仮面ライダーラセン   作:赫牛

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鏑木桜の事件簿(1)

 私は鏑木桜(かぶらぎさくら)。23歳。職業は警察官。階級は巡査部長。捜査一課の強行犯係4班に所属……ではあるのだが、近頃は活発になっているヴァーミン関連事件の捜査に駆り出される事が多くなっている(私だけと言う事ではなく捜査一課全体がそうなっている)。

 これだけ聞くと貴方達は私の事を、花恵市で勤めるごく一般的な警察官、と言う様に捉えるだろう。いや、別にそれは間違っていないのだけれど、正しく言えばそれだけではない。

 私は警察内部で得た情報を仮面ライダー……つまり私の友人である所の青葉楓に提供する、言わば協力者である。

 提供、等と言えば聞こえは良いが、実際には私が独断で情報を横流ししたり、誰もいないタイミングを見計らって楓達に現場検証させたりしているだけで、グレーと言うより普通にアウトな事をしている自覚はある。だけれども、実際警察上層部に任せるよりも楓に任せた方が確実だし安心できるのもまた事実で、だからこそリスクを承知で彼女達に協力している。

 そんな事をやり始めてから既に2年とちょっと。まだお上からのお咎めも無いし、この事について誰かから言及された事も無い。気付いていないのか、気付いているけど見逃されているのか。自分は薄い氷の上に立っていて、何かのはずみですぐ真っ逆さまに落ちて行く、そんな不安を抱えながら今日も仕事を終えた。

 そんな事をしていたら当然ストレスも人一倍で、しかしプライベートの時間がそんなにある訳でもない。であるからして、私のストレス解消法は手っ取り早いものを選びがちになり、それはつまり。

 

「ぷはぁーっ!……やっぱビールって最高ですね!」

 

 仕事終わりの飲みの場でしこたま酒を飲む事である。

 20歳を迎えたばかりの頃にはただの麦ジュースとしか思えなかったビールだったが、様々な経験を積んだ今ではすっかりその魅力の虜になってしまった。最早立派なアル中と言っても過言ではない。

 

「鏑木ー、そんな調子だったらまた潰れるぞー?」

 

 そんな私をサシ飲みの相手……鉤川綾人(かぎかわあやと)班長はたしなめる。だがいつもの仏の様なにこやかな表情のせいであまり効果が無い。

 

「だってぇ、ちょっと聞いただけなのにあんなにつっけんどんとしなくても良いじゃないですかぁ!こっちだって形式上確認してるって分かんないかなー!」

「まあいきなりお宅の更生プログラムどうなってますかって聞くのもな……」

 

 ヴァーミンによる犯罪が増加の一途を辿る中、問題視されているのは過去にヴァーミンになった者による再犯だ。他の受講者達よりも念入りにケアを受けているはずなのだが、彼らはどこからかクリスタルを調達し再び異形へと姿を変えてしまう。目的を達成できなかった無念が彼らを動かしているのか、それは私の知る所ではない。

 とは言え、今むかむかしているのは自分に外れくじが回ってきた事に対してだが。

 

「皆大変だから、余裕が無くなるのも仕方ない。ここは心を広く、海の様にして許してあげよう」

「そうですよ、私は優しいですからねー!皆予定があるからって飲みに付き合ってくれなくても怒ってませんよー!」

「もしかしてもう酔ってる?」

 

 酔ってない酔ってない。ジョッキをほぼイッキしたからって別に酔ってない。

 

「若い内からそんなだと、後で大変だぞー?」

「はー……じゃあ班長はこう言う時どう発散してるんですぅ?」

「俺?俺は……映画とか?」

「映画かぁ……うーん、相手探すのめんどくさそう……」

「俺一人で観に行くけど」

「一人ぃ?班長、一緒に行ってくれる人いないんですかぁ?」

「はは、忙しいからな」

「えー……私絶対無理だ」

 

 一人で映画はちょっと敷居高いかもしれない。でも忙しいのは確かに事実だし、現に楓や美咲達とも予定なかなか合わないし、ひょっとして私も班長の様に一人映画する未来が……ないか。その前に私は酒に溺れてる、絶対。

 

「班長煙草とか吸わないんですか?」

「煙草……は吸わないな」

「ええーそうなんですかぁ?おすすめの銘柄とか聞いてみようと思ったのに」

「おいおい、酒の上に煙草って、体は大事にしなさい」

 

 そうなんだー、煙草吸ってないんだー。

 でもこの前班長のデスクをちらっと見た時、ライター持ってた様な気がするけど気のせいなのかな?

 まあいっか。別に吸ってようが吸ってまいが私には関係無い。

 

「すみませぇん、生一つ!」

 

 

 

 

 

 気が付くと車に揺られていた。

 

「起きました?お客さん」

「え、あー……」

「一応ここまでお送りとの事だったんですけど、大丈夫です?」

「え……大丈夫です」

「ありがとうございます……あの人、恋人さん?」

「……誰が?」

「あの……なんて言うか、柔らかーい感じの人」

「柔らか……あー、違います。上司です」

「あら、じゃあお客さん、酒癖悪い方だ」

 

 はははと笑う運転手。私は回らない頭で朧げな記憶を頼りに状況を整理する。

 柔らかい感じの人、は間違いなく班長だろう。班長がタクシーを捕まえてくれて、ついでに私の住所を伝えてくれたんだ。住所を知っているのは何回か同じ様な事があってその度に私が口走るから覚えたのだろう。一連の流れをほぼ覚えていなくて推測だが、多分合っている。

 

「すみません、ありがとうございます……ええと、幾らですか?」

「あ、大丈夫ですよ。もう貰ってますんで」

「あー……ありがとうございました」

 

 本当、班長には頭が上がらない。

 タクシーを降りてアパートの階段を昇り、部屋の鍵を開ける。電気も点けずにベッドに寝転がる。

 知らず知らずの内に、ため息をついていた。

 警察官になった動機がヴァーミンにある訳ではない。だから絶対に何とかしたいと言う訳じゃないけど、それでも仕事は仕事だ。責任と誇りがある。

 だけど。

 どれだけ犯人を検挙したとしても、彼らはまた人を傷つける。

 ならば、私達のやっている事に、果たして意味はあるのか。

 

「痛み無くして得るもの無し、か……」

 

 班長がよく言う言葉だ。目的の証拠を得るまではじっと耐えなければならない、と言う意味。

 であればこれも痛み、と言う事なのだろうか。

 どうだろう、得るものがあった気がしないけど。でも続けた先に何かがあると信じてやるしかない。そう言う言葉だ。班長を見ていたらこの言葉にも説得力がある様に感じるし。

 兎に角私達が頑張れば、いつかは終わりが見える。そのはずだ。

 そう、信じたい。

 

 

 

 

 

 目を開けると、カーテン越しでも厳しい朝日が目を刺した。

 慌てて時計を見ると、午前6時になったばかり。手遅れではなかった事に安堵する。

 自分の格好を確認すると、昨日帰ってきた時と変わらぬスーツ姿。風呂も入っていない。こんなかちかちの格好で良く寝れたものだ。

 まだ余裕はあるがゆっくりはしていられない。そこまでメイクとかにこだわりは無いけど、それでも時間はかかるのだ。

 スーツは雑に脱ぎ捨て、シャワーを浴びながら温度を調節する。少し気持ち悪いのを堪えて烏の行水を済ませ、さっと体を拭いてインスタントの味噌汁をお椀にぶち込みお湯を注ぐ。下着とアンダーシャツだけ着て髪を乾かし、やっと一息ついて味噌汁を啜ると気分が多少は楽になった。

 くあっと欠伸をして、一応テレビを点けてみる。事件に関する事なんてメディアよりも私の方が詳しいのは百も承知なのだけれど念のため……なんてお題目を立てているが、とどのつまり無音が寂しいだけだ。

 思えばこの2カ月程は同僚と話すか、偶に楓の手伝いをするくらいでしか人とふれあっていない。私のプライベートと言えば家でごろごろゲームしてるくらいしかない。久々5人で集まりたいけど如何せん予定が合わないからなあ。

 まあ仕方無い。皆各々やりたい事、やるべき事をやってるんだから。私も頑張らないと。

 

「……っし!」

 

 強く頬を叩いて喝を入れ、白シャツを手に取った。

 

 

 

 

 

 出動命令が下ったのはその日の午後だった。

 現場は幹間岳の山中、およそ6合目に位置していた。

 

「すみません、4班の鉤川です」

 

 班長が手帳を見せながら規制線をくぐる後を、見張りの警官に一礼して続く。

木々が鬱蒼と茂る中、遺体はその凄惨な姿を晒していた。事前に聞かされている通りの状態の通りなら、血が滲む服ごと皮膚が切り裂かれているはずだ。

 遺体に手を合わせ顔を確認する。短髪の女性の顔は白く、口は半開きで目は虚空を見つめていた。苦しんだのか安らかだったのか、表情からは読み取れない。

 

「鉤川さん」

 

 班長を見つけた鑑識が近寄ってくる。

 

「身元は?」

増本千秋(ますもとちあき)、28歳会社員です。ご家族に確認した所、昨夜から連絡が取れなくなっていたようで……死亡推定時刻とも一致してます」

「成程」

 

 淡々と状況が確認されていく。だがそれらには重要な単語が抜け落ちている。

 この事件は、ヴァーミンによって引き起こされたもの。

 実はこの遺体を発見して通報したのは楓なのだ。曰く、クリスタルが励起状態になった反応をキャッチして向かったが間に合わなかったと。

 ヴァーミンの力による犯行だと仮定するなら、被害者はここで殺害された事になる。つまり犯人はクリスタルを使わず、ここまで被害者を連れてきた。グループでの犯行ならば女性一人くらい連れ去るのはなんてことないだろうが、もし単独犯だった場合、不意を討つか油断させてここまで来させたと言う事も考えられる。後者ならば被害者に近しい関係にある者と絞り込む事もできるが、流石にこの段階でそうだと特定はできない。ヴァーミンによる犯行ならば怨恨の線が濃いが、どうやってそれを伝えようか……。

 

「鏑木……鏑木」

「あ、はいすみません」

「一先ず会社周辺の聞き込み行くぞ」

「はい」

 

 思案するのは一旦置いておき、班長に続いて現場を後にする。

 

 

 

 

 

 増本千秋が勤めていた会社、『サンジョーフーズ』は食品加工から畜産農家のサポートまで、食品に関する事業を手広く行う、『サンジョーホールディングス』の一子会社である。

 本当であれば従業員一人一人に聞き込みたい所だが、業務に支障が出るとの事で社長を始めとした上層部の6人にしか聴取できず、その内容も別段目を見張るものでもなかった。増本さんの勤務態度に問題は無く、特に大きなトラブル等も無い……それが上層部の見解だった。これが本当かどうかは分からないが、信じるならば会社関係での人間関係によるものではないようだ。

 となるとプライベートでの交友関係を洗う必要があるが、それを調べられるのは携帯等の証拠物品が鑑識に回ってからになる。聞き込みは一旦終わりだ。

 

「班長、どうします?」

「そうだなぁ……飯にするか」

「……はい」

 

 こう言う時に焦らない……悪く言えば呑気なのが班長なのだ。

 

 

 

 

 

「はい、醤油2つね」

 

 ごとりと置かれた醤油ラーメンに手を合わせ、麺をすする。もちもちとした食感の麺に少し濃い目のスープが絡み、疲れた体ががつんと揺さぶられる。夜でも酷暑が続く昨今だが、それでこそこう言う食事をしてしまうのも人間の性なのだろう。

 

「携帯、明日までに帰ってきますかねぇ」

「どうだろうなぁ」

 

 携帯のメッセージ履歴、通話履歴、連絡先、その他諸々を調べ終えるのにいつまでかかるだろうか。そしてそれらの捜査は私達にお鉢が回ってくるのだろうか。

 しっかりとしたタレに染まった味玉を口に運びながらも、頭は捜査の事を考える。

 

「と言うかそもそも、サンジョーの証言どうなんです?」

「まあ嘘だろうな」

「え?」

 

 聞いておいて驚く私をよそに、班長は麺を啜る。

 

「それどう言う事ですか?」

「全員何も問題無いとはっきり証言しただろ」

「そうですね、それが?」

「増本千秋は別段ポジションがあると言う訳でもないのに、何故か上層部全員が彼女の勤務態度を見てきたかの様に問題無いと断言した。普通なら木っ端の人間の事なんて把握してないから少なからず伝聞の表現が入るはずだ」

「そっか……って事は班長!」

「彼等は嘘をついている。増本千秋には上層部に把握されるだけの何かがあった」

 

 口を揃えて皆が何も無かったと証言している……口裏を合わせている可能性がある。

 

「でも、証言だけで何度も伺うのは……」

「難しいだろうなぁ……何か物的証拠があれば話は早いんだが……」

「やっぱり多少強引にでも捜査をしておくべきでした……」

「まあそう焦るな、痛み無くして得るもの無し、だ」

 

 班長はやっぱり呑気な笑みを浮かべると、丼を持ち上げてスープを啜ったのだった。

 

 

 

 

 

 事態が進展したのは次の日だった。サンジョーフーズから不審物があると通報があったのだ。

 

「これは……」

 

 サンジョーフーズ本社のオフィス、増本千秋が勤めていた部署。小洒落た雰囲気のデスクに置かれていたと言うのは。

 

「『誰が殺したか私は知っている』……?」

 

 切り抜いた新聞の文字で作られた、一片のメッセージカードだった。

 

「今朝出勤したらこれがあって」

「何時頃ですか?」

「8時半を過ぎた辺りです。私以外には誰もいませんでした」

 

 怯えた様に話す課長に、班長がちょっとと肩を叩く。

 

「あのデスク、空いてるんですか?」

「ああ、昨日丁度退職者が出まして……」

「誰か教えていただけますか?」

「いやぁ、もう退職しておりますので……」

「そこを何とか、捜査で必要ですので」

 

 一瞬逡巡した課長は、意を決した様に口を開いた。

 

水谷(みずたに)と言います……営業の成績がトップだったんですが、何故か急に辞めると」

「住所は?」

「そこまではちょっと……」

「どうせ調べれば分かるんだ、今は我々に協力した方が印象が良いのでは?」

「……分かりました」

 

 ちょっと失礼と席を立った課長は、一枚の印刷物を持って戻ってくる。

 

「こちらです……あの、どうか取り扱いには――」

「分かってますよ。ありがとうございました。行くぞ」

「は、はい」

 

 それだけ貰って、班長と私はオフィスを後にした。

 

 

 

 

 

「もっと調べなくて良かったんですか?」

 

 運転する私の横で、班長はメモ帳にさっき得た情報を書き写している。

 

「隠し事のある企業に警察が来て、その日の内に一人辞める……とんだ偶然だ」

「班長は水谷さんが犯人だと?」

「辞めるって事は、被害者との間に何かあったと言ってるようなもんだろ」

「ほんとに偶々って事もあるかもしれませんよ」

「そうだな」

 

 とは言いつつ、目的地は変えない。班長はもう確信しているのだ。

 

「……分かりました」

 

 普段は呑気だけどこう言う時は頑固なのは知っているので、私も従う事にした。

 

 

 

 

 

 花恵市西区のタウンハウスの一角に水谷正志(まさし)の住まいはあった。配偶者や子供は無い様だが、果たしているのだろうか。

 インターフォンを鳴らすと応えがあった。少し戸惑った様な、しかし落ち着いた男の声だった。

 

「すみません警察です。増本千秋さんについて少しお話を伺いたいのですが」

「……はい、分かりました」

 

 そう応えが帰ってきたので待つが、ドアは開かない。ちらりとアイコンタクトして、建物の裏に回り込むと反対方向へと走っていくスウェット姿の男がいた。見た目の特徴が、資料にあった写真と合致する。

 

「班長!」

 

 叫んでから、水谷を追いかける。最初はかなり距離が離れていたが徐々に追いついていき、もう少しで手が届く範囲まで来た所で水谷が振り返る。

 

「ち、近づくな!」

 

 そう叫ぶ水谷が手に持っていたのは黒く硬質に光るクリスタルだった。

 

「ちょっとでも近づいたら、これを使うぞ!」

「落ち着いて、それを下して」

 

 トーンを下げて説得を試みるが、全身を緊張と恐怖で震わす相手に効いている様子は無い。

 

「話を聞きに来ただけなんです!まだ貴方が犯人だと決まった訳じゃ――」

「うるさい!……そんなのちょっと調べれば分かるんだ……ならここで……!」

 

 水谷の瞳孔が大きくなり、クリスタルを握りこもうとした。クリスタルを使う気だ。

 

「待っ――」

 

 私が制止しようとした瞬間、銃声の様な音がした。次の瞬間水谷の手から血が噴き出し、クリスタルが弾け飛ぶ。

 

「うああああっ!……うっ、う……」

 

 呻く水谷を見て一瞬思考が固まるが、すぐに近づいて腕を固め、制圧する。その中でもさっき起きた事象を思い返す。

 さっきの銃声は、楓の持つ結晶銃の物によく似ていた。

 しかし楓が変身前の人間を傷つける様な事をするとは思えない。あのお弟子くんも同様だ。

 じゃあ一体、誰が水谷を撃ったんだ?

 

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