リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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10.present for you

 

 

 今日は2月13日。

 明日は、いわゆる聖バレンタインデーだ。

 なので喫茶リコリコにも夜遅くまで明かりが灯り、せっせとチョコレートづくりに励む姿が―――。

 

「って、なんで僕がチョコレートを作っているんですかね…」

「だーかーらごめんってアオイ~!」

 

 リコリコの厨房で、僕と千束母さんが奮戦中。

 

 原因は母さんで、一週間ほど前からリコリコの常連のお客さんたちに宣言していたのだ。

 

『今年は皆さんに手作りチョコを上げちゃうからね~♡』

 

 実際に母さんも作る気は満々だった。材料だってたっぷり買い込んでいたし。

 

 ところが、急な仕事が入ったとかで例によってたきなママと二人して出張。

 ようやく帰ってきたのが今日の夕方で、僕を巻き込んでのチョコレートづくりに勤しんでいるわけ。

 せめてたきなママも居てくれればいいんだけど、事後処理だとかで帰りは明日になるんだって。

 先生は町内会の寄合いで不在。

 他に残っているのは……。

 

「クルミ~、手伝え~」

「あいにくとボクはお菓子会社のキャンペーンに迎合する趣味はないんだ」

 

 クルミ姉さんに突っぱねられ、母さんは視線を巡らす。

 

「じゃあミズキはどこ行った?」

「ミズキだったら、さっきアオイが泣かせたから出ていったぞ」

 

 クルミ姉さんがニヤニヤするけど僕的には心外だ。

 ただ「ミズキさんは誰に贈るの?」って訊いただけなのに。…悪いことしたのかなあ。

 

「ひ~ん」

 

 結局泣きながら母さんは作業している。

 リコリコは和風喫茶ってことで、抹茶チョコを作ろうと頑張ってるんだけど。

 

「どうかなアオイ、味をみて~」

 

 母さんから渡されたタッパーの中身をスプーンですくう。

 

「う~ん、これだと抹茶の味が勝ちすぎるから、チョコをもう120g足してみて」

「120g? これくらい……あ」

「母さん、ちゃんと量りを使ってよ、もう。……えーと、今度は抹茶を30gだよ」

「ほいほい30gはこれくらいかな……あ」

「…………」

 

 どんどんタッパーの中身が増えていく。

 なんだろう、テレビでこんなコント見たことあるぞ。

 

 千束母さんは結構おおざっぱで、目分量で作ってくれる中華やエスニック料理はわりかし美味しいんだけど、繊細な料理やお菓子づくりにはあんまり向いてない。

 

「いいもん! 増えた分はたくさん配ればよし!」

「ついでにアオイの分も作れるってか」

 

 クルミ姉さんが呆れたように言うと、母さんはチッチッチと指を振る。

 

「ちゃんとアオイ用には、最高に美味しい高級品を買ってあるもんねー!」

「そこは手作りで愛情を込めるべきじゃないか?」

「愛情と金額は比例するのだよキミぃ!」

 

 えへん! という感じで胸を張る母さん。

 ふん、と鼻を鳴らしてクルミ姉さんは行ってしまった。

 どういうわけか勝ち誇っている母さんだけど、僕を見てハッとした表情になる。

 

「しまった! アオイにどんなチョコを上げるか喋っちゃった!」

「僕は別に構わないけど…」

 

 誕生日プレゼントってわけじゃないし。

 むしろ、去年みたいな手作りでも良かったんだけどなあ。 

 表面に分離した脂がたっぷり浮いていたチョコボール。

 母さん的には見た目からして失敗作扱いしていたけど、味はそれなりに美味しかったのに。

 そりゃたきなママの作ったガトーショコラに比べると見劣りしたけどさ…。

 

 そういえば、たきなママは今年は何を作ってくれるのかな?

 帰りは明日になるから、そんな手の込んだものを作る時間はなさそうだけど。

 

 そんなこんなでひんひんいう母さんの手伝いをしながら、バレンタインデー前日の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 聖バレンタインデー。

 

「はい、約束通りのプレゼントだよ! …あれ? 米岡さん泣いてる?」

「いや、この齢になると身内以外からこうやって貰う機会もなくて…」

 

 常連さんの一人が泣いていた。

 他のお客さんもみんな千束母さんの手渡したチョコを喜んでいる。

 

「私の手作りだから、よーく味わって食べてね♡」

 

 笑顔でお客さんを見送る母さんに僕は首をかしげる。

 最後に型にチョコを注いだだけでも、手作りと表現していいものだろうか。 

 ああ、一応、僕が学校に行っている間に、完成したチョコを小分けにして包装はしていたみたいだけど。

 

「JAROに訴えられないといいけどな」

 

 残った抹茶チョコを摘まみながらクルミ姉さん。

 その呟きを鮮やかにスルーして閉店の看板の架け替えに向かう母さん。

 すると入口のドアが開く。入ってきたのは僕も良く知っている人で。

 

「フキさん!」

「よう、アオ坊。元気だったか?」

 

 そう陽気に挨拶してくれたのは春川フキさん。

 母さんの大好きな映画の子役みたいな独特の髪型をしているけど、とても美人さんだと思う。

 昔からよくリコリコに来てくれて、赤ん坊だったころの僕も何度か抱っこして遊んでもらったみたい。

 

「フーキー! 閉店間際に何しに来たのさー!」

「ご挨拶だな。おまえらのご所望の書類を持って来てやったってのに」

 

 手に持った書類袋を掲げて見せるフキさん。

 

「ご苦労だったな。これでも飲んでいきなさい」

「あ、すみません。ありがとうございます」

 

 先生がすかさずカウンターの上にコーヒーを出すと、母さんが唇を尖らす。

 

「先生も甘いなー。出がらしの番茶でも飲ませてやればいいのに!」

「客商売の台詞じゃねーだろ、それ」

「お客さん? どこにいるの?」

 

 がるるるって感じで睨み合うフキさんと母さん。

 

 以前、たきなママに訊ねたことがあった。『母さんとフキさんはどんな関係なの?』って。

 するとママは澄まして一言。

 

『古くからの親友ですよ』

 

『『「誰が親友だッ!』』

 

 二人の声がピタリとハモっていたのは面白かったなあ。

 ちょうど国語の授業で《喧嘩するほど仲が良い》という言葉を習ったばかりの僕は大いに納得したものだ。

 

 だからいまも二人がこうやっているのも、きっと犬同士がじゃれ合っているみたいなものなんだろうね。

 

 

「あ。先生、これを…」

 

 フキさんが手提げ袋に入れていたものを取り出す。綺麗に包装された正方形の箱だ。

 

「ああ。ありがとう。わざわざすまんな」

 

 お礼をいう先生に二コリとした後、フキさんは僕を手招きする。

 

「ほら、アオ坊も」

「ありがとうございます!」

 

 先生のと同じ大きさの箱だ。

 今年も貰えた。良かった。

 

Was? Ist das dein Favorit?(なあに? そっちが本命だったりするわけ?)

 

 突然母さんが外国語でしゃべり出す。

 

Besiege den Dummen(アホ抜かせ)

 

 フキさんは苦笑。

 

Vielmehr folgte der Sekretär dem Vorstand auch(それより、秘書官も板についてきたじゃん)

Es ist nicht einfach. Licolis ist besser(気楽じゃねえよ。リコリスの方がマシだ)

 

 何を言っているのか全然分からないけれど、カウンター越しに語り合うフキさんはカッコいい。まさに仕事のできる女って感じ?

 対する母さんも凄いしカッコいいとは思うんだけど、なんか微妙に駄目っぽい感じがするのはなんでだろ。

 

 結局フキさんは30分くらいみんなと談笑して帰っていった。

 掃除を済ませ、後片付けもして、全部の閉店作業を終えたあと。

 

「ほら、アオイ。ボクからだ」

 

 クルミ姉さんがチョコレートをくれた。リンツのフレバーアソートだ。

 

「あれれ? お菓子会社のキャンペーンに迎合しないんじゃなかったの~?」

 

 母さんにほっぺをプニプニと突かれてクルミ姉さんは仏頂面でそっぽを向いている。

 

「アタシからはコレよッ!」

「これってブランデーボンボン…?」

 

 ミズキさんは凄い笑顔で、

 

「アオイはお酒はまだ駄目だから中身のブランデーはアタシが貰って、チョコはアオイね。

 二人で仲良く、は・ん・ぶ・ん・こ♡」

 

 最後の妙にジメっとしたイントネーションに、ちょっとだけ鳥肌が立った。

 

「はいはい、酔っ払いのタワゴトはボッシュートです」

「ああん! 今日のアタシの夜の友がぁ!!」

 

 …本当、大人として色々と残念だなミズキさん。

 

「それじゃ、私からはコレね!」

 

 ミズキさんのくれたチョコを取り上げてから千束母さんが渡してくれた箱。

 

「開けてみていい?」

「もちろん!」

 

 中はガレーのチョコバーだった。ベルギー王室御用達のやつ。

 

「ありがとう母さん」

 

 嬉しくてお礼を言う僕の前に、そっとお盆からカップが差し出された。

 

「アオイ、お疲れさまでしたね」

 

 そういって微笑むたきなママは、夕べ遅くまで僕が千束母さんの手伝いをしていたことを言っているのだろう。

 そして、カップの中からは実に香ばしい湯気が立ち昇っていた。

 たきなママ特製のホットチョコレートだ。これが今回の手作りバレンタインプレゼントなんだ。

 

「どうせ手作りするんだったら、アレを作ってやったらどうだ? たきなスペシャル」

 

 そういったクルミ姉さんは、たきなママにお盆でゴンゴンと頭を叩かれていた。

 

「くうっ! こうやって一番最初に自分のを食べさせるなんてズルい、たきなズルいよ!」

 

 母さんが悔しそうにしてるけれど、せっかくのホットな飲み物をママが作ってくれたんだ。温かいうちに飲まなきゃ。

 

「いただきます」

 

 両手を合わせて、ふーふーと冷まして口に熱い液体をふくむ。

 チョコレートの苦みが少し強いな、と思った瞬間、後追いで蜂蜜の芳醇な旨味が口いっぱいに広がる。

 トロトロの滑らかな液体が喉を流れていけば、しつこくない後味で変に口の中がべたつくこともない。

 

「ビターチョコを少なめに、ミルクじゃなくて豆乳を使ってアカシアの蜂蜜を使ったんだね。凄く美味しいよ。ありがとうママ」

「どういたしまして」

 

 微笑むママ。

 ミズキさんがブランデーボンボンを齧りながら笑って言う。

 

「相変わらず料理マンガみたいなやつね、アンタは」

「…そうなの?」

 

 みんなが言うには、僕は相当味覚が鋭いらしい。

 僕的には、自分の感じた通りのことを言っているだけなんだけれど。

 この原因ははっきりしていて、僕の幼少の頃、それこそ離乳食の時から、たきなママが厳選した食材を使って手の込んだ料理を食べさせてくれたから。

 

「そうだ! フキのヤツは何を持ってきたの? ねえ!」

 

 母さんに言われてフキさんから貰った包み紙を開ける。

 

「今年もゴディバか。フキのくせに…」

 

 ギリギリと歯噛みする母さんの前で蓋を開ければ、色々な形のトリュフが10個くらいの詰め合わせだ。

 

「くそう、悔しいから私が食べちゃる!」

「駄目だよ母さん、僕が貰ったんだからさ」

 

 本当に食べる気の母さんを前に、ためらってはいられない。

 僕はトリュフを一つ摘まんで口へと放り込んだ。

 見ると、先生も同時にトリュフを齧っている。

 

「これは美味いな」

 

 先生のコメントに、

 

「そりゃそうでしょ、ゴディバだもの、ゴーディーバー!」

 

 特撮番組に出てくる怪人のうめき声みたいなイントネーションで母さん。

 

「うん。腕を上げたね、フキさん」

 

 僕がそういうと、みんなして一斉に僕を見てくる。

 

「え? どういうこと?」

 

 きょとんとしている母さんに、

 

「これって全部フキさんの手作りだよ?」

 

 そう答えると、みんなして盛大に驚きだした。

 

「うっそでしょー!? 市販品にしか見えないよこれ!」

「三年前くらいからずっと手作りしてくれてるんだ。年々クオリティが上がっているね」

 

 僕としては、みんなが気づいていなかった方が驚きだった。

 

「おい千束。愛情と金額は比例するそうだが、そこに手作りが加わったらどうなるんだ~?」

 

 姉さんがニヤニヤしながら長い袖でピシピシと母さんを叩いている。

 「デュクシ!」と姉さんの脇腹にチョップを決めた母さんは、明後日の方向へ向けて拳を握った。

 

「おのれフキめ! 今度あったときにとっちめてやる!」

「とっちめてどうするんですか…」

 

 溜息を漏らすママの前で、母さんは「あ」と声を出したあと、玄関までダッシュ。

 小脇に段ボールくらいの大きさの箱を抱えて戻ってきたのに嫌な汗が出る。

 

「いやー、今日のメインイベントを忘れてたわ♪」

 

 にっこりと笑顔でこちらに段ボールを向けてくる母さん。

 そして段ボール箱にはこう書いてある。

 

『アオイくんバレンタインデー受付箱』

 

 つまりは、僕に直接渡すのは恥ずかしかったり、郵便受けに入らない大きさのチョコを持ってきた人に向けての特製箱らしい。

 これを玄関横に設置されるなんて正直恥ずかしくて嫌だったけれど、母さんに押し切られてしまった。

 何も入ってなかったら、それはそれでよけいに恥ずかしいんだけど…。

 

「大丈夫だよ、アオイはモテモテなんだから」

 

 そういって母さんは箱を揺すった。ガサガサと中に何かが入っている音がする。

 

「ほう、アオイ、さすがだな」

 

 先生が褒めてくれたけど、嬉しいよりやっぱり恥ずかしい。

 

「それじゃあ、デュクデュクデュクデュクデュク…デーン!」

 

 変なドラムロールもどきの音を口で言って、母さんは箱を開封。

 

「ほほう! 我が息子ながら隅におけないねえ♡」

 

 取り出した小さなピンクの箱にはこう書かれてあった。《アオイくんへ カスミより》

  

 他にも小箱が五つくらい。一つは常連の伊藤さんだったけれど、残りは全部クラスの女子からだ。

 

「みんなして学校で渡してくれればいいのに…」

 

 そうすれば、こうやって母さんにも弄られなくても済むのになあ。

 すると、たきなママがゆったりと笑う。

 

「アオイはまだまだ女心が分からないんですね」

「?」

 

 どういう意味だろう? 

 僕が首を捻っている前で、母さんが段ボールの底をガサガサと漁っている。

 

「ほら、アオイ、もう一個あったよ、もう一個!」

 

 差し出されたのは本当に小さな小箱。

 ただし、差出人は書かれておらず、《錦木アオイ様へ》との文だけ。

 

「…誰からだろう?」

 

 箱をぐるぐると回してみたけれど、分からない。

 

「ねえ、開けてみれば?」

 

 母さんが言う。

 

「うーん」

 

 僕は悩む。

 これがクラスの女子とかで、中に手紙とかあったらと考えるとちょっと気の毒かも。

 でも、あの子たちが《錦木アオイ様へ》なんて仰々しい書き方をするかな? 普通に《錦木アオイくんへ》って書きそうだし。

 

「きっと常連の誰かが置いていったんだろう」

 

 先生の予想が一番当たってそうな気がする。

 

「じゃあ、開けてみるよ」

 

 ガサガサと包装を破けば真っ白い無地の箱が出て来た。

 蓋がすっぽりと下の箱を包んでいる、いわゆる身フタ箱と言うタイプ。

 なので、蓋を持ち上げるようにして開けると、中にはたっぷりの細切りの紙の緩衝材が詰まっていた。

 

「あれ?」

 

 でも、肝心のチョコが見当たらない。

 

「中に潜っていったんじゃないか?」

 

 クルミ姉さんが言う。

 この中に、チョコが一個だけ入っていたりして。だとしたら、物凄い高級なチョコなのかな?

 ちょっぴりワクワクしながら僕は箱の中を探る。

 ところが、食べ物っぽいものの替わりに、なにか金属的な感触を見つける。

 

「なんだろう?」

 

 箱から指を引き抜く。

 僕の指の先端には、フクロウのチャームがつままれていた。

 

 

  

 

 

 

   

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