としょキャン□   作:ドラ麦茶

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笑顔の図書券

「……あのー、ちょっとよろしいでしょうか」

 

 棚整理の作業をしていたら、ものすごーく遠慮がちに声をかけられた。

 

 十二月に入り、暮れも押し迫る最初の日曜日。

 いつものバイト先である駅近くの小さな本屋だ。

 リンは作業の手を止め、「はい」、と返事をして振り返る。

 五十代くらいの女性だった。

 厚手のロングコートにマフラー、手袋という防寒装備で、手にはギフト用と思われるポチ袋を持っている。

 

「これって、まだ使えますか……?」

 

 女性は手袋を外すと、申し訳なさそうな表情でポチ袋の中からチケットを一枚取り出した。

 平安貴族風の女性が書物を読むイラストが描かれたチケットで、『全国共通図書券 ¥500』とある。

 おお、と、リンは内心声を上げる。

 これがあの、音に聞こえし図書券さんか。

 あまりの珍しさに、思わずじっと見つめてしまう。

 

「やっぱり、古いからもう使えませんよね?」

 

 無言で見つめるリンの様子に勘違いした女性が、恥ずかしそうに言った。

 

 我に返ったリンは「あ、いえいえ」と両手を振った。

「大丈夫です。まだ使えますよ」

 

 リンの言葉に、女性は安心したように息を吐き、「そうですか。良かった」と言って、ポチ袋の中に図書券をしまった。

 袋の中には、同じものが十枚ほど入っているようだ。

 

「じゃあ、使わせてもらえますね」

 

 女性は店内の本を見て回りはじめた。

 

 全国共通図書券は、書籍の普及活動を行う会社が販売していたチケットで、全国の加盟店で額面分の本と交換できるものだ。

 その歴史は古く、発行は一九六〇年にまでさかのぼる。

 以後三〇年以上に渡りプレゼントやイベントの副賞などに利用されてきたが、一九九〇より磁気カード式の図書カードが発行されるとそちらが主流となり、二〇〇五年、図書券はその役割を終え、販売終了となった。

 その後、磁気カード式の図書カードも二〇一六年に販売終了となり、現在はQRコードを使った図書カードNEXTが販売されている。

 図書券と磁気式図書カードは販売終了となったが、どちらも有効期限は設けられていないため、昔貰ったり買ったりしたものは、現在も全国の加盟店で使うことが可能だ。

 

 ……という話は店長から聞いていて知っていたが、いろんな本屋さんでバイトをしてきたリンも、図書券の現物を見るのは初めてだ。

 それも当然と言えば当然で、昭和や平成初期などまだ高校生のリンにとってはもはや歴史上の出来事である。

 

 しばらく店内の本を見て回った女性は、絵本や児童書や図鑑などを十冊ほど持ってレジまでやってきた。

 全て子ども用だが、対象年齢やジャンルはかなり幅が広い。

 乳幼児用の絵本から、小・中学生用の小説や図鑑まである。

 一人や二人のお子さん用ではない気がした。

 女性の年齢からするとお子さんはもう成人していそうだから、お孫さんがたくさんいるのだろうか。

 なんてことを考えつつ、リンは一冊一冊バーコードを読んでいく。

 

「図書券なんて古いから、どうかな、と思ったんだけど、使えてよかったわぁ。あなたなんて若いから、『なんですか、コレ?』って言われたら、どうしようかと思っちゃった」

 

 冗談っぽく言う女性に、リンも、

「実は、あたしも初めて見ました」

と、笑って応える。

 

「でしょう? 私が中学生か高校生くらいの頃、父親からもらったものなんだけど、しまいこんで、すっかり忘れてたの。父親は去年の暮れに亡くなって、先日一周忌の法要をしたんだけどね、その片づけをしていたら、ひょっこりタンスの中から出てきたのよ」

 

「じゃあ、天国のお父様からのプレゼントだったのかもしれませんね」

 

 そうね、と言って笑ったあと、女性は思い出したような顔になった。

「そうそう。それで、その本なんだけど、()()に使えないかしら?」

 

 そう言って、一枚のチラシを取り出した。

 サンタクロースが子どもに本を渡すカラフルなイラストが描かれたチラシだ。

 上部には『あなたも誰かのサンタクロース』というキャッチコピーが書かれてある。

『ブックサンタ』の紹介用チラシだ。

 

「あ、はい。大丈夫ですよ」

と、リンは答えた。

 なるほど、それでいろんな年齢を対象にした本を選んだのか、と、リンは納得する。

 

 ブックサンタは、非営利の活動法人と書店が連携し、毎年暮れに行っているプロジェクトだ。

 家庭環境など、様々な事情でクリスマスにお祝いをしてもらえない子どもたちに、本を届けることを目的としている。

 全国の参加書店で行うことができ、選んだ本は、クリスマスの時期に子どもたちに届けられるのだ。

 二〇一七年より始まり、年々参加店舗は増えている。

 リンがバイトしているこの本屋も今年から参加した。

 個人経営の書店で参加しているのは全国的にも珍しいそうで、これも、リンは今日初めて受け付けする。

 

「父はね、昔、児童養護施設の職員をしていたことがあるの」

 

 女性は、ふっと懐かしむような顔になった。

 そして、

「私たちが子どもの頃は、まだ孤児院って呼ばれてたんだけどね」

と言って、話を続ける。

 

 養護施設に入っている子どもたちには、多くの場合保護者がいない。

 プレゼントをくれるような人はおらず、クリスマスや誕生日などの記念日を憂鬱に過ごす子がほとんどだったという。

 

 だが、一九七〇年前半、当時大ヒットしたプロレスアニメの影響からか、養護施設におもちゃなどを寄付する人が増えた。

 生まれて初めてプレゼントを貰った子どもたちは、それはもう嬉しそうにしていたそうだ。

 

「『――あのときの笑顔は、今でも忘れられない』、って、お父さん、酔っぱらうたびに、みんなに話してたのよ。家族みんな、百回以上は聞かされたわね」

 

 そう話す女性も、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そして、その話を聞いているリンも、なんだか嬉しくなってくる。

 

「だからね。せっかく出てきた図書券だから、自分に使うより、子どもたちのプレゼントにした方が、お父さんも喜ぶと思ったの。どこかに寄付できるところはないかな、って、いろいろ探していて、この企画を知ったのよ」

 

 そう言った後、女性は

「あらやだ、ゴメンなさいね、変な話をして」

と、照れたように笑った。

 

「いえ、そんなことありません。素敵なお話です」

 リンは本心からそう言った。

 

 全ての本のバーコードを読み終えると、ピッタリ五千円だった。

 五百円の図書券十枚を受け取り、清算を終える。

 

「これで、お父様はサンタさんになりましたね」

 

「あら、ウマいこと言うわね」

 

 楽しそうに言う女性に、

「では、こちらが参加証です」

と言って、カードを渡した。

 カードには専用サイトのアドレスが書かれてあり、そこで、本を受け取った子どもたちの感想を見ることができるのだ。

 

「では、この本、お預かりします」

 

 リンが伝えると、女性は「よろしくね」と最後にもう一度笑顔で言って、そして、店を後にした。

 

 女性を見送った後、図書券に使用済みの処理を行い、レジにしまう。

 心なしか、「ヤットヤクメヲハタセタゼ」と言ってるような気がする。

 

 そして、預かった本をブックサンタへ送る準備をする。

 専用の箱に、一冊一冊、丁寧に詰めていく。

 女性の気持ちが、父親の想いが、子どもたちに届くよう、願いながら。

 

 全ての本を詰め終え、蓋を閉じてテープで留めた。

 そして、バックヤードにある出荷用の荷物置場へ持って行く。

 暖房の効いていないバックヤードは売り場よりはるかに寒いはずなのに、じんわりとした温もりを感じる。

 この温もりが、子どもたちにも届くといいな。

 

 リンは、本を心待ちにする子どもたちの姿を思い浮かべた。

 

 タンスから出てきたサンタは、きっと、みんなにとびっきりの笑顔を届けるだろう。

 

 

 

 

 

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