桃の華は鮮血に染まる~人格が変わった時、女桃太郎は血の海で嗤う~ 作:A-3
燿が洞窟を進んでいくと、少し開けた場所に出た。暗闇の中、微かに見えるのは正面の祭壇と、そこに静かに佇んでいる妖艶の女性だ。
暗闇の中でもかろうじて視界が閉ざされていないのは、女性が持っている鈍く蒼い提灯の光のせいだろう。妖気のような気配と神々しい雰囲気を併せ持ち、燿に気付いていないのか興味がないのか、一切視線を動かさない。燿は頭を垂れて恐れながらも声を掛けた。
「かしこみかしこみもうす。『イザナミノミコト』様で在られますでしょうか」
「・・・」
「わ、私は陰陽師の村に住む燈子と月代の使いで参りました。同じく陰陽師の燿でございます」
「・・・」
「お願いが二つ、いえ、三つございます。どうかお話を聞いていただくことは出来ませんでしょうか」
ここまで問いかけても燿の方を見向きもせず、『イザナミノミコト』は一言も言葉を発する事は無かった。燿は根気よく話を続けた。
「一つは、村で様子を伺っていた『鬼ヶ島』の結界が弱まっている為、貴方様の羽衣をお貸しいただきたいと言う事。二つ目は、世の中のいたるところで『憑き人』が現れ人々を襲っています。『憑き人』化した人を治す手立てがあれば教えていただきたいという事。そして三つ目は、死者の入り口で死人に今まさに襲われて戦っている二人の妹を助けていただきたいのです」
「・・・」
「おい、相手にされてないぞ」
「それでも頼むしかないのよ」
燿と悠は小声で話していると、『イザナミノミコト』はようやくこちらを向いた。
「帰れ」
「え?」
「人・・・が・・・来るところでは・・・ない」
喉が焼けたような聞き取りにくい声が唐突に聞こえた。『イザナミノミコト』がようやく話した、それは拒絶の言葉だったが。燿はもう一度お願いをしようとしたが、『イザナミノミコト』の姿は見えなくなっていた。代わりに大量の『醜女』が奥の通路から口々に叫びながら燿を囲んだ。
「ジョウオウヲマモレ!」
「ワガクニヲマモレ!」
「ニクキ『イザナギノミコト』ノテサキメ!」
燿は壁に追いやられていき、逃げ場が無くなった。
「燿、『醜女』を突破しないと『イザナミノミコト』を追えないぞ」
「わかっているけど・・・ここでは私たちは侵略者なのね」
「燿は自分が正しくない事をしていると?」
「いえ、人々を救う為に羽衣は必要よ。私は私が正しいと思った事を成すわ」
そう言って印を結び白虎と朱雀を呼び出す。白虎は燿を乗せ、目の前の『醜女』を爪で切り裂きながら蒼い提灯の光を目印に進んでいく。朱雀は追手を燃やしながら白虎の後ろを付いていく。
「このまま抜けるわ!」
広場を抜け、細い通路を白と赤の聖獣が疾風の如く駆けていく。『醜女』を蹴散らしながら。しばらくすると、先ほどの広場よりも少し狭いが、蒼い光が強く輝いている部屋に出た。どうやら『イザナミノミコト』に追いついたようだ。
「醜女を・・・殺した・・・か」
「『イザナミノミコト』様!お話を聞いてください!」
「『イザナギノミコト』の・・・使いと・・・・話す事・・・は無い」
「私達は『イザナギノミコト』様の使いではありません!鬼ヶ島の結界の為に羽衣が必要なのです」
「信じ・・・られる・・・ものか」
『イザナミノミコト』が左手を向けると、袖から現れた肉塊が燿の右肩を捉え、そのまま壁まで吹き飛ばした。燿は壁に叩きつけられ、呻き声を上げたが、意識を辛うじて保ち、『イザナミノミコト』を真っすぐに見据えた。
---一方、死者の入り口前---
桃と紬の戦闘は続いていた。数は大分減ったとはいえ、動き回っている二人の体力も限界が近づいていた。
「桃姉、疲れたら休んでいていいよ!ボクまだ元気だから」
「紬こそ寝ていていいよ」
「寝むれないよ!」
そんな軽口を叩きながらも息は上がっていた。そんな時、急に桃の身体が崩れ落ちるようにその場で片膝をついた。
紬は慌てて桃に走り寄ろうとしたが、死人に道を阻まれてしまった
「桃姉!」
鎖鎌を投げて応戦していたが一瞬、桃に意識を向けている間に死人が紬の首を噛みつこうとしていた。
「まずい!」
紬が間に合わないと目を瞑った瞬間、その死人は桃に切り伏せられていた。
「桃姉ありがとう!大丈夫?」
「ええ、『私』は大丈夫よ。紬、今すぐ姉様の所に急いで向かって頂戴」
「桃姉一人で戦うつもり?無茶だよ!」
「『私』の事なら心配しないで平気よ。それよりも姉様が危険なの。お願い」
「わ、わかったけど・・・桃姉いつもと違わない?」
「あら、失礼ね。『私』はいつもこうよ。さぁ、早く」
紬は不思議に思いながらも桃に言われた通りに死者の入り口に飛び込んでいった。
それを見届けた桃は入り口を背にして刀を構えた。
「桃、流石に俺たちだけじゃ厳しいんじゃないか?」
「今から起きる事は二人に言っては駄目よ」
「・・・お前、誰だ?」
「『私』は桃よ」
そう言うと左手の指をゴキリと鳴らし、近くにいた死人の頭を握りつぶした。