喫茶ニシノ。どこか昭和の雰囲気漂う内装に穏やかなBGMが流れるこの店は、おしゃれかつ美味なスイーツ達が若者の間で話題となり、今や花恵市を代表する喫茶店の一つと言っても過言ではないだろう。今日もそれらを求めてやってきた女性達が訪れ、平日の昼間にも拘わらず盛況であった。
それに紛れる様にして、私と芽衣も色とりどりの菓子にありついていた……幾つも並ぶスイーツの数々のほとんどを食べているのは芽衣だが、私もチョコレートサンデーを頬張って、幸せを噛みしめていた。
きっと千種にとっては見慣れた光景であろう。つまりはいつもの様に、芽衣が集めた情報の対価として私がスイーツを奢っているのだ。
それにしても芽衣は良く食べる。今も7種のスイーツをなんでもないかの様に次々と口に入れていく。しかもテーブルに置けないから7種に留まっているだけで、全部平らげたら追加で注文するのは目に見えている。こいつの胃はブラックホールなのではないかと、学生時代から今まで何度思った事か。しかも太らないから自制と言う物を全くしないのがたちが悪い。私はそれなりに稼いでいるから問題無いけど、安易に奢ると言ってしまった人は後悔する事必至だ。
「最近、変な噂が立ってるってさ」
「あー、もしかして狼人間?」
「そうそれ。知ってる?」
ここで芽衣はアイスクリームを一口。
「いや、内容は。名前しか聞いた事が無い」
「なんかねー、綺麗な黒髪の女性が、突然白い狼に変わるんだって」
「はあ……普通にヴァーミンじゃない」
「でもね、変わるだけ変わって、びびってる内にどっか行っちゃうんだって。謎だよねー」
「成程……?」
ヴァーミンに変身したのなら何かしらのアクションを起こしそうなものだが、それが無いとなると何故変身したのかが気になってくる。案外ヴァーミンではなく、本当に何かしらの怪異なのかもしれない。しかし数日前から不審なクリスタル反応があったのもまた事実で……。
「そういやさ」
食べる手を止めて芽衣が問いかけてきた。
「なに?」
「真哉くんと付き合ったの?」
チョコレートサンデーが変な所に入った。背中を叩いてどうにか呼吸を正常に戻す。
「は、はいぃ?」
「だって、よくデート行ってるくない?」
「で、デートぉ!?」
デート、と言われても心当たりがない。生まれてこの方、青葉楓はデートと言うものをした事が無い。
「この前ステーキ屋で見たじゃん?でその前はファミレスでしょ?そういやここにも来たって千種が……」
「いやそれ、全部ただの食事じゃん。仕事終わりに行く打ち上げみたいな感じじゃん?」
「え、そうなの?にしては仲良さそうだったし」
「それは……」
確かに弟子クンとの距離は縮まった。しかしあくまでそれは師匠と弟子、もしくは戦う仲間であって、恋愛と言うものではないと思うのだが。
「てか付き合ってないとしてさ、実際どうなん?お弟子くんは有りなの?」
「有りって……」
弟子クンと付き合う?確かに鍛錬の成果が出て体格はかなり逞しくなったし、そもそも顔は結構格好良い。性格も良いし、ファッションセンスは世話を見た甲斐が出て来た。総合的に見ると……。
「無し……ではない……?」
「やっぱそうじゃーん。ねえねえ、手ー出しちゃいなよー」
「ほんとすぐそう言う事言うよねー。前に怒ったのにさぁ」
「前って言っても2年前じゃん。そんな前の事は水に流してー」
「はあ、全く……」
すぐに誰と誰がくっついたとか考えだすのは芽衣の悪い癖だ。そのくせ自分が詮索されるとすぐ話題を変えようとする。きっと何かやましい事があるに違いない。
「でもさー楓、ほんとに今まで誰とも付き合った事が無いんでしょ?」
「まあね」
「そんなんじゃ行き遅れちゃうよ。今の内に誰か相手見つけなよ」
「ぐっ……」
心無い言葉が私の胸にクリティカルヒットする。
仮面ライダーなんてやってると出会いなんてものはそうそう起きるはずもなく、それこそ最近増えた交友関係は弟子クンくらいのものだ。確かに自分の将来の事もいずれ考えないといけないが、そもそも前提として私が仮面ライダーである事を受け入れてくれる必要があり、幾度もプライベートを邪魔されてもそれを理解してくれる相手じゃないといけない。そんな良物件そうそういないし、いても私が申し訳なくなる。
「しょうがないよ、そう言うたちだし」
「そうかー……楓に相手がいないなんて、世界は理不尽だよねー」
「はーそれはそう。私だって王子様に迎えに来て欲しい」
「まあまあ二人とも、そんな事言ってたら来るものも来なくなっちゃうよ」
サービスのアイスコーヒーが机に置かれ、冷たい液体が私達の頭を冷やした。
家に帰ると、休憩中だったのであろう弟子クンが携帯で何やら熱心に見ていた。
「ただいま、何見てるの?」
「あ、おかえりなさい。これはですね……」
すっと携帯が差し出される。そこにはゲーム画面が映り、その右下のワイプの中にはコントローラーを持った女の子がいた。
真剣に見た事は無いが知識としては知っている、所謂ゲーム実況と言うやつだろう。そして視聴者数が表示されている事からそれがリアルタイムでの配信だと言う事が分かる。
「『もにか』って言う名前で配信とかしてる人なんですけど、最近はまってて」
「ふんふん」
「トーク……はそこそこなんですけど、頑張ってるのが可愛くて、何て言うかこう、応援したくなると言うか……」
「ふーん」
画面の中で悔しそうな声を上げる女の子……いやもにかさん。明るい髪に大きな目、可愛らしい顔立ち、カメラに映る部屋はファンシーな雰囲気。そして白いパーカーの前は大きく膨らんでいる。
成程ね。
「弟子クンってこう言う人がタイプだったんだ」
「え?……いや、違いますよ!別にそう言うのじゃ——」
「あー大丈夫大丈夫。人の好みにどうこう言うつもりないし、可愛いから良いと思うよ」
まだ何かわめいている弟子クンは置いといて洗面所に行き、手を洗ってうがいをする。視線を上げた時鏡の中の自分と目が合い、そして目線が少し下に移る。
ほぼ無意識に、手のひらが胸の前を行ったり来たりする。
別に大きけりゃ良いってもんじゃない。肩は凝るし、戦いの時は大きすぎると邪魔になるだろう。
だが何だろう、パーカー越しでも分かるあの巨大さを理解した時に生まれた、この敗北感は。
別に大きさを比べる趣味は無いし、それで優劣が生まれる訳でもないと思っている。だが何か、何かが気に食わない。
それについて考えていると、遮る様に警報が鳴り響いた。
基地への階段を駆け下りると、既に弟子クンはバイクに跨りヘルメットを被っていた。
「先行ってて!」
「分かりました!」
エンジンをふかし、オレンジに輝くバイクは通路に消えていく。私もそれに続いてバイクを走らせ、仄暗い通路を駆け抜けて行く。
1分もしない内に目的の出口に辿り着き、そこから人気の無い路地裏を通って表通りに合流する。幾度となく繰り返したこの行為も、今日は一緒に走る人がいる事に妙な高揚感を覚える。
そんな事を考えていると、反応のあった場所から少しずれた所から悲鳴が聞こえてきた。前を走っていた弟子クンと共に停止し、振り返った弟子クンと目が合う瞬間に頷き、同時に方向転換する。
ヴァーミンは商店街で暴れていた。
逃げ遅れた人々が恐怖の叫びを上げる中、滅茶苦茶に腕を振り回し並べられた商品を破壊していく。ヴァーミンが腕を振るった跡は霜が生え、急速に冷えた空気が白く濁る。
今の所特定の誰かを狙った行動は見られない。と言う事はこの商店街自体が標的か。なら深く考えず、人的被害が出る前に倒す。
「行こう、弟子クン!」
「はい!」
私と弟子クン、それぞれがドライバーを装着し、クリスタルを装填する。構え、同時に叫ぶ。
変身!
風と炎が巻き起こり、私と弟子クンをラセンとヴルムに変える。
弟子クンが走り、暴れるヴァーミンに掴みかかって抑えるが、すぐさま力尽くで振り払われる。そこに駆け付け拳をヴァーミンの胸に撃つ。しかしヴァーミンは少し仰け反っただけで、すぐさま鋭い爪で私を斬りつける。咄嗟に腕で防いだが、その腕に霜が纏わりついている事に気付く。しかも鎧越しなのにかなりの衝撃を受けた。このヴァーミン、ないしクリスタルはかなり強力なものの可能性がある。
暴れていたヴァーミンは私達を認識し、明確に敵意を向けてくる。攻撃の対象が私達に移ったのは幸いだが、しかしこのヴァーミンの苛烈な攻撃を捌けるかはまた別の話。
全身をわななかせるヴァーミンが空へと吼える。到底人のものとは思えぬ姿勢、動きで駆け、すれ違いざまに攻撃を繰り出す。それは止む気配を見せず、私達は防戦一方になっていた。時折反撃してみせるも、ヴァーミンの俊敏さに追いつけずにいた。
「不味いね、これは……」
攻撃を受けても弟子クンの鎧は冷気に侵されておらず、故に火の性質を持つクリスタルで戦うのが有効なのだと予測できる。しかしここは商店街で、狭いしちょっとした火で簡単に燃えてしまう物が多過ぎる。防御はできても攻撃が躊躇われ、このままでは埒が明かない。
「どうすれば……」
「……いや、思いついた。少し踏ん張ってて」
え、と弟子クンが聞き返すのも構わず、全身に漲っているクリスタルのエネルギーを解放。私を中心に暴風が巻き起こり、散乱した小物やチラシを一瞬で舞い上げていく。その風速に弟子クンは後ろで尻もちをつく。
そして動きが阻害されるのはヴァーミンも例外ではない。俊敏さを見せつけていたヴァーミンが停止し、風に抗う姿が晒される。
意識を集中し、荒れ狂う風をヴァーミンに向けて集中させる。伸ばした手を風で延長するイメージで、ヴァーミンを捕えた風を徐々に上へ動かし、真上に来た辺りで全力で撃ち出す。その衝撃でヴァーミンはアーケードを突き破って空へ放り出された。
「弟子クン!」
「はい!」
エネルギーを使い果たし、膝をつきながらも弟子クンに呼び掛けると、彼はすぐさま応えてくれた。大きく跳躍しヴァーミンが突き破った穴を通って同じく空へ。そして彼が放った拳がヴァーミンを遠くに吹き飛ばした。
師匠がヴァーミンを空に打ち上げた瞬間にやっと意図が分かった。
戦いにくい商店街から遠ざけ、反撃できるようにするためだ。それを察知して行動に移せたのは我ながらナイスであった。跳びながらの確認ではあったが、人気の無い広い場所に上手く吹き飛ばせたのも良かった。
ヴァーミンを追いかけて跳び、着地した瞬間にヴァーミンが跳びかかってくるのを躱す。おそらくさっきと同じ高速移動を交えた攻撃だが、もうそれは通用しない。
「たあっ!」
何度目かのすれ違いの瞬間、姿勢を低くして攻撃を避けつつカウンターのパンチを腹に撃つ。再びヴァーミンが吹き飛び、息も絶え絶えに腹を押さえる。
好機。
ドライバーを叩き、腰を落として右脚を引く。炎が収束しきったのを感知して助走し、跳躍。そして左脚を突き出し、それでヴァーミンの胸を確かに捉える。吹き飛ばされたヴァーミンが呻き、一瞬の後に爆発する。
炎が静まると、そこには黒髪の女性が倒れていた。一瞬どきりとするが、変身を解いて気持ちを切り替えて歩き出す。
女性の傍らには白いクリスタルが残っていた。稀にあるヴァーミンを撃破しても破壊されない頑丈なタイプだ。これもいつもと同様に回収して、後で壊さないといけない。だから拾おうとした。
のだが。
突然クリスタルが震えだす。驚きで伸ばした手が止まった隙に、ほのかに白い光を纏ったクリスタルが動き出し、倒れている女性の手に収まった。そして同時に女性が薄っすらと目を開ける。
思わず警戒の体勢をとった俺を見た女性は、体を起こす。
「君……もしかして仮面ライダーか?」
「え、えっと……は、はい」
動揺してしまってつい正直に答えてしまった。しかしその答えを聞いた女性は、ふらふらとした足取りながらも俺に近づき、また倒れかける。
「大丈夫ですか?」
「済まない……それと君に、仮面ライダーに頼みがあるんだ」
体を支える俺を見ながら、女性は言葉を紡ぐ。
「私を……倒して欲しい」
「……え?」
準備中と書かれたプレートが吊るされた喫茶ニシノの扉の奥、ヴァーミンだった(?)女性の事情聴取が今まさに執り行われようとしていた。
神妙な面持ちの女性の名は
妙な既視感は置いておいて、一先ず千種が出してくれた紅茶を飲み、そして問い掛ける。
「では貴方が、先程のヴァーミンなんですね?」
「ああ、その証拠に……」
最上さんが差し出したのは白いクリスタル。オオカミの顔を模した意匠が施されていて、さっき戦ったものの特徴とも一致している。
「それで、ご自分を倒して欲しいとの事ですが……そのクリスタルを手放せば済む、と言う話ではないのですね?」
「そうだ……少し、見ていて欲しい」
最上さんは立ち上がり、クリスタルをテーブルに置いたまま離れていく。
そして7メートル程離れた時だろうか。テーブルの上のクリスタルが独りでに震えだし、直後に結構な速度で最上さん目掛けて飛んで行った。身構えていた最上さんはキャッチし、顔をしかめる。
「そう……迷惑になるのでやらなかったが、私が今掴まなくてもこいつは壁や備品、障害となる物を全て破壊してでも私の手に収まろうとする。この状態がそうだな……ここ二週間続いている」
「……成程」
等と言いはしたが、こんな現象は見た事が無い。クリスタルが独りでに動く、なんてとんだ夏の怪談だ。
「それで手放せない、と。それは私に渡すのでも……?」
「ああ駄目だ。前にこいつを入れた鞄をスられた事があったが、見事にこいつだけ飛んで帰って来た」
勿論スリは通報したがね、と最上さんは冗談めかして言ったが顔は全く笑っていなかった。
私だって笑えない。特定の人に執着するクリスタル。見た事は無かったし、お父さんの残した記録にも無かった。
「困っているのはこれだけじゃない。こいつは勝手に……起動、と言うべきか?まあ、勝手に起動して、私がヴァーミンとか言う化け物に変わってしまうんだ」
席に戻ってきた最上さんがコーヒーを啜り、手の中のクリスタルを忌々し気に見つめる。
「貴方の意思に関係無くって事ですね?」
「迷惑な事にな。そして変わってしまった瞬間、怒りの感情が巻き起こって何もかも破壊したくなってしまう。何回か起きた変身でもそれを抑えるのに必死で前後の記憶もあまり無い」
「そしてそれが抑えられなくなってしまったのが今回と……」
一つ解決した問題がある。
今日芽衣から聞いた狼人間の話、正体は紛れもなく最上さんが変身したヴァーミンだろう。即ちこの件を解決できれば、人々を無為に怖がらせる噂もすぐ立ち消えると言う訳だ。問題はどう解決するかと言う話だが。
「弟子クンはちゃんと攻撃を当てたんだよね?」
「はい。エネルギーを充填させた攻撃を当てたはずなんですけど……」
尻すぼみになって自信無さげな弟子クンを最上さんが頷いてフォローする。
「君の攻撃はしっかり命中していたさ。結構痛かったとも」
「す、すみません……」
「謝る事じゃない。まあつまりだ、貴方のお弟子くんはしっかり仕事をしたが、こいつを壊すには至らなかったと言う事だ」
「そう、ですか……」
ヴァーミンを倒した時、クリスタルが壊れずに排出されるケースも偶にある。勿論それは持ち帰って後で人知れず壊しておくのだが、しかしラセンよりも出力充分なヴルムの攻撃で壊れなかったと言う事は。
「もしかすると、そのクリスタル、壊せないかもしれません」
「ええ!?」
「なんと……では私はどうすれば?」
二人が驚く中、頭を回転させる。
仮にどうやっても壊せないとして、そうであれば破壊以外の方法でクリスタルを最上さんから引き剥がせば良いと言う事だ。それを導き出すにはまず、何故このクリスタルと最上さんがこんなにも強く結びついているのかを探るべきだ。
クリスタルと個人との結びつきの強さは、相性の良さと干渉したされたの度合いによって決まる。単純に当人の性質と相性が只管に良いだけなら、最上さんの様に付きまとわれる事はあれど勝手に起動したりすると言うのは考えにくい。これはどう考えてもクリスタル側のエラーだ。そう言うプログラムを仕込まれたと言う線も考えられなくは無いが、こんな中途半端な作用だけを引き起こすプログラムを組み込む意味が分からない。
であれば、このエラーを引き起こす何かがあったと考えるのが妥当だ。そして症状が出ているのがクリスタル側だから、最上さんの方からエラーを引き起こす様な干渉をした事になる。こちらであれば、その原因を特定して排除できれば、結びつきは弱くなるはず。
「最上さん、半月以前で何か変わった事はありますか?」
「変わった事……?」
「主に感情面で。例えば誰かを憎む様になったとか……」
「ああ……いや、逆だね」
「え?」
「そうだな、確かに感情の変化はあった。でもマイナスではなくプラスにね」
そう気付いた最上さんは険しい顔をしていた。
「聞いても、良いですか?」
「ああ……その前にまず、私の推しの話をして良いか?」
「推し……?」
その昔アイドルファンの間で使われていたのを起源とする、人に薦めたい程に好感を持つ人物や物に対して使う言葉、推し。
「1年以上前だな、その子は『ベルベル』って名前で活動していた配信者だった。とても可愛くて私は大好きだったが、あまり人が集まらなくてな、常に悩んでいる様子だった」
「ベルベル……」
頭の片隅に何かが引っ掛かる。その人の事を私は知らないはずなのに、その名前はどこかで見た事がある様な気がする。
「そんな彼女を、ある日誰かが大人数の、しかも大手の配信者も来る様な企画に誘ったらしい。所謂『コラボ』と言うやつだ。彼女は喜んで参加した……結果的に見れば、それがいけなかった」
「それは、何故?」
「全員で同じゲームをして、設定した目標を達成すると言うのが趣旨の企画だったんだが……彼女がミスをしたから達成できなかった目標が幾つかあったんだ」
そこで最上さんは言葉を区切る。続く言葉を待っていた私は、少し待ってそこで終わりなのだとようやく気付く。
「もしかして、それだけ?」
「そう、それだけなんだ。暴言を吐いた訳でも、企画を妨害した訳でもない。ただミスをしただけ」
「それが、何かいけない事なんですか?」
「何もいけなくない。他にもミスをした人だっていたし、そもそもミスだって企画の内だろう。本来なら目標未達成と言うだけでその場で終わる話だったんだ……でもあいつらはベルベルを許さなかった」
語り続ける最上さんの顔は、復讐に取り憑かれたヴァーミン達と同じ顔をしていた。
「それからと言うもの、ベルベルの配信には執拗にアンチ行為を行う連中が来るようになった。SNSでもコラボでのミスを槍玉に心無い言葉を浴びせられていた……『弱小が大手の足引っ張るな』、『視聴者稼ぎが目当てのごますり野郎』、『運営と寝たんだろ』……寄ってたかってある事ない事好き放題……思い出しても吐き気がする……!」
「酷い……」
「彼女も暫くは配信を続けていたが、ある日を境にぱったりとやらなくなってしまった。そして少ししてから、彼女が所属する事務所から活動を休止すると言う旨の声明が出された」
おそらく私が見たのはそれだ。関心があまり無い分野の情報だったから思い出すのに時間がかかった。
「ここまでが彼女の話。そしてここからが私の話だ」
「最上さんの感情、もしかして……」
「その日から私は世間を恨んでいた……世間は広すぎるな、正確には誹謗中傷をした奴らの事を、だ。そして恨みを募らせていたある日、誰かからこいつを貰った。これも1年以上前の話だ」
最上さんが手のひらに乗せたクリスタルは、最上さんの感情に反応してか薄く光っていた。
「そんなに前からクリスタルを!?でもヴァーミンになったのは最近って……」
「そう、私はつい最近までヴァーミンになった事は無かった。こいつを使えば復讐できるとは分かっていたんだが……拳を振り下ろす先が、分からなかったんだ」
クリスタルの光が徐々に弱まっていく。
「私にはベルベルを傷つけた誰かを特定する力は無い。それも一人二人じゃない、何十人単位の話だ。そいつらの事を殺したい程憎いのに、私にはどうする事もできなかった。無差別に誰かを傷つけられるくらい人でなしじゃなかったから何もできなかった、何もしなかった。何もせず、ただ只管に憎しみを溜め続ける日々だった……」
「でも、それがプラスに変わった……?」
「そう、それが丁度二週間前だ」
そう言った瞬間に最上さんの中にあった炎が、急速に勢いを失くした様に見えた。
「休止していたベルベルがSNSを更新して、復帰の意思を見せたんだ」
「そうなんですか、良かった……」
「それを見た瞬間、私にとって今まで積み重ねてきた憎しみは、全部どうでも良いものになってしまったのさ。我ながら随分と淡泊だと思うがね」
嘲る様に笑ってみせたが、最上さんの顔はとても穏やかなものに変わっていた。
「良い事ですよ。復讐なんて、するもんじゃないですから」
「そうなのかねぇ。まあそうだな、少なくとも今の私はこれを使ってどうこうしようなんて考えてない」
「お話ありがとうございます……そして分かりました」
ここまで話を聞いてしまったのなら、クリスタルのエラーの原因は明白だった。
「説明を忘れていました。クリスタルは使用者の感情に影響されるのですが、その中で最も親和性が高いのは復讐心なのです」
「復讐心……」
「貴方が募らせていた恨み、誹謗中傷に対する復讐心が、このクリスタルに流れ込み結びつきを強くしているのだと思います。そしてそれが、今度は貴方自身を蝕んでいる。復讐心が無くなった貴方に復讐させようとしている」
私の言葉を聞いた最上さんは手で顔を覆って呻く。
「何て事だ……とんだマッチポンプじゃないか」
「おそらくこれが原因だと断定できるでしょう。原因が分かったのならそれを取り除く術も模索できるはずです」
クリスタルを握った手を取って包み込もうとすると、その手が急に冷たくなって思わず手を放してしまう。最上さんの手の中で、白いクリスタルが冷気を漂わせていた。それを見た最上さんが苦笑する。
「取り除く、ねぇ……何とかなるのかこいつ?」
「何とかします。それが私達、仮面ライダーの仕事ですから」
どうすれば良いかなんて分からない。明確な方針なんて決まってない。それでも解決してみせると、笑ってみせる。最上さんが安心できる様、できるだけ自信たっぷりに。
と、やってみせたのは置いといて。
「師匠、手が真っ赤ですよ!」
「千種、お湯!お湯持って来て!」
「私のも頼む……」
「ちょ、ちょっと待っててねー!」
千種がボウルにお湯を張る中、窓からの日差しに照らされた手はじんじんと痛むのだった。