リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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17.徒花となりて

赤いリコリスの制服を着た千束が、トントンとローファーの先を詰めている。

 爪先に鉄が仕込まれた殺傷力の高い特製品だが、見た目だけは市販のものと変わらない。

 

「それじゃ、たきな、行ってくるね♪」

 

 くるりと千束が振り返る。背中にサッチェルバックを背負った姿は、いつもお得意様回りをする時と全く同じ。

 彼女の纏う雰囲気も、近所に散歩に行くくらいの気軽いものだ。

 だけに、たきなは笑顔で見送ることを選ぶ。

 

「ええ。気を付けて。なるべく早く帰ってきてくださいね」

「うん。留守の間、アオイのことよろしくお願い」

「もちろん。…帰ってきたら、なんでも好きなものを作ってあげますから」

「うわ~、楽しみ~」

 

 ギュッと千束に抱きしめられる。

 腕の中の赤ん坊ごと、たきなも抱きしめ返す。

 

 名残惜しげにゆっくりと身体が離した。

 ほぼ同時に空から降りて来るヘリコプター。

 吹き付けて来る風が、髪と制服の裾をはためかせる。

 

 降下してきた機体がスーパーピューマであることはたきなの知識には存在する。

 しかしその外観に、所属を示すペイントは一切見られない漆黒カラー。

 

 ―――これも、アラン機関の力か。

 

 急に不安が鎌首をもたげてくる。

 千束が進んで虎口に飛び込もうとしている今この瞬間は、まさに分水嶺。

 伸ばしかけた手を、たきな握り締めた。震える指先を掌の中へと押し込める。

 

 ん? という風に千束が髪を抑えながら振り返ってきた。

 ローターの轟音で声は届かない。

 なのでたきなも髪を抑えながら精一杯微笑む。

 口だけを動かして、届かぬ言葉に祈りを込める。

 

 いってらっしゃい、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 夜空を猛スピードで翔る機体の後部座席で千束は腕と足を組んでいる。

 四人掛けの席の対面には、黒服の男が一人座っているだけ。

 

 ヘリから降りてきて「錦木千束様ですね? お迎えにあがりました」と頭を下げて以降、一切口を開こうとしない。

 人懐っこい千束だったが、敢えてこの男に話題を振ろうとも思わなかった。

 そもそもヘリの中も轟音で、ヘッドセットなしでは会話もままらないが。

 

 窓の外の景色は闇だけだ。

 それとなく方向感覚を働かせている千束だったが、さすがに現在進行形でどこの上空を飛んでいるのかまでは分からない。

 

 やがてヘリが高度を下げ始める。

 眼下に映るのはやはり暗闇。

 どこまでも広大に広がる黒一面が、微かに波打っている。

 

 …やっぱり海上?

 

 千束は、闇の中でなお暗い巨影が浮かんでいることに気づく。

 それは全体を黒く塗りこめた巨大なタンカーだった。

 千束を載せた機体は、そこのヘリポートへと降下して行く。

 

 

 

 

「これもぜーんぶアラン機関の持ち物なわけ…?」

 

 ヘリから降り立った千束の呆れ声。

 自分が載ってきた同型の機体のヘリが、タンカーの甲板を改装した広大なヘリポートに整然と並んでいた。

 その数は彼女の大好きな水族館の回遊魚を想起させたが、決して気分が良いわけではない。

 むしろこれだけの数のヘリが用意されている意味に想いを馳せる。

 それは、おそらく…。

 

 眉間に力を込める千束の目前で、貨物用のエレベーターがせり上がってくる。

 促され乗りこむ。薄暗い照明の中で一人。 

 既に案内の男の姿はない。

 降下していくエレベーターの挙動を感じながら、千束は制服のポケットから一枚の封筒を取り出す。

 かのプリンセス・ティファと名乗る人物から渡された招待状。

 アラン機関を示すフクロウマークの封蝋は既に破られている。

 

 中身である紙片に記された内容は至ってシンプルだ。

 指定された日付。

 それと『お迎えに上がります』の一文だけ。

 

 ヘリで迎えに来られたのは、まあ想定内ではある。

 なので、エレベーターが最下層で停止しても千束は動じない。

 頭上から強烈なライトを注がれ、スピーカーから壮年の男の声が降ってきても、驚きはしなかった。

 

『今宵は〝品評会〟へようこそ。錦木千束くん、君を心から歓迎しよう』

 

 千束は声のした方向を見上げる。

 遥か中空に、幾人にもの人影が浮いているのが見えた。

 実際に浮かんでいるのではない。おそらく透明性の高い特殊素材を床にしたフロアで、そこからこちらを見物しているのだろう。ソファーなどの調度品までもが見受けられたことから、それは明らかだ。

 

『まずはこの世界で稀有たる才能を開花させた君に、心よりの敬意と感謝を』

 

 パチパチと幾つもの拍手が降ってくる。遥か上空のフロアで、幾人もの人影が手を叩いている姿が見える。

 千束はその光景に目を細めて言い返す。

 

「そんで? 蒐集者のアンタたちの前で、わたしは何をさせられるわけ?」

 

『蒐集?』

 

 返ってきたのは苦笑。

 

『生憎と、我々は君を管理するつもりは毛頭ないよ』

 

「こんなトコに連れてきておいて説得力なさすぎなんですけど!」

 

『その点について謝罪するのは吝かではない。だが、謹んで君の誤解については訂正をさせて頂こう』

 

 訝し気な表情を浮かべる千束の耳に、一拍置いてから厳かな声が届く。

 

『我々は君たちの才能に傅き、奉仕する庭師に過ぎないのだ』

 

 畑を耕すように環境を整え。

 種子に惜しみなく栄養を与え。

 時には成長を妨げる枝葉を剪定する。

 

 なるほど、庭師(ガーディナー)とは言いも言ったりといったところか。

 だが、千束は、彼らの口調にこそ背筋にうすら寒いものを覚えている。

 

 純粋さは美徳となり得る。不純物を含まない鉱物に美が宿るように。

 ならば、純粋な悪意というものは、傍目にはどう映るのだろう?

 

 無論、正義も悪も相対的なものだ。二元論で割り切れるほど世界はシンプルではない。

 だが仮に、自分たちの絶対的な正しさを疑わないものが存在するとすれば―――

 

 自身の思想だけをひたすら精錬し、研磨した黒水晶。

 おぞましいはずの光が一種の美意識で彩られていることに、千束の中の価値観が違和感を訴えて止まない。

 

「…悪趣味ね」

 

 思わず吐き捨てた呟きは、どうやら殿上人にも聞こえたようだ。

 

『趣味などと心外の極みだね。これは神が我々に課した義務(デューティー)だよ』

 

 彼らがいっせいに胸に手を当てる仕草をしたのを、千束の超人的な視力は見て取る。

 全てはアランの御心ままに。

 

 うんざりした表情を浮かべて千束は視線を逸らす。

 続いて『品評会』という単語の意味を吟味する。

 わたしはモノじゃない、なんて目くじらを立てるほど純じゃないが、一般的な意味としては、産物などを集めてその優劣を定める会と定義できるだろう。

 それをこの場に合わせて適応、解釈した場合―――。

 

『それでは、始めよう』

 

 スピーカーの音がうわんうわんと大きく響き渡った。 

 全身を浸す反響音に、千束は自身が巨大タンカーの貯槽部分を改造した区画にいることを理解する。

 おそらく、貯槽壁を全て取っ払われた広大なワンフロア。

 だからといって見通しが良いわけではなく、無造作に後付けの遮蔽物や建築物が乱立していた。

 さながら都市戦を想定した訓練所で、広すぎるフィールドのあちこちで、一瞬強い殺気が弾けたのを感じる。

 

 連想するは、甲板にあった幾つものヘリの姿。

 それぞれが誰かを乗せて来たであろうことを推定。

 そしておそらく、その誰かとは自分と同類。

 つまりは『殺しの才能』を持った人間がこのタンカーの底の戦場へと集められている。

 

『もっとも輝かしい才能を見せてくれた者には、更なる栄光を』

 

 厳かな声の唱和が続く。

 

『力の及ばなかったものは、遍く大輪の礎とならんことを』

 

 ―――殺しの才能を開花させた人間同士を一同に会し、争わせる。 

 ゆえに、品評会―――。

 

 …気持ちわるッ!

 

 胸の中で盛大に毒づく。

彼女が、この船の名前はフランス語で『パルテール(花壇)』号と銘されていることを知れば、より嫌悪感をそそられたことは想像に難くない。

 

 そんな千束のこめかみが存在していたであろう空間を、容赦なく9㎜パラベラム弾が抉って行く。

 天性の反射神経で上体を反らし、すかさず連射される追撃を避けながら、千束は遮蔽物の影へ飛び込む。

 

 射撃の精度。ポジション取り。タイミング。

 敵の正体は分からねど全ての点で高レベルで、ランクファーストのリコリスたちに勝るとも劣らない。

 

 千束はサッチェルバッグに手を伸ばす。取り出すは愛銃であるデドニクスコンバットマスター。

 銃巴を握り締め、気配を伺う。

 

「!!」

 

 咄嗟に身を伏せれば、頭上を徹甲弾が抜けていく。

 遮蔽物は無意味、と上体を起こして飛び出す寸前、千束は本能のままバックステップ。間髪入れずバク転しながら、こちらに向けて突き出されたナイフをローファーの爪先で蹴り上げる。

 ナイフを弾かれて態勢を崩す相手に向かって、海老ぞりのようか姿で発砲。

 狙い違わず胴体付近に彼岸花が咲き、相手が怯む。もちろんそれだけでは致命傷たりえない。

 なので千束は再度バックに手をやって、ワイヤーガンを取り出し射出。

 両手両足を戒められて相手は無防備に床に転がる。

 まだ若い、獰猛そうな目をした男だった。

 落ちているタクティカルナイフを蹴飛ばし、こちらを睨み上げて来る中東系の顔立ちに、

 

إذا أحدثت ضوضاء ، فسوف تموت(騒ぐと死ぬよ?)?」

 

 とアラビア語で告げる。

 普段と変わらぬ飄々とした態度と口調だったが、その実、千束は盛大に背中に汗を掻いていた。

 本音を言ってしまえば、先ほどの攻防は紙一重。斃されずに済んだのは本当に僅かの差。

 徹甲弾を射出してから、こちらが遮蔽物を飛び出すところを見越しての狙い澄ましたナイフの一撃。フキを凌駕する移動スピードと手練だった。

 内心で舌を巻く千束に、声が降ってくる。

 

『…君はまだその主義に拘るつもりなのかね?』

 

 足元の男には聞こえず、千束にだけしか聞こえない声。

 同空間にいるにも関わらず対象のみに指向性のある音声を届ける技術は、きっとアランチルドレンの研究の産物で。

  

「………」

 

 無視をする千束。

 声に困惑が混じる。

 

『君の才能が存分に咲き誇ってもらわなければ、この会の趣旨に反するのだが』

 

 なお千束が応じないでいると、非常に困った声が告げた。

 

 まるで、庭の雑草を抜くような何気なさで。

 それでいて、心底相手を気遣うような慈愛すら滲ませて。 

 

『ならば仕方がない。君の開花を妨げている枝葉を切り払うとしよう』

 

 純粋なまでの悪意が、あくまで優しく柔らかく、千束の耳道を滑り落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 同時刻 喫茶リコリコ店内にて

 

 

「うん、似合っているぞ、アオイ!」

 

 そういって、座敷にちょこんと座り来んだ赤ん坊を褒めたのはクルミだ。

 

「な、たきなもそう思うだろ?」

 

 振られて、たきなも笑顔で応じる。

 

「ええ。とっても可愛いですよ」

 

 それから思い出したように、手にもっていた千束のカメラで撮影。

 ファインダー越しに映る最愛の赤子―――アオイの姿は、本当に愛らしい。

 厚手のオレンジ色のベビージャケットに、下半身はかぼちゃを模したズボンで覆われている。

 頭をすっぽりと包むモコモコとした帽子もかぼちゃ柄で、世間的にもハロウィンである今日、SNSにでも投稿すればたちまちコメントが殺到したことだろう。

 

 そんな風にアオイに愛しい視線を注ぐたきなだったが、今一つ精彩を欠いていた。

 理由はこれ以上ないほどはっきりしている。

 つい数時間前に、これまた彼女にとっての最愛の人を見送っていたからだ。

 

 本音を言えばついていきたかった。

 しかし、アランチルドレンとして認められていない自分が同道できるはずもなく。

 

「…千束のことが心配か?」

 

 クルミに声を掛けられてハッとする。不覚にも少し考え込んでいたらしい。

 頭を振って黒髪を揺らすたきなに、クルミは安心させるように笑いかけた。

 

「絶対って言葉は使いたくないが、きっと大丈夫さ。しっかりと保険も利かせているしな」

「本当に大丈夫でしょうか…」

 

 なお不安そうな眼差しをしてくるたきなの気持ちは良く分かる。

 きっと利害関係というより感情が納得していないのだろう。

 

 だけに、言葉を尽くしても説得は覚束ない。

 そう判断したクルミはタブレットに視線を落とし、わざとらしく話題を逸らす。

 

「にしても、アラン機関も何もハロウィンの日に呼びつけなくてもいいと思うがな」

「ええ、本当に」

 

 店内の点けっぱなしの小さなテレビへ視線を転じ、たきなは頷く。

 例年ならば、千束と一緒にコスプレをして保育園でお菓子配りなどをする予定だった。

 むろんアオイもそこでコスプレデビューさせるつもりだったが、さすがに中止している。

 

 テレビ画面では、夜の繁華街をコスプレした人が大勢行き交っている。

 池袋こそいわゆるハロウィン会場のメッカとされているが、ここ錦糸町もコスプレをして出歩く人も多い。

 

「商店街のイベントの一端でな」

 

 カウンターの向うからミカの説明。

 コスプレをして入店すれば割引などのサービスや、コスプレコンテストなども行われるという。

 

 まさに千束が大好きなイベントが目白押しというのに、残念ながら本人はいない。

 ちなみにミズキも不在で、それだけで普段の賑やかさは半減している風に思える。

 

 カラン、と店の入り口ドアに釣られたベルが鳴った。

 入って来たのは、迷彩柄のジャケットに、ゴーストフェイスマスクを被った男の三人組。

 

 千束の貸してくれたホラー映画に、あんなマスクを被った殺人鬼が出てきましたっけ。

 そんな風に眺めるたきなの前で、ミカが申し訳なさそうな声で来客へ告げた。

 

「ああ、すみません。今日は営業をしていないんですよ」

 

 マスクの顔が揃ってミカを見る。

 続いてポケットから引き出された手には、それぞれ銃が握られていた。

 

「!?」

 

 銃声が鳴り響き、ミカがカウンターの中へと倒れ込む。

 

 

 

 

 

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