としょキャン□   作:ドラ麦茶

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思い通りにいかない物語

 本来ならば静かにしなければいけないはずの図書室で、その男の子は、

「なんでそうなるの!」

と、大声を上げた。

 

 同時に、がたん! とイスが倒れる音がする。

 さらには、だん、だん、と、床を踏み鳴らす音も。

 子供たちがケンカを始めたのかと思ったが、そうではなかった。

 その男の子は、図書室の隅の席で、一人、マンガ本を読んでいたはずだ。

 いまも近くに他の子供はいない。男の子は、机の上にマンガ本を広げたまま、一人で地団太を踏んでいる。

 図書室には他にも数人の利用者とスタッフがいるが、そんな男の子を気にした様子は無く、そのまま本を読んだり、あるいは作業を続けている。

 驚いたのは、今日からここの()()()()を始めたリンだけだった。

 

 リンは慌てて男の子の元に駆け寄り、

「ど……どうしたの、きみ……?」

と、恐る恐る声をかけた。

 しかし、男の子はリンに返事はせず、むしろ声をかけられたことが不愉快であったかのように、地団太を踏みつつリンから離れていく。

 

 リンは机の上に開きっぱなしになっていたマンガを見た。

 いま大人気の少年マンガで、次々と現れる強敵を、主人公と仲間たちが協力して倒すバトルマンガだ。

 アニメ化され、映画も大ヒットし、子供だけでなく大人も夢中になっている話題作である。

 リンがバイトをしている本屋でも、新刊が出るたびに入口入ってすぐの平台に山積みされる。

 当然リンもチェックしていた。

 開かれているページでは、主人公がライバルキャラに負けた姿が描かれている。

 もしかして、それが気に入らなかったのだろうか?

 

「主人公が負けたのが、イヤだったの?」

 リンは逃げる男の子を追いかけるようにそばによって、さらに訊いてみた。

 だが、やはり男の子は答えず、ぷりぷりと怒っている。

 

「大丈夫だよ。このあと修行して、また戦って、今度は勝つよ、きっと」

 リンはさらに続けた。

 

 男の子が読んでいるのはまだ物語の序盤だ。

 このマンガはすでに何冊も続刊しており、リンはその先の展開を知っている。

 当然だが主人公が負けっぱなしのワケはなく、このあと修行してリベンジマッチを行い、次は勝利するのだ。

 ネタバレするのもどうかとは思ったが、とにかく男の子を静かにさせなければ周りに迷惑になってしまう――そう思ったのだ。

 

「負けちゃダメなの! 勝たなきゃダメなの!」

 

 とりあえずリンの言うことに反応してくれたが、男の子は腕をぶんぶんと振り回し、さらに強く地団太を踏む。

 リンが思った通り、やはり主人公が負けたのが気に入らなかったようだ。

 

「わかった。わかったから。とりあえず、静かにしようか? みんなの迷惑になるから、ね?」

 

 諭すように言うが、男の子はいうことをきかない。

 リンがどうしたらいいか困っていると。

 

「――志摩さん?」

 

 受付カウンターから、図書室担当の女性スタッフが手招きをして呼んだ。

 

 男の子はまだ怒っている。

 リンはどうしようかと思ったが、とにかく呼ばれたので、カウンターへ戻る。

 

「すみません、静かにしてもらおうと思ったんですが……」

 リンは、恐縮して女性スタッフに言う。

 

 女性スタッフは首を振り、

「いいのよ、そんなことしなくても」

と言って笑った。

「ここでは、『図書室では静かにしなければいけない』なんてルールはないんだから」

 

「あ――」

と、リンは口元に手を当てた。

「そうでしたね」

 

「もちろん、必要なら話を聞いてあげることは大事だし、周りの迷惑になるようなら注意はしないといけないけど、基本的に、子供たちの自由にしてもらっていいの。他の子たちは気にしてないし、あの子としてはただ独り言をいってるだけだから、むしろ話しかけられる方が困惑すると思う。いまはまだそっとしておいて大丈夫よ」

 

「――はい」

 

 言われた通り、リンはそれ以上男の子を止めようとはせず、カウンターから見守った。

 男の子はまだしばらく騒がしくしていたが、やがて落ち着きを取り戻したのか、また席に着き、マンガを読み始めた。

 リンは、ホッと胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

 

 ここには、様々な事情を抱え、行き場を失った子供たちが集まっています――初めてこの施設を訪れたとき、リンの母親と同じ年代であろう若い施設長は、最初にそう説明してくれた。

『ひまわりの子』と名付けられたこの施設は、何らかの事情で学校に通えない子供達へ学びの場を提供するフリースクールだ。

 

 施設内には、図書室の他にも、音楽室や工作室、調理室や屋外・屋内の運動場などの設備があるが、どの設備も、学校のような厳格な規律は無い。

 子どもたちがやりたいことは、基本的になんでもやらせてくれる。

 音楽室や工作室はいつでも誰でも利用できるし、調理室もいつでも料理をしてご飯やおやつを食べることができる。

 屋外運動場ではボール遊びも木登りも自由だ。

 たき火をしたいといえば点火棒さえ貸すという。

 大人は、危険が無いように最低限の指導をして見守るだけである。

 

 リンがこの施設を訪れたのは、高校の授業の一環である。

 リンが通う高校には『奉仕活動』という授業があり、年に数回、学校外の様々な施設でボランティア活動を行うのだ。

 リンの他にも数人がこの施設でボランティアをしており、なでしこは調理室で、千明は運動場で、それぞれ職員さんのお手伝いをしていた。

 

 子供たちが学校に通えない理由は様々だ。

 いじめ、障害、学力、家庭環境――あの男の子の場合は、静かにしたりじっとしていることが苦手なのだという。

 

「通っていた小学校の授業中でも、あんな風に大声を上げたり、席を立って教室を歩き回ったりするの」

 女性職員は、リンに言った。

「先生から、静かにしろ、じっとしていろ、と叱られても、それができないのよ。クラスメイトからもよく注意されて、嫌がられて……それで、学校に居づらくなったのね」

 

 授業の妨げになる――そう判断した男の子の母親が、このフリースクールに通わせることを選んだのだという。

 ここなら、騒いだり席を立ったりしても授業の妨げにはならないし、同じような境遇の子供が多いから理解もある。

 最近はフリースクール自体が社会的に認められるようになってきたので、ここへ通うことで、本来の学校での出席扱いともなるそうだ。

 

「ただ、本人は、普通に学校に通いたがっているみたいなんだけどね」

 女性職員は肩をすくめてそう言った。

 

 リンは男の子を見た。

 落ち着きを取り戻した男の子は、今は席に着いて静かにマンガを読んでいる。

 その姿がどこか寂しそうに見えるのは、リンの気のせいではないかもしれない。

 出席扱いになるとは言え、このフリースクールと元の学校とでは、どうしても違うところはあるだろう。

 クラスメイトの人数は少ないから友達は限られてしまうし、予算の関係上、遠足や運動会などのイベントも限られる。

 元の学校でないと学べないことは、たくさんあるように思う。

 どうすれば、男の子の思い通りに行くのか――難しい問題だ。今のリンには判らない。

 

 その後も、男の子は何度か大声を上げ、席を立ってしまうが、周りの理解もあり特に問題は起こらなかった。

 

 お昼前になり、男の子と同じ年ごろの女の子が図書室にやってきて、男の子の反対側の席に座って児童書を読み始めた。

 

 そこで、ちょっとした問題が起こった。

 

「違うでしょ! なんでそうなるの!!」

 

 男の子がまた声を上げ、席を立った。

 ばたん、とイスが倒れ、男の子が地団太を踏む。

 男の子がいま読んでいるのは、さっきより二巻分ほど進んだ物語の中盤だ。

 また主人公が新たな敵に負けるころなので、その展開が気に入らなかったのかもしれない。

 

 もっとも、それだけならさっきまでと同じなので、温かく見守るだけだ。

 だが今度は違った。男の子の前に座った女の子が、両耳を押さえてぐるぐると顔を振りたくると、

「うるさいうるさいうるさい!!」

と、男の子にも負けない大声で叫んだのだ。

 

 女の子が図書室に入ってきたとき、職員さんが教えてくれた。

 女の子は、男の子とは逆――静かに集中して本を読むことを好み、それを邪魔されることを極端に嫌うそうだ。

 

 うるさいと言われた男の子は、それが不本意だったのだろう。

「なにぃ!!」

と、さらに大きな声を上げ、両手で机をばん! と叩いた。

 明らかにケンカになりそうな雰囲気だった。

 この場合はどうすればいいのだろう。

 今まで通り見守った方がいいのだろうか。

 あるいは、さすがに仲裁した方がいいのだろうか。

 助けを求めるように周囲を見たが、職員さんは少し前に別の職員さんに呼び出されて席を外している。

 

「本が読めない! 静かにして!」

女の子が叫ぶと、男の子も

「うるさいのはそっちだろ!」

と言い返す。

 男の子はさらには

「もういい! もう本読むのやめる!!」

とまで言い、マンガ本を床に叩きつけた。

 さすがに放っておけないような雰囲気になってきたので、リンはカウンターを出て声をかけようとしたら。

 

「どうしたー? なに大きな声出してるんだー?」

 

 二人よりも少し年上の少年が図書室にやってきて、リンよりも先に声をかけた。

 

「この子がうるさいから本が読めないの!!」

と、女の子が言う。

 

「僕は静かにしてる! うるさいのはそっちだ!」

と、男の子も言う。

 

「いや、どっちもうるさいぞー」

 年上の少年は二人のケンカに動じた様子もなく、おかしそうな口調で言った。

 そして、年下の男の子の方を見て、

「あ、そのマンガ読んでたのか?」

と、床に叩きつけられたマンガを拾った。

「また主人公が負けて、悔しかったんだろ?」

 

 年上の少年は、年下の男の子の考えを見透かしたように言った。

 

 年下の男の子は恥ずかしそうにうつむくと、小さく頷いた。

 

 年上の少年は笑いながら続ける。

「でもな、その後、主人公はすっげぇ修行して、新しい技を覚えて、めちゃくちゃ面白くなるんだぜ? ハッキリ言って、このマンガはここからが本番。これマジ」

 

「ホント?」

 年下の男の子は目を輝かせる。

 

「ホントさ。だから、ここで読むのやめたら、絶対後悔するぞ?」

 

 そして、本に付いた埃を払う。

「それに、このマンガはみんなで読むんだから、乱暴にしちゃダメだ。読めなくなったら、他の子がかわいそうだろ?」

 

 少年が男の子に本を渡すと、男の子は

「うん」

と、素直に頷いた。

 

 少年は男の子の反応に満足したようににっこりと笑うと、今度は女の子の方を見た。

「コイツ、たまにうるさくするけど、ちょっとしたらおとなしくなるし、ホントは悪いと思ってるから、許してあげてよ」

 

 女の子はプイッと横を向き、

「別に……あたし怒ってないし」

と言って席に着き、児童書の続きを読み始めた。

 

 男の子も席に着き、またマンガの続きを読み始める。

 

 年上の少年は、やれやれと肩をすくめると、自分も本棚から小説を取り、二人を見守るように近くの席に着いて、本を読み始めた。

 

 スゴイな、と、リンは感心する。

 どうしようかとリンが迷っているうちに、リンよりもずっと年下の少年が仲裁し、あっという間に場を収めてしまった。

 リンが口を挟む余地も無かった。

 

 席を外していた職員さんが戻ってきた。

「どう? 志摩さん。何かあった?」

と、リンに訊く。

 

 いま起こったことを報告すべきだろうか、と思ったが、やめておくことにした。

 報告するべきなのかもしれないが、恐らくこの施設では、今のようなことは当たり前の日常なのだろう。

 

「いいえ、なにもありません」

 リンは笑って応えた。

 

 三人は同じ机で本を読む。年下の男の子は、相変わらずときどき声を上げ、女の子は煩わしそうに耳を塞ぐが、年上の少年がうまく二人をなだめ、ケンカになることはない。

 子供たちだけで、問題を解決している。

 リンは、ただ見守っているだけで良かった。

 

 お昼休みになった。調理室担当の職員さんがやってきて、

「今日のお昼ご飯は、お外で食べるそうよ?」

と告げた。

「みんなでたき火をして、カレーを作ったそうなの」

 

「やった! 早く行こうぜ!」

 

 年上の少年が席を立ち、年下の男の子を誘う。

 

 男の子は

「うん!」

と言って立ち上がり、そして、

「君も行こうよ」

と、女の子を誘った。

 

「……これが読み終わったらね」

 少女は本を見たまま、小さな声で言った。

 

 少年たちは無理強いをすることなく、

「じゃあ、先に行ってるから」

と言って、二人で図書室を出て行った。

 

 しばらくすると、女の子も本を閉じ、外へ向かう。

 

 リンはカウンターを出ると、男の子が出しっぱなしにしていったマンガを手に取った。

 さっき年上の少年が言った通り、物語は中盤で、ここからさらに面白くなってくる。

 ただ、さらなる強敵が現れるから、またまた主人公は負けるのだけれども。

 そのとき、少年はどのような反応をするのだろうか。

 やはり、その展開が気に入らず、騒ぎ始めるかもしれない。

 

 どんなに好きな物語でも、思うような展開にならないこともある。

 それは、人生と同じかもしれない。

 

 それでも。

 

 リンは窓の外を見た。屋外運動場でたき火がされており、そのそばで、少年と男の子がカレーを食べていた。

 そこに女の子が合流し、一緒に食べ始める。

 

 リンはマンガを本棚に戻した。

 

 きっと、少年は――少年たちは、本を閉じることなく、これからもページをめくり続けるだろう。

 

「志摩さんも、お昼食べてきていいわよ? なんか、カレーの他にギョーザ鍋もあるって。今日は、なんだかキャンプをしてるみたいだわ」

 女性職員さんがおかしそうに笑った。

 

 千明となでしこだな……リンは苦笑いをすると、

「はい、じゃあ、行ってきます」

と答え、みんなが集まっている運動場へ向かった。

 

 

 

 

 

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