「店長ッ!?」
たきなの悲鳴。
同時に、アオイを守るように座敷に立ち塞がれば、ゴーストフェイスの男たちは揃って銃の狙点をこちらへ向けた。
クルミもタブレットを持ったままアオイを抱きしめている。そんな彼女の指が軽くフリック。
次の瞬間、男たちの頭上に黒い塊が降り注いだ。
予め天井に吊るしてあったリコリコの厨房から厳選した寸胴鍋たちだ。
さすがに直撃こそしなかったが、男たちは見るからに態勢を崩す。
「おい」
野太い声は男たちのものではない。
背後から特殊合金製の杖がゴーストフェイスの横っ面を殴り飛ばす。
次の二人目には鳩尾に一撃を喰らわせ、最後の一人は丸太のように太い腕で首根っ子を抱え込んでのフロントネックチョーク。
たちまち三人もの暴漢を無力化させたのはミカだった。
彼の丹前の前は無残に弾け飛んでいたが、その下に分厚い筋肉と防弾仕様の特殊スーツが覗く。
「事前に仕込んでおいて正解だったな」
やれやれといった風情でクルミはタブレットを掲げて見せる。
「まあ、これで多少はプランナーというやつの信用度も上がった程度だが」
銃撃されたというのに全く動じることなくミカが応じた。
千束の召還と同時にリコリコが襲撃される可能性も、プランナーからもたらされた計画書に記載されていたのである。
「それでも一瞬ヒヤッとしましたよ」
アオイを抱え上げてたきな。
ミカのことも心配だが、この苛烈なやり取りが赤ん坊に影響を及ぼさないかも重要だ。
もっともさっきのミカの戦闘の際は、クルミが抱きかかえるように視界を制限しているし、かつ被っているカボチャを模した帽子も、実は防音仕様+耐衝撃仕様の特別性だった。
「おっと。団体さんのお出ましのようだぞ」
タブレットから流れるアラーム音に、クルミが画面をスワイプする。
リコリコ周辺に配されたカメラには、同じ迷彩ジャケットにゴーストフェイスを被った男たちの姿が。
「そうか」
答えたミカはボロボロの丹前をむしり取り、カウンターの上のスイッチを押す。
すると、入口ドアと窓の全てにシャッターが下りた。こちらも防弾仕様のものだ。
たちまち雨霰とばかりに店内に銃撃音が木霊する。
「いくぞッ」
短く言って、クルミが身体を低くして店の奥へ。
アオイを抱えたたきなに、殿はミカが続く。
裏口まではまだ手が回っておらず、ドアを開けた三人の前に一台の大きなワンボックスカーが滑り込んでくる。
「はいッ、みんな乗って!」
運転席のミズキの声に、三人が次々と乗り込む。
巨大ホイールが唸りを上げて走り出した横に駆けつけてくるゴーストフェイスの男たち。
彼らは発砲するも、全て車体に弾かれる。
「特別仕様のウニモグに、そんなもんは効くかっての!」
車窓から下品に指を突き立て、ミズキは一気に車を加速させた。
「さて、どこへ行きましょーか!」
ハンドルを握ったミズキは、いつにもましてテンションが高い様子。
最近たきなも気づいたのだが、この元リコリスも千束と同様に高級車やスポーツカーを運転することに喜びを見出す性質らしい。
それもそのはず、かのダイムラー製の多目的作業用自動車ことこのウニモグをワゴンタイプに換装し、全面防弾仕様に防弾タイヤまで履かせたワンオフである。
資金提供はクルミだったが、僅か一ヵ月足らずで作成したわりには申し分のない仕上がりだった。
「取り合えず、高速に乗ってDA本部を目指すか」
「え、でも…」
ミカの発言に、自身のスマホを操作しながらたきなが眉を顰めた。
先日から楠木に直接連絡を取ろうと何度も試みているが通じない。
「あいつにも立場があるだろうからな」
苦笑するミカ。
先日話し合った通り、アラン機関の手は複雑かつ広範に様々な組織へと根を張っている。
当然日本政府にもひも付きの議員や官僚は存在するはずで、彼ら経由でDAに圧力がかけられて可能性は十分に考えられた。
かりそめにも支部であるリコリコが襲撃を受けたにも関わらず、たきなのスマホが不通なことからも、それは読み取れるだろう。
「だからこそ直接出向いてやるのさ」
リコリコを襲撃したのは、アラン機関の指令を受けた傭兵か民間軍事会社と推定。
おそらくDAは、彼らの作戦行動に干渉するな、と厳命されているのだろう。
しかしながら、ミカらに引き連れられた奴らに本部へと襲撃されてまで唯々諾々と無抵抗を貫くことは出来るのか?
つまりはミカの宣言は、DAが無視してもこちらから一方的に巻き込んでやると言っているに等しい。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず、というしな」
クルミが澄まし顔で言う。
口にした慣用句が妙に年寄り染みた風に聞こえたのは、彼女の生い立ちを知ってしまったからだろうか。
「アイアイ・サー!」
上機嫌でミズキがハンドルを切る。
首都高に乗るべくアクセルを吹かせば、数台のSUVが追いすがってきた。
運転手もゴーストフェイス。
こちらに追いつくなり体当たりを仕掛けてくるも、ウニモグはビクともしない。
どころか、天井の開閉式のハッチから上体を出して、たきなは銃を構える。
ミズキが再加速し、体当たりの反動で相手が後退して生じる僅かな距離。
その機を逃がさずタイヤを撃ち抜けば、車はスピンしながら後続車と衝突。
どうにか追手を振り切り、ミズキが快哉を上げた。
「な~んだ、楽勝じゃん!」
「いや、そうは問屋は降ろさないみたいだぞ」
唸るクルミが見ているのはタブレット。
先行させたドローンが映す映像には、道路一杯に横たわるトレーラーが。
「首都高へ続く道は閉鎖されている! こっちで手薄な下道をナビするぞ!」
「ッ! 了解!」
ホイールが唸りを上げて、車体が大きく傾く。
強烈な横Gを受けつつ胸元の赤ん坊へと視線を降ろせば、きゃっきゃっと手を叩いて喜んでいる。
「アオイ、いい子ね」
微笑みかけフロントガラスを見れば、先の道路いっぱいに二台のセダンが横づけにされていた。
その陰に隠れる男たちの構えた銃が一斉に火を噴く。
「ふん! このまま蹴散らしてやるわよ!」
防弾ガラスに銃弾を跳ね返らせながら、ミズキはシフトレバーを叩き込んで気焔を上げた。
事実、驚異的な進入角度と傾斜安定角度を持つウニモグは、そこいらの普通車など正面から踏みつぶしてしまう。
「掴まって!」
ミズキの声に応じ、搭乗員のそれぞれが手近なものに掴まる。
ズン! といった衝撃のあと、バリバリと固いものを噛み砕くような、耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響く。
それでいて、体感としてはまるで小高い丘を越えるよう程度の感覚で、軽々とウニモグは二台の車を踏破。
「ひゃっはー♪」
喝采を上げて一気に車を再加速さたミズキだったが。
「!?」
ホイールが盛大に空転。グリップを失ったタイヤに、ハンドルの制御は喪失する。
「
黒光りする路面にミズキが叫ぶ。
特殊な液体―――摩擦係数0.1以下、つまりは0.5の氷より滑る―――を散布することにより、兵士や車両の進行を阻害して無力化するシステム。
ウニモグの巨体はまるで氷の上を滑るように道路を流れ、歩道を越えてビルとビルの間に横向きに突っ込んで停止。
「…みんな、大丈夫ですかッ?」
たきなが頭を振りながら声を上げた。
コメカミから頬にかけて一筋の血が流れる。
衝突の瞬間、咄嗟に胸の中にアオイを抱きしめた代償だった。
「…ごめん、しくった…」
ハンドルにもたれながらミズキ。
「どうにか生きているぞー」
座席の間にすっぽりと頭から転げ落ちながらクルミが足を動かしている。
ただ一人ミカだけが既にM4カービンを構え、跳ね上げた天井のハッチから周囲を伺っていた。
「―――たきな、おまえはアオイを連れて車から逃げろ」
「え?」
「今なら車体の反対側のドアから路地へと逃げ込める。私たちは、ここで出来るだけ時間を稼ぐ」
「そ、そんな! 私も一緒に…!」
「いいから聞きなさい。敵の狙いがアオイにあるならば、ここに籠城してもジリ貧だ。逆に我々全員を狙ってのことならば、それはそれでアオイがいないほうがやり様もある」
黒い巨漢の静かで穏やかな目。
その奥底に揺るぎない鋼鉄の意思を認めたとき、たきなに頷く以外の選択肢は存在しなかった。
「…みんな、無茶はしないで下さいよ」
死なないで、などとは言わない。
すると返ってきたのは三者三様の返事。
「分かっている。まだアオイに一生餅を背負わせてもいないしな」
「あいにくとボクの将来設計はまだ未完成でね」
「結婚もしないで死ねるかってーの!」
「…行きます!」
ともあれば緩みそうになる涙腺を気合で引き締め、たきなは胸にアオイを抱っこ紐で固定。そして背中にはサッチェルバック。
ドアが開く。
「みんな、またリコリコで!」
そう言い残し、たきなは裏路地へと走り込む。
背後で盛大な銃撃の応酬が始まっても、彼女は決して振り返らない。
□□□
「…嘘でしょう」
息を咳切られせてたきなは呻く。
敵の追撃をどうにか振り切り、辿りついたのは繁華街のど真ん中に位置する交番。
24時間警官の待機しているであろうそこは、扉が固く閉ざされパトロール中の掛札が。
たきなの選択した第二案は、ミカの言っていた二番煎じでもある。
すなわち、公権力である警察を頼り巻き込むこと。
交番に匿ってもらったところを襲撃されれば、さすがに警察も突き放す訳にはいかないだろう。
そう思っての行動だったが、どうやら既に敵が手を回していたようだ。
ハロウィンの繁華街は、それなりにコスプレした人々が行き交っている。
おかげで制服にハロウィンコスのアオイを抱えたたきなも強烈に浮くことはない。
それは同時に、ゴーストフェイスの格好をした集団も、違和感なく動き回れることを意味する。
「くッ」
背後を振り返り、ゴーストフェイスを被った三人の姿を人波の向うに見つけ、たきなは踵を返す。
連中も、さすがに人通りの多い往来で銃器を使うつもりはないらしい。数に任せて緩やかに包囲するようにたきなへと迫ってくる。
捕まればアウトとばかりに路地裏や人気のない場所へ逃げ込めば、容赦なく銃弾で襲われた。
これにはたきなも遠慮なく撃ち返すことによって牽制し、距離を稼ぐ。
互いに暗黙のルールを抱えたチェイスは続いていく。
「はっ、はっ、はっ……!!」
薄暗いビルの裏口の前で、たきなは必死で呼吸を落ち着かせようとしている。
基本的にリコリスは高い基礎体力と精神力を求められる。
自衛隊のレンジャー部隊よろしく、30㎏もの装備に身を固めて踏破訓練をしたことすらあった。
それでも、赤ん坊を一人抱えての逃亡と市街地の銃撃戦は、想像以上にたきなの体力を消耗させていた。
抱っこ紐は背後から掠めた銃弾で千切れ、半ば片腕で赤子を抱えるようにしなければならない。
腕の中では、さきほどからアオイが今にもグズリそうな表情を浮かべている。
あ、これはお腹が減ったんだな
千束同様に、最近はアオイの動向が理解できるようになったたきなである。
しかし、今の状況で泣かれるのは、追手に位置をバラらすようなもの。
「…あ……い、…で…」
アオイ、泣かないで。
そう口にしようとしたのに言葉にならない。
カラカラに干上がった喉の奥で、ずっと血の味がしっぱなしだ。
最低限の水分でも行動できる訓練を受けていたはずだが、もはや限界も通り越している。
にも関わらず、たきなは精一杯の笑顔を浮かべてアオイの頭を撫でていた。
うん、お腹空いたね。でも、もう少しだけ我慢して。ごめんね…。
その思いを伝わったのだろうか。
むずがっていた表情もきょとんとした顔つきへと変わる。
よし、いい子いい子。
さらに頭を撫でながら、たきなは仲間の動向へも想いを馳せる。
みな、無事に逃げられただろうか?
とはいっても、たきなはミカの本当の戦闘能力を知らない。
仮に知っていても、敵の数も装備も充実していたので、懸念は晴れなかっただろう。
意識して口腔に唾を沸かせて喉を湿らせながら、たきなはこの先の自分とアオイの身の振り方へ頭を切り替えた。
逃亡に、公共機関を使うのは却下だ。移動車両の中で詰められれば逃げ場はない。
タクシーなどを利用したとして、行く手を塞がれ銃を突きつけられただけで運転手は白旗を上げてしまう。
ならばバイクや車といった個別の移動車両を―――と考えなくもなかったが、先の防弾仕様の特別車でさえ突破できなかったのだ。アオイのことも考えると、二人切りではリスクが高すぎる。
第一敵は、想定される逃亡ルートを潰すように網を張っていた。
まるで追い込み漁のように輪を縮められ、結局たきなは錦糸町へと逆戻りをせざるを得ない。
皮肉にも勝手しったる地元ということで、地の利を生かしてのらりくらりと追手を躱してきてはいたが、いずれ限界はやってくる。
なら、他に助けを求められる人なんて。
たきなはスマホのボタンを押す。
薄暗い路地で、ディスプレイの光は憔悴しきった黒髪の少女を照らす。
画面に表示される名前は『春川フキ』。
しかし通じることはない。
むなしく発信音だけがコンクリートの雑踏へと転がっていく。
そして、実はこのとき、フキはたきなのすぐ近くまで来ていたのである。
場所は江東区の外れで、錦糸町は文字通りの目と鼻の先。
着信を奏でる自身のスマホに歯噛みをしつつ、フキはカナル型の通信機へと訴えている。
「…司令!」
『フキ、何をしている?』
「なにをも何も…! たきなのやつを助けに…!」
隣で深刻そうな表情を浮かべるサクラを見やりながら、フキは更に訴えていた。
しかし、返ってきたのは冷たい沈黙。
それからの、さらに鉄のように重苦しい命令。
『待機だ。リコリスが動くことはまかりならん』
「…ッ! ですが!」
普段、フキがここまで楠木に食い下がることはない。
同時に、フキ自身も何が自分を拘らせているのか判然としない。
ランクファーストのリコリスには、常に冷静さも求められる。
しかし、感情に突き動かされるままに、フキの訴えは止まらない。
『何度も言わせるな』
楠木の、やはり突き放すような声。
この緊迫したやりとりは、発令所はおろか他のリコリスたちの耳にも届いており、誰もが固唾を飲んで見守るのみ。
ゆえに、今は誰も気づかない。
普段であれば突き放して会話を打ち切るはずの楠木が、いまだこうやってフキの相手をしている違和感に。
『虎杖司令からも厳命されているのだ。仮に一発でも発砲しようものなら、おまえたちは残らず刈られるぞ』
これは完全なる事実で、実際に楠木は虎杖から同様の指令を受けている。
明日、錦糸町一帯で起こる出来事に、リコリスの出動を禁じる、と。
おそらく、上からの命令だったのだろう。
DAの本来の役割を毀損するような命令に不本意な表情をありありと浮かべつつ、その鬱憤を晴らすが如く虎杖は確かに楠木にこう言ったのだ。
〝絶対にリコリスを動かすな。仮に現場に一発でも銃弾が放たれれば、リリベルによって殲滅する〟
それはつまり、長々距離からの援護射撃も認めないということ。
誰もがそう解釈し、フキも唇を噛む。
強く強く噛んだあと、彼女ははっきりと口にした。
「…了解しました」
それから顔を上げたフキに、サクラも強く頷くことになる。
「…よし。それじゃ行きましょうか」
僅か数分の小休止。
どうにかガサついた声を出せるようになるまで回復したたきなは立ち上がる。
頭に行き先を思い浮かべた。
自身や千束のセーフハウスのように、ある程度隠れたり立て籠もることが出来る場所。
自分はともかく、早くアオイに食事を摂らせて、おしめの交換がしたい。
…いっそリコリコに戻ろうか。
一度攻撃された場所ということで盲点かも知れない。
あわよくば銃器や弾丸の補給も。
もしかしたら、みんなも戻ってきているかも知れない…。
この時、疲労によってたきなが集中力を欠いていたことは否めない。
殺気に対しては知覚をビンビンに働かせていたが、無害な人の気配に関してまでリソースを割けないでいる。
実際に裏路地から一歩出た表通りはいまだコスプレした人間は行き交っているし、当然ビルの中に人の気配も―――。
「!?」
いきなり目前の雑居ビルの裏口の扉が開いて、たきなは目を見張る。
暗い室内から伸びてきた無数の手が、彼女の口を押え、両手を戒めた。
まるで抱え込むようにたきなとアオイはビルの中へと飲み込まれ―――
パタン、と扉は閉ざされた。