としょキャン□   作:ドラ麦茶

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移動図書館

 土曜日、リンは近場でキャンプをするため、川沿いの道を原付バイクで走っていた。

 今日の目的地は隣町の郊外にあるキャンプ場だ。

 家から原付スクーターで一時間半ほど(道中いろんなところに寄り道するので実際はその倍くらいかかるのだが)。

 一泊二日のキャンプなら手ごろな距離である。

 

 近場なので朝は少し遅く出発し、町境の峠道に入った頃にはお昼も近くなっていた。

 この辺りの地域は民家もまばらで、山と川に挟まれた国道が続き、自然豊かでのどかな風景が広がっている。

 さて、そろそろどこかでお昼休憩を取ろうかな、そういや少し前、なでしこがこの先にあるドライブインの食堂でカツ丼とチャーシューメンとかき氷ミルクイチゴを食べたって言ってたな(そのあとベンチで夜まで爆睡してまた桜さんに怒られたそうだが)、そこに行ってみようかな、などと考えながら、のんびりスクーターを走らせていると。

 

「……お?」

 

 小さな集落に入ったリンは、国道から少し外れた場所にある公園に珍しい看板を見つけた。

 リンはハンドルを切って横道に入り、公園の入り口前でバイクを停める。

 ブランコと滑り台と鉄棒があるだけの小さな公園だ。

 その入り口付近の柵に、『移動図書館巡回日』という看板が取り付けられていた。

 へぇ、ここって、移動図書館が来るんだ、と、ちょっとした発見をした気分になる。

 

 移動図書館。その名の通り、移動する図書館である。

 図書館のない地域に本を届けるためのサービスで、主に自動車が用いられている。

 県内で有名なのは甲府市の図書館がやっているものだ。

 市の花が撫子(なでしこ)であることから、その名も『なでしこ号』というらしい。

 

「移動図書館なでしこ号……」

 

 リンがひとりごちたその時。

 

「リンちゃーん!」

 

 背後で声がした。

 振り向くと、リヤカーに大量の本を積んで突進してくるなでしこの姿が――。

 

「…………」

 

 ぶんぶん、と、大きく首を振り、考えを振り払うリン。

 最近アホな妄想をすることが多くなった。気を付けなければ。

 

 気を取り直し、改めて看板を見る。

 湊屋(みなとや)図書館というところがやっているもので、『百合のかんざし号』というそうだ。

 巡回日程も書かれてある。

 ちょうど今日が巡回日で、時間も後一〇分ほどだ。

 これまで様々な本関連の施設を訪れたリンも、移動図書館はまだ見たことがない。

 そろそろ休憩しようと思っていたところだし、これはぜひ見て行こう。

 リンは近くにあった自動販売機でホットコーヒーを買い、スクーターを道路わきに停めて腰掛ける。

 コーヒーで身体を温めながら待っていると、公園には利用者と思われる人たちが少しずつ集まってくる。

 親子連れや小中学生がメインかと思いきや、意外にもお年寄りが多い。

 いや、考えてみたらそうかもしれない。

 若い人なら自転車や車で町の図書館まで行けるが、お年寄りでは気軽に町まで、とはいかないのだろう。

 

 予定の時間より少し遅れて、その車はやってきた。

 百合の花とかんざしのイラストでラッピングされたマイクロバスだ。

 車が公園内に乗り入れて停車すると、利用者が集まる。

 運転席から女性の職員さんが下りてきて、「こんにちは」とあいさつをし、みんなも挨拶を返した。

 

 職員さんは車の側面に移動し、サイドドアを解錠して開けた。

 サイドドアは側面の半分以上を占めており、ワゴン車のバックドアのように上へ開くようになっていた。

 中には本がびっしりと並んだ本棚がある。

 職員さんは反対側に回り込んでそこのドアも開ける。

 さらには後方に回ってバックドアも開けると、車内にも両サイドに本棚が並んでいた。

 おお、と、思わず驚きの声を上げるリン。

 予想よりずっとたくさんの本を積んでいる。

 

「お待たせしました、どうぞー」

 

 職員さんが言うと、利用者は本を見始める。

 同時に職員さんは本の返却を受け付け始めた。

 リンはコーヒーを飲み干し、本を見に行った。

 

 利用者にお年寄りが多いためか、扱っている本は健康関連の本や時代小説など、年配向けのものが多い。

 もちろん若い人向けの現代小説やライトノベル、子供向けの児童書や絵本、さらには雑誌やマンガなどもあり、ジャンルはかなり豊富だ。

 車なので実際の図書館と比べれば蔵書の数はかなり少ないだろうが、それでも小さな学校の図書室くらいの本は取り揃えているかもしれない。

 

 全体をざっと見終え、あらためて最初からじっくり見て行こうと、右側面の本棚を見ていたら。

 

「――樋口(ひぐち)一葉(いちよう)の『ゆく雲』が載ってる本はないかいね?」

 

 腰が曲がった年配の女性利用者が、職員さんに蔵書について訊いていた。

 

「樋口一葉の『ゆく雲』、ね、ちょっと待っててね」

 

 職員さんは気さくな感じで答えると、運転席からタブレットを取り出して操作しはじめた。

 蔵書を検索できるのだろう。

 

「ここには無いけど、町の図書館にはあるみたいやわ。でも、いま貸出し中みたいやね。返却されたら持ってくるけえ、それでええ?」

 

 職員さんがそう答えると、女性利用者は、

「ええけど、はよう持って来てくれんと、あたしあの世に行ってしまうわ」

と言って笑った。

 職員さんも笑いながら、

「なに言うとるんね。あと五十年は大丈夫やろ」

と冗談を返し、ふたりで笑う。

 

「あら、おじいちゃん久しぶりやね、元気やった?」

 

 職員さんは新たにやってきた年配の男性に声をかける。男性は

「ちょっと体調崩して入院しとったんよ。返すの遅うなってスマンのう」

と、借りていた本を差し出した。そして

「これはお詫びじゃ」

と、ミカンがいっぱい入った袋も渡す。

 職員さんは

「あら、こんなんええのに。ウチの本なんか二、三年借りても大丈夫やで」

と言いながらミカンを受け取った。

 

 さらには、今度は中年の女性利用者と、今晩のご飯は何にしようか、という話をし、

次は小学生くらいの子供と人気マンガの話をして、

さらにその次はまた別のお年寄りに

「あ、前に言うてた三島(みしま)由紀夫(ゆきお)の本、持って来たよ」

と取り置きしておいた本を差し出し……

といった具合に、職員さんはかなり気さくな感じで利用者といろんな話をしている。

 その光景を、リンは新鮮な気持ちで見つめる。

 通常、図書館では静かにしなければいけないので、職員さんも利用者も会話は最小限だ。

 しかし、ここは公園。静かにしなければいけないルールなんて無いのだろう。

 だから、みんなスーパーや商店街で井戸端会議でもするかのように楽しそうに話しあっている。

 町の図書館ではなかなか見られない光景だ。

 なんか、そういうのもいいな、と、リンはほっこりし、また本を見て行く。

 

 ――おお、これは。

 

 はっと目を開いたリンは、一冊の本を手に取った。

 それは、『(うし)の刻参りは口裂け女のはじまり』というタイトルの本だった。

 以前から読みたいと思っていたのだが、既に絶版となっているため新品の購入はできず、かなりのレア本でもあるので古本屋や近くの図書館でも見つからなかったものだ。

 それが、まさかここで見つかるなんて。

 

「あら? 初めての方ですよね」

 

 リンが探し求めていた本との出会いに驚いていたら、女性職員さんが話しかけてきた。

 

「あ、はい。実は、通りすがりの者でして」

と、リンは恐縮しながら答える。

「移動図書館なんて珍しいから、ちょっと覗いてたんです」

 

 言ってみれば冷やかしみたいなものだが、職員さんはイヤな顔ひとつせず、

「そうなんですね。証明書があれば利用カードはすぐに作りますので、良かったら借りていってください」

と、笑顔で言ってくれた。

 

「あ、でも、あたし身延に住んでいるから、次の訪問日、またここに来れるかどうか判らなくて」

 

 本を戻すリン。

 せっかくのレア本との出会いだったが、返すめどが立たないのであれば借りるわけにはいかない。

 職員さんはさっき「二・三年借りても大丈夫」と言っていたが、さすがにそれは冗談だろう。

 

 しかし、職員さんは、

「ここじゃなくても、市内の最寄りの図書館だったらどこに返しても大丈夫ですよ?」

と言う。

 

 そうなのか。

 確かに、同じ市や町が運営する図書館ならどこへ返しても良いという図書館は多い。

 図書館同士で本の移動をすることは多いので、それを使ったシステムだ。

 隣町の図書館なら利用したことがあるので、場所は知っている。

 帰り道の近くだから、キャンプ中に読み、帰りに寄って返却すればいい。

 というかこの移動図書館も隣町の図書館なら、利用カードは既に持っている。

 

「じゃあ、これ、お借りします」

 

 リンは本を職員さんに渡し、借りる手続きをした。

 

 あっという間に時間は過ぎ、図書館は次の巡回場所へ行く時間となった。

 職員さんは片づけを始める。

 利用者は借りた本を持ってそれぞれ家へと帰りはじめるが、中には片づけを手伝う人もいた。

 その間も会話ははずみ、予定していた滞在時間を超えてしまった。

 なるほど。ここへの到着時間が少し遅れたのはこのためか、と、納得するリン。

 きっと、前の巡回場所でも同じように話が弾んでいたのだろう。

 

 ようやく片づけを終え、移動図書館百合のかんざし号は、次の巡回場所へ向けて出発する。

 そこでも、きっと同じようにたくさんの利用者が待っているだろう。

 

 リンは百合のかんざし号が公園を出て見えなくなるまで見送り、そして、借りた本を持ってスクーターのところに戻った。

 キャンプ中に読むのにちょうどいいだろう。

 

 本をしまってヘルメットをかぶり、スクーターにまたがると、リンは再度キャンプ場を目指して出発した。

 

 

 

 

 

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