の前にいて、膝をついて先生の手に自分の手を重ねる。手はほんのりとまだあたたかくて、それだけで救われた様な気がした。
少しだけ手を握って、それから立ち上がろうとした時だった。
「楓……」
先生が目を開けていた。今にも眠りについてしまいそうで、しかし私に微笑みかける顔は今までで一番優しいと思った。
「ヴァーミンは……倒せたのか?」
「……すみません、これから行くところです」
「そうか……」
早く行ってこい、いつもの先生ならそう言うと思った。だから続きは意外なものだった。
「すまないな……」
「え……?」
先生の手が弱々しく動き、私の頭に添えられた。
「押し付けてしまってすまない……本当ならもっと……」
「いえ……いいえ!」
つい大きな声が出て、駄々っ子の様に首を振る。それでも先生の表情は変わらない。
「でもお前なら、きっと大丈夫だ。だから……任せる」
「……はい」
先生の手を取り、強く手を握る。
「私、立派にやってみせますから、先生と同じくらい……ううん、もっともっと頑張りますから!だから、任せてください」
私の言葉を聞いた先生は、そっと目を閉じる。
「そうか……ああ、安心した」
先生がふぅ、と大きく息を吐く。握った先生の手から力が抜けて、背もたれがきしりと音を立てる。
私の手は震えていた。何とか先生の手を膝の上に預け、立ち上がった時にようやく頬に流れる何かに気付く。
「行けますか?」
「……はい、大丈夫です」
頬を拭い、カレンさんの問いに応える。振り返って、大丈夫だって笑ってみせる。
「……じゃあ、行きましょうか」
部屋を出ていくカレンさんについて行こうとして、途中で振り返る。先生の顔はとても安らかで、だから私も安心できた様な気がした。
午後1時半、ブルームランド花恵前広場。
風が吹き荒れ、火花が散る。そこでは仮面ライダーラセンと蜘蛛のヴァーミンが戦闘を行っていた。開始から数分、戦況はラセンの方に傾いていた。そしてラセンがヴァーミンを吹き飛ばし、ドライバーを叩いて腰を落とす。巨大なエネルギーを乗せた攻撃の前触れだ。
これを放って戦闘は終了する。後には疲弊しきった青葉楓が残るだけ。そう思い陰から見ていたアズラは歩みを進める。いや、進めようとした。
「待ちなさい」
それは予想してはいたが、アズラが一番聞きたくなかった声だった。振り返ったそこには時空管理局の女と、そして青葉楓……仮面ライダーラセンがいた。思わずアズラは舌打ちする。
「よくもまあ……いや、気付いて当然か」
「そりゃあ、私の存在がかかってますから」
楓とアズラが睨み合い、ほぼ同時にドライバーとウォッチを取り出す。
「一度も二度も同じ……お前を始末した後にまた殺せば良いだけだ」
「随分と舐めているみたいですね。でも貴方は勝てませんよ」
「ほう、それは何故?」
楓の目は、炎の様な激しい輝きを纏っていた。
「貴方は奪った……でも、私は託された。その違いです」
その言葉を聞いたアズラは深いため息をついた。
「そんなもの、大した違いじゃあない」
アズラはウォッチを起動し自身の体に埋め込む。風が吹き荒れ、その中から禍々しい姿のラセンが現れる。
それを見た楓は、しかし恐れず一歩踏み出す。
「私が、取り戻してみせる!」
手に持っていたラセンドライバーが輝き出す。それは姿を変え、金の装飾が施された銀の立方体……見慣れた元のラセンドライバーに戻った。
カレンさんを見る。彼女は頷き、そして一歩下がった。
ドライバーを腰に当て、自動的に展開した帯で体に固定する。トレイを引き出し、緑のクリスタルをはめ込み、装填する。
『
合成音声が鳴り、ドライバーから発せられる振動が大気を震わせる。開いた手のひらを胸の前で交差させ、後ろに引く。そして右腕を左前に突き出し、叫ぶ。
「変身!」
ドライバーからエネルギーが放出され、それは風となって私を包む。周囲の分子を再構築して構成されたインナースーツが体を覆い、そしてその上に緑の鎧を纏う。
ラセンになった私は構えをとる。そしてアナザーラセンが動くと同時に走り出す。同時に拳を振りかぶり、同時に撃ち出す。ぶつかり合った拳がせめぎ合い、風が弾けて拡散する。先に拳を引いたのはアナザーラセン。身体を捻って回し蹴りを放つ。上半身を逸らして躱し、今度は私が鋭いキックを放つ。よろめいたアナザーラセンを掴み、風を操作して空を飛ぶ。広場からある程度離れた場所にアナザーラセンを放り投げ、落下の勢いを乗せて拳を繰り出す。しかしアナザーラセンはそれを躱し、風を束ねて弾丸を作り撃ち出す。それを転がって避け、瞬時にクリスタルを緑から赤に変え装填する。
『
風の鎧が解け、代わりに炎を纏う。生成された銃のトリガーを引き、炎の弾丸を発射。風の弾丸を撃ち落とし、残った炎がアナザーラセンを撃ち抜く。
「ヌウウウウッ!」
唸ったアナザーラセンは今度は風を剣に変えて斬りかかる。すぐさま青いクリスタルを取り出し、赤と入れ替える。
『
水が重厚な鎧を形取り、斬撃を剣で受け止める。手首を返して剣を弾き、縦に横にとアナザーラセンを切り裂く。アナザーラセンは攻撃を受けながらも風でロッドを生み出し振るう。攻撃を剣で弾き、その最中にクリスタルを紫に入れ替える。
『
土が鎧になり、剣をロッドに持ち替える。攻撃を弾き、カウンターの突きを放つ。薙ぎ払いを身軽になった身体で宙返りして避け、踏み込んでロッドを持つ腕を叩いて武器を落とす。殴りかかってくるのをロッドで弾き、そして突く。
「何故だ……何故こんなにも力の差が!?」
アナザーラセンの戸惑いには共感しない。答えは最初から言っている。
「貴方が戦っているのは……仮面ライダーラセンだからだ!」
私と先生、二人の拳、二人の想い。
ただの紛い物に、負ける道理が無かった。
再びクリスタルを緑に入れ替え、ドライバーの上側面を叩く。ドライバーから放出された風が右脚に集約され、全身に力が漲る。腰を落とし、左脚を引く。そして風が完全に身体に吸収されると同時に走り出す。
跳躍。背中のユニットからエネルギーが放出され、私を加速させる。右脚をアナザーラセンに向かって突き出し、私は風の槍になる。
「はああああっ!」
「ウウウウウウッ!」
アナザーラセンも腕に風を纏い、拳を繰り出す。風と風がぶつかり合い、しかし私の風がアナザーラセンのそれをかき消していく。そしてキックがアナザーラセンの胸を撃ち、確かな手応えと共にアナザーラセンを吹き飛ばす。
よろよろと立ち上がるアナザーラセン。しかしその身体に亀裂が生じ、緑の光が漏れ出る。
そして叫びを上げながら、アナザーラセンは身体から溢れたエネルギーを爆発させた。
炎の中からアズラが現れ、ふらふらと歩んで崩れ落ちる。体内から排出され傍らに転がったアナザーウォッチがひび割れ、そして完全に崩壊し消滅した。
カレンさんがアズラに何やら装置を取り付け、端末を操作するとアズラが光に包まれ姿を消す。
「これで時空管理局に転送されたはず……うん、収監できたとメッセージが来ました」
「ふぅ……終わったんですね」
見上げた先には雲一つない青空が広がっていた。思わず気の抜けてしまいそうな、吸い込まれる様な空だった。
「歴史も修正されたみたいです……っと、不要な長居でまたおかしくなっても困りますし、戻りましょう、青葉さんの時代に」
カレンさんが端末を操作すると上空からタイムマジーンが降下してくる。この空に少しだけ名残惜しさを覚えながら、タイムマジーンに乗り込む。モニターに2023年6月15日と表示され、タイムマジーンは時間航行を開始する。
おそらくはもう見れないであろう虹の光を見ながら、ふと思い出す。
「元の時代に戻ったら、やっぱり皆歴史が変わった事を覚えてないんですよね?」
「そうですね、ほんの一握りの人間以外は。だから皆、世界の危機だったなんて気付きませんし……青葉さんの頑張りも覚えてません」
「それって時空管理局の人も同じって事ですか?どんなに頑張っても、誰からも覚えてもらえない……」
「まあそうなります」
仕方無いですけどね、と言ってカレンさんは笑う。確かに仕方が無い。でもそれはとてもつらくて、悲しい事だ。
「私はずっと覚えてます。カレンさんが頑張った事」
カレンさんは呆気にとられた顔をして、そしてまた笑った。
「私も、青葉さんの事、ちゃんと覚えてます」
2023年6月15日。早朝。
タイムマジーンが飛び立ち、空に開いた虹色の穴の中に消える。手を振るのを止めた私は、ふぅと大きく息を吐く。背後で玄関が勢い良く開いて、ランニングウェア姿の弟子クンが慌てた様子で飛び出してくる。
「待たせてすみません師匠!……あれ、もう走っちゃいました?」
どうやら正しい歴史でも、今日弟子クンはばっちり寝坊したらしい。直りきっていない寝癖がおかしくてつい笑みが零れる。
「ううん……でも今日は疲れちゃった。朝ご飯食ーべよ」
「え?もう疲れたんですか?起きたばっかりなのに?」
「まあ色々あったんだよ、色々」
ぐっと伸びをして息を吸うと、体がじんわりと暖かくなる。そんな当たり前の事が、殊更に嬉しい。
「じゃあ今日はランニングは無しで……」
「弟子クンはちゃんと走ってきてね」
「えー……」
このやり取りができる事も、また嬉しかった。守っていきたいと思った。
そして私を覚えていてくれる、遠い彼女に恥ずかしくない、彼女がそうであった様な立派なヒーローでありたいと、そう心に決めた。