キャンプ場への行き帰りには、もうひとつ、リンが楽しみにしていることがある。
途中でたまたま見かけた本屋へ立ち寄ることだ。
本屋とひと口に言っても、その種類は様々だ。
大きな本屋もあれば小さな本屋もあり、新品のみを扱うお店の他に古本屋もある。
本以外にもDVD・CD・ゲームなども取り扱う複合店もあれば、絵本や参考書など特定の種類の本を専門に取り扱う本屋もある。
最近では、カフェやバーなどの飲食店が併設された本屋も増えてきた。
リンが住んでいる町は比較的田舎なので、そういった大きな本屋や新しいタイプの本屋は珍しい。
それらを訪れるのももちろん楽しみだが、それ以上にワクワクするのが、個人経営の小さな本屋を訪れることだった。
年越しキャンプを行うべく、海沿いの国道を愛用の原付スクーターで移動していたリンは、小さな商店街の前を通りかかり、スクーターを停めた。
近くには小さな港があり、そこに併設されるようにつくられた昔ながらのアーケード商店街だ。
入口に掲げられた看板にある『港前銀座』という名前が、いかにも昭和レトロな雰囲気を漂わせている。
こういう場所には何かあるということを、リンは経験的に知っていた。
ちょうど入口の近くに駐輪場があったので、リンはそこにスクーターを駐めると、アーケード街を歩いてみることにした。
年末だからか元々そうなのかは判らないが、お昼過ぎだというのに半分以上のお店はシャッターが下りていた。
それでも、八百屋さんやお肉屋さんや雑貨屋さんなど、定番のお店は開いており、新年を迎えるための最後の買い物をするお客さんでなかなかの賑わいだ。
もっとも、もしかしたら個人経営の本屋さんは大みそかの今日まで営業していないかもしれない。
そうだったら、惣菜屋さんでハムカツでも買って食べよう。
そんなことを考えながら歩いていると、商店街の反対側の出入口近くで、探し求めていた本屋を見つけた。
入口の横幅がそのまま店舗の横幅という狭さで、中央に両面タイプの本棚が置かれ、両サイドの壁には狭幅タイプの本棚が並んでいる。
左右ふたつの通路は人がすれ違うのがやっとという幅しかない。
リンがよくバイトさせてもらっている本屋の半分の広さもないだろう。
これはレアなお店に出会えたような気がする。
リンは神社の鳥居をくぐるかのごとくお店の前で一礼すると、店内に入った。
入ってすぐの場所にある本棚の平台は、小説や実用書、雑誌の最新刊やベストセラーなど話題の本が並んでいる。
この辺りは、商売上どこのお店も同じような感じだろう。
リンが楽しみにしているのはお店の中央あたりからだ。この辺から、そのお店のこだわりが表れ始める。
他のお店ではあまり見かけないようなマニアックな本がたくさん平積みされていたり、その町に関連する本、例えば観光地や歴史を紹介した本や、その町出身の作家さんの本などもある。
本屋でバイトをし、高校では図書委員も務めるリンでさえ初めて見る本にたくさん出会えるのだ。
そして、店員さんオリジナルのポップもたくさん添えられており、それを見るのも楽しみだ。
こういった独自の陳列は、大型のチェーン店ではあまり見ることができない。本社からの指示が大きく影響する大型の本屋に比べ、個人経営の本屋はまさに店主の思うがままだ。
このお店も、通常と比べて海洋生物や船の図鑑、あるいはそれらを題材にした小説などが多い。これらは、海が近い地域だからだろう。
また、他に目に留まるのが、UFOやUMA、超古代文明や世界中の奇妙な事件などを取り扱った、いわゆる都市伝説系の本である。これらは、恐らく店主さんの趣味だろう。
リンは、それらの本やオリジナルのポップを眺めながら、この陳列にはどういう意図があるのか、自分だったらどういう陳列にするか、ポップからどういう内容の本なのか、などを想像して楽しむ。
それは、美術館を巡るのに似ていると思う。絵や彫刻品などを眺め、作者が何を表現したかったのか、あるいはこれを見て自分は何を思うのか――リンが本屋を巡るのは、そういう体験をするためである。
リンにとって、本屋は美術館でもある。
普通に歩けば三十秒もかからない狭い店内を、じっくりたっぷり時間をかけて見て回るリン。
最後にカウンターのそばを通ったとき、レジの横に面陳された一冊の本が目に留まった。
『秘密結社のつくり方』
もう、タイトルからしてそそられるモノがあるが、吹き出し型の手書き用ポップが三つも添えられてあり、それぞれにおすすめポイントが細かく書き込まれている。店内にあるどの手書きポップよりも力の入りようだ。
どうやら、この本がこのお店のイチオシのようである。
リンは元々都市伝説や怖い話の本は大好きだ。これを素通りすることはできない。
リンがその本を手に取ると。
「――その本、興味ありますか?」
と、かなり前のめりでカウンターの店員さんが声をかけてきた。
四十代くらいの男性店員で、恐らく店主さんだろう。
リンが、「ええ」と答えると、店主さんはわざわざカウンターから出てきて、ものすごい勢いでその本の説明をし始めた。
本の大まかな概要に始まり、執筆者のことや、そもそも秘密結社とは何か、フリーメイソンやテンプル騎士団などリンでもその名を知っている秘密結社の解説、などなど、たっぷりと話して聞かせてくれる。
ただし、それは本を買わせようという商売根性ではなく、純粋にその本の面白さを伝えたいという気持ちに溢れていた。
「じゃあ、これください」
一通りの話を聞き終えたリンは、その本を買うことにした。
「ありがとうございます!」
話している最中もずっと笑顔だった店主さんは、さらに笑みを深めると、カウンターに戻って本のバーコードをレジに読み込ませた。
清算を済ませたリンは、店主さんにお礼を言い、本を小脇に抱えて店を出た。
今回のキャンプ中はこの本を読むことにしよう――もっとも、店主さんの熱弁で、内容はほとんど判ってしまったのだが。
面白かったら、バイト先の店長や学校の図書室担当の先生にも勧めてみよう。
そして、もしかしたらあたし自身が秘密結社をつくるときが来るかもしれない。
陽はかなり傾き、冬の弱々しい日差しがアーケード街の中を照らしていた。思った以上に時間が経ってしまった。
行き当たりばったりののんびりゆっくりがリンのキャンプ旅のモットーだが、さすがに暗くなる前にはキャンプ場に着いてテントを張っておきたい。
それでもこれだけは、と、リンは惣菜屋さんでハムカツを買う。
ちょうど揚げたてだったハムカツをかじると、衣のさくっとした食感と同時に柔らかいハムから滲み出す肉汁が口いっぱいに広がった。
リンは片手でハムカツを持ってはふはふとかじり、片脇には本を抱え、人が減りはじめた年末夕方前の商店街を戻った。