仮面ライダーラセン   作:赫牛

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貴方の復讐(3)

 耳障りな音で目を覚ます。

 大音量で鳴る目覚まし時計を叩いて黙らせる。

 声とも欠伸ともつかない音が口から漏れ出た。

 心地の良い暖かさが俺を包み込んでいる。どこかとろけた思考のまま、自分の状況を整理する。

 俺はベッドの中にいる。今までのものとは段違いに寝心地が良い。うつ伏せになって手足を投げ出している。こんなにも熟睡できたと感じるのは久しぶりだ。

 カーテン越しの朝日が眩しい。寝ぼけ眼では部屋全体が白く光っている様にも見える。太陽が昇り切った後の力強い光線が顔の辺りに降り注いでいる。冬の早朝の薄暗さは微塵も感じない。

 そう。冬の早朝の明るさでは決してないのだ。

 ところで、朝の6時とは早朝に含まれているのだろうか。

 朝から勉学に励む学生や仕事に勤しむ社会人の場合、その時間に起きるのは学校や勤め先が遠い事が多いのではないかと思う。

 だとするとそうではない人々と比べるのなら、早い時間であると定義できるだろう。

 そしてもう一度言うが、冬の早朝はこれ程明るくはない事が多い。

 太陽が照り付けるのはもう少し経った頃。6時は空が白んでくる位の時間なのだ。

 だとすると、こんなにも太陽が眩しいのは、早朝、もっと言えば6時を過ぎている事とイコールである。

 昨日、師匠には6時頃に起きてねと言われていた。

 目覚まし時計も6時にセットし、眠りについたはずだ。

 目を瞬かせて時計にピントを合わせる。

 俺の想定通りであれば、針は中心で真っ直ぐ文字盤を分かつように開いているはずだ。

 まず見えた長針は文字盤の9を指している。今は〇時45分をという事だ。

 そして〇に入る数字、短針が指し示すは7と8の間。もう少しで8と重なりそうである。

 只今7時45分。

 寝過ぎだ馬鹿垂れ。

 

「やっべえ!?」

 

 一気に思考が加速する。布団を吹き飛ばして体を起こす。

 自分の今の状況が如何に不味いかやっと理解した。

 指定の時間から1時間45分も経過している。

 師匠は調査に行くって言ってたよな。

 でも今俺は家にいる。

 もしかして置いて行かれたか?

 部屋を出て階段を駆け降り、リビングの扉を勢い良く開く。

 師匠の姿は見えない。

 まさか2日目から大失態を晒すとは。

 師匠に失望に満ちた目で見られる光景がありありと思い起こされる。

 終わった、俺の弟子生活。

 そう思って項垂れていると。

 

「おはよう、弟子クン」

 

 後ろから声をかけられた。

 振り向くと不思議そうにこちらを見ている師匠と目が合った。

 

「お、おはようございます、師匠」

 

「どうしたの、そんな顔して」

 

 そう言って可笑しいものでも見たような顔をする。

 

「い、いや、今、7時って言うか……もうすぐ8時って言うか……」

 

「そうだね。随分寝てたね」

 

「で、でも昨日は6時に起きろって言われてたから、もう置いて行かれたのかと……」

 

「あー大丈夫だよ。余裕を持てるように6時って言っただけだから、朝ご飯食べてからでも遅くないよ」

 

「そうなんですか……」

 

 今日の師匠はチェック柄のブラウスと白のパンツに身を包んでいる。そんな準備万端と言った格好で大丈夫と言われても焦りは消えないのだが。

 

「起こしても良かったんですよ……?」

 

「起こそうとしたんだけどね、あんまりにも気持ちよさそうに寝てるものだから、そのままにしようと思ってさ」

 

「それは……あのベッドが気持ち良すぎるのがいけないんですよ」

 

「うんうん、気に入ってくれたようで何より」

 

 満足そうな顔をする師匠。

 

「さ、顔洗っておいで。ご飯用意しとくから」

 

 朝飯は昨日のカレーの残り。昨日の時点で美味かったのだが、カレーは一晩寝かせると更に化ける。

 量が少なかったのだけがやや不満ではあるのだが、余裕がないと後で後悔するよと言われた。

 何か食べるって事?調査で?

 一体どんな調査なのか、ますます分からなくなってきた。

 そんな事を考えながら諸々の用意を済ませ、後は着替えるだけなのだが。

 

「あの、師匠。こんなゆっくりしてて良いんですか?」

 

「まだ時間あるから大丈夫。具体的には30分。それよりこれ持って」

 

 昨日買った紺のジャケットを手渡される。

 そしてそれに重ねるように白のシャツをあてがわれる。

 

「うーん……」

 

 姿見とにらめっこする師匠。

 

「師匠?」

 

「今日はこれの気分じゃないなー。次、これ」

 

 赤のニットが差し出される。

 このように着せ替え人形にされている。

 

「あのー、そんなに悩まなくても……」

 

「駄目だよちゃんと考えないと。初めての調査なんだからさ」

 

「うう……」

 

 またこれだ。

 この人は強引と言うか、人の話を聞かないきらいがあるのかも知れない。

 それとも俺相手だからなのだろうか。まだ知り合って日も経っていないというのに。

 女性にこんな距離の詰め方をされるとどうすれば良いのか分からない。

 昨日言った『レディの扱い方』についての知識がもう既に必要とされているのかもしれない。

 

「弟子クン?考え事?」

 

「い、いえ、別に!」

 

「君も自分で選べるように見ててよ。はい次」

 

 次々に服が鏡の前に並べられ、脱落していく。

 見ろと言ったって、こんなに速いと何がいけないのかさっぱりだ。気分とか言ってるし。

 本当に大丈夫かな、俺の弟子生活。

 

 

 

 

 

 あれこれ悩んだ末に、白のパーカーに黒のコート、黒のパンツに落ち着いた。

 そして師匠のバイクに乗せてもらい、調査へと向かったのだが。

 

「本当にここなんですか?」

 

「そうだよ。何か気になる事ある?」

 

「いや……」

 

 何故か俺たちは今、喫茶店の前にいる。

『喫茶ニシノ』。かなり歴史のある、どこか昭和の香りがするような趣だ。

 ドアには貸し切り中と書かれたプレートが吊るされている。

 からんころんとドアベルが小気味よい音を立てる。

 正面のカウンターで棚を整理していたボブカットの女性が顔を上げた。

 

「あ、楓。おはよう」

 

「うん。おはよう、千種」

 

 千種と呼ばれた女性が人懐っこそうな笑みを浮かべ、それから俺を見た。

 

「こちらの方は?」

 

「ああ、この子が前言ってた弟子クンだよ」

 

「おー!その子が噂の!」

 

 奥の方のテーブルから明朗な声が飛んでくる。

 ミディアムヘアーを明るい茶色に染めた女性が、こちらに駆け寄ってきた。

 

「おはよう、芽衣。待たせたみたいだね。ごめん」

 

「ううん全然!それより君名前は?」

 

「は、はい!鳴神真哉って言います」

 

 緊張しているのか、少し声が上ずってしまった。

 

「えー可愛い!」

 

「か、かわ……?」

 

「ほら座って座って!いろいろお話ししよ!」

 

「え、わ、わ」

 

 手を引っ張られる。

 

「もう芽衣。今日はオフじゃないんだから。真面目な話をしに来たんだよ」

 

「分かってるって。真哉くん、ブラックコーヒー飲める?」

 

「え?あ、はい……」

 

「千種の淹れるコーヒーってすっごい美味しいの!ケーキとかもあるからさ、じゃんじゃん頼んじゃお!もちろん楓の奢りで!」

 

「ええ……」

 

「やっぱりこうなるか……」

 

 後ろで師匠がため息をつくのが聞こえた。

 

「取り敢えずコーヒー淹れるから待っててね」

 

「はーい」

 

 芽衣と呼ばれた女性はソファに座ってメニューを物色し始める。

 

「ええと……」

 

 椅子に座った師匠の方を見ると、諦めたように首をすくめた。

 

「大丈夫だから。弟子クンも好きなの頼んでいいよ」

 

「は、はい」

 

 色とりどりのスイーツが並ぶメニューの目を通す。

 この数量限定って書いてあるティラミスとか美味そうだな。人間は限定と言うワードに弱いとテレビか何かで見た事がある。でもこっちのロールケーキも良さそう……。

 待てよ。何か大事な事を忘れている気がする。

 

「って師匠!調査に行くって話じゃなかったんですか!?」

 

「そうだよ。絶賛調査中だけど?」

 

「いやいや、喫茶店でコーヒー飲んでるだけじゃないですか!」

 

 俺の疑問に師匠はいつもの上品な笑みで応える。

 

「確かに喫茶店にいるけど、コーヒーを飲む『だけ』じゃないよ」

 

「それってどういう……」

 

「紹介するね。崎守(さきもり)芽衣。界隈ではちょっとした有名人なんだけど、君って『UNIALL(ユニオール)』はやって……ないよね」

 

「すみません。どんなものなのか位しか分からないです」

 

『UNIALL』と言うのは若者の間で流行っているSNSの事だ。写真や文章の投稿だけでなく、ショートムービーも投稿できたりライブ配信もできるらしい。

 

「どんなのか分かってれば良いよ。それでね、芽衣はその投稿とかで稼ぐ、所謂『UNIALLer(ユニオーラー)』なんだけど、そこで出来たコネクションを使って色んな情報をキャッチしてくれるんだ」

 

「なるほど……」

 

 探偵ものでよく見る情報屋という事か。

 

「で、このやり取りが何かの間違いで流出しないように口頭で伝える場所を提供してくれてるのがこっちの西野(にしの)千種。ここのオーナーを務めてる」

 

 千種さんがにこりと笑って会釈をする。

 

「そう言う事。んで報酬として、ここのコーヒーとデザート好きなだけ食べて良いって事になってるの」

 

 芽衣さんはそう言うとメニューを置く。

 

「千種。取り敢えず特製プリンといちごパフェとラズベリーソースのホットケーキとチーズケーキをお願い」

 

「相変わらず多いね」

 

 千種さんが笑いながら3人分のコーヒーをテーブルに置く。

 

「それ全部食べるんですか?」

 

「芽衣は大食いだからね。しかも太らないのが余計にたちが悪い」

 

「悪いとはなんだ悪いとは。この体は神様からのお恵みだよ」

 

「その分私の財布が軽くなるんだけどね……」

 

 師匠がこめかみを押さえる。

 

「私はティラミスで。弟子クンは何にするの?」

 

「え、いや、でも……」

 

「今更一つ増えた所で変わらないよ。遠慮せず注文して」

 

「じゃあ……俺もティラミスで」

 

「はいはーい」

 

 千種さんがカウンターに戻り、冷蔵庫からプリンとチーズケーキ、ティラミスを取り出す。

 

「さて、それじゃ本題に入ろうか」

 

 師匠が切り出した。途端に芽衣さんの雰囲気が変わる。

 

「うん。あの店の従業員の事ね」

 

 従業員……襲われていた人たちについての事か。

 

「あそこね、どうやらいじめがあったらしいの」

 

「いじめか……」

 

「そう。他の店の人も分かるくらい露骨にね。それで半年前、そのいじめられていた人が辞めたんだって」

 

 そこまで深刻ないじめがあの店で。

 

「良い大人がいじめなんて……」

 

「そういう考えは良くないよ、弟子クン」

 

 師匠にたしなめられる。

 

「大人の間にだっていじめは起こる。先入観があるとその人の動機に辿り着けなくなる事もあるよ」

 

「そうなんですね……」

 

 俺のバイト先ではそういうのがなかったから、勝手な認識が出来ていたのかもしれない。

 

「はい、プリンとチーズケーキ、いちごパフェとティラミス2つね」

 

 千種さんがデザートを運んで来てくれた。

 

「来た来た。いただきます!」

 

「いただきます」

 

 デザートを口に運ぶ2人。

 

「い、いただきます」

 

 こんな重苦しい話をしてるのに、よく食べられるなこの人たち。

 一通り食べて、また芽衣さんが口を開く。

 

「いじめられていたのは葛西浩子(かさいひろこ)って言う人。辞めた後に花恵病院に行くのを知り合いが見てたそうよ」

 

「十中八九、心療内科だろうね」

 

「多分ね。だとしたら……」

 

「うん。ここから先は美咲の出番だね」

 

 そんなやり取りをして、またデザートを食べ始める。

 

「そんな情報、どうやって仕入れてるんですか?」

 

 俺の問いに対して、芽衣さんは唇に人差し指を当てた。

 

「それは企業秘密。真哉くんも知りたい事あったら何でも聞いていいからね。奢ってくれるなら」

 

「いやあ……遠慮しときます……」

 

 俺の一日のバイト代分を軽々と消費する人に奢るのはちょっと。

 

「そっか、残念……千種、フルーツタルトもお願い」

 

 まだ頼むのか。

 

「まだ追加する?芽衣」

 

「うーん、今日はこの位かなー。あ、コーヒーはもう一杯飲むかも」

 

「分かった。私たち出るから、先に払っとくね」

 

「いつもいつもありがとうございます、楓さま」

 

 大袈裟に手を合わせる芽衣さん。

 

「こちらこそいつもありがとう。次もよろしくね」

 

「オッケー!それじゃ頑張ってねー」

 

 芽衣さんは今度はチーズケーキに手を付け始めた。

 

「行こう、弟子クン」

 

「はい」

 

 師匠がレジの前に立つと同時に、千種さんが会計を始める。

 画面にはデザートだけにしてはとんでもない金額が表示されている。

 

「いつもごめんね。お金、出してもらわなくても良いんだよ?」

 

 千種さんが申し訳なさそうな顔をする。

 

「良いんだよ千種が謝らなくて。それにあんなのタダにしてたら採算取れないでしょ」

 

「何か言ったー?」

 

「別にー。それじゃまたね、千種」

 

「うん。また来てね。そのお弟子さんも連れて」

 

 芽衣さんも千種さんも、笑顔が素敵だ。

 一瞬だけ調査という事を忘れて、そんな事を考えていた。

 店から出ると、師匠は携帯を触り始める。

 さっき言ってた美咲さんに連絡しているのか。

 

「オッケー弟子クン、それじゃあ行こっか」

 

 入手方法は予想外だったけど、情報を集めてそこから答えを導こうとする。

 正に王道。これがこの人の調査。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 堂々とそびえたつ花恵病院。

 1週間前騒動に巻き込まれたその場所に、再び訪れていた。

 受付を素通りし、中庭へ入っていく。

 師匠が目指す先のベンチに、白衣を着た女性が座っている。

 

「久しぶり、美咲」

 

 師匠が声をかけると、女性がこちらを向く。ポニーテールが大きく揺れる。

 

「ほんと、久しぶり楓。元気にしてた?」

 

「会って最初に聞くのが体調って、お医者様みたいだね」

 

「一応医者だよ私」

 

 笑い合う2人。

 

「その子がお弟子さん?」

 

「そう。鳴神真哉くん。美咲の好きな年下の男の子だよ」

 

「言い方!ショタコンみたいじゃん」

 

「いえ、好みは人それぞれなんで……」

 

「ほら、真哉くんも引いてるじゃない!かーえーでー!」

 

 美咲さんが師匠に掴みかかろうとするが、軽々と避けられてしまう。

 

「弟子クン。この闘牛みたいなのが夏川(なつかわ)美咲。ここの心療内科で働いてる」

 

「まだ研修医だけどね……って誰が闘牛じゃい!」

 

 お手本みたいなツッコミをした美咲さんは、打って変わって朗らかな笑みを浮かべる。

 

「よろしくね。真哉くん」

 

「よろしくお願いします。美咲さん」

 

 見ていて安心できるような笑顔だと思った。流石は心のお医者様と言った所か。

 

「それで美咲、頼んだ物は持って来てくれた?」

 

「ああそれで来たんだった。勿論用意してあるよ……はいこれ」

 

 ベンチに置いてあった大きめの封筒が手渡される。

 

「師匠、それは?」

 

「いじめの被害者、葛西浩子さんの記録。どんな症状があるとか、普段どう過ごしているかとかが書いてある」

 

「え?そんなの持ち出して良いんですか?」

 

「普通駄目だよ。だから秘密にしてね」

 

 美咲さんが悪戯っぽく笑う。

 

「美咲も他の皆も、私がやっていることを理解してくれて、その上で協力してくれる。持つべきものは良い友達だよ弟子クン」

 

「はあ……」

 

 開封し中身を確認する。

 遠目でも見える『PTSD』の文字。師匠が言った通り、どんな症状があるか、どのような生活を送っているのかなどが細かく記録されている。

 

「でも師匠。これを見てどうするんですか?」

 

「読み取るのさ。この人はどんな人で、何が好きで、何が嫌で、どんなことに苦しんでて、どんなことがしたいのか」

 

 上から流れていく視線が、ある一文で止まる。

 

「うん、ありがとう。充分だよ」

 

「え、もう良いんですか?」

 

「今日は早かったね。いつもだったらもうちょっとにらめっこしてるのに」

 

「今回は分かりやすかったから。この記録を取ってくれた人に感謝しなきゃね」

 

「私だけど」

 

「やっぱ今の無しで」

 

「何でよー!折角手伝ってあげてるのに」

 

 美咲さんの抗議に師匠が苦笑いする。

 

「嘘だよ。いつもありがとうね」

 

「そうでしょそうでしょ?なんか奢ってくれてもいいのよ?」

 

「そうやってすぐ調子に乗るからあんまり褒めたくないんだけどね」

 

 やれやれと肩をすくめる師匠。

 

 なんか、良いな。

 見ている時間はほんのわずかのはずなのに、それでも2人の仲の良さが強く伝わってくる。

 芽衣さんや千種さん、勿論俺と話している時よりも、心の距離が近い気がする。

 

「兎も角、これで知りたかった事は解決した」

 

 師匠が俺を見る。

 

「さあ、行こうか弟子クン。彼女の所へ」

 

 

 

 

 

 海を臨むエリアに植えられた防災林の隙間に入り込む様にして、その公園は存在する。

 海に一番近い所にはベンチが設置されており、座って見る景色はなかなかに趣深いと有名である。

 本日は快晴なり。その光景は充分に堪能できる事であろう。

 だからだろうか。目当ての女性も、私が思った通りにベンチに座っていてくれた。

 

「葛西浩子さん?」

 

 いきなり声をかけられた女性が驚いて振り向く。

 間違いない。眼鏡をかけた目はどこか虚ろで、頬もこけている。記録に書き加えられていた外見の特徴とも一致する。

 

「隣失礼しますね」

 

「ええ……はい……」

 

 隣のベンチに腰掛ける。

 

「良い眺めですよね。貴方が悩んでる時はよくここに来るって聞いて、いるかなって思って来ました。いてくれて良かった」

 

「あの……どなたですか?」

 

 当然の疑問だ。葛西さんの頭の中は、私と会った事があるかを探るのに大忙しなのだろうか。

 

「失礼しました。私、仮面ライダーです」

 

「え……?」

 

 これも当然の反応。多分だけど、頭のおかしい奴だと思われているんだろうなぁ。

 

「それは置いておいて、今日は貴方にお話があって来ました」

 

「一体何なんですか、あなた」

 

「葛西さん。クリスタルを持っていますよね?」

 

 葛西さんの動きが止まる。「クリスタル」という名称は知らなくても、それらしい物には心当たりがあるのだろう。

 

「単刀直入に言います。それを捨ててください。自首しろとまでは言いませんけど」

 

「何の事ですか一体。私もう帰ります」

 

 そう言って立ち去ろうとした葛西さんの前に、弟子クンが立ちふさがる。

 

「何なんですかあなたたち!警察に通報しますよ!」

 

「ごめんなさい。でも貴方に話を聞いて欲しいんです」

 

 立ち上がって葛西さんに目線を合わせる。

 

「貴方は、あの店でいじめを受けたって聞きました。その復讐をしようとしてるんじゃないですか?」

 

「何でそんな事を……」

 

 その問いには応えずに続ける。

 

「昨日その機会がやって来たけど、邪魔されてしまった。店は開いていないし加害者たちの家も知らないから、どうすれば良いか悩んでるだろうって思ったんです」

 

 私を見る目の色が変わっていく。

 

「お願いです。復讐はやめてください。今止めれば、後戻りできます」

 

「さっきから何を言って——」

 

「だからそのバッグに入っているクリスタルを捨ててください」

 

 葛西さんが目を見開く。

 

「何でそれを……」

 

 そう言ってしまってからはっと口を塞ぐ。先程クリスタルと言った時に視線がバッグに向いたのを、私は見逃さなかった。

 

「やっぱり持ってるんですね」

 

 葛西さんの表情が険しくなる。

 

「それを渡してください」

 

「……嫌です」

 

「でもそうしないと、貴方がまた化け物になってしまいます」

 

「だからどうだって言うのよ!」

 

 不信が敵対に変わる。

 

「あの人たちのせいで、病気になって……今更後戻りしたって、そこには何もないの!」

 

「それでも復讐は駄目です。きっと後悔しますよ」

 

「よく言うやつね。そんなのどうだって良い」

 

 私の言葉を鼻で笑う。

 

「そういうのはね、復讐したいと思ったことのない人の綺麗事よ!」

 

 そう思うのも分かる。 

 でも。

 

 

 

「そうとは限りませんよ」

 

 

 

 伝えないといけない。復讐とはどんなものなのか。

 

「復讐しようとしてそれを果たした人たちも、きっと後悔してると思いますよ。その一瞬はどれだけ気分が晴れても、後に残るのは虚しさだけです」

 

「そんなのやってみないとわからないじゃない。勝手に決めつけないで」

 

「いいえ、決めつけます」

 

 葛西さんの顔に僅かに戸惑いが混じる。

 

「どうして……」

 

「私が貴方に後悔して欲しくないからです」

 

「え……?」

 

「これは私のエゴで、お節介で、押し付けです。後悔して欲しくないから、貴方に会いに来ました」

 

 正直言って説得が成功した事は、この3年で両手で数えられる程しかない。

 今回も、私の説得は油だったみたいだ。

 

「何なのよ……何で邪魔するのよ……」

 

 バッグが肩からずり落ちる。その手にはくすんだ水色のクリスタルが握られている。

 

「復讐くらい、好きにさせてよ!」

 

 そう叫んでクリスタルを握り込む。その右手から変異が始まる。

 フグの様にも見える顔のヴァーミンから殺気が漏れ出る。

 

「アアアアアアッ!」

 

 叫びながら殴りかかってくるのを躱し、距離を取る。

 

「下がって弟子クン!」

 

「はい!」

 

 弟子クンが視界から消えるのと同時に、ドライバーを取り出す。

 

「消えろ!」

 

 私を狙って飛んでくる針を避けてクリスタルを装填し、構える。

 

「変身!」

 

 私の体がラセンの身体へ置き換わっていく。

 

 

 

 

 

 師匠とヴァーミンがぶつかり合う。

 ヴァーミンが飛ばす針を避けながら接近し、パンチを繰り出す。

 

「グッ、ウウウウウウ!」

 

 反撃しようとして突き出した右手を両手で押さえ、針が地面に突き刺さる。

 

「はっ!」

 

 そのまま右手を掴んで投げ飛ばし、体勢が崩れたところに鋭い拳を叩き込む。

 師匠は更に追撃を加えようとする。

 しかし。

 

「ウウ……アアアアアアッ!」

 

 ヴァーミンが吠える。

 その全身に、無数の棘が生えた。

 

「これは……」

 

「アアアアア!」

 

 突進するヴァーミン。師匠はそれを避け、振り向き様に蹴りを放つ。

 

「グッ!」

 

 ヴァーミンが地面を転がる。

 

「……っ」

 

 しかしダメージを受けたのはヴァーミンだけではない。

 ラセンの装甲が、深く削り取られている。

 立ち上がり、再び咆哮し右手から連続して針を発射するヴァーミン。

 師匠はすぐさま風の壁を展開し、針を受け止めようとするが、何本か貫通し傷を作る。

 ヴァーミンはその隙に距離を詰める。

 

「ウワアアアアッ!」

 

 腕を振るうヴァーミン。

 その攻撃が時折ラセンの身体をかすめ、装甲を削る。

 

「ふっ!」

 

 反撃するも、その度にラセンはダメージを受ける。

 次第に防戦一方になってしまう。

 

「師匠……」

 

 あの人を信じていない訳じゃない。

 でもあの敵に勝てるのか。

 ヴァーミンの攻撃は激しさを増していく。

 そして重い一撃がラセンに向けて打ち込まれる。

 

「くっ……」

 

 受け止めるも、衝撃で大きく吹き飛ばされる師匠。

 両者がにらみ合う。

 

「なるほど。フグはフグでもハリセンボンだったって事か」

 

「ウウウ……」

 

 師匠が腰に手を伸ばす。

 

 

 

「だったら、これの出番だね」

 

 

 

 そう言って取り出したのは、青に輝くクリスタル。

 トレイを引き出し、クリスタルを入れ替え、再び装填する。

 その間にヴァーミンは走り出し、拳を振るう。

 

「ウアアアアッ!」

 

「師匠!」

 

 師匠の頭に拳が振り下ろされる。

 はずだった。

 

「何……?」

 

「あれは……」

 

 ラセンの右手に、青い剣が握られている。

 そしてそれがヴァーミンの攻撃を受け止めていた。

 

「はっ!」

 

 拳を払い、ヴァーミンを斬りつける。

 

「ウアアアッ!」

 

 今度は逆に、ヴァーミンが吹き飛ばされた。

 

STREAM(ストリーム)

 

 合成音声と共にドライバーの中心が青く輝き、水が螺旋を描いて放出される。

 居住まいを正したラセンの姿が変わっていく。

 緑の鎧は風に溶けて消え、鎧があった部分を水が覆っていく。

 水が透き通るような青で、しかし丸みを帯びた重厚な鎧へと変化する。

 顔は細く長い角を冠した仮面を被り、そこだけは変わらない赤い複眼が輝いた。

 

「さあ」

 

 中世の騎士の様な鎧を纏ったラセンが、剣先をヴァーミンに向ける。

 

「仕切り直しといこうか」

 

 

 

 

 

「クッ!」

 

 ヴァーミンが右手から針を飛ばす。

 しかしそれらは鎧に弾かれる。

 

「どういう事……?」

 

 ヴァーミンが驚くのも無理はない。先程までは効いていた攻撃にびくともしていないのだから。

 青のラセンの特徴は防御力の高さだ。

 他のクリスタルではダメージを受けるような攻撃でも、この姿なら傷一つつかない。

 ヴァーミンに一歩ずつ近づく。

 硬さの代償として、陸上での機動力はかなり落ちている。それでも常人と比べれば速く動けるが、緑の時の様に連続して攻撃するには向いていない。

 

「はあっ!」

 

 だから込めるのだ。斬撃の一つ一つにそれ以上の力を。

 剣を振り下ろす。突き、突き、斬り上げる。

 水を纏った斬撃が、ヴァーミンの身体に生えた無数の棘を斬り落としていく。

 

「このっ……!」

 

 ヴァーミンが左手からも針を発射するが、私には効かない。

 

「はああっ!」

 

 苦し紛れの攻撃を無視して、大きく斬り払う。

 

「ウ……ウ……」

 

 柵に掴まりながら立ち上がるヴァーミン。

 

「分かりましたか?貴方は私に勝てない。クリスタルを渡してください」

 

 さあ、どう出るか。

 私の言葉に対し、ヴァーミンは肩を震わせる。

 

「何であんたに、指図されないといけないのよ!」

 

 そして柵を跳び越え、海へ飛び込んだ。

 やっぱり私は説得に向いてないみたいだ。

 おかしいな、文字を使って人に伝える仕事をしてるはずなんだけどなぁ。

 おっと、そんな事を考えてる場合じゃない。

 

「今度は逃がさないよ」

 

 私も海へとダイブする。

 

 水の中。

 この国の海は、一部を除いて綺麗とは言い難い。

 だが今は関係ない。クリアな視界の中で、ヴァーミンが泳いでいくのがはっきりと見える。

 それ程遠くはない、だがぼやぼやしていたら逃げられる位の距離。

 急がないと。

 鎧が周囲の水を取り込み始める。

 さあ、行こう。

 私の思考に呼応して、取り込まれた水が背中や脚の装甲から噴出する。

 その勢いに押されて前へと進む。

 青のラセンの真価は水中でこそ発揮される。

 取り込んだ水を後方へと排出することでスラスターとして機能させ、自在に素早く移動する事ができるのだ。

 ヴァーミンの背中が目前に迫る。

 

「来るなァ!」

 

 水を貫いて飛来する針を避ける。

 背後に回り込み、振り向いたところを斬りつける。

 

「グウウウ!」

 

 怯んでなお掴みかかってくるのを正面から受け止める。

 力比べであっても青のラセンは負けない。

 

「はっ!」

 

 がら空きになっている胴体に蹴りを入れ、大きく距離が出来る。

 

「アアアアアッ!」

 

 完全に頭に血が上っているのか、逃げる素振りを見せずこちらに向かってくる。

 今がチャンスだ。

 

 ドライバーの上側面を強く叩く。

 ドライバーの中心が輝き、同時にエネルギーが放出された。

 水そのものにも見える青いエネルギーは渦を巻いて刀身に集まっていく。

 剣を左に、水平にして構える。

 剣が一層青く輝く。

 破れかぶれになって突進してくるヴァーミンを躱し。

 

「はあああっ!」

 

 振り向く勢いのままに剣で横一線に薙ぐ。

 

「ア……」

 

 短く一言だけ発したヴァーミンが、エネルギーを爆発させた。

 

 

 

 

 

 遠くの方で水柱が上がる。

 同時にくぐもった爆発音。

 

「勝った、って事だよな……」

 

 ラセンが緑から青い姿に変わってから一気に形勢が逆転していた。

 あれ程圧倒的なら、負けるはずがない。

 だというのに、水面からは師匠たちの姿が見えない。

 大丈夫だよな……?

 不意に目の前の水が盛り上がる。

 

「わっ!?」

 

 そこから仮面ライダーが、葛西さんを抱えて出て来た。

 

「手伝って、弟子クン」

 

「は、はい」

 

 2人で上半身と下半身を支え、柵よりこちら側へ葛西さんを移動させる。

 

「よっと」

 

 重そうな見た目に反して、軽々と柵を乗り越える師匠。

 

「今『重そう』とか思ってなかった?」

 

「オモッテナイデス……」

 

 変身してる時まで気を付けないといけないのか。

 女の人って難しい。

 師匠がドライバーのトレイを引くと、鎧は水の粒になって空気に溶けていく。

 俺と師匠の目が合った。

 

「終わったよ、弟子クン」

 

 さっきまで戦っていたのが嘘みたいな、綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 

 

「師匠ー」

 

「何ー、弟子クンー?」

 

「さっきの青いクリスタルの事、教えてくれますかー?」

 

「疲れたから明日ねー」

 

「えー?そんなぁー」

 

 走行音に混じる会話。

 溺れていた葛西さんを救助したというていにして警察に保護して貰った帰り道。

 所持品の中にクリスタルの破片を入れておいたので、警察も事情を聴く手はずになるだろう。

 葛西さんが素直に白状してくれるかは別の問題なのだが。

 そこは信じよう。

 根っからの悪人という訳じゃないのだし、警察も彼女の事情を汲み取ってくれるはずだ。

 

「師匠ー」

 

「なーにー?」

 

 後ろからの問いに、声を張り上げて応える。

 

「やっぱこれ恥ずかしいんですけどー」

 

「これってー?」

 

「この体勢ですー」

 

 今弟子クンはバイクの後部座先に座っている。

 恥ずかしいというのはおそらく、私の腰に手を回している事が、だろう。

 

「君バイク持ってないからしょうがないじゃないー。それとも君が運転するー?」

 

「俺免許持ってませんよー」

 

「じゃあ我慢してー」

 

「……はーい」

 

 今の弟子クンの顔を見てみたい。

 それにしても、今日は空気がいつもより冷たい。

 

「弟子クーン、今日は鍋にしようかー?」

 

「良いですねー!俺、鍋は自信あるんですよー!」

 

 まあ切って煮るだけだもんね。

 

「味噌鍋が良いなー」

 

「任しといてくださいー!滅茶苦茶美味いの作りますよー!」

 

 自分でハードル上げちゃってるけど、大丈夫かなこの子。

 まあでも。

 

「楽しみにしとくねー!」

 

 これは嘘じゃない。

 誰かに作って貰う晩御飯も、久しぶりだなぁ。

 確かお肉がないんだったか。その位ならバイクのままでも運べるよね。

 家から近いスーパーに向けて、バイクを走らせた。

 






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