仮面ライダーラセン   作:赫牛

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3階の怪異(1)

 気が付くと辺り一面の雪原に一人、凍えていた。

 草も木も無い、少しばかり見える岩肌を雪が覆い隠してしまった、静謐の世界。

 ここはどこだ。寒い。暗い。痛い。

 こんな場所は花恵には無かった。一体私はどこに連れてこられたんだ。いやそもそも、私はいつここに来たんだ。

 一歩踏み出すと、静かだった雪原が突如荒れ狂う。雪で視界は悪く、吹きつける風が体を打って思わず止まってしまう。

 こんな所にいるのは嫌だ、早く帰りたい。ここじゃない場所に行きたい。でもそれを世界が許してくれない。

 もうこのまま、ここで眠ってしまった方が楽なんじゃないか。

 そんな考えが首をもたげた時、オオカミの遠吠えが聞こえた。

 猛吹雪の中から、浮かび上がる様に白い毛並みの巨大なオオカミが姿を現す。低く唸るそれは確かに怖いのだけれど、何故だか本能的な恐怖を感じない。

 

「君は……誰?」

 

 現れた時と同じ様に、オオカミは吹雪の中に消えてしまった。

 

 

 

 

 

「全然起きないね」

「……はい」

 

 美咲さんと俺が見ている先、白いベッドにはやけに肌の白い師匠が眠っていた。胸は小さく上下し、点滴筒の中で雫が一定のリズムで落ちる。生きてはいる、が、今にも消えてしまいそうな、か細い灯に見える。

 

 師匠がこうなった原因は、あの白いクリスタルだ。以前話してくれた通りに、純化されていないクリスタルを使って変身し、暴走した。その結果がこれだ。

 

「何でこんな無茶を……」

 

 思わずそう漏れるが、師匠だって考え無しで使った訳じゃないだろう。

 

「俺がもっとしっかりしていれば……」

「真哉くんのせいじゃないって。あの銀行で強盗が起こるとか誰にも分らなかったんだから」

 

 ヴァーミンを撃破した後、強盗達は無事に全員逮捕され、事件は収束した。しかしそれから丸一日経った今も師匠は眠り続けている。心拍数が徐々に低下し、体も段々と冷たくなっている。このまま師匠がいなくなるなんて事があれば、俺は自責の念に耐えられないかもしれない。

 

「はぁ……そうだ真哉くん、頼みたい事があるんだけど」

「……すみません、今は――」

「ヴァーミンがいるかもしれないの、この病院に」

「……え?」

 

 

 

 

 

「ポルターガイスト?」

 

 美咲さんの口から出たのは、およそ日常では聞かないような単語だった。

 

「そう、大体一週間前くらいかな、ここの東棟を見回ってた夜勤の子が物が勝手に物が落ちたり引き摺られるのを見たって」

 

 ポルターガイスト、或いはポルターガイスト現象と言うのは、誰もいないのに物が動いたり音が鳴ったりすると言った、所謂心霊現象の一つだ。心霊、の名の通り幽霊の仕業だと恐れられていたが、現代では温度による建物の収縮が原因であるとか、科学的なアプローチもされているらしい。

 しかしわざわざ俺に相談してくると言う事は、そんな生半可なものじゃないんだろう。

 

「病院でって……なんかすごくそれっぽいですね」

「だよねー……まあ違うと思うしそう願うけど、立て続けに起こったからそれが職員だけじゃなくて患者さんの間でも広まっちゃって、皆東棟に行きたがらなくなっちゃったの」

 

 鼻恵病院の東棟には診察室を始めとした、検査や治療に必要な部屋が多くある。そこに行かないとなると業務にも支障が出て、それで困っているのだろう。

 

「私は幽霊なんて超常的なものじゃなくて人為的なもの……ヴァーミンの仕業だと思うの。だから……」

「それを倒して、皆を安心させてほしいって事ですね」

「そうそう」

 

 もし相手が本当に幽霊だとすれば如何ともしようが無いが、ヴァーミンなら倒せば良いだけの話。仮面ライダーの仕事だ。

 

「分かりました……早速今から調べてきます」

「ありがとう……ああちょっと待って」

 

 立ち上がった俺を美咲さんが呼び止める。

 

「大事な事言うの忘れてた……ポルターガイストが起きる時の共通点」

「それって……?」

 

 美咲さんは一瞬周りを気にして、それから小声で続けた。

 

「子供の……女の子の笑い声が聞こえてくるって」

 

 

 

 

 

 少し後、美咲さんの言葉を反芻しながら歩いていると、曲がり角から出てきた人にぶつかりそうになった。

 

「すみません……あ」

「……君か」

 

 萩野善次郎……師匠の『主治医』だった。確か今回も師匠の診断をしたはずだ。

 この人と会うのは二度目、いずれもこの病院でだ。つい最近の事で、その時に言われた事ははっきり覚えている。

 

『青葉君に無理をさせないで欲しい』

 

 医者としての言葉だと、額面通りに取れば思えるが多分それだけじゃないんだろう。それこそ師匠の先生の様に、師匠を大切に思う人の言葉であると分かってしまう。だからこそ、顔を合わせられない。

 でも。

 

「あの――」

 

 謝りかけて、肩に手を置かれる。萩野さんの表情は、よく見えない。

 

「何も言うな」

 

 それだけ言って、萩野さんは俺の横を通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 その日の夜。午後11時。

 人気の無い診察室。廊下は夏だと言うのに寒気がして、自然と歩みが速くなる。頼りの懐中電灯の光はあまりにも頼りなく、静まり返った病院は想像以上に不気味だった。本当に『何か』出てもおかしくないと言う様な、不思議な説得力。

 昼間に東棟をざっと見て回ったが、特に気になる物は無かった。やはり夜が本番と言う事なのだろう。勘弁していただきたい限りではあるが。

 

「ほんとに出るのか……?」

 

 幽霊には生まれてこの方会った事は無い。別に会いたいとも思わない。できるなら会いたくない。が、美咲さんの話では一週間立て続けとの事なので、今日も何か起こるはず。

 1階、2階、共に異常無し。現在は2階から3階へ続く階段を昇る途中。なんて事は無いはずだが、踊り場の鏡に映った自分の顔は強張っていた。

 と。

 

 

 

 えへへ……

 

 

 

 笑い声が、3階の方から聞こえてきた。

 幼くて無邪気な女の子の声だ。

 思わず生唾を飲み込む。肌がじっとりと濡れてきたのを感じつつ、一気に階段を駆け登った。

 

「誰かいるのか!」

 

 誤魔化す様に誰何するが、返事は無い。無愛想なプレートの付いた部屋を順々に照らしていくが何も無い。なのにずっと、何かの気配がする。

 一通り部屋を見終え、しかし何も無かった事に拍子抜けして、思わず息が漏れる。

 だが。

 

 

 

 えへへ……

 

 

 

 背後から声がして振り向くと、視界の端で何かが落ちた。第3診察室と書かれたプレートだった。硬質の音が廊下に反響して消える。

 あの類のプレートは普通固定されているはず、と思い近付こうとすると、遠くの方で今度はレントゲン室のプレートが落ちた。それを皮切りに全ての部屋のプレートが震えだし、落ちてからんからんと音を立てる。幾つも重なった音が共鳴して不快感が増し、割れたプラスチックの破片が懐中電灯の光を反射してぎらりと俺を睨んだ。

 

「まじか……」

 

 こんなの普通じゃ考えられない。これが美咲さんが言っていた、ポルターガイスト……!

 

 

 

 えへへ……

 

 

 

 また声がする。見回しても、誰もいない。

 

「どこにいるんだ……!」

 

 笑い声が消え、そして。

 

 

 

 

 

 うしろだよ

 

 

 

 

 

 至近距離でささやかれて振り向くと、そこには。

 

 

 

 青白い肌で長い黒髪の、痩せた女の子が浮いていた。

 

「うっ、ああああっ!?」

 

 腰を抜かして尻もちを突き、懐中電灯が手から零れ落ちる。

 女の子の恰好は別に不思議ではない、白いワンピースだ。ただ言葉の通り宙に浮いているし、肌には生気が無い。

 これはまごう事無い幽霊……。

 

 

 

 いや、違う。

 ポケットの中のクリスタルが強い熱を帯びている。この現象が起こるのはただ一時、ヴァーミンの存在を感知した時だけ。

 つまり。

 

「ヴァーミンか……!」

 

 がばっと起き上がり、遠慮無く幽霊もといヴァーミンの顔面に蹴りを入れる。顔を押さえてのけ反ったヴァーミンは恨めしそうにこちらを見ると、すっと消えていなくなる。

 途端に周囲の物が震えだし、幾つかはその場に浮遊し始める。一瞬怯むがすぐにドライバーを着け、クリスタルを装填して叫ぶ。

 

「変身!」

 

 仮面ライダー?……仮面ライダー!……仮面ライダー!

 

 炎に包まれ変身を終えると、あちこちからそう叫ぶ声が聞こえてくる。幾分か明るくなった視界に、何の前触れも無くこちらに向かってくるソファーが映る。はたき落とすと、今度は背後からカルテが飛んできた。撃墜しても、今度は聴診器が、今度は注射器が、このフロアにあるありとあらゆる物が俺に襲い掛かってくる。

 

「埒が明かない……!」

 

 別に一つ一つは大したダメージにはならないだろう。それよりもこの現象を起こしているヴァーミンがどこにいるかを探るべきだ。

 また飛んでくるストレッチャーを、先程よりも大股で躱し、その先で襲い掛かってきた椅子を大きく跳躍して避ける。

 必要以上にアクションを大きくして、移動距離を増やす。大きくなった探知範囲の中のある一点で、装填されたクリスタルが熱を帯びる……!

 

「そこだっ!」

 

 振り向きざまに放った拳が、確かに何者かを捉えた。小さく悲鳴を上げたそれは床を転がり、殴られた頬を押さえながら立ち上がる。その姿は先程とは打って変わってカラフルなパッチワークを纏った背の高く、とがった鼻を持つ魔人。とんがり帽子を被ったそれは幽霊と言うより……。

 

「魔女……?」

 

 魔女のヴァーミンが指を振ると、壁に掛かった絵画が動き出し俺に襲い掛かる。それを躱し、ヴァーミンの顔面に再び拳を――。

 

 

 

「えへへ……もっとあそぼ……?」

「っ!?」

 

 咄嗟に拳を当たる寸前で止めてしまった。動揺の余り拳が下がり、脚が勝手に距離を取る。

 さっきヴァーミンが発した声。幽霊が発した声。どちらも無垢で、無邪気で、一緒のもの。

 まさか。

 

「子供……なのか?」

 

 その問いにヴァーミンは答えず、腕で俺を押し出すとまた指を振った。病院内の物が襲ってくるのを防ぐが、その隙に放たれた光線が俺を刺した。

 

「うああああああっ!」

 

 

 

 

 

 また、雪原にいた。

 真っ白な世界を、あても無くさまよい続ける。

 私はどうすれば良いのだろう。どうすれば、この道行に終わりが来るのだろう。

 見上げると、遠く彼方にあのオオカミがいた。高くなった崖際に座って、私をじっと見つめている。

 

「教えて……私はどうすれば良い?」

 

 応えるかの様に、オオカミは遠く吠えた。

 

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