仮面ライダーラセン   作:赫牛

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第3章
月の残り香(1)


「二輪免許……?」

 

「そう、免許」

 

 師匠が繰り返した言葉は確かに考えはした事はあったが、億劫に感じて思考を隅に追いやっていた物だった。

 そう、免許。運転免許証。車社会を生きていくに当たっては必需品、と言うより必ず取得しなければならない物である。持っていれば身分証明書にもなるし、そう言った面から見ても是非取得するべきなのだろうとは思う。

 しかし俺は、今までその必要を感じていなかった。身分証明ならマイナンバーカードで事足りる様になったし、そもそも俺は車もバイクも持っていない。移動は師匠の後ろに乗るか公共交通機関だ。

 故に。

 

「何で取った方が良いんです?」

 

 そう尋ねると、師匠はさも当たり前かの様にこう宣った。

 

「かっこいいから」

 

「かっこいいから?」

 

「うん」

 

 師匠の言葉を反芻する。利便性等様々な理由が考えられる中で、まさか『かっこいいから』なんて理由だけで時間とお金を使うだなんてそんな非合理的な事を師匠が言うはずが無い。

 

「かっこいいからですか?」

 

「うん」

 

 再びの肯定。きっと今俺は何とも言えない表情をしている事だろう。それを見た師匠が小さく噴き出した。

 

「いやいや、勿論持ってた方が色々便利ってのもあるけど。と言うかさ、一つ聞いときたいんだけど」

 

「何ですか?」

 

「君、いつまで私の後ろに乗ってるつもりなの?」

 

「うぐ」

 

 そう、俺もなんだかんだと言って持っていた方が良いのは分かっているのだ。しかしそれでも取っていないのは、師匠が乗せてくれる事に甘えて取得するまでの面倒な過程を後回しにしていたからと言うのが大半の理由なのだ。

 つまりはとうとう親離れをする時期がやってきたという事だ。

 

「うーん……」

 

 しかし渋る俺に、師匠は再び言葉を紡ぐ。

 

「もしさ、私が行けなくて君だけが対応しなきゃいけないときにさ、戦闘中にヴァーミンが移動するとするじゃん」

 

「はい」

 

「君は変身した状態で、自転車に乗って移動するのかな?」

 

 そう言われて自分がそのシチュエーションに置かれた時の事を想像する。

 高速で道を走り抜けるヴァーミン。そしてその後ろを、ちりんちりんとベルを鳴らしながら自転車に乗って追いかける仮面ライダーヴルム。

 それはそれは、とてもシュールな絵面だった。

 

「取ります、免許」

 

 かくして俺の意思はあっさりと固まったのだった。

 

 

 

 

 

 送迎バスに揺られ、南区の住宅街の一角に辿り着く。目の前にあるのはそれなりに立派な寮で、ホームページにはそこそこ広い部屋が一人一部屋あてがわれるらしい。ここで今日から(つつがなく終われば)七日間寝泊まりし、免許取得に向けた勉強に励む訳だ。

 一先ず鍵を受け取り、荷物を部屋に置きに行く。緑を基調とした部屋は予想していたよりも落ち着いた雰囲気で、これならそわそわして眠れないと言う事も無さそうだ。

 免許取得の講習を受けるのは家から通いながらでもできるが、移動にかかる時間等諸々を考慮し、近くの寮に合宿するプランを選んだ。その間に出現したヴァーミンの対応は全て師匠がやってくれるらしい。ネズミのヴァーミンの前例もある事だし、本当に大丈夫か一応確認したのだが、自信満々に任せてくれと返された。この心配が杞憂に終われば良いのだが、果たして。

 そんな事を考えつつ、荷物が入ったキャリーケースを置いて部屋を出た時、声をかけられる。

 

「あれ、真哉くん?」

 

 少し懐かしさを覚える、聴き慣れた声。顔を上げると、これまた何度も見た顔。制服でない彼女を見慣れてはいなかったが、すぐに分かった。

 

「美玖?」

 

 視線の先の女の子は、俺の問いかけにぱっと笑顔を咲かせた。

 

「やっぱり!久しぶりだね」

 

 ショートヘアをかきあげながらそう言ったのは屋代美玖(やしろみく)。俺の高校時代の同級生だ。

 

「久しぶり、美玖も免許取りに来たのか。大学は……ってそうか、今夏休みの時期か」

 

「そうそう、それで友達が取るって言ってたから、ついでにと思って」

 

 確か隣町の大学に進学すると言っていたはずだ。その間は接点が無かったから、会うのは大体一年半ぶりだろうか。当時はほぼ毎日顔を合わせていたのに、ひとたびきっかけがなくなると意外と会わなくなるものだ。

 

「真哉くんは?元気にやってる?」

 

「まあ、そこそこかな」

 

「そっかぁ……あ、あれは?将来の目標、叶えられた?」

 

「あれは……その……頑張ってるよ」

 

「良いじゃん。応援してるからね」

 

「あ、ありがとう……」

 

 つい、と言うか誤魔化さざるを得なかった。

 美玖が言った将来の目標。俺が仮面ライダーになりたがっていた事を、美玖は知っている。会話の流れで将来の話になって、その時俺は何を思ったか馬鹿正直に答えてしまったのだ。そのくらい気を許していた事の証左でもある訳だが。その時美玖がどう思ったかは分からない。本心では到底無理だとか思っているのかもしれないけど、当時から変わらず応援してくれていた。

 今となっては目標は達成されているが、流石にそれを馬鹿正直に言ってしまう訳にはいかない。不義理ではあるがむべなるかな、と言うやつである。

 

「すみませーん、皆さん待っていらっしゃるのでバスに戻ってくださーい」

 

「ごめんなさーい!」

 

 そう応えてバスに向かう美玖の姿が、学生時代のそれと重なった。

 

 

 

 

 

 バスの中でも思い出話に花が咲き、教習所への道も隣を歩き、オリエンテーションの間も何となく隣の席に座っていた。ちゃんと教官の話を聞いておくべきなのだが、授業を受けると言うシチュエーションも相まって急に高校生に戻った気がしてそわそわしてしまっていた。

 一通りの説明を受けた後は、運転の適性の有無を判断する検査に移った。視力、聴力、身体検査とより取り見取りで、初日のスケジュールはこれで終わりらしい。

 

「おい美玖」

 

 順番が来るのを美玖と待っていると声をかけられる。振り向いた先には見た所同年代の、流行りのファッションに身を包んだ男女4人。所々にアクセサリーが光り、派手だと言うのが第一印象だった。

 

「あ、皆」

 

「そいつ誰?随分仲良いみたいだけど」

 

 そいつ、とな。見た目から決めつけるのは良くないと思っていたけど、どうやら俺的にあまりお近づきになりたくない人種のようだ。

 

「ああ、こちら高校の同級生の真哉くん。久しぶりに会って色々話してたんだ」

 

「ふーん、そう」

 

 話しかけた男は明らかに機嫌が悪そうで、それを見た内の一人が笑いを含みながら言う。

 

「何だよ颯、嫉妬かー?」

 

「うるせぇな」

 

「颯、いっつも美玖に矢印出してるもんねー」

 

 女がそれを更に煽る。颯と呼ばれた男は顔をしかめるが、それでも言い返す事はしなかった。今の反応からして、普段もこう言ったやり取りが行われているのかもしれない。

 そんな事を考えていると、颯さんをからかった女が俺を見た。

 

「へー、結構かっこいいじゃん。真哉くん、だっけ?」

 

「はい、鳴神真哉です」

 

「えー、名前もかっこいいー」

 

「はあ……」

 

「出た、なぎさってすぐそう言う事言うよな」

 

「気にしなくって良いっすよ真哉サン、こいつ誰にでも言うんで」

 

「えー、ひどくなーい?」

 

 と言う会話を交わしつつ、そこそこ大きな声で笑い合う四人組。意外と言うか、美玖がこの手の人間と親しいと言うイメージは無かった。

 

「あたし黒井(くろい)なぎさ、よろしくね真哉くん」

 

「俺は江藤幸宏(えとうゆきひろ)

 

味野浩二(あじのこうじ)っす」

 

「……蒲田颯(かまたそう)

 

 最初に金髪の女、続いて髪を後ろで括った男、その後に青いメッシュを入れた男、最後に黒髪を刈り上げた男がぶっきらぼうに自己紹介した。

 

「どうも、よろしく……この人達が美玖が言ってた友達?」

 

「そう、最近仲良くなったの」

 

「そっか……」

 

 美玖もそうであるように、この4人も寮に泊まるのだろう。あまり関わりたくないなぁと思いつつ、一先ずは表面上でも仲良くしておく事にした。

 

 

 

 

 

 色覚の検査を終え、次の身体検査を待っている中でそれは起きた。

 美玖が他の検査に行って俺一人になっている時、隣に話しかけてきた男、蒲田颯が座った。

 

「真哉くんって美玖と仲良いんだ?」

 

「まあ、そうですね」

 

「ふーん、もしかして元カレだったり?」

 

「いやいや、そう言う関係じゃ」

 

「へぇ……」

 

 俺の言葉を聞いた蒲田さんは何故かにやりと口を歪める。

 

「俺さぁ、実は美玖に一目ぼれでさぁ、告ったんだけど結構感触良くてー」

 

「はあ」

 

「まあなんて言うか?結構良い感じなんすわ。そう言う事なんで」

 

 そう言うだけ言って蒲田さんは席を離れた。

 一瞬何を話されたのか理解できなかったが、ちょっと考えると理由はすぐに分かった。

 ああこいつ、俺が美玖に手を出すと思って牽制してきたのか。

 何と言うか、普通にめんどくさい。そんなつもりなんて無いのに。

 

 

 

 

 

 あれは卒業式の2日前だったか。廊下を歩いている時美玖に呼び止められた。

 

「卒業式の後でさ、一番大きい桜の木に来てくれない?」

 

 そう言うとそっぽを向いて走っていった美玖の後ろ姿を見て、こっぱずかしい想像をしてしまったのは仕方の無い事だと思う。当時は男友達よりも美玖と話す時間の方が多いくらいだったし、もしかしたらと淡い期待を持ってしまった。

 でも俺は、卒業式には行けなかった。

 当時世話になっていた孤児院の院長が事故に遭い、しかもかなり不味い状態と言う事で、最年長で世話をする立場になった俺は子供達の面倒を見なければならなかったのだ。院長が一命を取り留めた後も孤児院と病院を行き来する生活で、正直他の事に気を回す余裕が無かった。

 俺が美玖に連絡を取ったのはほぼ1カ月が過ぎた後だった。あの時の事を聞いたけど、美玖は答えてくれなかった。電話を切った時、俺の胸は罪悪感と少しの悲しみで埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

「なんて事もあったなぁ……」

 

 その時の事を久しぶりに夢に見て、またその時と同じ様な気持ちになる。一言で言うと最悪だった。

 これも美玖に会ったからかななどと思いつつ、ベッドから起きて朝の支度をする。洗面所の鏡に映った顔は、それはそれはひどい物だったそうな。

 

 

 

 

 

 2日目は学科教習で終わった。事前に学科試験についての所謂赤本は買っていたのだけれど、こう言った勉強をするのが久しぶりでいまいち頭に入ってこなかった。

 こりゃ授業時間以外でも勉強する必要があるなと思いつつ、それどころでない疲労感に襲われた俺は夕飯を食べて風呂に入った後、即座にベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 そのまま朝を迎えると思っていた俺は、耳朶に響く着信音で目が覚めた。

 現在深夜1時。携帯を確認すると、表示されていたのは師匠の名前だった。

 

「も、もしもし……?」

 

『弟子クン、ヴァーミン!ヴァーミンが出た!すぐに向かって!』

 

「え……?師匠が行ってくれるんじゃなかったでしたっけ?」

 

『出現地点は南区のすみれ町!』

 

「それって……!」

 

『弟子クンがいる所が超近い!だから行って!』

 

「りょ、了解!」

 

 電話を切り、急いで着替えて外に出る。送られた位置情報を頼りに全速力で走る。時々すれ違う人の怪訝な表情も無視して走る。ポケットに入れたクリスタルが熱い。まるで早く行けと俺を急かしているようだった。

 

 目的地まであとわずかと言う所だった。夜の町に悲鳴が響き渡る。それは良く聞いた声の物だった。

 まさか美玖が……!

 

「変身!」

 

 予め着けていたドライバーにクリスタルを装填し叫ぶと、黒いスーツが体を覆いその上に鎧が装着される。

 角を曲がった先では、まさに美玖が襲われようとしていた所だった。横で地面に仰向けに倒れた誰かはぴくりとも動かず、そして後退る美玖に黒い影が覆い被さろうと……。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 叫び、拳を振りかぶる。そして振り向いたヴァーミンの顔面に炎の拳を撃つ。ヴァーミンが吹き飛んで地面を転がり、その隙に俺は美玖を支える。

 

「逃げろ」

 

 逃げるように促し、ヴァーミンに向き直る。

 立ち上がったシルエットは、人とムカデが混ざった様な姿。シューシューと威嚇する様に呼吸する。構え、お互いに相手を牽制する。

 そしてヴァーミンが動く瞬間、不意を突く様にジャンプし跳び蹴りを浴びせる。着地した後も連続で炎を纏った蹴りを見舞う。

 呼吸を整え、追撃しようとした時首に何かが巻き付く。ヴァーミンが伸ばした身体の一部、ムカデ本体の様な触手だ。先端についたムカデの顔が、牙をかちかちと鳴らしながら迫る。

 

「ふんっ!」

 

 しかし牙が突き立てられる前に、俺は触手を引き寄せてヴァーミンをよろめかせ、その数瞬で接近しキックを胴に直撃させる。触手から解放され、間を置かずに助走をつけてヴァーミンの胸を強く蹴る。吹き飛んだヴァーミンが茂みに飛び込み、それが飛び出てくるのを待つ。しかし少し待っても出てくる気配が無い。

 まさかと思い茂みに入ると、ヴァーミンは忽然と姿を消していた。

 

 

 

 

 

 変身を解き先程の場所に戻ると、美玖は倒れている誰かの傍でへたり込んでいた。

 

「美玖!」

 

 呼びかけるが反応が無い。駆け寄って覗き込むと美玖は真っ青な顔をしていて、その視線は倒れている誰かに注がれていた。

 

「これは……」

 

 その誰かの表情は酷く歪んでいたが、ここ二日で見慣れた物だった。

 それは蒲田颯だった。目を見開き、苦しそうに首を掻きむしった跡が残っている。その状態のまま動かないこれは。

 

「死んでる……のか?」

 

 俺がそう漏らすと同時に、美玖が俺にもたれかかる。

 

「真哉くん……私、私……」

 

 服に顔を埋めた美玖の嗚咽が聞こえる。それを聞いた瞬間、俺は反射的に美玖を抱きしめていた。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

 小さく、しかしはっきりと美玖に聞こえる様に囁く。そして同時に俺は決意した。

 また襲ってくるかもしれないヴァーミンから美玖を絶対に守る。言葉にする事はできないけれど、これだけは必ず果たす。

 腕の中の美玖の震えを感じながら、俺はそう誓った。

 

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