リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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今さらですが、話のタイトルが日本語の時は本編後の時間軸で、タイトルが英語の場合は、+9年後くらいの未来の話になります。







14.change the world

 

 新しいアイスノンをタオルで包む。

 それを脇に抱えてお盆を持って、僕は地下への階段を降りる。

 

「母さん入るよ。大丈夫?」

 

 突き当りの扉を開ければ、そこは千束母さんたちの寝室だ。

 へぶし! という声に続き、ぶびーと鼻をかむ音。

 見ればベッドの上で半纏を背負った母さんが起き上がっていた。

 

「らいじょうぶ。らいぶへつもはがったし…」

 

 完全な鼻声でモゴモゴいう母さん。マスクもしているから何を言っているのかイマイチ分からない。

 

「いいから、ほら」

 

 ベッドの横に行った僕はリンゴジュースを渡す。

 すりおろしたリンゴを濾して蜂蜜を加えたやつ。

 

「あ゛り゛が ど う゛ アオイ…」

 

 受け取ったコップを、ストローでほとんど一気に飲み干す母さん。

 

「お粥もどう? 食べられる?」

「うん、たべるー…」

 

 マスクを下げて、んが、と口を開ける母さん。

 はいはい、食べさせて欲しいってことね。

 

 スプーンに一口分をとってふーふーと良く冷ます。

 差し出すと母さんはモニュモニュと頬張って、冷えピタを額に張ったままニヘラと笑った。

 

「…うん、美味しい~♡」

 

 たきなママが出汁を引き、そこに薄口醤油とたまり醤油を僕がブレンド。

 それを葛あんでトロトロにしてかけたお粥は、京都の老舗料亭の『瓢亭』風仕立てだ。

 自慢じゃないけどかなり美味しいと思う。

 

「そっか。良かったよ」

 

 僕が新たにスプーンに掬って差し出すと、母さんはまたパクリ。

 結局、あっという間に全部平らげてしまった。

 

 湯冷ましの水で母さんが薬を飲んでいる間に、アイスノンを交換する。

 それから最後に熱々の卵酒をマグカップにほんの少しだけ。

 

「いい母さん。映画とか見たりしちゃ駄目だよ? 風邪はとにかく寝ていろって山岸先生も言ってたからね?」

 

 僕は釘を刺す。

 母さんたちの部屋にはテレビがない。

 替わりに電球の位置にプロジェクターが設置してあって、正面の壁がスクリーン替わりだ。

 音響も凝っていて、この部屋自体が防音仕様なこともあって、映画を見る環境としては最高だ。

 僕がもっと子供の頃は、この部屋は別な感じだったはずなんだけど………ダメだ、思い出せない。

 

「分かった、分かりましたよー」

 

 また鼻をずびーっとかんでから母さん。ご飯をしっかり食べたせいか、言葉の濁点もなくなって良かった良かった。

 そのままベッドに仰向けになってくれたので、きちんと布団をかけてあげる。

 まだ顔は赤くて見るからにしんどそうだ。なのに母さんはニコニコして、

 

「風邪引くのは辛いけど、こうやって看病して貰えるのはいいよね」

 

 その気持ちは良く分かった。

 僕も前に風邪を引いた時、額に手を当ててくれる母さんとママの手の冷たさが気持ち良くて、わざと額に載せられた濡れタオルを首を振って落としたもの。

 なので、僕は母さんの額の冷えピタを交換する替わりに、僕の手を載せてみた。

 母さんはちょっとだけ目を見開いて、それでもマスクの下の表情は嬉しそう。

 

「アオイ、ありがとね…」

 

 たちまち呼吸がすーすーと寝息に替わる。

 そっと額から手を離し、お盆にコップや食器を乗せ、静かに部屋を出た。

 階段を上がって厨房まで行くと、さっそく先生が訊ねてくる。

 

「どうだ、千束の様子は?」

「熱もだいぶ下がったみたいだし、ご飯も全部食べたので大丈夫だと思います」

「そうか…」

 

 ホッとする先生。

 

「これだけ美味いものを食べてれば直に治るだろ」

 

 カウンターテーブルで、特製醤油餡をかけたお粥を啜りながらクルミ姉さんが言う。

 

「千束のやつって昔から思い出したように突然風邪引いたりするのよねー。…って、なにこれ、アルコール分弱ッ」

 

 ミズキさん、それ、母さん用の卵酒…。

 

「具合が悪くなる直前までいつもと変わらない状態だから、こちらもビックリですよ」

 

 たきなママが調理用のエプロンを外しながら溜息をこぼす。

 

 元気印の母さんが体調を崩して寝込むのはかなりレアだ。

 みんなも口で色々というけれど、心配している。

 僕だって心配だから、夕飯はもっと栄養のある美味しいものを―――なんて考えていたら、たきなママが言ってきた。

 

「アオイ。今日はカスミちゃんと図書館に行くのでは?」

「そうだけど母さんが…」

「千束のことはわたしたちで面倒を見ますから心配ありません」

「でも…」

「女の子との約束は大切ですよ」

 

 結局たきなママに押し切られ、僕はダッフルコートに首にたっぷりとしたマフラーを巻かれる。

 

「はい、風邪を引かないように気をつけて行ってらっしゃい」

「…行ってきます」

 

 ママに見送られてリコリコを出る。

 カスミちゃんを迎えにいって図書館へと向かう。

 歩きながら、僕の心は晴れない。

 理由は、母さんが風邪を引いたことに心当たりがあるからだ。

 

 

 

 

 基本的に千束母さんは『陽』の人だ。

 いつも元気で明るくて、辛い表情をしたり弱音を吐いている姿を僕は見たことがない。

 

 だけに、そういう人は意外とストレスを溜めやすい。

 それでも苦しそうな様子を見せずに我慢していると、精神より先に肉体に異常が出ることも多いそうだ。実際に免疫力が低下して病気になりやすくなるとか。

 

 図書館の精神保健と医療コーナーの本をいくつか流し読みして、僕は仮説を検証している。

 

「ふぇええ、アオイくん、そんなむずかしい本を読めるの?」

 

 ってカスミちゃんに驚かれたので、真面目に読書感想文の課題図書を一緒に探すことにした。

 読書感想文を書くコツは、ただ思ったことをだらだら書くより、疑問に思った部分を抜き出して自分の意見を重ねたりすると文章量を稼げるよ、とアドバイス。

 ある程度宿題を終えて図書館を出て、真っ暗になる前にカスミちゃんを自宅へと送り届ける。あ、最後にバイバイするとき「昨日はチョコありがとう」ってお礼も忘れずにね。

 

「ただいまー」

「お、アオイ、戻ったか」

 

 リコリコに戻るとクルミ姉さんが黄色い従業員服を着ていた。

 普段はよっぽど忙しくないと押し入れから出てこない姉さんが働いているのは、きっと母さんの穴埋めで。

 先生にも挨拶をして厨房へ行くと、ミズキさんがお汁粉に入れるお餅を炙っている隣で、たきなママは包丁で鶏肉を細かく刻んで叩いている。

 

「今日の御夕飯はつくねなの?」

 

 僕が訊ねると、

 

「お帰りなさい、アオイ。まずは手洗いとうがいを忘れないで」

 

 たきなママにピッと包丁の先端で奥の洗面所をさされてしまった。

 素直にダッフルコートを脱いで、手洗いとうがいをして戻ってくると、今度はママは生姜も細かく刻んでいる。

 それと細かくした鶏肉を混ぜてすり鉢で摺れば、やっぱり鶏肉団子みたい。

 

 土鍋ではふつふつと出汁が煮えている。

 まずは鶏肉団子を煮て、少ししてからネギを加えるママ。

 クタクタになったネギと団子を器に引き上げて上から大根おろしをかける。

 手作りのポン酢を少々垂らせば完成だ。

 

「ひと眠りしてから目を覚ました千束が、お腹に溜まるものを食べさせて! って…」

 

 お盆にお箸と器を載せながらママが言う。

 なるほど、今晩は母さんのリクエストでしたか。

 

「悪いけれど持っていって貰えますか?」

 

 見ればミズキさんも注文された品を捌くのに忙しそう。ママも手伝わないと駄目みたいだ。

 

「分かったよ、ママ」

「お願いしますね」

 

 お盆を持って地下室へと向かう。

 器から立ち昇る匂いはとても美味しそうで僕のお腹も軽く鳴ってしまった。

 

 母さんたちの部屋の前で僕は立ち止まる。

 中の気配に、ある予感があった。

 なので、ノックをしないでそーっとドアを開ければ。

 

 

 

 

『マシンガンはいただいたぜ ホーホーホー!』

 

 

 

 

 大音量が轟き、大画面ではおじさんがニヒルに笑う。

 

「母さん!」

 

 僕が中へ飛び込むと、

 

「う、うはうへ!?」

 

 母さんは慌ててプロジェクターの電源を落としている。

 急いで布団を被っても、もう色々と遅いよ。

 

「あれだけ寝てなきゃ駄目だっていったのに…」

 

 僕がベッドに近づけば、母さんは布団から目だけを出して言い訳。

 

「…だって退屈だったんだもん」

 

 まあ、食べたいものをリクエストするくらい回復してきたんだから当然かも。

 そんな風に思いながらお盆を差し出す。

 

「はい、ママが作ってくれたよ」

「うは、たきな特製の肉団子~♪」

 

 ガバッと起き上がる母さんは本当に調子が良いみたい。

 

「あれ? アオイ、食べさせてくれないの?」

「それだけ元気があれば自分で食べられるでしょ」

「ちぇっ」

 

 残念そうに唇を尖らせ、母さんはママ特製の鶏肉団子を頬張った。

 

「う~ん、美味しい! ネギも甘~い!」

 

 膨らませた頬っぺたもなんかツヤツヤしている。

 本当に元気になったみたいで僕も一安心だ。

 

「ご馳走様! 美味しかった~」

 

 なので僕は、胸の中でずっと気になっていたことを母さんに訊ねてみようと思う。

 

「あのね、母さん」

「なあに? あ、その前に着替えと身体拭くの手伝ってくれない? 汗だくでさー。下着はそっちのタンスの下の引き出しにあるから」

「それはあとでたきなママにしもらってよ!」

「え~、いいじゃない、アオイに背中拭いて欲しいなー」

「それもたきなママにお願いして!」

 

 僕は慌てて部屋を飛び出す。母さんったら、本当に勢いよくパジャマを脱ぎだすんだから。

 

 階段をのぼりながら、なんかうまい具合に誤魔化されたんだじゃないかって気がした。

 訊かれたくないことや自分の失敗を取り繕うとき、とにかく一方的に自分のコトを捲し立てくるのが母さんのクセだったり。 

 

「…やっぱり、母さんが急に具合が悪くなった原因って、これなのかなあ…?」

 

 僕は胸元からフクロウのチャームを引っ張り出し、指先で弄ぶ。

 

 

 

 

 アラン機関という組織が、匿名で世界中の天才の卵たちに無条件の支援をしていた。

 支援された人たちはアランチルドレンと呼ばれ、様々な分野で目の醒めるような業績を残している。

 創始者はアラン・アダムスとされて、人種や年齢、性別すら不明だ。 

 

 でも、それはもう数年前までの話。

 現在はミネルヴァ基金という組織へと改名して、世界中の恵まれない子供たちへの支援を専らとしている。

 代表者はティファ・アダムス。前任者のアラン・アダムスとの関係性は不明。

 

 明かりを消した部屋。

 ベッドに潜りこんだ僕は、スマホの検索エンジンで表示された文章を読み取る。

 何度調べても、これ以上の情報は得られなかった。

 

 スマホの画面から顔を離し、ベッドテーブルの上に置いたチャームを手に取ってみる。

 これは、ミネルヴァ基金から支援者として認められた証だ。 

 

 じゃあ具体的にどんな支援を受けられるかと言えば、まず全ての公共機関の代金は無料になる。

 買い物だってほぼ無制限で出来るらしい。

 チャーム自体にICチップが埋め込まれているので、電子マネーの支払いの要領でこれをかざすのだ。 

 個別のIDも登録されているので本人以外の利用は不可。

 また、これを所持しているだけで、あらゆる教育機関への入学の便宜が図られるらしい。

 担保にすれば銀行から巨額の融資も得られるとか。 

  

 ―――まあ、全部ネットに書いてあることの受け売りだけどさ。

 

 とにかく、これを贈られるのは、宝くじの一等に当たったこと以上の幸運だそうだ。

 なにせ無制限のキャッシュカードと抜群の信用を一緒に貰えたみたいなものだし。

 

 反面、前のアラン機関の頃の名残で、恵まれない子供であると同時に、何かしらの才能を持った子に贈られるとか。

 ネットの動画サイトにミネルヴァ基金から支援を受けた人のインタビューが上げられていた。

 その人はまだ未成年の学生なのに、業界第三位に入るくらいのソフトウェア会社を作ったんだって。

 

 でもまあ僕は特に何の才能もないので、いわゆる《恵まれない子供》に当てはまったんだと思う。

 そしてそれこそが、千束母さんがショックで体調を崩した原因だ。

 

 人によっては、家にお金がなくて満足に教育を受けられない環境とか、先天的な病気で治療に大金がかかるとか、そういった色々な恵まれない事情があると思う。

 だけどもっと単純な理由として、親が存在しない子供―――いわゆる孤児を恵まれない子供としてミネルヴァ基金は支援をしている。

 

 千束母さんやたきなママがいるけれど、やはり僕は孤児なのだ。二人の子供じゃあない。

 そりゃ自分で鏡を見れば、母さんにもママにも全然顔立ちは似てないのは分かるよ?

 だけど、血の繋がりがないことを今さらながら指摘されたように感じて、母さんはショックを受けたんだと思う。

 

 だいたい僕は恵まれていないなんて全然思っていないんだけどね。

 むしろ、母さんとママの子供になって、毎日が幸せなのに。

 

「…やっぱり返した方がいいのかなあ?」

 

 手の中でプラプラとチャームが揺れる。

 

 僕は全然不幸じゃありません。だからこれは他のもっと恵まれない子供に贈ってあげてください、ってね。

 

 あれ? でも送り返すにも、宛先はどこにすればいいんだろ…?

 

 コンコン、とドアのノックされる音。

 

「…アオイ。起きていますか?」

 

 たきなママの声に、僕は慌ててスマホの画面を消してサイドテーブルの充電台の上に置く。

 寝る前にスマホを弄るのは禁止。買ってもらったときに、ママにそう約束したから。

 

「うん、起きているよ」

 

 答えると、ゆっくりとドアが開く。

 チェック柄のパジャマ姿のママだ。長い黒髪は後ろで大きく束ねられている。

 

「どうしたの、ママ?」

「今日はアオイの部屋で一緒に寝ようかと思って…」

 

 そうか、千束母さんは風邪を引いているから、一緒の部屋でたきなママが寝ると移っちゃうかも。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 母さんと違ってママと一緒に寝るのは久しぶりだ。

 ベッドの横にスペースを作ると、スッとママが入ってくる。

 

 毛布を被ったママにまっすぐ胸に抱きかかえられた。両足に足も絡まれる。

 しっとりとした黒髪のママは、母さんと違って透き通った柔らかい匂い。

 その匂いに包まれて、僕のまぶたはたちまち重くなって―――。

 

「アオイは、これからどうするんですか…?」

 

 僕の髪を撫でながらの、たきなママの呟くような声。

 一気に目が覚めた。ママの腕の中で、僕は身動ぎする。

 

「これからってどういう意味なの、ママ?」

「この先の将来という意味です」

 

 僕を見るママの目が潤んでいる。

 やめてよママ。そんな悲しそうな顔をしないで。

 

「アオイは、アラン機関―――いえ、ミネルヴァ基金の支援を受け取る資格を得たんですよ?

 ならば、何にでもなれる。日本中のどこへでも、いえ、きっと世界中のどこへだって―――」

 

 僕はまだ10歳にもなっていない。

 たきなママの言っていることは、少なくとももう数年は未来の話だと思う。

 なのに僕は悲しくて悲しくて。 

 

「ママは僕にどこかに行って欲しいの…?」

「そんなことあるものですか!」

 

 強く強く抱きしめられる。

 僕もギュッと赤ん坊みたいにママにしがみついた。

 

「僕はどこへも行かないよ」

「でも、アオイの素晴らしい才能があれば…」

 

 なんか水っぽい声で言うママに、僕は苦笑してしまう。

 先生もクルミ姉さんも僕に才能があるっていうけれど、みんなして買いかぶりすぎだってば。

 

 僕はただの小学生だ。

 けれど、小学生にだって夢はある。

 

「あのね、ママ。僕の夢の話、聞いてくれるかな?」

 

 少しだけ驚いた顔でママはコクンと頷く。

 

「僕は将来、お菓子屋さんを作りたいんだ。和風だけじゃなく、洋風の物も一緒に出せるお店をね。

 それをリコリコの隣に出店させるのが僕の夢」

 

 美味しい和菓子とケーキの両方を、先生の淹れるコーヒーで味わえるそんなお店。

 そこにはもちろん千束母さんとたきなママ、先生にクルミ姉さんとミズキさんもいて、今までと変わらない楽しい毎日。それがずっとずーっと続いて行くのが未来の僕の夢。

 

 だって、今が凄く幸せなんだから。

 この先もずっと同じままで構わないよ。 

 

「アオイ―――!」

 

 思い切りぎゅっとママに抱きしめられる。

 うん、やっぱりたきなママの抱っこはしっとりと柔らかくて千束母さんと違って―――って、苦しいよ、ギブギブッ!

 

「ご、ごめんなさい」

 

 解放されて、僕はぜーぜーと呼吸を整える。

 一息ついてから見たママの顔はとても嬉しそう。

 

「ならアオイは、大きくなってもどこへも行かないんですね?」

「うん。むしろリコリコ以外の場所に行く意味が分からないよ」

 

 ますます嬉しそうに微笑むママに、僕は少しだけ具体的な夢の続きを口にしてみる。

 

「とりあえずリコリコの近くに店を作るとしたら、裏の東海林さんの土地か隣の吉田さんの敷地を譲ってもらわないとね。東海林さんの土地が手に入れば、リコリコも含めて建て替えがいいかも。でもそうなると出来れば駐車場も欲しいし、あまり建物を大きくしちゃえば建ぺい率の問題もあるかな。隣の吉田さんの土地が手に入ればベストだけど、別店舗を建てるとすると吉田さんの土地自体はこっちより狭いでしょ? リコリコと二店並べたときのバランスが…」

 

 …あれ? たきなママが何か呆れた目で僕を見ているぞ?

 

「やっぱりアオイには才能がありますよ」

 

 だからありませんってば。ママまで僕も買いかぶらないでよ。

 そう言おうと思った時だった。部屋のドアが勢いよく開く。

 

「良かった~! アオイはどこへも行かないって~!!」

   

 半纏を着た千束母さんを先頭に雪崩込んできたのは浴衣を着た先生。

 そして繋ぎのパジャマにナイトキャップを被ったクルミ姉さん。

 最後は七色のネグリジェを着たミズキさん、って、うわ、それ、ネグ、リジェ…?

 

「どうしたの、みんなして?」

 

 僕は訊ねても、千束母さんとクルミ姉さんは互いにぴょんぴょんとジャンプを繰り返してる。

 先生はバツの悪そうな笑顔で顔を撫でていた。

 ミズキさんが一升瓶を呷っている姿は、クルミ姉さん所蔵のアパートを舞台にした古い漫画のキャラクターに似ていた。

 

「みんなしてアオイが将来どうするか心配だったんですよ」

 

 僕と一緒にベッドに上体を起こしてママ。

 昨日、僕がフクロウのチャームを手に取ったとき、みんなして微妙な顔つきになったのは、ああ、そういう…。

 

「もう私は嬉しくて嬉しくて! 今夜は眠れそうにないよ!」

 

 感極まった様子で母さん。見るからに風邪は全快したみたい。

 

「だから今夜は、久しぶりに三人で川の字で寝ようぜい♡」

「母さん、前半と後半で文脈が繋がってないよ」

 

 僕のツッコミを受け流し、ルパンダイブでベッドへ飛び込んでくる母さん。

 もちろん僕のベッドは三人一緒に寝られるサイズじゃあない。

 

「千束、駄目です! 今夜はアオイはわたしと一緒に寝るんです!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。ケチケチしないでよ~」

「だいたい千束は病み上がりでしょう? アオイに移しちゃいますよ!」

「もう治ったもん! ほりゃアオイ、ちゅーしてあげるチュー!」

     

 狭いベッドの中で僕は避けようもなく母さんに頬にキスされる。

 それを必死で引きはがそうとするママだけど、他のみんなは笑っているだけで誰も止めてはくれない。

 むしろ僕たち三人を残して引き上げていく。

 

 結局二人に揉みくちゃにされて僕は意識を失っ―――眠ったようだ。

 そしてお約束というか何というか、千束母さんに風邪を移されて寝込んでしまった。

 けれど、責任を感じた母さんとママが二人して付きっ切りて看病してくれた。

 

 熱が引くまで一歩もベッドから出ることを許されず看病してもらった僕は、幸せものなのだろう、たぶん。

 

 

 

 

 

 

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