としょキャン□   作:ドラ麦茶

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積読、積本、あるいは罪本

 ――しかし、こうして全部の本を並べてみると、まだ読んでない本、かなりあるな。

 

 

 

 部屋中に広げた何百冊という本を眺め、リンはたらりと一筋汗を流して苦笑いを浮かべた。

 

 お昼、隣町の大型アウトドア用品店で買い物をしたリンは、帰り道、シェア型本屋という新感覚の本屋と衝撃的な出会いを果たした。

 そのお店では、店内のひと棚ひと棚にオーナーがいて、それぞれ好きな本を好きなように売ることができるのだ。

 しかも、棚主になるための年齢制限はなく、本を愛する心があれば誰でも出店可能なのである(新品の本を仕入れて売るには資格が必要だが、すでに所持している本を売るのなら未成年でもOKだそうだ)。

 

 そのコンセプトに胸を打たれたリンは、自分もぜひ出店してみたい! と鼻息も荒く帰宅し、部屋中の本を引っ張り出して出品するものを吟味した。

 だが、現時点で売っても良いと思える本はわずか二冊しかなく、がっくりしていたところである。

 

 いま、リンの目の前には所有しているすべての本が並んでいる。

 子供の頃から母親の影響というか策略で本が好きになり、新品古本問わずたくさんの本を買ってきたのだが、現在所有している本の内、ざっと三割くらいの本は、まだ読んでいない。

 

 いわゆる積読(つんどく)である。

 

 積読とは、買った本を読まずに放置している状態を意味する言葉である。

 本を読まずに『積んでおく』状態から生まれた言葉だが、本棚やクローゼットなどに収納している状態や、近年では電子書籍を未読状態にしておくこともこれに含まれる。

 その歴史は古く、この言葉が生まれたのは明治時代とされているが、概念自体は本が庶民にも普及しはじめた江戸時代以前より存在すると考えられている。

 

 読んでいない本たちを見ながら、リンはなんとも言えない微妙な気持ちになる。

 自分の部屋なのにどうにも居心地が悪いというか、もしくは換気はバッチリなのに息がつまるというか、あるいは部屋にはリン一人なのに誰かからじっと見られているというか、そんな得体のしれない感覚だ。

 

 ……いや、とリンは思い直す。

 自分をごまかすのはよそう。本当はこの気持ちの正体に気付いている。

 これはまぎれもなく、罪悪感だ。

 

 積読の歴史は古いため、その是非についても長く議論されてきた。

 それはつまり、今でも結論は出ていない、ということでもある。

 別に構わないという人もいればダメだという人もいて、まさに賛否両論である。

 中には全く気にせずむしろ積むことを誇りに思っているような人もいるが、リンはどうしても本たちに申し訳ない気持ちになってしまう性分だった。

 

 読まなければいけない……そう思う反面、リンが次に読もうと思っている本は、明日発売される『四開地方のある島について』というホラー小説である。

 近年ネットの小説投稿サイトで人気を博して単行本化された作品で、その待望の文庫版である。

 実写映画の公開も控えており、これからもブームはますます加速するものと思われる。

 本屋に勤める者としては押さえておきたい一冊だった。

 

 しかし、それは、いま目の前にあるたくさんの読まれていない本を後回しにしてまでやらなければならないことなのだろうか?

 明日買う本は新作描き下ろしの作品ではなく、二年前にネットで無料公開され、去年単行本化され、そして、映画公開を機に文庫化された作品だ。

 つまり、ここまで読む機会はいくらでもあったにもかかわらず読まずにいたということであり、そこまで読書意欲が高いわけではないとも言える。

 

 それに比べ、今ここにある未読の本の中には、発売日に買った本も多い。

 

 リンは、そのうちの一冊、『ゆっくりと馬で』というタイトルの本を手に取った。

 この本は、リンの推し作家が五年ぶりに書き下ろした新作で、発売と同時に買ったのだが、その時は別の本を読んでいる途中だったので後回しにし、それから一年以上そのままだ。

 

 別の本を手に取る。

『ΙΤ/イオタウ』というタイトルのホラー小説で、海外の超ベストセラー作家が書いた大作だ。

 これを買ったのはリンがまだ小学生の頃で、一冊三千円ほどの上下巻セットという小学生には気軽に手が出せない値段だったが、その時はどうしても読んでみたかったので親におねだりして買ってもらったのだ。

 しかし、小学生には内容が難しく序盤で断念し、もう少し大きくなってから読もうと思ってもう何年もそのままだ。

 ちなみにその間この作品は実写ドラマ化及び映画化もされて大ヒット。リンは両方観たので話だけは大体知っている。

 

 さらに別の本を手に取る。

 この『笑えない物理学者』は、人気推理小説シリーズの第三作だが、一・二作目の内容を忘れたため最初から読み直そうと思ってこれも数年そのままだ。

 

 その隣の本を取る。

『めんつゆとカレー飯』は……たしか、古本屋のセールで十冊買うと20%引きだったので数合わせに買った本だったかな? よく覚えていないが。

 

 ――と、まあそんな具合で、中にはさほど思い入れの無い本もあるにはあるが(いや本に失礼だろ)、大半は買った当時は強い思い入れがあった本ばかりである。

 それに比べ、明日買う予定の本は「話題になっているから書店員として最低限押さえておきたい」くらいの気持ちでしかない。

 ならば、ずっと積んであるこちらの本から読むべきだろうか。

 いやしかし、書店員として話題本を押さえておくのは重要だ。

 リンは腕を組み、どうすべきか悩む。

 

 すると。

 

「――クケケケ、別にいいじゃねぇか」

 

 部屋の畳に六芒星と円を組み合わせた魔方陣が浮かび上がり、その中から小さな悪魔が這い出てきた。

 ツインテールにぱっつん前髪で黒縁メガネをかけた底意地の悪そうな悪魔だ。

 悪魔は背中に生えたコウモリのような羽をバッサバッサとはばたかせて飛ぶと、リンの左肩にとまった。

 

「リン、お前は今、『四開地方のある島について』を読みたいんだろう? だったら素直に読めばいいんだ。読んでない本の事なんて、気にすることはない。欲望に正直になれ」

 耳元で悪魔はささやく。

 

 そうだ。あたしは『四開地方のある島について』が読みたいんだ。

 なぜそれをガマンする必要がある。

 読みたい本を読む、それのどこがいけないのだ。

 

 リンがそんな風に考えていると。

 

「――ダメよ、そんな考え方は」

 

 天井からいく筋もの眩しい光が差し込み、その中から小さな天使が現れた。

 ゆるふわヘアーに無邪気な笑顔で右手に身延まんじゅう左手にメンチカツを持った食いしん坊の天使だ。

 天使はアヒルのような羽をパタパタと羽ばたかせながら舞い降りてきて、リンの右肩にとまった。

 

「これ以上新しい本を買っちゃダメ。まずは、いま持っている本を全部読まないと。買った本はちゃんと読む、それが、本に対する礼儀よ」

 天使は耳元で教え諭す。

 

 そうだ。本に対する礼儀、読書家として、それだけは忘れてはならない。

 本はしまっておくものでもなければ飾っておくものでもない、読むためのものなのだ。

 買った本は読む、そんな当たり前のこともできないようでは、読書家失格だ。

 

「なんで新しい本を買ったらダメなんだ?」

と、反対側で悪魔がささやく。

「リン、お前は常に本を読んでなきゃガマンできない体質なんだろう? だったら、本は沢山あればあるほどイイじゃねぇか」

 

 そうだ。あたしは本を読んでなければ気が済まない人間なんだ。

 もし、本を読み終わって、次に読む本が手元に無かったらどうする?

 ストレスで頭がおかしくなってしまうかもしれない。

 それに比べて、今はこんなにたくさん読む本がある。

 これだけあれば、当分読む本には困らない。

 もっと本を買えば、もっともっと安心できる。

 だから、これからもたくさん本を買うべきだ。

 

「これ以上本を買っちゃダメ」

と、反対側で天使もさらに教えを説く。

「読むかどうかも判らない本のために、一体どれだけのスペースが必要なの? こんなムダは無いわ」

 

 そうだった。これらの本を保管しておくには、当然場所が必要だ。

 本とはかさばる物である。

 あたしにとって大切なのは本だけではない。

 キャンプだって、バイクだって、グルメだって大切だ。

 これからどんどん必要なものは増えていく。

 本当に必要なもののために、部屋のスペースは空けておくべだ。

 

「スペースなんて気にするな」

と、悪魔。

「自分の部屋に置けなきゃ、リビングや庭の物置、なんならキッチンや親の寝室にも置けばいい。それでもダメなら貸倉庫を借りるというテもある。置く場所なんて、買った後で考えればいい」

 

 そうだそうだ。本を置く場所なんてどうにでもなる。

 それに、本は『買う』という行為自体に意味がある。

 あたしがお金を払って本を買えば、作家や出版社や書店の利益になる。

『買う』という行為は、推し作家や出版社、本屋を応援することになるんだ。

 読まなくても、買うだけで大きな意味がある。

 

「それはお金に余裕のある人がやることよ」

と、天使。

「リンちゃん。あなたはまだ高校生なの。少ないお小遣いと、勉強と趣味の時間の合間を縫って必死で稼いだバイト代でやりくりしている身なのよ?」

 

 そうなんだ。あたしは、けっしてお金に恵まれている人間ではない。

 読まないかもしれない本のために使えるお金は一円も無いのだ。

 まして貸倉庫なんて論外だ。

 いくらすると思ってる。

 

「明日本を買わなきゃ、もう二度と買えないかもしれないぞ?」

と、また悪魔。

「現実世界に永遠の命なんて無い。それは本だって同じだ。いつ重版未定や絶版になるか判らない。探している本がもう手に入らないと知って絶望するお客さんの顔、お前は何度も見てきたはずだ。ああはなりたくないだろ? だったら、本は買える時に買っておくのが鉄則だ。手に入らなくなってから後悔しても遅いからな」

 

「『四開地方のある島について』は人気本よ。そう簡単に絶版になったりはしないわ」

と、またまた天使。

「仮に絶版になったとしても、すでに単行本が何十万部も売れた本だから、古本や図書館で読むことができるはず。買わなかった後悔を考えるより、買った後悔を考えた方がいいよ。見て、リンちゃんが買って、まだ読んでいない本の数。これらの総額がいくらになるか計算してみて。そのお金で、欲しいかったキャンプ用品がたくさん買えたはずだよ? バイクの荷台を大きくしたり、ハンドルカバーをもっと暖かいものに取り換えることもできたし、旅先で立ち寄った牛丼屋で並盛を大盛りに、味噌汁を豚汁にすることだってできたはず。よーく考えて、お金は大事だよ?」

 

 耳元でささやきあう天使と悪魔。

 えーい、うるさい。

 ぶんぶんと首を振り、リンは二匹を追い払った。

 あたしのお金なんてどうでもいい。

 いやどうでもよくはないが、それよりも大切なことがある。そのことを思い出した。

 

 リンは、床に並べた本を見る。

 読んだ本と読まれていない本――この世界を二分するふたつの勢力。

 読んだ側の本の中には、寝食を忘れて読みふけった本、心が震えるほど感動した本、お腹がよじれるほど笑った本、など、リンが大きく影響を受けた本がたくさんある。

 それらの本によって人生が変わった、と言っても過言ではない。

 

 もし――。

 

 それらの本が、別の誰かの家で、積読になっているとしたら……?

 

 それは、リンにとっては耐えがたいことだ。

 是が非でも読んでもらわなければいけない。

 そして、リンのように人生を変えてほしいと思う。

 

 そして。

 

 逆もまたしかり、である。

 

 別の誰かの人生を変えたほどの本が、今リンの部屋の積読になっている可能性だって、充分にあるのだ。

 人生を変えるチャンスを逃していると言っていい。

 これほどもったいないことはない。

 

 さらに。

 

 読まれてない側の本を見る。

 じっと、リンを見つめているような気がする。

 

「ハヤクヨメヨ」

「マダヨンデクレナイノ?」

「イツヨンデクレルノ?」

 …………。

 

 怒っている本もあれば、泣いている本もある。

 スペースやお金なんて、所詮人間側の都合だ。本たちにしてみれば、読んでほしいに決まっている。

 

 いや、本だけではない。

 あたしが積んでいるこの本一冊一冊に、書いた人がいて、製本した人がいて、運搬した人がいて、店頭に並べた人がいる。

 なぜそんな大切なことを忘れていたのだろう?

 微力ながら、本屋で働いている以上、リンもその一人であるはずなのに。

 

 その人たちの努力を――そして、本たちの気持ちを無駄にしないためにも。

 

 あたしは、この本を読む。読むべきだ。読まなければならない。読むぞ。

 

 リンは、そう強く誓った。

 

 …………。

 

 ま、とりあえず明日買う本はちょっと保留だな、と、リンは決めた。

 最低でも、この読んでない本を一割くらいに減らして、それからまた考えよう。

 そう思い、リンはとりあえず本を片づけることにした。

 

 その時である。

 

 ピコーン、と机の上に置いてあるスマホが鳴った。

 なんだろう?

 片づけを中断し、スマホを手に取ると、大手ネットショッピングサイトからお知らせメールが届いていた。

“盲目の作家・見上脩が贈る恋愛小説第二弾『人面魚の涎』発売決定! ただいま予約受付中!”という、内容だった。

 

「…………」

 

 ぽち、と、リンは予約ボタンを押した。

 見上脩は、昭和を代表する恋愛小説化だ。

 前作はリンが生まれる前の作品だが、リンの世代でも充分通用する作風で、がっちりと心を掴まれた。

 

 その見上が新作を発売するのはなんと二十年ぶりの事である。

 ファンの間では新作を諦めていた人も少なくない。

 これでどうして買わずにいられるだろう? いやはや長生きはするもんじゃのう。

 リンは満足げに頷いた後、はっと我に返る。

 さっきの誓いを忘れ、思わず予約ボタンを押してしまった。

 違う、これはあたしじゃない、だってあたしは、あの時――。

 

 いや、落ち着け、リン。

 これはあくまでも予約だ。発売されるのはまだ何ヶ月も先の話である。

 だから、実際買うまでに未読の本を消化しておけばいい。それなら誓いを破ったことにはならない。

 だから大丈夫、大丈夫だ。

 

 そう考えると、発売までにはまだまだ余裕があるな。

 お? “この本を買った方は、こんな本もチェックしています”の欄に、気になるタイトルを発見。せっかくだから買っておこうかな?

 おお、こっちの本は文芸書で持っているヤツだけど、今度文庫版が出るのか。

 置き場所節約のためにも、この際文芸書は古本屋に売って文庫版を買い直そうかな。その方が軽くて読みやすいし。

 でも、さすがにお金がもったいないかも。

 いっそ、図書館で借りて済まそうか。

 でも、それだと作家さんや書店の利益にはならないし……うーむ、これは悩みどころだ。

 本好きとして、よーく考えて結論を出さなければ。

 

 

 

「「ごちゃごちゃ言ってないで早く読め(ゴチャゴチャイッテナイデハヤクヨメ)」」

 

 

 

 背後から天使と悪魔と本たち全員からツッコまれ、リンは「ぐぬぬ」とうめき声をあげた。

 

 

 

 

 

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