リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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1.リコリコに赤ん坊が来た日

 

 

「ほーい、本日よりリコリコ本店営業再開しまっす! みんな、締まっていこー!」

 

 えいえいおー!といつものテンションで拳を突き上げる千束。

 

 ハワイ支部を一旦閉鎖とし、リコリコメンバーが帰国したのは一週間ほど前。

 帰国後の荷解きや手続き。本店の清掃。

 食材や物品の補充が済んだのはつい先日で、待ち構えていた常連たちへ向けての新装開店プレオープン。

 お土産を配りつつ四方山話に花を咲かせ、昨夜も遅くまでボードゲーム会などで盛り上がっている。

 

「…うう、日本の梅雨時の湿気は半端ねえ…」

 

 朝っぱらからカウンターに突っ伏してミズキが呻く。

 ここしばらく常連が持参してくれた祝い酒も含め、久しぶりの日本酒を堪能しまくって見事なまでの二日酔い。

 

「今日は冷たいものが多く出そうですね」

 

 窓からの日差しに目を細めてたきなが言う。

 ミズキがグダッっている通り、日本の本土の湿気は凄い。ここしばらくハワイにいたのだから余計に感じるところがあった。

 

 そんな彼女らを、ミカは優しい瞳で見回していた。

 ようやく戻ってきた日常に、これに勝るものはないと穏やかな物腰が語っている。

 

 ちなみにクルミは例によって押し入れに籠っていた。

 

「それじゃ、開店しますよ~」

 

 千束が喜々として店の玄関へと向かう。『CLOSE』の看板を『OPEN』と掛けかえるのだ。

 店内の他の面子も、開店に備え各々で準備をしようとしたとき―――。

 

 

 

 

「なんじゃこりゃあ!?」

 

 

 

 

 千束の絶叫にも似た悲鳴。

 

「どうしました!?」

 

 たきなが慌てて駆けつけようとした視線の先。

 小さなバスケットを抱えた千束が店内へと戻ってくる。

 

 そしてバスケットの中では、赤ん坊が穏やかな寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう? どうしたらいいの?」

 

 千束が慌てているのは、急に赤ん坊が泣きだしたからだ。

 

「もしかしてお腹が空いたんじゃないでしょうか」

 

 初めて接する赤ん坊とその泣き声に、さすがのたきなも動揺している様子。

 

「君、お腹空いたの? そうなの? ―――ミズキ、おっぱい!」

「で・る・か! アホォッ!」

「おまえたち、落ち着きなさい」 

 

 ミカが丹前の袖を押さえながら片手を伸ばす。バスケットの中には哺乳瓶と粉ミルクも一緒になっていた。

 それを取り出すとカウンターの中へと戻り、慣れた手つきでお湯を注ぎ、ミルクを作っていく。

 

「少し冷ましてから飲ませてあげるんだぞ」

「先生ありがとっ!」

 

 千束は哺乳瓶の温度を確かめつつ、先端の乳首を赤ん坊の口に含ませてやる。

 すると、赤ん坊はふっくらとした頬を膨らませ、勢いよくミルクを飲み始めた。

 

「やっぱりお腹が空いてたんだねえ~。さっすがたきな♪」

「いえ…」

 

 哺乳瓶の中身を半分も飲み干しただろうか。またしても赤ん坊がグズリ出す。

 

「こ、今度はどうしたんだってば!」

 

 目の前の高さまで持ち上げる千束だったが、たちまち鼻を膨らませる。

 

「ひょっとしてこの匂い…」

 

 たきなも同様にスンスンと鼻を鳴らしていると、またしてもミカの腕が伸びてくる。

 バスケットの底を漁り、出してきたのは紙おむつと使い捨てのお尻吹き。

 

「どれ。貸してみなさい」

 

 赤ん坊を座敷に横たえ、器用にベビー服の裾を捲っていく。

 

「おお! 男の子か君ぃ!」

「あ…」

 

 千束が目を見張り、たきなが口元に手を当てる。

 そしてミズキが「男ぉッ!?」と持っていた一升瓶の底をカウンターに叩きつけるも、千束の無言のひと睨みでどうにか正気を取り戻す。

 

 その間にも、ミカは鮮やかな手つきで汚れたオムツを交換し当て直していた。使用済みのオムツはたきなが厨房からもってきたビニール袋に捨てておしまい。

  

「どうだ? これで気持ち良くなっただろう?」

 

 優しい目で赤ん坊を抱きかかえるミカに、「やっぱすげえよ、ミカは…」と騒ぎを聞きつけて来たクルミが呟く。それから千束に視線を向けると、

 

「ごほん。ところでどうしたんだ、その赤ん坊?」

「さっき玄関開けたらそのバスケットがポンと置いてあってさ!」

 

 いかに日本が平和だとて、捨て子といった問題まで解決されているわけではない。悲しいながら、コインロッカーベイビーといった事件は、繰り返し新聞にも掲載されている。

 

「なら警察への通報一択だろう」

 

 クルミのいうことは正論だ。幸いリコリコの常連客には警察官もいる。

 

「けれど、わざわざうちの店の前に置いてあったんだよ?」

 

 喫茶リコリコはDAの支部という扱いになってはいたが、市井のトラブルを解決する『何でも屋』的な側面も持つ。

 もし、母親? がそのことを知っていたとすれば、この赤ん坊が置かれていた意味はまた違ってくるだろう。

 

 ちなみに、かつて付き合っていた女性が、相手の男性の家の前に赤ん坊を「あなたの子です」と置いて行くといったドラマのようなシチュエーションも想定されたが、リコリコ従業員の中で唯一の男性であるミカに対してその懸念は無意味だった。

 

「…もしかしてミズキの子?」

「あたしゃ聖母マリア様かっての!」

「じゃあ、たきなの子かも。ほら、髪の毛も真っ黒だし!」

「日本人の大半は黒髪ですよ」

「なんだよ、二人とも、冗談だってのにノリ悪~い。お~、よちよち」

 

 無邪気に赤ん坊をあやす千束に、どうしたものかと他の面々は考え込む。

 

「ねえ、クルミ。ちなみに警察へ電話すると、どうなるの?」

「まあ…一時的に保護される形だな。保護者や親と連絡が取れず、いよいよとなれば施設へと入ることになるんじゃないか?」

「…そっか」

 

 クルミの発言に一切の他意はない。

 だが、この場にいる現役リコリスと元リコリスの三人は、揃って微妙な表情を垣間見せた。

 リコリスとは、DAが意図的に孤児たちを集め、幼少のうちから専門知識と技術を叩きこみエージェントとして育てられた存在である。

 それぞれが各々の過去を、この赤ん坊に重ねてしまったのだ。

 

「…うん!」

 

 何かを決意したような感じで赤ん坊を抱え直す千束。

 それから彼女は、周囲を見回して笑顔で宣言する。

 

「この子はうちで面倒見ようよ!」

「おい、千束…」

「それに私、一度子育てってのをしてみたいと思ってたんだ~♡」

  

 やんわりと制止しようとしていたミカだったが、その場で固まってしまう。

 たきなとクルミも同様で、さすがのミズキも黙って酒杯を口に運んでいた。

 

 ごく最近までの彼女は、人工心臓の耐久性の問題で成人するころまでしか生きられないと想定されていた。

 仮に子供を産んで育てるのは不可能ではないにせよ、あまりにも時間は短い。母の寿命が定められている以上、産まれた子供が取り残されるという残酷な問題もある。

 

「…それも千束の諦めていたことですか」

 

 たきなの呟きも何気に重い。

 もっとも人工心臓を換装させた今の千束の寿命は著しく延長している。きっと一般人と同じくらいは生きられるだろう。

 なので、かつては諦めていたその問題も、普通の人のように恋をし、結婚をし、果たす機会が十分にある。

 しかし…。

 

「だーいじょうぶだって! きっとお母さんがそのうち迎えに来てくれるから!」

 

 千束が鼻息も荒く断言した。

 あ、これはもう梃子でも動かない流れだわ、と長い付き合いからミズキは思う。

 

「それに、万が一戻ってきてくれなくても、その時はその時で!」

 

 視線を向けられミカは腕を組み、クルミは呆気に取られたままだ。

 

 一般的に捨て子を保護した場合、警察へと通報しなければならない。でなければ、未成年者誘拐や略取といった罪状を課せられる。

 だがしかし、DA支部である喫茶リコリコ(ここ)は半ばイリーガルな存在だ。国家権力に伝手もある以上、法規的な問題はある程度無視することができる。

 もう一つの問題として、身元の分からない遺児には戸籍が存在せず、ために医療保険は受けられない。受診となれば医療費は全額負担となる。

 将来的にも住民サービスの給付や進学の障害となるわけだが、元々戸籍を持たないリコリスの戸籍を用意し、ハワイへ出国させられるほどのウィザード級現役ハッカーがいまこの場にいるわけで。

 

 誰も賛成はしないが、反対する声も上がらない。

 そんな空気でもひたすら前向きに解釈して邁進するのが錦木千束だ。

  

「よし決まり! そうとなれば、まずは君の名前を決めなきゃねッ!」

 

 千束がさっそく出納帳用のノートを何枚か破り、太いマーカーを片手に考え込む。

 赤ん坊を渡されてオロオロしているたきなを横目に、クルミはミカへと語り掛けた。

 

「おい、ミカ。本当にいいのか?」

「千束がしたいと言っているんだ。どうせ止められまい」

 

 ミカは深々と溜息をつく。それから頬に苦笑を浮かべると、

 

「それに、いざとなれば、どうにでもなるだろう?」

「そりゃ…まあな」

 

 カウンターに頬杖をついてクルミは首肯した。

 彼女の能力を駆使すれば、社会的にまったく別の人間の存在を作り出すことさえできる。その逆もまたしかり。

 

「いつだって子供の尻ぬぐいは親の仕事だ」

 

 ついさっき赤ん坊のオムツ交換をしてのけたミカの台詞は、重ねて説得力があった。

 

「…よし、君に決めたッ!」

 

 千束の声。

 ポケモンかッ! というミズキのツッコミも意に介さず、千束が掲げ持ったノートのページ一面に記された名前は。

 

 

 

 

 

 

 

 

《錦木ジェイソン》

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ホッケーマスクを被った殺人鬼ですか!」

「ううん? ステイサムの方だよ?」

 

 ケロっと千束は答える。

 

「将来的にはあんな格好いいダンディになって欲しいよね! あ、アーノルドとかブルースもいいかな?」

「そもそもこの子は日本人ですよね!?」

「だったらたきなはどんな名前がいいっていうのさー!」

 

 唇をタコのように突き出して千束が両手をバタつかせる。

 

「わ、わたしですか?」

 

 クールに受け止めて流せばいいものの、勢いのまま詰め寄られてその場で真剣に考えこんでしまう。

 千束に出会ってから開花されたこの悪癖に、実はたきな自身が気づいていなかったり。

 

「日本人で、男の子っぽい名前…」

 

 千束と同様に、たきなも子供の名前など考えたこともない。

 DAの施設生活ではペットを飼うことも禁止されていたから、そちらの名づけの経験もなかった。

 

 そんな彼女は苦し紛れに店内のあちこちへと視線を飛ばす。

 ふと、髪の色と同じ瞳がカウンターを見やる。

 そこには、先日常連の持ち込んでくれたお祝いの小さな鉢植えが。

 

「…葵というのはどうでしょうか」

 

 鉢植えからスッと背筋を伸ばすように薄紅色の立葵。 

 ちょうど今が盛りの多年草だ。

 

「おおッ!」

 

 千束ばかりではなく、ミカとクルミ、ミズキまでもが声を上げる。

 思わずたきなが赤面している前で、千束は喜々としてノートにペンを走らせていく。

 

「うん! 君の名前は今日から《錦木アオイ》だ!」

「ちょ、ちょっと千束!」

 

 漢字で書かないんですか? と訊ねようとしたたきなは、見事なカウンターパンチを貰って吹っ飛んだ。

 

「あれ? 《井ノ上アオイ》の方が良かった?」

 

「~~~ッ!!」

 

 

 

 

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