としょキャン□   作:ドラ麦茶

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峠のオアシス

 以前リンがキャンプ場への移動手段にしていたのは折り畳み自転車だったが、その頃は本当に大変だった。

 テントやシュラフなどの大荷物を積み、多くの場合急な山道を自転車を漕いで(あるいは手押しで)登るのは苦行そのものである。

 もちろん、その苦行を乗り越えたからこそ至極のキャンプタイムを迎えることができるとも言えるが、できればキャンプ前にしんどい思いはしたくないのが本音だった。

 

 そこで、リンは原付免許を取得し、スクーターに乗り換えたのである。

 

 これにより、キャンプ場への移動は格段に楽になった。

 スクーターなら山道もすいすい登れる……とまで言うとさすがに大袈裟だが、それでも体力的には自転車よりも断然楽である。

 活動範囲も一気に広がったし、今となってはもう自転車に戻ることはできない。

 

 とはいえ、スクーターでの移動も、自転車ほどではないが疲れることは疲れる。

 

 年が明け、週末の休日を利用したソロキャンプへ出かけたリンは、細く曲がりくねったカーブが続く山道を走っていた。

 出発から一時間半。そろそろ休憩をしたいところである。

 

 しかし、かれこれ一〇分ほど建物の無い道が続いている。

 どうやら町と町の間の峠道に差し掛かったようだ。

 ずっと登りの坂道が続き、スクーターも「ツカレタヨ」と言っている(ような気がする)。

 まあ、現実的に考えてスクーターは四・五時間くらい走らせても故障することはないだろうが、リンの方は休憩を入れないとマズイかもしれない。

 冬とはいえ水分補給は大事だし、長時間運転していれば集中力も落ちてくる。

 

 どこかに休憩できる場所はないだろうか?

 

 峠道でも自販機コーナーが設置されていることは多いし、中にはプレハブ小屋と駐車場も完備した結構大きめな休憩所もある。

 一度バイクを停め、スマホで地図を見てみるか、と思い始めた頃、上り坂が終わってぽつりぽつりと家屋が建っているのが見えるようになり、やがて数十件の家が建ち並ぶ地域へ入った。山奥の小さな集落と言ったところだろう。

 人が住んでいるならなんらかのお店もあるはずだ。

 温泉がベストだが、飲食店でももちろん構わない。

 スーパーやコンビニでもイートインスペースがあるはずだ。

 最悪公園で持参したお茶とおやつを食べるのでも構わないが、できればエアコンなりストーブなり温泉なりで身体を温めたい。

 そんなことを考えながら集落を走っていると。

 

「――お?」

 

 道のそばに『カフェ・山猫亭 すぐそこ』という看板が立っており、横道へ入るよう矢印が示されていた。渡りに船とはこのことか。リンはすぐにスクーターの指示器を出し、横道へ入る。

 カフェは集落の丘の上にあるようで、道はまた上り坂になった。バイクがひーんひーんと弱音を吐くので、ガンバレ相棒、あと少しだ、と励ましつつ、坂道をあがった先にあるカフェを想像する。

 集落を見下ろす丘の上のカフェか……どんなカフェだろう?

 都会での生活を()んだ夫婦が田舎へ移住してオープンしたカフェか。

 それとも、たまたま温泉を掘り当てて温泉施設と併設したカフェを建てたのか。

 ……いやそれなら温泉の看板を立てるだろ、どんだけ温泉に入りたいんだあたし。

 などと、自分で自分にツッコミを入れながらもワクワクしつつ坂道をあがっていると。

 

「――え?」

 

 道の先に現れたのは、ブロックを積み重ねて作った大きな門、高いバックネットに囲まれた広い運動場、そして、横に細長い鉄筋コンクリート製のビルが三棟、敷地の奥の方には体育館やプールまで見える。

 

 そう。それはどう見てもカフェではなく学校であった。

 

 スクーターを停め、おかしいな、と首を捻るリン。

 気付かずにカフェの前を通り過ぎてしまったのだろうか?

 振り返って後方を確認するが、横道に入ってからそれらしいお店は無かった。

 一本道だったから道を間違うはずもない。

 

 もう一度前方の学校を見る。

 門の外から見える範囲に人の姿はなく、校内は静かなものだ。

 学校なら、休日でも部活動をする生徒はいるはずだ。

 運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏などが聞こえてきそうなものだが、それらが行われているような気配は全く無い。

 

「あれ?」

 

 その門、よく見ると看板には『○○学校』ではなく、『カフェ山猫亭』とある。

 さらには『お車はグラウンドへ、バイク・自転車は駐輪場へおとめください』とも書かれていた。

 ここであっているのだろうか? でもどう見ても学校だぞ。

 リンは恐る恐る門を抜け、近くにあった屋根付きの駐輪場へバイクを駐めた。

 駐輪場には数台のバイクや自転車が駐められてあり、グラウンドにも何台か自動車がある。

 校内は静かだが、とりあえず人はいるようだ。

 

 リンはヘルメットを脱ぎ、校舎の方へ向かう。

 

 すると。

 

『←裏口へお回りください』

 

 校舎の入口前にそう書かれた看板が立てられていた。

 リンは矢印に従って進む。

 途中に『裏口・こちら↑』という看板がいくつか立っていて、それに従って校舎の裏へ回ると、裏口と思われる片開きのドアがあった。

 ドアは開けっ放しになっており、『靴のままお上がりください』という看板がある。

 

「……失礼しまーす」

 

 なんとなく恐縮しながら入る。

 正面に階段があり、左右に廊下が伸びている。

 廊下の途中には教室もあり、『1-1』『1-2』『保健室』などと書かれたプレートが見えた。

 やはり、どう見ても学校だ。

 

 階段のそばには『二階へおあがりください』という看板があった。

 それに従い二階へあがると、今度は『奥までお進みください』という看板がある。

 

 ……大丈夫かコレ。逆にあたしが食われるんじゃないだろうな。

 

 言い知れぬ不安が胸をよぎる。引き返した方がいいんじゃないだろうか?

 いや、ここで引き返しても、他に休憩できる場所があるとは限らない。

 集落を出てしまうとまた峠道が続き、またしばらく走り続けなければならなくなるだろう。

 大丈夫、いざとなれば、きっと()()()が助けに来てくれるはずだ。

 そう信じ、勇気を出して廊下を進むと、ようやく『カフェ山猫亭』という看板が見えた。

 もちろん、校舎内の教室のひとつである。

 

「いらっしゃいませー、何名様ですか?」

 

 化け猫に襲われるのを警戒しながら中に入ったリンだが、拍子抜けするほど普通に女性店員さんから迎えられた。

 

「あ、えっと……一人です」

 

「では、こちらの席へどうぞ」

 

 リンは、奥にある二人用のボックス席へ案内された。

 席に座ったリンは店内を見回す。

 店内では、カップルや親子、一人客など、十人ほどの客がコーヒーやジュースやケーキなどを飲んだり食べたりしている。

 それだけならいたって普通のカフェであるが、リンの目を引いたのは、客席の合間や壁際にある本棚だった。

 かなりたくさんの本棚があり、店舗のスペースの四分の一ほどを占めているかもしれない。

 ブックカフェ、というヤツだろうか。

 

「失礼しまーす」

と、店員さんが水とメニュー表を持ってきた。

 

「なんだかちょっと変わったところにあるカフェですね。最初、ちょっと戸惑っちゃいました」

 リンは苦笑いをしながら店員さんに言った。

 

「ああ、すみません。場所が判りにくかったでしょう? 実はここ、『廃校活用』でできたカフェなんですよ」

 

「廃校活用ですか――」

 リンは納得してつぶやいた。

 

 廃校活用。少子化に伴い廃校となった学校を取り壊さず、改装して別の形で活用する、文部科学省も推奨するプロジェクトである。

 その活動は全国的に広がり、カフェやレストランなどの飲食店だけでなく、工場やオフィス、スポーツ施設に体験学習施設、さらには宿泊施設や温泉施設、キャンプ・グランピング施設まで、実に様々な方法で活用されているのだ。

 

「改装の際には調理実習室を使うことも検討されたんですけど、最近は『ブックカフェ』が流行っているので、思い切って図書室を改装して、カフェにしてみたんです」

 

 店員さんの言葉に、なるほどそれで本がたくさんあるのか、と納得するリン。

 本はよく見ると背表紙の下部に管理用のラベルが貼られてある。

 思いっきり『図書室の本』という感じだ。

 

「メニューの方も、ちょっと学校っぽさにこだわっているんですよ?」

 

 店員さんがメニューを開いた。

 コーヒー紅茶クリームソーダにケーキやサンドイッチなどの定番メニューの他に、『学校給食メニュー』というのがあり、揚げパンやソフト麺・ミルメークなど、定番の給食メニューがそろっていた。

 器やトレーも安っぽいアルミ製である。

 

「では、ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」

 

 店員さんは笑顔で言い、別の客に呼ばれてそちらの方へ行った。

 

 廃校を再利用し、図書館でカフェか……面白い試みだな、と、リンは感心する。

 改めて店内を見ると、厨房にはかつての受付カウンターの名残がまだ残っていた。

 当時はリンのようにあそこに図書委員が座り、昼休みや放課後にまったり本を読み、時にうるさい友達がやってきて静かにするよう注意していたのかもしれない。

 

 ――さて、なにを注文しようかな。

 

 改めてメニュー表を見る。

 学校給食メニューはこのお店イチオシなようで、かなり大きくメニュー表を占めている。

 

「…………」

 

 リンはボタンを押して店員さんを呼ぶと、まるごとみかんのロールケーキと宇治抹茶ラテのホットを注文した。

 せっかくだから給食メニューを、という気持ちもあるにはあるが、給食メニューには全体的にどうにも昭和感が漂っている。

 お父さんお母さん……いや、おじいちゃんならそそられたかもしれないが、現役の高校生であるリンにはイマイチ魅力的に思えなかったのだ。

 それよりは断然ケーキの方がいい。

 

 注文を終えたリンは席を離れ、本棚を見て回った。

 絵本や児童書など全体的に子供向けの本が多く並んでおり、廃校になる前は小学校だったのかな、と思う。

 もちろん改装後に買い足したと思われる大人向けの本も多くあるが、せっかくだから、と、リンは子供のころよく読んでいた童話集を取った。

 

 席に戻って本を読んでいると、ケーキとラテが届いた。

 まるごとみかんのロールケーキはその名の通りロールケーキの中にみかんが丸々一個入ったインパクトバツグンの見た目で、宇治抹茶ラテは泡立てられたミルクの上に抹茶の粉がかかったシンプルなものだ。

 写真に撮ってSNSにアップしても大丈夫か店員さんに訊くと、快くOKしてくれた。

 リンはスマホを取り出し、ケーキとラテを撮影する。

 角度を変えたりして三枚ほど撮ったところで、せっかくだから、と、読んでいた童話集も添えて撮影する。

 後でなでしこたちのライーンにアップしておこう。

 

 写真を撮ったリンは、両手を合わせていただきますをし、まずは抹茶ラテをひと口すすった。

 甘さは控えめで、その分お茶の風味がしっかりと感じられる、なんともおとなな味わいだ。ふう、と大きく息をつくと、身体の中に温もりが染みわたっていった。

 店内は暖房が効いていて心地よい暖かさだが、温かい飲み物を飲んで身体の中から温まっていくのは、また違った心地よさがある。

 

 続いてリンはみかんのロールケーキをひと口食べる。

 こちらはみかんの酸味と生クリームの甘さのバランスが絶妙で、長距離ツーリングで疲労した身体に糖分が染み渡る。

 

 リンは頬に手を添え、んんー、としあわせ満喫中の声で唸った。おやつは心の栄養だ。これで残りの行程も頑張れるだろう。

 

 リンは懐かしの本を読みながら美味しいケーキとラテをゆっくりと味わった。

 

 

 

 

 

 

 ――はっ。

 

 本を読みふけっていたリンは、不意に我に返った。

 店内の壁掛け時計を見ると、すでに十五時を過ぎている。

 マズイ、つい夢中になってしまった。

 

 廃校利用による図書館カフェという実に居心地の良い場所にたどり着いてしまったリンは、思いっきり長居をしてしまった。

 ケーキを食べ終え本を読んでいたらお昼になったので、せっかくだからここで食べていくか、と、キノコたっぷりドリアも注文し、食後のコーヒーともうひとスイーツを堪能しながら本も追加してさらに居座っているうちに、あっという間にこんな時間になってしまったのだ。

 これから向かうキャンプ場の受け付けは十七時までだ。

 まだ充分間に合う時間ではあるが、道中いろいろ寄り道する予定だったところは諦めなければならない。

 

 リンは伝票と本を持って席を立ち、本を戻すとカウンターでお金を払う。

 お釣りを受け取り、

「ごちそうさまでした」

と笑顔で言うと、

「ありがとうございました、またお越しください」

と、女性店員も笑顔で見送ってくれた。

 

 駐輪場まで戻ると、スクーターが「オソカッタナ」と言ってる気がした。

 当初の予定では、この後金運アップのパワースポットとして有名な神社による予定だったのだが、そこはもう諦めるしかないだろう。

 もしかしたら、今年は金欠に悩まされるかもしれない。

 

 ――ま、いいか。おもしろいところに寄れたし。

 

 リンはヘルメットをかぶってスクーターにまたがると、改めてキャンプ場を目指してアクセルを捻った。

 

 

 

 

 

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