仮面ライダーラセン   作:赫牛

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逃れられぬ憎しみ(2)

 その風は7月であるにも拘わらず、酷く乾燥して冷たい物だった。

 俺の前に最上さんが立ち、緊張した面持ちで俺を見ている。互いに色の違うクリスタルを持ち、しかし微動だにせず見つめ合うのはさながら西部劇の早打ちの様。

 敵意は感じない。それはそうだ。最上さんは俺達と敵対した訳じゃない。だったら何故こんな状況になっているのか。

 時間は、1時間程前に遡る。

 

 

 

 

 

 喫茶ニシノでの話し合いで、クリスタルの破壊以外での問題解決を目指す事になった俺達は、しかしその方法を探る事に難儀していた。

 

「取り敢えず候補を挙げてこう……何か思いついた人ー?」

 

 師匠が問いかけるが誰も手を挙げない。俺は兎も角千種さんと最上さん、この場にいる半数はクリスタルについて多くを知っている訳ではないのだから、こうなるのも仕方ないだろう。となると必然的に俺と師匠が頑張らないといけないのだが、今まで考えた事が無かった為ぱっと出てこない。

 

「じゃあ私から。最上さんに楽しい事……旅行とか何でも良いからやってもらって、そこで生まれた楽しい、嬉しいとかのプラスの感情をクリスタルに流し込んで、クリスタルに溜まったマイナス感情を中和する」

 

「おおー……」

 

「た、楽しい事……?」

 

 感嘆する俺と困惑する最上さん。クリスタルはどんな感情でも反応するから、確かにこれは有効そうだ。

 

「でもこれは無しだね」

 

「あれっ?」

 

 と思ったが師匠が自分でそれを否定する。

 

「クリスタルに溜まった感情は1年分以上。しかも恨みが強い分、それを打ち消すにはそれを上回る時間が必要だと思う。そんなに待てないし、そもそも1年の全てを楽しい出来事で埋め尽くすなんて現実的じゃない」

 

「それは、確かに」

 

 納得せざるを得ない理由だった。でもまあ、机上で出た論ではあるけど候補を一つ潰せたのは一歩前進したとも言える。

 

「はい次弟子クンね」

 

「え?……えー、ええと……物凄く硬い箱に封印して、物理的に封じ込める、とか?」

 

 無い頭を絞り出して思いついたのはかなり脳筋な回答。

 

「成程、うーん……それも無しかな」

 

 師匠は考える素振りを見せたが、やはり却下された。

 

「一応理由を聞いても……?」

 

「このクリスタルを閉じ込められる素材があるかどうか分からないし、あったとしてもあの力で引っ張られたら箱ごと移動する可能性が高い」

 

「うーん確かに」

 

 あの勢いは生半可な物では止められないだろう。あっという間に怪奇空飛ぶ箱の完成でこの街の都市伝説が増えてしまう。

 

 その後も二つ三つ案が出たが、どれもこれも上手くいきそうにない物だった。もしかしたらやってみると案外上手くいく物があるのかもしれないが、ある程度保証が無いと実行に移すのも躊躇われる。

 何度目かの沈黙の後、師匠が提案する。

 

「ガス抜き、は?」

 

「ガス抜きですか?」

 

「そう、根本的解決にはならないけど、でも溜まった憎しみを幾らか発散できれば感情の中和だって早まると思う」

 

 一同黙り、考えるが特に反論も無く、そしてこれ以上に良い案が思いつく訳でもないので。

 

「じゃあ、そうします?」

 

 賛同の意を示すと、最上さんがえっと声を上げる。

 

「ガス抜きって……一体どうガスを抜くんだ?」

 

「そりゃあ……ねえ?」

 

「まあ、そうですよね」

 

 頷き合う俺達を見た最上さんは、次の瞬間ぎょっとした顔になった。

 

「ま、まさか、戦えって言ってるのか!?」

 

「そうなりますねー」

 

「ますねーじゃない!どう考えたって私がぼこぼこにされ続けるって事じゃないか!それは仮面ライダーとしてどうなんだ!?」

 

「そ、そう言われましても、現状この案しか無いし、これが一番リスクが少ないと思うので……」

 

 胸倉に掴みかからんばかりに迫る最上さんに、珍しく師匠が押されている。この場合は最上さんの言う事がもっともなので当然と言えば当然だが。

 更に険しい顔になる最上さんを見て師匠が慌てて言葉を付け足す。

 

「だ、大丈夫ですよ痛くない様にしますんで……弟子クンが」

 

「へ?」

 

「本当か……?さっき結構痛かったけど」

 

「それは謝りますけど……いやそうじゃなくて、何勝手に決めてるんですか!」

 

 俺の抗議に対して師匠は目を泳がせる。

 

「だってクリスタルの相性的にさ、弟子クンが戦った方が良いし……実戦形式の練習にもなるし……」

 

「ええ……でも、それを言ったら師匠も赤で戦えば良いじゃないですか」

 

「後私もう疲れた」

 

「絶対そっちが本音じゃないですか」

 

 確かにヴルムの方が燃費が良いのは認めるけど、それにしたって弟子まかせが過ぎると思うのは俺だけだろうか。てか手加減しながら戦うのって、出力的にも経験的にも絶対師匠の方が向いてるのでは。

 

「ね、お願い。何か奢るし」

 

「……分かりました」

 

 心の中で文句は垂れつつ、お願いされてしまったら断るのも気が引けるので、最大限渋々と言う雰囲気を出しつつ頷いた。

 

「じゃあ決まった事だし、早速やっちゃいますか……千種、お会計お願い」

 

 それでも師匠はあっけらかんとして財布を取り出すのであった。

 

 

 

 

 

 そんな訳で喫茶ニシノを後にし、人のいない広いスペースを探す事十数分。日も落ちようとしている中赤く焼けた砂浜には誰の姿も見えなかった。時間帯もそうだが、花恵の海は広いのもあるからだろう。兎に角、俺達には好都合と言う事だ。

 

「ほら、暗くなっちゃうし、ぱぱっとやっちゃおう!」

 

「もう、他人事だからって……」

 

 最上さんの緊張が伝わって俺も変に固まっていると言うのに、師匠はお構いなしに急き立てる。

 

「最上さーん、そろそろ始めても大丈夫ですかー?」

 

「だ、大丈夫だ!ああ、うん大丈夫、私は大丈夫……」

 

 こりゃ暫く駄目そうだ。

 

 ぎこちなかった最上さんの表情が幾分かましになったのは、それから数分経った頃だった。

 

「待たせて済まない、もう大丈夫だ!」

 

「分かりました。じゃあ行きますよー!」

 

 俺はドライバーにクリスタルを装填し、最上さんはクリスタルを強く握り込む。

 

「変身!」

 

 構えて叫び、炎が鎧に変わるのと同時に最上さんも白い狼人間に姿を変える。意を決して最上さんが走り出すのを見届け、迫る真っ直ぐな拳を受け流す。砂浜での戦いで踏ん張りが効かない事もあって体勢を崩す最上さんの背中を裏拳で小突く。それだけでも最上さんは倒れ、白い毛が砂にまみれる。立ち上がり、再び拳を繰り出してくるのを今度は受け止め、強く押し返す。後退った所を軽く蹴り、最上さんがまた体勢を整えるのを待つ。

 

 対して激しくない戦闘を続ける事数分。

 

「も、もう限界だ。ギブで」

 

 そう言って砂浜に倒れ込んだ最上さんの姿が元に戻っていき、俺も変身を解く。

 

「お疲れ様です……クリスタル、どんな感じですか?」

 

「はぁ……ん、どうって言われても、な……」

 

「ですよね」

 

 見た目には何の変化も無い。使っている最上さんも分からないのだから、俺達がそれを確かめる術は無いだろう。

 

「でももしかしたら効果が出るかもしれないし、暫く続けて経過を見てみますか」

 

「暫く、か……これ、何回もやらないと駄目か?」

 

「現状できる事も少ないし、治療だと思って続けてもらうしか……」

 

「そうだよな……はぁ」

 

 ため息をつきたくなる気持ちは分かる。原因が自分にあるからとは言え、本当に心から同情する。

 もっとも、俺だってため息をつきたい訳だが。

 

「一先ず今日はこの辺にしときましょう……もし明日お時間があればですけど、何か別の方法を試してみます?」

 

「予定は大丈夫だ。戦い以外なら凄くありがたい」

 

「じゃあそうしますか。詳細はまた後で連絡しますので」

 

 最上さんを立ち上がらせて服に付いた砂を払う師匠。その顔を見ていると、なんだか嫌な予感がしてくるのは果たして俺の気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 俺達三人は何故か隣町の遊園地に来ていた。一体どう言う風の吹き回しだろう。

 

「今日は何故ここに?」

 

「それは……その、う……」

 

 師匠がチケットを買っている間に最上さんに尋ねてみると、何故か気まずそうな表情をした。ますます疑問は深まる。その答えを探っている内に師匠が帰って来て、俺達にチケットを差し出す。

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい!」

 

「え?師匠は行かないんですか?」

 

 俺が尋ねると師匠はきょとんとして首をかしげる。

 

「入るは入るけど、デートって二人でやる物じゃないの?」

 

「デート……デートぉ!?」

 

 デート。それも師匠が行かないと言う事はつまり、俺と最上さんのデート?

 

「な、何で俺が最上さんとデートに!?」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「聞いてないですよ!てか何ですかデートって!」

 

 おかしいなあと頭を掻く師匠。いつだったか前もこんな事があった気がする。他の人にならちゃんと前もって伝えられるのに、なんなら一緒の家に住んでいるのに、何で俺への連絡は忘れてしまうんだ?

 

「ほら、解決方法としてポジティブな感情で中和するってあったでしょ?単体なら兎も角他の案と合わせてなら効果も期待できると思って。で、遊園地ならある程度の楽しさは保証されてるし、誰かと一緒なら効果倍増も狙えるし。それで最上さんに恋愛対象を聞いてみたら男の人って言ったから、ね?」

 

「ね、じゃないですよ……」

 

 それをデートと呼ぶかは議論の余地があるし、そもそも知り合って間もない男とデートをしたからと言って楽しめるとは限らない。

 俺に同棲を提案した時も思った事だが、師匠は男、異性と関わる時の距離感、ないし価値観がずれている様に感じる。確か誰かと恋仲になった事は無いらしいし、碌に恋愛もしてこなかったとか(朝田さんに迫られても頑なに拒絶しているけど)。同棲の件はそもそも俺が異性として見られていないと言う可能性があるが、今回に関してはデートと言う行為の表面上を無理矢理なぞらせているだけで情緒の欠片も無い。

 

「ほらほら、時間は有限だし、早く行かないと列出来ちゃうから」

 

 等と考えても当人はこの調子だし、俺ではなく師匠が行くように提案してもデートじゃなくて普通の遊びだとか言い出してややこしい事になりそうだし、この場に集まったのはデートをする事にどれだけ効果があるかを見るため。要はうじうじせずにデートをすれば良いだけなのだ。

 

「行きますか……デート?」

 

「あ、ああ、そうだな。うん、行くか、デート」

 

 どう見てもがちがちなんだが?

 まさか、最上さんもあまり経験値が無い……?

 これじゃ緊張して楽しむどころではない。俺がどうにかして緊張をほぐさないと。

 大丈夫なのか、この作戦。

 

 

 

 

 

 コーヒーカップ、ジェットコースター、メリーゴーランド、お化け屋敷、空中ブランコ。人もそれなりに多くいるから間隔を開けて。回って、叫んで、回って、叫んで。

 

「これがデートか……なかなかハードだな……」

 

「これをデート代表にしないでください」

 

 待機列に並んでいる間に話しかけた成果もあって、普通に話せるくらいには最上さんの緊張も解れたようだ。そして今は休憩も兼ねて観覧車で雑談タイム。こんな義務感で行われているものをデートとして心に刻みつけないで欲しいと言うのが俺の感想だ。

 

「君は結構慣れているみたいだが、こういった経験は……ああいや、あまり詮索するもんじゃないな」

 

「良いですよ。って言ってもデートかどうかは……」

 

 高校生の時は美玖と放課後にカフェに行ったりショッピングをしたりと、二人で寄り道する事はあったけど、果たして世間はそれをデートと呼ぶのかは定かではない。女性に対する耐性が付いていると言う点では同意できるが。

 

「そうか、頼もしくはあるが……でも、今は退屈しているだろう?」

 

「え?どうしたんですか急に」

 

「相手が私だからな。本当は彼女と行きたかったんだろう?」

 

「退屈だなんて……てか彼女なんていませんよ」

 

「違う違う、girlfriend(彼女)ではなくher(彼女)だ。青葉さんと行きたかったんじゃないかと思って」

 

「え、え?」

 

 何故そこで師匠の名前が出て来るんだ?

 

「いやいや何でそうなるんです?」

 

「顔に書いてあった」

 

 得意そうに最上さんは笑うけど、こちらとしては全く自覚が無いので反応に困る。的外れですよと言うべきか、そうかもしれませんねとでも言えば良いのか。

 

「まあ恋は盲目と言うからな……これはちょっと違うか」

 

「はあ……」

 

 ひょっとしたら、デートと言う場の雰囲気にあてられて思考がピンク色に染まってしまっているのかもしれない。ちょっと影響され過ぎではと思うが、クリエイティブな活動をしている人は並べてこれくらい感受性が強いのかもしれない。良いかどうかは置いておいて。

 

「何か失礼な事を考えていないか?」

 

「いえ全く」

 

「なら良いが……兎に角次は青葉さんを誘う事だな」

 

 ふぅと息を吐き、最上さんは口角を上げた。

 

「鳴神くん」

 

「はい?」

 

「デートって楽しいな」

 

「……なんですか、それ」

 

 思わず笑ってしまったけど、これをデートとして記憶されるのは認知の歪みを生みそうで怖い。

 

 

 

 

 

 高く昇る観覧車の窓から、楽し気に笑い合う二人の姿が見える。

 なんだ、嫌々って感じだったくせにちゃんと楽しんでるじゃん。

 効果があるかは兎も角、楽しんでもらう事には成功した訳だ。これを定期的に……と言うのは弟子クンが嫌がりそうだからやめておくけど、一先ずは手札が増えた、と言う事で。偶になら弟子クンも付き合ってくれるだろう。

 だって、弟子クン楽しそうにしてるし。

 

「お腹空いた……」

 

 何か軽く食べようっと。

 

 

 

 

 

 そしてデートは大成功……したかどうかは良く分からないけど、少なくとも最上さんが出会ってから一番良い顔をしていたのは事実だ。

 まあ毎日デートと言う訳にもいかないので、ここ何日かは前の様に戦ってもらっている。が、これの効果も目に見えてあると言う訳ではないので、これを続けるモチベーションが保てるかが問題ではある。

 何せたどたどしい攻撃を続ける最上さんを弟子クンが捌いて攻撃しての繰り返しだ。あんなに鬼気迫る攻防を繰り広げた仲だと言うのに、手応えがある気がしない……。

 

「鬼気迫る……?」

 

 そう、今戦っている最上さんと暴走したヴァーミンは別人が変身しているのかと言うくらいには違う。動きも、迫力も、何もかも。勿論、クリスタルから出力されるエネルギーや、感情だって。

 

 今日も音を上げた最上さんが変身を解き、戦闘は終わる。いつもは労いの言葉をかけるのだけれど、今日は思いついた言葉をそのまま口にしてみる。

 

「最上さん」

 

「ふわぁ……なんだ?」

 

「今日帰ったら、ベルベルさんについて調べてください」

 

「ベルベルについて?そんなの調べるまでも——」

 

「いえ、違うんです」

 

 言葉を遮って、そして私は世界一残酷な言葉を口にする。

 

「もう一度、ベルベルさんを傷つけた言葉を、見て欲しいんです」

 

 最上さんの顔が一気に険しくなる。

 

「何故?」

 

「今の最上さんの戦い方ではクリスタルは力を発揮していません。それを引き出してエネルギーを消費させるためには、最上さんにも強い感情を持ってもらう必要がある。だから——」

 

「私の心を、もう一度憎しみで染めろ、と言う事か?」

 

 もしかすると何でもない、純粋な疑問だったのかもしれない。けれど私には厳しく、責める様な意味を持って聞こえてしまう。

 だけど、それは当然の事だ。

 

「そうです」

 

「そうか……それで解決すると、貴方はそう思うんだな?」

 

「はい」

 

 最上さんは瞼を閉じ、また開く。

 

「分かった。できる限り、努力はする」

 

「でも、どうか無理せずに……」

 

「自分で蒔いた種だ。さっさと摘んでしまいたいしな」

 

 立ち上がった最上さんは私に笑いかけ、そして背を向ける。

 

「今日は先にお暇するとしよう。明日……で良いのか、どうするかはまた連絡してくれ」

 

「……分かりました」

 

 星明りの無い道を行く最上さんの背が、少しずつ小さくなっていく。目で追うけど、今追いかけてしまうと駄目で、ちゃんと見送って、また明日会うべきだと思った。

 辛い事を、押し付けてしまったから。

 だから明日は、私が向き合おう。

 

 

 

 

 

 暗い暗い、わざと暗くした部屋。

 白い光は目に悪く、落ち着く先の文字を際立たせ、目に焼き付ける。

 ああそうか。

 世界はこうも、醜い物だったか。

 

 

 

 

 

 早朝の、誰もいない砂浜。

 初日と同じ構図。しかし最上さんの前に立つのは私。

 

 ここ数日とは違い、最上さんの方から連絡が来た。準備が出来た、と。朝早くの事で、急いで朝ご飯を食べて支度。

 バイクではそれ程時間はかからなかったけど、最上さんは既に待っていた。待っていないと言った最上さんの顔には隈が出来ていて、それでも眠そうな様子は微塵も無かった。それどころか殺されてしまいそうな、最初に会った時と同じ様な熱が肌を焼いた。

 きっと、手加減はできないだろう。

 

「準備、大丈夫ですか?」

 

「もうちょっと深呼吸させて欲しい」

 

「はい」

 

 吸って、大きく吐いた。溢れる何かで押しつぶされない様に仕方無く、と言う様に見えた。

 

「少し、語っても良いか?」

 

「どうぞ」

 

「怒りで震えるって表現、あるだろう?そんな事ないだろうと思っていたんだ」

 

 ポケットから出したクリスタルを掴む手は、この遠さから見ても分かるくらいに震えていた。

 

「ずっと止まらなくてな。今にも落としてしまいそうだ」

 

 それだけの怒りがこの人には眠っていて、私はそれを起こしてしまったんだろう。仕方が無かったとは言え。

 私を見る最上さんの目は、狼人間のものだった。

 

「何もできないとか言っていたのが馬鹿みたいだ。今は……全部壊してしまいたい。こんな世界は一回無くなった方が良いんじゃないかって思う」

 

「そこまでですか」

 

「だから、今からやるのは八つ当たりだ。どう言われても私が悪い」

 

 最上さんは笑った。

 

「だから手抜きは要らないぞ、って言いたかったんだ」

 

「もとよりそのつもりはありませんから」

 

 沈黙の中、笑顔を交わす。酷く重苦しい時間で、合図を待っている。

 

「二人とも、もう大丈夫ですか?」

 

 弟子クンの問いかけに、笑って応える。

 

「うん、大丈夫」

 

「私もだ」

 

「じゃあ……見てますから、どうぞ」

 

 そう言って下がっていく弟子クン。

 どうぞって、なんかいまいち乗れないな。

 まあ、気にする事じゃないな。もう私も相手も、お互いしか見ていないから。

 ドライバーに赤いクリスタルを装填し、構える。同時に最上さんがクリスタルを強く握った。

 

「変身!」

 

 炎が巻き起こり私を包む。熱された空気が、弾けた冷気に冷やされる。襲ってくる殺気が重くのしかかり、それを跳ね除けるために大きく息を吐く。

 銃を持つ手を上げていく。ヴァーミンは姿勢を低くしていく。

 呼吸の合間、狙いを定めて弾丸を発射する。当たる目算だったけど、ヴァーミンの姿がかき消えて弾は宙を遠く飛んで行く。

 弾の行方を気にしている暇は無かった。踏ん張りの効かない砂浜を一瞬で駆け抜け肉薄したヴァーミンの爪を銃で受け止める。銃の軋む音がするけど気にしてられない。歯を食いしばって耐えないと簡単に負ける。

 それにしても。

 

「動きが全然違うじゃないですか」

 

「何故か分かるんだ。こいつがどうすれば良いか教えてくれている。それで身体が自然に動く」

 

「それは……羨ましいです、ねっ!」

 

 押し返して鍔迫り合いから逃れる。

 身体が自然に動く、か。こっちは何年も鍛えてやっとこれだけ動けると言うのに、ずるい。

 何度もトリガーを引く。外れて、何発かはかすって、一発だけ命中した。けど、そんなのお構いなしに突っ込んで来て間一髪で躱す。体勢を整えた所にまた迫ってくるのを横薙ぎの蹴りで牽制するが、ヴァーミンは寸前で跳躍し、私が振り向いた瞬間に掴みかかってきて押し倒される。

 久々に首を絞められる。そこがずんと重くなって、やっぱり嫌いな感覚だった。振り解こうとしても腕は万力の様に容赦なく私の命を奪おうとする。

 

「うっ……ううっ……」

 

「フウウウウウ……」

 

 ヴァーミンも荒い息を吐く。全力で私を殺しに来ている。1年分の恨みが、私にのしかかる。

 だけど、この命くれてやるつもりは無い。

 そっぽを向いていた銃口を突きつけ、超至近距離で弾丸を撃つ。鮮やかな火花が散って私に降り注ぎ、ヴァーミンは後退った。

 咳き込み、息を吸って整える。私が立ち上がる間に既にヴァーミンは体勢を整えている。

 ぐっと唾を飲み込んで、ドライバーを叩く。銃ではなく全身にクリスタルのエネルギーが満ちていく。そして、グリップを握っている手の力を抜く。

 銃を手放した私を見たヴァーミンの動揺が伝わってくる。そしていつもの様に、右腕を前に、左腕を胸の前に添えて、構える。

 赤のラセンは格闘は不得手だが、カバーする手段はいくらでもある。その中の切り札を切る。

 全身が熱い。冷気に侵された身体が解れていく。

 ヴァーミンの姿がブレる。高速で移動するそれを、しかし見逃さない。左上から来る腕を受け止め、胴に右腕でパンチを繰り出す。ヴァーミンは怯むがすかさず私の右腕を掴み、振り回して投げ飛ばす。

 立ち上がり、同時に拳を繰り出す。ぶつかり合った拳から炎と氷が弾け飛び、せめぎ合う。全くの互角だ。

 この時までは、だが。

 もう一度ドライバーを叩く。クリスタルを励起させ、全身に炎を纏う。

 

「う……おおおおおおっ!」

 

「ッ……!」

 

 私の拳がヴァーミンの拳を弾き飛ばす。そして身体を捻り、左腕を引き絞って振りかぶる。

 

「はあっ!」

 

 放たれた拳がヴァーミンを吹き飛ばす。砂浜に跡を付けながら転がったヴァーミンが呻き、もがく。

 その隙に銃を拾い上げる。最早ドライバーを叩く必要も無く、銃に全身のエネルギーが集まっていく。燃え盛る赤い弾が現出し、そして。

 

「っ!」

 

 トリガーを引く。弾丸は砂を焼きながら真っ直ぐに突き進み、ヴァーミンに命中する。

 ヴァーミンに撃ち込まれたエネルギーが爆発する。叫びが海に木霊し、少しの後に静寂が訪れる。

 炎が晴れた跡には最上さんが倒れていて、傍らには白いクリスタルが転がっていた。

 最上さんを抱きかかえ、安全な場所に降ろす。

 その間もクリスタルは微動だにしなかった。

 

 

 

 

 

『あ、あー。ううん、聞こえてますか、どんな感じですか?』

 

 控え目な声が携帯から聞こえる。コメントが流れ、今度は気持ち大きくなった声が聞こえてくる。

 

『これくらいかな?皆ありがとう……てな訳で、お久しぶりです。ベルベルです』

 

 画面の端にはベルベル自身であろう立ち絵が置かれている。ピンクのツインテールの、可愛らしい衣装に身を包んだ女の子だった。

 

『もうほんと、何年ぶりって感じで、凄く緊張してます……あ、1年ぶりか』

 

 コメント欄が様々な言葉で埋め尽くされる。所謂投げ銭も幾つか投げられている。

 

『皆ありがとー。配信の最後で読ませていただきます。て事で、今日は肩慣らしにホラーゲームやっていこうと……』

 

「元気そうですね」

 

「そうだね、少なくともこうやって活動できる様になっていて良かった」

 

 砂浜での戦いから数日後、最上さんからベルベルさんが配信すると言う話を聞き、何を確認するでもないけど配信を開いていた。

 

「最上さんも見てるんですかね」

 

「絶対見てるよ。何よりも楽しみにしてたからね」

 

 病院のベッドの上で携帯を食い入るように凝視している最上さんの姿がありありと思い浮かんで、思わず笑ってしまう。

 

「何と言うか、その……」

 

「なに?」

 

「報われて、良かったなって」

 

「……そうだね」

 

 もし最上さんが怒りに任せて事件を起こしていたら、もしかするとこの配信を見る事ができなかったかもしれない。何もできなかったと言っていたけど、耐えていたから、だから今笑えている。

 

「本当に、良かった」

 

 

 

 

 

 私達が笑う横で、白いクリスタルが光を反射して輝いていた。

 

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