夜。リンはリビングのコタツに入り、パソコンで最近のトレンド本を検索していたら、たまたま行き着いたニュースサイトでなんとも悲しい記事を見てしまった。
文化庁が全国六千人を対象に読書に関するアンケートを行い、その結果、月に一冊も本を読まない人が6割を超えた、というものである。
『読書離れ』に関するニュースだ。
調査によると、回答があった人のうち、「電子書籍も含め月に一冊も本を読まない人」の割合は62.6%であったという。
この調査は五年おきに行われており、今回初めて50%を超えたそうだ。
前回の調査時は47.3%、前々回は47.5%だったそうで、この五年で一気に読書離れが進んだことになる。
リンは小さくため息をつく。
電子書籍の普及でただでさえ町の本屋が苦境に立たされているのに、そもそも本を読む人自体が減っているという。
実になげかわしいことだ。
これまで、リンは数々の本関連のお店でバイトをしてきた。
本屋店員の端くれとして、そして、一人の本好きとして、この問題を静観しているわけにはいかない。
どうすればこの状況を変えられるだろう?
ニュース記事によると、読書量が減った理由については、「携帯電話、スマートフォンなどで時間が取られる」がトップだそうだ。
続いて「仕事や勉強が忙しくて読む時間がない」「視力など健康上の理由」「テレビの方が魅力的である」などが挙げられている。
この内「視力など健康上の理由」は年齢的なものがあるだろうから仕方ないとして、他の理由は、要するに「読書をする時間が無い」ということであろう。
一方で、スマホをいじったりテレビを観る時間はあるのだ。
つまり、本よりもスマホやテレビなどに魅力を感じている、ということである。
ならば、本を読んでもらうには、スマホやテレビよりも本の方が魅力的である、とアピールする必要があるだろう。
その思いが通じれば、本を読む人は増えていくに違いない。リンはそう考えた。
てれってってっててれててー、と軽快な音楽が鳴り、スタジオ全体を俯瞰して映す映像から、スタジオ中央の司会者をアップで映す映像へ切り替わった。
「さあ、本日も始まりました、『朝から晩まで徹底討論』。司会はわたくし、
今回のテーマは、『読書する? しない?』。読書好きの方と読書嫌いの方にお越しいただき、意見を交わしていただきます。
まず、読書好きの代表は、学校では図書委員を務め、バイト先はもちろん本屋、趣味のキャンプでも必ず読書をするという本の虫・志摩リン選手です。よろしくお願いします」
司会の斉藤が右手でリンを示すと、カメラはリンを映した。リンは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「続いて読書嫌いの代表は、学校では野外活動サークルの部長、バイト先は近所の酒屋、バリバリのアウトドア派・
斉藤はリンの反対側の千明を左手で示す。
カメラは千明を映し出した。
千明はトレードマークの黒縁メガネをくいっと上げた。
「お願いします」
「ジャッジをしていただくのはこちらの御三方です」
斉藤が正面を示す。
リンと千明の討論を見守る形で席が設けられ、そこに審査員として二人と一匹が座っている。
「
「
「ワホッ(ちくわです)」
審査員の挨拶が終わると、斉藤は
「みなさん、私情は挟まず、公平なジャッジをお願いします」
とクギを刺し、そして続けた。
「それではまず志摩選手から、読書の魅力についてお話ししていただきましょう」
話を振られ、リンはコホンと咳払いをして話し始める。
「本を読むメリットはたくさんありますが、まず、何と言っても、知識が増える、ということが挙げられるでしょう。
本は情報の宝庫。知らないことがたくさん書かれてあります。
知らなかったことを知ることができるだけでなく、悩み事を解決してくれるかもしれません。
場合によっては、人生が大きく変わることもあります。本には、それほどの力があるのです。これは、最大の魅力と言っていいでしょう」
「と、いうことですが、大垣選手、いかがでしょうか?」
斉藤が千明に話を振る。千明は「ふふん」と不敵に笑い、話し始めた。
「それは別に本に限った話ではありません。例えば、インターネットでも知識を得ることはできます。
むしろ、知識を増やすならばインターネットの方がはるかに便利でしょう。
本は、必要な情報がどこにあるのかが判りにくい。調べごとをするのには、時間がかかり過ぎてしまいます。
その点、インターネットなら必要な情報はすぐに出てきます。明らかに、こちらの方が便利です」
この意見に対し、リンはすぐに反論する。
「早ければいいというものではないと思います。
インターネットは確かに便利ですが、早く調べられる分、得られる情報量は限られ、どうしても浅い知識になってしまうのではないでしょうか?
その点、本ならどこに情報があるか判らない分幅広い知識を得られるし、時間をかけた分より深い知識が身に付きます。
時間がかかるからこそいいんです」
この意見に、千明はやれやれと言わんばかりに両手を広げた。
「若いのに考え方が古いですねぇ。
志摩選手、あなたが言っていることは、例えば『洗濯機があるのに洗濯板を使え、腕や足腰の鍛練になる』と言っているようなものですよ?
あるいは、電卓があるのに『そろばんを使え、その方が頭の体操になる』でもいいです。
世の中、技術は常に進歩しています。より便利なものを使って、なにがいけないんですか?
というか志摩選手も使ってるでしょう?
原付の免許を取ってからは、全然自転車を使わなくなったじゃないですか。
友だちとの連絡はスマホで電話やライーンを使い、わざわざ会いに行ったり手紙を書いたりはしないですよね?
今日だって、あなたもネットで話題の本を調べてたじゃないですか?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
痛いところを突かれ、リンが言葉に窮する。
それを見て、司会の斉藤が間に入った。
「おおっと、志摩選手、これは一本取られたか? それでは、審査員の方々にここまでの討論を判定して頂きましょう」
そう言うと、二人と一匹の審査員は名前の書かれた札を上げた。
大垣、大垣、志摩、となった。
「やはり今のところ大垣選手の方が有利のようです。志摩選手、ここから巻き返せるでしょうか? では、続きをどうぞ」
リンは一度大きく深呼吸をして全身の力を抜くと、気を取り直して話を続ける。
「本を読むと、思考力や想像力を鍛えることができます。
本は文章がメイン。書かれてある文章から、場面や登場キャラクターの様子を想像しなければいけません。
それは、いわば言葉に命を吹き込むようなものです。
これは、読書ならではの体験と言えるでしょう」
言葉に命を吹き込む――リン必殺の表現だったが、千明は全く心に響いていないような顔で言う。
「言葉に命を吹き込む? なぜ、私たちがそんなことをする必要があるのでしょうか? そんなの、面倒でしょう?」
「め……面倒?」
「そうです。アニメやドラマや映画なら、最初から映像ができていますから、いちいち考えたり想像する必要はありません。そっちの方が早くて便利じゃないですか?」
「だから、早くて便利なのがいいというわけじゃ――」
「またその話ですか。それはさっき結論が出たと思いますが?
キャンプ先の情報を調べるときはグルグルマップを使ってますよね?
たき火台を買った時だって通販だったでしょう?
なぜ本だけが、早くて便利じゃいけないんですか?」
「ぐぬぬぬぬ」
「さあ、どうやらまた大垣選手有利で進んでいるようです。では、もう一度判定をお願いします」
斉藤の進行で、審査員はまた札を上げる。
大垣、大垣、大垣、となった。
「おおっと。審査員全員大垣選手を支持しているようです。志摩選手大ピンチ。ここから起死回生の一手はあるのでしょうか? では、続きをどうぞ」
またまた話を振られ、リンはかなり焦る。
ここまで苦戦するとは予想外だった。
かなり手ごわい相手だ。
ていうかいちいちあたしの言うことを否定して腹立つな。
これは何としても言い負かしてやらなければ気が済まない。
リンは話す。
「本では、非日常の世界を楽しむことができます。
難事件を解決する探偵になることもできれば、ロマンティックな恋をすることもできますし、遠く離れた異国の地を旅することも、社会にはびこる悪をぶった切ることもできます。
それどころか、剣と魔法とモンスターの世界を冒険したり、歴史上の偉人に転生したり、宇宙を旅したり。
そういった、現実世界では絶対に不可能なことも、本の中では可能です。
これらの貴重な体験を気軽にできるのが、本の魅力です」
この意見に、千明は「はあ?」と言って大きく目を開いた。
「そんなの、本に限ったことではないでしょう?
テレビや映画でも充分体験できます。
ゲームなら自分で操作できるし、そっちの方が没入感も高い。
なにより、本を読むよりはるかに楽しいです」
「いえ、読書の方が楽しいです。ゲームなんて、ルールや操作方法を覚えないといけないし、それこそ面倒じゃないですか」
「やれやれ、ゲームの面白さが判らないなんて、悲しいですね。人生損してますよ?」
見下したような目を向ける千明に、リンはますますムカムカし。
「そっちこそ、本を読まないなんて人生損してます!!」
思わず大きな声を上げてしまう。
それに対し、千明はしめしめと言わんばかりの顔をした。
「そうでしょうか? 大体、本を読むこと自体、私は時間のムダだと思います。
だって、ネットを検索すれば、動画サイトやまとめサイトで、話を要約したものがたくさんありますからね。
それを読めば、大幅に時間の節約になります。
わざわざお金を出して本を買い、時間をかけて全部読むなんて、ナンセンスですよ」
「な……そんなの読書じゃない!」
「そうですね。これは読書じゃないです。読書なんて不便で時間のかかることをするなんてバカバカしいですから」
プッチーン、と、パンツのゴムが切れたような音がした。
もちろん切れたのはパンツのゴムではない。
リンの理性だ。
読書がバカバカしいなどというヤツを、断じて許すわけにはいかない。
ばん! とテーブルをたたくと、リンは声を張り上げる。
「バカバカしいとはなんだ! そっちこそ、読書の魅力が判らないなんてバカだ! お前はなんにも判っちゃいない! これだから本を読まないヤツはキライなんだ!!」
ブチ切れたリンに対し、斉藤は淡々とした口調で割って入る。
「おおっと、志摩選手、これはいけません。これは討論会。意見を言い合う場です。今の志摩選手の発言はただの罵倒。これは大きなマイナスでしょう」
千明は、してやったり、という顔をする。
「やれやれ。自分の思い通りに事が運ばないと、すぐに大声を出してわめきはじめる。
本ばかり読んでいると、他人とのコミュニケーションがうまく取れなくなるという、いい例ですねぇ。
みなさん! 本ばかり読んでいると、こういう人になってしまいます! くれぐれもお気を付け下さい!」
「黙れ黙れ黙れ! コミュニケーションが取れないのはお前の方だ!
ずっと人をバカにしやがって!
みなさん! ダマされてはいけません!
本を読まないとああいう人間になるんです! だからみんなで本を読みましょう!」
「いいえ! 読んではいけません!」
「読まなきゃダメです!!」
「…………」
リンは、ふう、とため息をつくと、ぱたんとパソコンを閉じた。
やめよう。これじゃあただのディスり合いだ。
妄想とはいえ、これほど無意味な争いは無い。
こんなことで本を読んでもらえるとは到底思えない。
そもそも多くの人にとって読書はあくまでも趣味で、読む読まないは個人の自由だ。
そして、テレビや映画や動画サイトを見たり、ゲームで遊んだりするのも自由。
自分がやらないからといって相手やその行為を否定するのは断じて違う。
ちなみに今のはあくまでもリンの妄想であり、対戦相手として一番イメージしやすかったのが千明だったというだけだ。
決して千明が読書否定派というわけではないのでご注意を(まあアウトドア雑誌を読んでいるところくらいしか見たことないが)。
しかし、今の討論は妄想だったが、SNSが普及した近年、ネット上でこういう醜い争い事が増えたように思う。
ネット上には短文があふれ、その真意を深く読み取ろうとせず、自分の言葉が相手にどう影響を及ぼすかも想像できない。
思考力と想像力が低下しているように思う。
これは、読書離れによる読解力や語彙力の低下が招いている――と、考えるのは、やはり安易だろうか。
それでも、本を読んで読解力や語彙力を鍛えれば、もっと相手の気持ちを考え、思いやることができるような気がする。
それと。
近年、タイムパフォーマンス略してタイパを重視し、映画やドラマ・アニメなどの配信を倍速で視聴する人が増えている。
それと同じく、本の内容を要約したまとめサイトや動画もたくさんあるらしい。
タイパを重視すること自体は個人の自由だから好きにすればいいと思うけれども、まとめサイトを読んで本を読んだ気になるのは断じて違うと思う。
本を読み、何を重要とし、どう思うかは人それぞれだ。
まとめサイトではまとめた人の意見しか得られない。
それに、本の魅力は決してストーリーだけではない。
文章の巧みさや、構成なども魅力である。言葉のひとつひとつ、展開のひとつひとつが作品なのだ。
それらに触れていなければ、その本を読んだとは断じて言えない。
これだけは、決して譲れないところである。
結局。
本を読まない人に本の魅力を伝えるにはどうしたらいいかは、リンにも判らない。
答えなんて無いのかもしれないし、そもそもムリに本読んでもらう必要もないのかもしれない。
それでも、本を読む人が増えるとリンとしては嬉しいから、これからも本の魅力は発信していきたい。
自分らしく、今まで通りSNSで本の感想を書いたり、図書室やバイト先でオススメ本のポップを書いたりしよう。そう思った。
――そう言えば、あたしって、なんでこんなに本を読むようになったんだろう?
ふと疑問が湧く。
思い返せば、物心ついた頃には絵本や児童書を読んでいた。
本を読まない人の中には、本を読むという行為を苦痛と感じる人が一定数いる。
小学生の頃から毎年夏休みには必ず読書感想文の宿題が出されたが、これが一番ニガテだと言う人はリンの周りにも多かった。
斉藤などは「面倒だからリンが書いてくれない?」と、冗談とも本気とも知れないことを言ってきたことがある(もちろん断ったが)。
ひょっとしたら、この読書感想文の宿題が本嫌いに影響を及ぼしているのかもしれない。
読書感想文の宿題は、本を読み、感想文を書くことを学校から強要されていると言っていい。
何事も強要されるとキライになってしまうのは、子供によくあることだ。
その気持ちはリンにもよく判る。
本を読んでほしいのなら、無理矢理読ませるのではなく、子どもの方から自然に本を読む流れにすれば、読書好きが増えてくるのではないだろうか。
――あ。
不意に思い出した。
そう言えば、子どもの頃はお母さんがいろんな本を読んでいたように思う。
その姿を見て育ったから、リンも本を読むようになったのではなかったか。
つまり、リンの本好きは、母親の影響だ。
でも、最近母が本を読んでいる所は見たことがない。
お母さんも読書離れをしてしまったのだろうか?
ちょうどその時、キッチンから母がやってきた。
「リン。ちょっと調べたいことがあるから、パソコン使っていい?」
「うん。いいよ」
リンは席を譲る。
母はパソコンを開き、マウスを動かしてキーボードを叩く。
「お母さんって、最近本読まないよね?」
リンは母の向かい側でコタツに入り、訊いてみた
「そう?」と、母はパソコンで調べ物をしながら言った。
「なんで読まなくなったの? お仕事や家事が忙しいから?」
リンがそう話を向けると、母は「うーん」と唸った。
「忙しいのは確かだけど、そもそも、お母さんあんまり本は読まないからね」
「え?」と目を丸くするリン。
「でも、あたしが子供の頃、結構本読んでたよね? あたし、お母さんの影響で本を読むようになったと思うんだけど」
「ああ、あれね」
母は得心したように頷いた。
「あれ、本を読むフリをしていただけで、実際は読んでなかったのよ」
「はぁ!? 」
予想外過ぎる答えに、リンは声を上げる。
「な、なんでそんなことを!? 」
母はフフフと笑って続ける。
「お母さんは本を読まない人だったけど、リンには本を読む子になってほしかったからね。
ほら。リンって、ちっちゃな頃からなんでもお父さんお母さんやおじいちゃんたちのマネをする子だったじゃない?
最近でも、キャンプに行ったりバイクに乗ったりするし。
あれも、お父さんたちのマネでしょ?」
「いや、マネしてるってわけじゃないけど……」
「だから、お母さんがリンの前で本を読むフリをしておけば、リンはマネして本を読むようになるんじゃないかなー、と思って、やってみたの。
リンが家で遊んでたら、その近くで、リンに読んでほしい本を、まずお母さんが読むフリをするの。
リンは『お母さんなにしてるんだろう?』って感じで興味を持ち始めるから、本を置いてよそに行くの。
そうしたら、リンがその本を読み始める。
これを繰り返していたら、リンの方から本を読むようになったのよ。
作戦は、大成功だったわね」
いたずらっぽく笑う母に、リンは唖然とする。
自分の本好きに、そんな策が施されていたとは。
「だ……騙された……」
リンはガクッと肩を落とした。
参考サイト
Yahoo! Japanニュース『【読書離れ加速!】「月に1冊も本読まない」が6割超―文化庁調査 : 活字よりもスマホ優先』
https://news.yahoo.co.jp/articles/5b5e4deedfd61bef47b46c223c066f6deab54dfc
RKBオンライン『「月に1冊も本を読まない」6割…どの世代でも進む“読書離れ”』
https://rkb.jp/contents/202409/191454/
ZYAO22『本を読むメリットって何?デメリットも含めて紹介』
https://zyao22.gifu-np.co.jp/gifu-life/career/1029