リコリコ・チャイルド(完結)   作:とりなんこつ

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8.queen of heart

 

 空を飛んでいる。

 とても気持ちが良くて、でも、空の彼方まで高くは飛べない。

 低空飛行のスーパーマンみたいに飛んでいると、急に地面から伸びてきた手に掴まれた。

 そのまま地面に引き寄せられて、がっちりと掴まれる。

 腕も身体も顔も全てが包まれて―――。

 

 

 

「―――ぷはっ!」

 

 僕は目を覚ました。

 すぐ目前には二つの大きな弾力。

 それが顔を圧迫していて、呼吸がし辛い。

 ズリズリと顔をずらすと、頭の上で声がする。

 

「…ん」

 

 見上げると、千束母さんの顔。

 半開きの口元に涎が垂れちゃっている。

 そのまま「すここここ…」って感じのいびきをかいて、むにゃむにゃと左手で口元を拭った。

 右腕は僕をがっちりとホールドしたままで、ぼんやりとした頭で夢から覚めた原因はこれかーと考える。

 

 全くもう。この人は。

 ますますぎゅーっと僕に抱き着いてくる母さんに、「そろそろ起きて」なんて声を掛ける努力はとっくに諦めている。

 そのまま母さんに抱き着かれるに任せつつ、どうせ、そろそろ。

 トントン、とドアを叩く音に続いてエプロン姿のたきなママが入ってくる。

 

「アオイ、朝ですよ…って、千束! またアオイのベッドに転がり込んで!」

 

 ほーらね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。

 リコリコ内のお客さんが引けたところで、僕は前から考えていたお願いを提案して見た。

 

「携帯電話が欲しいって?」

 

 僕がそういうと、千束母さんは目を丸くする。

 

「だめだめだめ! まだ早いよ!」

「でも、クラスメイトの半分くらいは持っているんだよ?」

「いい? 小学生がそういうのもつと、早いうちから依存症になって、勉強にも影響が出て、SNS上でいじめとかされるんだから!」

 

 僕はジト目で母さんを見てしまう。

 それって、先日一緒にみたニュース番組で言っていた内容と同じでしょ?

 

「そ、それに! 落としたスマホを凶悪犯に拾われたり! 呪いの着信がかかってきたりゾンビに成っちゃう可能性も…!」

「千束。それって全部映画の話ですよね?」

 

 僕の隣でたきなママもジト目になっている。

 

「…ああ! ダブルのジト目の視線が冷たい! でも、慣れるとこの冷たさが、カ・イ・カ・ン♡」

 

 駄目だこの母さん。早くなんとかしないと。

 

「だが、世間的にも防犯に役に立つというぞ」

 

 先生が援護射撃のように言ってくる。

 

「そうねー。GPSつきがデフォだから、所在確認のために持たせている親も多いはずよ」

 

 こちらのフォローはミズキさん。

 

「アオイにはPCの使い方から仕込んでいるし、大丈夫だろ。市販のスマホからでも、そこらの防犯カメラ程度ならハック出来るだろうし」

「余計マズいわ!」

 

 クルミ姉さんの証言に、広いおでこにズビシッ! とデコピンを喰らわせている母さん。

 おふうッ、とのけぞるクルミ姉さんを後目に、母さんはママに訊ねる。

 

「じゃあたきなはどうなのさー?」

「わたしも別に買ってあげてもいいと思いますよ」

「ぐぬぬ」

 

 まさに孤立無援の母さん。

 腕組みをしてむむむ、と天井を見上げていたけど、

 

「よし、分かった! 私とじゃんけんをして勝ったら買ってあげる! でも負けたらほっぺにチューね! さあ、最初はグー!」

「千束。そういうのはいいですから」

 

 ママに止められて、ちぇーちぇーちぇーと舌打ち三連発。

 

「まあ、そうと決まればどれにする?」

 

 クルミ姉さんがタブレットを操作してメーカーサイトを表示。

 

「やっぱり機能性とコスパでしょ!」

「いや、防犯能力の高さが大切だと思うぞ」

「子供の手にあったサイズとか扱いやすさが一番だよ!」

 

 わあ。

 なんかみんなして僕そっちのけで盛り上がっているぞ。

 

「アオイくん、あーそーぼー」

 

 リコリコのドアが開き顔を出したのは、斜向かいの織元リサイクル店のカスミちゃんだ。

 そういえば、今日、公園で遊ぶ約束してたっけ。

 

「それじゃ、出掛けて来ます…」

 

 声をかけたけど、みんな聞こえているかな?

 店を出るとき入れ替わりでお客さんが入っていったけど、大丈夫だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 公園でたっぷり遊んでカスミちゃんを家に送り届ける。

 カスミちゃんのお母さんから夕飯を食べていくように誘われたけれど、丁重にお断りして僕は家路を急ぐ。

 なんとなーく嫌な予感がしていたけど、それは見事に的中。

 

「あの…お会計…」

 

 レジの前でお客さんがオロオロしていた。若いお姉さんなんだけど、なんか泣きそう。

 なので僕は素早くレジの前に。

 

「はい、アイスコーヒーとクリーム蜜豆のセットで880円になります」

「え。あ、君は…」

「この店のものです。お待たせして申し訳ありませんでした」

 

 御釣りを返しながら僕は頭を下げる。

 なんか座敷のところでまだ言い合いをしているみたいなみんなを横目に、更に深々と下げる。

 

「本日は、本当に色々とすみませんでした。あの、これお詫びといってはなんですが、次回にお使いください」

 

 渡したのは手書きのコーヒー無料券。

 

「あ、ありがとう」

「いえいえ、どうか今後ともご贔屓に」

 

 ありがとうございましたー、とお姉さんを店の外までお見送りしたあと、僕は改めて店内のみんなの前へ。

 すると、僕に気づいた母さんが真っ先に声を上げた。

 

「ああアオイ! 買ってあげるやつ、やっとまとまったよ~!!」

 

 なんかもう凄い笑顔だ。

 同じく笑顔で、得意満面って感じのクルミ姉さんがタブレットを見せてくる。

 

「見ろ! みんなの意見をまとめた、おまえ専用に設計カスタマイズしたやつだ!」

 

 正直、嫌な予感がしたんだけれど、僕は液晶画面をのぞき込む。

 そこには。

 

「ランドセル型汎用モジュール『カムイ』…?」

「そうだ! 大容量かつ軽量のリチウム電池に、自動充電で格納型のドローンを最大四機まで任意に展開できるぞ。ランドセル本体も超強化繊維で軽量化と防御性を両立している。正面のベルトには防性のエアバックが仕込んであって、仮にマシンガンの銃撃にも1.8秒までなら耐えることが可能だ! もちろん通信機能は衛星回線を使用して、仮に北極圏でも通話が可能となる!」

 

 凄い早口でクルミ姉さんが説明してくれているんだけど。

 

「まさに攻守ともに完璧だ! いかに過酷な通学路でも、完璧にアオイをサバイバルしてくれるぞ!」

 

 クルミ姉さん以外のみんなもドヤっているところに申し訳ないんだけれど。

 僕は努めて冷静に言う。

 

「あの…僕が欲しいのは単なるスマホなんですけどね?」

 

 途端に、スッとみんな冷めた表情になる。

 

「む。すまん、今日は商店街の寄り合いがあるんだった」

 

 先生はボルサリーノを被って店を出ていき。

 

「あ、お店を閉めて掃除しなきゃー」

 

 千束母さんは箒と塵取りを手に取る。

 

「うお、もうこんな時間? お腹減ったー、ピザ取ろうピザ」

 

 ミズキさんは備え付けの電話まで小走り。

 

「アオイ。明日、店に行って契約してきましょう」

 

 たきなママはそう言ってくれた。

 

「よし、ピザが来るまでゲームでもするか!」

 

 クルミ姉さんは座敷のテーブルの上にカードを広げる。

 

 もう、本当になんなんだろ、この人たちの落差。

 

「手伝わなくていいの?」

「後片付けは大人の仕事。遊ぶのは子供の仕事だ!」

 

 断言し、クルミ姉さんがシャッフルするのは僕が見たことのない真新しいトランプ。

 押し付けるようにカードを配られ、姉さんは宣言。

 

「スピードするぞ、スピード!」

 

 渡されたカードは既に色分けが済んでいた。

 僕の手札の中で、アニメ調のやたらキッチュな絵柄の赤いクイーンが微笑んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の寝室はリコリコの屋根裏部屋だ。

 小学校に上がったときに、先生が僕の部屋として荷物を整理してくれた。

 それ以来、一人でベッドに寝ているんだけど。

 寂しくなるとこっそりベッドに入ってくる人がいる。主に母さんが。

 

「…あの~、アオイ。まだ起きている?」

 

 遠慮がちのノックの後に、小声。

 

「起きてるよ」

 

 僕は素直に返事する。どうせ返事をしなくても勝手に入って来たのが先日の母さんだ。

 

「えへへ…。なーんか今日も人恋しくてさあ」

 

 パジャマ姿の母さんが枕を両手に抱えている。

 僕は無言で背中を向けた。母さんが入りやすいようにスペースを開けてね。

 間もなく毛布を上げてそっと母さんが入ってくる。

 背中にほっこりとした温度。シャンプーの甘い匂い。

 

「ん~、やっぱりアオイの抱き心地は最高♡」

 

 髪を撫でられて、胸の中に抱えられた。

 温かくて、相変わらず僕が潰れそうな弾力。

 そして、とても不思議なことに、母さんの胸から心臓の音が聞こえない。

 

 

 

 

 まだ僕が保育園に通っていたころ。

 先生が手のひらを太陽にかざすと、指の隙間が赤くなることを教えてくれた。

 子供心にそれはとても不思議で。

 

 これが、みんなの身体に血が流れている証拠です。

 

 先生は続けてこうもいった。

 

 みんなの胸のところに心臓というものがあって、これが身体に血を送りだしているんです。

 そして、生きている人はみんな心臓が動いています。みんなも、おうちに帰ったら、お父さんやお母さんの心臓の音を聞かせてもらってね。

 

 その日の夜。

 一緒にお風呂に入った僕は、甘えるように千束ママ(その時はまだママ呼びだった)の胸に耳を押し当てて愕然とすることになる。

 

「どうしてママの心臓の音がしないの? ママは死んじゃうの?」

 

 僕は半分泣きじゃくっていたと思う。

 その時のママは、たぶんあちゃーって感じの表情をしていて。

 

「ううん、ちゃんとママの心臓は動いているよ。ママはしっかり生きてますから!」

 

 腕を曲げて力こぶを作る格好をしてから、すごく真剣な表情になって。

 

「…実はママの心臓のドキドキって音はね、アオイのすぐ近くにいるんだよ」

「え?」

「アオイが悲しくなったり、怖くなったとき、静かに耳を澄ませてごらん? きっと、ママの心臓の音が聞こえるよ。悲しくないよ、負けるなって」

「…本当?」

「本当だよ。アオイが小さい時にね、可愛くて可愛くて、ママは心臓の音をキミに上げたの。だからママの心臓は、色々なところで姿や形を変えて、ずっとキミを守っているのさ」

 

 そこ抜けに明るく笑うママに、僕も心の底から安心したんだと思う。

 実際に、朝から晩までママは元気いっぱいだったしね。

 

 

 

 

 

 

 そうして今。

 こうやって母さんの胸に耳を押し当てると、不思議とは思っても不安はない。

 まあ、不思議は不思議なんで、どうして聞こえないんだろう? 母さんは特異体質なのかな? とこっそり訊ねたことがある。

『千束のヤツ、実は心臓に毛が生えていてね。心音が聞こえなくなったのはその除去手術の後遺症』

 すこぶる真面目な顔で言っていたミズキさんだったけれど、直後、母さんが『クオルァ! このイカズゴケェ!』と怒り心頭だったから、真実は闇の中…って意外と本当かも。

 

 

 

 

 

 不思議な胸の母さんに抱かれて、僕はその日も夢を見た。

 

 『バランスバランスゥ』とか『シンゾォオイテケェ』とか叫ぶ怪物に追いかけられる夢。

  

 怪物に追い詰められて絶体絶命の僕は、赤い服を着た女の人に救われる。

 

 振り返ってくる彼女の横顔は、トランプのハートのクイーンに良く似ていた。

 

 

 

 

 

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