仮面ライダーラセン   作:赫牛

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現在 奇妙な出会い(2)

「だめ……なんですか?」

 

 呆然とする俺に、目の前の女性は追い打ちをかける。

 

「そう。だめ。あなたを弟子にはしないよ」

 

 まるで興味がなくなったように顔を背け、カップを傾ける。

 

「そ、そこを何とか!俺どうしても仮面ライダーに——」

 

「しつこい」

 

 静かに、でも鋭く制止される。

 

「悪いけど、貴方の復讐に付き合ってる暇はないんだ」

 

「でも……」

 

「貴方、名前は?」

 

 そう言われて、まだ自分が名乗っていなかった事に気付く。

 

「あ……俺、鳴神真哉(なるかみまさや)って言います」

 

「真哉くん」

 

 再び師匠がこちらを向く。

 

「今すぐ君を警察に突き出すことだってできる。そうしないのは、私の優しさだと思って欲しい。見逃してあげるから、もう帰って」

 

 突き放すように言う師匠。

 そうであっても。

 

「それでも俺は、どうしても仮面ライダーにならないといけないんです」

 

 師匠がため息をつく。

 

「君も強情だね」

 

 

 

 その時。

 けたたましい警告音が、家中に響き渡る。

 

「これは……?」

 

 思わず耳を塞ごうとするが、縛られているために失敗に終わる。

 

「ちょうど良いや。ついでだから見ていって貰おうかな」

 

 師匠は慣れた様子で立ち上がる。

 手を縛っていたものが解ける感覚。

 

「ついて来て」

 

「はい……」

 

 言われるがままに、師匠について行く。

 廊下に出て、奥まったところにある扉へと入っていく。

 地下に続く階段を降りていくと、モニターなど様々な機器類が置かれた空間が広がっていた。

 

「ここは……?」

 

「私の基地。いろいろあるけど、今はこれ」

 

 師匠がモニターを指差す。花恵市の地図の上に、赤い点が表示されている。

 

「ここが今ヴァーミンが出た場所。今から向かうから、君もついて来て」

 

「え……良いんですか!?」

 

 これは予想外だった。というかついて来いということは……

 

「やっぱり弟子にしてくれる——」

 

「黙って」

 

 冷たい反応。

 

「弟子にするからじゃないよ」

 

「なら、どうして……」

 

「君に知ってほしいから」

 

 師匠が俺を真っ直ぐに見据える。

 

「仮面ライダーが、どんなものなのか」

 

「どんな、ものか……」

 

「時間がない。早く行くよ」

 

 停めてある緑のバイクに師匠が跨る。

 

「あの……俺はどうすれば?」

 

「後ろに乗って、私に掴まって」

 

「え、ええええっ!?そんな、いきなり……」

 

「いいから。置いていくよ?」

 

 ヘルメットを投げ渡される。

 

「は、はい……失礼します……」

 

 ヘルメットを装着し、座席に跨って恐る恐る師匠の肩に掴まる。

 

「肩でいいの?」

 

「へ?」

 

「別にいいけど。飛ばすから振り落とされないで」

 

 エンジンがうなりを上げる。

 

「や、やっぱりこっちで!」

 

 脅されるような音に耐えかねて腰に抱き着く。

 俺たちを乗せたバイクは、暗い地下道を猛スピードで走り出した。

 

 

 

 

 

 どんなに華やかな街であっても、影の部分は存在するものだ。

 俺と師匠が来たのは、そんな影の中でも最も身近な場所。

 常に不良学生が屯するスポットとして有名である、高架下だった。

 そしてもう、事は始まっている。

 

「ゆ、許してくれ国枝(くにえだ)……もうお前のこと馬鹿になんてしない!だから頼む!」

 

 許しを乞いながら後退りする青年。

 その目の前に、化け物がいる。

 

菊池(きくち)さん……もうあんたにへこへこするのはうんざりなんだ……」

 

 化け物の後ろには、既に化け物に襲われた不良たちが倒れている。

 

「なんだよ、そんなにびびっちゃってさあ。いつもみたいに命令してみろよ。なぁ」

 

 腰が抜けて倒れ込んだ青年の頭を掴み、無理矢理顔を上げさせる化け物。

 青年の顔は恐怖で歪んでいる。

 

 何とかしないと。

 そうは思っても足が動かない。

 まるで地面に張り付いてしまったかのように、一歩も踏み出せない。

 俺も恐怖しているのだ。

 目の前の怪異に。その惨劇に。

 

 だが、彼女は俺とは違う。

 硬直していた俺を、銃声が正気に戻した。

 師匠が小型の銃のようなものを構えている。

 

「なんだぁ、お前」

 

 化け物の注意がこちらに向いた。

 

「早く逃げて!」

 

「う、あ、あ……」

 

 師匠がそう言うと、青年はおぼつかない足取りながらも逃げ出す。

 

「待て——」

 

 追いかけようとする化け物に、師匠が更に銃弾を撃ち込む。

 

「お前、殺されたいのか!」

 

 先程までの態度が一変して、化け物から殺気が漏れ出る。

 

「離れてて」

 

 師匠はそう言うと、懐から妙な機械を取り出し腰に当てる。

 帯が腰に巻き付き、機械が固定される。

 師匠が変身するときに使うもの……仮面ライダーの『ベルト』だ。

 師匠が手を交差させ、胸元に引いてから右手を斜め前へと突き出す。

 

「変身!」

 

 そう師匠が叫ぶと、そこに小さな嵐が巻き起こる。

 そして師匠の姿が変わっていく。

 鮮やかな緑の鎧を纏い、大きな赤い目を持つ戦士。

 

「仮面ライダー!?」

 

 化け物が驚きを露わにする。

 その瞬間には、戦士の姿は既に化け物の目前に迫っていた。

 

「はっ!」

 

 鋭く叫び、化け物にパンチを命中させる。

 化け物が大きく後退る。

 そして次が、また次が、風を纏う拳が徐々に速さを増しながら繰り出される。

 

「この……っ!」

 

 再び距離が開いた時、化け物の姿が消えた。

 次の瞬間、仮面ライダーが吹き飛ばされる。

 先程まで仮面ライダーがいた場所に、化け物が爪を振り上げた姿勢で立っている。

 あの距離を、一瞬で移動したのか。

 そう思う間にも化け物は残像と共に、仮面ライダーに攻撃を加えていく。

 鎧から火花が散り、師匠が地面を転がる。

 このままじゃ負ける。

 そんな考えが頭によぎった。

 

 

 

 助けないと!

 

 

 

 足が嘘の様に軽くなる。

 

「うおおおおお!」

 

 叫びながら、化け物に掴みかかる。

 

「邪魔だ!」

 

 だが当然の如く、ぼろきれのように振り払われてしまう。

 

「ウラアッ!」

 

 化け物が爪を振り上げると、その衝撃が空を裂き、コンクリートにダメージを与える。

 気が付いて上を見たときには、瓦礫が降り注いできていた。

 もうだめだ。

 手で体を庇う。

 そのままの体勢で数瞬。

 瓦礫は、まだ降って来ない。

 不思議に思って見上げた先に。

 

「師匠……」

 

 師匠が手を真上にかざしていた。

 その手から出る緑の風が膜のようになって瓦礫を押しとどめている。

 そのまま瓦礫は風に運ばれ、誰もいない場所に落ちる。

 師匠は俺を一瞥すると、また化け物と向かい合う。

 師匠が動く。

 拳を、蹴りを、化け物に叩き込んでいく。

 だが再び、化け物が加速する。

 化け物が起こす攻撃の嵐の中心で、師匠が膝をついた。

 

「師匠!」

 

 仮面ライダーは動かない。

 唯静かに、化け物の動きを見ている。

 そして化け物が、背後から仮面ライダーを襲う。

 

 その瞬間。

 

「はあっ!」

 

 振り向いた仮面ライダーが、カウンターのパンチを放つ。

 

「ガアアアッ!?」

 

 化け物が大きく吹き飛ばされ、悶える。

 仮面ライダーがベルトの上側面を押すと、風がその右腕に集まっていく。

 そして化け物までの間合いを一気に詰め。

 

「はあっ!」

 

 大きく振りかぶった拳が、化け物の胸を撃ち抜く。

 

「ゴハアッ!」

 

 吹き飛ばされた化け物の胸から緑の光が放たれ、直後に爆発が起こる。

 煙の中から、まだ幼い青年が現れ倒れる。

 青年はその場で動かなくなった。

 

 俺は呆然と、その光景を眺めていた。

 変身を解いた師匠が近づいてくる。

 

「あ……師匠。さっきは……」

 

 助けてくれてありがとうございました。

 そう言おうとした時だった。

 

 

 

「馬鹿なの?」

 

 

 

「え……?」

 

 こちらを見下ろす師匠の目は、氷のように冷え切っていた。

 

「君の行動のせいで、君は死ぬとこだった」

 

「でも、俺は助けないとって思って——」

 

「それだけじゃない」

 

 厳しい声で、師匠が俺の言葉を遮る。

 

「自分だけなら、まだ良かった。それは君自身の責任だから。でも君は周りが見えていない。君が今いる場所は、自分以外誰もいなかった?」

 

 そう言われて周囲を見回す。

 俺のすぐ傍に、怪我をした青年たちが倒れている。

 

「あ……」

 

「わかった?君だけじゃない。もしかしたら何人も死ぬかもしれなかった」

 

 その言葉には、明らかに怒りが混じっている。

 

「君が後先考えないせいで、余計に誰かが傷つく」

 

 そして冷酷に、明確に告げられる。

 

 

 

「そんな人を、仮面ライダーにはできない」

 

 

 

 

 

 師匠に病院まで送って貰い、体を診てもらった帰り。

 アパートまでの道を、ただ歩いていく。

 怪我は軽い打撲だけだが、そこがずしりと重く感じる。

 師匠の言葉が、頭の中で繰り返される。

 

『そんな人を、仮面ライダーにはできない』

 

 そうだよな。当然だ。

 こんな馬鹿をする人間が、仮面ライダーたり得るはずがない。

 

 いつの間にか自分の部屋の玄関まで来ていた。

 鍵を開け、中に入る。

 そのままベッドまで行き、布団の上に倒れ込む。

 その間にも、後悔の念が渦巻いて。

 

「何やってんだろ……俺」

 

 仮面ライダーになるという目的は、果たせなくなった。

 それどころか、自分がどんな人間か思い知らされた。

 最低だ。

 こんなに自分が嫌いになったのは、あの日以来だ。

 

 あの日。

 目の前で父さんと母さんが殺された、あの日。

 何もできなかった自分が、嫌いになった。

 許せなかった。

 だから、足掻いた。

 何かができる自分になれるように。

 今度は助けられる自分になれるように。

 でも結局は、あの時と同じままだ。

 

 もう、諦めるしかないのか。

 というか、既に半ば諦めているようなものだ。

 俺ができることはない。

 だからこのまま、あの人とはもう関わらない。

 仮面ライダーになるなんていう妄想も、捨てるべき時が来たのだ。

 それでいい。そしてまた明日から、何事もなかったように生きる。

 

 目を開ける。

 いや、まだだ。

 まだ一つだけ、心の中で引っ掛かっているものがある。

 それをはっきりさせるまで、手を引くことはできない。

 余計なことかもしれない。

 あの人に、また否定されるかもしれない。

 それでも。

 俺自身が否定するのは、まだ早い。

 

 

 

 

 

 真哉くんを病院に送り届けた後、家に帰る頃には陽はすっかり落ち切っていた。

 照明を点けた部屋には暖かな光が溢れているけど、少し肌寒く感じる。

 とてもじゃないが何か食べるような気分ではない。

 

 廊下に出て、奥の扉を開ける。

 お父さんの書斎だ。

 ここに入ることは滅多にない。来るのは掃除の時。

 もしくは、私が迷っている時。

 

 外から差す光が、デスクと椅子を照らしている。

 少ししなだれたようなヘッドレストが、こちらを見ている。

 僅かに埃の積もった天板に手を置く。

 

「お父さん」

 

 これで良かったんだよね?

 彼の顔が、鮮明に思い起こされる。

 私が突き放したその時の顔。

 私が生き甲斐を奪った、その顔を。

 

 でも、これで良いんだ。

 彼はきっと、あんな無茶をこれからも繰り返す。

 もし仮面ライダーになれば、力を持ってしまえばその傾向はさらに顕著になるだろう。

 仮面ライダーになんかならない方が、彼の身の為だ。

 だからこれで良かったんだ。私は間違ってない。

 私の指が、デスクの木目をなぞる。

 

 だけど。

 彼の気持ちは、本物だった。

 仮面ライダーになりたいという想いは、確かに本物だった。

 単なる憧れや興味などではなく、心からその力を欲していた。

 強く否定しないと消せないような、凄まじい炎だった。

 本当に、否定してしまって良かったのだろうか。

 あんなに真っ直ぐな心を、見て見ぬふりするのが正解だったのだろうか。

 わからない。

 お父さんもこんな気持ちだったのだろうか。

 

 手が自然に、ネックレスに触れている。

 どうしてもあの青年に、自分を重ねてしまう。

 5年前、お父さんと初めて出会った、あの私に。

 お父さんはどう思ったんだろう。

 馬鹿みたいに真っ直ぐな、あの時の私を。

 答えが欲しい。

 教えてほしい。

 

 

 

「ねえ、お父さん」

 

 お父さんは、なんで私を弟子にしてくれたの?

 

 

 

 

 

 翌朝。

 ビルが立ち並ぶオフィス街から少し離れた場所。

 マンションや民家の多いエリアに位置する、一際巨大な建造物。

 この街の医療の中心である『花恵病院』を、俺は訪ねていた。

 診察を受けに来たのではない。

 

「今日はどういった用件で?」

 

 受付の看護師に尋ねられる。

 

「面会で……友達の国枝(ゆう)が入院したって聞いて」

 

 少々お待ちください、と看護師が端末をチェックする。

 国枝優というのは、昨日化け物に変わった青年のことだ。

 俺が診察を受け、病院から出るときに担架に乗せられた彼とすれ違っていた。

 優という名前を知っているのは、付き添っていた母親が口にしていたからだ。

 

「2階の215号室です。ご案内致しましょうか?」

 

「はい、お願いします」

 

 奥から別の看護師が出てきて、案内をしてくれることになった。

 

 俺がここに来たのは彼と話をするためだ。

 どうしても一つ、聞いておきたいことがあったのだ。

 それだけが心残り。それを聞くまでは、俺は諦められない。

 

「でも良かったですね。優くん、怪我は大したことなくて」

 

「そ、そうですね」

 

 他愛ない話をしながらエレベーターに乗り、215号室を目指す。

 白い廊下に、二つの足音が響き渡る。

 

 215号室は、エレベーターからは遠いところにあった。

 あまり騒ぎすぎないでくださいね、と釘を刺されつつ、病室に入る。

 窓際のベッドで、国枝優は外の景色を眺めていた。

 他のベッドは空。彼一人だ。

 

「国枝優くん、だよね」

 

 振り向いた国枝優の顔に驚愕の色が現れる。

 

「あんた……」

 

「俺、鳴神真哉。君と話がしたくて来た」

 

 俺が椅子に座ると、彼は顔を背けた。

 

「話すことなんてないだろ」

 

「そうだな。言い方が悪かった。君に聞きたいことがあるんだ」

 

「……なんだよ」

 

 僅かに顔をこちらに向けた彼は、まだ胡散臭いものを見る目をしていた。

 余計なことを言うより、単刀直入に聞くべきだろう。

 

「なんで君は、化け物になって友達を襲ったんだ?」

 

 彼の動機。それが知りたくて、ここに来た。

 

 彼の目が、俺を鋭く睨みつける。

 

「友達なんかじゃない……!」

 

「違うのか?」

 

 国枝優は体を震わせながら口を開く。

 

「あいつら……特にあの菊池は、俺のこと小間使いとしか思ってなかった……いっつも俺に命令して、自分たちだけいい思いして、俺のことなんてどうでも良くて……!」

 

「だから化け物になって、復讐したってことか」

 

 それが彼を駆り立てる理由。彼の心に巣くう炎。

 

「ああそうだよ!悪いか?あいつらが俺にそうさせたんだ!全部あいつらのせいだよ!」

 

 彼の主張は、わからなくもない。

 でも。

 

「それは違う」

 

 それは否定しないといけない。

 

「は……?」

 

 彼の疑問に、目を見て応える。

 

 

 

「自分の復讐は、自分で責任持たないと」

 

 

 

「責任とか……唯の仕返しじゃん」

 

「そうであっても、君がそうしようと思ったんだろ?」

 

 それなら。

 

「責任の所在を、他人に委ねるべきじゃない。それは君が抗った証なんだから」

 

「俺が、抗った証……」

 

 俺の言葉は、彼に伝わっているだろうか。

 いや。

 それ自体も、彼が決めることだ。

 

 

 

「だったら、お前が責任取ってくれるんだよなあ、国枝」

 

 

 

 背後から、そんな声が投げかけられる。

 病室の入り口に立っていたのは。

 

「菊池さん……!」

 

「昨日はやってくれたよなあ。満足したか?どうだ?」

 

 菊池と呼ばれた青年が、国枝優を威圧する。

 

「俺は思い知ったよ。すげぇ怖いってさあ」

 

「何を言って……」

 

 俺の疑問に、菊池は懐から結晶を取り出すことで答えた。

 

「こいつを使えば、怖いくらいの力が手に入るってなあ!」

 

「それは……?」

 

 黄色に輝く結晶は、その周囲の空間だけが歪んでいるようにも見える。

 

「俺の……!」

 

 国枝優が叫ぶ。

 

「ははは、はははははは!」

 

 菊池が笑いながら、結晶を自分の胸に押し当てる。

 結晶は彼の胸に吸い込まれ、体が膨張し始める。

 そして現れたのは化け物。

 昨日国枝優だったはずの、あの化け物だった。

 

 

 

「ハハハハハハ!こいつはすげえ!いい気分だぁ」

 

 ネコ科の動物のように変わった肌を見て、化け物が歓喜する。

 肉食獣の瞳が、俺たちを捕捉する。

 いや、呆けている場合じゃない。

 この状況、非常にまずい。

 唯一の出口は化け物の後ろだ。このままでは逃げられない。。

 となると、俺にできることは一つだ。

 

「うおおおおお!」

 

 化け物に組み付く。

 

「逃げろ!」

 

「え……?」

 

「早く!」

 

 硬直していた国枝優も、俺の言葉で気が付き外に走り出す。

 

「逃げられると思ってんのか!」

 

 化け物は俺をいとも簡単に突き飛ばし、病室を出ていく。

 

「くっ……待て!」

 

 その姿を追いかけ、後ろから組み付く。

 

「邪魔だ!」

 

 化け物が片手で払うだけで、俺は吹き飛ばされる。

 

「かはぁっ……」

 

 目がちかちかする。遠くの方で、人々の悲鳴が聞こえる。

 それでも立ち上がり、化け物を追いかけた。

 

 

 

 

 

 国枝優が逃げたのは中庭だった。

 気が動転して出口がわからなかったのだろうか。

 立ち止まっている間にも、死神の足音が近づいてくる。

 進むしかない。

 逃げる。逃げる。逃げる。

 どんなに遠く離れても、足音は国枝優の耳に付きまとう。

 

「国枝ぁ」

 

「ひいぃ!」

 

 耳元で野獣が囁く。

 いつの間にか追いつかれていたのだ。

 

「菊池さんっ……許して、許してぇっ!」

 

「そうだ。もっと命乞いしろ。ちゃんと見といてやるからよ」

 

 化け物はこの状況を心底楽しむように、ゆっくりと国枝優に迫る。

 

 

 

 

 

「やめろおおおおっ!」

 

 化け物を羽交い絞めにしようとする。

 

「ああうぜえなぁ!」

 

 しかし腕を掴まれ、投げ飛ばされる。

 それでも国枝優を守るように化け物の前に立ちふさがる俺に、化け物が苛立ちを見せる。

 

「しつけえなあお前も」

 

 光る爪を見せつけるように威圧する化け物。

 

「まずお前からやってやるよ」

 

 宣告。恐怖が俺を包み込む。

 でも、逃げない。

 抗うように、化け物を睨みつける。

 化け物の苛立ちが頂点に達したようだ。

 

「ウラアアッ!」

 

 迫ってくる爪がもたらす結果を覚悟して、目を瞑る。

 

 

 

 その時、風が吹いた。

 

 

 

「ウガアアアッ!」

 

 化け物の叫び声が聞こえる。

 目を開けたそこには。

 

「仮面……ライダー……!」

 

 戦士が立っていた。

 仮面ライダーが振り向く。

 

「何してるの?」

 

 昨日と同じ厳しい口調で問われる。

 

「また後先考えず動いて、死ぬかもしれなかったんだよ?」

 

 仮面の下の表情は見えなくても、容易に想像できる。

 

「君ができることなんてないのに、どうしてそんな無茶をするの?」

 

 昨日は何も言えなかった。

 でも今日は違う。

 

「確かにできることはないかもしれない……」

 

 でも。

 

 

 

「でもそれは、動かない理由にはならない」

 

 

 

 大きな赤い目を、真っ直ぐに見つめ返す。

 数秒が何十倍にも感じられる沈黙。

 それを破ったのは、彼女だった。

 

 

 

「馬鹿だね」

 

 

 

 罵倒される。

 でもその声は、とても穏やかだった。

 仮面ライダーが化け物に向き直る。

 

「その子を連れて隠れてて」

 

 その背中は、何よりも頼もしく見えた。

 

「はい!」

 

 国枝優を起こし、離れたところにある木へと走る。

 

「っ、待て!」

 

 追おうとする化け物の前に、仮面ライダーが立ちふさがる。

 両者はそのままにらみ合い、そして。

 

「ふっ!」

 

「アラアッ!」

 

 その中心点で、ぶつかり合った。

 

 先に仕掛けたのは化け物の方だった。

 手を大きく振りかぶり、爪で鎧を引き裂こうとする。

 だが、その一撃は届かない。

 仮面ライダーが腕で攻撃を受け止めたのだ。

 

「はっ!」

 

 そのまま化け物の鳩尾に拳を入れる。

 

「グウウッ!」

 

 怯んだ化け物を、更に蹴りで吹き飛ばす。

 後退った化け物が顔を上げた時。

 既に仮面ライダーは、化け物の目の前にいる。

 仮面ライダーが化け物に組み付き、その勢いのまま押し込む。

 ガラスを破壊しながら、両者は俺の視界から消えた。

 

 

 

 

 

 病院の外に出た私は、ヴァーミンを投げ飛ばした。

 地面を転がるヴァーミン。その容姿は、昨日戦ったものと全く同じだった。

 

 高架下でヴァーミンを倒した後、クリスタルを探したが、その欠片すら見つからなかった。

 となるとクリスタルは破損せず、誰かに持ち去られた可能性が高い。そう思って戦った時の状況を整理した。

 あの時付近には、人の姿は確認できなかった。

 被害者たちも、気を失って倒れている。あの状況で動けた人間は3人だけ。

 私と、真哉くん。

 そして、もう一つの可能性。

 おそらく隠れていたであろう、菊池と呼ばれた青年。

 もし彼がクリスタルを持っていたなら?

 彼らの会話から、菊池の方が普段立場が上だったことがわかる。

 プライドが傷つけられたことは、想像に難くない。

 なら彼は、その復讐として、ヴァーミンに変身していたあの子を襲う可能性が高い。

 そのことに遅まきながら気付いた私は、あの子が搬送された病院までバイクを走らせた。

 そして到着した時には、既にあの子と真哉くんが襲われる寸前だったのだ。

 

「てめえ……!」

 

 ふらふらと立ち上がるヴァーミンに、反撃の隙を与えず飛び蹴りを放つ。

 そのまま連続で蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。

 

「っちぃ……くそおっ!」

 

 不利を悟ったのか、ヴァーミンが背を向けて逃亡する。

 その移動速度は、気を抜くと目で追えない程だった。

 だが逃がす訳にはいかない。

 私がバイクに近づき、その上に跨る。

 その瞬間、緑の風がバイクを覆う。

 そのシルエットがより大きく、より鋭く変化していく。

 そして風を切り裂くように、私はマシンを走らせた。

 

 

 

 

 

 街を貫く国道を、ヴァーミンが駆け抜けていく。

 車の間を縫う様にして、ただひたすらに逃げる。

 その背中を追って、私もバイクを駆る。

 

 あの俊敏性、そして容姿を見る限り、クリスタルに宿っているのはネコ科の肉食獣……それもおそらくチーターの力だろう。

 緑のラセンの速さを以てしても、あれには追い付けない。

 だが、それは人対人で考えた時の話だ。

 ラセン本体ではなく、その力を受けたこのバイクであれば。

 スロットルを回し、出力を更に上げる。

 加速したバイクは、混乱で停止した車の上を軽々と跳び越えた。

 目の前には車はない。ヴァーミンだけが、街中を疾走する。

 更にスロットルを回し、加速する。

 数十メートルの距離を、一気に詰める。

 

「なに……!?」

 

 迫る駆動音に気付いたヴァーミンがこちらを見る。だが遅い。

 走る勢いのまま、バイクごとヴァーミンに体当たりする。

 

「ガアアアアアッ!」

 

 ヴァーミンの身体が地面に投げ出される。

 だが決定打とはならなかったらしい。

 体勢を立て直したヴァーミンは、進路を変え走り去る。

 私もそれを追って、再びバイクを走らせた。

 

 ヴァーミンが逃げていった先は、コンテナが積み重ねられた港湾施設だった。

 見失いそうになる姿を目で追いながら、バイクで敵の進路を妨害する。

 何度も方向を変え、逃げるヴァーミン。

 そして、倉庫が立ち並ぶ施設の端まで追い詰める。

 走りながらの誘導が上手くいったようだ。

 立ち尽くすヴァーミンに向かって、再びバイクで突撃する。

 ヴァーミンを跳ね飛ばした私は、ハンドルと車体を傾け、ブレーキをかけながら脚を地面につく。

 急激に減速したバイクは、倉庫手前で停止した。

 

「グ、ウウ……」

 

 よろめくヴァーミン。今が好機だ。

 今度こそ、確実に破壊する。

 

 

 

 

 

 ラセンがドライバーを操作し、腰を落とす。

 風が脚に吸収され、そして。

 

「ふっ!」

 

 少しの助走の後、跳躍。

 

「はああああああっ!」

 

 ヴァーミンにキックを放った。

 吹き飛ばされたヴァーミンが身体を押さえ。

 

「ガアアアアアアアアッ!」

 

 叫び声と共に、エネルギーを爆発させた。

 ラセンが立ち上がる。

 その瞳が、燻る炎を映し出していた。

 

 

 

 

 

 化け物騒ぎが収まった後、昨日と同じように応急処置を受けた帰り道。

 陽はもう少しで沈もうとしていた。

 夜はかなり冷え込むので、寄り道などはせず真っ直ぐに家を目指す。

 その間にも、今朝の出来事を回想する。

 昨日は何もできない、それどころか状況を悪化させていた。

 そんな自分が、誰かの助けになれた。

 それが嬉しかった。体中の痛みなど、些細なことのように思えた。

 

 そんなことを思ってると、バイクの駆動音が背後から近づいてくる。

 通り過ぎると思っていたその音は、俺のすぐ後ろで止まった。

 

「どこに行くの?」

 

 振り返ると、あの女性がいた。

 

「あ……家に、帰るとこです」

 

「そう」

 

 女性はバイクを降り、俺の隣に並ぶ。

 

「さっきはありがとう」

 

「え?」

 

 何に対してなんだろう。

 

「あの子のこと、守ってくれたでしょう?」

 

「ええと……知り合いとか、ですか?」

 

「ううん、違う」

 

 女性が微笑む。

 

「君があんな風に動けるような人だったのが、嬉しいんだ」

 

「そんなの……当たり前ですよ」

 

「その当たり前を他の人に押し付けちゃだめだよ」

 

 彼女は少し真面目な顔をして、俺の目を見る。

 

「君のはきっと、特別なものだから」

 

「……はい」

 

 彼女がまた前を見る。

 

「まあ君が後先考えずに動く馬鹿者で本当に良かった」

 

「それ絶対に褒めてないですよね」

 

「褒めてるよ」

 

「ほんとですか?」

 

「ほんとだよ」

 

 顔を見合わせ、お互いに吹き出す。

 

「じゃあ帰ろっか」

 

「はい……じゃあ俺、こっちなんで」

 

 T字路に差し掛かったところで、別れを告げた。

 のだが。

 

 

 

「どこに行くの?」

 

 

 

 また、呼び止められた。

 

「え、家、ですけど……」

 

「だから帰るんじゃないの?」

 

「え……」

 

 どういうことだ。

 

「だから、帰るんでしょ?私たちの家に」

 

 その言葉の、意味がわからない。

 私たちの……家?

 

「帰ったらやることがいっぱいだよ。掃除とか、メンテナンスとか」

 

「え、いや、え?」

 

 彼女がいたずらっぽく笑って続ける。

 

「お茶汲みでも、なんでもしてくれるんだよね」

 

「それって……」

 

 まさかと思った俺に、彼女がとどめの一撃を放つ。

 

 

 

「これからよろしくね……弟子クン」

 

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