仮面ライダーラセン   作:赫牛

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3階の怪異(2)

「子供……なのか?」

 

 その問いにヴァーミンは答えず、腕で俺を押し出すとまた指を振った。病院内の物が襲ってくるのを防ぐが、その隙に放たれた光線が俺を刺した。

 

「うああああああっ!」

 

 地面に倒れこみ、変身が解除されてしまう。腰から外れたドライバーがかつんと音を立てる。ヴァーミンはそれを掴み、ひらひらと見せつける様に振る。

 

「かえ、せ……!」

 

 手を伸ばすも虚しく、ヴァーミンは不気味に笑いながら闇に消えていった。

 

「くそ……」

 

 追いかけようとするが力が入らず、瞼が閉じるのに抗う事ができなかった。

 

 

 

 

 

 気が付くと同時に跳ね起きる。

 体に走る鈍痛に顔をしかめながら状況を確認する。俺が寝ていたのは染み一つ無い白のシーツがかけられたベッド、カーテンで四方を囲まれていて薄っすらと見える窓の向こうから陽が差している。デジタル時計は8時を告げており、落ち着く程度の騒がしさが耳朶に染みる。

 花恵病院だ。昨日ヴァーミンに敗けた後気を失っていたのを誰かが見つけてくれたのだろう。

 そうだ、ドライバーが!

 

「無い……か」

 

 畳んで置いてある服を弄ってもドライバーは影も形も無く、顔から嫌な汗が噴き出してくる。

 考えられる限り最悪の失態だ。師匠が動けない今俺が頑張るしかないのに、ヴルムへの変身手段を失ってヴァーミンも取り逃がした。

 

「なんで俺は……肝心な時にいつも……!」

 

 ずっと前の桜の季節、卒業式に行けなかったのと同じくらい取り返しのつかない事をしてしまった様な気がする。それが分かっているなら一層嘆いている場合ではないのだけれど、自分への失望が強過ぎてどうも前を向けなかった。

 

「良かった気が付いて……真哉くん、大丈夫?」

 

 カーテンが開かれ、美咲さんが俺を見るなり声をかける。それに応えようとしても、上手く口が開かない。

 

「真哉くん……」

「夏川先生、ちょっと良いかな」

「萩野先生?」

 

 美咲さんを手で制し、萩野さんが俺の前に立った。余計に目を合わせづらくなった。

 

「ドライバーは?……持ってるんだろう、君も」

「……それは」

「盗られたんだな?」

「……はい」

 

 事情を知っているだけあってお見通しだった。

 謝罪とか、卑下とか、言うべき言葉が見つからずに俯いていると力強い手が肩に置かれた。

 

 

「しっかりしろ、君のやる事は落ち込む事じゃない……それとも君はドライバーが無いと戦えない、そんな根性無しなのか?」

「萩野さん……」

「違うだろう?青葉君の弟子がそんな男のはずがない」

 

 少し前、まだヴルムドライバーを手に入れる前の事を思い出す。

 あの時だって俺は、師匠に無茶するなって怒られながら、それでも自分にできる事を精一杯……。

 そうだ、例えドライバーが無くても。

 

「それは動かない理由にはならない……」

「そうだ。君は、君のやるべき事を」

 

 濁っていた頭の中が澄み渡る気がした。同時に何をしなければならないのか、何が必要なのかが見えてくる。

 

「手伝ってほしい事があります」

 

 

 

 

 

 俺が対峙したヴァーミンは、その声から子供だと判断できた。だから俺は萩野さんと美咲さんに頼んでこの病院の小児科医達に協力を取り付けてもらった。即席でイベントを開いてもらい、入院している子供達をそちらに誘導してもらった。そしてその隙に子供達のベッドを調べたのだったが。

 

「本当に子供だったんだな?」

「はい、確かに子供の声だったんですけど……」

 

 幾ら探せどクリスタルは見つからなかったのだ。

 

「何でだ?……いや?」

 

 勿論、所持者はクリスタルを肌身離さず持っていると言う可能性もある。だが、何だ?この違和感は。何か重大な見落としがある様な気がしてならない。

 

「どうです?……子供達の持ち物検査もした方が良いかな?」

 

 俺達のいる病室に顔を出したのは周りの医者達と比べ少し若く見える男……小児科医のトップである村上淳(むらかみじゅん)だった。

 

「いえそれは……でも」

 

 きっと持ち物検査をした所で、このタイミングでも警戒してクリスタルを持ち歩く相手ならきっとすり抜けられる。

 何だ?現時点で得られた情報が少な過ぎて、感じている違和感の正体を断定できない。もっと判断材料が必要だ。

 

「となると、次は……」

 

 

 

 

 

「監視カメラって事ね」

「まあ、堅実ではある」

「良いから、二人とも見ててください」

 

 責任者に頼み込んで病院内の監視カメラを覗かせてもらっている。当然東棟の監視カメラの、主に深夜のログをチェックしているのだが。

 

「怪しいもの映ってないですね」

「ここも違うのか……?」

 

 見事なまでに何も映っていなかったのだ。

 

「一週間も続いているなら、なんか映ってても良いだろ……」

 

 画角を変えても、時間を変えても、何ら異常は見られない。不気味な程静かな映像で、ただただ時間が浪費されていく。

 

「何でこんなに何も映ってないんだ……」

「映ってない……確かに、映ってなさ過ぎる」

「え?」

 

 そう呟いた萩野さんの目には、ある画面が映っていた。

 

「君が昨日戦ったのは何時頃か分かるか?」

「確か……夜の11時頃だったはず」

「丁度その辺りの時間に合わせたが……見てみろ」

「えっ?」

 

 東棟、3階の廊下。その一角を映すカメラには、既にそこにいたはずの俺の姿が映っていなかった。

 

「何で、そうなる……?」

 

 ヴァーミンの姿が監視カメラに映らなかった、これは分かる。相手は姿を自在に変えられる……いや、恐らくはこちらの認識を歪ませる力を持っている。これは昨日割れたはずの部屋のプレートが全て元通りになっているのを確認したのでほぼ正解だろう。であれば監視カメラにも干渉する事ができると考えても良い。ヴァーミンの力で空中に浮いた物体すら、幻術の類だったかもしれないから、それらが映らないと言うのもまだ分かる。

 だが俺も映っていないと言うのは明らかにおかしい。自分の姿を晒したくないと言うのであれば、俺までも隠す必要は無いはずだ。範囲を絞れない様な融通の利かない能力だとは思えないし、であればそもそもこの映像は。

 

「ヴァーミンの能力じゃなくて……カメラに細工されている?」

「ちょ、ちょっとどう言う事ですか!」

 

 俺の呟きを聞いて、近くで俺達を見張っていた警備員の宗像啓介(むなかたけいすけ)が飛んできた。

 

「カメラに細工するなんて、そんなのすぐに分かりますよ!このカメラには今までちゃんと人は映ってたんですから!」

「そう言う君が細工をした張本人であれば、そんな嘘も罷り通るのかもしれんな」

「なっ……!?」

「萩野さん!」

 

 萩野さんの言う通り、異常は無いと嘘の報告をすればカメラの細工には気付かれにくくなる。だからと言って犯人がこの人だと断定するには決定打に欠ける証拠でしかない。

 そもそも、だ。

 何故犯人はこのカメラに細工をする必要があったのか。こんな意味の無い映像を垂れ流し続ける、その意味は何なのか。まずは簡単なものから片付ける。

 理由はそう、単純な事。

 

「何かを、隠したかった……」

 

 

 

 

 

 雪が段々と深くなっていく。

 深くなるにつれて足を取られ、私の歩幅は小さくなっていく。

 だがそれでも、私は前に進むしかない。

 遠く、冷たく、果ての見えない道行であっても。

 その先にしか、光は見えないのだから。

 

 

 

 

 

 犯人の動機をなんとなく掴んだ俺は、それが正しいのかどうかを確かめる為、更に情報を集める事にした。主に東棟に関するものを中心に、何か変わった事は無いかを病院関係者や患者を問わず聞き込みしていった。

 やはり東棟のポルターガイストはそれなりに知られているらしく、その事についての証言が多い。俺と同じ様に物が動くのを見た、女の子の幽霊を見た、そう言う噂を聞いた。様々な証言が得られたが、どれも目新しさは無く決め手に欠けるものだった。

 

「何か……決定的な何かが……」

「ちょっと」

 

 悩む俺に、声をかけてきたのは主任看護師である武藤香子(むとうかおるこ)だった。

 

「もう充分じゃないですか?患者さん、皆何かあったのかって怖がってます」

「すみません、でももう少しだけ」

「まだですか?……良いですか、患者さんのメンタルケアも私達の仕事の一環なんです。ただでさえ人手不足で困ってるのに、これ以上仕事を増やさないでください」

「それは、本当に申し訳ないです」

 

 俺が頭を下げるが、武藤さんは未だ納得していない様子だった。

 

「武藤さん」

「っ、萩野先生」

「今妙な噂が広まっているのはご存じですね?……この原因を特定して明らかにし、なんて事は無かったと患者に伝えるのも、メンタルケアの一環とは言えませんか?」

「それは……」

「それにこのままでは当院の評判にも関わりますからね……是非、彼を手伝ってあげてほしいです」

「……分かりました」

 

 言い淀んだ所に駄目押しを食らい、武藤さんは渋々と言った様子でこの場を後にした。

 

「ありがとうございま――」

「良い気にするな。本当の事を言っただけだ」

「……意外と評判とか、気にするんですね」

「当たり前だ。悪い病院には患者が来なくなる。救える者も来てもらわないと届かないからな」

「確かに」

 

 等と感心していると、向かいの病室から出てきた美咲さんが真剣な表情で駆けよって来る。

 

「真哉くん、萩野先生。ちょっと力を貸してほしいんですけど」

 

 

 

 

 

 向かいの病室、ベッドに座り込む少年は微かに震え、固く口を閉ざしていた。

 

「この子、何か知ってそうなんですけど、なかなか話してくれなくて」

「なるほど」

 

 そう一言言うと萩野さんは少年の前でしゃがみ、目線を合わせる。

 

「何か怖いものでも見たのかな?」

 

 萩野さんが優し気な声で尋ねると、少年はゆっくり首を縦に振った。

 

「話したら、そいつが君の所に来ると思っている?」

 

 少年はまた首を縦に振った。

 

「そうか……このお兄ちゃんはな、その怖いものを退治しに来てくれたんだ。皆が安心してここで過ごせる様に頑張ってる。だから君も、ちょっとだけで良い、勇気を出してくれ」

 

 言い終わると萩野さんは目線をこっちに向ける。後はお前の仕事だと言われた気がして、少年の横に座った。

 

「話してくれるかな?君が勇気を出せば、そのおかげで幽霊をやっつけられるかもしれない……俺を信じて」

 

 真っ直ぐ少年の目を見て話す。少年はより一層口を結んで、それからぽつりと言った。

 

「本当に、やっつけてくれる?」

「ああ、約束するよ」

 

 俺の目を見た少年は頷いて、そして口を開いた。

 

「僕、前に夜に迷子になってそこの……東棟、に入っちゃった事があるんだ。どっちに行けば良いか分からなくて、いっぱい歩いてたらね……」

 

 そこで少年は言葉に詰まったが、また震える口を開いた。

 

「血まみれの、男の人が立ってた。僕を見てたの。僕、怖くなって逃げたんだ。そしたら僕の部屋にいつの間にか戻ってた」

「……それは、いつ頃?」

「ええと……前の10月くらい」

「10月……」

 

 深く息を吸う少年の背中をさすり、証言を反芻する。

 血まみれの男、女の子ではなく男。しかもここ一週間の話ではなく、10か月も前の事。

 細工されていた監視カメラに、10か月前の幽霊。その時点であの廊下にはヴァーミンが?

 いや、それどころかもっと前からだとしたら?

 何故血にまみれた男の姿をとった?今回は何故女の子の姿をとった?何を見せたくないんだ?

 見せられない何か。男。血……怪我?

 ここは……病院だ。

 

「そうか……!」

 

 

 

 

 

 俺は協力してくれた人達を再び集めた。何が起こるのかと不審な顔をする人達に向けて、話し始める。

 

「皆さん、この病院で起こっているポルターガイスト現象。その原因が分かりました」

 

 目を見開き、ざわつく病院関係者達に向けて、続ける。

 

「俺は今夜現場に行って、原因になっているものの正体を暴こうと思います。危険なので皆さん、11時前後には東棟に近づかないでください」

「本当に幽霊が……?」

「でも、そんなの君一人でどうするんだ」

 

 宗像さんの問いかけに、俺は自信満々の笑みを浮かべる。

 

「大丈夫です……俺には秘密兵器がありますから」

 

 

 

 

 

 その日の夜10時頃。

 花恵病院の東棟で蠢く影があった。

 

「しっ……声を押さえろ、ばれたらどうするんだ。ここが使えなくなって困るのはあんたらの方だろ?」

 

 影は別の何かに話しかけている様で、周りの様子を伺い、そろりそろりととある一室から出ようとしていた。

 そこに。

 

 

 

「動くな!」

 

 

 

 鋭い声に、影は反射的にぴたりと立ち止まった。それが運の尽きで、次の瞬間には三条の光に照らされ、顔を覆う。

 

「来ると思ったよ……まあ俺があんな宣言をした以上、動くのなら今日しか無いからな」

 

 光源であるフラッシュライトを持った鳴神真哉が、一歩影に近づく。何も言わない影に向かって、真哉はより一層ライトの光を強める。

 

「東棟3階の怪異、もとい、今回のポルターガイスト現象を引き起こしているヴァーミンの正体。それは……」

 

 そう言って真哉が指差したのは……。

 

「村上淳、あんただ!」

 

 白衣に負けぬ程真っ白な顔をした、小児科医の村上淳であった。

 

 

 

 

 

「何ですか藪蛇に……僕はただ忘れ物を取りに来ただけですよ。それを急にヴァーミンだなんて……萩野先生も夏川先生も、悪い冗談だ」

「じゃあ一つ、俺の推理を聞いてくれるかな?」

 

 何も言わず睨む村上に聞かせる様に、俺は語り始める。

 

「美咲さんの話では、ポルターガイスト現象が起こっているのはここ一週間。しかし……とある少年の証言によると、それよりももっと前から、怪異はこの場に住み着いていたらしい。それも噂になっているのとは違う、血まみれの男の姿をしていた、と」

「それが?幽霊なんだったら、いつも同じ姿をしているとは限らないだろう?」

 

 村上の反論に、俺はあくまで自信ありげな笑みを浮かべ、続きを話す。

 

「今回の幽霊の正体は、知っての通りヴァーミンが化けた……正確には俺達の認識を捻じ曲げて生み出した幻想だったのだが……それと同じ様に、血まみれの男も幽霊なんて言う曖昧なものよりも、何か別の者だったと解釈できるはずだ。そしてそれはヴァーミンが化けたものではない。それは何故か……もし怪異の存在を人々に信じ込ませたいのであれば、常に同じ怪異として存在している方が効率が良い。人々は『それ』がいるらしいと言う先入観によって、見た物のイメージが補強されるからだ。例えば大人の男の影を見ても、それを女の子の影だと勝手に解釈する様に。故に化けた姿は同一である必要がある」

 

 ここからが本題、今回のポルターガイストの正体だ。

 

「では何故ここで血まみれの男が目撃されたのか。そして何故、このエリアの監視カメラにはループ映像が流れる様に細工されていたのか……それはこの階に何があるかが示している」

 

 俺の言葉に、萩野さんと美咲さんが辺りを見渡す。

 

「手術室と、診察室?」

「それにどう言う意味が……?」

「そのままです……つまりこの階には、診察し、治療できる環境が揃っている、と言う事です」

「……まさか」

 

 俺の言葉に、萩野さんは気付いた様だった。

 

「……何が言いたい」

「この階でなら、誰にも見つからずに診察をし、必要であればそのまま手術ができる。つまり……村上淳、あんたは後ろめたい事情のある患者を診察し治療する、闇医者として活動していたんだ!そして邪魔者を遠ざける為に、クリスタルを使って人払いをしていたんだ!」

 

 一気に空気が張り詰める。その中でも、村上ははははと軽い笑いを吐く。

 

「何を根拠に、大体私がヴァーミンだと言う証拠は?」

「理由は二つある。一つは俺達が捜査をする時だ。他の病院関係者は俺の事に対して懐疑的だったが……あんたはやけに積極的に協力していた。俺達が子供達に疑いを向けるのを後押しする様に」

「それだけか?そんなの子供への疑いを晴らす為に決まってるだろう……いい加減探偵ごっこはやめたらどうだ」

 

 苛立つ村上を前にして、しかし俺は退かない。

 

「もう一つあるって言ったろ?もう一つの理由は……今ここで明らかにする」

 

 その場にいる全員の顔が訝しむものに変わるのも構わず、俺は村上へ……正確には、村上が出てきた部屋の奥へと手を伸ばす。

 

「その診察室は、あんたが使ってるんだろ」

 

 正直上手くいくかは分からない。だが俺は、俺の事を信じた。

 

「来い!」

 

 俺がそう叫ぶと、村上の診察室の奥で橙の光が灯り、凄まじい速度で俺の元に飛んでくる。確かに受け止めた俺の手には……盗まれたはずのヴルムドライバーがあった。

 

「そ、それは……!」

「ドライバーが勝手に……?そんな機能は無いはず……」

「これはドライバーの機能じゃありません。この中に装填されたままの、クリスタルの性質を利用しました」

 

 そう、俺が利用したのはクリスタル、その性質の内の、最近判明した物だ。

 

「クリスタルは所有者の復讐心に強く反応し、共鳴する。そして長時間復讐心に晒されたクリスタルは、所有者の心に反応してそれを追尾する様になる……俺の復讐心に反応したこいつが、ひとりでに俺の元に戻ってきたんだ」

 

 

 あの白いクリスタルのかつての所持者、最上妃奈子(もがみひなこ)は心の奥に強い復讐心を抱いていた。それと同じ様に復讐の心が残る俺ならできる、そう信じて手をかざしたのだ。正直賭けだったが、上手くいって良かった。

 

「ヴァーミンに盗まれたこれがあんたの部屋にあった、それが何よりも動かぬ証拠だ。そうだろう!」

 

 問い詰められた村上の顔が、怒りから恐れへ変わり、そして不気味な笑みを浮かべる。

 

「こうなったら仕方無い……お前らを消して、無かった事にするしかない」

 

 ぶつぶつと言って懐から取り出したのは、予想通り魔女の姿が刻印された黄色のクリスタルだった。

 

「おい、あんたも手伝え」

 

 ぼそりと診察室に向かって呟くと、その陰から大柄な男が現れる。

 

「お前……そうか、『患者』か」

「せっかく治ってきたってのに……だが丁度良い、この前の礼、たっぷりと返させてもらうぞ、仮面ライダー」

 

 萩野さんが呟くのを後目に、男は拳が刻印された藍色のクリスタルを取り出し、胸に押し当てる。筋骨隆々の男の身体が更に厚みを増し、さらしを巻いた拳が肥大化していく。同じくさらしで目元を覆ったそれは、狭い病院の廊下で圧倒的な存在感を放つ。

 

「二対一だ。ここがお前の墓場だ、仮面ライダー」

「そうはならない」

 

 狂った笑みを浮かべる村上も同じくヴァーミンに姿を変え、俺はドライバーを腰に当てる。

 

BLAST(ブラスト)

 

 装填したままのクリスタルが音声を発し、俺は素早く構えて叫ぶ。

 

「変身!」

 

 ドライバーから噴き出した炎がヴァーミン達を牽制し、俺をヴルムへと変える。変身が終わると同時に炎の壁を展開し、二体のヴァーミンを診察室へ、そして壁を突き抜けて外へと押し出す。落下している時にも魔女のヴァーミンが光弾を放ってくるのを防ぎ、そして地面に墜落する。

 

「クッ……なんて無茶を」

「悪いな……昔から無茶するのが癖で」

 

 闘士の姿をしたヴァーミンが唸り、拳を振う。体勢を低くして躱し、ジャブからのストレートを見舞う。遠くから電柱が飛んでくる……その幻想を炎で打ち払い、そのまま炎を纏った攻撃で魔女のヴァーミンを叩く。

 

「ッ……舐めるな!」

 

 魔女のヴァーミンの眼が光り、それをまともに見てしまった俺をひどい船酔いの様な感覚が襲う。

 

「うっ……これ、は……」

 

 動けないでいる俺に向かって闘士のヴァーミンが拳を振りかざす。その胴体に向かって拳を撃つ……が、その姿がかき消える。

 

「なっ……ぐあっ!」

 

 後ろから衝撃が来て、何とか立ち上がった所に更に追撃が来て吹き飛ばされる。

 脳の認識を歪めて船酔いを起こして、その隙に作りだした幻術との攻撃だ。そう分かったがひどいめまいに襲われて立てず、俺は攻撃を受けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 光が、近くにある気がした。

 果ての無い道行にも、どうやら終わりはあったようで。

 吹雪の晴れた先にいたのは、先程目にした白い巨大なオオカミだった。

 

「君は……あのクリスタルだね」

 

 旅の中で私が立てた仮設を一つ、投げかけてみる。オオカミは唸るが、否定の意は感じられなかった。

 だから私は続ける。

 

「君に宿った復讐心は全て断ち切ったはず……なのに何で、私にあんな問いかけを」

 

 こいつ(メディ)は倒すべき悪だ、そう私に呼び掛けたのは恐らくこのオオカミだろう。

 あの時オオカミは、私にメディを倒す様に仕向けた……いや、私がメディに対して怒りを抱いた事に気付かせた。

 

「君も、怒ってたんだね」

 

 オオカミは何も言わず、私に近づいてくる。その鼻先に触れ、私の思いを伝えた。

 

「君は復讐心……怒りに触れ続けて、自らを変質させてしまったんだ。悪を赦さない、怒りの権化へと」

 

 牙を剥き出すオオカミの瞳には、燃え続ける炎が映っていた。

 

「分かった……なら私が、受け止めるよ」

 

 オオカミの唸りが止まる。鼻先を撫で、熱を伝える。

 

「私が一緒に怒る。一緒に戦う。君一人に背負わす事無い様に」

 

 あの時は、彼一人で戦っていた。でももうそんな事はさせない。

 私も一緒に。

 

 陽が昇っていく。一面の新雪を眩く輝かせる、穏やかな光だった。

 

 

 

 

 

「ううっ……くっ……」

 

 二体のヴァーミンのコンビネーションになす術も無く、俺は膝を突く。闘士のヴァーミンが拳を打ち合わすと、動けない俺へと拳を振りかざす。

 

「終わりだ」

 

 冷たい宣告と共に、振り降ろされようとする拳を、俺はどうにかして避けようともがいて。

 

 

 

 

 

 静かな、しかし確かな、誰かの足音を聞いた。

 

 

 

 

 

 思わず聞こえた方を見る。そこにいたのは。

 

「師匠……?」

 

 眠っていたはずの師匠だった。

 

「どうして……」

「おはよう弟子クン!良い夜だね」

 

 患者衣姿でこの場にそぐわない発言をする師匠に、二体のヴァーミンの注目が逸れた。

 

「何だあんたは」

「私?私は……君達の大嫌いな仮面ライダーだよ」

 

 そう言ってラセンドライバーを装着した師匠が取り出したクリスタルの色は……白。

 

「駄目です!それは――」

「大丈夫!私を信じて!」

 

 そう言って師匠はそのままクリスタルを装填した。

 

BLIZZARD(ブリザード)

 

 音声が発され、ドライバーから発する波動が大気を振動させる。師匠はいつもの様に構え、そして叫ぶ。

 

「変身!」

 

 音声コマンドを認証したドライバーから無数の氷の粒が発生し、螺旋を描いて師匠を包み込む。黒いアンダースーツに覆われた師匠の身体に、氷の粒が張り付いて白い鎧をかたどっていく。氷の嵐が晴れると、そこにいたのは月光に照らされて白く輝く、オオカミの意匠のラセンだった。

 ラセンはいつもの様にファイティングポーズを取ると、闘士のヴァーミンに向かって跳びかかる。掴みかかって地面を転がり、立ち上がってヴァーミンを引き裂く。反撃を最小限の動きで躱し、的確に鋭いカウンターを叩きこむ。若干の荒々しさは感じるが、いつも通りの師匠のスタイルだ。

 

「くそっ!」

 

 そう聞こえると同時に腰のクリスタルが熱くなり、咄嗟に身体を捻ると光線が真上を通り過ぎていった。

 そうだ呆気に取られている場合じゃない。分断できた今こそ好機だ。

 

「やってくれたな……!」

 

 俺は拳を握り、魔女のヴァーミンへと立ち向かっていく。

 

 

 

 

 

「ウオオオオオオッ!」

 

 私が相手取ったヴァーミンが突如吠えると、周囲に突如として格闘技のリングの様な物が現れる。同時に私の拳を覆っていた氷が消え、再び纏おうとしたが何故か出せなかった。

 

「無駄だ、ここでは小細工無しだ」

「成程……」

 

 恐らくこの空間はクリスタルの特殊能力を封じ、純粋な身体能力での勝負に持ち込む為のフィールド……つまりは、マジのタイマンをお望みと言う事だ。

 豪速のストレートが飛んでくるのを後ろに宙返りして躱し、連続して繰り出されるジャブを捌き、隙が出来た所で跳躍、ヴァーミンの後ろに回り込む。

 

「ッシャア!」

 

 ヴァーミンが振り向きざまに放った拳を躱し、そこにカウンターのパンチ。そして怯んだ所に回し蹴りを見舞う。

 

「馬鹿な……」

「悪いけど、今の私は絶好調なんだ」

 

 立ち上がっての反撃をしゃがんで避け、ローキックで足元を刈る。倒れた所に踵を突き刺すと、周囲のリングがふっと姿を消した。

 

「今度こそ、終わりだ」

 

 後ろに跳んで距離を取り、ドライバーの上側面を叩く。解放されたエネルギーが脚に集まり、右脚の踵と左脚のつま先に氷の牙が顕現する。

 左脚を引いて腰を落とし、そしてその場で跳躍する。右脚を上へと伸ばし、狙うはヴァーミンの首元。

 

「はあああああっ!」

 

 そしてオオカミの幻視と共にヴァーミンに両脚で食らい付き、嚙み砕く。爆発が起き、炎が鎮まった後には大柄な男と、藍色のクリスタルが転がっていた。

 

 

 

 

 

「弟子クン!」

 

 ヴルムが声に振り返ると、何かが飛んできたので反射的にキャッチする。それは先程大柄な男が使っていた、藍色のクリスタルだ。

 

「それ使って!あいつには効くと思う!」

「師匠……良し!」

 

 ラセンの言葉に従ってヴルムはドライバーのトレイを引き出し、クリスタルを入れ替えて、再装填。

 

FIGHTER(ファイター)

 

 合成音声が発せられると共にヴルムの身体を波動が包み込み、それが分厚い藍色の鎧に変わる。両拳には巨大なナックルを装備し、変わらぬ緑の瞳で敵を見据えた。

 それと同時に、先程と同じリングが出現する。その中に囚われた魔女のヴァーミンが力を振おうとするが、何も起きなかった。

 

「何だこれは……一体どうなって……!」

「ここから、反撃開始だ!」

 

 ずんとヴァーミンに接近したヴルムが拳を振い、ヴァーミンの胴を撃つ。一撃でヴァーミンは吹き飛び、リングに叩きつけられる。

 

「ガッ……!」

「まだまだぁ!」

 

 右、左とヴルムの拳のラッシュがヴァーミンの身体を次々と撃つ。衝撃でヴァーミンが再び吹き飛び、今度は場外へと叩きだされる。

 

「ま、待ってくれ!もう騒ぎは起こさない!闇医者営業も止める!だから許してくれ!」

 

 リングの外へと降り立ったヴルムは、その言葉を聞いてゆっくりとヴァーミンに近づく。

 

「二度と人に危害を加えないか?」

「あ、ああ、約束する。だから……!」

「じゃあクリスタルを渡してもらおうか」

「っ……!あ、ああ、分かった」

 

 変身を解いた村上に、ヴルムは近づいて手を差し出す。村上はその手に、自分が持っていたクリスタルを置く。

 

 

 

 その寸前で、ヴルムはドライバーの右側面を叩いた。

 

 

 

「たあっ!」

 

 振り向きざまにヴルムが放ったエネルギーを纏う拳が、背後から襲い掛かろうとした魔女のヴァーミンの胴を撃ち抜いた。

 爆発が起こると共に村上の幻影はかき消え、炎の中から気を失った本物の村上が現れる。その傍らに転がった黄色のクリスタルを拾い上げ、ヴルムは変身を解除した。

 

「ナイスファイト」

 

 青葉楓が親指を立てるのを見て、真哉も同じく親指を立ててみせる。

 

「師匠も、ですよ」

 

 二人の頭上には、晴れやかな夜空が広がっていた。

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃーん」

 

 後日、花恵病院を訪れると、証言をしてくれた少年が声をかけてきた。

 

「お兄ちゃん、ほんとに幽霊やっつけてくれたの?」

「勿論!ちゃんと約束守ったからな」

「……うん!」

 

 目を輝かせて頷く少年の頭を撫でながら、現状を思い返す。

 ヴァーミンを倒した事でポルターガイスト騒ぎはすっかり収まり、噂も風化している様だった。花恵病院には安寧が戻り、また村上の行っていた闇医者営業が明らかになった事でまた忙しくもなった。信頼を回復するには時間がかかるだろうが、きっと大丈夫だろう。だって萩野さんと美咲さんがいるのだから。

 師匠もすっかり快復し、普通の生活に戻った。今までと同じ師匠のいる日常が、戻ってきたのだ。たった二日間でそこまで言うか、そんなに寝てないと師匠は言っていたが、俺は気が気じゃなかったので二日間も永遠に感じられたのだから仕方ない。

 事件は見事解決し、俺は美咲さんからの依頼を達成した。

 のだが……。

 

「あのヴァーミン……」

 

 闘士のヴァーミンに変身していたあの男は、戦う前に妙な事を言っていた。

 

『この前の礼、たっぷりと返させてもらうぞ、仮面ライダー』

 

 あの男は確かにそう言った。

 しかし、俺も師匠も、あの男に見覚えが無かった。

 あの男が傷を負ったのは、騒ぎが始まった日と同じ頃だろう。つまりは最近戦ったはずで、でも俺も師匠も対応した記憶は無い。

 あの怪我の原因となった何かを仮面ライダーと見間違えたのか。しかしヴァーミンに傷を負わせる様な存在はそう多くない。同じヴァーミンか、もしくは……。

 

 

 

 まさか。

 

 

 

「俺達以外の、仮面ライダー……?」

 

 

 

 

 

 闇の中を、男が逃げている。

 その男が逃げた先は運の悪い事に行き止まりで、走った勢い余って男は金網にもたれかかった。幾らもがいてもその先に行けるはずも無く、男は恐怖の表情を浮かべながら振り返る。

 

「来るな……来るなあああああっ!」

 

 男の絶叫が木霊する高架下を、静かに歩く影が一つ。

 黒いフードを被り、仄かに赤が混じる黒の鎧に身を包んだ者。右腕には特徴的な形状の銃を持ち、左腕の装甲から鋭い爪が伸びる。

 その者の大きな瞳は、血の色に輝いていた。

 

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