リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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皆さん、コロナにはくれぐれもお気をつけを。
自分が感染するより、家族が感染するのが色々と辛たん……。








15.君だけが愛しくて

 

 時として今までの生活が激変することを、井ノ上たきなは知っている。

 

 あの時のきっかけは、テロリストに人質にされたエリカへ向けての命令違反の発砲。

 結果として独断専行の責任を問われるようにDAを放逐され、ここリコリコへと異動となった。

  

 最初の頃こそ不満だらけだった。DAを唯一の居場所と思っていたから、あそこに戻ることだけを考えていた。

 

 だけど千束に色々と諭されたり振り回されたり。

 気が付いたときには、以前とは全く別の毎日が楽しくて楽しくて。

 

 その果てに愛すべき人たちと出会えたことに、今となっては楠木に感謝している。

 厳しく冷徹で、時には理不尽にリコリスを使い捨てることさえ躊躇わない人だが、彼女は本部付けのリコリスの名前を全て把握していると聞く。

 実際に母親のように慕うリコリスを、たきなは何人も知っている。

 

 そんな楠木からの着信が、千束のスマホを震わせた。

 

「あ、ごめん、たきな。ちょっと取ってくれる?」

 

 アオイを着替えさせてちょうど手を離せないでいる千束に頼まれ、たきなはスマホの受話ボタンを押す。

 

『―――千束か?』

「たきなです。ご無沙汰しています。千束はいまちょっと手を離せなくて…」

『構わん。千束に替わってくれ』

 

 どうします? と振り返ると、スピーカーモードにして持ってきてとの千束の返事。

 

「ごめん、楠木さん。ちょっとアオイを着替えさせている真っ最中でさ」

 

 スピーカーモードにしたことで楠木が少し躊躇ったのは、千束以外に聞かせていいものか思案したに違いない。

 

『…おまえの情報通り、本部に在籍しているはずのリコリスの一名が行方不明だ』

「へえ? 目敏く逃げ出したのかー。やるなー。ちなみに名前は?」

『石花ミナミといったか。もちろん偽名だろう。ふざけた名前だ』

「しっかし本部のセキュリティも大概ガバいでしょー。腕の良いSEを紹介しよっか?」

『余計な詮索は結構。こちらは情報提供者への義理を通したに過ぎん』

「うん。だからこれは貸しにしとくね楠木さん♪」

『貸しだと? むしろ先日フキたちをリコリコに派遣した件が…!』

「え? あれはフキたちが自主的に『遊び』に来てくれたんじゃないの?」

『―――ッ』

 

 通話は切られた。

 千束と楠木の関係は、たきなには良く分からない。

 だけど、なんとなく親子の関係というか、他のリコリスたちとは違う雰囲気を感じる。

 その証拠に、千束も楠木に甘えて―――いや、どっちかというと遊んでいる、遊んでない?

 

 そんな内心の感想はともかく、たきなは素直な疑問を千束へとぶつけた。

 

「本部のリコリスが行方不明って、どういうことですか?」

「あー、それね…」

 

 千束は苦笑して語る。

 彼女が疑問に思ったのは、BARで邂逅した姫蒲に突き付けられた台詞。

 『失うことで得られるものもある』。

 これは、DA本部の噴水前で、千束がたきなへと贈った言葉だ。

 必然的にあの言葉が聞けたのは、周囲にいたリコリスたちに限られている。

 

 さらに姫蒲はヒントのようなことを口にしていた。

 自分のことを『調べさせた』。

 そして、アラン機関の代行者はあらゆるところに。

 

 なので千束は、BARから帰ってきた夜にフキへと耳打ち。

 

『楠木さんに伝えて―――DA本部に、リコリスの格好をしたアラン機関のスパイがいるかもって』

 

 予想は見事に的中したわけだが、DAの方でもセキリュティの見直しにリコリスの個人データの改ざんチェック、本部内の映像データの洗い出しと、色々と大騒ぎだろう。

 楠木の連絡だってその激務の間を縫ってのものに違いない。

 

「実際にアラン機関の息がかかったリコリスが本部へと入れるものなのかな?」

「分からん。本部付のリコリスが、アラン機関に取り込まれた可能性もあるが…」

 

 千束の質問に考え込むミカ。

 

「どうせDAのクソさに嫌気がさして裏切ったんでしょー」

 

 事あるごとにDAをディスってるだけに、ミズキの言にも一定の説得力があった。

 そんなミズキにも千束は質問。

  

「ところで、『石花ミナミ』ってふざけた偽名って楠木さんが言っていたけど、なんじゃらほい?」

「ああ、それね。子供だましのアナグラムよ。石南花って並べ替えると、『しゃくなげ』って読めるじゃない?」

「さっすが元情報部」

「ふっふっふ、もっと褒めなさい。ちなみに石南花の葉っぱは有毒で、花言葉は『威厳』『荘厳』『危険』ね!」

「うわ、ミズキ女子っぽい~」

「アタシは元から女子だわよッ!」

 

 髪を逆立てるミズキを、千束がアオイを抱えて牽制。

 するとガラリと襖が開き、押し入れの二段目からクルミが飛び降りてくる。

 着地して大きくふらつき、ヨロヨロとした足取りで皆の前に来ると、彼女は疲れ切った口調で告げた。

 

「アラン機関の全容が解析できたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミカが熱いココアを淹れる。

 舌が焼けるようなそれを口に含み、眠気を振り払うようにクルミは首を左右に振った。

 

「正直、あんなちっぽけなデータから、ここまで手こずらされるとは思ってなかったよ…」

 

 姫蒲がミカへと渡したメモリースティックの中身。

 収録されていたデータは、言ってしまえば虫食いもいいところ。

 欠損部分を補修し、さらに独自の解析をかけて精査する。

 地味な作業を淡々とこなしたクルミへは畏敬の念しかない。

 事実、千束が背後に回り、その華奢な肩をせっせと揉んでいた。

 

「それで、何が分かったの?」

「アラン機関の存在自体が、ボクの予想とそれほどかけ離れていなかったことだ。…悪い意味でな」

 

 皆が見守る中で、クルミが訥々と語り出す。

 

「みんな、パトロンという言葉は知っているな? そう、支援者という意味だ」

 

 世界史を見返せば、芸術や技術の隆盛の背景に、様々な支援者が存在する。

 彼らは時の権力者であったり資産家であったり、あるいは個人であったり団体であったりする。

 

「うんと簡単に言えば、アラン機関の母体はそれなんだ」

 

 この説明に、誰も驚きはしない。

 世間一般の認識において、アラン機関のやっていることは正しくパトロネージュだ。

 

「古くから世界各国には幾人もパトロンが存在した。時代を経て、貿易や人流が活発になるにつれ、それらのパトロンたちが顔を合わせるようになったのは当然の流れだろう」

 

 まだ交通網すら十分に確立されていない時代から、情報は何物よりも価値を持って取引されていた。

 その情報を優先的に手にすることが出来るものこそ、統治者であり豪商であった。

 

「パトロンの内情という定義に、富めるもの道楽と取るか、ノブレスオブリージュの実践と取るかは、この際置いておく。

 ただ、昔から連中はそれでマウントを取り合っていたことは確実だ」

 

 時代が下がり、世界が狭くなっていけば行くほど、情報は共有される。

 となれば支援対象が重複するのは必然で、支援者にも対象者にも混乱を産んだ。

 これではいけない、と支援を一元化するために篤志たちによって連合化されたのがアラン機関の原型となる。

 

「なるほど。寄り合って図体が大きくなれば、面倒ごとも多くなるわけね?」

「千束の言う通りだ。なんの見返りも求めずにいられるほど、()()()()というのは純粋じゃない」

 

 クルミの視線が千束の胸の中心を撫でる。

 向う10年以上の科学技術を超越した人工心臓がそこにある。

 

 アラン機関の支援を受けつつも、アランチルドレンとして世間に公表されていない技術者や科学者は大勢存在する。

 かくいう千束にすら『人殺しの才能』ということで支援をしていたアラン機関は、世界に膾炙する慈善組織では決してあり得ない。

 

「つまりアラン機関ってのは、人類史の影に存在する悪の秘密結社ってこと?」

「まるで漫画みたいだな、と笑い飛ばしたいところだが、一面の真実でもある」

 

 ミズキの統括をクルミは鼻で笑うような表情をしたが、口調は真剣そのものだ。

 

「戦争を例にあげれば分かり易いか。

 二つの国が争っていたする。そしてそれぞれに支援すれば、勝った国にとっては正義の支援者になり、負けた国にとっては死の商人と恨まれるだろう?」

「そんな極端な…」

 

 たきなの思わずの呟きに、

 

「極端だが事実だ。日本だって戦国の三傑と呼ばれる連中にも支援者がいたし」

「まさか、それもアラン機関だったり?」

「その頃の名称は一定しないがな」

「うおー、マジかー」

 

 思わずクルミの肩揉みの手を止めて機関の息の長さに驚く千束。

 

「じゃあ、今更だけどアラン機関の目的ってなんなのさ?」

「シンジは、アランの理想とは言っていたが…」

 

 少しだけ遠い目をしてミカが考え込んでいる。

  

 あらゆる才能を世界へと届ける。そこに分け隔ては存在しない。

 仮に人殺しの才能であっても、世界という舞台へ燦然と解き放たれることを望む。

 それがアランの理想であり、機関の目的―――?

 

「果たしてそれが機関全体の総意なのかな? 吉松だけにとってのエクスキューズだったかも知れないし」

 

 アランの理想は吉松の口にした通りのもので、同一である可能性。

 本来のアランの理想を、吉松個人が勝手に解釈している可能性。

 

 やや意地が悪そうに言及するクルミに、ミズキは呆れたように腰に手を当てると、

 

「それをアンタは解析出来たっていったんでしょー?」

「ボクが解析をしたのは組織としての全容だ。やつらの細かい主義主張や個人的な解釈まで知るもんか」

「アンタ、意外と使えないわね」

「……話を戻すと、アラン機関は大昔からのパトロンたちが連合し、そこから更に時代を経てきた巨大な組織だ。世界に存在するあらゆる才能を支援(パトロネージェ)することが大目的なのは昔から変わっていない」

 

 クルミはずびーとココアを飲み干す。

 

「だけどさっきも言った通り、組織は一枚岩じゃない。純粋な篤志家の面もあれば、投資機関のような振る舞いもうかがわせる。ゆえに内情は、支援者(パトロン)蒐集家(コレクター)の二つに大別されるとボクは思う」

「支援者と蒐集家?」

 

 千束から受け取っていたアオイをあやしながら、たきなは首を捻る。

 

「支援者は文字通り支援するだけ。金は出すけど口は出さないってのが、パトロンとしての理想形といえるな。

 この場合の蒐集家は、才能を持った人間を自分の手中に収めて並べて管理したいって連中だ」

 

 執着し、手に入れるためにはあらゆる手段を用いる。

 よりコレクションを輝かせるためならば、自ら積極的な干渉(手入れ)も辞さない。

 

「吉松はこの蒐集家に当てはまるんじゃないか?」

「………」

 

 沈黙するミカに、クルミも強いて回答を求めたわけではない。

 目の下にクマを浮かべた顔で、集まったリコリコメンバー全員を見回して断言する。

 

「とにかく、今回手に入れたデータを解析した限り、千束に対し近づいてきたのはこの蒐集家一派の方だろう」

 

 みんなの視線は、たきなの手の中に抱えられたアオイへと注がれた。

 

「…やっぱり、アラン機関絡みだったんだね」

 

 そうかも知れないけれどそうであって欲しくない。

 儚い希望を見事に打ち砕かれたにも関わらず、千束の表情は想定内とばかりに苦笑を浮かべていた。

 

「…そうだ」

 

 わずかな間をおいてクルミは肯定する。

 

「それで、アオイの本当の御両親の行方は?」

「ああ。出生されたのは京都だが、母親はもともと身体が弱かったせいか出産した際に亡くなっている。父親も交通事故で他界したそうだ。渡されたデータの中にその情報があった」

 

 さすがのボクも京都の方まで精査していなかったよ、と言うクルミに対し、千束以上に胸をホッと撫でおろしていたのはたきなだった。

 実際に両親が健在で、赤ん坊を引き取りたいと言って来られたらどうしようと悩んでいた。

 アオイの本当の両親には申し訳ないが、これから精一杯愛情を注いでいくことで許して貰えたらと思う。

 

「その上で、今後ともアラン機関の干渉が予想される」

 

 その根拠こそ、アオイという名の赤ん坊。

 不殺の誓いを立て殺しの才能を発揮できない千束に対し、赤子を送りつける。

 そこで警察や公共福祉機関へ突き返せばそれで良し。

 もし窮鳥のように懐に入れれば、彼女の弱点となる。

 赤子への情が募り、守るために不殺の誓いを翻したその時は―――。

 

 吉松の遺志なのか“蒐集家”一派の意思かは判然としない。

 それでも千束の才能を完成させるための計画は続いているとするのなら。

 

 赤子に危害を及ぼしてくる可能性は高い。

 敢えて口にせずとも、集まった誰もがその危険を認識していた。

 

「なら」

 

 先に私が誰かを殺してしまえば―――?

 

 言いかけた千束の腕をたきなが掴む。強く強く掴む。

 

「千束。それは違います」

 

 ついこの間、千束は約束してくれた。

 護るためならば敵を殺すことも辞さないと。

 

 だけどそれは、本当に最後の手段であるべきで。

 

「命じられても誰も殺さないと言っていたじゃないですか」

 

 綺麗ごとを口にしている自覚はある。

 だからこそ、本当にギリギリの時まで、千束に不殺の誓いを捨てないで欲しい。

 綺麗なままでいて、と言えば語弊があるかも知れないけれども。

 

 じっとたきなを見返す千束。

 たきなの両眼が潤んできたところで、降参したように頭を掻く。

 

「りょーかい。他ならぬ私の嫁にそういわれちゃね~。だから、泣かないでよ、たきな」

「っ! 泣いてなんかいません! ただ目にゴミが入っただけです!」

「う~ん、そういう脆いところもたきなのみ・りょ・く♡ だよ♪」

「だから泣いてませんってば!」

 

「イチャつくのは後にしてもらっていいか?」

 

 クルミの不機嫌な声にたきなは赤面。

 そんなたきなの目尻の涙を拭って、千束は余裕しゃくしゃくの表情。

 

「そんで? どうやってアラン機関をぶっ潰すの?」

 

 かつての真島を彷彿させる物言いに、しかしクルミは神妙な顔つきでテーブルの上にタブレットを置く。

 

「なにこれ?」

「アラン機関が裏と表で繋がっている、もしくは関与していると思われる企業名だ」

「どれどれ…って、こんな有名企業まで? うっそ、これもー!?」

 

 千束の声に釣られて画面を覗き込んだメンバーも、揃って驚きの声を上げる。

 国内の有名半導体メーカー、自動車会社に保険会社、総合商社はもちろん、海外のトップ企業の数々が軒並み名前を連ねていた。

 

「潰そうにも真島が使ったような手段は無理だな。逆にこちらが捻り潰されるだろう」

 

 アラン機関の地下茎は、数えきれない組織と複雑に絡み合い根を張ってしまっている。もはやそれは一蓮托生の関係と言っていい。実際にアラン機関だけを切り離すのは不可能ごとだ。

 それはとりもなおさず、アラン機関を相手どるとは世界中の組織を敵に回すことと同義となる。

 

「………」

 

 沈黙が流れた。

 決して臆するわけではない。しかし敵はあまりにも巨大すぎるのではないか?

 

 そんな千束さえ軽口を叩けないでいる空気を、やや舌ったらずな声が切り裂いた。

 

「それを踏まえて、次善の策というものが存在する」

「さっすがウォールナット! 仕込みは万全ってか?」

 

 一転、手放しで賞賛してくる千束に対し、クルミの表情は苦々しい。

 

「生憎と、ボクが作ったプランじゃない」

 

 へ? という顔をする千束。

 

「このデータをくれた女―――名前は分からないから便宜上【プランナー】と呼ぶか。

 実際にアラン機関の情報よりも、この計画書こそがキモなんだ」

 

 タブレットの画面を切り替え、ギリ、と誰にも知られぬよう歯噛みをして、クルミは意を決するように顔を上げた。

 

「千束。おまえには、してもらわなければならないことがある」 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 横浜埠頭の某倉庫にて。

 

 

 じゃり、とコンクリートの砂を踏みしめ、扉を開く二つの影。

 赤と紺の制服をまとった千束とたきなだ。

 

 だだっぴろい倉庫内に人影はなく、ただ中心にソファーが設えてあった。

 そこに横になっていた男が、ゆっくりと上体を起こす。

 

「ずいぶんと久しぶりだな、嬢ちゃん方」

 

 被っていた黒のボルサリーノを外し、男は大股開きでソファーへと座り直す。

 顔の包帯こそ外れていたが、スーツ姿の隙間から包帯が覗く男の正体は、延空木で死闘を演じた相手、真島だった。

 

「今日はどういう了見だ? いまさらDAの指示に従って来たって風でもないようだが」

 

 時刻は深夜だ。真島の余裕は、自身の超聴覚が目前の二人以外の人間が周囲にいないことを把握していることに由来する

 

「まさか二人がかりで前のリベンジってか? おいおい、勘弁してくれよ。今さらアンタらとやり合う理由はねぇっての」

 

 おどけるように真島は笑う。

 

「それともなにか? 以前の俺の提案に賛成ってことか? アラン機関をぶっ潰すってな」

 

 千束は無造作に銃を抜き放つ。

 それから真っすぐに真島を見据えると、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、言った。

 

 

 

 

 

「真島ァ! アンタの(タマ)ァ取ったる!」

 

 

 

 

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