花恵市と隣町の境には、海の見える丘陵がある。
滅多に荒れることのない穏やかな風景は、墓地として選ばれる理由の一つだった。
花束と水の入った桶を持って、黒い服の集団の先頭を歩く。
目指している墓標は、水汲み場からはそれ程遠くない。
膝くらいの高さがある磨かれた墓石には、文字が刻まれている。
『柳生家 先祖代々之墓』
墓石の周りに、喪服を着た大人たちが集まっていく。
今日は先生の3回忌だ。
参列者は多くはない。病院の人手不足で抜けられなかったり、何人かは急なオペが入ったりと。
「いやいやすみません。お待たせしました」
派手な法衣を着たお坊さんが、人の良さそうな笑みを浮かべながら歩いてくる。
「いえ、大丈夫ですよ」
私がそう返すと、お坊さんは会釈して墓石の前に立つ。
「それでは、早速ですが始めさせていただきます」
その言葉に私たちが頷くと、お坊さんはお経を唱え始めた。
これを聞くのも、何度目になるだろうか。
両親の分と先生の分、これでも世間一般では少ない方かもしれない。
考え込んでいると、お経を読む声が止まった。
「ささ、どうぞお願いします」
お坊さんに促されて、私から墓石の前にしゃがみ込む。
花を供え、水を墓石にかけ、手を合わせる。
お経を読む声だけが、丘陵を抜けていく。
私が立ち上がると、次の参列者が同じように合掌する。
花、和菓子、果物が墓の前に並べられていく。
最後の一句を唱え終わると、お坊さんが私たちの方に向き直る。
「ありがとうございました」
お坊さんが頭を下げる。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
ありがとうございました、と参列者がお礼を言う。
「私はこれでお暇させていただきます。後は皆さま、仏様に世間話でも聞かせてあげてください」
それでは、とお坊さんは足早に駐車場へ戻っていく。
参列者が顔を合わせて話し始める。最近こんな患者がいただとか、自分が行った手術のことだとか。
それを遠巻きに眺めていると、声をかけられた。
「青葉君」
振り返ると、がっしりとした体つきで、髪を短く切り揃えた男性と目が合った。
「
藤堂
「仕事の方はどうだい?」
「はい、やっと安定してきて、もう先生のお金には頼らなくて良さそうです」
「それは良かった」
教授が微笑む。
「あー、後それからね」
「はい?」
教授は頭を掻き、申し訳なさそうな顔をする。
「実はこないだ頼まれてたやつなんだけど……まだ完成してないんだよね。このところ試験の準備やらなんやらで忙しくて……」
「ああ、あれですか」
ひと月程前に教授に依頼をしていたんだった。教授は2週間もあれば完成させられると息巻いていたが。
「大丈夫ですよ。こちらこそ、お忙しいのにあんな頼み事をしてしまって」
「いやいや、大口叩いておいてこれはね……大学での仕事が落ち着いたら、1週間で完成させるから」
「急がなくていいですから、ちゃんと動くものを作ってくださいね」
教授の宣言に思わず笑ってしまう。
教授はそそっかしいところがあるから、碌に動作するか確認せずに送ってくることがある。いざ使おうとすると不具合が起きたり、そもそも起動しなかったりすることもあった。
「お、もうこんな時間か」
腕時計を見て教授が言う。
12時を過ぎたあたりだった。
「私もここで失礼するよ。それじゃあ青葉君、頑張ってね」
「はい、教授も」
教授が去っていく。あの頑張ってねの意味は、一つではないのだろう。
他の参列者たちも、私に挨拶をしてこの場から離れていく。
墓石の前に立っているのは、私一人だけになった。
「先生」
物言わぬ石に向かって、独り言ちる。
「先生、私は、立派にやれていますか?」
答えは当然ない。
桶を持って、私も墓地を後にした。
深夜。
街の中心部から少し外れたところにある、『花恵アリーナ』。その近くの人気のない場所で、小規模な爆発が起きる。
爆炎が収まると、倒れた男の姿と砕けたクリスタルが露わになる。
今回の相手は、強力ではなかった。
だからと言って、今日は勘弁してもらいたかった。
墓に参った後、参列者たちと食事に行ったり、引き出物を渡したりと忙しかったのだ。
今日は早めに寝ようと思っていたところに、ヴァーミンの活動を知らせる警報が家に鳴り響いた。
折角風呂にも入ったのに、台無しではないか。
少しの腹立たしさと共に、男に近づく。
手ごろな街路樹まで男を引きずり、ロープで縛りあげる。
男が何やら呻いているが気にしない。
「よし」
念入りに縛ったことを確認し、バイクに乗って変身を解く。
その時。
「ん……?」
後ろを見るがそこにはアリーナが堂々とそびえたっている。
視線を感じたのだが、気のせいだったのだろうか。
「疲れてるなーこれは」
きっとそうだ。思わずため息が出る。
早く帰ろう。
光り輝く街に向けて、バイクを走らせる。
こんな時間だというのに、街にはまだ眠る気配がない。
飲食店はまだ閉まっておらず、中は酒を呑む人々でごった返している。
きっとこの人たちは、さっきまで化け物がいたことなんて微塵も知らないだろう。
仮面ライダーが戦っていることも。
でも、それでいい。
多分平和とは、そうやって維持されるものなのだ。
繁華街を抜け、路地裏まで辿り着くとセンサーが作動し、地下への道が出来る。
そのままバイクを走らせ、いつものように基地に着いた。
バイクを停め、冷蔵庫からティーポットを取り出してカップに注ぐ。
口に含むと、桃の香りがする液体が喉を通り体に染み渡る。
「ふぅ……」
戦いの後の紅茶も、すっかり習慣づいてしまった。
体に籠った熱を冷ますのに、キンキンに冷えたアイスティーが丁度良いのだ。
とは言え、疲れているのには変わらない。
もう早く寝たい。一秒でも早くベッドに寝転がりたい。
モニターでクリスタルの反応を確認する。
反応はなし。戦っていた時に他の場所で反応があったログもなし。
シャワーは明日にしよう。
そう思って階段を昇っていると、ふと気が付く。
洗濯物を取り込んでいなかった。
急いで寝室まで行き、ベランダに続く窓を開ける。
「おおう、寒っ」
洗濯物はすっかり冷え切っていて、触ると手が凍りそうだった。
服やタオルをまとめて籠に入れ、部屋の隅に置く。
皺ができてしまうけどもういいや。
今日はもう限界だ。
「ふわぁ……」
服を脱いで下着だけになり、大きく欠伸をしながらベッドに潜り込む。
おやすみ、私。
ベランダから吹き抜ける風が、カーテンを揺らしていた。
早朝。
1月の朝はかなり冷え込んでいる。
おしゃれに気を使う同じ年頃の人たちは、ロングコートでも羽織っているのだろう。
俺はそんなの持ってないし、今はあっても邪魔なだけだが。
とある一軒家の前で立ち止まる。
この中に、俺の『目的』がいる。
わずかな期待と共に、玄関のノブを引く。
強い抵抗。当然鍵がかかっていた。
どうしようか。
玄関から回り込み、少し広い庭に出る。
庭に面した窓も、鍵は閉められていた。
一周して確認するが、一階から侵入できるのは玄関とこの窓だけ。
「詰みか……」
そう独り言ちた時、視界の端で何かが揺れた。
見上げたそこにはベランダがあった。
そしてその奥、大きな窓のところで、カーテンが風になびいて揺れている。
これだ。
見回すと、ベランダのすぐ横に雨どいがあった。
「よっと……」
雨どいを掴み、手の力だけで登っていく。
昔からはんとう棒は得意だ。あっという間にベランダと同じ高さまで来た。
ベランダの縁に掴まり、腕に力を込めて内部に侵入する。
外から見た通り、窓は開いていた。
「おじゃましまあす……」
靴を脱いで小声でそう言うが、反応はない。というか反応があると困る。
ここは寝室の様だ。だが今は主の姿はない。布団は無造作に畳まれ、部屋の隅にはハンガーが付いたままの服が洗濯カゴに放り込まれている。
そろりそろりと移動し、ドアを少し開けて様子を窺ってから外に出る。
廊下に出ると、微かな音が俺の耳に届いた。
咄嗟に身構えるが、すぐにそれが鼻歌であることに気付く。
鼻歌は、階下から聞こえる。
『目的』がすぐそこまで迫っているのを感じ、動悸が激しくなる。
階段を降り、耳を澄ますと、左手にある少し開いた扉から音が漏れ出ているのがわかった。
どうやら鼻歌の発生源はここのようだ。引き続き足音を立てないように扉へ近づいていく。
いよいよ対面だ。そしてその後は……土下座してお願いを聞いてもらう。答えがどうであれ、まずは話をしないと。
しかし、そのプランが実行されることはなかった。
目の前で扉が開いていく。極限まで集中しているせいかその動作はとてもゆっくりに見えた。
「ふんふふーん……ん?」
出てきたのはすらりとした長身にロングの黒髪が良く映える女性。俺と目が合うと鼻歌を止めた。
俺が目指していたのは浴室だったらしい。
目当ての女性は身体にバスタオルを巻き付けており、他に身につけているものはなし。髪は少し濡れている。どう見ても風呂上がりのその姿に一瞬思考が停止する。
「あ……」
気付けばそんな間抜けな声を漏らしていた。
女性も呆然としていたが、すうっと息を吸い、そして。
「いやああああああああ!」
大音量で叫びながら女性が向かってくる。
次の瞬間には拳が目の前まで迫って来て……
俺の意識は途切れた。
気が付くと床に寝転がっていた。
背中の方に回されている両手が動かない。どうやら何かで縛られているみたいだ。
「あ、起きた。おーいこっち見て」
視点を少し上に向けると、ティーカップを片手にこちらを見ている女性と目が合った。
俺と目が合ったのを確認すると視線を外し、カップを傾ける。その光景が実に様になっていて、思わず見とれてしまった。
「それで?言い訳を聞こうか。犯罪者さん」
「違います俺は決して怪しいものではなくてですね」
床に転がったままあたふたしている青年を見ていると、どうにも不法侵入するような人物には見えなかった。
風呂上がりの私の一発を顔面に受けて延びていた間に持ち物を調べさせてもらったが、刃物や鈍器の類は持っていなかった。身のこなしから何か武術をやっている様子もなし。少なくとも私を害するためにここへ来た敵というわけではなさそうだ。
だとしたら空き巣かと思っていたが、持ち出されたものもなかった。
じゃあ何故今ここで気絶しているのかが気になって、警察には通報せずに縛り上げたわけだ。
それにしたって。
「人の家に無断で忍び込んでおいてどの口が言うか。わざわざ二階にまで登ってさ」
まあベランダの鍵をかけていなかった私も不用心ではあるのだが。それを加味すると少し力を入れすぎたかもしれない。でも仕方ないだろう。乙女の秘密を知られる所だったのだから。
「忍び込んだのは謝ります。でも一つ確認したいことがあって」
「それって忍び込んでまで確認しないといけないこと?」
「外ではちょっと話しにくくて……でもいきなり中に入れてくれって言っても聞いてくれないでしょうし……」
そりゃそうだ。どう考えても不審者だもの。
「だからって罪を犯すなんて、一体何がそこまで気になるのやら……」
飲みかけていた紅茶に口をつける。
「それは……あの、あなたって、仮面ライダーですよね?」
「ぶふぅーっ!」
飲んでいた紅茶を吹き出し、咳き込む。
「は、え、な、なんで!?なんでわかったの!?……あ……」
しまった。これでは100%そうであると認めたようなものだ。
「やっぱりそうですよね!」
青年の顔がぱあっと明るくなる。
「俺見たんですよ。仮面ライダーの中から、あなたが出てきたのを!」
「いや言い方!」
人を人間の腹を突き破って生まれた化け物みたいに言うんじゃない。
「それでその後何回も仮面ライダーが出たところに行って、何回も確認したんですよ。そんで確信したんです。やっぱりあなたが仮面ライダーだって!後について行ったり、目撃情報を集めたりして、あなたがここに住んでるってのも突き止めたんです!」
まくし立てる青年に若干気圧される。
というかそれって。
「私のストーカーしてたってこと……?」
背筋がぞわぞわする。急に目の前の青年が恐ろしく見えてきた。
「あ……ほんとごめんなさい!でも俺、あなたにお願いしたいことがあって」
縛られたまま器用に頭を下げる青年。
「何……お願いって」
まさか私と付き合いたいとか?
そんなの願い下げだ。せめて写真を撮らせてくれ、ぐらいであって欲しい。
だが、青年は私の期待をあっさりと裏切った。
「お願いします……俺を仮面ライダーにしてください!」
「……は?」
思わず固まる。
青年が私の元ににじり寄ってきた。
「お願いします!トイレ掃除でもお茶汲みでもなんでもやりますから!だから弟子にしてください、師匠!」
「えっ、えええっ!?」
し、師匠!?
「待って待って!私、弟子なんて取る気ない……」
「そこを何とか!どんなに厳しくてもついて行きます!弟子になれないと俺、死んでも死にきれないんです!」
よよよ、と泣きついてくる青年。
「ちょっと、離れて!」
「おふっ!」
しまった。思わず蹴りを入れてしまった。
それでも青年は私の顔を見て言う。
「お願いします!弟子にしてください!」
その熱量が、痛いほど伝わってくる。
まるでいつかの誰かさんを見ているようだった。
「そっか」
はあ、とため息をつく。
その気持ちは充分わかった。
ならば、問わねばなるまい。
「貴方が仮面ライダーになりたいのはわかった。でも一番肝心なことを、まだ聞いてないよ」
「それは……?」
青年が真っ直ぐに見つめ返してくる。
それに応えるように、正面から問う。
「貴方は何のために、仮面ライダーになりたいの?」
「何の、ために……」
青年は顔を俯け、そのまま黙ってしまった。
理由もなくただなってみたいだけなのかとまたため息をついた、その時だった。
「俺の両親は、化け物に殺されたんです」
青年が語り出した。
「俺の目の前で、あいつになぶられて、殺された。俺は何も出来なくて……」
顔を上げた青年の目には、炎が宿っていた。
「いつかあいつを見つけだして、この手で……。だから俺は……」
「復讐、か……」
確かに、彼を駆り立てるものは理解できる。
仮面ライダーにならないと、彼の本懐が果たせないことも。
「わかった。だから貴方は仮面ライダーになりたいんだね」
「はい。だから……」
期待のまなざしを向けてくる青年。
「でも」
その期待を、真っ向から打ち砕く。
「だからこそ、貴方を仮面ライダーにするわけにはいかない」