リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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6.第一次リコリコ防衛戦 後編

 

「はい、こっちは替えのオムツです。ポットのお湯は70度に設定してありますからね。ミルクはこっちで、消毒用のバケツはこれを…」

 

 セカンドの制服に着替えたたきなが、甲斐甲斐しくクルミに説明している。

 

 今、彼女らがいるのは、リコリコの地下に設置された射撃場。

 防音設備も整っている最奥は赤ん坊を匿うには最良だろうと判断されてのこと。

 

「おいおい、まるで本当のお母さんみたいだな?」

 

 ヘッドマウントディスプレイを跳ね上げたクルミが揶揄(から)うが、たきなは取り合わない。

 どこか思い詰めた表情で赤子を見つめて、結局その小さな身体をぎゅっと抱きしめている。

 

「お母さんみたい、じゃないよ? 本当にたきなはお母さんだ」

 

 こちらもファーストの制服に着替えた千束は笑った。

 そんな彼女の手には小さなヘッドホン。

 

「上の騒ぎが聞こえたら、教育に悪いからね~」

 

 Bluetoothでつなげた自分のスマホを操作して曲を選択。

 流れ始める音楽は「The Chipmunk Song」のループ設定。

 

「…また何かの映画の真似ですか?」

「そ、そんなことはないにょ? ほら、アオイも喜んでいるし!」

 

 ヘッドホンを耳に笑顔できゃっきゃっと笑う赤ん坊の頬に、千束は軽くキスをする。

 

「それじゃアオイ、大人しくしてるんだよ? ママ、ちょっと悪者をやっつけてくるから」

 

 バイバーイと手を振り、千束は射撃場の外へ。

 たきなも一瞬赤子の頬に視線を注ぐも、名残惜しそうに撫でただけで射撃場を後にする。

 残されたクルミは、よっこいせとアオイを抱いて正面を向けさせた。

 

「いい子だから大人しくしてくれよ? ボクもママたちの手助けをしなきゃならないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

「第一小隊、目標地点に到達しました」

 

 指揮車両の中で、鬼灯はその報告に頷いた。

 

「各員、二班に分かれ、突入地点まで移動せよ」

 

 貧層な建物だ。

 リコリコを見て、鬼灯は思う。

 事前報告を確認すれば、在籍しているのはファーストリコリス1名とセカンドリコリス1名。

 それに元リコリス情報部1名に、こちらも元戦闘教官が1名。得体の知れないガキがいるが、完全に戦力外だろう。

 そして、元リコリス情報部1名はさきほど建物から出ていっている。こちらも戦力外とみなし、拘束することなく敢えて鬼灯は見逃している。

 

 実質、DA支部とかいうふざけた存在の戦力は3名に過ぎない。

 その中の一人が歴代最強のリコリス錦木千束と言えど、リリベル1個中隊、約100名もの戦力投入は、過剰との誹りを免れまい。

 ゆえに鬼灯は、これは楠木に対する敬意だと称していた。

 かつての旧電波塔の英雄を、自分もそれだけ評価しているのだぞ、というアピール。

 もちろん慇懃も過ぎれば無礼となる。

 実際に、鬼灯の中で千束の評価はとっくにピークアウトしていた。

 旧電波塔事件の頃が全盛だった。そもそも先の延空木の事件で、主犯を取り逃がしたではないか。

  

 なぜに虎杖司令は彼女を見逃しているのか、それが鬼灯には理解できない。

 なにかしら個人的な理由か? それとも―――?

 

 よろしい。

 ならば、司令代理を拝命したこの機会。

 その憂いを自分が取り除いて差し上げよう。

 

 その戦果を持って、自分の肩書から代理の二文字を取り去る。

 いずれ就任するにせよ、その時期を早めるのには何も問題ないはずだ。

 老人は去り、若者が台頭する。

 組織の新陳代謝として、その健全なありようが求められて当然なのだから。

 

 さらに鬼灯には一歩進めた思惑があった。

 

 ただの制圧作戦なぞ、成功するのは判り切っている。単なる戦果と結末など詰まらない。

 訓練と名を借りて計画した要人奪取作戦の目標は、現在錦木千束らによって保護されている身元不明の赤ん坊。

 仮初めにも最強リコリスだ。酔狂で赤子を育てているわけがない。何かしら理由が存在するはず。

 可能性として、己を凌駕する才能を赤子に見出した? ゆえに手元に引き取って育てているというのが、鬼灯にとって一番分かり易い推測だった。

 そして、赤ん坊は男の子らしい。

 ならばリリベルとして育ててやれば、その才能を存分に開花できるだろう。

 それでなくても赤子を確保することは、錦木千束に対しての有効な人質となる。

 かの訳ありリコリスを自在に出来れば、虎杖も鬼灯を称揚するだろう。さらに評価は上昇し、立場はより盤石となるはず。

 

 自身の栄達の未来にバラ色の彩色を施し、鬼灯は力強く命令を下す。

 

「状況を開始せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 リリベル1個小隊のうち、五名がリコリコの正面入り口に立つ。

 半分の五名が裏口へと回る中、リーダーである(アルファ)1が他の隊員へハンドサインを送った。

 

 二名は突入に付き従え。

 二名はここで待機。

 

 A1、A2、A3が銃を構えたまま足早にドアへと向かう。

 時刻は既に深夜を回っている。人通りはない。

 なのに、店内にはまだ明かりが灯っていた。

 完全に営業時間外のはずだが―――まあ、良い。制圧対象が中にいる証だ。

 

 A1の指示で、A2が慎重にゆっくりとドアを開ける。鍵はかかっていない。

 銃を構えたA3が確認、警戒しつつ店内へと滑り込み、A1が続く。

 最後に素早く飛び込んでいくA2は、ドアを大きく開けたままにする。後続への視界確保と次に突入しやすくするためだ。

 

「…こんな夜遅くに、客ではなさそうだな」

 

 室内に入った三人は、カウンターの奥にいる黒い巨漢に出迎えられた。

 制圧対象の一人であるミカだ。

 

「動くな!」

 

 油断なく銃を向ける。

 ミカが両手を挙げた。

 意外とチョロかったなと思うA1の隣で、A2が振り向く。

 なぜなら、開いてきたはずの扉がひとりでに閉まったからだ。

 

「!?」

 

 A2は目を見張り、銃口を持ち上げる寸前、額に彼岸花が咲く。

 入口の上に逆さまにぶら下がってドアを閉めた千束の放ったゴム弾だ。

 続けてA3の延髄にもゴム弾をぶち当てて昏倒させた千束に、A1が気を取られたのは誓って一瞬だ。

 黒い巨漢の姿が霞んだ。

 実際にそう見えても仕方がないほどのスピードで身を低くしたミカが、これまた神速の動きでショットガンを発砲。

 標準装備のボディアーマーでも射出されたゴム弾の衝撃を吸収しきれず、A1はあっさりと意識を刈り取られた。

 

「温いな」

 

 ミカがぼそりと呟く。

 

「ま、先生相手じゃね。少し手加減してあげたら?」

 

 昏倒したリリベルたちをワイヤーリールで拘束しながら千束。

 

「それは駄目だ。()()()()()()()

 

 真顔で答えるミカに、千束もおちゃらけることなく頷き返す。

 

 そう、教育してやろう。

 どんな人間とて、相手の巣穴に無遠慮に手を突っ込めば手ひどい傷を負うとの教訓を、骨の髄の髄まで染み込ませてやらなければ。

 

 

 

 

 

 『たきな。裏から五人くるぞ』

 

 イヤホンから聞こえてくるクルミの声に、たきなは目を細める。

 実際に今の彼女の瞳は、猫科の動物のように細くなっていた。

 裏口の外に、わずかな気配。

 十分に訓練を積んでいるのだろう。見事なものだ。

 だが、事前に来るとわかれば、何も問題はない。

 

 裏口が開く。

 空気が動く。

 敵が入ってくる。来た。

 今だ。

 

 明かりの消えた廊下の角。

 たきなは愛銃のトリガーを引く。

 弾頭はミカ特製のゴム弾で、すこぶる命中精度は悪い。

 しかし今のたきなの集中力にかかれば、えげつないほどの集弾能力を発揮した。

 

「げ!」

「ぐ!」

「がッ!」

 

 顔面にそれぞれ二発ずつお見舞いする。

 死ぬほど痛い一撃は、リリベルと言えど真島と違って耐えられるはずもなく。

 完全な不意打ちに昏倒する三名。

 残り二名の応射を、たきなは勝手しったるリコリコの店内とばかりに飛び回る。

 トイレの前を通過。行き止まりの風呂場。

 しなやかに左右の壁を蹴る。身体を丸めて宙を稲妻のように反転。

 身の軽さがこちらの身上。

 追いすがるリリベルの一人の脳天に空中で蹴りを喰らわせ、怯んだ肩を踏み台にもう一人の額を撃ち抜く。

 蹴りの衝撃から態勢を立て直そうとするリリベルに肉薄。

 その胸元へ千束のように潜り込み、トリガーを引き絞る寸前、たきなは怒りを込めて告げた。

 

「うちのアオイを、あなたたちみたいにはさせません!」

 

 立て続けに至近距離で咲く彼岸花。どうと倒れ伏すリリベル。

 つと顔を反らし、仁王立ちでふすーと鼻息を漏らすたきな。

 

「おーい、たきな。大丈夫?」

「大丈夫です。手伝ってください」

 

 千束の応援を得て、昏倒しているリリベルたちを縛りあげていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

「…突入したA4とA5からの通信も途絶しました」

 

 その報告に、鬼灯は表面上は落ち着いて応じた。

 

「そうか。なかなかやるな、DA支部も」

 

 この事態を想定外などとおくびにも出してはならない。

 

「Bチームの方はどうなっている?」

「こちらも連絡が取れず…あ、店のドアが開いています!」

 

 オペレーターの声に投影型の映像へ視線を向けて、鬼灯はどうにか動揺を抑え込む。

 店のドアが開いて出てきたのは台車だった。

 荷台の上には縛り上げられて昏倒、またはうめき声をあげているリリベルたち。

 そしで電動式の台車を押しているのは人間ではない。

 リコロボ―――以前たきなが試験的に導入したアレだ。

 ゴロゴロと荷台から数人の身体を放り出し、キュイキュイと機械の作動音を響かせ、リコロボは首を傾げるようにして喋った。

 

『クニへカエルンダナ。オマエニモカゾクガイルダロウ…』

 

「撃て!」

 

 鬼灯の命令が飛ぶ。

 たちまちハチの巣になるリコロボ。

 

 ぐっと鬼灯は拳を握り締める。

 まさか10名ものリリベルが手玉に取られるなど。

 そして負傷したそれぞれも、狭い路地に置きっぱなしには出来ない。

 

「負傷者は回収し後方へ下げておけ! 次の侵入経路は二階からだ! 対象は襲撃に気づいているぞ!」

 

 いや、気づくどころか待ち構えていたに違いない。歯噛みをしつつ鬼灯は脳裏に一瞬楠木の姿を思い浮かべる。

 だが結局新たな指令を下すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

「その台詞は皮肉が効きすぎていませんか?」

 

 ボイスチェンジャー片手の千束に、銃を構えたままのたきなが呆れたような視線を向ける。

 

「まあ、私たちもあいつらも、元を糺せば根無し草だからねー」

 

 応じる千束の瞳が悪戯っぽく光る。その明るさは、言外に、今の私には家族がいるよ! と主張しているようで、なぜか気恥ずかしくなったたきなは視線を逸らしてしまう。

 

 直後、銃撃音。

 応答しなくなったボイスチェンジャ―に、千束は静かに手を合わせた。

 

「リコロボくんに合掌…」

「千束、気を抜くなよ」

「あいあいさー」

 

 愛銃を構え直し、外の気配に集中する。

 先ほどの不意打ち気味のカウンターはもう通用しない。となれば、これからが色々と正念場。

 まもなく二階の方で発生した衝撃音が建物を揺らす。ゴロゴロと二階から塊が落ちてきて、ベンチに当たって音を立てる。

 

「…相手は素人なのか?」

 

 ミカが忌々し気に呟く。

 二階のもっとも侵入しやすそうな場所にこそ罠を張り巡らせるのはセオリーだ。

 いかにミカが熟練の手際で仕込もうとも、せいぜい時間稼ぎの意味合いしか持たせていない。

 それが見事に炸裂するとなると理由は二つ。

 

 リリベルの練度が低いのか。

 罠と分かっていても突入せざるを得ないのか。

 

「虎杖司令はこんな無茶な采配をしないよ」

 

 千束は柱に背中を預けながら言う。

 もっとも虎杖であれば、このような演習自体を計画しないだろうが。

 

「つまりは、無能か」

 

 ミカの表情にわずかに落胆が交じる。

 

 相手が下劣でも強者であれば、怒りの矛先を強く突きつけられる。

 それが能力の劣る格下となると、色々と萎えるというものだ。

 

『来るぞ!』

 

 クルミの声。

 

 千束は柱の後ろの姿を隠し、ミカとたきなはカウンターの中に身を伏せる。

 敵は、非殺傷弾を窓から店内へと撃ち込み始めた。

 内部に潜入しての急襲を、外からの斉射による力押しの制圧へと切り替える。

 演習計画を知っている方からすれば噴飯ものの暴挙である。

 まさに無様な采配としか言いようがない。

 

「よくこんなんで司令代理なんか務まるもんねー」

 

 窓の割れる音に負けずに千束が声を張り上げたのは、相手への皮肉と余裕の表れか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 鬼灯は、決して無能などではない。

 次期司令候補として過不足ない能力の持主であると自負していたし、周囲の評価も一致している。

 ただ一点。

 良くも悪くも常識を重んじる性格だった。

 

 常識とは社会の規範。

 万民の価値観を平均化したもの。

 

 そして多くの人の行動は、その規範に近ければ近いほど賛同を得、外れば外れるほど非難される。

 無論日本国を裏から支える組織としての『常識』は、世間のそれとは違うかも知れない。

 だからといって鬼灯の中の常識は揺るがない。

 その指針は確かに彼の人生を支え、実際としての成果を生み出している。

 

 今回の虎杖に替わっての司令代理の拝命も常識の推移だし、就任したからにはDAの非正規雇用関係を是正するのも常識的な仕事だろう。

 

 錦木千束の噂は鬼灯も聞いている。

 実際にデータ映像も参照した。

 延空木事件の報告書にも目を通した上で、鬼灯の常識はこう判断する。

『錦木千束は過大評価されている』と。

 

 一瞬で数人の同僚を制圧する?

 近距離から弾丸を避ける?

 

 そんな()()()()不可能な、曲芸染みたことは現実にはあり得ない。

 あってたまるものか。

 よしんば可能にせよ、限定的な条件、かつ幸運の重なった結果に違いない。

 だいたい当時7歳の小娘が、旧電波塔のテロリストを一掃するなど信じる人間はいるのか?

 7歳と言えば、幼稚園を出て間もないような年頃だぞ?

 

 鬼灯の常識は結論付ける。

 これはDAによるプロパガンダだ。リコリスの有用性を知らしめるためのブラフ。

 

 指揮下に入ったリリベルたちに鬼灯は語りかける。

 相手は作られた伝説だ。

 鎧袖一触にしてやれ。

 

 実際に錦木千束と矛を交わしたリリベルたちは揃って難色を示したので、今回の演習から除外した。

 サードと少数のルーキーセカンドで構成した中隊で十二分に成功の見込める作戦だった。

 そのはずだったのに―――。

 

「司令代理! 指示をお願いします!」

 

 オペレーターの声を耳にしているのに、鬼灯の内部で自身の声だけが冷たく反響している。

 どうしてこうなった? 楽な作戦のはずだぞ?

 

 予想外の頑迷な抵抗にロクに成果はあげられず、こちらのリリベルの負傷者数は20名を超えている。

 初手の急襲が失敗してからの、逐次戦力投入。

 繰り返すが鬼灯は無能ではない。自身の判断の愚かさを承知してなお、この流れに抗い難かった。

 渋るファーストリリベルたちを説き伏せて、セカンドとサードたちの前で彼らを嘲笑った。

 演習の名目で、装備は非致死性のもので統一した。

 彼なりに積み上げてきたものがある。時間がある。意地がある。

 立場に付随するプライドをかなぐり捨てて後退するには、既に遅きに失している。

 

 引くも地獄。進むも地獄。

 ならば敢えて前に進み、成果を掴みとらなければ。

 これだけの無様を晒して何も結果が残せなかった場合、無能の烙印は容赦なく鬼灯の人生に焼き付けられるだろう。

 

「残りのリリベルたちを全員ここに回せ」

 

 喫茶リコリコより少し離れた空き地に、50名ほどのリリベルたちを乗せたバスが待機している。

 相手はやはり3人なのだ。

 単純な力押しでもいい。ローテションを組んで間断なく突入と離脱を繰り返す戦術もある。

 要は数で磨り潰すのだ。

 

「了解しました」 

 

 オペレーターの返答。

 額に冷たい汗を滲ませ、鬼灯は自分が人生の分水嶺にあることをようやく自覚していた。

 まだ大丈夫だ。

 まだなんとかなる。

 

 額の汗を拭いもせず、血走った目をモニター越しのリコリコへ向ける鬼灯。

 そこへまたしてもオペレーターの悲鳴に似た声が響き渡った。

 

「リリベルたちの載ったバスが襲撃を受けています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

「よ~く狙って…撃てぇッ!」

 

 フキの号令一過、潜んでいた暗闇から火花を放つリコリスたち。

 目標であるリリベルたちの乗ったバスは容易に見つけることが出来た。

 ので、動き出したところを狙っての一斉斉射。

 指揮下のセカンドサードリコリスたちは、フキの声に良く応えた。

 

 対防弾用の特殊弾でタイヤを集中的に撃ち抜く。

 ハンドル操作を誤って壁にでも突っ込んでくれば御の字だったが、盛大に転倒してくれたのは予想外の戦果だ。

 しかし、腐ってもリリベル。

 すかさず横倒しの窓を開けて応戦しようと上体を出したところにフキの威嚇射撃。

 慌てて引っ込んだ場所に、サクラのオーバースローで催涙弾がジャックポット。

 巻き起こる悲鳴。

 いかに訓練を積んでいても、これだけのイレギュラーが連続して起きれば、立て直しに時間がかかるというもの。

 

「よし、撤収!」

 

 これまたフキの号令に、リコリスたちは闇の中へと駆け込む。

 予め定められたルートを走り、持ってきていた荷物を置いていた場所まで辿りついた。

 すかさずそれぞれがサッチェルバッグと制服を脱いで詰め込み、私服へと着替える。

 そうしてから繁華街に出れば、迷彩としてこれ以上のものはなかった。

 

「いいか。決して警察なんかに掴まるんじゃねえぞ」

 

 もう時刻は深夜を回っている。

 熱心な警官なら補導してこようとする時間帯。

 皆が真剣に頷く中、エリカが冗談のようなことを口にしたのはきっと緊張を和らげようとした結果で。

 

「…なんか遠足みたいだね」

 

 大きなボストンバッグを抱えているお互いの姿は、なるほど遠足に見えなくもない。 

 サクラが笑おうとして、すかさずフキの表情を伺った。

 このファーストリコリスは、任務に対しては生真面目すぎるきらいがある。

 だが、フキはふっと笑う。

 

「そうだな。帰るまでが遠足だ。お互いにせいぜい気をつけろよ、なあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

『楠木! これはどいうことだ!?』

 

 鬼灯からのモニター通信を、楠木は自身の司令室で受け取った。

 

「話の趣旨が理解出来かねますな」

『とぼけるな! 錦木千束たちにこちらの情報を流したのはおまえたちだろうがッ!』

「はて? なんのことです?」

『しかも、リコリスたちを使い、こちらの予備兵力を襲撃するなど戦争でもしたいのかッ!!』

「重ねて申し上げますが、何をおっしゃられているか全く理解できません」

『貴様…!!』

「そもそもリコリスたちの動向は全てこちらの管理内です。そして目下、()()()()()()()()()()()()()()()

『戯れ言を!』

「なんでしたら活動及び在籍記録を提出しますが」

『………』

 

 黙り込む鬼灯を、楠木は三白眼でじっと見つめる。

 

「そもそもあなたが判断したことでしょう。錦木千束は脅威に成り得ない、と」

『それは…っ! だが…っ!』

「こちらは忠告した。強く強く虎杖司令へと忠告した」

 

 意図的に口調を変えた楠木の振る舞いに、鬼灯は気づいただろうか。

 

「あれはあなた達でも手を焼く野性だ。迂闊に手を出せば―――鼻っ柱を圧し折られる」

 

 どこか嘲笑う声の響きに、しかし鬼灯は何も言い返せない。

 

「つまりは、虎杖司令と貴官の『常識』が一致しなかったということなのでしょう」

『…っ! もういい!!』

 

 一方的に通話を切られる。

 しかし楠木はその場を動かなかった。

 人差し指を軽く曲げ、その尖端に何か思いを馳せるように視線を落としている。

 彼女はしばらくそうしていた。

 やってきた秘書官から声をかけられるまで、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 楠木との通話を終え、鬼灯は指揮卓に両手をついて呼吸を整える。

 もはや脳裏には最悪の未来しか描けない。

 どうする? どうする? どうする?

 

 ―――仕方ない。

 

 鬼灯は、内ポケットから通信機を取り出す。

 彼には奥の手が存在した。

 

 鬼灯の子飼のリリベルたち。

 それぞれが無音暗殺術などのスペシャリストで構成された、完全な私設部隊とも言える。

 待宵草の名を冠し、夜間専門で活動する鬼灯の懐刀。

 もちろん表立って活動させられないが、司令職に就いた暁には、専任部隊としてその腕を振るってもらう予定である。

 

 通信機の通話ボタンを押しながら、鬼灯はこれが最後の手段だと心得ている。

 待宵草の面々は、即座に実戦投入可能な戦力だ。むろん、非致死性など生ぬるい装備ではない。実弾はもとより、より殺傷力の高い武装をそれぞれが携えていた。

  

 もはや形振りなど構っていられない。

 重武装の彼らを投入して、リコリコ内の三人を制圧する。

 そしてその成果を今日のリリベルたちに。

 

「―――私だ」

『はッ』

 

 機械染みた冷たい声が応じる。

 それでいい。主に忠実な殺戮機械のような反応が、今の鬼灯にはこの上なく心強い。

 

「予定が変わった。当初の通達通り、目標内部に侵入し制圧せよ。対象者たちの生死は問わない」

『はッ』

 

 全く音程の変わらない返答。

 あとはもたらせる成果を待ち受けるだけ。

 

 そう思い、額の汗を拭う鬼灯の耳に、通信機からの声はまだ続いていた。

 

『―――誰だ、貴様ッ』

『ったくよぉ。女子供相手に野郎どもが雁首並べてダセェにもほどがあるだろうが』

『おまえ何を…うがぁッ!?』

『そいつは、ちょいとばっかバランスが悪ぃよなあ?』

『ぐッ! ぐああああああああああッ!?』

 

 

 打撃音と銃撃音が交錯し、幾つもの短い声が上がる。

 

 

「おい、どうした? 何があった!?」

 

 鬼灯は呼び掛けるも、それきり通信機は沈黙した。

 

「…司令代理?」

 

 オペレーターの呼びかけに、ストンとその場に鬼灯は腰を下ろし、呆然と空中に視線を彷徨わせている。

 不審に思ったオペレーターが再度呼びかけようとしたとき。

 十歳も老けたようなしわがれ声が呻くように告げた。

 

「全員撤収しろ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

「あれ? どうしたんだろ? 一時撤退?」

 

 割れた窓ガラスの向うで、銃を手に睨み合っていたリリベルたちが引き上げていく。

 

『いや、完全に撤収みたいだな。みんなバスに乗って戻っていくぞ』

 

 イヤホン越しのクルミの声に、千束はゆっくりとドアを開けて外に出た。

 

「うーわ~、営業再開できるかな、これ」

 

 足元にはボロボロになったリコロボや鉢植え。振り返えれば窓という窓は割れていた。

 

「クリーナーに頼めば何とかなるだろう」

 

 よっこらせとミカも杖を突いて出てくる。

 

「あー疲れたー。でもなんか消化不良だな~」

 

 シュッシュッとシャドーボクシングの真似事をする千束を、遅れて出てきたたきながたしなめた。

 

「いいじゃないですか。こうやって全員無事なのが一番の戦果ですよ」

「まったくだな」

 

 そう笑うミカに千束も応じようとして、ハッとした顔になる。

 

「そ、そういえばアオイは大丈夫?」

『大人しく寝てるぞー。ミルクを一回飲ませてオムツ交換は二回した。ちゃんと当たっているか自信はないけど』

 

 クルミの返答に、胸を撫でおろしたのはたきなも一緒だ。

 そのまま千束がう~んと伸びをしていると、厚い雲間から曙光が顔を照らす。

 

「もう夜が明けちゃったのか…」

 

 太陽に目を細めながら、千束は独り言のように言う。

 

「今日のところは撃退したけど、また来るのかなあ」

 

 たきなに背中を向けたまま千束は腕組みをして、

 

「そりゃ来るたびに『分からせて』やるのは構わないけれど、あんまり続くようならアオイの教育にも悪いし…」

 

 う~んう~んと唸る千束に、たぶん今回の件で鬼灯司令代理は更迭されるから大丈夫では? とたきなが教えようとしたとき。

 

 朝日を背に千束が笑顔で振り返る。

 その時の彼女の表情と声を、たきなは生涯忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、たきな」

 

「はい」

 

「結婚しよっか」

 

「…はい?」

 

 

 

 

 

 

 

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