仮面ライダーラセン   作:赫牛

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月の残り香(2)

 警察の事情聴取を受けるのは人生で二回目だ。

 一度目は両親が殺された時だったからその時の事は良く覚えていない。それに対して今回は冷静だから、周りが良く見えている。赤く回るパトランプが目に優しくない事と、夏の夜にしては外気が冷たい事、さっきまで美玖が隣で震えていた事も分かった。

 美玖と俺は別々に聴取を受けた。色々な理由があっての事だろうけど、俺としては美玖を一人にしてしまう事が一番気にかかっていた。

 俺の行動全てを正直に話す訳にはいかないので、警察には散歩をしていた所、悲鳴が聞こえて駆け付けたと言う事にして話した。防犯カメラは……正直気にする余裕が無かったから映ってない事を祈るしかない。

 聴取を受けた後はパトカーで寮まで送ってくれた。その間も美玖の手はしっかりと握っていた。よく話していた頃だって、そんなのした事ないくせに。でも握っていないと駄目な気がしたから、だからずっと握っていた。

 寮のドアの前まで来て、流石に手を離そうとした。しかし美玖は手を握ったまま離さなかった。

 

「今日……そっちの部屋行って良い?」

 

「え?」

 

 聞き間違いだと思った。こんな遅くに部屋に来るって、そう言う事が起こってもおかしくないって俺だって考えつく。もしかすると、強烈な体験をしたせいでそこまで頭が回っていないのかもしれない。もしそうだとすると、このまま一人にしておくのは別の意味で不味いかもしれない。

 

「分かった」

 

 少し悩んで、でも美玖の顔を見た瞬間に心は決まった。

 勿論不純な気持ちは無い。単に傍で見守っていた方が良いだろうと思ったからだ。美玖の笑った顔を見た時だって、この気持ちに揺らぎは無かった。

 部屋の明かりを点け、美玖を椅子に座らせる。

 

「何か飲む?まあお茶くらいしかないけど」

 

「ううん、良いや。ありがとう」

 

「そっか」

 

 少しの沈黙。膝立ちになり、目線を美玖に合わせる。

 

「蒲田さん、仲良かったのか?」

 

 美玖は少し間をおいて、こくりと頷いた。蒲田さんが言っていた通りだった。

 

「つらいな」

 

「真哉くん……」

 

 美玖は両手で顔を覆う。間から浅い呼吸と嗚咽が漏れる。

 

「怖かった……私、見るの初めてで……」

 

「うん」

 

「怖くて動けなくて……蒲田くんが……死んじゃうの、私、見てた……」

 

「そっか……怖かったな」

 

 暫く美玖が泣く声だけが響く。それから顔を上げた美玖の目は、真っ赤に腫れていた。そして、少し躊躇いがちに手が伸ばされる。

 

「ちょっと、胸、借りて良い?」

 

「……良いよ」

 

 美玖の手を取り、優しく引き寄せる。俺の胸に収まった美玖は顔を埋めて、それから体重を俺に預ける。服が濡れる冷たい感覚がやけにはっきりと感じられた。

 

 抱きしめてあげたいと、思ってしまった。

 今にも折れてしまいそうな心を支えたいと思った。涙を拭ってあげたいと思った。一時だけでも、悲しみを忘れさせたいと思った。

 だから手が伸びる。壊れてしまいそうな背中に手を回して、凍えた体を包む様に、そっと……。

 

 

 

 でも何故だろう。

 どうして急に、師匠の顔が思い浮かんだんだろう。

 

 

 

 伸びていた手は重くなって、何かに引っ張られるみたいに少しずつ落ちていく。嗚咽はずっと続いているのに、俺の心こそ凍ってしまったかの様に体が動かなくなった。

 そして俺は、美玖の涙をただ受け止める事しかしなかった。

 

 

 

 

 

 気が付くと次の朝になっていて、俺はベッドの縁に顔を埋めて寝ていた事に気付く。あの後美玖をベッドに寝かせて自分は夜通し見守っているつもりだったが、俺の体力も限界だったみたいだ。

 美玖はまだ寝ている。そのまま寝かせておきたいけど、後2時間もすれば授業が始まってしまう。一応行くかどうか確認はするべきだろう。

 

「美玖……起きろ、美玖」

 

 そっと肩を揺らすと、美玖はううと呻いて瞼を開ける。それから俺を見て、薄っすらと微笑む。

 

「おはよう……真哉くん」

 

「おはよう。今日、どうする?授業休むか?」

 

「……ううん、大丈夫。ちゃんと行く」

 

「分かった。でも無理はするなよ……取り敢えず、何か食べるか。用意するよ」

 

「良いの?……ありがとう」

 

 仮に食事が喉を通らない状態だとしても、それでも何か食べないと元気は出ないものだ。別にこの状況を想定していた訳ではないけど、昨日冷凍食品を買い込んでいて良かった。きっとシャワーだって浴びたいだろうし、時間が無いからありがたい。

 十数分後、2つの白い皿には一口大のハンバーグととんかつ、白身魚のフライに小松菜のおひたし、それからパックからよそったご飯が並んでいた。

 いただきますを言い、一緒に食べ始める。美玖の顔色は随分ましになって、少しずつだが食べてくれていた。

 

「なんかさ」

 

「うん」

 

「高校の時もこうやって一緒に食べてたよね」

 

「そういやそうだな。懐かしい」

 

 当時は屋上まで行って二人で昼食を食べていたものだ。因みにからかわれると思って教室で食べる勇気は無かった。

 

「やっぱり冷凍食品が並んでると思い出すよね」

 

「ええ?美玖の弁当って手作りのばっかりだったじゃん」

 

「いやいや、時間無い時は冷凍食品にしてたよ」

 

「そうだっけ?」

 

「そうだよ」

 

 そう言って小さく笑った美玖の顔は、今まで何度も見たものと同じ様に見えた。

 不安だったが、一先ず表面上は大丈夫そうに振舞えるみたいだ。一応今日一日は傍にいて、何かあれば助ける様にすれば良さそうだ。

 

「私達あの時ってどんな事話してたっけ?」

 

「ええと……あ、宝石の事とか」

 

「あー、そうだった」

 

 美玖は宝石が好きだった。その金銭的価値に惹かれているのではなく、その美しさや込められた意味を知る事が好きと言っていた気がする。他にも宝石にまつわる逸話だったりを良く聞かせてくれて、始めはそこまで興味の無かった俺も、次第に聞くのを楽しみにする様になっていた。

 おそらく今も変わらず好きなのだろう。美玖の胸には小さな青白い石をあしらったネックレスが輝いている。そして俺も聞いた話を意外と覚えているもので、この石だってどう言う種類か何となく分かる。

 

「あの時は楽しかったなー。真哉くん、いっつも真剣に聞いてくれるから話し甲斐があって」

 

「そんなにだった?」

 

「そうだよ、10分くらいお昼食べる手止まってた時あったよ」

 

「そうだったっけか……あー確かにそう言う時もあった」

 

「でしょ?」

 

 たった一年ちょっと前の事なのに、凄く懐かしく感じてしまう。ここ半年が濃密だったのもあるし、俺の中で学生時代と言うのが特別なものとして認識されているのもあるかもしれない。

 こんな他愛の無い話で、あっという間に時間は過ぎて行く。会っていなかった時間を埋める様な、そんなあたたかな瞬間。それは本当に奇跡の様なもので、だから守りたいと思った。

 

 

 

 

 

 昨日の出来事があったにも拘らず、三日目の授業は何事も無かったかのように実施された。昨日と違うのは、蒲田さん、黒井さん、江藤さん、そして味野さんが座っていた所が空席になっていた事だけだ。

 あの3人も友人を突然失ってショックだったのだろう。しかも原因が化け物となれば恐怖もひとしおか。

 そしてこの日の日程も終了し、俺と美玖は一緒に寮に帰った。今日も泊まるのかと聞いてみたが、二日もやっかいになるのは申し訳ないと遠慮された。少しの寂しさと不安を感じつつ、どこかでほっとしている自分に気付いた瞬間に思わず自嘲する。守ると決めたのに自分の平穏が守られて安心するのは、仮面ライダーとしてどうなのかと、そんな自問自答を暫く繰り返した。

 とは言えそんな事を延々とする時間がもったいない。明日からは実際にバイクに乗る授業が始まるそうだから寝不足で支障が出ても困るし、学科試験に向けての勉強もしないといけないし、何よりまたヴァーミンが出た時にすぐ対応できるメンタルにしておかないといけない。だからこの迷いも、妙な胸騒ぎも一旦は胸に仕舞っておく事にした。

 

 

 

 

 

 11時頃だったか、昨日と同じ様に電話が来る。師匠からで、内容も予想していたものだった。

 ドライバーを腰に装着し走る。共有された地点は寮から少し離れた場所、合宿プログラムで用意されたもう一つの寮だった。

 辿り着いた時目を引いたのは二階の角部屋。破壊されて開きっぱなしになったドアから明かりが漏れている。階段を昇り、部屋を覗く。誰もいないが、物が散乱していて正しく襲撃を受けた様子だった。

 少し視点を下に向けた時、赤い何かが点々と落ちている事に気付く。血だ。それが入り口から外へと続いている。

 血を辿り、可能な限り速く走る。予想よりも長く続いていて、最終的に建設途中の民家まで来た。

 クリスタルが熱を帯びる。ヴァーミンが何か強い力を行使する兆候だ。

 ブルーシートをくぐって中に入る。一層の暗闇に目が慣れると、昨日と同じヴァーミンが誰かの首を触手で締め上げているのが見えた。そしてその誰かの顔も段々と見えてくる。

 

「黒井さんっ……!」

 

 状況を確認し動こうとした瞬間に、黒井さんの首に巻き付いたムカデの牙が腕を噛む。触手が解け、地面に落ちた黒井さんが呻き、その数瞬後に首を押さえて苦しみだす。そして10秒と経たずに、黒井さんは倒れて動かなくなった。

 情けない事に固まったまま動けずにいた俺は、ヴァーミンが振り返った事で我に帰る。クリスタルを装填し、構えて叫ぶ。

 

「変身!」

 

 炎が舞い、鎧を纏った俺は跳躍してヴァーミンとの距離を詰める。落下の勢いを乗せたパンチを胸に当て、振りかぶった拳を更に撃つ。飛んできた触手を頭を捻って躱すと、後ろで木が砕ける音がした。二度目の触手を腕で弾き再び接近。迎撃しようとする拳を柱を掴んで回転して躱し、その勢いのままキックをヴァーミンの背中に撃つ。

 体勢を立て直したヴァーミンは触手を無軌道に振り回す。それは俺にはほとんど当たらず、周りの柱や梁を次々に粉砕していく。

 

「まさか……!」

 

 俺が気付いた時にはもう遅く、ヴァーミンが破壊した箇所を起点として建物が揺れる。木材や鉄骨が轟音と共に倒れ、ヴァーミンすら巻き込んで崩壊する。

 

「く……うぅ……」

 

 鎧を着ているとは言え、膨大な質量の直撃を受けた事で身体のあちこちに痛みを感じる。瓦礫をはねのけ立ち上がった瞬間、埃の中からヴァーミンが現れる。簡単に押し倒されて首を絞められるのに抵抗し、弾みをつけてヴァーミンの背中を蹴る。そして俺もヴァーミンも体勢を整え、油断無く構えながら相手の出方を伺う。

 じりじりと間合いを計っていると、脚の先に何かが当たる。その正体を視界の端で捉え、それをつま先で引っ掛けて蹴り上げる。宙を舞った木材はすぐにヴァーミンの触手によって破壊されるが、しかしそれで役割は充分に果たした。

 

「ふっ!」

 

 ドライバーの右側面を叩き、鋭く息を吐いて跳躍する。突き出した左脚に炎を纏い、木材に気を取られていたヴァーミンの胸に直撃させる。そして胸を踏み台にして強く蹴り、宙返りして着地すると同時にヴァーミンに撃ち込まれたエネルギーが爆発した。

 

 煙が晴れ、ヴァーミンが爆発した地点が露わになる。しかし。

 

「いない……?」

 

 そこに倒れているはずの変身者はいなかった。そしてクリスタルも影も形も無かった。

 おかしい、確かに倒したはずだ。しかし現に姿が無い事を考えると、今までの事例から導き出されるのは……。

 

「分裂していて……本体は別か?」

 

 ネズミのヴァーミンと同じく分裂した個体だったと言う訳だ。だとすれば辻褄は合う。

 ムカデ。そう言えば良く言うのは『ムカデは一匹見かけたら二匹いると思え』。クリスタルの力はそう言った口伝をも出力する事がある。つまりさっき戦ったのはその内の一体だったのだ。

 厄介だが、その言葉から考えるに分裂して生み出されるのは一体だけ。本体も含めた二体のみがヴァーミンとして活動している可能性は充分に有り得る。ヴァーミンがどれ程のペースで分裂できるのかは分からないが、次に分身体が生み出される前に叩ければ勝率はぐっと上がる。

 視線を移し、瓦礫の下敷きになった黒井さんに近づく。目は虚空を見つめていて、もう既に息が無い事は充分に分かる。建物の崩壊に巻き込まれて亡くなった様にも見えるが、口に吐しゃ物が詰まっているのを見るにあのムカデに噛まれた時点で死は確定していたのだろう。

 被害が出てしまった以上、俺がどうこうするのはよろしくない。離れた所で変身を解き、警察に通報するために携帯を取り出した。

 

 

 

 

 

 施設内で事件があった事で免許センターは対策を取り、四日目の授業は中止となった。事件のあった寮にいた受講生は全員免許センターの本部へ移動し、そして俺や美玖を含めた受講者全員に外出を控えるよう言い渡された。

 混乱の中、俺は自室で今回の事件について考えていた。蒲田さんと黒井さん、二人が襲われたこの事件は、一体誰の仕業なのか……。

 その思考を妨げる様にノックが鳴る。

 

「真哉くん、今大丈夫?」

 

 躊躇いがちな美玖の声がドア越しに聞こえてくる。ドアを開け、そこに不安そうな美玖の顔を見る。

 

「どうした?大丈夫か?」

 

「ごめんね、やっぱり怖くて……部屋入って良い?」

 

「うん」

 

 部屋に入った美玖はそっとベッドの縁に腰掛ける。俺もその隣に座り、美玖に問いかける。

 

「何が怖い?」

 

 美玖は少し考える。そして自分の中にある思いを少しずつ言葉に変換する様に、ぽつりぽつりと話す。

 

「近くにいた人がいなくなって……次は自分かもしれないって思うと、やっぱり怖いの」

 

「そうだな」

 

「でもさ、誰かに守ってもらえる訳でもないしさ……どうしたら良いんだろうって」

 

 美玖の不安は当然のもの。だからそれを和らげる方法も、言葉も、分かり過ぎるくらいに分かる。しかしそれを安易に使ってしまって良いものか……。

 逡巡している俺の手を美玖が握る。

 

「ごめんね、真哉くんがどうこうできる事じゃないと思ってるけど……ごめんね、聞いて欲しかっただけなの」

 

「いや、美玖」

 

 美玖の言葉を聞いた時、俺は美玖の手を強く握り返していた。

 

「俺が傍にいる。だからきっと大丈夫だ」

 

「……ほんとに?」

 

「ああ、信じて欲しい」

 

 美玖の少し驚いた様な顔が、段々と笑顔に変わっていく。

 

「ありがとう……あのさ」

 

「ん?」

 

「今日も、泊まってって良い?」

 

「……良いよ。一緒にいよう」

 

「やった」

 

 喜ぶ美玖が俺の肩にもたれかかる。その体温を感じながら、俺は美玖の首に掛かるネックレスを見ていた。

 

 

 

 

 

 その日の夜の事。

 俺の横で美玖は寝ている。不安など何も無いかの様に穏やかに、俺の背中に顔を埋める様にして寝ている。抱いた訳ではない。美玖の不安を和らげるためにただ傍にいる。それだけの事だ。

 そして俺は、目を閉じて思考を再開する。

 同じヴァーミンによって引き起こされた二つの事件、何故起きたのかの特定は困難だが他にも考えられる事はある。例えば、何故被害者は蒲田さんと黒井さん、あの二人だったのか。

 蒲田さんだけなら通り魔的犯行とも考えられる。しかし、黒井さんに至ってはわざわざ寮に押し入ってまで襲っている。二階の角部屋などと言う手間のかかる場所にいたにも拘わらずだ。

 故に今回の事件は無差別殺人ではない。あの二人を狙った犯行だ。あの二人に共通する事項の中で、俺が思いつくのは友人同士であると言う事。つまりは美玖を含むあのグループが標的であると考えられる。その内の蒲田さんと黒井さんだけが標的だったのならもう目的は達成されているが、残る三人も標的である可能性は捨てきれない。だからそうであると仮定して思考するべきだ。

 そしてそのグループが狙われると言う事は、グループに対して何らかの因縁があると考えられる。一応ネット上で全員の名前を検索にかけてみたが、それらしい情報は何も出てこなかった。故に理由の特定はできない。だからこそ、何故ではなく誰を突き詰めるべきだ。

 仮にグループに対して何らかの恨みを抱いた犯人Aが外部にいるとした時、犯行をこの合宿に合わせるのは悪手だ。何故ならこのタイミングで被害者二人の動向を知っている人物、つまりは合宿に応募した受講生か免許センターの人間に容疑者が絞られるからだ。

 逆に考えれば、容疑者の範囲がそこまで絞られる事が有利に働く人物、例えば……もっと親密な関係にあり、疑われやすい立ち位置にいる人物。その人物からしてみれば、候補者が他に全く分からない場合よりも疑いの目が分散される。

 故に、犯人は被害者と親密な関係にあった人物、即ちグループの中の誰かと考えられる。江藤さん、味野さん、誰かがグループに恨みを抱いて犯行に及んだ……。

 

 

 

 そこまで考えて、俺の中で何かが光を反射した。

 

 

 

 確かめないといけない事ができた。それを忘れないようにと念じて、俺は束の間の眠りについた。

 

 

 

 

 

 明くる日も授業再開の目途は立っておらず、昨日程厳しくはないが外出を控えるようにとの旨が通達された。

 しかし今日は馬鹿正直に従う事はしなかった。免許センターの扉をくぐり、目的の人物を探して彷徨う。

 

 探す事十数分、ようやくその誰かを見つけた。

 

「味野さん」

 

「っ……あ、真哉サン、どうもっす」

 

 味野さんは一瞬怯えた様子だったが、俺と分かるとほっと溜息をついた。

 

「ちょっと聞きたい事があって、全然大した事じゃないんですが……」

 

 

 

 

 

 味野さんへの確認が終わった後、俺は師匠に電話をかける。

 

『おはよう、弟子クン。どうしたの?』

 

「確認してもらいたい事があって、お願いできますか?」

 

 

 

 

 

 その日の夜更け、人々が寝静まった免許センター。

 実技の試験用のコースに彼ら3人は集まっていた。一様に不安そうに辺りを見渡し、できる限りの小さな声で言葉を交わす。

 少し話した後、その内の一人が喉が渇いたと言う。幸い自動販売機はすぐそこにある。3人は皆、自動販売機に向かって歩き出す。

 その時だった。最後尾にいる誰かが、懐から鈍く光る何かを取り出し、体に押し当てる。誰かは一瞬の内に、ムカデと人が融合したかの様な化け物へと姿を変える。

 そして化け物は、振り返って異形を認め、悲鳴を上げた哀れな二人に襲い掛かろうと……。

 

「待て!」

 

 鋭い声が夜を切り裂く。それに反応したヴァーミンは動きを止め、突如現れたその男を見る。

 

「もうそれ以上、罪を重ねるのは止めるんだ」

 

 一歩前に踏み出し、照明に照らされた鳴神真哉は毅然とした態度で言い放つ。それにヴァーミンが気を取られている隙に、男二人は情けない悲鳴を上げながら逃げ出した。

 そして鳴神真哉は、また一歩ヴァーミンに近づき、呼びかける。

 

 

 

「もう止めるんだ……美玖」

 

 

 

 その言葉に動揺したのか、ヴァーミンの姿が崩れ出す。ムカデの異形は消え去り、そして。

 そしてそこには、屋代美玖が立っていた。

 

 

 

 

 

「どうして……?」

 

 俺の前で正体を晒した事を認識する余裕も無い様な様子の美玖が俺に問いかける。

 

「理由は二つある。一つ目は、ヴァーミンがいた時間と位置だ」

 

 師匠に調べてもらったのはその項目。正確には、クリスタルの反応が出た時間から反応が消えた時間、そしてその位置だ。

 

「クリスタルの反応を感知してから俺は現場に向かった。でも、その反応は俺が現場につく前に消えていたんだ。でも反応自体はその地点で現れ、そして同じ位置で消えた。つまりは、ヴァーミンになった人物は変身を解くまでその場から動かなかったって事だ」

 

 本体の反応が消えたのにヴァーミンに美玖が襲われていたと言う事は、それはクリスタルを使っていないヴァーミン、即ち分身体と言う事になる。そして美玖からヴァーミンが二体いたと言う証言は出なかった。だから犯人はその場にいた人物、美玖である可能性が非常に高くなる。

 

「で、でも、それだけで私だなんて……」

 

「そうだな、まだ不十分だ。でも言ったろ?理由はもう一つある」

 

 俺は美玖を指差す。正確には、美玖が着けているネックレスを。

 

「そのネックレス、使われているのはムーンストーンだよな」

 

 その言葉に美玖ははっとした表情になる。ネックレスの先端についた青白い宝石……ムーンストーンは月光を反射して強く輝いていた。

 

「ムーンストーンに込められた意味は色々あるけど……お前が好きだったのは『恋人達の石』、つまりは誰かとペアで着ける前提の宝石だ」

 

 いつかの屋上で美玖が語ってくれた事。おぼろげながらに覚えていたそれが、昨日実物を見た時に鮮明に蘇った。

 

「蒲田さんが俺に言ってきたよ、美玖とは良好な関係だって。でもそのネックレスは蒲田さんの趣味には見えない。蒲田さんが贈った物とは思えなかった」

 

 美玖はネックレスのチェーンを握りしめる。ムーンストーンは美玖の動揺を表してか小刻みに揺れていた。

 

「だから味野さんに確認したんだ。答えは簡単だった。それは蒲田さんが贈った物じゃない。それどころか、4カ月前に初めて会った時から、美玖はそれを着けていたって」

 

 それが意味するもの、つまりは。

 

「君には蒲田さん達と会う以前に、それを贈ってくれた相手がいた。そしてまだそれを着けていると言う事は、相手の事を君が今も想っている証拠だ」

 

 勿論単に装飾品として身に着ける場合もある。しかし宝石の意味を重視する美玖がそれを無視して身に着け続けるとは考えにくい。故に、美玖は蒲田さん以外の誰かを好いていると導き出される。

 

「では何故蒲田さんは君とのやり取りで手応えを感じていたか……勿論彼の勘違いと言う事もあるけど、それ以上に君がそう錯覚する様に仕向けていたんじゃないか?」

 

 俺の追求にも、美玖は黙ったままだった。しかし構わず言葉を続ける。

 

「そして何故君がそんな事をしたか。金づるにする、単なる遊び相手、色んな可能性がある。でも……俺は君がそんな事をする人だとは思えない。だから君には、蒲田さんを騙してグループに近づくだけのもっと大きな理由があると思った。例えば……復讐とか」

 

 その言葉と同時に美玖は顔を上げる。その反応が答えの様な物だった。

 

「何がきっかけなのかは分からない。でもそれが、君に殺人を犯させるまで変えてしまったんだ……これが君が犯人だと思った理由だ。反論は……する意味も無いと思うけど」

 

 俺が言い終わると、俯いていた美玖は顔を上げ、困った様な笑いを浮かべる。

 

「そこまで当てたなら動機まで言わないと、締まらないじゃん……」

 

「仕方ないだろ、分かんない物は分かんないんだから」

 

「私ね、半年くらい前まで彼氏がいたんだ」

 

 どこか遠くを見つめながら、美玖はぽつりぽつりと話し始める。その手はムーンストーンを優しく撫でていた。

 

(しょう)……あの人と一緒にいた時は、毎日楽しくて、幸せで……だけど、奪われた」

 

「奪われた……」

 

「友達と飲みに行くって言って……晶はそのまま帰って来なかった。急性アルコール中毒で、窒息死したって言われた。その時店にいた人に聴いたら、あいつらが……あの4人が無理矢理飲ませてたって」

 

 それが美玖の復讐の理由。彼女を歪めてしまった、始まりの悪意。

 

「暫く外には出れなかった。それから久しぶりに外に出た時、これを貰ったの」

 

 そう言って美玖はクリスタルを掲げる。

 

「その日にね、あいつらが話しかけてきたの。私に一目ぼれしたって。私が晶の恋人だって知らずに!」

 

 語気が段々と強くなっていく。思い出した怒りに反応して、クリスタルが妖しい光を放つ。

 

「チャンスだと思った。あいつらに近づいて復讐できるって!……だからずっと待ってたのに、何で邪魔するの!?」

 

 初めてはっきりとした敵意が俺に向けられる。しかしそれを受け止め、応える。

 

「君にそんな事して欲しくないからだ。だから止めに来た」

 

「止めるって……なにで?説得で私が止まると思ってる?」

 

「思ってないよ……だから、力づくで止める」

 

 ドライバーを腰に取りつけ、懐からクリスタルを取り出す。装填すると同時に、構えず叫ぶ。

 

「変身……!」

 

 ドライバーから出た炎が俺を包み、ヴルムへと姿を変える。それを見た美玖は、悲しそうに微笑んだ。

 

「やっぱり……夢、叶ったんだね」

 

 それだけ言ってクリスタルを強く握り、再びムカデのヴァーミンに変わる。

 一瞬の静寂の後、ヴァーミンが触手を伸ばす。それを掴み、力強く引っ張って転倒させる。ヴァーミンが立ち上がって走り放つ拳を受け流し、カウンターの拳を胴に撃つ。反撃を身体を逸らして躱し、相手を掴んで投げ飛ばす。

 

「うぅ……くっ……!」

 

 ヴァーミンが背を向けて逃げ出す。その身体からは想像できない程の速さで、きっと走っても追いつけないと分かった。

 しかしここは教習所だ。つまり……。

 

「ちょっと借ります……!」

 

 並んでいるバイクの一つに目を付け、傍にあったカーブミラーの端をちぎって熱を送り、バイクの鍵穴に押し当てて無理矢理開錠させる。スロットルをふかし、地面を蹴って発進する。クリスタルが光り、ドライバーから溢れたエネルギーがバイクを包んで橙の鎧に変わる。そして更に加速しヴァーミンとの距離を一気に縮めた。

 ヴァーミンが振り返った瞬間、すれ違う様に横を走って追い越し力を込めて車体をターンさせる。そして再び発進し、ドライバーの右側面を叩く。エネルギーが充填されていくのを感じながら、シート部分に脚をかけ跳躍する。

 

「たあああああああっ!」

 

 バイクの移動速度、そして現れた竜の翼によって更に加速したキックが立ち尽くしたヴァーミンを撃つ。優に十数メートルを吹き飛ばされたヴァーミンは、倒れると同時に爆発を起こした。

 

 

 

 

 

「美玖……」

 

 気を失った美玖を胸に抱え、つい名前を呼んでしまう。瞼が震え、青い瞳が弱々しい光を灯す。

 

「真哉くん……」

 

 美玖はネックレスの存在を確かめるように握る。震えるその手を、そっと支える。

 

「あの日、真哉くんが来てくれてたら……こんな事しなくても良かったのかな……?」

 

 その言葉に対して俺は。

 

「ごめん」

 

 ただ謝る事しかできなかった。

 美玖の涙は、月の光に満ちてまるで宝石の様に輝いていた。

 

 

 

 

 

 それから一週間が経って、俺は我が家に帰って来た。ここに住む様になってからはこんなに長い間帰らなかった事は無かったから、何故だかとても懐かしく感じてしまう。

 

「ただいまです……」

 

 鍵を開け、一応の挨拶。するとリビングにいた師匠はすぐに顔を出してくれた。

 

「おかえりー……随分酷い顔色だね」

 

「そうですか?」

 

 まさか。きっと俺はここに帰れてほっとした顔をしているはずなんだけどなぁ。

 そして師匠は、いつもの様に笑みを浮かべる。

 

「お疲れ様、頑張ったね」

 

 いつも聞いていた言葉のはずが、今日はやけに心に染みる気がした。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 少し肌寒い晴れた日。この校舎で一番大きな桜の下に二人の男女が集まっていた。

 彼女ははにかんでもじもじしながら、それでも伝えたかった言葉をしっかりと口にする。それを聞いた彼は驚き、それを飲み込んで、そして彼女の目を見てそれに応える。彼の返答を聞いた彼女は上気した顔を押さえ、それから泣き笑いを浮かべて彼に寄り掛かる。

 それはとても、とても素敵な、でも返らない日の事だった。

 

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