炎暑の候、貴社ますますご盛栄……ってな堅苦しい挨拶はやめておこう。そもそも私達が残す記録は私達しか基本的に見ないのだから、貴社と言うのは間違いだ。
なにはともあれ、炎暑の続く7月の花恵市は今日も快晴だ。私の年頃なら普通はこの暑さの中大学に行ったり、勤め先であくせく働いているのだろう。
勿論私は違う。この街を守る仮面ライダーである所の私、青葉楓に休日は無く、また毎日が休日であると言える。だから充分に涼しい部屋の中に籠る事が許されていると言っても過言ではない。無論、収入源としてブログ更新はやってはいるが、それでも暇な時間は出来る。そう言うのは筋トレだったり走り込みだったりの鍛錬に当てたって良いし、休みが合う友人とどこかへお茶しに行ったって良い。それだって何か情報を貰ったりする事もあるから一概に遊んでいるだけではない。文字通り、休みは無いのだ。
だが、今私は空調の効いた地下の基地の中、椅子に座ってうんうんと唸る、と言う行為を何時間も続けている。ふとひらめけばばっと椅子から立ち上がって、すぐさまそれを否定してまた椅子に座る、の繰り返しだ。
と言うのも。
「こいつ……」
つまんでいる白いクリスタルは、私のいらつきを知ってか知らずか、氷の様な冷たい輝きを放っている。
こいつをどう料理してやるか、それが問題なのだ。
きっかけは二週間ほど前、異次元からの破壊者が来るよりも前に起こった、名付けて『ストーカークリスタル事件』が解決した事に端を発している。
ストーカークリスタル……この白いクリスタルの事だが、それが持ち主であった最上妃奈子の意思に反して起動し暴走状態に陥ると言う事件があったのは記憶に新しい所だろう。こいつはその名の通り、手放そうとしても勝手に動いて持ち主の元に戻ってくると言う、機能と言うか習性と言うか、ともかくそんな不可思議な挙動をしていた。今は私がヴァーミンを正しく処置したので最上さんにクリスタルが引っ付く様な事は起こらなくなった。めでたしめでたし……。
と言いたい所だが現実はそう甘くない。
ヴァーミンを撃破しても破壊されなかったクリスタルは、今度は私に付きまとう様になったのだ。どこに行っても勝手にふわふわと浮いて後を追いかけてくるし、あろうことか進路上にある物を破壊しながら一直線にこっちに向かってくるものだからたまったもんじゃない。だから仕方無く、肌身離さず持ち歩く様にしたのだが、本音を言えば一刻も早く破壊してしまいたい。
ラセンドライバーは弟子クンの使うヴルムドライバーと違い、使用し能力を引き出すクリスタルは純正化……ヴァーミンになる機能を排除しなければならない。そうしないと出力が安定せず、仮にその辺の野良クリスタルで変身しても力が弱すぎるか暴走してしまうのだ。
故に、純正化されていないこのクリスタルを持っていたとしても使う事はできず、砕いて結晶銃の弾にする事もできないのであれば、このクリスタルがどんなに強力であっても宝の持ち腐れなのだ。ただ荷物とストレスが増えるだけだから、どうにかできないかと思索してかれこれ二週間余り。未だに解決策は見出せていない。
はてさて、どうしたものか。
「……喉乾いた」
さっきから椅子に座っているだけだからほぼ何もしていないのと同義ではあるが、人間何もしていなくても喉は乾くしお腹も減る。時計を見ると思索を始めてから既に二時間も経っているではないか。
基地には戦いから戻ってきた時用のピーチティーしか置いていない。勿論それでも良いのだが、仕事終わりの格別の一杯のストックを減らすのはもったいない気がしたのでめんどくさがらずにリビングに戻る事にした。螺旋階段を昇って扉を開けると玄関近くの廊下に出て、そこから奥に進んで右の扉を開ければリビングだ。つけっぱなしにしていたテレビから賑やかな音が流れてくるのを横目に、奥のキッチンにある冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。ここで氷を入れずに白いクリスタルをコップに押し当てると、何と言う事だ、手に伝わるコップの温度がみるみる下がっていくではないか。こうする事で氷を節約できると言うのが、今の所のこのクリスタルの活用法だ。それって氷で良いですよね、なんて言ってはいけない。
そう言えば。
「弟子クン遅いなぁ……」
ブログの関係で訳あって銀行に用事があり、それを代わりにやってくれる様弟子クンに頼んだのが大体一時間前。如何に花恵市が広いと言っても中央区にある銀行まではそう遠くないし、用事自体もそこまで難しい事ではない。
「道草食ってんのかな……」
花恵は魅力的な街故目移りするのは仕方無いが、彼も仮面ライダーとは言えまだまだ修行中の身だ。暇な時間にやる事はいっぱいある。これは土産の一つでも持ち帰らないと筋トレ追加だな……。
そんな事を思いながらお茶を一口ごくりとした所で、テレビの中のアナウンサー達がざわざわとし始めた。
『臨時ニュースをお伝えします。たった今花恵市中央区の花恵銀行中央支店にて、銃を持った集団が立てこもりを行っているとの事です。中には銀行を利用していた人々も大勢閉じ込められており、現在警察が――』
「うぐっ!?」
危うくお茶が変な場所に入る所だった。いやそれよりも。銀行内で立てこもり、と言うのはつまり。
「銀行強盗……?」
時間は40分程前に遡る。
俺、鳴神真哉は師匠から頼まれた用事を終え、帰ろうとしていた。正にその時だった。
突如銃声が耳朶を強く打った。
「全員動くなぁ!」
振り向くとだぼっとした服装で口元を黒いマスクで隠し、大きな銃を掲げた男が窓口の前に立って周囲を睨みつけていた。突然の出来事にパニックになった人々が叫びだし、銀行内が騒然とする。
この時すぐに変身していれば事態はここまで深刻にならなかったかもしれない。だが俺は衆人環視の中で変身するのを一瞬躊躇ってしまった。その決定的な時間が事態を最悪なものにした。
背後から幾つもの足音がした。今度は同じ格好をした奴が何人も銀行内に入ってきた。そいつらは俺を含めた何人かに銃を突きつける。
「動くな!静かにしろ!」
再び銃声がし、銃口から硝煙が立ち昇る。しんと静まり返った中、男が銃を窓口にいた銀行員に突きつける。
「手を挙げろ……警察呼ぶなよ。呼んだら殺す」
萎縮した銀行員が手を挙げるのを見た男は、両手をショーか何かの様に広げる。
「諸君!只今から君達は人質だ。運が無かったと思ってくれ……我々の要求はシンプル。ただこの銀行にある金を幾らか貰えればそれで良い」
息を飲む者、小さく叫ぶ者。皆一様に男に注目していた。そんな哀れな人質達に、男は銃口を向ける。
「無論、従ってもらえなければ……簡単な話、一人ずつ死ぬだけだ」
再び行内がざわつき始めると、男は三度目の銃弾を天井に向けて放った。
「静かにしろと言っている!……おいお前、金庫の鍵を開けろ。金はこっちで取るから開けるだけで良い」
「は、はいぃ……」
大人しそうな女性を狙って男は銃口を向ける。その言葉に従わざるを得ない銀行員は奥に向かい、その後を袋を持った集団が付いていく。
「良いか、大人しくしてろよ?すぐに解放してやるから」
嘘か本当か分からない男の言葉を信じて、俺達は待つしかなかった。
それからどの位経っただろうか。
外からサイレンの音が聞こえてきた。金庫に入った奴らはまだ出てきていない。
「おい、誰か通報しやがったか!」
男が威圧しても皆怯えるばかりで応える者はおらず、苛ついたのか男はまた明後日の方向に発砲する。
「何人か外で牽制しろ!人質がいるってちゃんと言えよ!」
男の言葉に従って二、三人が銃を構えたまま外に出ていく。しかし不運にも俺に付いている奴はそのまま動かなかったから、下手にアクションを起こすこともできない。
俺が躊躇わなければ……。
後悔で歯ぎしりをしながら、俺は黙って俯いておく事しかできなかった。
照明が照らす花恵の各所に繋がる地下道の中、私はバイクをフルスピードで走らせていた。
途切れ途切れのニュースを聞く感じ、今も立てこもりは続いている様だった。普通なら仮面ライダーとして事件に干渉するかは微妙なラインだが、今回に限っては話が違う。
恐らく弟子クンはあの銀行にいるままだ。連絡が取れるか試してみたものの繋がらなかったから、人質になって身動きが取れなくなってしまったのだろう。そんな弟子を救いに行くのは師匠として当然の事。
地下道から出て銀行付近に辿り着いた私は、その先でパトカーがひしめき合っているのを見つけた。警察が呼び掛けているのを見るに、どうやらまだ睨み合いのまま状況は動いていないようだ。
あそこを突っ切っても良いが、正面から突入した場合、中にいる武装集団の全員は制圧できないだろう。途中で人質を盾にされて終わりだ。
なので人目に付かない所から何とか行内に侵入し、不意を突いて中を制圧する、と言うプランを取る事にした。故に迂回し、人目につかない場所で変身しようと頭の中でルートを組み立てた。
その時だった。
私の進路上に、黄色のトレンチコートを着た女が立ちはだかった。
「どいてくれない?急いでるんだけど」
バイクを停止し誰何すると、くっきりとした目鼻立ちのその女はふっと笑う。
「あんただねぇ……仮面ライダー?」
「何故それを……」
女の確信に満ちた瞳に、私の警戒心が高まる。
にたりと笑った女が両手でコートをつまんで持ち上げると、上品に、しかしどこか妖艶に一礼した。
「あたしはメディ……今からあんたを殺す女」
「……悪いけど、そんな予定は入ってない」
「くふふふ……仮面ライダーって口が達者なのねぇ」
可笑しいと腹を抱えて嗤うメディは、その体勢のままいつの間にか持っていた黄色と黒が混ざったクリスタルを掲げてにたりと一際大きく顔を歪ませる。
「その口二度と利けなくするの、すごぉく楽しみぃ……!」
メディがクリスタルを肩に押し当てると、その体が変貌を始める。細かった肩幅が盛り上がり堅牢な外骨格を形作り、対称的に胴体はしなやかさを残した甲殻が覆っている。女性用にあつらえた鎧を着せた様な妖艶さを醸し出すシルエットが、鮮やかな黄色と黒に染まる。背中には翅が生えて細かく振動を始め、大きな複眼と触覚、かちかちと音を鳴らす顎を持った頭部が私を捉え続ける。
メディが変身したヴァーミンはその手に生成した剣……刃の部分が細い針状の物になっているから、正しくはエストックの様な物だろうか……を撫で、ぬるりと私に切っ先を向ける。
「変身しないのぉ?あたしは別に良いけどぉ……」
殺気にあてられていた思考がはっと戻ってくる。
どう見てもハチのヴァーミン。奴はタイミング的にも、あの立てこもり犯達と何か関係があるはず。倒して情報を聞き出さないと。
そう考えながらドライバーを装着し、懐から緑のクリスタルを取り出して装填、構えて叫ぶ。
「変身!」
ドライバーから風が噴出し、螺旋を描きながら私の体に纏われていく。全身に力が漲る感覚と共に変身を終えた私は、油断無くファイティングポーズを取った。
「くふふふ……」
ヴァーミンは小さく笑うと、ゆらりとした動きで距離を詰めてくる。突き出される剣先を躱し、懐にパンチを繰り出す。少し怯んだ隙に拳を繰り出して畳みかける。
「へぇ……やるのねぇ」
しかしヴァーミンに有効打を与えられた様には見えず、再び突き出された剣をなんとか視認して身を捩る。切っ先が身体を掠め鎧に傷を付けた。
「っ……!」
「どおぅ?良く斬れるでしょぉ?」
ヴァーミンはひらひらと剣を持った腕を動かすと、すかさず追撃を仕掛けてくる。速いが、まだ何とか躱せる範囲だ。これなら一度距離を取って、遠距離から風で攻撃すれば。
そう思い後ろに飛び退く。しかし攻撃の体勢に入った途端、背後から攻撃を受ける。
「何……!?」
「くふふふ、一人なんて言ってないわよぉ」
背後にメディが変身したものの廉価版の様なハチのヴァーミンが三体、こちらを威嚇しながらじりじりと迫ってきていた。メディが女王バチならこちらはさしずめ働きバチと言った所か。
「随分卑怯だね」
「卑怯でも良いのよぉ……あたし、いたぶるのが大好きだからぁ!」
メディが再び斬りかかってくるのを咄嗟に受け流し、反撃しようとすると横から働きバチが殴り掛かってきて邪魔をする。それを跳ねのけるとすぐさまメディの攻撃が飛んでくる。
「あはは、あははははははっ!」
防戦一方になる私を見て、メディが高笑いする。随分と悪趣味な女だ。
いやそんな事を考えている場合じゃない。防戦一方なのは事実なのだから、どうにか打開しないと。
私と最も相性の良い緑のラセンで今の状況なのだから、他のクリスタルに変えても状況の打破は難しいだろう。ならこの姿で出力を上げて、その上でエネルギーを解放した一撃を見舞うしかない。
組みついてくる働きバチの腕をすり抜けて距離を取る。ドライバーを叩いて全身に力を行き渡らせるイメージ。これによって更に速さと攻撃力を増す。
そして更にドライバーを叩き、右腕に力を集めるイメージ。風となったエネルギーが右腕に集約され破壊力を持つ。
拳を振りかぶり、風の如き速さで駆ける。
「はあああああっ!」
一瞬で距離を詰め、振り抜いた拳がメディを捉える。
はずだった。
「くふふふ……!」
突如メディが宙に浮き、渾身の一撃は空を切った。
「あはは!あたし、どう見てもハチなのに、馬鹿ねぇ……」
しまった。さっきまで地上戦を続けていた事で翅の存在を完全に失念していた。そこまで余裕がなくなっていたなんて。
いや、そうだとしてもあの速さのパンチに反応して飛んだ機動性はただ事ではない。やはりこのヴァーミン、ただ者じゃない。
「あたし、馬鹿は嫌いよぉ」
隙を晒した私を働きバチが両脇から腕を掴み、残る一体が羽交い絞めにする。
「くっ……!」
「まあもう良いかな……や、まだ楽しんじゃおっかなぁ」
急降下するメディ。突き出した剣の切っ先が深く、身動きの取れない私の脇腹に刺さる。同時に何かを流し込まれる感覚がして薄く痛みが広がっていくのを感じる。
「くあっ……!」
「くふふふ……あたしの毒、痛い?痛いよねぇ?」
「わざと殺さなかったのか……」
「あたしを倒さないと治んないからさぁ……あんたぁ、まだいけるでしょぉ?もっと頑張ってよぉ、もっと苦しんでよぉ!」
胴を蹴られ、地面を転がる。立ち上がろうとするが、痛みで上手く力が入らない。
「くふふふ……」
獲物を追い詰める様に、ゆっくりと迫ってくるメディと働きバチ達。緩慢な動きは、私が動けないのを分かっての事だろう。それでも反撃すれば即座に反応するだろう。
状況は絶望的。
どうすれば良い?
痛みが走る中歯を食いしばって膝をついた私の腰……クリスタルを仕舞う場所が、何故だかじんじんと冷えていくのを感じた。