仮面ライダーラセン   作:赫牛

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距離(1)

 控え目な目覚ましの音が聞こえてくる。

 薄っすらとしか動かない瞼を精一杯開いて、時計を見る。

 午前6時。いつも通りの起床時間。

 習慣にはしているが、それでもまだ眠っていたい欲求は少なからずある。

 今までは誘惑に負けて寝てしまうこともあった。

 でも今は一人じゃない。

 ほら、しっかりしなさい。

 お前はあの子の師匠なんだから、ちゃんとお手本になるんだよ。

 閉じそうになる瞼を開け、目覚ましを止める。

 

「ん……」

 

 伸びをする。体が引き延ばされる感覚が心地良い。

 ベッドから出て窓を開けると、冷たくて心地の良い風が部屋に入ってくる。

 今は2月の半ば、まだまだ寒い時期が続く。朝から運動する身としてはありがたいかもしれない。

 携帯を見ると1件メッセージが来ていたので確認し、返信する。

 部屋を出て階段を降り、洗面所に向かう。

 顔を洗い、歯を磨く。

 次はリビングへ。

 水を入れたコップを電子レンジに放り込む。

 白湯を飲むと、体の奥の方がじんわりと温かくなってくる。

 

「よし」

 

 まだ残っていた眠気も完全にどこかへ行った。

 寝室に戻り、ランニングウェアに着替える。

 髪を束ね、キャップを被り、これで準備万端だ。

 

 そう、私は準備万端なのだが。

 階段に一番近い部屋を見る。

 弟子クンが部屋から出て来る様子がない。

 静かなものだ。

 ドアを開ける。

 弟子クンは横を向いて寝ていた。

 小さく寝息をたて、布団にくるまっている。

 相変わらず幸せそうな寝顔だ。

 また二度寝しちゃったんだろうなぁ。

 

「弟子クン、朝だよ」

 

 そっと肩を揺さぶる。

 

「ん……すぅ……」

 

 一瞬反応するが、すぐに元の調子に戻る。

 

「弟子クン、走りに行くよ」

 

 今度は強く揺さぶってみる。

 弟子クンはもごもごと何か言って、布団に潜り込んだ。

 

「……ふぅ」

 

 仕方ない。

 勢い良く布団を剥ぐ。

 ダンゴムシみたいに丸くなった弟子クンの体が露わになる。

 顔を弟子クンの顔に近づける。

 そして。

 

「起きろおおおおおおお!」

 

「うわあああ痛ってぇ!?」

 

 私が叫ぶと、弟子クンは飛び退って頭を壁にぶつけた。

 

「おはよう、弟子クン」

 

「あ、おはようございます師匠……」

 

「良く寝てたね」

 

 にこりと微笑んでいるはずの私とは反対に、弟子クンの顔がみるみる青ざめていく。

 

「すみません師匠!俺また寝坊を……」

 

「いいよいいよ、まだ15分しか過ぎていないからね」

 

「ほんとにそう思ってます……?」

 

「そう思ってるよ?」

 

「そ、そうですか……」

 

 全然信じていないと言った顔だ。私の言う事を信じないとは。これは一度分からせる必要があるな。

 

「それよりほら、ランニングに行くよ。準備して」

 

「あ、そうだった……すぐ支度します!」

 

 と言って慌ただしく階段を降りて行った。

 弟子クンがうちに来て2週間。今日で8度目の寝坊。

 大丈夫かな。私の弟子。

 

 

 

 

 

 外に出ると、眩しい朝日が私たちを出迎える。

 ストレッチは家の中で済ませてあるので、少し呼吸を整えて走り出す。

 コースは住宅街を突っ切って最寄りの駅まで行き、来た道を戻っていくもの。往復で5キロメートルと言った所か。

 まだ朝早いという事もあり、人通りは少ない。

 これならある程度はスピードを出しても問題なさそうだ。

 肌に当たる外気が心地良い。体から発生した熱を上手く鎮めてくれている。

 音楽を聴きながらのランニングも良いが、私は裸の耳のまま走っている。空気を切り裂く時のごうごうという音が好きだから。

 

 それは兎も角として、ランニングは持久力向上にはもってこいの運動だ。

 ラセンとなって戦うときは、筋力はある程度クリスタルのパワーで補強できる。鍛えることによる恩恵は普段との感覚の差異が埋められると言ったものだ。

 だがその分エネルギーを激しく消耗する。初めて戦った時に痛感したが、いつもよりも息が切れるのが早くなるのだ。

 だからこそ、持久力を鍛える事こそ最も重要視すべきである。

 より長く戦えるために、より長い距離を走る。

 今は弟子クンが来た事もあり、前よりかは短めにしているのだが。

 そう言えば。

 その弟子クンの呼吸音がさっきから聞こえない。

 かなり荒い息をしていたはずなのに。

 振り返ってみる。

 

「あー……」

 

 遠くの方にぽつんと弟子クンの姿が見える。

 置いて行っちゃったか。

 立ち止まってしばらく待つと、ふらふらになった弟子クンが私に追いつく。

 

「ししょう……今日ペース、はやすぎですよ……」

 

 息も絶え絶えに弟子クンが訴える。

 

「そんなに速かった?これくらい普通じゃない?」

 

「いや、おかしい、ですよ。この距離、あのペースで走るのは……」

 

「将来的にはもっとスピード出すし、もっと距離増えるんだけど」

 

「嘘だろ……?それ、3年後とかにしません……?」

 

「甘えないの。大丈夫だって。この距離だって走れるようになるからさ」

 

「ええ……おえ」

 

 確かにえずいているのは初めの頃以来かもしれない。

 ちょっとやり過ぎたかな。ギアを上げるのはまだ早かったようだ。

 でも取り敢えずは。

 

「ほら行くよ。まだ半分残ってるんだから」

 

「……はぁい」

 

 弟子クンの声がちょっと泣きそうなものになっている。

 この程度で弱音を吐かれてちゃ困るんだけど。

 大丈夫かな。私の弟子。

 

 

 

 

 

 家に戻ったらシャワーを浴びて、朝食の準備をする。

 メインは昨日の残りの肉じゃがにして、追加でだし巻き卵と味噌汁を作る事にした。

 かつお節からだしを取り、わかめ、玉ねぎ、豆腐を入れた汁が沸騰したら火を止め、味噌をとく。

 味噌汁は完成だ。

 肉じゃがも温まったし、後はだし巻き卵だけなのだが。

 

「弟子クン、それは……」

 

「えー、あー……すみません。またやりました……」

 

 フライパンの中には、見事なスクランブルエッグが出来上がっていた。しかもちょっと焦げている。

 

「まあ良いよ。このまま食べよう」

 

「すみません。本当にすみません」

 

 これも毎度の事だ。

 和食の時はだし巻き卵を任せてみているが、毎回スクランブルエッグになる。

 作り方を教えてはいるのだが、一向に上達しない。

 まあ指導も始まったばかり。これから上手くなるよね。

 

「しょっぱい……」

 

 さては顆粒だし入れ過ぎたな。

 

「すみません……」

 

 大丈夫かな。私の弟子。

 

 

 

 

 

 食事を終え、片付けをしたら家中の掃除に移る。

 掃除機をかけ、廊下は雑巾で水拭きする。

 足腰を鍛えるという側面もあるため、水拭きは弟子クンに任せて掃除機を操る。

 リビングを終え、書斎に入った時だった。

 

「うわあ!」

 

 何かが倒れる音と、弟子クンの悲鳴が聞こえた。

 ドアを開けると、ひっくり返ったバケツと、その中に入っていた水を雑巾で吸い取っている弟子クンの姿があった。

 

「す、すみません!」

 

 ぺこぺこと頭を下げる弟子クン。

 思わずため息が出てしまった。

 本当に大丈夫かな。私の弟子。

 

 

 

 

 

「はあ」

 

 ついため息を漏らしてしまう。

 寝坊はするし、ランニングにはついていけないし、料理は失敗するし、バケツはひっくり返すと朝から散々だ。

 この所ずっとこんな感じが続いている。

 師匠は『まだ始まったばかりだし』と言ってくれるが、本当に慣れていくのか自分でも分からない。

 大丈夫だろうか。俺の生活。

 

「はあ」

 

 またため息をついた時、チャイムが鳴った。

 基本的に対応は俺がすることになっている。

 

「はい」

 

 ボタンを押し、返事をした。

 モニターには、短髪の男が映った。

 その瞬間。

 

『あ、ねえさん!俺です!今日はね、いいワイン持ってきたんですよ!どうです?今から一緒に嗜むのも悪く……』

 

「……え」

 

 ねえさん?ねえさんって、家族関係で姉と定義される人物の呼称だよな。

 え、ねえさん?

 

『おい、お前、誰だよ』

 

 インターフォンの向こうから、ドスの効いた声がする。

 だがな。

 

「そちらこそ、どなたでしょうか……」

 

 それはこっちの台詞なんだよ。

 

 

 

 

 

「ごめんねー。来るって言うの忘れてた」

 

「いえ、良いんですけど……」

 

 ニコニコと笑う師匠の横に、さっきの男が座り、今にも俺に掴みかからんばかりに睨みつけてくる。さながら猛獣の様である。

 

「取り敢えず、誰なんですか?」

 

朝田八雲(あさだやくも)さん。一応、この人も協力者だよ」

 

「お、弟さんではなくて、ですか?」

 

「おいお前、俺が(ねえ)さんの弟なんて恐れ多い事言うんじゃねえはっ倒すぞ」

 

「ひっ」

 

 とてもじゃないが協力してくれる様には見えない。まあ流石に今だけか。師匠も偏見は良くないって言ってたし。

 

「それにこの人私より年上だし」

 

「それは置いといてですよ姐さん、こいつは一体何なんですか?ま、ままままさか、彼氏なんてもんじゃないでしょうね!?」

 

「か、かれっ!?」

 

「違います。こちら鳴神真哉くん。私の弟子で、住み込みで働いてもらってます」

 

「弟子ぃ!?しかも、住み込みぃ!?」

 

 あまりの声量で耳がキーンとなる。

 朝田さんは一瞬ふらついた様だが、すぐに持ち直した。

 

「弟子って事は仮面ライダーの?こいつがですか?」

 

「そうですけど、何か問題が?」

 

「ありますよ!こんなちんちくりんが弟子だなんて」

 

「だ、誰がちんちくりんだ!」

 

「俺には分かるね!こいつは絶対途中でリタイアしますよ姐さん!」

 

「あんたに何が分かるってんだよ!」

 

 二人とも立ち上がって睨み合う。

 

「はいはいストップ。二人とも落ち着いて」

 

「でもこいつが!」

「でもこの人が!」

 

「うるさい!」

 

 鋭い一声に、体がびくりと震える。

 

「弟子クン、熱くならない。八雲さんも、大人気ないですよ」

 

「はい……」

「すみません……」

 

 二人同時にしゅんとなる。

 

 師匠が咳払いをする。

 

「それで八雲さん、今日はどんな用事で来たんですか?」

 

「ああそうだった。良いワインが手に入ったから一緒に飲もうと思ったんですけど……」

 

「朝からですか?急に『今日家に行っても良いですか?』とだけ言って、やる事が飲みですか」

 

「まあまあそう言わずに」

 

 一拍置いて朝田さんは得意げな笑みを浮かべる。

 

「良い情報も手に入ったんですよ」

 

 

 

 

 

「二日前の事なんですけどね」

 

 居住まいを正した俺たちは師匠の淹れてくれた紅茶を飲みながら——ワインは俺という未成年がいるのでまたの機会に先送りされた——朝田さんの声に耳を傾ける。

 

「店に来た客二人が、人目につかない所でこそこそと話してたんですよ。しきりに辺りを気にしながらね」

 

「店というのは?」

 

「バーだよ。そのくらい分かれ」

 

「ちょっと聞いただけじゃないか……理不尽だ」

 

「いちいちうるせえ奴だなぁ」

 

「それで八雲さん、どんな話をしていたんですか?」

 

 逸れかけていた話の軌道を、師匠が修正する。

 

「ええ、小声だったから、全部聞こえた訳じゃないんですけどね、『襲う』だとか『計画』だとかいう物騒な単語が聞こえてきたんですよ」

 

「襲うと言うと、個人名が出て来たとかですか?」

 

「いえ、個人じゃなく、どうやらどこかの銀行みたいです」

 

「銀行か……具体的な店名は分からないという事ですか」

 

「すみません、でも聴き取れなかったんじゃなくて、多分口にしてなかったんだと思います。共通認識が出来る位には準備されてると考えて良さそうです」

 

「成程。でもそれだけじゃないんですよね?」

 

「そうです。不審に思って声をかけたんですよ。そしたらすぐに退散したんですが、その手の中に、例のアレ、持ってました」

 

「クリスタルのご登場、という事ですか。流石八雲さん、良く気付いてくれましたね」

 

「いやあ、少しでも姐さんの役に立てたなら光栄ですよ……ふへへ」

 

 朝田さんが照れたように鼻をこする。

 この人たち、一体どういう関係なんだろうか。

 家族関係でない『ねえさん』というと『姐』という漢字が当てはめられる。任侠ものとかで見るやつだ。

 でも師匠ってそういう筋の知り合いがいるようには見えない。強いて言うなら今ここにいる朝田さんが該当しそうだが、バーで働いてるって言ってたし違う様だ。

 何か師匠に貸しがある、という事だろうか?

 

「弟子クン?おーい、聞いてる?」

 

 目の前で手が振られていた。

 

「あ、すみません、ちょっと考え事を……」

 

「なにボケっとしてんだ。話にも集中できねえのかお前は。やっぱこいつ向いてないですよ姐さ……」

 

「八雲さんは少し黙って。何考えてたの弟子クン?」

 

「いや、ただお二人はどういう関係なのかが分からなくて……」

 

「関係?私たちの?」

 

「そりゃお前、死ぬまで忠義を尽くすという誓いの盃を飲んだ間柄だよ」

 

「違います。ただの協力関係です」

 

「そんな水臭い事言わないでくださいよ姐さん」

 

「はぁ、何で一度助けただけでそんな風になっちゃったんですか……」

 

 師匠が肩を落とす。

 

「助けた、ですか?師匠がこの人を?」

 

「ん、まあそうではあるんだけど……」

 

「俺はこの人に救って貰ったんだ。感謝してもしきれねえからこうやって協力してる」

 

「それは……命の危機とかですか?」

 

「違うよ。この人ヴァーミンだったの」

 

「ええ!?ふ、普通に犯罪者!」

 

「うるせえなあ!ちゃんと足洗ったっての。そうだよ。ヴァーミンだったのを姐さんに止めて貰ったんだよ。俺が立ち止まれたのは姐さんのおかげだ」

 

「で、でも、それだけで、そんなに恩義を感じるものなんですか……?」

 

 朝田さんの眉がぴくりと動く。

 

「そうだよなぁ普通に考えて。でもよお、それだけじゃねえんだ。気になるだろぉ?」

 

「え?ええ、まあ」

 

「仕方ねえなあ!話してやっからよお。耳かっぽじって良く聞きな!」

 

 俺に聞かせるというより、自分が話したくて仕方ない様だ。

 

「あれはそうだな。2年くらい前の事だ……」

 

 

 

 

 

 ツンとした消毒液の匂いが鼻を突き刺す。

 真っ白な部屋。見慣れた光景。

 1週間前俺はあのガキと戦って、負けた。そして病院送りになった。

 しかしあの女、手加減というものを知らねえようだ。

 やっとこさ上体は起こせるようになったものの、ベッドからは一人では動けない。

 まあやる事も白い天井を見るか運ばれてくる食事をとるか位しかないため問題ないのだが。

 

 そう、やる事がなくなってしまった。

 

 このところ、俺は復讐する事しか考えてなかった。

 偶然手に入れたあの力で、どうやってあいつらに復讐するか、それだけしか考えてなかった。

 それをあのガキに止められた。結晶も壊された。もう復讐することはできない。

 生きている理由が空っぽになった、そんな気分だ。

 これから俺は、一体何をすればいいんだろう。

 

「朝田さん、お会いしたいという方が来ているんですが……」

 

 看護婦がそんな事を言う。

 俺の親はいないようなもんだし、友と呼んでいた人たちも既に俺から離れていったはずだ。

 

「誰ですか?」

 

「この方なんですけど」

 

 そう言って通されたのは。

 

「お前……」

 

 あの女だった。

 俺が何も言わないでいると、看護婦はそれではと言ってそそくさと病室を後にする。

 暫く女と見つめ合う。

 女は何か迷う様な素振りを見せていたが、息を吸うと口を開いた。

 

「お体……大丈夫ですか?」

 

 一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。

 

「体?ああ、怪我の事か。順調に回復してるさ。まだ動けねえけどな」

 

「そうですか……すみません。力加減、分からなくて……」

 

 ほんとに加減を知らなかったみてえだ。

 

「それで?そんな事を言うためにわざわざ顔を出したのか?」

 

 女はまた逡巡する様に俯いたが、すぐに顔を上げた。

 

「あの……朝田さんは、どうして復讐しようと思ったんですか?」

 

 なんだ、そんな事か。

 

「お前、朝田健司(けんじ)って知ってるか?」

 

「知らない、です」

 

「だろうな。普通知らないさ。万引きの常習犯なんて高々その程度のもんだ」

 

「朝田って……」

 

「そうだよ。俺の父親だ。で、そんなんが親だから、俺も色眼鏡で見られるって訳だ」

 

「そんなの、おかしいです」

 

「おかしい、か。お前はそう思っても、世間じゃそうなっちまうんだ……まあそんなんだから、就職も不利になるわな。俺は実家からなるべく離れた場所に行って、そこで職探しをした。まあそれが花恵だったんだが」

 

「……」

 

 女は俺の言葉を黙って聴いている。

 

「実際上手くいった。ブルームランドは人手が足りないのもあって、すんなり仕事にありつけた。そっから5年、真面目に働いた。自分で言うのもなんだが、結構貢献した方だと思う。最近までは、それで良かったんだ」

 

「何があったんですか?」

 

「会社に親の事がばれた。なんでばれたかは分からねえが。そっからは俺の居場所がなくなった。みんな俺を避ける。目も合わせようとしない。偶に物がなくなった時は、俺のせいだと噂される。しまいには辞めてくれと言われた。あんなに尽くしてきたのにだ。ひでえ話だろ?」

 

「だから、復讐を……」

 

「そう言うこった。でも俺も犯罪者になったんだから、結局は同じ穴の貉だったってオチか。笑えるな」

 

 自嘲気味に口にした時だった。

 

「笑えないです……」

 

「ん?」

 

「そんなの、笑えないですよ……」

 

 微かに目を潤ませながら、俺の言葉を否定する女。

 そして。

 

「ごめんなさい」

 

 女が頭を下げる。

 

「は?」

 

「貴方の復讐を、邪魔してしまってごめんなさい」

 

「いや、何言って……」

 

「だって、貴方がずっと悲しいままじゃないですか」

 

 何だこいつ。

 自分で邪魔しといて謝るとか。

 

「変な奴だなお前」

 

「え……」

 

「普通犯罪を止めたんなら、偉いもんだろ」

 

「そう、なんですかね……」

 

 言ってやりたい事もいろいろあったが。

 そうなよなよとされると、強く出れねえじゃねえか。

 

「おい、しっかりしろよ。お前、仮面ライダーなんだろ?もっと胸張れや」

 

 何で俺はこの女を励ましてるんだ。

 どうしてこうなった。

 

「そうですね……そうします。ありがとうございます」

 

「お、おう」

 

 変な奴だ。全く。

 

「私も、良いですか?」

 

「何を?」

 

 女は立ち上がって。

 

「失礼します」

 

 俺の体を優しく抱き寄せた。

 

「っ!」

 

 突然過ぎて、体が動かない。

 

「朝田さんの事を色眼鏡で見る人もいるけど……そうじゃない人も、いっぱいいると思いますよ」

 

「え?」

 

「少なくとも私は、貴方の事を見てます。親が誰とか関係なく、私が止めてしまった人として見ます。朝田さんの話を聞いてもです。朝田さんは朝田さんです。だからきっと、大丈夫」

 

 無責任な言葉だ。

 そんな保証なんて、どこにもない。

 

「あれ……?」

 

 おかしいな。

 涙が出て来たみたいだ。

 

「うっ……うっ……」

 

 この程度の言葉で泣くとか。子どもかよ。

 まったく、情けねえなぁ。

 

「あ……あ……」

 

「いっぱい泣いて、また明日から頑張りましょう。私も力になりますから。だから、大丈夫」

 

 服が濡れるのも構わず、女は更に強く抱きしめる。

 俺は子どもみたいに、女に縋りついて泣いていた。

 

 

 

 

 

「それでよぉ、姐さんは俺が泣き止むまで傍にいてくれてよお……うぅ……胸が暖かくてよお……あんなの久しぶりでよお……」

 

 朝田さんはぼろぼろ泣きながら話し続ける。

 途中からずっとこんな感じだ。

 確かに感動的な話なんだろうが、語り手がこうだと感情移入できない。

 

「あーもう良いですよね八雲さん?そろそろその辺に……」

 

「俺を抱いてくれた姐さんの暖かさが忘れられなくてよお……!」

 

「わー!わー!もう黙ってください!でないと追い出しますよ!」

 

 師匠は顔を覆っている。耳が真っ赤になっている。

 

「師匠。そんな事良く恥ずかし気もなくできましたね」

 

「あっ、あれは!体が勝手に動いたというか何と言うか……」

 

 言葉が尻すぼみになっていく。

 確かに過去の行いを蒸し返されると恥ずかしい事ってあるよな。

 というか自然とそんな事ができるって、師匠は天然のタラシなんだろうか。『弟子クン』って呼び方もあざといし。

 

「まあ兎に角、俺は姐さんの言葉に救われたって事だよ」

 

 朝田さんは落ち着いてくれたようだ。良かった。これ以上泣かれたら俺では収集が付かない所だった。

 

「そ、そうそう。恩義を感じて協力してくれてるだけだから。決して義兄弟の契りを交わした訳じゃないから」

 

「俺はそんなのなくても、この身の全てを姐さんに捧げる覚悟はできてますよ?」

 

「ああ、またややこしい事を……」

 

 師匠が嘆息する。

 こんなに翻弄されている師匠は初めて見た。俺が家に突撃した時だって、もうちょっと冷静だった気がする。

 美咲さんたちの時もそうだったが、師匠が気を許しているから、普段俺が見ているよりも感情豊かなんだろうか。

 あれ?

 なんだろう。

 なんか、もやもやする。

 そのもやもやが何なのか考えようとした時。

 あの警告音が鳴り響いた。

 

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